ロシア極東・サハリンの美術の現在
14
0
0
全文
(2) “北海道生涯学習研究”北海道教育大学生涯学習教育研究センター紀要 第2号. 平成14年3月. ReportoftheResearchandEducationCenterforLifblongLearn1ng−HokkaidoUniversityofEducationNo・2 March. 2002. ロシア極東・サハリンの美術の現在** 谷古宇 尚 北海道教育大学生涯学習教育研究センター. RussianArtintheFarEastandSakhalin Hisashi YAKOU ResearchandEducationCenterfbrLifblongLeaming,HokkaidoUniversityofEducation. Abstract ThispaperoffbrsasurveyOfartisticactivitiesinEastSiberia.. Keywords:サハリン(Sakhalin),ユジノサハリンスク(Yuzhno−Sakhalinsk),ウラジオストク. (Vladivostok),沿海地方(PrimoryeTbr.),ハバロフスク(Khabarovsk)現代美術(Contemporary. Art) 1.はじめに 筆者は2001年9月25日から10月7日までウラジオストク,ハバロフスク,ユジノサハリンスク. における美術活動の調査を行った(1)。1991年のソビエト連邦解体後ほぼ10年が経過して,かつて はロシア人すら容易に立ち入れなかった地域も外国人に開放され,一時の混乱も小康を得ている ように思われる。遠いヨーロッパに首都を置きながら,わずかに海をはさんで向かい合うロシア 極東地域は,日本から最も身近に感じられる外国の一つである。ウラジオストクとハバロフスク の人口は共に約70万を数え,アジア諸国と比ぶるべくもないが,ヨーロッパの国の都市としては 十分な規模を備えている。美術の分野でもある程度の活動は予想されたが,日本ではこれまでは とんど紹介されることはなかった。また図版など資料も皆無に等しく,今回の調査では可能な限 り多くの作家に会ってアトリエを訪れ,1作品でも多く写真に記録することが第一の目的となっ た。現地では実際,短い滞在では全貌をつかむことのできない盛んな活動を目の当たりにするこ とができた。そのため本稿は本来断片的な報告にしかすぎないものであるが,わずかな知見の中 で現在の東シベリア美術を眺める視座も提起してみたい。 ロシア極東との交流は,同地域と定期航路で結ばれる新潟県と富山県で積極的に進められてい る。1998年に新潟県民文化会館で開かれた「<ネオ・ラグーン>北東アジアの現代美術」展(2)と1999 年に富山県立近代美術館で開かれた「東アジア友好美術展」(3)は,中国・韓国なども含んだ環日本 海圏を対象としたものであるが,前者がハバロフスク,後者がウラジオストクの複数の作家を紹 介する貴重な機会であった。一方北海道では美術に関して,これまで小規模な展示が行われてき たにすぎない(4)。しかしながらロシアに対する関心は,当然ながら日本の他地域よりも断然高い。. サハリンや千島生まれの人も多く,経済・友好面では活発な行き来が見られる。美術は以下で具 体的に観察してゆくように,風景やそこに住む人間を意識的に対象化する作業でもあり,土地に 対する洞察を深めてくれる。それゆえロシア極東の美術を考察することは,とりわけ北海道にお. ー135−.
(3) 谷古宇 尚. いて大せな意味を持つと考えられるのである。. 2.ソ連の現代美術とロシア極東 ソ連体制下のロシアを離れて批評活動を展開したアレクサンドル・グレーザーやマルガリータ・ トウピッインらはソ連の美術を常に取り上げて盛んに作品を欧米に紹介した(6)。冷戦下にあって. 公式的な社会主義レアリズムを拒否するソ連の美術は,西側から好意的に受け入れられただけで なく,こうした亡命批評家によって強固に支持されたのである。 しかしエリック・ブラートフ,アレクサンドル・コソラボフ,ロスチラフ・ベレジェフ,アナ. トリー・ブルシロフスキーなど国内外に住むロシア人作家によって,社会主義レアリズムとボッ プ・アートの手法を重ね合わせた「ソッツ・アートSotsArt」が生み出され 公認と非公認の境界 は暖昧化される。またゴルバチョフ政権の改革路線によって,反体制的であることの動機付けは 急速に色槌せていった。1988年7月7日にモスクワで開かれたサザビーズのオークションは,ソ 連の非公認美術を最終的に公然のものとしたが,このことは逆説的にソ連の美術を判断する基準. がなくなることを意味した。グレーザーは,反体制であることの緊張感がすぐれた美術を生み出 す契機になりえたとして,80年代半ばに非公認美術はすでに力を失ってしまっていたと考える(7)。. 一方ボウンは,一貫して社会主義レアリズムに関する論考を発表し,公認美術の枠内で制作され た作品にも社会的批判が見られることを指摘する(8)。こうした体制・反体制,公認・非公認という 対立項を相対化しようとする試みは,マルガリータ・トウピッインのようなかつての非公認美術 の原則的な擁護者によって依然反駁されるようである(9)。 ところで現在のロシア極東の美術を見ると,イリヤ・カバコフやフランツイスコ・インフアン テの作品など国際的な美術展の常連となったロシアの現代美術,あるいはすでに過去のものに なったとはいえ非公認美術やモスクワ・コンセプチュアリズムなどの概念やグループとはまった. く無縁に思われる。実際ほとんどの作品は具象的な絵画であり,彫刻作品すら少ない。インスタ. レーション,音や映像を使った作品はほぼ皆無である。これは単に辺境の地であるという地理的 な要因によるかもしれない。しかしいずれにしろ筆者は多くの作品と接するうちに,ロシアに限 らず現代美術に慣らされた目は,私たちから縁遠いやや孤立した美術状況の中で制作された作品 を理解することができなくなっているのではないかと考えるようになった。判断基準を前もって. 持たないまま,個々の作品に即してよく見ることから始める必要があるのである。. そうした際,公認・非公認,体制・反体制美術の枠組みが意味を失っていることは逆に好都合 である。社会主義政権が美術にも甚大な影響を与えたことは事実であるが,1990年代以降も含め てロシアの美術を考えるためには,政治的立場を越えた視点が必要となる。公式的な社会主義レ. アリズムからロシア美術の1世紀を見直そうとするボウンの試みは,ソ連の反体制美術を手放し に支持した西側諸国の熱狂を中和する役割を果たす。詳細な検討を必要とすることではあるが, ロシア美術に対するかつての一元的な判断基準を持ちえない状況にあって,20世紀に現われたロ シアの様々な美術潮流が,現在のロシア美術を考える上で同等の重要性を担っているであろうこ とをここでは指摘しておきたい。それらはマレーヴィチ,タトリン,エル・リシツキー,ロトチエ ンコらが担ったソ連体制初期のロシア・アヴァンギャルドの動きであり,その後革命的なユート. ピア像を提示した社会主義レアリズムである。またソ連体制化の厳しい現実をも描き出す社会主. −136−.
(4) ロシア極東・サハリンの美術の現在. 義レアリズムを別に挙げておきたい。そして非公認・反体制美術,ソッツ・アートなどである。 3.ウラジオストク. 美術の世界が機能するためには,基本的に作家,画廊,批評の3者が必要とされるが,ウラジ オストクは極東地域で唯一,最も相応しくその条件を満たしていると言える。ロシアでは依然, ソ連時代から引き継がれるロシア芸術家連盟に登録されていることが作家としてのステータスと. なっているが,そのメンバーを中心にどの都市でも作家の層はかなり厚い。ウラジオストクの画 廊アルテタージュArtetageでは,HPで公開するために200人以上の作家のデータベースを準備中で ある。ソ連時代には,旧共産圏の風景となっている高層住宅の最上階が作家のアトリエに割り当 てられていたが,この恵まれた環境の中で制作を続けている者も多い。通常のアパートより天井 が約3.5mと高く,窓も大きく室内は明るい。またアトリエが固まっているため,作家同士の結び 付きも概して強い。. ウラジオストクには,沿海地方行政府のビルの一角にギャラリ∵を持つアルテタージュの他に, やはり町の中心部にアルカArkaGalleryという画廊がある。展示スペースは,極東では珍しいホワ イト・キューブである(図1)。アルカは例年9月末にべルリンで開催される現代美術フェアArt ForumBerlinに参加し,ウラジオストクの作家をヨーロッパに売り出すことに成功している。以 下で紹介するアレクサンドル・ピルコフはその一人である。それぞれの画廊は随時展覧会を開き, 費用の許す限りカタログやパンフレットを準備しており,他の都市に比べると作家・作品の資料 が集めやすいと言えるが,ロシアでは概して作家の多くが作品写真などを持っていない。. やや古くなるが,極東芸術大学の教員ヴィタリー・カンディバが1990年に沿海地方の美術を通 観する本を著している(1印。また早世されたが,1995年にヴェラ・グラズコヴァと共にアルカを開い たマリーナ・クリコヴァは,ウラジオストクの作家を海外に紹介することに努めた批評家である(11)。 こういった活動がコマーシャル・ギャラリーと共に,ウラジオストクの美術に大きく責献してい る。. 次に何人かの作家について触れてゆきたい。ヴラジミール・スタラヴォイトフVladimir Starovoitovは,サハリン生まれでサハリン州立美術館で展覧会も開催されているが,現在ウラジ オストクで制作している。3人の女性裸像,あるいはベッドに横臥する女性裸像など,古典的な 絵画主題を想起させるが,画面は力強い輪郭線,勢いのあるタッチ,並置される鮮やかな色彩に よって構成されている(図2,3)。アレクサンドル・キリヤクノーAlexandrKiryakhnoの作品も 同様の混沌とした様相を示すが(図4),スタラヴォイトフの場合,よく観察してみると聡明で理 知的な印象さえ受ける。端整な作品を見慣れた目には違和感があるかもしれないが,乱雑にも思 われる表現主義的な激しさは極東の画家にしばしば見られる特徴である。 それに対してアレクサンドル・ピルコフAlexandrPyrkovの油彩は,黒・灰・茶色の厚みあるマ. チエールからアモルファスな形体と線刻が浮かび上がる非常に洗練されたものである(図5)。グ. ー137−.
(5) 谷古宇 尚. 図1 ウラジオストク、画廊アルカの展示 スペース. 図2 ゲラジミール・スタラヴォイトフの作品. 図4 アレクサンドル・キリヤクノーの作品. 図3 ゲラジミール・スタラヴォイトフの作品. 図6 アレクサンドル・ピルコフの作品. 図5 アレクサンドル・ピルコフの作品. 図7 イリーナ・ネナジゲィーナの作品. 図8 オルガ・ネナジヴィーナの作品. *掲載図版のほとんどは現地のアトリエで撮影したものであり,作品名等のデータを決定できないものが多く、ここ. では主に作家名のみ記す。 −138−.
(6) ロシア極東・サハリンの美術の現在. ワッシュによるグラフィック作品はより色彩豊かであるが,色調は抑えられている(図6)。こう した形象は,目に見える事象の背後にある気配である。それは現実に感知することができ,すべ てのものの母となるものだという。ピルコフの作品は,外部の者にもわかりやすい。実際1991年 にスウェーデン,1994年に新潟,2000年にはベルリンで紹介されて関心を呼んでいる。2002年初 夏にはミュンへン郊外で「アーティスト・イン・レジデンス」に参加し作品を制作する予定であ る(1a 。. 他にイリーナ・ネナジヴィーナIrinaNenazhivinaは,ウラジオストクから北朝鮮に向かう島々の 浮かぶ風景を,くっきりとした地平線の中に描き出す(図7)。モチーフを絞ったその構図は,的. 確なタッチと相侯って非常に小気味よい。姉のオルガ・ネナジヴィーナOlgaNenazhivina− Zinatulinaは,同じく明快な構図にマネキン,あるいは仮面のような人間的形体を重ねあわせ, シュルレアリスティックな雰囲気を醸し出している(図8)。こうした作品に描かれる遠い地平線 は,社会主義レアリズム絵画が表した目指すべき未来を象徴することもなく,何もない時代に漠 然と画家たちを取り囲んでいる。そしてまったく一般的な題材である風景を描くことによって, 画家は本来異郷の地である空間の中に自らの位置を定めようとするのである。 同じく女性作家であるエレナ・ニキティーナElenaNikitinaは,もっぱら伝統的な素材で制作する ウラジオストクの作家たちの中にあって異色な存在である。現像されたフイルムをカンヴァスや 枠に張り,重層的なイメージを提示する作品を制作する(図9,10)。ロシア極東地域は,モスク ワやサンクト・ぺテルブルクといった政治・経済上の,そして芸術活動の中心から孤立している。 それは地理的な隔たり以上に,社会的な要因による。ソ連時代に比べると,航空運賃も相対的に かなり高くなり,作家たちがモスクワなどに行ける機会は激減しているという。新しい美術の情 報がまったく届かないことを嘆く声もしばしば聞かれた。そうした中でニキティーナの試みは注 目してよいだろう。. 4.ハバロフスク 活気に満ちてはいるが,やや荒れた観のあるウラジオストクと比べて,ハバロフスクはかなり 落ち着いた東シベリアの中心都市である。美術に関してもじっくりと制作活動が行われている印 象を受ける。ロシア芸術家連盟の各支部は展示場を持っているが,ハバロフスクではメイン・ス トリートに面した建物に,広いスペースを占めている(図11)。若い作家たちも多く,コンピュー タ・デザイン,イラストレーション,演劇など,様々な分野で活動している(図12)。 ヴィタリー・ドロズドフVitaliyDrozdovはロシア功労芸術家であり,ロシア芸術家連盟理事会幹 事として東シベリア地域を代表する。芸術家連盟が中心となって美術界を立て直す必要を説く守 旧派の一面を強く示すが,若い世代を頑なに拒絶せずに同じ仕事を志すものとして受け入れて, 理解に努めているようである。作品はハイパーレアリズムを彷彿させる精微な写実であり,社会 の苛酷な現実をテーマにする。図13は,ソ連崩壊後の社会階層の二分化を象徴的に表したもので. ある。画面右側には,新しい経済体制の下で成功した人々の辛が並んでいる。左下隅には路上の 市場でものを売り,日々の暮らしに追われる人々が描かれている。アコーデオンを弾く老人は貧 しい人の側に寄り,毅然と前を見つめて座っている。貧困が人間の気高さを失わせるものでない ことを,さらには金銭が人間を醜くすることを,無言で訴えかけるかのようである。しかし明る. −139−.
(7) 谷古宇 尚. 図9 エレナ・ニキティーナの作品. 図10 エレナ・ニキティーナの作品. 図12 ハバロフスク、「自劇場」ロビー. 図11ハバロフスク、ロシア芸術家連盟の展示場. 図14 ヴィクリー・ドロズドフの作品. 図13 ゲィクリー・ドロズドフの作品. 図16 ジェンナジー・. 図15 ゲィクリー・ドロズドフの作品. ー140−. アラポフの作品.
(8) ロシア極東・サハリンの美術の現在. い光の中で地平線を遠く見つめるまなざしの先には,かつて同じ社会主義レアリズムの手法で描 き出されたユートピアは存在しない。視線は自分のいる場所に立ち返り,ただそこに留まること を受け入れる冷静さが示されるだけである。. ドロズドフは孤児院の子供たちの習作(図14)を見れば理解されるように,周到な準備を積み 重ねて根気よく作品を仕上げてゆく画家である。構図をわずかに変更するために,大画面を一か ら描き直すこともある。そして常に普通の人々,貧しい人々に光を当てようとする。彼はまた人 間と自然の調和,自然に包摂されるべき人間(の運命)をテーマに,壮大な風景を描き出す。図 15はサハリン島の対岸,アムール河口より北部の山岳地帯を描いたものである。 ジェンナジー・ アラポフGennadiyArapovは絵画だけでなく,他にもファウンド・オブジェクト を使うなどして多彩な作風を示している。ロシアのステレオタイプ(マトリョーシュカ,キャビ ア…)を取り込んだキッチュな作品は,レーニン像や鎌と槌などソ連体制のシンボルを,アメリ カのポップアートに倣って紋切り型に取り入れたコソラボフやブルシロフスキーらの作品に通じ るものである(図16)。興味深いのはハバロフスク近郊に住む北方系少数民族ナナイが残した岩石 絵をモチーフとした作品である(図17)。ハバロフスク教育大学の美術教員であるアンドレイ・パ ウカエフAn血句P飢Ibevもトレーシングを試みており,単にその土地の景色を写し取るだけでな く,人間の営みも一体化した風土を意識化しようとする試みである(図18)。 キリル・ヤコヴレフKirillYakovlevとアンドレイ・アブジェフAndrqjAvdeevは,工芸的に優れた 質を示す作家である(図19,20)。前者は工業系大学の出身で,ペインティングと器用な木工の技 によって,グラビア的イメージから軽みのある作品を生み出している。後者は絵画的なエマーユ 作品を制作するが,焼成した後,パネルを一度切断して再び組み合わせて不規則なタイルのよう に見せる工夫は大変面白い。彼らの住居・アトリエは凡帳面に整頓されており,その酒落た作品 は東シベリア随一の都市の都会的な洗練を示しているかのようである。. ドロズドフと共に新潟の「ネオ・ラグー. ン」展に参加したアナトリー・ネジンスキーAnatoliy. Nezhinskyとアンドレイ・ブラジノフAndreyBlazhnov他,ここで触れられなかったハバロフスクの 作家たちについては別の機会に譲りたい(1詔。. 5.ユジノサハリンスク サハリンの作家の多くはウラジオストクやハバロフスクなど,大陸の都市の美術系大学に学ん. でいる。またこうした作家たちの中でも,グルジアなど旧ソ連の他の地域から移り住んだ人と共 に,日本領であった歴史的経緯から韓国系も目立って多い。ユジノサハリンスク市は人口約18万 人,サハリン州全体でも約65万人程度であるため,ウラジオストクやハバロフスクと比較して,. dシア芸術家連盟に属する作家たちの個々の活動が,サハリンの美術を支えている感が強い。連 盟のサハリン支部も他の都市と同様に自前の展示スペースを持っている(図21)。同じ建物には10 人前後の作家がアトリエを構えている。. サハリン州立美術館は,擬古典的な建築の旧北海道拓殖銀行豊原支店に置かれており,最近の 作家の収蔵品を常設展示する余地はないが,メイン・ホールを生かして特別展が企画されている (図22)。セルゲイ・シマコフSergqiSimakovはウラジオストク出身であるが,サハリン州立美術館. で2回個展が開かれており,ここで触れておきたい。筆者が訪れた時開催されていたその2回目. ー141−.
(9) 谷古宇 尚. 図18 アンドレイ・パウカエフの作品. 図17 ジェンナジー・. アラポフの作品. 図20 アンドレイ・アブジェフの作品. 図19 キリル・ヤコヴレフの作品. 図22 サハリン州立美術館、「セルゲイ・シマコ 図21ユジノサハリンスク、ロシア芸術家連盟サ. フ展」. ハリン支部. 図23 セルゲイ・シマコフの作品. 図24 ナタリヤ・キリューヒナの作品. −142−.
(10) ロシア極東・サハリンの美術の現在. の展覧会では,中央にサハリンの白樺と石を用いた作品が置かれていた。シマコフは専ら絵画を 制作する作家であるが,展覧会の時だけその土地の材料を用いてインスタレーションを行う。こ れはサハリン古来のスラビアン信仰を表したもので,独特な歴史観・宇宙観を示している。4方 位に石が配置され,太陽の上る南が赤く塗られている。そして太陽はこの4つの石を巡るが,こ. の形は昔のスラビアンのカレンダーに似ているという(用。狼の皮は,人間より以前には,始めに狼 がいたという伝承に基づく(図23)。木材や石がビニールに包まれてバーコードを付されているが, それはこうした原初のものが時間を超えて郵便物のように私たちに送られてくることを意味して. いる。過去と現在とが結び付けられ,時間の全体がこの作品によって示されているのである。絵 画については詳述できないが,インスタレーション写真の右奥に見られるカニの絵は,4枚の紙 の上に色を惨ませるようにしながら形を描き出している。すでに自由自在な軽みに到達しており, ロシア極東を代表する画家といってよい。 ナタリヤ・キリューヒナNatalyaKiryukhinaはサハリンの街角や風景を愛情込めて描く画家であ. る。北海道に短期間滞在し制作するなど日本との関係も強く,日本のモチーフを作品に取り入れ ている(図24)。油彩や版画で様々なタイプの作風を示しているが,サハリンらしい海辺の光景や, 樹木のないなだらかな起伏をみせる草原は,心象の風景が人間の精神・感情と重ね合わされてい るかのようである(図25,26)。. ナタリヤ・コヴァレヴスカヤNatalyaKovalevskayaは風景だけでなく,サハリンの生活の一部で ある魚・漁業を正面から取り上げる(図27,28)。. ギヴィ・マントカヴァGiviMantokavaの『祖国の朝』と題される作品は,現実をリアルに見詰 めながら,ホームレスがカラスとゴミをあさる様子を描いたものである(図29)。カルデラ火山の 形体が面白い国後島のチャチャ山は,サハリンの作家によって繰り返し描かれている(図30)。千 島列島はサハリン州に属しており,他にもウラジオストクのスタラヴォイトフやキリヤクノーを 思い起こさせる表現主義的な特質を示すジュ・メン・スーDyuMenSuやイワン・ヤルイシIvan Yarysh,ジョ・ソン・エンDyoSonYenらにも千島の風景画がある(図31−34)0 韓国系のジョは様々な場所を優れたデッサンカで描き出す画家であるが,韓国訪問時の『チェ ジュの市場』などだけでなく,『トマリ神社跡』のような作品を描いている(図35,36)。これは 元々アイヌや北方系民族の土地であり,ロシア領でもあった場所に残される帝国主義時代の日本 の象徴的な痕跡である。ジョがそうしたものを風景画の中に取り込むことによって意識化・対象 化しようとしたことは興味深い。自然だけでなく歴史的な風景も,画家の目を通して自らのもの とされるのである。. このようにサハリンの絵画に関して,ウラジオストクやハバロフスクに比べると,魚や実際の 風景などその土地と結び付く特定の題材が顕著に多いことが指摘されるべきであろう。. 6.結語 本稿では,アトリエを訪れながら紹介できなかった作家・作品も多い。また事前の情報不足か ら,後で収集した資料から調査すべきであったと思われるものが多く出てきた。今後の課題とし たい。今回の調査は,美術についてはほとんど知られていないロシア極東地域にも,充実した活 動が存在することを確認できただけで良しとすべきかもしれない。社会主義体制下の芸術に対す. −143−.
(11) 谷古宇 尚. 図25 ナタリヤ・キー」ユーヒナの作品. 図26 ナタリヤ・キリューヒナの作品. 図27 ナタリヤ・コヴァレヴスカヤの作品. 図28 ナタリヤ・コヴァレヴスカヤの 作品. 図29 ギヴィ・マントカグァの作品. 図30 ギゲィ・マントカヴァの作品. (『祖国の朝』). (『国後島のチャチャ山』). 図32 ジュ・メン・スーの作品(『千島の風景』). 図31ジュ・メン・スーの作品. ー144−.
(12) ロシア極東・サハリンの美術の現在. 図34 ジョ・ソン・エンの作品(『色丹島』). 図33 イワン・ヤルイシの作品(『千島の風景』). 図36 ジョ・ソン・エンの作品(『トマリ神社跡』). 図35 ジョ・ソン・エンの作品(『チェジュの市 場』). ー145−.
(13) 谷古宇 尚. る支援がその根底にあると思われるが,ソ連崩壊後10年が経ち,現在のロシアの中で制作を始め た新しい世代も出てきている。また中国や韓国,日本から至近のヨーロッパの遠い端という特別 な条件にある地域である。これからも繰り返し調査する機会のあることを期待したい。. **ロシア各地での調査に際して、多くの方々に大変お世話になった。本稿が成るにあたり、ここ に記して感謝の意を表したい0特にアレクサンドル・ゴロドニー氏(AlexanderGorodnyウラジオ ストク)、アンドレイ・ブラジノフ氏(AndreyBlazhnovハバロフスク)、ナタリヤ・キリューヒナ 氏(NatalyaKiryukhinaユジノサハリンスク)には、初めてロシアを訪れた筆者に同行し、数日間 にわたってそれぞれの土地の多くの作家を紹介して下さった。ロシアの方々の歓待は非常に心に. 残るものであり、この不十分な論考を深めてゆくためにも再訪を期したい。また日本側からは、 とりわけ谷新氏、水沢勉氏、穂積利明氏、羊画廊、北海道サハリン事務所より貴重な御助力を賜っ た。今回の調査は、こうした方々の御厚意になしにはまったく不可能なものであった。なお本稿. の内容の一部は、「遠い地平線の絵画一口シア極東・サハリンの美術の現在」と超して2001年度. 北海道教育大学生涯学習研究大会研究員発表会(2001年11月24日,於釧路市生涯学習センターま なぼっと幣舞)で紹介している。. 註. (1)「芸術の場所」北海道教育大学学長裁量経費若手教官海外派遣費用による。 (2)この展覧会に関して,資料を頂いた新潟県文化振興課に感謝致します。 (3)この展覧会やウラジオストクの美術に関して,富山県立近代美術館の片岸昭二氏,若松基氏 に御教示頂いた。. (4)後述するスタラヴォイトフの展覧会が,1997年3月4日∼9日に札幌資料館・ギャラリー1で・カ ルチイナ・クラブー▼と日本ユーラシア協会北海道連合会の共催で開かれているが,同種の小規模 のものがほとんどのようである。. (5)ソ連体制下の美術については,d〃元履お▲英〃元ガ∠戌元誠一月z血勿好物α琴舷」〟一, Aurora Art Publishers,Leningrad,1978;肋Lk▲免Tf7tmi,(Ministerium fdr Kultur der UdSSR,A11unions−ForschungsinstitutfuerKunstwissenschaftMoskau),AuroraKunstverlagLeningrad,. VEBVerlagderKunstDresden,1987.などを参照した。非公認美術に関してはいくつかを挙げる. に止めるが,展覧会カタログを兼ねた大判本が英語・ドイツ語などで多く出版されている。A. Rosenfbld,N・T・Dodge(ed・),ノ肋Alt−プ方βL5b血画ノ妨jW,Rutgers− London,1995;脇A]t一刀お肋肋A招亦占おとお,NewYork,1998;A・Eroftev,J.−H. Martin(hrsg・V・),JKLW血 rゑ吻一触物〆J957J9y,Miinchen−New York,1995.. (6)AlexanderGleser,物aγ肋Alt,Paris−Moscow−NewYork,1993;MargaritaTupitsyn, 物おα‘二5わ励加一J加滋丘;プ肋わ鹿ノ如,Milan,1989.. (7)Gleser,LPd (8)その集大成が次のものである。M.C.Bown,Jお滋虎iプ1物,NewHaven[u.a.],1998. (9)Gleser,‘狩d. −146−.
(14) ロシア極東・サハリンの美術の現在. (10)B.H.KaHRbI6a,XMOJWHXHJ7bHMOPJb・q ne HHHr p aノⅠ,1990(VI・Kandyba, 肋Aノ劾物,Leningrad,1990)・. (11)富山県立近代美術館の「東アジア友好美術展」カタログ(pp.32−35)にもナターリア・ヤン チエンコとの共著で「知られざる歴史の自然な転換」と題するエッセイを掲載している。 (1辺“BoschhoffreutsichaufruSSischenGastk也nstler”,肋A46Y*zH;45wiaLk2drβ始,31・12・01・ (13)ラリサ・フエドロフスカヤLarisaFedorovskaya,ヴィクトル・パシエンコViktorPashchenko,. ヴィクトリヤ・ロマノヴァViktoriyaRomanova,イリーナ・オルキナIrinaOrkina,マリアナ・ タトゥヤニーナMarianaTatyanina,アレクサンドル・レベトウーヒンAleksandrLepetuchin,ヴ ラジミール・フルストフVladimirKhruStOV,ユリー・ドゥンスキーYur可Dunskijらの作家各氏, また極東美術館の学芸担当リュドミラ・コズロヴァLyudmilaKozlova,スヴェトラーナ・サロ ヴエーヴァSvetlanaSolovyeva両氏の活動など。. (14 シマコフの作品とサハリン州立美術館に関しては,同美術館学芸員のユリヤ・カリンキナ Ⅶ1yaKalinkina氏に長時間にわたって解説頂いたことを感謝致します0. −147一.
(15)
関連したドキュメント
うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、
ともわからず,この世のものともあの世のものとも鼠り知れないwitchesの出
ムにも所見を現わす.即ち 左第4弓にては心搏 の不整に相応して同一分節において,波面,振
「美術の新運動を観て」本方昌 「聡明な人間味」相馬御風 「現代文学と女性作家」平林たい子 「文壇新風景」大宅壮一
・また、熱波や干ばつ、降雨量の増加といった地球規模の気候変動の影響が極めて深刻なものであること を明確にし、今後 20 年から
フロートの中に電極 と水銀が納められてい る。通常時(上記イメー ジ図の上側のように垂 直に近い状態)では、水
としても極少数である︒そしてこのような区分は困難で相対的かつ不明確な区分となりがちである︒したがってその
人間は科学技術を発達させ、より大きな力を獲得してきました。しかし、現代の科学技術によっても、自然の世界は人間にとって未知なことが