<自由>に関するトマスの法理とその周辺 : その近代的意義 : 「中世法思想および新トマス主義法理に関する小研究」(13)
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(2) . 北海道学芸大学紀要 (第一部B). 第1 6巻 第 2号. 昭和40年1 2月. <自由〉に関する ト マ ス の 法理とそ の周辺 --. そ. の. 近. 代. 的. 義. 意. --. 「中世法思想および新トマス主義法理に関する小研究」13 . 高. 坂. 直. 之. 北海道学芸大学旭川分校法学政治学教室. i I Theory Naoyuki KosAKA: ”上劣 ろ8““’ n the Tho t C Lega ・ mi s ference 、 rcun・ and the Ci ,. 【 --- lts 鯛 odern N1eaning --- “SゐoγZ SZ“〆Z 1 4 -7偽o 7 ”海ご免 es o箆 九 zd 入超o edg eりαZ Leg毎Z T偽o“gあ古 α7. i ノ”γ盗めγ“〆e“cず ser es ,13. 1 亘. 次. 日 はじめに 市民的自由 団体観の後退と個人の確認 初期キリスト教にみる平等. 思想. トマスを中心とする平等か. St , Thomas Aquinas. ら自由への理論的展開 政治的自由 中世を貫く政治的二大原則 2 慣習法と自由との関連性. 法の支配--法の至高性 むすび. が西ヨ ーロッパで輝かしい業績をあげていた中世の欄熟期において, 民. 衆 の な か に 「自 由」 の 存 在 な ど, は た して 許 さ れ て い た で あ ろ う か, ま こ と に 疑 い な き を え な い. というのが一般の考えであろう. 自由の概念は, いかにそれがアテネや共和政体のローマで重 要 視 さ れ たに せ よ, ロ ー マ 帝 国 の 時代 お よ び 中 世 に お い て は,. 完 全 に 消 滅 して い た は ず で あ る と い. う通俗的な考えが, いまなお広く行なわれている。 かれらは 「自由」 について次のようにおもっ て い る に 違 い な い。 す な わ ち ギ リ シ ャ, ロ ーマ 時代 の 自 由 が 回 復 さ れ て, ふ た た び 装 い を あ らた. ) に 民 衆 の脚 光 を あ び る に 至 っ た の は, 過 去 2世 紀 い らい の こ と で あ る と1 。. しかし, 実証的には13世紀初期のイ ギリスにおける有名な自由権 の確認, ことに理 論 的 に は Thomas によっ て特殊的な善 の選択に関する意思の自由の科学的分析が続いてなされているので. ある. かれは, もちろん人間の行なうすべての行為が自由だというのではない. 「自由」 は, 厳密 には理性と意思とに発する行為にたいしてのみ適用される。 いわば自由な行為は目的因果性の一 例 で あ っ て, Thomas は こ れらの行為を 「 i t (諸) 人間的行為」(a ) とよび 「人間の行 c us human. ) も っ と も, か れ に は 理 性 と 意 思 に 基 づ く 「自 由」 そ の 為」( actus homini s) と 区別 して い る2 。 ものが特殊的善にほかならなかった。 1- -10.
(3) . 高. 坂. 直. 之. ま た Thomas は 法, 政 治 を 論 ず る ば あ い, ひ ん ぱ ん に 「共 通 善」 (bonum commune) に ふ れ. ) こ の一般的善である共通善と, 特殊的善である自由のかねあいは いわゆる公共の福 ている3 . , 祉と個人の自由権の相互関係とし う, き わ め て 近 代 的 な 課 題 に 連 結 せ ざ る を え な い. Thomas. は, も し人間に自由が与えられなかっ たら 「助言, 勧告, 淀, 禁令, 褒賞と刑罰, これらは無意 ) か れ が 法 ・ 政 治 の 力 点をペルソナの尊重においてい る当然の 味 で あ ろ う」 と さ え い っ て い る4 .. 帰結であろう.. ところがある一派は, 自由の追求を一時的な状 態か, あるいは異状な進展にすぎないと考え, 文明の発達に必要なものは権威と力のみであると断言する. 人間性と人類史の真塾な研究者に と って権威と力が どのような地位を占めるに しても, 一部 の学者 がいうような社会を建設 してきた のは力であり, それが集ってはじめて人間社会が支えられると断定するのは不合理である. それ と同じていどで, 自由の追求が一時的現象にすぎないとする観念も不合理そのものといわねばな ら な い.. ある人はヨ ーロッパ文明の明確顕著な進行の跡, その進展の正 しい線をたどることは不可 能で. あ る と お も っ て い る. しか しわ れ わ れ は 過 去 2 0 0年にわたる文明史が, 主と して自由の発展史 で あ る とす る こ と に, あ ま り 異 存 は な い は ず で あ る. そ れ が 17 8 世紀には政治面における絶対 ,. 主義という奇妙な一時的現象によって中断されたものの, その本来の不合理性と無能性の重みに たえかねて崩壊 したとみるのが正 しい.. 政治的自由の概念をとりあつかうばあい, より大きく複雑な市民的自由 (個人的自由) の問題 に関連 しないで論ずるわけにはいかない. それは厳密な哲学的意 味においてでなく, 個人にたい する政治社会の権威の関係において解明すべきである. 政治権威史に興味をもったものは, だれ でも政治的ならびに個人的自由が, たがいに密接に関連 しているとおもわせる問題に直面 したは ずである. したがっ て両者をはっ きり分別 して論ずるのは妥当性を欠くけれども, いちおう双方 の色彩の濃淡を目標に, これを切り離 して考えてみた. 註 1) このような考えが誤りであることについて, 粟生武夫;「法律史の諸問題」1 940 3~4頁参照 2 , 岩波, 1. “ ima secudae quaes 2) St :“S t i s z ‘粥粥α r卿〆増 加e t ol , Thomas Aquina . ,1 .(以下St .Thomas の , Pr ,ar ” Z Wろ“””gs i IB1ack‐ 著作については, すべて A.P.D’Entraves:“Aq隙触曜 勘定cz edpo熔化α , 1948,Bas l l f ines i we er ry rar s: ”A 上馴化鯛 of SZ , De , Bar , McGu , の 羅英 対 訳 を は じ め, R.T , M,1 ,1 . r肋粥簾 ” 1948 Ca A 卿 加餌, l i fAmer i i t i i c Un vers ca; A.C ): “βα群c “雑物磐sof s T肋創鯛 s(ed yo , tho .Peg . ’2vo A吸物ms/ l s e s ) ,194 Random Hou , から抽出したものである. ぞ 10~104 そ の ほ か D 工ae l l l 3) とくに S“粥. T卿リムlal a ae α B 品増Z粥メ B P“留め”例α タ ⑦ .90~105;1 ,qu . ,qu , 〆 元egg〃 z Cyp“; DB R増 加2 ク鷲 矛“〆”の”‘粥 な どに も み られ る. 4) S”粥, rたのん l t a ,83 .1, , ar ,qu. 1 ( ) 団体観の後退と個人の確認 l のこと ばとの間の変化ほど, 人の考え方のはなはだ し 十誠の第二誠のことばと予言者 Ezeki e い変化について, より印象的な しかも暗示的な文献上の対照をみせ たものはない. 『汝これらのものを礼拝すべからず, またこれに仕うべからず. 我は力あり, 嫉む主, 汝の天. 主なれば, 我を憎む者には, 父の不義を子に報 いてその三四代に及ぼし, 我を愛 してわが誠を守 る者には慈悲をかけて千代に及ぼさん.』 こ れ ら は 出 エ ジ プ ト記 (20章 5 節) の こ と ば で あ る が, い っ ぽ う Bzeki l は次のよ うに いって e -10 2-.
(4) . <自由>に関するトマスの法理とその周辺 い る.. 『主 の御 言 ま た我 に 下 れ り,. 日 く,. 汝 等イ ス ラ エ ル の 地 に お い て こ の輪 を 汝 等 の う ち に 諺 と し. て用い, 「父等酸き葡萄を食したれば, 子等の歯浮けり」 と云うは何ぞや。 主なる天主云い給う, 我 は 活 く,. こ の 職 も は やイ ス ラ ェ ルに お い て 汝 等 に 諺 と して用 い らる る こ と あ ら ざ る べ し。. み. ょ, すべての霊魂はわがものなり. 父の霊魂のごとく, 子の霊魂もまたわがも のなり。 罪を犯す 霊魂, そは死すべ し.(エ ゼキエル書18章1~4節) 罪を犯す霊魂, そのものは死すべ し。 子は父の. 不義を負わず, 父は子の不義を負わじ. 正 しき者の義はその身に止まり, 不敬なる者の不敬はそ の身に止まらん。 (同20節)』 この対照はきわめて印象的である. いっ ぽうが継続的団体の結束の信念を表明する反面, 他ほ i l のことばは, 実社会の正 うは個人の特殊性, とくに個人の道徳的責任を表示している. Ez ek e 不正を識別する判断に適するようにもおもわれるが, 第二誠のことばは, む しろ人の経験事実に 近 い と お も わ せ ず に お か な い。. か く して こ の対 照 は い っ そ う 注 目 を ひ く よ う に な る. 人 は 自 分 だ. けがその善行, 錯誤や悪行の結果を経験すべきも のと考えるのが当 りまえであろう. しかしわれ われは現在の社会において, それがそうでないことを知っ ている. 人の行なう善と悪は, 他人を 求めてなお存続するものである. 人間は, いうまでもなく孤立 しては生活せず, 各人を通 して種 々の紐帯で結 ばれている. それは物的必要からくる結びだけでなく, む しろ人間性の最大特質で ) ある 「愛」 の紐帯である1 .. l のことばが印象的な力をもって, 人間生活における最初の単位としての団 e われわれは Ezeki. 体の崩壊と個人の確認という大きな変化の一面を表現 していることに 留意 しなければならない。 「人格」 に関する プラトン学派やアリストテレス学派の考えを簡単に記述するのはむ ず か し い. が, Seneca の よ う なス ト ア 学 派 の 説く 極 端 な, しか も 幻 想 的 で も あ る 「個 性」 の意 味 を 知 る の は, そ う む ず か しく は な い. Seneca は ま っ たく 周 囲 を 意 に か い せ ず に 真 の 賢 人 の 自 足 を 主 張 し. ている. 神の命令が助力や侵害を受けることがありえないのと同 じく, かれはいかなる人も賢人 に損益を与える ことはできないといい, 賢人は生命の有限性をのぞけば神に類似 して い る と 説 ) く2 . かかる個性論は誇張があるかも しれないが, 少なくともかれのことばは団体にたいする個 人の人格の関係について, 考え方に大きな変化があっ た事実を説明するに役立っている. )」 において巧みに人間性における不平等理論を否定 して神はあらゆ i も っ と も, C c r oは 「法3 e. る人間に理性を与え, それゆえ命令し禁止する正 しい理性である法をも与えたと説くが, かれの ことばはそれに続く世紀にはさ らに強調され, ついに. Seneca に よ っ て た と え 奴 隷 で も, そ の 精. ) 神 は い か な る 人 に も隷 属 さ れ る べ き で な い と 説 か れ た4 。. これらのことは現実の世界から遊離 した抽象的, 非実証的な, いわば修辞学上のことばで, 当 時の社会における実際の状態と動向には無関係であったと主張する向きがあるかも しれない. こ. れは自分自身を実行的であると考えている人たちに特有な一種の独断である. 精神的不隷属理論 は, まず第一にそれが文学者や哲学者ばかりでなく, ローマ帝国の法学者たちの論説でもあっ た l i es 一 tote の で あ る. か れ らの 著 作 の な か に は 奴 隷 制 は 人 間 生 来 の 不 平 等 性 に 基 づ く とす る Ar s. ) 派の観念がすでに消滅していたこと5 , そ してそれは 戦争に付帯する因襲的な事件としてみられ i て い た こ と を 知 る の で あ る. F1 orent nus は 奴 隷 制 を 国 際 法 上 の 制 度 で は あ る が 自 然 に 反 す る も. ) l l i とみなさ れるが 自然法に よれ の と して 強 く 非 難 し6 , U1pianus も 市 民 法 に よ っ て 奴 隷 は nu. ) ば, すべての人は平等であると述べたことはすでに有名になっ ている7 . 第二に1世紀と2世紀を通 してこれらの法学説は, 奴隷の法的地位 の変化に実際上の形式を与 -103-.
(5) . 高. 坂. 直. 之. え た こ と が 当 時 の ロ ー マ 法 学者 に よ っ て 明 らか に さ れ て い る Ga 8 ) や Modes 9 ) のことば ius inus t . ‐世紀 の ロ ー マ 法 註 釈 者 と して 有 名 な Bulgarus に そ れ が み られ る ば か り で な く, 12 o ) も奴隷 のペ l. ルソナこそ否定 したが, かれらは主人にたいして法廷で認められるべきある権限を実際にもって い た と 述 べ て い る.. 註. ’ ’1963 Fank Ca 1) A.J l l e:”Po勝北〆 ”る好か, s y s . Car , .2 , ,PP 2) DB CO”s奴””” sαPi i i i i t g霧海, v ed by 湯郷. ,c 3) DB 上軽め“s i t l l l l ed by R, W, Car e & A,J Z e: ”A 揺蕩oか of Med淑勿α PO Z ば z Z y y cq ,12 .c ,10 ,i , Car ’ ’ VO r珍のγy 初 物g w「 I z B k S 1 d & 1 1 0 W e s 9 5 a c w o o o s n ., , , , .8 , ,PP 4) DI i i ZBe”e万物s i t ed by 湯郷, ,20 ,c ,21 ,i ,19 , ,28 ,PP l es と Th t 5) もっ とも Ari s ot e oma sは実定法の避け難い欠陥をかれらの衡平の原則によって調整して,衡 平こそ法がある特殊事件に不適合とみられるばあいの法の指針 (d i t i r e c vum leges) である とい っ てい る. “ i (K.Kr e 【 z鯛Z 互錫鶴如物欄 o/ r肋粥蔵〆 q amp: ”r物 胴窃物 毎s ま i tho l e cz“γ SPγ“吻”c c , 1939 , The Ca Uni f A P i o 1 v m e c r s 1 r a e s ) p p . , . , i 6) Dを榔云 t l l ed by R, W. Car e y .5 ,5 ,c ,i , 樋蔵. ,39 . ,pp Z i t 7) D忽B α S ed by 湯〆 ,17 .32 ,c ,1 , .40 , ,pp i i t 8) Z l l ed by R, W, Car 欄筋の鐙 e ,c y ,53 ,46 , ,i , 必然,pp l i 9) D奮郷ぎ t ed by 必然, ,2 .8 ,c ,x ,49 , ,pp l 10) Bu i Z l t l i garus S ed by A,J t e y , Co例解,o” D奮B .17 .107 .c ,1 , Car .c , .4 ,op , ,pp. ) 初期キリス ト教にみる平等思想 燃 以上のことは, われわれに人間性に関する哲学的, 法学的概念の大きな変化と人間の自由, こ とに平等概念の発達におけるキリス ト教の地位を理解させるのである. St lo は Ci cero と 同 じく, .Pau. す べ て の 人 を平 等 に み て い る.. 使 徒 行 録 (17章26~8節) に. 『(神) 一人より して地の全面に住うまでに人類をつくりなしたまい …… これ人を して神 を 求 ,. め, あ る い は 探 しい だ さ しめ ん た め な り。 … … けだし彼にありてこそ 我等はかつ活き かつ動 , ,. き, かつ存在するなれ. 汝等が詩人の誰彼も, 我等も亦彼がすえなり, と云えるが如 し 』 . かれにとっ て人はみな同 じ聖なる目的のために創 られた霊魂の組織体なのである, こうし ・っ た. 考えはまた, ヘ ブライ 人の民族主義とギリシャ人の倣慢さにたい して述べられたガラチ ア書 (3 章26~9節) のなかでもうかがえる. すなわち 『そ は 汝 等 キ リ ス ト, イ エ ズス に 於 る 信 仰 に よ り て, 皆 神 の 子 等 な れ ば な り 即 ち キ リ ス トに よ 。 ちやく. り て 洗 せ られ た ろ 汝 等 は, こ と ご とく キ リ ス ト を 着 せ る な り. か く て ュ デ ァ 人 も なく ギ リ シ ャ 人. もなく, 奴隷も自由の身もなく, 男も女もな し. そは汝等キリスト, イエズスに於いて皆一人な れ ば な り. り.』. 汝 等 も しキ リ ス ト の も の な らば, こ れ ア ブラ ハ ム の す え な り, 約 束 のま ま な る 世 嗣 な. アリストテ レス学派以後の哲学において発展 した人間平等の概念とまっ たく同じ概念が, キリ ス ト教社会によって世界に紹介 されたことは実に明らかで, 詳細な解説を要 しない .. ius は 正 義 の 本 質 を 論 じ て, 正 義 の 第 二 部 は aequab 4 世 紀 の 初 め Lac tant i l i tas で あ る と し. ) さらにかれは当時の非キリスト教社会に自由 平等原則の表現 はなか たとしているが た1 . , っ , それはいささか云いすぎであろう. も しかれに1,2世紀将来を見とおす能力があ たなら キリ っ , ス ト 教 (ロ ー マ) 帝 国 が,. こ れ ら人 類 の 偉 大 な 原 則 の 適 用 に つ い て, 前 キ リ ス ト教 (ロ ー マ) 帝. 国よりもそれほど十分 ではなかっ たことに気づいたはずである.. 人間の自然的自由, 平等の原則 は, 実際あらゆる教父の共通した見解でもあっ た そのなかで . もこ の概念を最大限に発展させたのは, おそらく4世紀末期の St, A mbrosius に違いない かれ . -104-.
(6) . <自由>に関するトマスの法理とその周辺 は Seneca. にきわめて類似 した見解をもち,それを厳格なキリスト教概念によって補強したのであ. ) る2 。 かれにとっ て奴隷制は人間から何かを取 りさるものではなく, また自由も人間に何かを加. える も の で は な い。 ま さに 自 然 に よ れ ば 人 は み な 平 等 で あ る (omnes namque homi nes natura l aequa ) ) と が 3 es sumus う い 考 え 期 初 の 中 を こ 世 貫 通 して と た に 9 紀 哲 学 者, 神学者 い 世 の 。 。 こ こ は, の と を 繰 り返 し述 べ て い る. or l eans の lonas , Lyon の Agobard , Strassburg の Hrabanus Rheims の Hi ) ncmar な どが そ の よ い 例 で あ る と お も う4 , 。. 註. inus:”Dあす溜 る鮎髭郷Z榔” v 1) Lact ant i t ly l る劫. 1 ed by R, W,Car e .c , ,14 ,1 .111~2 . ,ぼ , VO ,pp “iv C 2) st ius:”Deたs d i 〆 ろ紙 M b D e やあ Pαか超ダ物α t i wu 1 1 l f:”猛禽 e 5 a u c e e 『“y . Ambros r y P P ; , , , . “ l 1 1962 Thomas Ne Z P乾物助力初′ oヂ ル舵燐破りα l son & Sons ,, , , Vo .78~9 , ,pp “ f “ 3) E妨 げず i α云わ Vおg粥まねご肉 i l t l ed by R, W. Car e z 断α畑γα Lα勿 y .3 ,c , 霧緩; H。 A. Rommen: rゐ , ‘r海 産勿か謬 りf Mα t l rans ey i 『〃〆 上郷り . by T. H. Han nes:‘ , 1949 , B, Herder , PP ,24; C. G, Ha ’ ’ Co”G B弱s i v s s , 1930 , Pre , Harvard Un .19 , ,PP 4) A.1 l l i t e o c 7 y p p p . Car , . , , .,. 3 ) トマスを中心とす る平等から自由への理諭的展開 ( 13世紀の有名な法的著作が平等を重要な課題と しているのは, 部分的にはキリスト 教 の 伝 統. に, ま た幾 分 か は ロ ー マ法 学 者 の 慣 例 に 負 っ て い る 13世 紀 の も と も 重 要 な ゲ ル マ ン法 典 で あ っ 。 る ザク セ ンシ ュ ピ ー ゲ ル の な か で, Byke von Repgow が こ の キ リ ス ト 教 原 則 と当 時 の 事 情 と を. 比較対照 した注目に価する条項がある かれは神の類似におけるあらゆる人間の創造 キリストの 。 , 受難による貧富の別なきかれらの救済, 人類祖先の最初 の安住の地には奴隷などありえな か た っ こと, 捕虜および不正な力による奴隷制の出現, したがって人が他人に隷属するのは真理に反す. る こ と な どに つ い て 詳 説 して い る 13世 紀 フ ラ ンス 最 大 の 封 建 的 法 学者 とい わ れ た Beaumano i r 。 も, ま た当 時イ ギ リ ス の 有 名 な 法 学者 Brackton も 多少ちが たことばで同じ原理を述べてい , っ ) の は け っ して 偶 然 で は な く む しろ 時 代 の 要 求 に 応 じ たも の と い え よ う る1 , 。. ところで13世紀最大というより, 中世を通じてもっとも偉大な学者であっ た St, Thomas は , 平等について独特の法哲学的解説を試みている それが自由への礎底となり 近世自由主義思 想 。 ,. 発 達 の 少 な く と も 遠 因 と な っ て い る こ と は 疑 い な い St 。 ,Thomas はまず法の不完全適合性が,「正 義」 すな わち 「衡平」 を獲得する特殊技術を要望する声を導くも のとしている がんらい法は事 。 件の類型に関す る規律的モデルでなく, む しろ個々の具体的事件を予想して記述されているとみ るべきであるから, 実際われわれの生活環境は, 法の機能を行政職員によって遂行され る必要の ほうがはるかに多いとはいえ, 最終的には裁 判官によって各事件にたいする法の適合性が決定さ. れねばならない。 そしてそ のさい特殊な事件の発生によって法の的確な適用が困難なばあいの法 の指針となるのは, 行政上 の 「便宜」 や 「正当」 ではなく, それは実に 「衡平の本質」 であろ. う。 中世法理念において, 実定法から衡平を取 りさることは, 共通善 (bonum commune) 実現. の た め に 法 に た い す る 服 従 を 要 求 す る 法 的 正 義 を侵 害 す る こ とに な る と さ れ て い た St Thomas 。 .. はこれを 「衡平は法によって決定された正当なことも破壊することがある」 と表現している2 ) . もちろん裁判官による法そのものの審判は中世においても厳禁さ れていたから, 衡平のために 法を無視するのではなく, あくまで特別な型 の行為にたいして法の適用を 判断するにすぎなかっ たといえる丸 衡平は法の型式が適用されない事件において 法原則の趣旨を追及するものである かぎり, 法的正義と区別されねばならない。 がんらい法的正義は法の文字に人の注意を向けさせ , ) 法によって決定される衡平と正 衡平は立法者の意思 (法の目的) に意を注がせるも のである4 。 一105-.
(7) . 高. 坂. 直. 之. 義は, ともに真の法的正義を実現 する手段であるといわれるが, 法的正 義は主として衡平によっ て 導 か れ る こ と が 実 証 的 に 証 明 さ れ て い る こ と か ら, St . Thomas は む しろ 衡 平 の ほ う が正 義 よ ) り 上 位 に あ る べ きで あ る と して い る5 .. つまり要約すれば偉大な中世の法 学者たちには, 人民の不平等 がすべて因襲にとらわれた差別 制度に基づくものとみ られ, それはけっ して自然の差違 とは考えられなかっ たといえる. ところ が 多くの人びと (おそらく善意の 人びと) は, 現在でも平等の原則をあたかもフラ ンス革命の最. 初の熱狂のなかにみ られる単なる近世的思想にすぎないと論 じている. しか し真の事実はわれわ れの法文明の全組織が, いつも個人と平等に関するこれらの仮定に基づいているということで, これを見逃 してはならない. 現在いかなる法組織もそれが設立される基礎は, 個々のそして平等 な人格の原則である。 法のもとの平等, あらゆる人間は理性的被造物--それゆえにこそおのお のその行為に責任をもつもの一一であるという仮定に立脚した平等こそ 全法秩序の根底を貫く. 個人的責任のこの法的仮定は, ある意味において抽象にすぎ, 現実からかなり隔たっ た感 じが. するであろう。 なぜなら, われわれは個個の人格によってばかりでなく, なお環境と教育によっ て現在の自己が構成されているからである. 人間はその行為す べてに責任があるのではない. 現 代社会の法機構は人間の理性的な, そ して自由をもつ人格のうえに創建されている. 個人の人格. を圧迫することなく, かえっ てこれに自主性を与えるのが社会の機能でなければならない. 人間 世界はその方向を予定された世界でも, また目的のない世界でもなく, それは実に 「自由」 を求. めて動く各平等な人格の世界なのである. 西欧文明の連続状態がいく分でも阻害された事情を 考えるばあい, それは自由平等性あるいは 理性的人間性の概念の発達を妨害したもので あると端的にいうことができよう. ここにおいて個. 人の自然的平等と自由とは, 原則的に密接不離の関連があることがわかる. ローマの有名な法学 者たちが中世と現代 に伝えたあらゆる政治的権威の源泉の概念は, 人民それ自体よりほかに, い かなる政治的権威の源泉もありえないということである. 人民の意思をのぞいては神の権威も,. i anus のこと p ま して支配者の本質的優越性など考えられない. 領主の絶対的立法権をの べた U1. ば. i tv egi s habe (Quod principi placuit gorem) ほ ど親 しま れ た ロ ー マ 法 大 全 の 条 項 は ほ か に ,l. な い と い わ れ て い る.. しか しそ れ は U1pianus が 続 け て 次 の よ う に い っ て い る の を 忘 れ て い は し. ないか. すなわち 「皇帝は実際無制限の立法権をもつが, それは人民が皇帝に立法権を授与した からにすぎない」 (utpotecum lege regia, quae de imperio eius lata est, Populus, ei, etin ) こ の か れ の こ と ば は, 2世 紀 の 終 り(か t i )6 era r um et potestatem conf eum omnesuum impe .. れの時代) から6世紀の終りにかけて大体. inianus Just. 皇帝までのあらゆる著名なローマ法学者. の学説を集約したものとい えよう. このことは人格と自由の原則に直接の関係はないにしても, これからその原則が合理的に演輝できると十分考えられる。 もっ とも, 自由に関する科学的解明. は, 中世も末期に近くなってはじめて本格化されたとい うことに異論の余地はない. しかしこれ に明確な方向を示 したのは St. Thomas で あ る. かれによれば 人間の精神的な面, すなわち 「正義」 に関しまた 「知識」 に関して多様性がみ ら れるのは、 あらゆる人間の行動が 「必要」 を通 してなされるか らでなく, 「自由なる意思」 を通し てなされるからである. この自由な意思から人間は多かれ少なかれあることを為し, あるいは企 図 し, また知ることのいずれかを選択 して決めるわけで, そのために人によっ て正義と知識に関 ) す る 精 通 の 度 合 い が 違 っ て く る7 . Thomas は, これをもって社会的自由の必 . い ず れ に せ よ St. 然性をひきだす前提としている。 -106一.
(8) . <自由〉に関するトマスの法理とその周辺. による自由の分析は, 自由な選択 において理性が果す機能に強調がおかれている という意味で, 明 らかに主知主義的性格を帯びているといえる。 ところでかれは選択を 「形相的 St , Thomas. l i t に」 (forma er) は 理 性 の働 き で あ る と い う が, こ の 選 択 の働 き は 理 性 よ り も む しろ 意 思 と 結 び. l i ia つく べ き も の と 考 え ら れ る か ら, か れ の用 語 を か り る な らば, そ れ は 「質 料 的 に」 (mat ter) er. あるいは実体的には意思の働きである. だが, この働きは理性の命令, 判断のもとにひきおこさ れたものであっ て, このため形相的には理性の働きであるといって差しつかえない。 意思が理性 によって善きものとして提示された何らかのものに向うとき, その働きは質料的には意思の働き ) であるが, 形相的には理性の働きである8 。 ゆえに自由なる選択は, 理性の判断に由来するとこ. ろの意思の働きである。 われわれは善について最初に得た素朴な理解から終生のがれることはできないであろうし, ま たもちろん社会人として思慮ある行動をしなければならない責任 からも逃避できない。 したがっ. て自然法の不易面の重要性を, ことさ らに過大視し強調する必要はないようにおもう。 われわれ は善を単なる凝固した形や状態において把握 しているのではなく, むしろ抽象的なも のとして,. その本質において知っ ている. 自由は人間の一般的善についての知覚作用のあとから 続 く も の で, それゆえ自由には義務がともなわざるをえない。 人間は避け難い行動がまねく暗黒の失意に あっても, 選択の能動性によっ てそこからひき上げられるものである。 まして具体的な善のあい だに選択が可能であるのはいうまでもなく, む しろたえず選択が 繰り返されているというのが常 態であろう。 このような自由 (選択) はもちろん人間以外の動物にはありえない. かれらの行動. と事物の性質とのあいだの (原因を示す) 連絡は, 肉体的必要による因果律そのものである. 人. 間においては必要によるといってもそれは肉体的のものでなく, 道徳的なものといわねばならな し、。. 人間性のもつ能動性は 思慮が増すことによって変わるもので, 理性はわれわれに思考をうなが. し, 思考は一般的善の理解によって自由 (行動) とその原則とをもたらす. このような能動性は 人生の活動的な時期によく現われる圧倒的な活力ではなく, それはただ事物 の 「目的」 と 「手段」. について熟考さ せるかぎりの気力で, それが現実に即 し真理に したがって生活するために必要な inc i ima pr ia) は, こ の 義 務 を 一般的義務を明らかにしてくれる。 自然法の 「第一次原理」 (pr p. もっ とも一般的で可能な形において規定 している. すなわち 「善 を な せ」 (bonum est prose- ) quendum) これである9 。 そして善を規定する道徳法の発達が人間の生活のなかに理性の注入を 厳しく求めるな らば, 「自由」(合理的行動の一つの効果として) は, 道徳法発達の初期の段階に お い て こ そ 僅少のていどでみられるものの, 共同社会における道徳的進歩が遅ければ遅 いほ ど, )。 o か れ ら の行 動 の な か に 自 由 を 求 め る 決 心 が 固く な る の は い う ま で も な いl. St 0年 お く れ た Dant e は, 人 間 と して の 本 当 の 幸 せ を 自 由 獲 得 に あ る と し, . Thamas よ り4. 自由こそ神が人間性に与えた最大の賜物であると考えた。 したがってかれは自由を最大 限に使用 できるとき, その種族は最盛期に あるという. ただしかれによれば, その種族がもっ とも自由で あ る た め に は 必 ず 一 皇 帝 の も と に あ らね ば な らな い。 こ れ を か れ は次 の よ う に 説 明 して い る。 す. なわちほかのもののためでなく, 自分自身のために存在する者がもっとも自由であるといえる. それは少なくとも道路が目的地のために必要とされるような, 他のものに必要とされることなく, また煩わされることもないからである。 も しある種族が単一の皇帝のもとにあるならば, かれら は他の種族のためでなく自分たち自身のために存在していることになる. 愚民政治, 寡頭政治や. 暴君政治は, ある種族を奴隷として強制し, しかもそこには諸王による専横な支配があっ たため, -107-.
(9) . 高. 坂. 直. 之. 人びとの自由はきわめて制限されたものであっ た。 しかるに皇帝はすべて人類を愛し, あらゆる 人が 幸せになることを 願うから, 邪悪な政治などありえないという. それゆえ Dante は皇帝の ) もとにある種族を政治的最高の状態, すなわちもっとも自由なものとするのである” . l im に お い て 「あ ら ゆ る 人 間 は そ の 支 配者 を 自 と こ ろ が occam に な る と, か れ の Brevi oqu. 由に選ぶ権限を神から授けられている。 なぜならかれらは人定法によれば生れながら自由であっ ) 2 て, いかなる人にも服従させられないからである1 」 というきわめて近世的な理論を展開した.. それは人間意思の自由を強調 し, 神が人間の決定に委せた行為の大きな領域を示 しているといえ る. したがって自由を人間の自然権とするのであるが, さらにかれは神が人間の自由の創作者で. な い か ぎり, 権 威 の 遠 因 で さ え あ り え な い と 強 調 して い る。 しか し occam の 自 由 は Lagarde. によ って指摘されたように, 特定の支配者や政治における特有の型を選ぶ自由を意味 し, しかも. それは人間には権威 が必要だと いう考えによって条件づけられて いる。 そうしてかれはこの権利 を各個人にたいしてよりはむ しろ人民全般に認めるのであるBL. oc cam はまた教皇がその権威の限界をこえた命令はなんら強制力なく, 個人でも正当に抵抗 しうるといっている。 宗教的圏内においても教皇はその職務以上の命令をする権限がないという. 考えは, 当時かなり広く浸透 していたことが知られている。 事実, 福音の法は自由の法であった。 教皇の支配は自由な人びとにたいする支配であるが, かれらの基本的な自由 を奪うことはできな か っ た し, ま た そ の よ う な こ と は な か っ た は ず で あ る. occam はかれらの自 由を 「基督の御托身. i t i ( nca rna o) 以前と以後にかかわらず, 異教徒が正当に享有 していたあ らゆる権利と自由」 の範 4 ) 囲内で樹立されるべ きものと している1 。 つまりあらゆる俗事上の問題を処理する権利 は, 少な. くとも平信徒にその資格があると分明 したい じょう, かれらにその権 限があるのは当然であると する. さ らに平信徒および修道院内外の聖職者が有する権利と自由にふれ, それは道徳あるいは 新約の教えに反 しないと認められたあらゆることがらを意 味する, とかれは説いた。 したがって 信者の有するこの種の権利は教皇によってさえ妨げられないことになる。 ただ し, かれは犯罪の 処罰や明確合理的原因の存在, あるいは誓約そ の他の方法による自己束縛とか, 当然服従すべき 人にたいする拘束な どのばあいはこのかぎりでないという。 かれにはこれが福音の法における自 由であり, それは明 らかに聖書に発するものと考えてい たのである.. ともかく自由の権利につき, たとえそれが個人的自由権であっても人民による立法権の掌握が i i l 必要であるという観念は, Mars o の 政 治 理 念 のな か で も っ とも 大 き な 支 柱 の 一 つ と な っ て い i 5 ) る 。 われわれはおびただしい中世政治思想を通 じて, 権威を基底とする自由思想が たえず明滅 6 ) しか しい く ら早 く と も oc し続 け て い る の を 看 取 しう る で あ ろ う1 cam の 著 述 をみ る ま えに, 。. それが正当な権威樹立の哲学的前提とはなりえなかっ たのではないかと考える傾 向 の ほ う が 強 い. 自由は現在でこそ人間性の道徳的命令と してみ られているけれ ども, 当時においてそれはあ る権威組織の正当性あるいは有用性を決定する一形式 (または環境) としてみ られていた。 これ. を哲学的に解明したのは occam で あ り, さ らに は Cusanus で あ っ た とい う に や ぶ さ か で は な いが, かれらに指針を示 し, 反論の機会を与えたのは明らかに. St , Thomas. であっ たことを銘記. す べ き で あ る.. 註. ’x i l 1) Beaumano z α 燭輝彦dimら堀 r:”Lg s Co那 加夕 ”e s d” βe賜りo海山’ v o ・: ”DBL曜ま卿se , .1453; Bract A”〆〆 d R ▽ C . i v i 1 t 1 1 b 1 1 1 t 1 ”8ぞ i c r e c 9 0( ) e a o o n y p p p y ,8 - ・ ・ , . . ・ . ・ , . , , l 2) S“粥. r膨oん 1 l al ae .120 .l ad ,1 , ,qu ,art 3)ば疑α , .2 . ,ad. -10 8-.
(10) . <自由〉に関するトマスの法理とその周辺 4 l i i t z m sg“ん d lkamp ).タ ed by K. Kr i e t ・33 ・5 ,3 ,C ,4 , So . ,c ,op , ,pp 160 Z 1 l l 5) S開削, r腐り l 1 a 2 0 a e u t 2 a q r , , , . , . , i t l 6) D壱榔ず l ed by R, W. Car i l t e c y .4 ,1 ,c ,i . . , Vo .1 ,op .64 . ,pp 7) s“朔, rあのZ lae t . 。96 ,3 ,la l ,ar . ,qu 8) 泌雌, t r ,13 ,1 , , qu ,a. 9) 湯謬, t l .94 ,2Conc ,qu . ,ar lkamp 10) K. Kre i i t .c , .170 ,op . ,pp ‘DB ル省伽αγc霧 “l ‘ル省 i i:‘ 11) Dant e A1 “ l er b e湿 by E. Lewi i ghi t α z s:‘ ed e リメ P磁力惚Z1de .11 ,1 ‘ z s , i ,c ,c , vo l l l l edge & Kegan pau ,1954 , Rout ,pp ,492 , 12)c i る 〆 I t α ed by E. Lewi s , .1 ,161 ,す . , VO ,PP ‘おZ 13) George de Lagarde: ‘ ’ ’ ” 〆“α肉粥g o露あのゅ臨海 卿 〆げαBe “〆物〆 fz f g d卿Z s α”c e da , , dans 上α れ鯛s “ l V工 19 re s カメ云 傷鱒“eα“ 〆沈溺” 〆”夕 int “oyのz 姦gB 慧 3 i -Paul ‐Tro t-Cha t eaux 1 3~9 8 2 . , { , Vo P P ,Sa . , , ‘DB 方メカがα加島 ’ ’ 3 9 13~16 oα Q 14) occam:‘ z P伽飼お〆 ”” e ⑦′’敏感αfe ” ; o 幼榔ず海’膨棚 上腐 蝕 鰯鍋, ,, , , c i t ed by E, Lewi i q 1 t, VOLI s ,1 ,15;q ,3 ,9 ,c ,c ,c .c ,op , ,pp.547 ‘九筋γ副粥s ÷ “ 1951 New York 15) A1 an Gewi rth:‘ of pαば卿, ,219〉25 , ,PP , i 16) 丑, Lewi s 1 t . ,op,c ,1 .344 . , VO ,pp. 1 ( ) 中世を貫く政治的二大原則 中世の政治思想におけるもっと・ も基本的な面は, まず第一にあ らゆる政治的権威が正義 の表現 であっ たということである。 川がその源から流出するように, すべての実証法は正義か ら発する ) とはよくいわれている1 。 換言すれば国家の実証法の背後には, さらに偉大な尊敬すべき法であ る自然法が存在するという意味である。 この自然法は, 社会が自然状態から協定上の秩序へと変 遷するにつれて実際ある点においては制限修飾されたけれども, その本来の性格は神聖かつ不変 で あ っ て, い か な る 実 証 法 に よ っ て も 廃 棄 しえ な い 書 かれ ざ る 法 な の で あ る 。. 単なる人間的権威は当然制限されねばならないという この原則は直接にはローマ法にそ の起原. をもつが, 中世の政治思想において最高の重要性を示し た 要するに中世には政治的絶対権威 を 誇れるものはなかったし, ありえなかったからである。「治安妨害は死に価する罪であるけ れ ど. も, 不 正 な権 威 に た いす る 抵 抗 は 治 安 妨 害 で な い」 と い っ た の は Thomas Aquinas で あ た2 っ ).. 国家主権の観念を支持する支配者 をあるていど考慮していたとおもわれる16世紀の Bodin が, か れのいう専制君主を自然法や神法の下におくことを認めたのはあえて異とするに足 らない 理論 。 透徹とはいわれないマ こせよ絶対的国家主権学説を強力に支持 したのは17世紀の Hobb e s をも っ て は じめ と す る.. ローマ法が中世へ伝えた政治学説上の第二の原則は, 政治的権威にはただ一 つの直接の源泉が. あるということである。 そしてそれは共同社会 (人民) そのものであっ た。 つまり政治的権威の 根拠は領主の個人的資質でも, かれの英智でもなく, 実力でもなければ, また常態では神の直接. の任命でもない。 ただ共同社会すなわち人民だけがそれであっ たのである。 L か しロ ー マ 法 に と. く に 親 しま な か っ た 人 に は 上 述 の こ と が 論 弁 の よ う に きこ え る かも しれ な い. な ぜ な らロ ー マ 法 i i i l i 大全 (Corpus Jur sC ) は皇帝によるローマ人民支配の時代に 属し しかも皇帝は一見絶対 v s. , 的とおもわれる権威を有 していたばかりでなく, 皇帝自身が法の源泉といわれていたからである 。 2世 紀 後 半 の 偉 大 な 法 学者 で あ っ た U1 anus の い っ た 有名 な こ と ば と して 「領 主 の意図す る も pi incipi placui t の は法の力をもつ」(quod pr i egi s habet v t )が そ れ を よ gorem,--Di ges ,l .4 ,1 ,i . く 物 語 る よ う で あ る。. しか しな が ら, そ れ は しを しば次の事実を忘れているのではなかろうか. すなわち法の力をもつのは lex regia に よ っ て ロ ー マ の 人 民 が そ の imper ium と -1 09ヤ. potestas. 。 を皇.
(11) . 高. 帝に授与 したもので あると. 坂. 直. 之. ) U1pianus が 付 言 して い る こ と を で あ る3 .. 領主の権威が人民からの享 受であることはローマ帝国のあらゆる法律家の主張でもあっ た. そ. us は ロ ー マ 法 ium を 獲 得 す る の は ロ ー マ 人 民 の 法 に よ る の で あ る. Pomponi して皇帝が imper が生じたときに領 の淵源とその発展を論 述したさい 「ある人が人民に関する仕事を担当する必要 主 が 誕 生 し,. ) こ の こ とはまた明 ら そ の 創 設 す る も の が 法 の 効 力 を 付 与 さ れ た」 と い っ て い る4 .. lは4 l inianl 1 と Va iusl 28年の 「法典」 ent かに当時 の 皇 帝 自 身 に よ る 判 断 で も あ っ た. Theodos ) で, 領主の権威は法からひきだされるためにかれらは法に拘束さ の有名な条項 (Cod .4 . .14 .i inianus 自 らも ロ マの人民からそのあらゆる権威と権力を皇帝に れると述べ, 16世紀には Just ) して い る. 要 す る に 政 治 文 明 に お け る 譲 渡 さ せ た ロ ー マ の 古 法 に つ い て 言 及 (Cod .1 . .7 .17 ,i. この二大原則は中世 が古代社会から, とくに直接にはローマ法 から継受 したものに中世独特の修 飾 を 加 えて は じめ て 完 成 した と い っ て よ い。. 註. ‘露 凋ま l inburgh Univ l s s i I Vec 1) Gi eP ed chio: ‘ c org o De .155 . Prc , PP ,by A, H. Campbe ,1952 , Bd その公共善への秩 的 やはり 」 であるばあいでも t es eqq; 法の内容が従来の 「正義」 概念をこえて 「社会 , ’2i Z gme ed / B D” Dγメガ B G煎ろγα j 序づけのゆえに法的 「正義」 とな る. ( ean Dabin: “ T煽 げ〆 . , 1953 , lant Bru×e i l l l i e Bruy ssment s 罰mi es .309~10) ,pp , 配tab lae t 2) 勉励, r珍のL I1a l ,2 , ,42 ,ar ,qu iv incet s on Un 3) Gaines post:”SZ”燐esZ , ” M媒海堀ZLBgα! r肋”g霧“1964 ,Pres ,83 ,pp , Pr. , i i l i t e t 4) D忽g f ed by R. W, Car y s ,1 .66 , , ,c ,2 ,2 , Ci , Vo ,PP ,op ,i. ) 慣習法と自由との関 連性 燃 われわれが中世 の政治秩序の一般的性格を考えるとき, 古代帝国のそれとはまことに違った世 界を見いだす. すなわち領主は最高の地位にあるものでなく法こそ最高で あること. そ して法は. 中世を通 じて主と して共同社会 (人民) の慣習であっ たことである. ローマ法学者にたい して富 言された人民の意 思の背後に慣習の権威 が存在 していたのは事実である. しかしかれらの立法的 権威は常態では代理者と しての領主に委任されていたことを否 定するものではないD. i t anus は12世 紀 の 中 頃 か れ の Decretum に お い 最初 の 組 織 的 な 教 会 法 の 編 集 者 で あ っ た Gra. て 「人間は自然法かあるいは慣習法によって支配されるもので, 実証法は人間のため, 正確にい ) と い っ て い る. ま た か れ は 「法 は 公 布 に よ ”,i う な ら慣 習 の た め に 存 在 す る」 (Dec焔ガ“’ . , D.1. ばならない」 って発 効するが, そのもとに生活する人びとの慣習によって確認されたものでなけれ 一般 ) る煽り D.4 ) と付言する2 (Z , . 実証法 が人民の慣習にすぎないとする広く 包括的な断定は, i anus ば か り で なく, 13世 紀 に お に は奇 異 に 感 じ られ る か も しれ な い。 しか しこ れ は 単 に Grat i Beaumano B t ラ の と ン ス フ r一 一 に よ っ て そ れ ぞ a c o n r ける 2 人の偉大な法学者--イ ギリスの ton は 英 仏 海 峡 を こ え た 世 界 に た い す るイ ギリ ス 独 れ 単 独 に 発 表 さ れ て い る こ と で も あ る.、Brac. 特の不案内が多少あって 「他国が成文法を使用 していたあいだ, イ ギリスのみが不文法と慣習法. ton は お そ らく ロ ー マ 法 が 大 陸 に 広く ゆ きわ ) と い う. Brac を使用 した」 (De Legibus . .1 .2 ,i た た と い う 漠 然 と した 考 え をも っ て い た ら しい。 か れ と 同 時 代 の 人 で あ る Beaumanoir は 「あ っ. らゆる訴訟 は慣習によって判決される。 …… 王はその領域の慣習を自ら維持 し, それを人民に維 ) と 述 べ て い る. i )3 v 1 S s s Coustumes du Beauvo・ . 持させる義務がある」(Le ,682 ,xx 最後に St. Thomas は一般人民が実証法制定の自由権を有することを認めている. も し不幸に して人民が自ら法を定立する自由権, あるいはより高い権威によって制定された法を廃止する自 由な権力を行使 しえないようなばあい があっ ても, なおそのような人民のあいだに行なわれてい -110-.
(12) . <自由〉に関するトマスの法理とその周辺. る慣習 (それは自由権と同 じく同意と認容を要素にもつ。 したがって良き慣習は自然法の第二次 規範たる性質を具有する) にたいし, それが人民に法を課することを職務とする人びとによって ) 容認されるかぎりにおいて法の効力とその優先適用 を認める4 。 つまり St, Thomas は人民の自. 由意思, あるいは一般的自由意思をその根底におく良き慣習を法 (と理性) と同格視 していると み て よ い とおもうり i Gratianus, Bracton や Beaumano r は, き わ め て 初 期 の 諸 法 令 に み ら れ る よ う な 中 世 法 のノ. ーマルな特徴を書いたにすぎない。 法であるべきことがある特定の一人ない し数人による定立を 意味するならば, 中世に法は存在しない。 法は種々の国およ び領土における慣習の記録である。 このように中世における本来の正 しい法概念は, ローマ皇帝のそれとは非常に違っ たものであっ. たことがわかるのである. そして何が慣習法であるかないかの決定は王や貴族 (領主) によらず に人民によるか, あるいは家臣によって構成される法廷で決めなければならない事項であった. 中世後期においてこの職分は疑いもなく大巾に王の法廷, 王の裁判官によって占められていたと. はいえ, 法廷は原則として公平な組織体で王の個人的な意 思や命令にしたがわず, む しろ王の意 思に 反 して も 法 を 遂行 す る こ と が 期 待 さ れて い た と い える。 こ の こ と は Fortescue, Gerson, De. ) seysse i l 1 や Mach l i に よ っ て15, 16世 紀 のイ ギ リ ス, フ ラ ンス, イ タ リ ア に も 当 て は ま る6 ave .. 註. ’ ’ l l ば妨碍 T卿” an l lwa in:” T棚 Gγ 1) C , PP.186~8; o脚放 け POZ g脇 幽 劫B W腐れ 1953, Macmi , H, Mc l i た。 若い Phi p S T彰〆 St T そ法の力であるとし l l l t 3 ,97 , homas は 卿” , . a ae ,ar, において慣習こ ,qu. 王にたいする忠告として述べられた DB γ曜ば粥粥e Pγ彰c必“粥 も主として慣習法の尊重にあったといっ てよい. かれは立法者は法執行者と一体となるべきで, 全人民こそ立法者でなければならぬとしている。 1肋“ 賜/ ’1965 Bas ‘rγ8 l l i I B1 Z ackwe ISma f化の 7 l l (Bery 7 z Mg燐β ey (ed ):‘ 7観sz ,71) リメ POZ g ,pp , ,. ]e i I 1 l l t 2) R, W. Car c y , .I .47~8 , ,pp , , Vo ,op. る 省ぬ PP,41~2 3)す , l l t 4) S郷粥, rたのも lal ae ,ad 3um. ,3conc .97 ,qu ,ar. i i dorus の Eケタ b 5) かれ が引 用 し てい る l ”〆増 加8 s .c ,16 に 「法 と理 性 は悪 い 慣習 に う ち かつ」 ,2 ,l l l t (S“粥, r毎oL 1 al ae ) とあるのをみても想像しうることである。 onc .97 ,3c , ,qu ,ar ‘Seγ朔oP知 り溺愛o R 禽 Ro ‘DB Nα彰γ “i ’ 7鰯棚粥粥”; t 『好粥, son:‘ 6) For 堰 es cue: ‘ α乙曜癖 屑α ,16; Ger “ “ ’ ’ l l i: Dメ ”α DB伽 燐 i cげ郡 s物γα 卿 汐“夕 De sey l: Gγα霧 ルの”αγ臨海 dB Fγα”G s B ave s s e , 10; Mach , i l i l i r鷲o 乙れれ“i t t e ed by A,J y . . Car , ,15 .c ,PP ,126一一c ,OP. ( 3 ) 法の支配一一法の至高性 上述により中世における政治的自由の概念の最初に してもっとも重要な形態は, 法の至 高性で あるという結論が導きだされる。 それがいかなる立法者による定立でもなく, 共同社会における 生活慣習の表現で あることはすでにくり返された。 中世の法 がすべて王の意思による不合理な作 出にすぎないという考えは, 少数のローマ法学者をのぞいてだれひとり支持する者がない。 かれ. i らは お そ らく Corpus Jur s の研究に熱中のあまり, 西欧そのものの歴史的 地域感覚を失って し. ま っ た の で は な かろ う か。. ton の 有 名 な こ と ば の う ち に 王 は二 つ の 優 越 者 を も つ。 一 つ は 神, 他 は 法 で あ る と い う Brac. 当時の政治社会の原則がはっ きり現われている。 かれのいうとおり法が存在しないところには王 も 存 在 しな い. St . Thomas は こ れ に つ い て, 法 の 指 導 力 に 関 して は 支 配 者 も 自 らの 意 思 に よ っ. て法の支配下にある。 すなわち何びとも他の者のために制定する法を自らも 守る義務があるとい ) われるように, 自ら制定する法には進んで従わねばならないと明言している1 。 同 じ原則は12世 l em の Burgesses 裁判所が行なっ た巡回裁判の判決録編集者によっても表 現されて 紀 に Jerusa. ) いる。 それによれ ば君主は権利行使のみの君主で, 悪事をな しうる君主ではない2 。 すなわち王 1- -11.
(13) . 高. 坂. 直. 之. の権威は法の権威であっ て, 悪の権威ではないのである.. i な る ほ ど古 代 ロ ー マ の 皇 帝 は, た と え ば Jus t ni anus が 述 べ て い る よ う に 唯 一 の 立 法 者 で あ っ. た。 しかし中世における皇帝または王は立法において第一順位を占めていたとはいえ, かれはあ る意味において人民のために尽す地位にある人びとと共に 立 法 権 を行なうにすぎなかっ た. こ. の傾向はすでに9世紀のヵpリ ソガ王朝時代に現われ, 中世後期にはなおいっ そう濃厚になって l く る. 13 ogna 市民のなかで最高地位にあった 数人の貴族でさえ, 法 は , 4 世紀における Bo Pr ( 高官たち) oce と 議会とに協議 してから領主によって制定されなければならないと主張 し r e s た こ と に よ っ て 明 瞭 で あ ろ う。 Roger Bacon は こ れ を は っ き り 確 認 して い ろり。. ta (39条) 領主が単独では立法できないというこの中世法原則は, 13世紀初期の Magna Car fonso IX 治世の Leon の議会, に 明 示 さ れ て い る ば か り で な く, ス ペ イ ンに お い て も1188年 A1 l 4 ) V l d l d 1299年 a a oi の議会における宣言のなかにみ られる 。 ス ペイ ンにおいて最初に都市代表が 王 国 の 議 会 に 召 集 さ れ た の は, イ ギ リ ス に お け る1295年 の 議 会 よ り 100 年 以 上 ま え の こ と で あ っ た。. そ して 13, 4 世 紀 に お い て は, こ の 種 の 議 会 が ヨ ー ロ ッ パ の ほ と ん どあ らゆ る 部 分 に み られ. るのである. もっとも, 初期の代表団体はしば しば人民の権威による課税のみをその任務として いたようである。 いかなる領主でも法の手続によらず して個人の財産を奪えないという原則 が人. びとの心に固くきざみこまれていたために, 代表組織があるていど発達 しなくては各国の組織と. 政策の発展が要求す る財政的源泉を獲得することは不可能であっ たであろう。 このように個人の. 財産権擁護にはじまる自由権の確立が, 代表会議組織を通して着着とその効をそうしていっ た。. 中世の法 o 政治学者は一般に, 個人がもつ 「自由の権利」 を自然法あるいは自然法に準じた人. 民の法に基づくも のと信じていたのである。 ただしこの考えは当時広く西欧に流布していたわけ でなく, またのちの自然 法学者が用いた絶対名辞のなかに述べられたものでもない。 しかし自由. 権のなかでも財産権は一般に人民の法に基づくとみ られていたし, 少なくとも St. Thomas は自 ) 己防衛権および家族関係保障権を自然法に由来するも のと していた5 。 しか し その自由権が現在 のそれと比べて, かなりあいまいな状態であっ たことはいうまでもない。 奴隷は原罪の結果にふ inus の 考 え, ま た 奴 隷 制 が 中 世 に お け る 財 産 組 織 (構造) の 一 役 を さ わ しい と す る St t , Augus 担 っ て い た 事 実 か ら, あ る 人 び と は 生 れ な が らの 奴 隷 で あ る と い う Ar i l e tote s s の 理 論 は, ごく. 初期の中世思想家を して個人の自由を普遍的権利と しては不適当とおもわせたであろう。 それに もかかわらずまえに 触れたように人間本来の自由に関する ストア的な初代基督教教父の観念およ i び Corpus jur l i i v s Ci s. のなかのある所説が, 自由は自然権であるという考えをより強く民衆の 心に注入 したことは事実である。 中世人の自由は したがって政治論考の前提であるとともに生命 権, 家族関係の権利および財産権 を主として, それは国家の権威にたいする正常な抑制であっ た の で あ る.. i l しか しこ の 抑 制 は い ろ い ろ な 意 味 を 含 ん で い る。 た と え ば ま ず Ar es の 自 由 の tot s e. 定義から自由な人間は共通善をのぞき, いかなる目的にたいしても手段として取り扱われてはな. らな い と 説 い た の は occam で あ っ た6 ) 同 じく15世 紀 に Ni col aus Cusanus は, 法と政治の性 。. 質について中世人の基本的な信念を裏書 きするようなこと ばを述べている。 すなわちあ らゆる権. 威は人民の同意によって生じたときのみ聖なるものとして認められること。 政治は法が人民の同 ) 意によってのみ作出されると同 じく, 人民の自由な同意からのみ行ないうるとすることである7 。 こ の よ う な 観 念 は16世 紀 の お わ り ま で に は, 中 央 お よ び 西 ヨ ー ロ ッ パ の ほ と ん どあ らゆ る 重 要. な政治思想のなかに表現さ れてきた。 とくに16 ′世紀においては従来よりい っ そう明確に現われて いる. それに してもこの観念 の醸成について文芸復興と宗教改革が少なからず影響しているとみ -112-.
(14) . <自由>に関するトマスの法理とその周辺. るならば, それはとんでもない見当違いとし ・わねばならない。 宗教改革に付随しておきた厳烈な 闘争も, 上述の政治的主張の遠因とはなっ たかも しれないが, けっ して近因ではなかっ たはずで あ る. こ の こ と は ス コ ッ ト ラ ン ド の. George Buchanan の 政 治 学説 とス ペ イ ンの. Mar i ana の よ. うなジェスィ エ ッ ト政治思想家の学説とを比較すれば自ら氷解される問題である 両者は神学上 。 あるいは教会に関する事項に ついてはまことに明確な相違点があるかも しれないが 政治的権威 , の根源と性質について, それが人民に発し, そ して正しくは人民の統制のもとにあり, しかも神. 法と自然法のより高い権威と正義の諸原則に服従するものであると いう点におい て 一 致 し て い る。 それがまた大体にお い て St. Thomas の 政 治 理 論 で も あ る こ と は, 人 定 法 (lex humana) l ) はすべて自然法 ( i )と す る e x natural s) か ら導 き だ さ れ8 , 人 定 法 は 各 人 の 良 心 を束 縛 で きな い9. かれの所論よ り推して十分納得できることである 。 註. 1) S錫創, rたのも l l al ae t 。5 ad 3um. ,96 ,qu ,ar l l 2) R, 帆.Car i 1 1 e t l y ,C , , vo ,1 .52~9 ,OP , ,PP ’i 12 c 3) Roger Bacon:”S“創粥α Co燐c禽’ l l t i t ed by A,J e y , ,i , Car ,c , ,18 , ,op , PP . 4) R. W. car l v V i L e t o C 1~2 。 6 y p p p , . , . , , . 5) &““ l al ae t . 丁ゑのん l ,94 ,2 , ,qu , ar i 6) B. Lewi s t l c , , ,op ,1 ,pp .217 , , Vo ‘上 “ i ‘~化物Z ) 7) Cusanus: ‘ Z Z g CD締切γ加夕霧海 Cq物o i i i IE. S igmond: ‘ t Gα q so ed by Pau f .14 ,4;i , i .c C“s 〆 ル Z Z Z 髭cd rゐo“gゐ ’1963 Harvard Uni α α” ed毎リメ PO ′ )2 v s s , Pre ,191 、 , ,pp l Z 8) S脚例, 7湾e l o ae , ,工al ,95 ,2Conc ,qu , ,art ろ鵡, 9)ぼ t 4 a r .96 , ,qu , , . 人間以外の動物は目的に向って行動 しても, かれ らはその行動によって目的を獲得できるとは. 考 えて い な い。. ) St た だ 自 然 本 能 に よ っ て 動 い て い る だ け の こ と で あ る1 。 . Thomas は 人 間 の み. が自己 のうちに自然的エラソ独特の方式をみいだす といい, 自然についての形而上学的概念が人 間 の エ ラ ンに のみ 適 用 さ れ う る の が そ の よ い 例 証 で あ る と い う 。. した が っ て 人 間 の 本 質 は 同 時 に. また目的によって限定される能動性の本体であることがわかる。 しかし目的が能動性を誘起さ せ る方式は本質的に異なったいく種類かの能動性を導くもので, そのもっ とも顕著な面は行動力を. ともなう 「自由」 である.. が ん らい 目 的 そ のも の も,. 人 間 が そ れ に 向 っ て 職 分 を 果 して い る う ち に変 形 さ れ た も の に な っ. てくる。 人間は能動性の実体に潜む善を知ることができ, また具体的な個個 の善のなかから任意 選 択 (選 択 の 自 由) が で きる か らに ほ かな らな い つ ま り 人 間 は 永 久 法 ( l tema) に た い す ex ae 。. る動物の必然的 貢献か. ら解放されて いる。 もちろんこの解放は絶対的ではなく, 人間は他の動物 のように力学の法則によってその能動性に は限界があり, しかも 「生物学的出来事」 と 「必要」. との複合体であるにも かかわらず人間には物質の支配を逃れる領域があることを, それは意味 し て い る。. 理性の存在はこの解放にどのような関係をもつであろうか。 人間のうちにある動物的本能は, 明らかに具体的事物に連結きれている. しかし理性 (本質的事実を知ること, このかぎりにおい て善) は時空の偶発的な世界に沈潜 しないように, 自らをたえず昂揚するものでな けれ ばな らな ) い2 。 理性は単に動物的衝動 を考量 し整理する裁判官の役割りを果すばかりでなく, それは人間. ) もちろんそれが理性の要求する の能動性を要求し, その満足 (賠償) を求める原告でもある3 すべてではない。 客観的真理 (被造物を形づくる根本原理である本質と原因) を理解 しようとす -113-.
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