• 検索結果がありません。

[座談会]日本におけるグローバル・スタディーズの受容と地域研究  (臼杵陽・遠藤泰生・寺田勇文・宮崎恒二・峯陽一・福武慎太郎(司会))

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "[座談会]日本におけるグローバル・スタディーズの受容と地域研究  (臼杵陽・遠藤泰生・寺田勇文・宮崎恒二・峯陽一・福武慎太郎(司会))"

Copied!
28
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

福武   本日は「日本におけるグローバル・スタディーズの 受 容 と 地 域 研 究」 と い う テ ー マ で お 話 い た だ き ま す。 グ ローバル・スタディーズは、ポスト冷戦期の急速なグロー バル化に関わる諸研究として、一九九〇年代後半にアメリ カで生まれた新しい知のアプローチです。日本の主要な大 学でも現在、グローバル・スタディーズの名のもとに制度 的再編が進んでおります。   興 味 深 い の は、 発 祥 の 地 ア メ リ カ で グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズの誕生は、地域研究にとっての危機と認識された こ と で す。 冷 戦 の 終 焉 後、 地 域 研 究 が 急 速 に 衰 退 す る 一 方、 そ れ に 取 っ て か わ る か た ち で 誕 生 し た の が グ ロ ー バ ル・スタディーズだと認識されたと私は理解しています。

総特集

[座談会]

日本

受容

地域研究

出席者   臼杵   陽 ︵日本女子大学文学部教授/﹃地域研究﹄編集委員長︶ 遠藤泰生 ︵東京大学大学院 グ ロ ー バ ル 地域研究機構長︶ 寺田勇文 ︵上智大学総合 グ ロ ー バ ル 学部教授︶ 宮崎恒二 ︵東京外国語大学 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 言語文化研究所教授︶ 峯   陽一 ︵同志社大学大学院 グ ロ ー バ ル ・ ス タ デ ィ ー ズ 研究科教授︶ 司   会   福武慎太郎 ︵上智大学総合 グ ロ ー バ ル 学部准教授︶ 開催日   二〇一三年一〇月一八日︵金︶

(2)

  ところが日本のグローバル・スタディーズの展開は、大 学院や研究所、そして学部教育においても、地域研究が中 核的な役割を担っています。アメリカと日本の展開はなぜ 違うのか。そこで、みなさんが所属されている研究機関で はグローバル・スタディーズに対応しどのような改組・再 編 が 行 わ れ つ つ あ る の か、 最 初 に う か が い た い と 思 い ま す。

研究

上智

寺田   上智大学では外国語学部がずっと地域研究を担って い ま し た。 一 九 七 〇 年 代 か ら 外 国 語 学 部 は 英 語、 ド イ ツ 語、フランス語、イスパニア語、ポルトガル語、ロシア語 という六学科体制になっており、それ以外に国際関係と言 語学の副専攻がおかれていました。   そこに一九八二年、アンコールワット研究で知られる石 澤良昭さん、最近亡くなられたインドネシア研究の村井吉 敬さん、フィリピン考古学の青柳洋治さんが中心となり、 アジア文化研究所を作りました。教育面では外国語学部の 国際関係副専攻でアジア研究科目を開講していましたが、 一九九〇年代に入り、アジア文化副専攻が独立してできま した。それ以来、外国語学部は六つの語学科と国際関係副 専攻、アジア文化副専攻、言語学副専攻の三つで、現在ま できています。   二〇〇二年にCOEプログラムの公募が始まり、当時は 外国語学研究科という名称でしたが、大学院の国際関係論 専攻の人たちと地域研究専攻のわれわれと、比較文化専攻 の三つのユニットで申請することになりました。それらの 福武慎太郎(ふくたけ・しんたろう) プロフィールは032頁に掲載。

(3)

三つの専攻が共同して取り組む共通の課題として、グロー バル・スタディーズという日本ではまだ新しい試みを中心 にしようと決めたのです。   国際教養学部にワンクさんという中国をフィールドとす る社会学者がいます。出身はアメリカで、アメリカのその ような流れにはいつも注意を払っており、グローバル・ス タディーズのコースを上智に作りたいと考えていました。 そ し て「地 域 立 脚 型 グ ロ ー バ ル・ ス タ デ ィ ー ズ ( Area-Based Global Studies ) の 構 築」 と い う テ ー マ の C O E が 始まりました。当時のアメリカのグローバル・スタディー ズは、金融とか資本の国際移動とかが中心で、それとわれ われの立場はかなり異なりました。われわれは地域に立脚 し、 地 域 か ら 世 界 の 変 化 を 見 る よ う な ア プ ロ ー チ で、 グ ローバル・スタディーズを始めようということになりまし た。   それにともなって、二〇〇六年四月にはそれまでの外国 語学研究科を再編し、グローバル・スタディーズ研究科が 誕 生 し ま し た。 専 攻 と し て は 国 際 関 係 論 と 地 域 研 究、 グ ローバル社会専攻という三つの専攻がおかれています。グ ローバル社会専攻というのは、国際教養学部というすべて の科目を英語で行っている学部の上に位置する大学院プロ グラムで、英語では Global Studies といいます。   世界規模の連携組織としてグローバル・スタディーズ・ コンソーシアムがあります。発足した二〇〇七年当時から 上智大学と一橋大学は加盟組織で、現在でも上智大学は幹 事校の一つです。現在はそれにヨーロッパとアフリカもい くつか入っていますが、年に一度アニュアル・ミーティン グを開催しています。そのようなところとも連関しつつ、 グローバル・スタディーズを進めていこうという気運が学 内にありました。   そして二〇一四年四月に総合グローバル学部を新設しま した。これまで外国語学部所属で学科をもっていなかった 国際関係副専攻とアジア文化副専攻の専任の教員が中心と なり、カリキュラムは国際関係論とアジア、中東・アフリ カ地域研究を核にするということで、名称が総合グローバ ル 学 部 と な り ま し た。 英 語 で は Faculty of Global Studies です。   普通ですと、総合グローバル学部には二学科を作って、 国際関係論学科と地域研究学科にするのですが、一学部一 学科にしました。国際関係論系で二つの領域があって、つ まり国際政治学か市民社会・国際協力論というカリキュラ ムの括りと、地域研究系でアジア研究と中東・アフリカ研 究があり、国際関係論系の二つの領域の一つを、それから 地域研究系の二つから一つを学生は選択しなくてはならな い。つまりグローバルとローカルの両方の視点を学ぶとい うことになっています。

(4)

  「地 域 研 究 を 捨 て て グ ロ ー バ ル」 と い う 話 で は な く、 地 域 研 究 者 の 立 場 か ら い え ば、 「地 域 研 究 を よ り 現 代 的 に 発 展させる要因としてグローバルな流れを取り込む」という ことでした。

研究

同志社

福 武   同 志 社 大 学 で も 二 〇 一 〇 年、 グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズ研究科、グローバル・スタディーズ専攻が設置さ れました。教員をみると、地域研究者が多数を占めている 構成になっています。 峯   上智大学とは双子の姉妹のようなものですが、もとも と 同 志 社 大 学 の グ ロ ー バ ル・ ス タ デ ィ ー ズ 研 究 科 の 母 体 は、一九九一年に設置されたアメリカ研究科でした。これ はユニークな試みだったと思います。一九五八年に設置さ れたアメリカ研究所を母体に、途上国ではなく先進国であ るアメリカ合衆国という空間を、地域研究のユニットとし て総合的に研究する研究科だったのです。   こ れ を 踏 ま え つ つ、 大 学 全 体 の 改 革 の 一 環 と し て、 グ ローバル社会のニーズに応える大学院としてグローバル・ スタディーズ研究科を発足させることになりました。アメ リカ研究科はアメリカ研究クラスターになり、そこに現代 アジア研究クラスターとグローバル社会研究クラスターが 加わるかたちで、三つのクラスターが編成されました。こ れらは専攻ではなく、あくまでクラスターで、それぞれの 垣根をできるだけ低くして、共同で研究や教育を組織して いこうという趣旨です。これらは地域研究の色彩が強く出 てくるような編成になっています。まず、アメリカとアジ アがあり、アメリカは北米が中心で、アジアは中国も強い ですが、朝鮮半島研究も強い。   そして三番目のグローバル社会研究クラスターですが、 ここでは越境的な問題、たとえば移民や難民問題、国際開 寺田勇文(てらだ・たけふみ) プロフィールは059頁に掲載。

(5)

発、人間の安全保障など、いわゆるグローバル・イシュー を中心に扱うことになっています。ただし実態としては、 グローバル社会クラスターの所属教員も地域研究者で、中 東 や ア フ リ カ、 ヨ ー ロ ッ パ や ラ テ ン ア メ リ カ な ど、 「北 米 とアジア以外の地域」の専門家が所属しています。ですか ら、おっしゃる通り、教員には確かに地域研究者が多いで す。このように研究科全体として、地域研究をベースにし ながら、地域研究からグローバルに攻め上がろうという趣 旨でデザインされていると言っていいと思います。   同志社のグローバル・スタディーズの特徴を、私の主観 的な理解として三つあげておきます。第一に、研究でも教 育でも、個人の力を重視しています。地域研究には職人芸 のようなところがあります。マルチ・ディシプリナリー、 つまり学際的という言葉がありますが、どのような方法論 をどのように組み合わせるのかというのは、個々の研究者 の力量、経験、研究の蓄積にかなり依存します。特定の学 会 の 流 儀 に 染 ま っ た 人 た ち が 集 ま っ て き て、 「あ な た は ア フリカの政治学ですか。私はラテンアメリカの文学です」 と か 言 い な が ら 学 際 的 な 教 育 研 究 を や る と い う の で は な く、一人ひとりの教員の内部で、方法論が火花を散らしな がら融合している。私自身、アフリカの歴史もやれば、政 策分析もやるし、文学もやるし、計量もやります。私たち の 研 究 科 の 教 員 に は、 そ う い う 意 味 で の 地 域 研 究 者 が 多 い。つまり、それぞれが一国一城の主として、政治経済、 文化、歴史、言語など、たくさんの包丁を持ち替えながら 自分の対象地域に迫ろうとしているわけです。   個人の力を重視するというのは、学生にも当てはまりま す。院生の四割くらいが留学生ですが、留学生も一般学生 も互いに生身をさらす付き合い方をしていて、それを教員 が焚きつけるようなことをしています。多数派の日本の流 儀に従わせるのではなく、イスラム圏から来ている留学生 のために、研究科の建物のなかにメディテーションルーム を整備したりもしています。私のゼミの場合も、アフガニ スタンやキルギスタンの学生や、イスラム教徒になった日 本人学生がいるので、今日は全員参加のコンパだから酒と 豚肉はやめましょう、と言い出すと、留学生たちのほうは 「先 生 た ち は 好 き に 飲 ん で も い い ん じ ゃ な い で す か」 と 言ったり、そういう素直なやりとりを通じてゼミの一体感 ができていきます。   パレスチナ研究が専門の日本人院生とパレスチナの留学 生がいて、ウガンダ人の院生とウガンダ研究に取り組む日 本 人 院 生 が い て、 こ う い う 集 団 が ご た ま ぜ に 学 ん で い る と、日常のぶつかりあいから互いの人間的な好き嫌いも当 然でてきますし、そこに上から枠をはめることはできるだ け避けて、横の対話のなかから新しいものができるような ――意図したというより結果的にこうなった面もあるので

(6)

すが、そういうカオスの力みたいなものが研究科の原動力 になっているのではないかと思います。   二番目の特徴が「グローバル・イシュー」です。地域研 究の一国一城の主が集まるだけだと、下手をすると研究科 はバラバラになってしまいます。そこで、研究と教育をま とめるためにグローバル・イシューを重視して、具体的な イシューごとにアド・ホックに集まってくるという仕掛け に な っ て い る わ け で す。 私 た ち の 研 究 科 で は「グ ロ ー バ ル・ジャスティス」という講演会を頻繁に開催していて、 その成果を書籍として刊行することもしています。最近で は国連の重鎮で、長年アムネスティ・インターナショナル の事務局長もされていたセネガル出身のピエール・サネさ ん を お 呼 び し て、 R 2 P (保 護 す る 責 任) を テ ー マ に 二 度 の 国 際 会 議 を 開 催 し ま し た。 「ア ジ ア の あ る 架 空 の 国 が 紛 争状況になって大量の難民が出たときに、近隣の国や地域 機構や国連はどのように介入すればよいか」という課題に ついて、院生たちがロールプレイ型の国際会議を試みる。 登 壇 者 の 半 分 く ら い は 留 学 生 で す。 そ こ に 世 界 の エ キ ス パートが参加して、一緒に議論するわけです。このような 取 り 組 み は、 「国 際 会 議 の 企 画 と 実 践」 と い う 授 業 と し て 単位化しています。   三番目の特徴は「超域研究」です。地域研究のフレーム が閉じてしまうと面白くないので、そこを超えたい。そこ で、地域の次元とグローバルの次元を結ぶ中間項が大切だ と考えるわけです。私が担当しているプロジェクトなので すが、二〇一三年の一一月に南アフリカでの準備会合を終 え て、 一 四 年 の 七 月 に は 次 の 国 際 会 議 を 開 催 す る こ と に なっています。テーマは、アフリカとアジアの文化接触の 国際関係論です。中国のアフリカ研究者やアフリカのアジ ア研究者など、アジアとアフリカで互いの地域を研究する 人たちが集まって、一九五五年のバンドン会議ではないで すが、互いに相手と自分の地域を再発見していこうとする 試みです。この国際会議では、外交的なハイ・ポリティク スではなく、人と人との日常的な接触を重視します。たと 峯陽一(みね・よういち) プロフィールは060頁に掲載。

(7)

えば、中国人移民のアフリカでの経験、アフリカ人留学生 のインドの大学での経験、アフリカ人商人の中国でのビジ ネス経験など、生活のなかでの他者の認知とアイデンティ ティにかかわるナラティブを集めて、互いに報告しようと いうわけです。地域のフレームを認めたうえでの越境の試 みですね。   最後に一つ、大きな付加価値として、二〇一三年からグ ロ ー バ ル・ リ ソ ー ス・ マ ネ ジ メ ン ト (G R M) と い う 新 し い リ ー デ ィ ン グ 大 学 院 プ ロ グ ラ ム が 始 ま り ま し た。 こ れ は、グローバル・スタディーズ研究科と理工学研究科の二 つが主幹として運営している実践的な文理融合の大学院プ ログラムです。たとえばグローバル・スタディーズの学生 が工具を片手に実習をして、太陽光発電の仕組みを学んだ り、結果的に家の電気工事ができる資格を得たりします。 つまり、理系のロジックが肌でわかるようになる。インフ ラを中心に水や電気、情報通信など、途上国で仕事をする 理系のエンジニアの発想が理解できるような、文系の実務 家を育てるわけです。逆に理系の方では、エスニックな関 係や地元の文化、不平等、ガバナンスの問題など、新興国 での自分の仕事の社会的な文脈を洞察できるエンジニアを 育成する。そのようなプログラムが走り始めています。

﹁地域﹂

﹁言語﹂

︱︱東京外国語大学総合国際学研究科 福武   のちほど 研究科の名 称についても議 論したいので す が 、 上 智 や 同 志 社 で は 、「 グ ロ ー バ ル ・ ス タ デ ィ ー ズ 」 は そのま まカタカナで 日本語訳にして いません 。二 〇〇九年 に設置 された東京外 国語大学総合国 際学研究科 は 、英語で の 正 式 名 称 は 、「

Graduate School of Global Studies

」 で す 。 こ れ ま で の 地 域 文 化 専 攻 、 言 語 文 化 専 攻 、 そ し て 国 際 社 会 専攻を改組して総合国際学研究科として設置したというこ と で す が 、 そ の あ た り の 経 緯 を う か が い た い と 思 い ま す 。 宮崎   名称の問題ですが、東京外国語大学の場合、二〇〇 九 年 の 研 究 科 改 組 の 際 に、 「総 合 国 際 学 研 究 科」 と い う 名 称 を 付 け、 そ れ に 近 い 英 文 名 と し て「 Graduate School of Global Studies 」 と な り ま し た。 あ ら た め て 見 て、 そ う い えば Global Studies という名前だった、という意識です。 そ れ 以 前 は「地 域 文 化 研 究 科」 で し た が、 「地 域 文 化」 だ と特定地域に限定されるイメージが強くなりすぎるという 意見があり、もう少し広い視野から総合するようなものに したいということで、二〇〇九年に改組し「総合国際学」 と い う 名 に 改 め ま し た。 地 域 に 囚 わ れ す ぎ な い と い う イ

(8)

メージを与えたかったということでしょう。   しかし、地域文化研究科の時代にも、ある種のグローバ ル・イシューとも地域研究とも言える、平和構築、紛争予 防講座が、すでに英語の修士プログラムとして発足してい ま し た。 他 方、 二 〇 〇 六 年 の 大 学 院 の 前 期 課 程 の 再 編 で は、それまでの地域割りの専攻を言語文化専攻、言語応用 専攻、地域・国際専攻、国際協力専攻という研究領域別の 四専攻に改編しています。四つの専攻のうちの二つ、言語 文化と地域・国際がどちらかといえば研究者向けで、言語 応用と国際協力はもう少し実務家養成向けといった色彩を もっています。   それに加えて二〇一二年に、外国語学部を言語文化学部 と国際社会学部の二つに分けていました。外国語大学の外 国 語 学 部 と い う こ と で、 こ れ は 語 学 学 校 だ ろ う と い う イ メージが強くて実態を表さない。実際にはもっといろいろ なディシプリン系のことをしていますので、それをはっき りと示すメッセージを表しました。   このように見てくると、地域別の七専攻の研究領域別へ の改編、地域文化研究科から総合国際学への改称、そして 外国語学部から研究領域別の二学部への改編と、一貫して 地 域 色 を 消 し て い る こ と に な り ま す。 し か し、 「こ の 地 域 が 専 門 で す」 と い う か た ち で は な く、 「こ の よ う な 分 野 が 専門です」ということになると、外国語大学の特色が出な いのではないか、もう少し地域を強調しようという意見も 出てきています。   少し話が飛んでしまいますが、 「グローバル・スタディー ズ」という言葉で検索をかけてみると、じつにいろいろな 大学に専攻や学部があります。大部分が地域研究とはまっ た く 関 係 な く て、 い ち ば ん 極 端 な 例 は、 「英 語 で 授 業 を し ま す、 英 語 を 強 化 し ま す、 留 学 さ せ ま す」 、 そ れ を グ ロ ー バ ル・ ス タ デ ィ ー ズ と 称 し て い る 場 合 が あ り、 世 間 的 に は、グローバル・スタディーズといえば、そのような矮小 化 さ れ た イ メ ー ジ で 捉 え ら れ て し ま っ て い る の で は な い か、と思います。 宮崎恒二(みやざき・こうじ) プロフィールは060頁に掲載。

(9)

東京大学駒場

地域研究﹂

福武   東京大学駒場キャンパスでは二〇一〇年、大学院総 合文化研究科の付属施設としてグローバル地域研究機構が 設立されました。このグローバル地域研究機構の英語の正 式名称が「

Institute for Advanced Global Studies

」です。 その傘下に従来からの付属施設であるアメリカ太平洋地域 研究センター、ドイツ・ヨーロッパ研究センターが移行し て、 「人 間 の 安 全 保 障」 プ ロ グ ラ ム か ら 生 ま れ た ア フ リ カ 地域研究センター、持続的開発研究センター、持続的平和 研究センターが加わって、これら五センターの複合体とし てスタートしています。 遠藤   組織の改組・再編の視点から見た場合、駒場におけ るグローバル・スタディーズは、三本の柱に支えられてい ると言えます。   そ の 第 一 の 柱 は、 学 部 に お け る 専 門 教 育 の 長 い 歴 史 で す。地域文化研究学科と国際関係論学科が駒場に最初に生 ま れ た の は 一 九 五 一 年 で、 も う 半 世 紀 以 上 も 前 の こ と で す。まず地域文化研究学科は、英・米・独・仏の国民国家 研究、すなわち冷戦時アメリカで生まれた地域研究をなぞ るかたちでスタートしました。その後、ロシア科、アジア 科、 中 南 米 科 が 設 置 さ れ、 こ こ 数 年 で は 地 中 海・ イ タ リ ア、韓国朝鮮を括りとする分科も生まれています。国民国 家よりも広いリージョンを対象とするのが、それら後発の 分科の特徴です。   一方駒場の場合、国際関係論の教育にも同じ長い歴史が あります。ただ一九九〇年代、国立大学の重点化が進むな かで、国際関係論の学科は、従来通りの国際関係論と政治 学・社会学・社会思想などを総合する相関社会科学の二つ に分かれ、総合社会科学を学科の看板に掲げつつ現在にい たっています。   駒場の場合に複雑なのは、先ほど峯陽一さんから「超域 研 究」 と い う 言 葉 が 出 ま し た が、 「超 域 文 化 科 学」 と 総 称 される学術を教育する学部専門課程が一九九〇年代からあ り、そこにも文化人類学や比較文学比較文化、言語情報科 学、国際日本文化論などの、グローバル研究に近接する分 科が設けられていることです。地域文化研究、総合社会科 学、超域文化科学、これらの学科に含まれるさまざまな学 部専門課程を支える一六〇人を超す専任教員の研究教育活 動 の う え に、 駒 場 の グ ロ ー バ ル・ ス タ デ ィ ー ズ は 立 ち 上 がっていると私は考えています。   第二の柱は、各種研究センターの活動の厚みです。まず 北米・アメリカ合衆国を対象とするアメリカ研究センター

(10)

が 一 九 六 七 年 以 来、 四 半 世 紀 を 越 す 歴 史 を 持 っ て い ま し た。このセンターが二〇〇〇年に、アメリカ太平洋地域研 究センターと名を改め、北米研究とオセアニア・太平洋地 域研究を接合する方向に拡充改組されました。オーストラ リア研究の客員教授ポストもこのセンターに属します。さ ら に 冷 戦 が 終 焉 を 迎 え た の ち、 「も う 北 米 だ け で も な い」 という学内外の気運を受け、ドイツ・ヨーロッパ研究セン ター、中東地域研究センター、アジア地域研究センター、 それにイタリアでの遺跡発掘調査を主たる活動とする地中 海地域研究部門などが、学内外からの資金を呼び寄せなが ら次々に立ち上がりました。各研究センター間の連携はま だかならずしも密ではありませんが、それでも、歴史教育 や国際移民などを共通のテーマに共同で研究を行う機会が 増えています。   最後の第三の柱は、二〇〇四年から走り始めた「人間の 安全保障」大学院プログラムです。このプログラムは最初 五年の時限プログラムとしてスタートしたのですが、ご存 じのアマルティア・センほかが説いた Human Security の 概 念 を 下 敷 き に、 「開 発・ 平 和・ 共 生」 を 前 面 に 打 ち 出 し、 そ れ ま で の 地 域 文 化 研 究 や 国 際 関 係 論 以 上 に、 実 践 性 、現代性、領域横断性を重視する教育を行うようになり ました。これが社会の需要に合致したのではないでしょう か。たいへん活発な教育プログラムとして今も活動を続け ています。   そしてこの「人間の安全保障」大学院プログラムは、先 ほどから申し上げている地域文化研究、国際関係論、相関 社会科学、超域文化科学、言語情報科学、それぞれの専任 教員のほかに、環境科学や疫学などを専門とする理系の教 員をも巻き込みながら運営されています。福武さんから最 初に紹介のあった、開発、平和、アフリカに焦点をあてた 三つの研究センターは、このプログラムの研究部門という 位置づけです。二〇一二年には「グローバル共生」大学院 プ ロ グ ラ ム と い う、 「人 間 の 安 全 保 障」 プ ロ グ ラ ム に お け る人文科学面を強化した大学院も設置されました。さらに 二〇一三年冬からは多文化共生社会を標榜するリーディン グ大学院プログラムも始まっています。   一言で説明するのはとても難しいのですが、要するに、 以上に紹介してきた駒場の豊かなリソースをグローバル世 界が抱える諸問題に立ち向かう学知にまとめあげるために 「グ ロ ー バ ル 地 域 研 究」 と い う 名 を 冠 し た 機 構 を 二 〇 一 〇 年に立ち上げたというのが私の理解です。ですから、機構 の組織と各種教育プログラムとがかならずしも整然とつな がっているわけではありません。むしろ、その混沌とした 状況の中からグローバル・スタディーズの次のかたちを模 索しているのが現在の駒場だと考えています。 福 武   名 称 に つ い て 議 論 が 出 た こ と は な か っ た で し ょ う か 。

(11)

遠 藤   「グ ロ ー バ ル」 と い う 言 葉 は、 ア メ リ カ 太 平 洋 地 域 研究センターの将来像を語る際に、二〇〇〇年代半ばから 各種の文書に現れていました。ただ、先ほど申し上げたよ うに、全地球をカバーするようなかたちで、五〇人をゆう に超える地域文化研究者が駒場にはいます。グローバル研 究のなかの基礎研究にあたるものを担う集団としてそれら の教員を糾合できないかという思いは長くありました。加 えて、地域文化研究の教員と国際関係論の教員とが風通し よく話し合える環境がありましたので、地域と国際を両輪 とする学知を練り上げたいという話が続いていました。そ の流れのなかで地域の名前を冠した研究センターが昔から 活動していたため、その流れを尊重するという意味で「グ ローバル地域研究」という名の機構が成立したと私は理解 しています。ですから地域文化研究もしくは地域研究を無 くしてグローバル研究を立ち上げるという意味での組織改 組・再編ではありませんでした。

日本語

福武   グローバル・スタディーズに積極的な意味づけを与 えている場合と、大学のプロセスのなかでグローバル・ス タディーズという名称をたまたま選んだ、時流でつけたと いう場合などいろいろとあると思います。しかし少なくと もそのなかで地域研究が残って、地域研究が重要だという ことがグローバル・スタディーズを名乗る際に立ち現れて くるというのは、アメリカにおける誕生とは対照的だと思 いました。グローバル・スタディーズの理解のされ方が異 なる、日本的な文脈があると思いますが、そのあたりをど う受け止めればよいのかについて、臼杵さんにお話をうか がいたいと思います。 臼杵   今日は野次馬として来ておりますので、制度的にい ま作ろうとしている、あるいは完成しつつある組織に所属 遠藤泰生(えんどう・やすお) プロフィールは059頁に掲載。

(12)

している方々とは違う立場から発言させていただきます。   まず、いちばん大きな問題は「グローバル」という名前 です。つまりカタカナでしか表現できないというところの 問 題 性 で す。 こ こ は み な さ ん ど の よ う に お 考 え で し ょ う か。おそらく「グローバル」の対語は「ローカル」になる は ず で す。 「エ リ ア」 に は な ら な い。 に も か か わ ら ず、 た とえば同志社大学のように「超域」という言葉で、なんと か二つをつなげようとする。つまり「地域」と「グローバ ル」をつなぐ努力をしている。また東大駒場のように合体 させて言葉を作る。東京外国語大学のように日本語と英語 の齟齬がある。あるいは上智のようにきれいにまとめてし まう。   四人のお話を聞きながら、ある意味では「状況の関数と してのグローバル研究」だと思いました。つまり冷戦後に 生まれた議論で、それをそのまま制度化する方向で新しい 学問の領域が出てきているのですが、その意味ではまさに 同志社が落とし子でしょう。というのも、同志社のグロー バル・スタディーズ研究科はアメリカ研究から出ているか らです。   グローバル化とは、しばしば「アメリカ化」だといわれ ました。少なくとも冷戦終焉前には、そのような議論が一 時期ありました。つまり冷戦のなかでは、経済的グローバ ル化というときには、マクドナルドが来るとか、文化的な 侵略のようなかたちで使われていた。それが米ソ冷戦後に お い て は、 「グ ロ ー バ ル」 と い う 言 葉 が か な り ポ ジ テ ィ ブ な意味をもちながら、学問領域としてレジティマシーを獲 得する。これはまさにアメリカの一極支配、世界の一極化 と呼応している状況を受けたもので、日本の大学の多くが そちらの方向にスライドしていく。   しかし、それぞれの大学の戦後の伝統としてエリア・ス タディーズがある。それをどのように接合するのかという ところで、みなさん苦労している現実が見えてきました。 これは学問分野や研究領域が新しくできるときのある種の 産みの苦しみなのかもしれません。しかし一方で皮肉な見 臼杵陽(うすき・あきら) プロフィールは058頁に掲載。

(13)

方をすると、入れている袋は変わったけれども、中身のワ インがほんとうに変わっているのかという問題と関わって くることになります。   ところが、現在グローバルという言葉に対して、流行ら なくなった言葉として「ワールド」というものがある。つ まり「ワールド・ヒストリー」というかわりに「グローバ ル・ヒストリー」と呼んでいる。この変化がはたしてなに を 意 味 す る の か。 「グ ロ ー バ ル・ ス タ デ ィ ー ズ」 と か「グ ローバル・イシュー」と対応したかたちで、なぜ「ワール ド」ではいけないのか。   もっといえば、明治期、一九世紀における文明史的なこ と か ら い え ば、 「ユ ニ バ ー サ ル」 と い う 言 葉 が 使 わ れ て い る。 「ユ ニ バ ー サ ル・ ヒ ス ト リ ー」 な ど と い う 言 葉 が あ る。なぜユニバーサルではいけないのか。なぜグローバル なのかという説明がなく、少なくともなんの根拠もなく使 われている。つまり用語の選択がきわめて政治的なものと して現れている。この呼称の問題は、単に言葉遊びの問題 だけではなく、本質的な問題として問わなければいけない という感じがします。これが第一点です。 「地域研究」という日本語の問題 臼杵   第二点目として、冷戦後のグローバル・スタディー ズという問題のなかで、グローバル研究があくまで状況対 応の関数だとするならば、地域研究との共存関係を説明す るときに、エリアをどのような論理で説明するのかという ことが出てくると思います。とりわけ駒場とか東京外国語 大学は、非常に深刻なかたちでできている。ディシプリン と言語という地域研究が伝統的に問題にしていることに関 してこだわらざるをえないような状況があるなかで、東京 外語や駒場は特色がある大学としてこれまで全国的に知ら れているし、国際的にも知られてきたということがある。   と り わ け 東 京 外 語 は 大 学 の 英 語 の 名 称 が「 Foreign Studies 」 で す。 い わ ゆ る フ ォ ー リ ン・ ス タ デ ィ ー ズ と グ ローバル・スタディーズとは、内外という二分法的な自他 関係を超えて、どのように連続性をもって語ることができ るのか、あるいはそうではないのか。   同時に「地域研究」という日本語の問題が出てきていま す。しばしば地域研究といったら一国内のローカル・スタ ディーズあるいはコミュニティ・スタディーズと間違えら れてしまう。日本の場合はエリア・スタディーズとは理解 さ れ な い 場 合 が 多 い。 「地 方 都 市 の 研 究 し て い る の か」 、 「地 方 研 究 な の か」 と い う 誤 解 も あ る。 他 方 で、 研 究 者 の あいだでは広く地域研究とは何かは知られている。実際問 題として、研究者のみなさんにはほとんど血肉化、身体化 しているようなところがある。にもかかわらず、一般の国 民の多くは地域研究といってもイメージがわかない。

(14)

  ローカルなのかエリアなのか。エリアというときに、日 本を超えての外国研究だったらわかりますが、ある地域を どのように設定して、それをどう分析するのか。たとえば アフリカ研究、アジア研究、ロシア研究、ヨーロッパ研究 と か、 あ る い は 個 別 の 国 を 単 位 に す れ ば な ん と な く わ か る。ところが、地域設定がどこまで一般化したのかという 問題が二点目です。 教育と研究の不整合 臼杵   三点目は、ここまで大学における教育の制度の問題 を主に指摘したので、教育と研究との不整合の問題を指摘 したい。駒場に関してはそれがあるからということで、棚 上げをした状態でお話を続けられたのですが、研究と教育 とのずれの問題です。   その場合の教育というときに、大学教育だけに本当に限 定してよいのかという問題があります。つまり、グローバ ル教育というかたちで初等学校、中等学校における教育を もし仮にするのであれば、どうするのか。はなはだ卑近な 言い方をすると、みんな内向きになってしまっていて、外 国や歴史のことを知らない、あるいは知ろうとしないとい う現実がある。   いわゆる地球大の視野から俯瞰するという観点から物事 を見るようにならなければならないというような教育目標 で、どんな状態がグローバルな事象について知っているこ とになるのか。たとえばアフガニスタンをアメリカが攻撃 したにもかかわらず、当時の小学生がアフガニスタンの位 置を知っているのかというと、ほとんどが知らなかった。 そのようなレベルの話にすり替わっている。どこにあるか を知っていればグローバルな視野を獲得したことなのか。   教 育 機 関 と し て な に を 目 標 と し て グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズを教育しているのか。そこで教育を受けた人たち がほんとうに「グローバルな人間」になるのか。また「グ ローバルな人間」とはどのような人間のことを指している のか。それがいちばん具体的なのが同志社だったのです。 究極的には文理融合でエンジニアとつなげるという、これ はおもしろい試みだと思います。実際に「第三世界」とか アフリカなどに行って、そこの人たちとの交流のなかでと いう、これは試みとして凄まじくおもしろい。そのあたり のところはどうなのかという点です。 スペクトラムの二つの極としての グローバル・スタディーズと地域研究 峯   臼杵さんがおっしゃる通り、同志社のグローバル・ス タディーズ研究科は、確かにアメリカ研究科から始まった のですが、現状ではアメリカ研究クラスターは全体の三分 の 一 で、 そ れ を 他 の ク ラ ス タ ー が 包 み 込 む よ う な 配 置 に

(15)

なっています。教員の考え方はいろいろですが、いわゆる アメリカ的なグローバリゼーションをアメリカ内部から批 判的に観察するアメリカ研究者と、そのような動きを外部 から見ている非アメリカ研究者が一緒になって、現代のグ ローバル化にもの申す、という構図になっているように思 います。そういう意味では、確かに、我々はアメリカの落 とし子というか、鬼っ子と言えるかもしれません。   グローバル・スタディーズという名称については、私は このカタカナ用語に個人的にそれほど強い思い入れがある わけではないですが、グローブというのは地球であって、 地 球 は ま っ す ぐ に 行 く と 元 の 場 所 に 帰 っ て く る の で す。 ワールドやインターナショナルというと平面的ですが、グ ローブは円環であって、循環と相互依存のイメージを呼び 起こす言葉です。 それから、 「スタディー」 が 「スタディー ズ」と複数形になっているのは、多様な方法論と解釈を許 すということでしょう。グローバル・スタディーズという 語彙の特徴については、まずは、そのように考えることが できる気がします。   そのうえで、グローバル・スタディーズと、エリア・ス タディーズとしての地域研究の二つの関係性は、一つのス ペクトラムの二つの極だと言えるかもしれません。あらゆ る学知の手法を動員しながら、自分が設定したフレームに 応じて地域の特質を切り取って見せるのが地域研究だとす ると、地域のフレームをどんどん広げるうちに、地球とい う空間全体がフレームになって、グローバル・スタディー ズが成立する。そして、グローバルを意識する地域研究者 もいれば、地域を意識するグローバル・スタディーズの研 究 者 も い る わ け で す か ら、 地 域 研 究 と グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズは、連続体のスペクトラムのなかに位置づけられ るように思うのです。   しかし、この二極の立ち位置については、非和解的なと ころもあるように思います。グローバル・イシューを解決 する実践的な学知としてのグローバル・スタディーズを見 ると、どうしても普遍主義的な原理が前面に出てくること になります。国際的な人権規範や、人間開発などの国際的 な規範があって、そこから問題解決の方向性を導き出そう とする立場が出てくる。他方、地域研究者の方では、多か れ 少 な か れ 相 対 主 義 の 構 え 方 が 共 有 さ れ て い る と 思 い ま す。 地 域 研 究 者 が 広 域 的 な 地 域 の フ レ ー ム を 語 る 場 合 で も、村レベルのローカルな現場のリアリティが念頭にある ものですし、西洋中心主義と普遍主義に対するアンチとし ての地域研究の伝統も色濃くあります。   連続しながら反発しあうという二つの原理にどのように 折り合いをつけるのかというときに、私が重要だと思うの が、中程度に普遍的、ある程度まで抽象的で、同時に下に 降りてくるような「曖昧さの魅力」を備えた思考の枠組み

(16)

です。寺田さんの上智大学では、鶴見和子さんたちが提唱 した「内発的発展」は、そのようなものとして力強く誕生 したのだろうと思います。言い方を変えただけかもしれま せ ん が、 今 で は レ ジ リ エ ン ス と い う キ ー ワ ー ド が あ り ま す。他方では、遠藤さんの駒場が拠点ですが、現場の文脈 を重視する国際規範である「人間の安全保障」もまた、そ のような新しい枠組みになりうるかもしれません。曖昧で 玉虫色なところがありますが、見方によってはラディカル な新しいコンセプトで、汎用性が高いのです。スペクトラ ム の 中 央 部 分 に こ う い う 概 念 装 置 を は め こ み な が ら、 グ ローバルとローカルないしエリアのあいだの往復運動を建 設的なかたちで組織していく。そのような仕掛けが考えら れないかなと思っています。 「グローバル」と「地域」をつなぐ教育の模索 福武   グローバル・スタディーズにもっとも積極的に意味 づけをしようとしてきたのは上智大学だと思いますが、二 〇一四年度新設の総合グローバル学部でもグローバルは日 本語にしなかった。そこにはいろいろな議論があったと思 います。そのあたりの経緯についてのお話と、総合グロー バル学部でどのような教育を考えているのかうかがえれば と思います。 寺田   いま峯さんもおっしゃったように、研究科とか専攻 とか学部でもよいのですが、グローバル・スタディーズが 何を意味するかということについては、教員のあいだでも きちんとした共通理解ができているわけではありません。 た と え ば、 「総 合 グ ロ ー バ ル」 の「総 合」 と は な に か と い う話ですが、国際関係論も地域研究の伝統もあるので、こ れを総合させる、あるいはグローバルとローカルの見方を 総合させるということだと説明しています。   話は少し変わりますが、昨年、ちょうど同じ時期に、文 部科学省のグローバル人材育成推進事業というものがあっ て、 外 国 語 学 部 で こ れ に 申 請 す る と い う こ と に な り ま し た。それでいま外国語学部の方でグローバル教育研究セン ターを開設しています。   地域研究との関連でいうと、京都大学では東南アジア研 究 セ ン タ ー の 時 代 に、 「 Global Area Studies 」 と い う 概 念 を打ち出していました。上智も「地域立脚型グローバル・ スタディーズの構築」の英語名称を文部科学省に出さなけ ればならなくて、それを「 Area-Based Global Studies 」に し た の で す が、 「 Global Area Studies 」 に し よ う か と い う 話 も あ っ た の で す。 し か し「 Global 」 は、 十 数 年 前 の ア メ リカの大学や研究所では、金融関係のことをのぞいてはほ とんど使っていなかったように思います。国際関係論と地 域 研 究 的 な プ ロ グ ラ ム を 一 緒 に す る 時 に「 International and Area Studies 」 と い う よ う に 表 現 し て い て、 こ の

(17)

「 and 」を取って一緒にするというのはありませんでした。   グローバル地域研究というのは、つまりアフリカも東南 アジアもあるが、これと通底するような、あるいはグロー バル・イシューかもしれませんが、そういうことを学ぶと いうことでもあります。   総合グローバル学部では自主研究科目あるいはインディ ペンデント・スタディーズという科目を設けます。学生は たとえば東京でNGOのマネジメントのボランティアをす るとか、タイに行ってタイ語を夏休みに勉強するとか、国 連 な ど の イ ン タ ー ン シ ッ プ に 参 加 す る。 あ る い は 東 北 に 行ってボランティアをする、あるいはフィールドワークを する。そういう学生の自主的な活動について、それをきち んと評価して単位を与えるという科目です。卒業に必要な 一二四単位のうち最大で一二単位取得できますから、けっ こう重要な科目です。   グローバルというと海外に出てなにかすることだと考え る人がいますが、これはまったく誤りで、東京なり日本な りがグローバルな連関のなかで動いているわけです。たと えば私たち教員の一人には、都市の貧困のことを研究して いて、渋谷の野宿者のグループを束ねて行政と交渉してい るような人もいます。海外に出ていって、英語でペラペラ と喋るという話ではない。あるいは日本国内の外国籍の人 たちのことなどもあります。 「グローバル」は錦の御旗? 宮崎   かつて、今でもそのはずなのですが、地域研究は人 文社会科学で重点的に進める必要のある研究分野という位 置づけですし、既存のアカデミアを代表する学術会議でも 地域研究委員会が設置されています。伝統的なアカデミア の中では、地域研究もようやく地位を得てきた段階です。   私などが大学に行っているころは地域研究というものは ほとんどなくて、専門分野が研究の軸だったので、地域研 究と研究分野の関係については、やや懐疑的でした。しか し、今では、私の専門である文化人類学をものみ込んだか たちで地域研究がアカデミアのなかでのユニットとして位 置 づ け ら れ て き て い る わ け で す。 し か し、 「グ ロ ー バ ル」 という言葉が、ある意味で錦の御旗になってしまって、そ れさえいえば、出す方が財布の紐をゆるめる傾向にある状 況のなかで、地域研究という概念自体が色あせてしまって いるという感じは否めません。   こ の よ う な 状 況 下 で、 地 域 研 究 者 が グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズのなかに入っていくことは、むしろ自衛本能とも い え ま す。 地 域 研 究 と い っ て い て も あ ま り 理 解 さ れ な い が、 じ つ は 自 分 た ち が や っ て い る 研 究 は グ ロ ー バ ル・ イ シューの解決に役立つことを強調したいということで、積 極的に関わっていっているのではないかと思います。です からグローバルという流行語がなくなれば、またなにか次

(18)

のところに行くかもしれないと思います。   地 域 研 究 で も 感 じ る の で す が、 と り わ け 学 士 課 程 で グ ローバル・スタディーズというものがどう位置づけられる のでしょうか。私は地域研究についても、かねがね学士課 程では難しいのではないかと思ってきました。古い考え方 かもしれませんが、学士課程ではある程度のディシプリン をして、それをベースにして地域研究が成り立つのだろう と 思 っ て い た の で す。 し か し、 さ ら に グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズということになると、さらに難しいのではないか とも考えられます。   も っ と も 、 大 学 教 育 自 体 が か な り 変 質 し て き て お り 、 ディシプリンなどはほとんど勉強しないという状況にあっ て は 、 ま ず 「 グ ロ ー バ ル ・ イ シ ュ ー が あ る の だ よ 」 と い う かたち で提示して 、そ こでなにかの 関心をもって ディシプ リ ン に 入 る 、 あ る い は エ リ ア ・ ス タ デ ィ ー ズ を 始 め る と い っ た 効 果 は あ る の か な と 思 い ま す が 、 い か が で し ょ う か 。 重なり合う地域と言語への理解 遠 藤   グ ロ ー バ ル と ロ ー カ ル と い う 話 で す が、 峯 さ ん が おっしゃった「一つのスペクトラムのなかの二つの極」と いう見方に私も賛成します。東京大学の場合は地域研究で はなくて地域文化研究というように、文化という二文字が 教育課程につきます。ですから、毎年進学してくる学生た ちに地域概念の可塑性の話から私は授業を始めています。   どのようなことかといえば、学生一人ひとりがもってい る問題関心に応じた地域の切り分け方があることを最初に 話すのです。それはたとえば東京であってもいいし、ある いは利根川流域でもいい。外国ならば、ミシシッピ流域と いう切り方でもいいし、東ヨーロッパという切り方でもい いのです。さらにたとえば宗教で括られるような巨大な空 間に地域がふくらんでもかまいません。誰もが「ある」と 一般に信じている儒教などの精神文化のようなものでそれ が括られてもよいのです。   ただし、これは学生にはよく強調することですが、一種 類の地域に囚われる専門家になると、その地域の重層性み たいなものは見えてこなくなりがちです。ですから、東京 研究をしたいのであれば二三区東京でも何でもかまわない けれども、その東京は、G8やG 20に加わる経済先進地域 の一部であると同時に、東アジアにあり、第二次世界大戦 中そのアジアにさまざまなことを行った歴史をもつ地域で もある。   重なり合う地域それぞれの大きさ、広がりはその性質に よって異なるのですが、その重なりの連関が捉えられない と、 一 種 類 の 地 域 に 関 す る た だ の 物 知 り に し か な れ ま せ ん。そのような学生には地域を軸にしたグローバル・スタ ディーズはできない。ですから、そうした視野狭窄的な地

(19)

域 研 究 は や め て ほ し い と 思 う。 「や め て ほ し い」 と い っ て もやめられないかもしれないので、強制的に自分が考えて いるあるいは捉えている地域の妥当性なり正当性を自己点 検するツールを学生は身につけねばいけません。政治学や 経済学の理論もそのツールになりますが、一つはっきりし ているのはその一つが語学だということでしょう。   日本語を通してしか世界を見ることができない人と、英 語を通しても世界を見ることができる人、さらにアジア諸 語やヨーロッパ諸語を通して世界を見ることができる人と では、見える世界の範囲も形もおのずと異なります。あり きたりの話ですが、単一の言語しか操らない人はグローバ ルには視野が広がらないのです。そういう意味では、駒場 の場合、複数の語学の知識の習得と地域文化研究の教育と がまだ密接に結びついています。 たとえば、研究対象とす る地域の言語で卒業論文を書くことを多くの学部学生に求 めています。 たしかに昨今は古いかたちの地域研究の人気 が下降しつつあるのですが、だからといってグローバル・ スタディーズや国際関係論に興味を抱く学生の方が世界を 重層的に見ているかというと、そうともいいきれません。 逆に語学力が不足して、ほとんど日本語の文献で国際関係 論 を 勉 強 し て い る 学 生 な ど が 現 れ、 「こ れ は な ん な の だ 」 と 首 を ひ ね っ て お ら れ る 教 員 が 時 々 い ら っ し ゃ い ま す 。   限られた時間と資金を使いながら、どこまで学部の段階 あるいは修士の段階で自分が専門とする地域に関する地域 知を身につけるか、あるいは自分が把握したいと思う視点 に立った世界の切り分け方、結び付け方を習得できるか。 それを手助けし教授するのは教員の責任かと思います。   ただ、率直な話、教員よりも学生の方が世界の見方は感 性がよくて、将来を見越していると私は感じます。われわ れが思っていることを押しつけても学生はほとんど納得し ない。学生が抱いている関心に応えるための地域の切り分 け方を、ともに考え勉強する。そのようなやり方で私自身 のグローバル・スタディーズというものをつくりあげてい くのだろうと考えています。 三角測量― ―複数の「地域」をみること 峯   言語というツールについては、最近では電車の車内広 告でも、コミュニケーション力を重視する英語塾の広告な どをよく目にします。アメリカないしイギリスの英語表現 を う ま く 使 い こ な せ て、 自 分 の 意 見 を し っ か り 伝 え ら れ る。そうやって効率的なコミュニケーションができるプロ フェッショナルな人材を育てる。さきほど宮崎さんもご指 摘 さ れ ま し た が、 そ う い う 教 育 こ そ が グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズを掲げる教育組織の任務ではないかという理解が あり、その需要に応えなければならないという課題が確か にあります。それはそれとして、換骨奪胎を考えたいとこ

(20)

ろです。泥臭い地域研究の地平を踏まえて本当に実力があ るタフな人材を育てようとしたら、英語であれ他の言語で あれ、自分の言葉ではない言葉で喧嘩ができて、そのうえ で、喧嘩の仲裁ができる。そこまでできる人材を育てるべ きではないでしょうか。   地域のフレーミングとともに、最近大切だなと思うよう に な っ た の が、 三 角 測 量 の 仕 事 で す。 日 本 を 足 場 と し つ つ、ウェイトのかけ方はいろいろあるにせよ、少なくとも 他の二ヶ所をフィールドにするというわけです。私は毎年 アフリカに行きますが、最近は東南アジア世界も面白いな あ と 思 っ て い ま す。 定 点 観 測 を す る 地 域 研 究 者 が 十 人 集 まってもグローバルになりませんが、三角測量をする地域 研究者が三人集まれば、グローバル・スタディーズの条件 が整ったと言えるのかもしれません。教員たちがそのよう なネットワークを組織することができれば、複眼的な思考 ができる学生たちも自然と育っていくのではないでしょう か。もっとも、先生方がそれぞれおっしゃった通り、教育 には固有のステップというものがあり、学生たちに最初か ら三角測量で研究をしろというわけにはいきません。どう してもうわべだけになってしまいます。しかし、何十年も 研究生活を送っている者はもっと試みてもいい手法でしょ うね。 求められているのは「英語教育」ではない 遠藤   私は専門が北アメリカ研究なので、アメリカの学者 を招待した研究会に出席する機会が多くありますが、日米 だけのグループですると、どうしても「あっちが本国の人 だ」という意識になってしまうのです。そこにヨーロッパ とアジアの研究者も混ぜてしまう。とくに私はヨーロッパ の研究者の影響が大きいと思いますが、四地域合同で研究 会を開催すると、アメリカの学者の腰がだんだんと引けて くるのです。それは単なる数の問題ではなく、視点の複数 性の問題です。複数の視点に対する謙虚な思いが参加者に 自然と生まれてくるのです。そのような研究を私たちがイ ニ シ ア テ ィ ブ を 取 っ て 切 り 拓 い て い く こ と も、 グ ロ ー バ ル・スタディーズの可能性の一つだろうと思います。アメ リカ政治外交史を専門とする古矢旬さんが主催したグロー バルなアメリカ研究プロジェクトの場でそのようなことを 私はたくさん学びました。   また、日本のように政治秩序も経済秩序も安定している 国がイニシアティブをとれることの一つに、紛争地域では 蓄積できない学知の保護と蓄積があります。中南米やアフ リカにはさまざまの政治体制の国があり、貯めることが許 されない、抹殺されてしまう学知がある。それらをデータ ベース化し、私たちが守るということもできるのではない でしょうか。それらを含めて、日本から発信するグローバ

(21)

ル・スタディーズというものには、アメリカ発のものとは 別のものがあり得ると考えます。難民や移民に関するデー タの体系的集積を駒場が行っているのはその良き先例にな ると思います。   最後にもう一つ教育に関してですが、お話をうかがいな がら、やはりみなさんは同年代の方だなと思いました。た とえば私がグローバル・スタディーズを発想すると、どう やったら日本の学生を世界に出してあげられるかという目 線がどうしても前にでてきます。でも、実際には学生は、 私が思うよりも先にグローバルな世界に出てしまっていま す。   ど う い う こ と か と い う と、 中 学 く ら い で 親 に 頼 ん で、 「自 分 は も う 日 本 の 中 学 に は 行 か な い」 と い う 選 択 を し て いた学生が、現在われわれが「国際教養」などと呼んでい る教養を海外で身につけたあとで、日本に帰る場所を探し ているのです。それらの学生が帰るときの受け皿となる大 学 教 育 機 関 と い う の は、 意 外 と 少 な い の で は あ り ま せ ん か。海外の大学の学士なり修士の学位をもった学生で「日 本に帰ってきたい」という者がいる。彼らと話をすると、 「英 語 で か な ら ず し も プ ロ グ ラ ム を し な く て い い。 も う 十 分に英語でそういう仕事ができるので、日本という場でど のような国際研究を立ち上げるのか、それをきちんとした 日本語で語ってもらいたい。それを学びたい」とときどき 言われます。   そのような状況を見ていると、グローバル化のスピード は、自分をとうに追い越してしまっている。グローバルな 人になってしまった学生たちが日本に戻ってくる流れを受 け止めるような大学院が逆に必要になっていると、私は感 じ ま す。 「出 国 応 援 型 の グ ロ ー バ ル 化」 と「帰 国 出 迎 え 型 のグローバル化」の二つの教育の場がこれからは必要では ないかと思います。 グローバル化のなかのアイデンティティ 臼 杵   私 は ア ラ ブ 研 究 か ら イ ス ラ エ ル 研 究 に 移 っ た と き に、たいへん困ったことが起こったのです。イスラエルの 八〇パーセントを構成する「ユダヤ人」の問題です。移民 の国であるはずのイスラエルのユダヤ人がグローバル化で ディアスポラになる傾向が生まれています。もともとディ アスポラのユダヤ人たちは「ユダヤ人」といわれますが、 逆にイスラエルから離散した人は「イスラエル人」と呼ば れる。ところが、イスラエルに移民して住んでいるユダヤ 人は出身地域によってお互いの文化的背景の違いが出てき てしまう。このユダヤ人かイスラエル人かという民族アイ デンティティの問題です。   よ う す る に、 グ ロ ー バ ル 化 と い う と き に、 遠 藤 さ ん が おっしゃったような帰国型のものが――いまの話は今後の

(22)

グローバル・スタディーズの教育の側面でしょうが、ある 種のアイデンティティ・ポリティクスに取り込まれていく かどうかという問題があります。つまり学生にとって「自 分は何者なのだ」というすごく深刻な問題です。べつにグ ローバル・スタディーズといわずとも、たとえばディシプ リンも教えられないで、なんとなくいろいろな問題を詰め こめられてしまったときに、結局は大学を卒業するときに 「私 は 何 者 な の だ」 と み ん な 思 っ て し ま っ て、 な に を 勉 強 したのかがわからない。   ですから、先ほどグローバル・スタディーズがなにを教 育の目標とするのかとお聞きしましたが、たとえば峯さん のいうスペクトラムでも、遠藤さんがおっしゃるように地 域の切り分けでも、グローバルから切り取ることによって グローバルと地域の関係を見るというような説明の仕方で するときに、一人ひとり、個人の学生たちがほんとうにグ ローバルのレベルの理解、学知としてというよりもむしろ 実感としてどのように認識できるのかという問題も、けっ こう深刻だと思います。   そこで上智大学がすごいなと思うのは、村井吉敬さんな どのエビとかバナナというように具体的なモノを通して生 産と消費の関係を語るという教育のあり方です。モノが日 本に輸入されてきてどのようにして自分たちが消費してい るか。生産者と消費者を結ぶ。このなかにも第三世界との 関係が見えてくる。そのときに初めて「自分たちはグロー バルのなかに生きているのだ」ということが実感できる。 そのような教育はなかなか具体例がない。上智大学には伝 統 的 に そ の よ う な こ と を 体 現 す る 教 員 が い た こ と が 幸 せ だったのかもしれません。   経済の問題、金融の問題は出てこないという話もありま したが、TPPの問題を含めて、学生たちにとってみれば これはどのように捉えてよいかがよくわからない。たとえ ば「これは第二の開国だ」と反対している人がいれば、政 府みたいに一所懸命に「開かなければいけない」という人 もいる。ところが本音ではそうでもないみたいでよくわか ら な い と い う の が 学 生 の 実 感 で す。 そ れ を ど の よ う に グ ローバル・スタディーズのなかで教えるのか、あるいは教 えないのか。少なくともそこは回避するのかという問題で す。   つまり日本が直面している深刻な問題のなかで、グロー バル化することとナショナルなシンボルの立ち上げ、その 相克のなかのアイデンティティの問題というのがかならず 出てきてしまう。それを教育のレベルで、あるいは研究者 のレベルでもかまわないのですが、どのように考えている のかという問題も一方であるような気がしていますが、い かがでしょうか。 宮崎   アイデンティティ・ポリティクスについてですが、

(23)

先ほど遠藤さんもおっしゃったような、最初からグローバ ル化してしまっている人材というのがいるとすれば、おそ らくアイデンティティ・ポリティクスに対する態度もかな り違ったものになるのではないかと思います。推測でしか ないですが、ある程度コスモポリタンな視点で見ることが できるかもしれない。そのような可能性があります。がち がちのナショナリストになっていくわけではないかもしれ ない。 峯   昔から日本では、留学するとナショナリストになって 帰ってくる、というケースがけっこう多かったですよね。 ただ、最近は量が質に転化したというか、もっと「はじけ た」人材が出てくる可能性が見えてきた感じも確かにしま す。   同 志 社 に も 国 際 教 育 イ ン ス テ ィ テ ュ ー ト (I L A) と い う 英 語 だ け で 学 部 教 育 を 行 う 部 局 が あ っ て、 私 は そ こ で 「日 本 と ア フ リ カ」 と い う 講 義 を 担 当 し て い ま す。 た ま た ま昨年の授業では、半分以上が韓国人の留学生でした。韓 国の若者がアフリカに関する日本人の教員の授業を英語で 受けるという時代になってきたわけです。   この講義の最中に、教室で「三千万円の資金を提供する から、アジアとアフリカの将来のために有意義だと考える プロジェクトのプロポーザルをつくってみよ」という宿題 を出してパワーポイントで発表させたら、学生達はイノベ イティブなプロポーザルをたくさん出してきました。たと えば「ユニクロにアフリカ的なデザインの衣類を作っても らって、アフリカ大陸全域に出店する。そのためのデザイ ン研究所をアフリカにつくる」みたいな提案が次々と出て くるのです。   学生それぞれですが、私の全般的な印象としては、日本 人学生は慎重に考えるものの、冒険するパワーがちょっと 弱いかな、と感じています。日本の学生たちの将来も大事 なのですが、教室にいる学生の半分が留学生になると、ど ちらも責任をもって教育しないといけない。そして日本人 学生がやや受け身になっている状況がある。高等教育の現 場で、少し前には予想もしていなかった課題が生まれてき ているのかな、という実感が正直あります。 遠藤   大学院や専門課程教育以前に、一、二年生の教育プ ログラムのあり方が、これから大きく変わる時代だと思う のです。じきに東京大学も、一、二年生の教育の大きな改 革を公にします。上智大学のように、短期間、一学期なり 二学期なり、海外に出ることを奨励する。そうしたグロー バル化は急速に進むでしょう。 寺田   上智ではいま交換留学――授業料はこちらに納めて むこうに行って単位も取ってくる、これが年に三〇〇人近 く出かけています。外国語学部だと三分の一くらいはつね に、一学期間、あるいは一年間ですが、行っています。そ

(24)

の枠がいま三〇数ヶ国に一八〇校くらいあります。イエズ ス会系の、アメリカでいえば小さな大学なども含まれてい ます。でも、留学するには地方の小さな大学の方がよいと いう場合もあります。

学生

福武   地域研究がグローバル・スタディーズを名乗ること によって、いい意味でこう変化していく、そもそも地域研 究がグローバル・スタディーズだということも言えるかも しれませんが、よい意味で変わる面もあると思います。グ ローバルという問題を地域研究が扱うことによって、地域 研究自体がどう展開していくのでしょうか。 峯   地域研究の面白さには、文系も理系も入ってくるとい うところがあります。同志社では文系の学生が電気工事を するような愉快なことがある、というお話をしましたが、 もう少し根本的なグローバルな学知のレベルで文系と理系 がどのように力を合わせるか、という課題もあります。グ ローバルに地球を見ると、国民国家はかさぶたのようなも のかもしれません。これを剥がしたときに、究極的には個 人の力が試されるのですが、一気に個人に行ってしまう前 に見えてくるユニットがあるだろうと思います。かさぶた を剥がして見えるものには、エコシステムに根ざした地域 という枠組み、そのようなシステムの制約を受けながら形 づくられてきた地域の長期の歴史があり、宗教の伝播があ ります。グローバル・スタディーズにかかわる者が、この ような地球の鳥瞰図を示していこうとすれば、マクロなレ ベルでも理系の研究に自らを開いていく姿勢が欠かせませ ん。とりわけ生態学が重要なのだろうと思います。私自身 は、生存基盤論のグローバルCOEに参加して、このあた りでの京都大学東南アジア研究所の強みを実感しました。   地域研究が超域的に集まってグローバル・スタディーズ をつくるという意味では、地域研究コンソーシアムそのも のが、まさにグローバル・スタディーズの舞台なのかもし れません。院生たちには、まずはフィールドに出て実践的 な 人 間 力 を 鍛 え て い く こ と が 大 切 だ と 言 っ て い る の で す が、自分たちが最先端の融合的な研究科で研究をしている ということも、自覚しておいてもらいたいところです。 寺 田   私 は キ リ ス ト 教 の 人 類 学 が 専 門 で す が、 主 と し て フィリピン、いまは日本国内のフィリピン、とくに東北被 災地のフィリピンの人たちが教会を中心に集まり始めてい て、その調査をしています。ですから、地域研究という意 味ではフィリピン研究で、所属する主な学会は東南アジア 学 会 と い う 地 域 研 究 の 学 会 で す。 地 域 研 究 の 立 場 か ら い うと、グローバル・スタディーズに接近するような地域研

参照

関連したドキュメント

再生可能エネルギーの中でも、最も普及し今後も普及し続けるのが太陽電池であ る。太陽電池は多々の種類があるが、有機系太陽電池に分類される色素増感太陽 電池( Dye-sensitized

工学部の川西琢也助教授が「米 国におけるファカルティディベ ロップメントと遠隔地 学習の実 態」について,また医学系研究科

[r]

加藤 由起夫 日本内航海運組合総連合会 理事長 理事 田渕 訓生 日本内航海運組合総連合会 (田渕海運株社長) 会長 山﨑 潤一 (一社)日本旅客船協会

太陽光(太陽熱 ※3 を含む。)、風力、地熱、水力(1,000kW以下)、バイオマス ※4.

その太陽黒点の数が 2008 年〜 2009 年にかけて観察されな

石川県相談支援従事者初任者研修 令和2年9月24日 社会福祉法人南陽園 能勢 三寛

7/24~25 全国GH等研修会 日本知的障害者福祉協会 A.T 9/25 地域支援部会 大阪福祉協会 A.T 11/17 地域支援部会 大阪福祉協会 A.T 1/23 地域支援部会