ニュージーランドの学校教育に
おけるマオリ語イマージョン教育
i
―クラ・カウパパ・マオリとクラ・アー・イウィを中心に―
岡崎 享恭
1.はじめに
これまでマオリによる教育は、1970 年代からの言語復興の取り組み、と りわけ言語の巣運動、Te Kōhanga Reo(テ・コーハンガ・レオ;以下コー ハンガ・レオ)のムーブメントとして取り上げられることが多かった。世 界の先住民族言語と同じように、絶滅が危惧されたマオリ語を復興の軌道 に乗せた成功例として注目を集め、ハワイ語やサーミ語など様々な先住民 族言語教育者が、同様の取り組みを試みた(松原 1994; McCarty 2003; 岡崎 2011; 岡崎 2015)。コーハンガ・レオは、マオリ語のみが使用される保育施 設であり、マオリ語母語話者である年長者が、保育士とともに、第一言語 習得過程の幼児に、マオリ語のみで保育を行う。60 歳以下のほとんどのマ オリが英語母語話者となり、マオリ語を話せなくなっていた 1980 年代、社 会のほぼ全ての場面で英語が使われる環境において、マオリ語のみで保育 を行い、若いマオリ語話者を創出することは、多くのマオリにとって、切 実な願いであった。この言語の巣運動は大きなムーブメントとなり、1993 年には、809 のコーハンガ・レオ保育園が誕生したという。さらにマオリによる教育を考える上で、1960 年代から大きな盛り上がり を見せたマオリの権利回復運動を無視することはできない。1840 年に多く のマオリの首長と英国政府との間にワイタンギ条約(Waitangi Treaty / Te Tiriti o Waitangi)が締結されたが、その英語版でもマオリ語版でも、 マオリの土地や森林、水産などの財産の保有を保証するとされていたⅱ。し かし入植者はその条約を無視し、土地や資源の収奪を繰り返し、また宗教 や教育、言語、価値観、生活様式を押し付けた。このような植民地支配へ の抵抗運動として、特にワイタンギ条約が履行されていないとする運動が、 各地で起こった。ランドマーチや、バスティオン岬の占拠など土地を取り 戻すための運動がそれらの代表としてあげられる(アオテアロア・アイヌ モシリ交流プログラム報告書作成委員会 2013)。また言語や教育の分野で は、マオリの学生運動団体やマオリ語グループが、「マオリ語やマオリ文化 の学習を希望する学生に、その機会を保障せよ」という趣旨の署名3万人 分を、 国会に提出している(Te Rito 2008; 松原 1994)。マオリの草の根の 運動から、1975 年に、マオリでありマオリ省大臣であったマティウ・ラタ (Matiu Rata)によって提出されたワイタンギ条約法が制定された。この法 律に沿って、ワイタンギ条約の不履行に関して審議することに特化した司 法機関として、ワイタンギ審判所が設立され(深山 2013)、マオリが様々 な申し立てを行えるようになった。この審判所の勧告を受けて、1987 年に はマオリ語が公用語となり、またその2年後には教育法が制定され、コー ハンガ・レオ保育園の卒園生が通うべきマオリ語イマージョン学校、Kura Kaupapa Māoriⅲ(クラ・カウパパ・マオリ、マオリの哲学(理念)の学校) が、公立小学校としての法的地位を得た。 それ以来、数多くのクラ・カウパパ・マオリが、アオテアロア(ニュー ジーランド)中に設立され、21 世紀におけるマオリ語の生き残りと復興に おいて、重要な役割を果たしている。クラ・カウパパ・マオリが誕生して から 35 年となる。また現在注目を集め、加盟校が増えているマオリ語イ マージョンの部族学校 Kura ā Iwi(クラ・アー・イウィ)の組織が誕生し てからは、10 数年経ている。クラ・アー・イウィは、コーハンガ・レオや クラ・カウパパ・マオリに比べると、国際的な先行研究も少なく、特に日
本国内の研究では、筆者の知る限り一つもない。マオリ語イマージョン教 育がどのようにして誕生し、どのように発展してきたのか、またどのよう な問題を解決しようとしてきのかを考える上で、両教育機関の軌跡をたど ることは欠かせない。本稿では、学校教育におけるマオリ語教育を概観し、 その中でマオリ語イマージョン教育を行う、クラ・カウパパ・マオリとク ラ・アー・イウィの設立過程と発展の経緯を考察することで、学校教育に おけるマオリ語イマージョン教育の現状の把握を試みる。
2.学校教育におけるマオリ語教育
マオリ語イマージョン教育が、ニュージーランド社会全体において、ど のような状況にあるかを把握するため、ニュージーランド教育省の統計を もとに、学校教育の中でのマオリ語教育全体に目を向ける。まず表1に示 したように、2019 年現在、ニュージーランドで初等教育と中等教育を受け る生徒の数は、816,632 人であった(Education Counts 2020)。その中で、 マオリ語教育は、イマージョンの度合いによってレベル分けされ、一番高 いレベルのイマージョンは 81% から 100% で、レベル1とされている。次 章以降で対象とするクラ・カウパパ・マオリやクラ・アー・イウィは、こ のレベル1に当たる。 表1:マオリ語教育のレベルと生徒数の変化 2014 2019 マオリ語教育レベル 生徒数 割合 生徒数 割合 1 レベル1 81-100% イマージョン(週 20 時間より多い) 12,704 1.7% 16,020 2.0% 2 レベル2 51-80% イマージョン(週 20 時間以下) 5,009 0.7% 5,469 0.7% 3 レベル3 31-50% イマージョン(週12 時間半以下) 4,884 0.6% 8,442 1.0% 4 レベル4⒜ 12-30% イマージョン(週 7 時間半以下) 5,723 0.7% 7,897 1.0% 5 レベル4⒝ 週3時間以上 22,249 2.9% 30,042 3.7% 6 レベル5 週3時間未満 114,667 14.9% 133,429 16.3% 7 レベル6 マオリ入門(歌、挨拶、単語のみ) 338,797 44.2% 349,294 42.8% 8 レベル無 マオリ語の学習なし 263,230 34.3% 266,039 32.6% 全体 767,263 100% 816,632 100% ニュージーランド教育省(Education Counts 2020)のデータをもとに筆者が作成特に初等教育の最初の数年間は英語を導入しないケースが多く、その場合 は、全ての授業や行事、連絡事項の伝達など、あらゆる場面でマオリ語が 用いられるため 100% のマオリ語イマージョンとなる。また英語の授業を導 入する際には、そのためだけの教室が用意されることが多く、別の建物で あるケースも多い。その際には、100% ではなくなるが、言語習得の分野で は、80% もしくは 90% 以上の場合、完全イマージョンと呼ばれる。表1に よると、レベル1のマオリ語イマージョン教育を受けている生徒は、2014 年と比較すると、約 3,200 人増え、全体の2%の 16,020 人であった。また レベル2の部分イマージョンと呼ばれる 51% 以上のマオリ語イマージョン 教育を受けているのは全体の 0.7% で 5,469 人であった。 しかしながら生徒数が最も多いのは、マオリ語の簡単な単語や挨拶、歌 のみを教える Taha Māori と呼ばれるマオリ入門を提供するレベル6で、 349,294 人おり、全体の 42.8% を占めた。また全くマオリ語教育を受けない 生徒も 266,039 人おり、全体の 32.6% であった。ニュージーランド教育省は、 この二つのレベルをマオリ語教育を受講していないレベルと分類し、2014 年よりも減少しているものの、全体の 75% 以上がそれに当たると報告して いる(Education Counts 2020)。週に 3 時間以上学ぶ生徒が 8.4% であるこ とを考えても、ニュージーランドの学校教育において、マオリ語を学ぶ生 徒が今もなお少数派であることがよく分かる。 表2に示したように、マオリで初等教育と中等教育を受けている生徒数 は 197,343 人であり、全体の 24.2%ⅳを占めている。その中でレベル1の完 全イマージョン教育を受けているのは 15,845 人で、マオリ生徒人口全体の 8% であった。レベル2の部分イマージョンは 4933 人で 2.5% であった。レ ベル1からレベル5まで、それぞれ表1の生徒全体と比較すると、マオリ 生徒の割合が増えてはいるものの、マオリ生徒に絞っても最も多いのはレ ベル6のマオリ入門で、67,541 人と全体の 34.2% を占めた。また全く学ば ないマオリ生徒も 44,358 人で全体の 22.5% を占めている。51% 以上のイ マージョン教育を受けるマオリが 10.5% であるのに対し、マオリ語教育を 受講していないマオリが 55.7% いることとなる。
表2:マオリ語教育レベルと 2019 年のマオリと非マオリの生徒数 マオリ 非マオリ マオリ語教育レベル 生徒数 割合 生徒数 割合 1 レベル1 81-100% イマージョン(週 20 時間より多い) 15,845 8.0% 175 0.0% 2 レベル2 51-80% イマージョン(週 20 時間以下) 4,933 2.5% 536 0.1% 3 レベル3 31-50% イマージョン(週12 時間半以下) 6,648 3.4% 1,794 0.3% 4 レベル4⒜ 12-30% イマージョン(週 7 時間半以下) 4,858 2.5% 3,039 0.5% 5 レベル4⒝ 週3時間以上 16,591 8.4% 13,451 2.2% 6 レベル5 週3時間未満 36,569 18.5% 96,860 15.6% 7 レベル6 マオリ入門(歌、挨拶、単語のみ) 67,541 34.2% 281,753 45.5% 8 レベル無 マオリ語の学習なし 44,358 22.5% 221,681 35.8% 全体 197,343 100% 619,289 100% ニュージーランド教育省(Education Counts 2020)のデータをもとに筆者が作成 2000 年以降、この 51% 以上のイマージョン教育を受けるマオリは常に全体 の 10% ほ どⅴで あ っ た(May & Hill 2005; Hill & May 2013; Education
Counts 2020)。学校教育においてマオリ語やマオリ文化を学ばなかったマ オリが大半を占めているものの、大人向けのマオリ語イマージョン教育を 行うテ・アタアランギや、マオリの高等教育機関である Wānanga(ワーナ ンガ)とりわけアオテアロア大学が提供するワークショップや種々の教育 プログラムで、成人してから個人のペースで学び直す機会は少なくない (岡崎 2015、アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム実行委員会 2013)。 また非マオリに目を向けると、レベル1のイマージョン学校に通うのは 175 人、部分イマージョンと呼ばれるレベル2を合わせても 711 人で、非マ オリ全体の 0.1% であった。イマージョン教育を行うクラ・カウパパ・マオ リやクラ・アー・イウィは、マオリや各部族の言語、文化、歴史に焦点を 当てて授業を行うが、公立学校であり、非マオリもが通うことができる。 表3に示したように、マオリ語教育を行う学校の数の推移を比較すると、 2000 年から 2019 年で、ニュージーランド内の学校数が減少する中で、ク ラ・カウパパ・マオリやクラ・アー・イウィのように学校全体でマオリ語 イマージョン教育を行っている学校は、過去 20 年間で 29 校増えているこ とが分かる。2019 年にニュージーランド全体で 2532 校中 112 校あり、4.4% を占めている。表1の生徒数では 51% 以上のイマージョン教育を受けてい
るのは全体の 2.7% であったことを考えると、マオリ語イマージョン学校の 一校当たり生徒数が比較的に少ないことが分かる。これは少人数制を意図 的に選ぶ学校が多いことや、マオリのコミュニティの多くが地方にあるこ とがその要因と考えられる。 表3:マオリ語教育を行う学校の数の推移 2000 2009 2019 ①マオリ語イマージョン学校 83 3.1% 109 4.2% 112 4.4% ②マオリ語イマージョン教室を持つ学校 231 8.5% 185 7.2% 178 7.0% ③マオリ語の授業を持つ学校 934 34.4% 853 33.1% 990 39.1% ④マオリ語教育無しの学校 1466 54.0% 1427 55.4% 1252 49.4% 全体 2714 100.0% 2574 100.0% 2532 100.0% ニュージーランド教育省(Education Counts 2020)のデータをもとに筆者が作成 英語社会のニュージーランドにおいて、高いレベルのマオリ語イマー ジョンを校内で保つためには、各科目をマオリ語で教えることのできる質 の高い教員の確保や、教材の確保や開発、種々のインフラなど、資金面で もよりコストがかかる(May & Hill 2005)。そのため、ニュージーランド 教育省から公立学校に提供される予算に、追加として、マオリ語を学ぶ生 徒一人当たりの財源が組まれており、毎年提供される(表4参照)。例え ば、クラ・カウパパ・マオリやクラ・アー・イウィのような完全イマージョ ンの学校であれば、生徒一人につき 1009.18 ドルの助成を受けて、教育の充 実を図ることができる(Ministry of Education 2020)。 表4:ニュージーランド教育省マオリ語プログラム追加予算(生徒一人につき) マオリ語教育レベル 2002 年 2019 年 1 レベル1 81-100% イマージョン 886.69 1009.18 2 レベル2 51-80% イマージョン 443.34 492.51 3 レベル3 50% 未満イマージョン 221.67 265.45 4 レベル4⒜ 30% 未満イマージョン 53.81 64.44 5 レベル4⒝ 週3時間以上 53.81 64.44 6 レベル5 週3時間未満 0 0 7 レベル6 歌、挨拶、単語のみ 0 0 8 レベル無 マオリ語の学習なし 0 0 (単位はニュージーランドドル) ニュージーランド教育省(Ministry of Education 2020)のデータをもとに筆者が作成
ここまでニュージーランドの学校教育におけるマオリ語教育、とりわけ マオリ語イマージョン教育の置かれた状況を、ニュージーランド教育省の データとともに概観した。以下の章では、112 校のマオリ語イマージョン教 育を行う学校のうち、その多数を占め先駆けとされるクラ・カウパパ・マ オリと 2000 年代より数が増えている部族学校のクラ・アー・イウィを取り 上げ、その発足の経緯と法的根拠、教育理念と現状について分析する。
3.クラ・カウパパ・マオリ
3.1 クラ・カウパパ・マオリの誕生 クラ・カウパパ・マオリは、前述のコーハンガ・レオ保育園の卒園生の 受け皿として、誕生した。卒園生がマオリ語で学べる学校がなかったため、 当時のコーハンガ・レオの保護者や教員が、マラエで教育を行うことにし、 既存の小学校に卒園生を通わせなかった。既存の学校に通わせてしまえば、 学校や社会全般で英語が使われるため、せっかく学んだマオリ語を忘れて しまう、さらに西洋式の教育が行われるため、マオリ語やマオリ文化、マ オリの世界観は、周縁化されてしまうという大きな懸念があった。Penetito (2002)は、当時の雇用や収入、知識を作り出す産業への参加、学校の中退 率、自宅の所有率など、非マオリとマオリの間に存在する大きな格差から、 既存の学校教育ではなく、マオリであること、つまりマオリのアイデン ティティを強化する教育への願望が、マオリの保護者や教育者にはあった としている。 最初の学校は、1985 年にオークランドのホアニ・ワイティティ・マラエ に誕生しているが、政府からの援助は一切なかったため、全ての費用は保 護者やコミュニティが負担した。この政府からの認可を待たずに自分たち の教育を始めたという流れは、コーハンガ・レオや、前述のワーナンガの 設立過程と同じであり(アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム報告 書作成委員会 2013)、またハワイにおける言語の巣保育園である Pūnana Leo 保育園(プーナナ・レオ)やハワイ語イマージョン小学校である Kula Kaiapuni (クラ・カイプアニ)も同様に、政府からの認可を待たずに自分たちの教育を始め、同時にロビー活動を行って、結果的に法的地位を得てい る(岡崎 2011)。 ホアニ・ワイティティ・マラエ以外にも、1987 年にはテ・クラ・カウパパ・ マオリ・オー・ワイパレイラが、また、1988 年には、テ・クラ・カウパパ・ マオリ・オー・マウンガファウが、それぞれオークランド郊外に私設の学 校として誕生し保護者らが資金集めに奔走していた。また 1981 年に最初の コーハンガ・レオ保育園が誕生して以来、最初の五年間でニュージーラン ド各地には 550 のコーハンガ・レオが誕生していた(Walker 2016)。すな わち受け皿としての、マオリ語小学校を求める運動はオークランド等の都 市部だけでなく、全国的に大きくなっていたのであった。May(1999)は、 1980 年代半ばのマオリの教育を求める運動が盛り上がる中で、様々な集ま りや会議が頻繁に持たれ、その一例として 1988 年に開催されたマオリの教 育者やコミュニティの代表者たちの会議で、以下のようなマータイワイア 宣言が採択されたと報告している。 現在のように、Pāhehāⅵ(パーケハー、またはパケハ)がマオリ の子どもたちへの願いを統制し、拒否し続ける体制では、私たち の子どもたちのニーズは満たされない。変化の時は来た。私たち の運命を自分たちがコントロールしなければならない。この発展 は正に今、必要なのである(May 1999 p.60)。 このようなマオリの教育を求める草の根の声が大きくなったこと、マオリ によるマオリ語教育を求める継続的なロビー活動が展開されたことと、 1989 年に新しい教育法が成立したことが功を奏し、クラ・カウパパ・マオ リは公立学校としての法的地位を得た。 中村(2014)は、このクラ・カウパパ・マオリの誕生と発展の注目すべ き点として、マオリ語やマオリ文化の復興という多くのマオリの切実な願 いであったという点だけでなく、パケハと呼ばれるヨーロッパ系ニュー ジーランド人によって統制されてきた学校教育への抵抗運動であったとい う点を指摘している。実際リンダ・スミスや、グラハム・スミスは、コー
ハンガ・レオは、子ども達の教育という面で、マオリの保護者を政治化す るのに成功したと分析している。また杉原(2012)も批判理論(Critical Theory)に依拠したスミス夫妻のカウパパ・マオリの論考を、「虐げられた 『我ら』と抑圧する『彼ら』という二項対立」視点から、「パケハの植民地 支配に目覚め、抑圧に抗し、自らを解放する変革運動を文化的に行うため の原理(p.6)」であると述べている。何世代にも渡り植民地支配を受けてき た先住民族にとって、抑圧からの解放は極めて重大な課題であり、このよ うな脱植民地化と言語や文化の復興は切り離すことはできないであろう。 3.2 クラ・カウパパ・マオリの発展 Spolsky(2009)は、他の先住民族と比較して、マオリが地域コミュニ ティのレベルで、より大きな自由を手にした理由として、1989 年に制定さ れた教育法が、地域の教育委員会を撤廃したことを挙げている。当時の時 代背景として、福本(2014)は、財政難に苦しんだニュージーランド政府 がこれまでの「福祉国家」から「小さな政府」へ舵を取り、行政や福祉、 医療、教育などの分野で市場原理が導入されたという。教育の分野では、 ビジネスパーソンであったブライアン・ピゴットを代表とした教育行政調 査委員会による報告書、いわゆる「ピゴット報告」を元に政策文書「明日 の学校」が作成され、教育委員会を廃止することや各学校が保護者らを中 心に学校理事を設置することが決められた(福本 2014; Spolsky 2009)。 益々高まるマオリによるマオリ語教育を求める声に、そのような教育改革 の動きという国内の政治的背景も絡んで 1989 年に制定された教育法によ り、1990 年 6 校のクラ・カウパパ・マオリが、パイロットとして認められ ることとなった(Walker 2016)。その後毎年各地でクラ・カウパパ・マオ リが設立され、7年後の 1997 年には 54 校となっていた(May 1999)。 1989 年に施行された教育法は 2020 年現在も現行法であり、第 155 条でク ラ・カウパパ・マオリを公立学校として認めるだけでなく、第 155 条 A 項 では、クラ・カウパパ・マオリの教育と学習の指針として Te Aho Matua (テ・アホ・マトゥア)を指定している。また第 155 条 B 項は、テ・アホ・ マトゥアの Kaitiaki(世話人、管理者)として、Te Rūnanga Nui o Ngā
Kura Kaupapa Māori o Aotearoa(クラ・カウパパ・マオリ全国組織)を指 定し、テ・アホ・マトゥアの内容を決定し、その内容がマオリに不利益と なるような変更を加えさせないようにする責任が与えられている。 このテ・アホ・マトゥア(A 項)とクラ・カウパパ・マオリ全国組織(B 項)の記述はどちらも、1989 年の教育法施行時点ではなかったが、1999 年 に追記されている。クラ・カウパパ・マオリの関係者は、1993 年に一堂に 会し、クラ・カウパパ・マオリ全国組織を作り、後にマオリ発展省大臣と なるホアニ・ワイティティ・マラエのピタ・シャープルズをその代表に選 出しているが、シャープルズをはじめ彼らの多くは、1989 年の教育法には、 クラ・カウパパ・マオリの特殊性がはっきりと定義されておらず、不十分 であると考えていた(Tākao et al. 2010)。マオリ語を主たる教育言語とし ていることだけが、クラ・カウパパ・マオリとなる条件とされていたため、 マオリ文化やマオリの世界観に根ざした教育理念や教育内容を持つという 要件はなかった。さらに言えば、およそ半分の授業を英語で教え、マオリ 語での授業でも、教育内容を西洋文化や西洋社会に終始し、マオリのアイ デンティティを周縁化するような学校であったとしても、クラ・カウパパ・ マオリとして認められうる状況であった。そこでこの全国組織は、マオリ の文化や世界観が組み込まれたマオリの教育理念を法的に規定して、ある 種のブランディングを狙った(Scoop 1999)。この全国組織が繰り返しロ ビー活動を行うことで、政府にテ・アホ・マトゥア(A 項)とクラ・カウ パパ・マオリ全国組織(B 項)の記述を加えることを認めさせた。この 155 条の修正は、テ・アホ・マトゥア修正と呼ばれている。 3.3 テ・アホ・マトゥア教育指針 教育指針であるテ・アホ・マトゥアの草案は、上述のテ・アタアランギ を作り上げたカテリナ・マタイラが中心となり、ピタ・シャープルズやス ミス夫妻、また後述するペム・バードらが作業部会を作り、1987 年に作ら れている(Spolsky 2009)。そこには、クラ・カウパパ・マオリの基盤とな る教育理念や、保護者や教師、学校理事が果たすべきそれぞれの役割や責 任の指針が明記されている(Te Rūnanga Nui/Education Review Office
2014)。この教育指針はマオリ語で書かれており、英語版もマタイラによっ て付け加えられている(Department of Internal Affairs 2008)ものの、マ オリの文化や世界観を元に書かれ、言外の意味を含み、単純な翻訳ができ ないため、英語版はマオリ語版の解釈に過ぎないとされている。その英語 版によると、テ・アホ・マトゥアは、以下の6つの要素を持つとされる。
① 人間性(Te Ira Tangata): 子どもの精神と身体の両面を養育 する。生徒が健康な習慣と前向きな態度を発達できるような 敬意のある環境づくりを行う。 ② 言語(Te Reo):完全なマオリ語イマージョン教育を行う。英 語との混同やコード・スイッチングを避け、マオリ語での読 み書きが発達した後に、学校コミュニティが英語の導入を決 め、別の教員が別の教室で行う。 ③ 民族性(Ngā Iwi):社会性養育のため、コミュニティとの家 族的繋がりを強調する。部族や準部族、拡大家族、パケハを 含めた先祖からの系譜や、マオリの歴史的、文化的、政治的、 社会的出来事や問題を学ぶ。 ④ 地球(Te Ao):自然界から学ぶ機会や、自然環境とのつなが りに関する理解と感謝を、最大限に持てるようにする。自然 に関するマオリの知を正当化する。 ⑤ 教育方法(Āhuatanga Ako):学びの場を、マラエや屋外に広 げたり、家や学校でも文化的慣習に参加させたりして、楽し く刺激的に学ぶ環境を作る。伝統的知識保持者としての年長 者、サポートする大人、下級生を世話する上級生などを奨励 し、また健全な関係性の維持を、共通の責任とする。
⑥ 成果(Te Tino Uaratanga):卒業生には、マオリ語と英語の 二言語に堪能で、先祖との繋がりに詳しく、他者に対して敬 愛と思いやりを持ち、探究心と自立心を持って高い目標に向 かうような人間性を養育する。
以上のような教育理念が記述されているものの、詳細な教育内容や教育方 法の指定はない。Tākao et al.(2010)は、テ・アホ・マトゥアに表現され るマオリとしての学びや成功のビジョンを共通点として持ちつつも、各学 校がこの理念を独自に解釈し実践すること、すなわち多様な解釈と実践が 認められているという。そしてその解釈を経て積み重ねられてきた各校の 実践が、ユニークな教育慣習となって受け入れられているという。
3.4 クラ・カウパパ・マオリ全国組織(Te Rūnanga Nui o Ngā Kura Kaupapa Māori o Aotearoa)
クラ・カウパパ・マオリ全国組織は、このテ・アホ・マトゥアのカイティ アキ(世話人、管理者)とされており、クラ・カウパパ・マオリの保護者 やコミュニティが学校に持つ希望を実現するためのサポート活動をしてい る(Tākao et al.(2010)。また政府機関の教育省や教育機関評価局(ERO)、 その他の利害関係を持つ組織と交渉を行っている。ERO もまた 1989 年の 教育法で誕生し、教育省とは独立した教育機関の第三者評価を行う機関と され、その目的は、教育の質の改善や、学校や政策立案者がより良い政策 決定をすることに貢献することであるという(福本 2014)。2001 年には、 ホアニ・ワイティティ・マラエのクラ・カウパパ・マオリから苦情を受け、 ERO はクラ・カウパパ・マオリ各校の教育を評価する際、テ・アホ・マトゥ アの理念を採用することに合意している(Waitangi Tribunal 2010)。 それ以来、ERO とクラ・カウパパ・マオリ全国組織、教育省は協働関係 を築き、テ・アホ・マトゥアの理念に沿って各クラ・カウパパ・マオリの 教育を評価する方法を開発している。そして 2008 年には、ERO とクラ・ カウパパ・マオリ全国組織が、「テ・アホ・マトゥアのクラ・カウパパ・マ オリの評価枠組み」と、「テ・アホ・マトゥアのクラ・カウパパ・マオリの 評価指標」の冊子を刊行し、実際にそれを使って各学校の評価を始めてい る。中村(2012)は、政府機関である教育省と ERO と同等の立場で、ク ラ・カウパパ・マオリ全国組織が、評価方法を開発したことは、「既存の構 造的障害と権力関係」の変革を達成したこと、つまり「植民者の子孫が先 住民に対して排他的統制権を行使してきたかつての関係の変革という、ク
ラの運動における政治的目標が一定程度達成されたことを示唆している (p.61)」としている。 3.5 クラ・カウパパ・マオリの現状 クラ・カウパパ・マオリは、2019 年 7 月現在には、73 校ある(Ministry of Education 2019)。1997 年に 54 校あったが、2009 年には 73 校と報告さ れているため、2010 年代に入り大きな変化はない。1980 年代からの教育の 分野におけるマオリの言語・文化復興運動の大きな盛り上がりとそれに呼 応して増加したクラ・カウパパ・マオリの数が、頭打ちの状態になったの には、何があったのであろうか。2010 年のワイタンギ審判所(Waitangi Tribunal 2010)の報告では、クラ・カウパパ・マオリは、1990 年代ほぼ毎 年5校ずつ増やされてきたが、マオリ語が流暢であり教育にも優れた校長 をはじめとする教員の確保やマオリ語で各科目を詳細に教えるための教材 の不足の問題が起こっていたという。さらにワイタンギ条約法成立以来の 25 年間で、マオリ語に関しての、「最も大きな政策の失敗は、1980 年代の コーハンガ・レオ入園生数の急増が示した、マオリ語媒介教育への予期で きたはずのニーズに対応するために、十分な教員の育成をし損なったこと (p.xi)」としている。 さらにニュージーランド全体を見ると、表3で示した通り過去 20 年間、 合併等により学校数が 180 校減少している。その中で、新しいマオリ語イ マージョン教育機関、クラ・アー・イウィの数が増えている。次章では、 クラ・カウパパ・マオリの流れを継承しつつ、部族の教育に重点的に取り 組むにクラ・アー・イウィについて詳述する。
4.クラ・アー・イウィ
ニュージーランド政府が 1841 年以来、毎週木曜日に発行する官報、 ニュージーランド・ガゼットでは、2019 年の 12 月 12 日付で、クリス・ヒ プキンズ教育省大臣の名前で、以下を掲載している(New Zealand Gazette Office 2019a)。1989 年教育法における第 146 条、156 条ならびに 156 条 AA に準 拠し、ブロードウッドに1年生から8年生までの共学の小学校、 テ・クラ・オ・ハタ・マリア(パワレンガ)を設立し、この学校 を指定特色学校(Designated Character School)に指定する。(中 略)1989 年教育法における第 94 条の下、学校理事会を構成する。 ここでいう 1989 年教育法とは、上述した第 155 条に、クラ・カウパパ・マ オリを公立学校として認めた法律であるが、第 156 条では、このような特 色学校を認めている。さらにこの官報では、この学校が、特色学校として 成立するのは、以下の二つを教育目標として掲げているからであるとして いる。 ―マオリ語イマージョン教育、バイリンガル教育を行うこと。 ―テ・ララワの準部族であるテ・ウリ・オ・タイにそのカリキュ ラムを限定し、部族学校(クラ・アー・イウィ)として、運営 すること。 マオリ語イマージョン教育を行うというところは、クラ・カウパパ・マオ リと同じだが、教育内容は、前章で示した教育理念テ・アホ・マトゥアに 従うのではなく、地域の準部族であるテ・ウリ・オ・タイに特化して運営 するという。 さらに3週間遡ると、2019 年の 11 月 22 日付の官報にて、テ・クラ・カ ウパパ・マオリ・オ・ワイオウェカが、クラ・カウパパ・マオリの指定を 離れ、2020 年 1 月から指定特色学校として再指定されることが布告されて いる(New Zealand Gazette Office 2019b)。学校名においてもカウパパ・ マオリを取り除き、テ・クラ・オ・ワイオウェカとし、この学校は Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa(クラ・アー・イウィ全国組織)の一員であるとし ている。
4.1 クラ・アー・イウィの誕生 2000 年にムルパラに、テ・クラ・カウパパ・モトゥハケ・オ・タフィウ アウ(以下、タフィウアウ校)が設立されているが、この学校が、教育法 第 156 条を元にしてできたクラ・アー・イウィ部族学校の第一号である。 当校の校長であるペム・バードが、1998 年より、自身の部族である Ngāti Manawa(ンガーティ・マナワ)の言語や文化を復興するため、何人かの年 長者と熱烈な支持者からのサポートを受け政府へのロビーイングを行い、 2000 年 9 月に、部族学校の設立にこぎつけた(バード 2019)。前述したよ うにペム・バードは、クラ・カウパパ・マオリの立ち上げや、テ・アホ・ マトゥアの草案にも関わっている。この部族学校設立は、地元のムルパラ での小学校の合併や今後に関するステークホルダーの集まりに、地元の部 族が呼ばれていないと、招待を受けずに出席し、ンガーティ・マナワの教 育 の 必 要 性 を 訴 え た こ と に 端 を 発 し た と、 バ ー ド は 回 顧 し て い る (Wakahuiatvnz 2015)。また話し合いを重ねる中で、教育法 156 条の指定特 色学校の可能性を知り、部族や地元コミュニティの同意のもとに、申請を 出している。 教育法第 156 条では、指定特色学校の設立には、21 名以上の生徒の保護 者が一般の学校と異なる性質を持つその学校の設立を望んでいる必要があ るⅶと明記されており、ニュージーランド教育省によると、申請には、以下 の情報の提出が必要であるとしている(Ministry of Education 2011)。 ⒜ 申請グループの基本情報と、学年組織(受け入れ生徒の年齢 と人数)、これまでの申請グループの相談の記録 ⒝ 一般学校やその他の通学可能な公立学校とは、異なる学校特 色と教育プログラムの説明 ⒞ 学校の目的や目標の声明 ⒟ ニュージーランドカリキュラム(英語媒介カリキュラム)も しくは、Te Marautanga o Aotearoa(テ・マラウタンガ・オ・ アオテアロア、マオリ語媒介カリキュラム)に従いバランス のとれた教育プログラムを提供することを示す各学年の教育
計画の提示 ⒠ 全国教育指針(NEG)と全国学校経営指針(NAG)に従うこ とを示す学校のガバナンスと運営予定の提示 ⒡ 開校希望地とその現在の所有者状況の説明 ⒢ 提案された特色とカリキュラムや NEG、NAG の要件に沿っ て教育できる教員を示した教職員配置計画の提示 ⒣ 3 年間の予算案 タフィウアウ校は、上記のような情報をまとめて申請書を提出し、合併に 伴い使用されなくなった学校の校舎を利用して、1年生から 13 年生までン ガーティ・マナワのことば(方言)とティカンガで学び、質の高い学業達 成を目指す一貫教育校としての開校を認められている。ティカンガとは、 慣習や方法と訳されることが多いが、コミュニティの中で長年にわたり発 展し、深く根付いた慣習的価値システムと慣行のことであり、第 156 条で は、そのような部族のティカンガをカリキュラムの中心に据えることが、 指定特色学校の特色として認められている。 また学校理事には、保護者から5名、学校長1名、教職員1名、生徒1 名に加えて、教育省との協議の中で、ンガーティ・マナワの部族公益信託 が、各準部族から代表者を指名できることを教育大臣に認められ、各準部 族 か ら 1 名 ず つ 4 名、 合 計 12 名 が 就 く こ と が 決 め ら れ て い る(New Zealand Gazette Office 2000)。副校長のリアン・バードは、このように部 族が学校を管理し運営することが、他のマオリ語イマージョン学校との違 いであるとし、部族がカイティアキ(監視者、世話人)であるため、質の 保証ができると述べている(バード 2019)。 4.2 クラ・アー・イウィの発展 指定特色学校は、オルタナティブ教育やバイリンガル教育を行う学校も 含めて、2000 年以来 12 年間で毎年ほぼ 2 校ずつ増えており、2011 年には 23 校となっていた(Ministry of Education 2011)。2006 年、タフィウアウ 校と同じように、各地域の部族のことばやティカンガで部族教育を行う学
校が連携し全国組織を作るための会合が持たれ、ベイ・オブ・プレンティ、 ワイカト、タイヌイ、ラウカワ地域の8校が参加した(Rau, Murphy, & Bird, 2019)。当時の参加校の狙いは、以下の項目が、それぞれの部族と学 校が、自分たちの手で達成できるように、この全国組織がサポートするこ とであった(Ohia 2019)。 ―各部族のアイデンティティの印としての、ことば(方言)や生 き方、世界観を教育に埋め込むこと ―各部族の独特な認識論(カリキュラム、教授法、価値観)、ガバ ナンスモデルと、それらをサポートする政策の枠組みを、作る こと ―部族(準部族、大家族)として生きる自由を持つこと ―子どもたちの教育のあらゆる面で、鍵となる意思決定者となる こと
この全国組織は、Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa(クラ・アー・イウィ全国組織) として、2009 年に法人化し、それぞれの部族コミュニティから承認を受け た 11 の部族学校が最初の加盟校となった。2015 年には、さらに加盟校が増 え、24 校となった(Rau et al., 2019)。 マオリ語媒介教育を行う学校は、2009 年よりテ・マラウタンガ・オ・ア オテアロアに従うこととなっている。これはいわゆる一般の英語媒介学校 が使うニュージーランド全国カリキュラムのマオリ語翻訳ではなく、マオ リの理念や原理を元に開発された(Chalmers & Greensill 2010)。ただしテ・ マラウタンガ・オ・アオテアロアは、マオリ語媒介教育を行う学校の全国 的な指針を提供するものの、各学校が自分たちのカリキュラムを作成し、 実行することとしており、クラ・カウパパ・マオリ各校は、テ・アホ・マ トゥアに従い、またクラ・アー・イウィ各校は、教育省と直接結んだチャー ターに従うこととされている(Te Keke Ipurangi 2017)。 実際テ・マラウ タンガ・オ・アオテアロアには、マオリ語、算数・数学、保健(環境)、部 族のティカンガ、芸術、理科、テクノロジー、英語、言語と、九つの学習
領域が挙げられているが、各校はこのような学習領域ごとにプログラムや 時間割を作る必要はなく、例えばトピックごとに分けるなど、プログラム 計画の自由が認められている。その他マオリの世界観で教えることやホリ スティック教育が奨励されているなどがあるが、地域の知恵や状況に合わ せたカリキュラムを作ることが奨励されている(Te Keke Ipurangi 2017)。 このような全国カリキュラムの柔軟な指針は、クラ・アー・イウィ各校が、 部族の知恵や方言、慣習や文化を優先して教えることを許容している。 クラ・アー・イウィ全国組織の Rau, Murphy, & Bird(2019)は、コーハ ンガ・レオやクラ・カウパパ・マオリの多大な貢献に言及しながらも、マ オリ語イマージョン学校の直面する喫緊の課題として、方言の生き残りを 挙げている。1970 年代からマオリ語の生き残りに専心するため、様々な部 族が結束して全国的な取り組みが行われたが、そのプロセスで、方言の促 進は犠牲となったというのだ(Rau et al., 2019)。実際マオリ語の方言差は 大きくなく、他の部族方言を聞いても理解ができるとされている。それで も、方言はアイデンティティの印として重要で、ワイタンギ審判所の報告 によると「若者が今よりも方言を話さないと、20 年以上先の、方言の未来 は非常に暗い(Waitangi Tribunal 2010, p.41)」とされていた。だからこそ、 クラ・アー・イウィ全国組織に加盟する学校は、自部族との関わりを深く 保ち、マオリとしてだけでなく部族としての強いアイデンティティを持ち、 部族の方言を使うよう教育を行う。そして全国組織が、各部族が方言を保 護し、促進することに取り組めるよう協力しているという(Rau et al., 2019)。
4.3 クラ・アー・イウィ全国組織(Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa)
2020 年現在では、クラ・アー・イウィ全国組織の加盟校は、初等教育機 関、中等教育機関、一貫校などを合わせて 38 校に増えている(Ngā Kura ā Iwi O Aotearoa 2020)。クラ・カウパパ・マオリ全国組織とは異なり、クラ・ アー・イウィ全国組織への加盟ⅷは、あくまでも各学校の自由意志である が、組織として、各部族の教育のために様々なサービスを提供している。 クラ・アー・イウィ全国組織代表ワトソン・オヒアによると、そのサービ
スは、コミュニティや学校の能力構築を支援することと、協働を促進する こと、学校やコミュニティのためにアドボカシー活動をすることに分けら れる(Ohia 2019)。 コミュニティや学校の能力構築の一環としては、方言を始めとするマオ リ語に関する教育実践の評価ツール、Mana Reo(マナ・レオ)を開発し、 加盟校に提供している(Rau et al., 2019)。マナ・レオには、各校の代表や 教員、生徒、部族コミュニティが担うべきそれぞれの責任が示されており、 教育内容や方法に関しては、時間や労力、リソースを割いて、「テ・ミタ・ オ・テ・イウィ(部族の発音、イントネーション、韻律、ことばの音、文法) とメ・ンガ・ティカンガ(慣習的価値システムと慣行)を育み、高めるこ とに戦術的な優先順位を置くこと(p.75)」としている。そのため、歴史や 現代問題に関する批判的思考は、マオリの地元の部族の政治的、文化的視 点から教育すること、また方言に関しては、文章でも口頭でも、学校内だ けでなく、学校が発信する全てのコミュニケーションに使われ、浸透させ ることとしている。 また加盟校が、部族との関係性や実践を評価するためのルーブリックを 作成し提供している。そのルーブリックには、以下のような項目において、 高レベルから低レベルまでの記述がある(Rau et al., 2019)。 ① 部族のアイデンティティや部族の願望がどれほどカリキュラ ムに組み込まれているのか。 ② カリキュラム構築や実際の教育において、部族がどれほど尊 重され、どれほど関わっているのか。 ③ 校長や教員、生徒、部族が、どれほど部族の知恵を増やそう としているのか。 ④ 学校関係者が、どれほど地元の部族のイベントに参加してい るのか。 ⑤ 部族の願望と学校の戦略的方向性が、どれほど合致している のか。
さらに個々人の能力構築として、加盟校の教員の教育のためのマオリ語 向上を目指した合宿や、IT ワークショップ等を提供しているだけでなく、 各校の校長だけを対象に、心身の健康を目指した合宿も提供されている。 この合宿では、個々に抱える問題を、経験豊富な校長と内密に相談したり することで、校長職の負担を軽減することを目指すという(Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa 2019)。また加盟校の数学教員にアンケート調査を実施し、 マオリ語数学教育での苦手な分野を集計し、今後提供する能力構築プログ ラムを検討するという。 実際、マオリ語イマージョン学校の勤める教員の離職率が高いと言われ ている。最初の5年のうちに、70% の教員が、自身の就いたマオリ語イマー ジョン学校の教職から離れており、その多くは別の学校や、教育界の別の 職についているという報告もある(Rau et al., 2019)。マオリ語話者教員の 多くが有能で、キャリアアップを図れるなど転職しやすい環境にあると考 えられるが、既に触れたように、マオリ語イマージョン学校は、校長を含 め質の高い教員確保の問題と教材不足の問題を抱えている。7割の教員に 5年以内に辞められては、抱えた生徒が卒業するまで見守れない、担当科 目のマオリ語教材開発の継続性が保てない等、学校教育の様々な側面で問 題が生じかねないことが容易に想起される。クラ・アー・イウィ全国組織は、 教員のサポートを喫緊の課題と捉え、上記のような能力構築の支援に積極 的に取り組み、また年次大会の開催や複数校でのワークショップ等のイベ ントに助成金を提供するなどして、加盟校の連携を促している(Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa 2018)。 加えてクラ・カウパパ・マオリ全国組織と同様に、クラ・アー・イウィ の代表機関として、教育省や ERO、また教員審議会や、大学進学等の資格 認定試験 NCEA を司る資格審査機関等に積極的に参加し、交渉を行ってい る。代表のオヒアは、政府機関とは同等の立場で契約していることを強調 するとともに、障壁と見られがちな政府機関も、様々な問題の解決には重 要な要素であるとしている(Ohia 2019)。また ERO とは共同で、文化に対 応した評価方法と成功指標を開発し(Education Review Office 2016)、今 後クラ・アー・イウィ全国組織の代表者が評価グループに参加し、各校の
評価を行うとしている(Ohia & Ohia 2018)。
5.まとめに変えて
これまで、マオリ語イマージョン教育の中でも、その中心的存在である クラ・カウパパ・マオリとクラ・アー・イウィの軌跡と現状を見てきた。 その誕生に関して、クラ・カウパパ・マオリは、コーハンガ・レオの全国 的な盛り上がりの下、自分たちで学校を開きながら、ロビー活動を繰り返 し数年後に教育法で支持を得た。クラ・アー・イウィの先駆けとなったタ フィウアウ校は、地域の学校教育ステークホルダーの会合に招待を受けず に参加し、部族教育を求めたことに端を発し、地域を巻き込みロビー活動 を継続し、その教育法を利用することで、政府の認可を得ていた。 両機関の立ち上げは、それまで存在しなかったマオリや部族に特別な学 校を、コミュニティの支持を得て交渉の上で、公立小学校として誕生させ たという点で共通している。時代背景として、教育委員会の廃止や学校理 事の設置が決められた 1989 年成立の教育法による学校分権化や自律化と いったニュージーランドの学校教育を取り巻く状況の変化も見過ごすこと はできない。その上で、先駆的なクラ・カウパパ・マオリの存在や軌跡が、 クラ・アー・イウィが成立する土壌を作ったと言えよう。タフィウアウ校 立ち上げのロビー活動が始められた 1998 年には、既にクラ・カウパパ・マ オリは全国に 50 校以上あり、全国組織が教育法 155 条のテ・アホ・マトゥ ア修正を求めていた。またマオリ語イマージョン教育は、社会で認知され、 政府もそのような教育を求める声に耳を傾ける姿勢ができていたのである。 実際 1980 年代半ば、クラ・カウパパ・マオリが公立学校として認められる まで 5 年かかっており、その間、保護者が既存の小学校に通わせず、私費 を集めて、マラエでマオリ語のみで教えるという方法でしかマオリ語教育 ができなかった。それに対して 1998 年ニュージーランド教育省はタフィウ アウ校から熱烈なロビー活動を受け、教育法 156 条の可能性を提案したり、 学校理事を地元部族ンガーティ・マナワがコミュニティから選出すること を支持したり、部族によるイマージョン教育に、協力的な姿勢を示し、翌年末には 2000 年からの開校を認めている。こうしたクラ・アー・イウィの 誕生には、同じマオリ語イマージョン教育の先駆け、クラ・カウパパ・マ オリの立ち上げへの草の根運動と、これまでの学校としての実績、社会的 認知や継続されるロビー活動に恩恵を受けていると考えられる。 さらにクラ・アー・イウィも、クラ・カウパパ・マオリと同様に全国組 織を作り、各学校の代表者が話し合う場を設けるとともに、教育省や ERO と協議を行っている。とりわけ加盟校の評価に際し、教育省や ERO と同等 の立場で、両全国組織が、各々の教育理念に適した学校評価基準を開発し ている。2001 年のロビー活動を受け、クラ・カウパパ・マオリ全国組織が、 ERO と共同でテ・アホ・マトゥアを元にした評価方法を探ることに着手し、 2008 年に評価基準を完成させている。それ以降、ERO が各校を評価する際 に、その基準が使われているのに対し、クラ・アー・イウィの文化に即し た評価は開発されたばかりである。今後クラ・アー・イウィから代表者が 評価グループに参加して、各校の評価を行うという意向を示している。こ こでもクラ・カウパパ・マオリの全国組織の足跡を、クラ・アー・イウィ は踏襲しているが、実際の学校評価を行うグループに、クラ・アー・イウィ からの代表者が入ることで、ERO にさらなる説明責任を持たせようとして いる。植民地支配時代から長年パケハにより統制されてきた学校教育の中 で、学校評価の基準作りだけでなく、「評価する側」にも加われば、先住民 族の脱植民地化という観点から、権力関係の変革のさらなる一歩と言えよ う。 両教育機関は、マオリ語教育やマオリ語復興において、常に問題を把握 し対応してきているが、クラ・アー・イウィは、現在のマオリ語教育の問 題の一つはアイデンティティにあるととらえ、方言や部族の文化や歴史に 特化した教育を行うという新しい教育モデルを打ち立てた。確かにクラ・ カウパパ・マオリのテ・アホ・マトゥアでも、6つの要素の1つとして「民 族性」があり、部族や先祖からの系譜に関して触れられているが、クラ・ アー・イウィは、その部族のティカンガに優先順位を置くこと、それをカ リキュラムの中心に据えることを明記している。絶滅の危機に瀕する部族 の方言や知恵を尊重することが、生徒や部族コミュニティのアイデンティ
ティの強化につながることは想像に難くない。さらにその部族出身の教員 を配属することで、教員自身の方言や知恵を尊重しアイデンティティを強 化できる。その観点から教員離職の問題にも一つの解決法を提示している と考えられる。 また教員不足や教員の離職から、教員のサポートが喫緊の課題と捉え、 クラ・アー・イウィ全国組織は、積極的に教員の能力構築のための合宿や ワークショップ、校長の心身のサポート等を提供していた。方言を含めた マオリ語教育実践評価ツールや、部族との関係性評価ルーブリックなどを 提供し、学校の取り組みの支援も行っていた。クラ・カウパパ・マオリ全 国組織と違い、クラ・アー・イウィ全国組織は自発的な加盟制であるが、 加盟校は毎年のように増えており、2009 年には 11 校であったが、2020 年 現在は 38 校であり、さらに加盟を希望している学校があると言う。また4 章で見たように、クラ・カウパパ・マオリの指定を外れクラ・アー・イウィ に再指定を受ける学校も出てきている。 クラ・アー・イウィ全国組織は、さらなるマオリ語イマージョン教育の 広がりを目指している。2章で見た通り、過去 20 年間、51% を超えるイマー ジョンでのマオリ語媒介教育を受ける人は、マオリの 10% 前後で安定して いた。残りの 90% のマオリが通う一般の英語媒介学校におけるマオリ生徒 の成績不振や落第が問題視される中で、マオリの理念で教えるクラ・カウ パパ・マオリやクラ・アー・イウィに通う学生の成績は、ニュージーラン ド全体の平均よりも高いことが報告されている(Rau et al., 2019)。これは、 マオリであることを肯定したり、地元の部族のアイデンティティを強く持 つこと推奨するカリキュラムが、生徒の学力全般に前向きな影響を与えて いるからであると考えられる。 さらにマオリ語イマージョン教育の拡大は、マオリ語復興における最大 の課題であるマオリ語話者の増加にも、大きく貢献するであろう。現在、 年長者のマオリ語母語話者が少なくなっているために、流暢なマオリ語話 者の割合が減少していることが問題視されている。社会開発省の 2016 年度 国政調査で、マオリ語で日常会話ができると答えた回答者は、2001 年には 25.2% いたものの、2016 年には、21.3% とほぼ 5% 減少していた(Rau et
al., 2019)。そのため、クラ・アー・イウィ全国組織のワトソン・オヒアは、 コーハンガ・レオやクラ・カウパパ・マオリのこれまでの取り組みに敬意 を示しつつも、2032 年には、マオリ語イマージョン教育に 30% のマオリの 子どもたちを進ませることを目標の一つに掲げている(Ohia 2019)。過去 5 年間で 51% を超えるイマージョンでのマオリ語媒介教育を受けるマオリは 約 3500 人の増加傾向にあり、これには近年のクラ・アー・イウィの盛り上 がりが、少なからず影響していると考えられる。今後クラ・アー・イウィ を中心にマオリ語イマージョン教育が広がり、さらなるマオリ語復興の新 しいうねりを起こすことができるのか、生徒や教員、部族や地域のコミュ ニティを巻き込んで、マオリ全体の教育に変革を起こすことができるのか、 注目は尽きない。 引用文献 アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム報告書作成委員会 (2013) 『アオテアロア・ア イヌモシリ交流プログラム報告書プログラム』スペースオルタ . 岡崎享恭(2011)「ハワイ先住民族の言語 ・ 文化教育システム構築過程 ―先住民族教育権 の回復と言語編制の変化―」『ことばと社会』第 13 号 pp.30-59 三元社 . 岡崎享恭(2015)「テ・アタアランギとマオリ語復興」『渾沌』第 12 号 pp.48-65 杉原利治(2012)「カウパパ・マオリのアポリア―グローバル化、多様化とツィカンガ・マ オリの構築―」『日本ニュージーランド学会誌』第 19 巻 pp.5-16 中村浩子(2012)「先住民学校に対する国家の統制と支援 :―ニュージーランドにおけるク ラ・カウパパ・マオリに対する第三者評価報告書の分析から―」『オセアニア教育研究』 第 18 号 pp.46-65 中村浩子(2014)「先住民マオリの教育展開と課題」青木麻衣子・佐藤博志編著『オースト ラリア・ニュージーランドの教育―グローバル社会を生き抜く力の育成に向けて』 pp.130-136 東信堂 . バード・リアン(2019)「ンガーティ・マナワの言語と文化の復興」『ウウェカラパ 平取町・ 二風谷国際先住民族フォーラム 2019』 於:沙流川歴史館 深山直子(2013)「2011 年クライスチャーチ地震への『マオリの対応』―自然災害時にお けるエスニック・リソースの有効性に関する試論」『コミュニケーション科学』第 37 号 pp.123-146 福本みちよ(2014)「社会と学校教育」青木麻衣子・佐藤博志編著『オーストラリア・ ニュージーランドの教育―グローバル社会を生き抜く力の育成に向けて』pp.91-108 東信 堂 .
Kaupapa Maori を中心に」『湘南国際女子短期大学紀要』⑵ pp.101-155
Chalmers, L. & Greensill, A. (2010). Kaupapa Māori and a new curriculum in Aotearoa/
New Zealand. , 143-152.
Department of Internal Affairs (2008).
. Wellington: New Zealand.
Education Counts (2020). . Retrieved from https://www. educationcounts.govt.nz/statistics/maori-education/maori-in-schooling/6040
Education Review Office (2016). . Retrieved from https://www. ero.govt.nz/publications/annual-report/our-progress-in-201516/
Hill, R. & May, S. (2013). Non-indigenous researchers in indigenous language education:
Ethical implications. . 213, 47-65.
May, S. (ed.) (1999). . Clevedon: Multilingual Matters.
May, S. & Hill, R. (2005). Māori-medium education: current issues and challenges. , 8 ⑸ , 377-403
McCarty, T. L. (2003). Revitalising indigenous languages in homogenising times. ⑵ , 147-163.
Ministry of Education (2011). . Wellington: New Zealand. Ministry of Education (2019).
( ). Wellington: New Zealand.
Ministry of Education (2020) . Retrieved from https://www.education.govt.nz/assets/Documents/School/Running-a-school/ Resourcing/Core-Component-Rates-2019-2020.pdf
New Zealand Gazette Office (2000) .
Retrieved from https://gazette.govt.nz/notice/id/2000-go4878
New Zealand Gazette Office (2019a) ―
( ). Retrieved from https://gazette.govt.nz/notice/ id/2019-go5804
New Zealand Gazette Office (2019b)
( )( ). Retrieved from https://gazette.govt.nz/notice/id/2019-go5414
New Zealand Parliament (2016) .
Retrieved from https://www.parliament.nz/en/pb/bills-and-laws/bills-proposed-laws/ document/00DBHOH_BILL56640_1/te-pire-m%C5%8D-te-reo-m%C4%81ori-m%C4%81ori-language-bill
Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa.(2018) . Retrieved from https:// static-promote.weebly.com/share/63658491-3576-42cd-be26-9113eddbfa43
nz/
Ngā Kura ā Iwi o Aotearoa. (2020) . Retrieved from http://kuraaiwi. maori.nz/
Ohia, B. & Ohia, W. (2018) ( ) .
Retrieved from https://aasb.org/wp-content/uploads/18-11-10-Bentham-Watson-Ohia-Keynote.pdf
Ohia, W. (2019). . Retrieved from http://www.
nzpfconference.com/assets/Watson%20Ohia%20NZPF%20Presentation%20Summary.pdf Penetito, W. (2002). Research and context for a theory of Maori schooling.
, 37 ⑴ , 89-109.
Rau, C., Murphy, W., & Bird, P. (2019). The impact of culturalcy in Ngā Kura ā Iwi tribal schools in Aoetearoa/NZ: Mõ tātou, mā tātou, e ai ki a tātou ― For us, by us, our way. In T.L. McCarty, S.E. Nicholas, & G. Wigglesworth (Eds),
(pp. 69-90). Bristol, UK: Multilingual Matters.
Scoop (1999). .
Retrieved from https://www.scoop.co.nz/stories/PA9907/S00252/when-dreams-become-reality.htm
Spolsky, P. (2009). Rescuing Maori: the last 40 years. In , edited by P. K. Austin. 11-36 London: SOAS.
Stats NZ (2018). . Retrieved from https://
www.stats.govt.nz/tools/2018-census-place-summaries/new-zealand
Tākao, N., Grennell, D., McKegg, K & Wehipeihana, N. (2010). Te Piko o te Māhuri: The key attributes of successful Kura Kaupapa Māori. Wellington: New Zealand Ministry of Education Research Division
Te Keke Ipurangi (2017). Marautanga o Aotearoa. Retrieved from http://www.tmoa.tki. org.nz/Te-Marautanga-o-Aotearoa
Te Rito, J.S. (2008). Struggles for the Māori language: He whawhai mo te reo Māori. , 2 ⑹
Te Rūnanga Nui/Education Review Office (2014). A Framework for Review and Evaluation in Te Aho Matua Kura Kaupapa Māori. Wellington: Education Review Office.
Waitangi Tribunal (2010). . (Media Release).
Retrieved from: http://media.nzherald.co.nz/webcontent/document/pdf/Te%20Reo%20 Media.pdf
Wakahuiatvnz. (2015 September 6).
[Video file]. Retrieved from https://www.youtube.com/ watch?v=bhbP3eeFaNo
Walker, R. (2016). Reclaiming Māori education. In J. Hutchings & J. Lee-Morgan (Eds.), (pp. 19-38). Wellington,
New Zealand: NZCER Press. 注 ⅰ イマージョン教育とは、英語の immersion(浸すこと)が語源であり、目標言語に浸 し、集中的に没頭させて教育することを意味している。 ⅱ マオリ語版ではさらに Taonga(宝)と訳されており、その解釈が、言語や文化など の無形の財産をも含むと考えられた。
ⅲ マオリ語での Māori の発音は、長母音を用いて「マーオリ」が正しく、Kura Kaupapa Māori も「クラ・カウパパ・マーオリ」と表記する例もある。しかしこれまで日本語で は「マオリ」が通用されてきており、本稿でも、長母音であっても例外的に「マオリ」 を使う。 ⅳ ニュージーランド統計局(Stats NZ 2018)によると、ニュージーランド全体では、マ オリの割合が 16.5%(775,836 人)であるため、若年層のマオリの人口比率が上がってい ることが分かる。 ⅴ 細かく教育省のデータ(Education Counts 2020)を見ると、2004 年の 10.9%から少し ずつ減少し、2009 年から 20016 年まで 9% 台に落ち込むが、2018 年には 10.2%、2019 年 には 10.5% と上昇している。 ⅵ マオリ語での Pākehā の発音は、長母音を用いて「パーケハー」が正しいが、ⅱの 「マオリ」同様に、すでに先行研究等で「パケハ」が通用されているため、本稿でも、長 母音であっても例外的に「パケハ」を使う。 ⅶ 2017 年 5 月改定で、21 名の生徒の親という数字は取り除かれている。 ⅷ 2020 年現在、加盟校のほとんどは指定特色学校が占めるが、加盟校には、少数のク ラ・カウパパ・マオリやその他のマオリ語媒介学校を数校含む。