授受動詞の統語論
著者
田中 裕幸
雑誌名
商学論究
巻
57
号
2
ページ
185-199
発行年
2009-09-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/4116
序
本稿では(1)の「あげる」・「もらう」のようないわゆる授受動詞の統語的 性質を分析し、送り手・受け手の両者が関与する事態が統語構造において如 何に表現されるかを論じる。従来、「あげる」・「渡す」・「送る」のような三 項動詞の統語構造の研究では、動詞句内の構造を解明するという観点から、 「に」格名詞句と「を」格名詞句の構造的関係に大きな関心が払われてきた が、これらの動詞と「もらう」型動詞との意味的平行性を考慮に入れると、 授受に関与する参与者を表す二つの項の関係に着目する必要が生じる。 (1) a.花子が太郎に本をあげた。 b.太郎が花子に本をもらった。 上の例ではどちらも「花子が送り手、太郎が受け手であるような本の授受」 という事態を表しているが、動詞が「あげる」の場合は送り手が主格、受け 手が与格でマークされているのに対し、「もらう」では逆に受け手が主格、 送り手が与格でマークされている。本稿ではこの基本的な観察を基に、両タ授受動詞の統語論
− 185 −田
中
裕
幸*
* 本稿執筆に当たって、長谷川宏、C.-T. James Huang、宮川繁、成田広樹、須藤靖直、 吉田幸治の各氏より貴重なコメント・批判をいただいた。ここに記して感謝の意を表 したい。イプの動詞の構文が同一の基底構造から派生されると主張する。この意味で 両者の対応関係は典型的な能動文・受動文の対応関係と同じであるというこ とになる。 この分析を推し進めるにあたって重要になってくるのが、いわゆる動作主 (Agent) を導入するメカニズムである。ミニマリスト統語論において標準 的な考え方は、動作主は vP 指定部において基底生成された項が受け取る 役割であるというものであるが (Hale and Keyser 1993 ; Chomsky 1995)、 ここでは動作主は独立した役割ではなく、既に 役割を受け取った項が vP 指定部に移動して「意図性」を帯びることにより現れる複合的な概念で あると考える。これによって初めて「あげる」と「もらう」の平行性、およ び(1)には現れていない非対称性を捉えることができるのである。 さらに、「独立した役割」が与えられるメカニズムにも重要な仮定を立 てる。そのような役割とは、概略、冒頭の「送り手」や「受け手」とい った概念に相等するものであるが、そういった「対人関係」を表す役割を付 与する述語は、(少なくとも日本語では)起点や着点といった経路に関わる 情報を表す後置詞が動詞句の構造に織り込まれたものであるという主張をす る。これにより、(「から」格主語構文を含む)(1)のバリエーションとして 許される格・後置詞のパターンが自然に説明できることを見る。 本稿で授受動詞と呼ぶ動詞は(2)のようなものである。(括弧内に語幹を 示す。)
(2) a.「あげる」型:あげる (age)、 教える (osi-e)、 預ける (azuk-e)、 授ける (sazuk-e)、 給う (tamaw)、 貸す (kas)、 申し付ける (moosi-tuk-e)、. . .
b.「もらう」型:もらう (moraw)、 教わる (osow-ar)、 預かる (azuk-ar)、 授かる (sazuk-ar)、 給わる (tamaw-ar)、 借りる
(kari)、 仰せつかる (oose-tuk-ar)、 習う (naraw)、 いただく (itadak) 単に授受といっても様々な動詞が考えられるが、ここで考察の対象にする 「もらう」型動詞の定義は単純で、起点 (Source) が与格「に」でマークさ れ得るような動詞である。(2b)に挙げた動詞は全て(3a)のように与格起点 を持つが、(3b)に見るように、同じように起点を取る動詞であっても与格 起点と相容れないものもある。(但しどちらの場合も「から」でマークする ことはできる。)このように与格起点を許す動詞は非常に少なく、著者の知 る限り(2b)でほぼ網羅されている。 (3) a.太郎が花子 {からに} 本を {もらった預かった}。 b.太郎が花子 {から*に} 本を {奪った取った買った受領し た}。 それに対して「あげる」型動詞は着点 (Goal) を与格でマークできるような、 いわゆる二重目的語動詞で、(2a)に挙げたものの他に「送る」「渡す」など 多数ある。 ここで注目すべきなのは、全ての「もらう」型動詞に、意味的に対応する 「あげる」型動詞が存在するという点である(あげるもらういただく、教 える教わる習う、預ける預かる、授ける授かる、給う給わる、貸す借 りる、申し付ける仰せつかる)。しかも、azuk-e/azuk-ar のように、接辞 -e と -ar の対立によって形態的に関連づけられるペアが多いことに気付く。日 本語の動詞の自他交代には -e / -ar 以外にも -as / -e(「溶かす」・「溶ける」)等 いくつかの形態的パターンがあるが、数は少ないが「もらう」型動詞と「あ げる」型動詞で透明な形態的関係があるペアの全てにおいてこのパターンが 用いられることは注目すべき事実であろう。各々の「もらう」型動詞に対応 する「あげる」型動詞が存在すること、形態的な対応が偶然とは思えない程
度に体系的であることは、この二つのタイプの動詞が文法的に関連づけられ ていることを強く示唆する。 今着目している授受動詞は両タイプとも、ある対象物 (Theme) の移動が 二つの参与者の間で執り行われるという事態を表しているが、大きな違いは、 参与者のうちどちらが主語として選ばれるかという点にある。(1)を見ると 「あげる」型動詞では起点が、「もらう」型動詞では着点が、主語として表 層に現れている。このように、同様の役割が関わる事態を異なる形式で 表すという文法現象は、能動態と受動態の対応をはじめ人間言語において広 く認められるものである。 実際、(1)のペアを一種の受動化と見なす考察は過去にもある (柴谷 1978 ; Zushi 1992)。その根拠として、「もらう」型動詞が取る与格起点は、 受動文における「に」でマークされた深層の主語と同様に有生物しか認めら れないということがある。 (4) a.太郎が先生の研究室 {*にから} 本を借りた。 b.生徒たちが先生の言葉 {*にから} ヒントをもらった。 そこで、実際に(1a)、(1b)とも「花子」が起点 (Source)、「太郎」が着 点 (Goal) という役割を持っていると仮定しよう。一般的な 階層上、起 点が着点より優位であり、従って UTAH (Baker 1988) より、起点が着点よ り構造的に高い位置に投射されると仮定する。また、主格主語の名詞句は時 制辞 T から一致操作 (Agree ; Chomsky (2000)) により主格を与えられ、TP 指定部に移動すると仮定する。そうすると「あげる」型動詞の構文は(5a) のように最も外側に生成される項が TP 指定部に移動するのに対して、「も らう」型動詞の構文は(5b)のように起点より内側に生成された項が TP 指定 部に移動することになる。 (5) a.「あげる」型:[TP DPSource i [ ti [ DPGoal. . . V ]]]
b.「もらう」型:[TP DPGoal i [ DPSource [ ti. . . V]]] 起点の生成位置がどこかはひとまず置いておいて、この派生において着点 の生成位置が動詞句内であることは間違いないので、「もらう」型動詞の主 語は、動詞句内の低い位置から出発すると考えられている受動態や非対格動 詞の主語と同様の振る舞いをすることが予測される。実際、「もらう」型動 詞の主語は受動態及び非対格動詞の主語と同様に数量詞を残留することがで きるし、内項と作用域の干渉を起こすこともできる。それに対して「あげる」 型動詞ではどちらも不可能である1) 。 (6) a.*学生が花子に二人空手を教えた。 b.学生が花子に二人空手を教わった。 (7) a.誰かが誰もにプレゼントをあげた。( E >A、*A> E ) b.誰かが誰もにプレゼントをもらった。( E >A、A> E ) しかし、(5)の派生には重要な点が一つ抜け落ちている。「あげる」型・ 「もらう」型ともに、主語は単に起点ないし着点を表すだけでなく、意図性 を持った動作主 (Agent) としても解釈されるという事実である。例えば 「もらう」型動詞でも意図性を持つ主語としか相容れない副詞表現と共起で きる。(8a)では「わざと」は花子ではなく太郎の意図を表し、(8b)でも身 を守ろうとしているのは花子ではなく太郎である。このことは、(9)のよう に「あげる」型動詞を用いた文では逆に花子(起点)が意図性を持つように なることからもはっきり分かる2)。 1) A 移動の痕跡は作用域の計算に関与するということが前提である。次の例を参照され たい。(()は Zushi (1992) によって引用されていた例を手直ししたものである。) () a.誰かが(太郎によって)誰もに紹介された。( E >A、A> E ) b.誰かが全ての部屋に入った。( E >A、A> E ) 2) 従って(9b)には「花子にとって太郎に空手を教えることが身を守ることにつながる」
(8) a.太郎が花子にわざとつまらない本を借りた。 b.太郎iが花子jに [ ei /j身を守るために] 空手を習った。 (9) a.花子が太郎にわざとつまらない本を貸した。 b.花子iが太郎jに [ ei /j身を守るために] 空手を教えた。 また、今見ている授受動詞が起点・着点といった役割を与えるとの仮 定の下では、(9)が、起点の役割を持つ主語「花子」も意図性のある動作主 的な解釈を持つことを示しているということも認識しておく必要がある。 以上の議論を踏まえて、動作主は独立した役割ではなく、起点や着点 など他の独立した役割を受け取った項が vP 指定部に移動することによっ て意図性 (volition) を加えられた結果得られる解釈であると仮定する。一 般に vP 指定部は外項が(基底)生成される位置であり、しかも v が対格付 与の責任を負う主要部であると仮定することにより Burzio の一般化 (Burzio 1986) を捉えられるわけであるが、この見方の下では、少なくとも動作主 に関する限り、外項は vP 指定部に基底生成されるのではなく、v の補部内 に基底生成された項のうち一つが vP 指定部に移動することにより「外項化」 されたものであるということになる3)。この vP 指定部への移動の動機は v が
位相主要部 (phase head) として持つ EPP 素性であるとしておく。この素 性が一般的な最小性条件によって c 統御の観点において最も近い項を牽引す る。 仮に動作主が独立した役割であり、それ自体で一つの項を認可するこ とができるとすると、以下のように(その解釈がどのようなものであれ)起 点と着点以外にもう一つ項を出せる動詞が存在してよいはずであるが、その ような動詞は存在しない。 という解釈しかなく、太郎が護身のために空手を習ったのかどうかについては何も述 べられていないことに注意されたい。 3) 意図性の解釈を与えられない項が v の指定部に現れる場合もあるかもしれないが、本 論では扱わない。
(10) *花子が太郎から次郎に本をあげたもらった。 これまでの仮定を総合すると、今問題にしている授受動詞構文の派生は以 下のようになる。(判読しやすくするため主要部補部の語順で書いてある。) (11) a.「あげる」 型:[TP DPSource i T [vP t′i v [SP ti S0[GP DPGoal G0 [VP V DPTheme]]]]] b.「もらう」 型:[TP DPGoal i T [vP t′i v [SP DPSource S0[GP ti G0 [VP V DPTheme]]]]] 「あげる」型、「もらう」型どちらも基底の構造は同じで、v の補部内に起 点と着点が生成される位置があり、前者が後者を c 統御している。「あげる」 型(11a)では起点が、「もらう」型(11b)では着点が、vP 指定部に繰り上がっ て意図性の解釈を与えられ、T により主格を与えられる。つまり、両タイプ の統語派生上の違いは起点と着点のどちらが vP 指定部に移動するかの違い ということになる。ここでは指定部に起点を生成する投射を SP (Source Phrase)、着点を生成する投射を GP (Goal Phrase) と呼んでおく。
「あげる」型動詞では、最も外側に生成された項(起点)が vP 指定部に 移動して主語となるので、派生のどの段階においても主語が他の項よりも低 い位置に来ることはない。従って主語は着点よりも低い位置(右側)に遊離 数量詞を置くこともできないし、着点より低い作用域を持つこともできない。 それに対して「もらう」型動詞では、主語が起点よりも低い位置から出発す るので、起点より低い位置に遊離数量詞を置くこともできるし、起点より低 い作用域を持つこともできる。しかし、どちらのタイプにおいても主語は vP 指定部に立ち寄っているので意図性を持つのである。 次節以降では、S、G といった範疇の実体とその動機付け、および両タイ プの動詞で(11a)と(11b)のような違いが出てくる理由を考察する。また、 提唱する仮説群から、これまで見てきた与格起点・与格着点の構文以外の文
が生成される可能性も検証する。
Baker (1988) の適用構文 (applicative construction) の分析以降、P(後置 詞・前置詞)が何らかの形で動詞に編入して、本来 P の補部として PP 内に 導入される項が動詞の項として導入されるという理論的可能性が、特に二重 目的語構文の研究において探求されてきた (2008)。そのような 流れの中で、前節で提案した S0や G0は一種の後置詞の編入と捉えることが できる。つまり、起点や着点を表す後置詞的な要素が日本語の文法体系の中 に独立して存在し、それが特定のコンテキストにおいて動詞句の構造に組み 込まれ、直接的に項を導入する要素として機能するようになると考えるので ある。 日本語においては起点・着点のペアを PP として表現することは可能であ る。(12a)の非対格構文において、「から」は起点を、「にへ」は着点を表 す PP を形成している。これらの後置詞を、(11)における S0、G0と関連づ けるのは不自然なことではない。実際、非対格動詞「渡る」に対応する対格 動詞「渡す」を用いた(12b)においても、授受の当事者(花子と太郎)が同 じ役割を担っていると考えるのが自然である4)。 (12) a.土地の所有権が花子から太郎 {にへ} 渡った。 b.花子が太郎 {にへ} 土地の所有権を渡した。 本論の枠組みでは(12b)は(11a)の構造を持つ。 S0が 「から」に、 G0が「に
後置詞編入による参与者 役割の導入
4) 紙幅の都合上、(12)のペアの有機的つながりの詳細を論じることはできない。 Matsuoka (2003) は「渡る」のような非対格動詞は対象物項(「土地の所有権」)を着 点項(「太郎」)よりも高い位置に生成し、それと平行的に「渡す」も着点項を対象物 項より高い位置に生成すると主張している。本稿の立場は、(12a)では「花子から」 「太郎にへ」は VP 内に生成される付加詞的な PP であるが、(12b)ではこれらの P が編入された(11a)の構造が形成されるというものである。へ」に対応する。内項のみならず、外項も同様に後置詞的な要素の編入によ って導入されるという可能性を示唆していることになる。 このような動詞句構造を考える背後にある直観は次のようなものである。 V は Theme 項(DP ないし CP)とその他の周縁的な(通常 PP)項を取り、 その Theme 項に関する事象(例えば土地の所有権の移動)を表す。v は先 述のように意図性を与える範疇であり、特に具体的な役割は与えない。 VP と v で挟まれた、編入された後置詞によって作られる領域にて VP で表 される下位事象をコントロールする参与者を導入するのである。 さて、「から」を起点、「にへ」を着点を表す後置詞とし、それぞれに対 応する参与者を導入する主要部を S0、G0としたわけであるが、もう一つ、 起点・着点のペアを表す複合的な後置詞 Path0の存在をここで確認しておき たい。これは「から」句と「にへ」句の二つを項として取る後置詞的な句 であり、このような構成素が存在することは端的には(13b)のような例から 推察される。 (13) a.[Path P [PP 花子から] [[PP 太郎へ] Path0]] b.[[花子から太郎へ] の土地の譲渡] PP が名詞を修飾する場合、必ず「の」が付かなければならないが(「カナダ から*(の)手紙」)、(13b)の「花子から」には「の」を付ける必要がない。 「花子から太郎へ」全体が一つの PP 的な構成素を成しており、「から」句 はその内部にあるので「の」が不必要であると考えられる。
Path0は(13a)のように二つの項に対して役割を与えるので、Goal →
Source のように序列化された役割を持ち、最初に併合 (Merge) した項に 対して着点を、次に併合した項に対して起点を、順次付与する。
授受動詞はその語彙的意味特性から、以下のように S と G の組合せない しは Path による起点・着点のペアを vP 内に生成する必要があると仮定する。
(14) a.[vP v [SP DPSource S0 [GP DPGoal G0 [VP V DPTheme]]]]
b.[vP v [PathP PPSource PPGoal Path0 [VP V DPTheme]]]
(14b)の PathP は多重指定部を持ち、それぞれが PP で占められている。元 来、S0、G0は上述のように DP を取る主要部(後置詞)であり、Path0は二 つの PP を取る主要部である。それぞれが動詞句内に編入された結果、SP、 GP の指定部には DP が、PathP の二つの指定部には二つの PP が、項として 出てくることになる。 ここで項の降格(demotion / de-thematization)に関する仮定を明確にして おく。一般に受動態においては能動文の主語の役割が受動形態素によっ て抑制され、主語は付加詞として「降格」して現れる。本稿では(14)の S0、 G0、Path0に対しても一種の「受動化」が働くことによって、起点項または 着点項が付加詞に降格する場合があると考える。具体的には、役割を与え る主要部に対して抽象的な受動化形態素が付加されることにより、それが持 つ役割が抑制されると考える。降格した項は() PP として現れるか、 () S または G に内在格「に」を与えられる DP とする。()の場合、起 点項は「から」句として、着点項は「に」句または「へ」句として現れる。 ()、()いずれの場合も降格した項はもはや項ではなく付加詞として扱わ れ、v、T 等からの格付与操作に関与することができない(格付与子から見 えない)。 これで前節から残された問題であった「あげる」型動詞と「もらう」型動 詞の派生の違いを、以下のような語彙的差異に帰着させることができる。 (15) a.「あげる」型動詞は着点項を降格させる。 b. 「もらう」型動詞は起点項を降格させる。 1.「あげる」型動詞 ここで「あげる」型動詞の構文の派生を見ていく。基底構造として(14a)
と(14b)の両方が可能であるが、いずれにおいても(15a)より、起点項は降 格しておらず、着点項が降格して付加詞となっている。 まず(14a)が選ばれた場合から見ていこう。派生の概略は次のようになる。 (16) [vP DP1 v [SP t1 S0 [GP DP2-ni / -e G0 [VP V DP3]]]] v が構造に導入された後、まず v が EPP により最も近い項を牽引する。こ の場合は SP 指定部の DP1が最も近いので DP1が vP 指定部に繰り上がる。 その後 v が対格を付与する相手を探索するが、DP1の痕跡は A 連鎖の一部 なので不可視であり、降格している DP2も不可視なので、DP3が対格を付 与される。vP 指定部に入った DP1は後に T から主格を付与されるので、結 果として(17)のような格配列が得られる。 (17) 花子が太郎 {にへ} 本をあげた。 次に(14b)が選ばれた場合の派生を考えよう(18a)。ここでも起点項 PP1 は降格しておらず、PP2は降格している。v の EPP により最も近い項である PP1が vP 指定部に上がり、v が DP3に対格を付与する。T が PP1と一致し ようとするが、(英語と違って)日本語の T は PP でも素性を満たすこと ができる柔軟性を備えているとしよう。そうすると主格「が」は表面化しな いまま「から」PP が起点項として現れることになる。これがいわゆる「か ら」格主語構文(18b)である。 (18) a.[vP PP1 v [Path P t1 PP2 Path0 [VP V DP3]]] b.花子から太郎 {にへ} 本をあげた。 「から」格主語構文では「から」句が実際に主語性を持っており(「自分」 を束縛でき、主語尊敬化を引き起こせる)、音形を持たない主格主語が別に
存在する空主語構文ではないことが確認されている (Inoue 1998 ; 井上 2002)。 (19) 山田先生iから花子にご自分iの論文をお渡しになった。 また、「から」句をこのように主語として持つことができるのは、「から」 句が動作主であり、かつ着点項が存在する場合に限られることも知られてい る。これはまさに起点・着点のペアを要求する「あげる」型動詞の特徴であ る。(18a)の派生によって「から」格主語が許されること、また「から」句 が vP 指定部に上がることにより動作主性(意図性)の解釈も与えられるこ とが自然に説明できる5) 。 2.「もらう」型動詞 次に「もらう」型動詞の派生を見る。「もらう」型動詞も「あげる」型動 詞と同様に起点・着点のペアを要求する授受動詞であり、その意味において (14a)と(14b)の両方が可能であるはずである。しかし、結論から言えば (14b)は許されない。この理由はすぐ後で述べるが、先に(14a)が選ばれた 場合を考えよう。 「もらう」型動詞は(15b)により起点項を降格させるので、(20a)におい て DP1が内在格「に」を与えられた DP 付加詞、あるいは「から」PP 付加 詞として出てくる。いずれにせよ v から見て最も近い項は DP2なので、こ れが引き上げられ意図性の解釈が与えられ、T と一致して主格を付与される。 降格した起点項と DP2の痕跡は v からの格付与には関与しないので、DP3 に対格が付与される。 (20) a.[vP DP2 v [SP DP1-ni / -kara S0 [GP t2 G0 [VP V DP3]]]] b.太郎が花子 {にから} 本をもらった。 5) 井上 (2002) においても「から」格主語は内項として生成され、vP 指定部に上がる という分析が採られている。
Ⅱ節で述べた通り、この派生は着点が起点より低い位置に生成され、降格 された起点を越えて外項になり、さらに主語になっているという意味で受動 態と似ており、派生を通して基底生成位置の c 統御関係を保持する「あげる」 型動詞の派生と対照的である。起点が内在格「に」を付与されることによっ て降格している場合は、受動態の「に」でマークされた動作主と同様に、有 生物でなければならない(4)。 (14b)の可能性に話を戻すと、Path0は二つの役割、着点と起点をこの 順で与えていくが、(15b)に従い起点を降格させようとすると、後で与える 役割である起点を抑制しなければならない。しかし、役割の抑制は主要部 に対して行われる操作であるとすると、主要部の持つ役割のうちまずア クセスできる方(つまり今まさに付与しようとしている役割)を抑制するこ とはできるが、それ以降に付与することになる役割を抑制することはできな いと考えるのが自然である。Path0の場合、着点、起点の順で与えられてい くので、先頭の着点を抑制することは可能で、実際に「から」格主語構文 (18)でそれが行われている。しかし起点を抑制することができないとすると、 (15b)を満たせるような PathP を用いた基底構造は存在しないことになる。 仮にそのような構造が存在したとすると、起点の「から」PP が付加詞とな って現れ、着点の「にへ」PP は項として現れるので、着点 PP が vP 指定 部に上がって(18b)の「から」格主語構文と同様に派生が収束するはずであ る。そのような構造が存在しないのであるから、「もらう」型動詞を用いた PP を主語とする構文は不可能であると予測できる。実際に(表層の語順は どうであれ)「もらう」型動詞では主格主語以外は容認できない6)。 6) (21)が容認できるとすれば、それは音形を持たない主格主語が出てきているケースで あろう。この場合、空主語が着点を担い、「太郎 {にへ}」は着点とは別の受益者 (Benefactive ; 必ずしも本を受け取ったとは限らない)を担っている。「に」や「へ」 がこの意味を表すことができる限りにおいて、(21)は容認可能である。また、(21)が PP 主語構文ではないことは「花子」も「太郎」も「自分」を束縛できないことから も分かる。これは「あげる」型動詞を用いた PP 主語構文(19)と明確な対比を成す。 () a.*太郎j{にへ} 花子iから自分i/ j の論文をもらった。
(21) a.*太郎 {にへ} 花子から本をもらった。 b.*花子から太郎 {にへ} 本をもらった。
結 語
本稿では与格着点および与格起点を取る授受動詞に的を絞って、それらが 同一の基底統語構造から派生するとする分析の経験的・理論的帰結を議論し た。まず、「もらう」型動詞においては着点を表す主語が起点よりも低い位 置に出てくることから非対格主語と類似した振る舞いを示すことが正しく予 測される。さらに、「あげる」型・「もらう」型双方の主語が、起点・着点と いった役割だけでなく動作主としての解釈も持つことから、vP 構造を起点 ・着点が基底生成される領域と意図性(動作主性)の解釈が付与される vP 指定部とに分割する必要が認識される。起点・着点の生成位置に関しては、 授受動詞構文とは独立して存在する起点・着点を表す後置詞を一種の適用主 要部として転用することにより授受の参与者を導入するという可能性を提案 し、それが授受動詞の構文のバリエーションを自然に説明できることを見た。 今後の課題として、起点・着点以外に後置詞を編入するやり方で導入され る項があるのかどうか、起点のみ、あるいは着点のみが出てくるような動詞 句構造は可能かなど、提案されたメカニズムの一般性を探る必要があるであ ろう。また、「もらう」型動詞が(2b)に挙げたものに限られ、このクラスが 意味的・形態的にかなり限定されたものであることには何らかの背景がある と思われる。さらに、他の言語における同様の意味を持つ動詞を見てみると、 必ずしもこのクラスのみが(与格起点を持つなど)特定の統語的特性を持つ とは限らない。このような言語間の差異がどのようなパラメータに帰因する のかも非常に興味深いテーマである。 (筆者は関西学院大学商学部准教授) b.*花子iから太郎j {にへ} 自分i/ j の論文をもらった。参考文献
Baker, Mark C. (1988), Incorporation : A Theory of Grammatical Function Changing, University of Chicago Press.
Burzio, Luigi (1986), Italian Syntax, Reidel.
Chomsky, Noam (1995), “Categories and Transformations,” in Noam Chomsky, The Minimalist Program, pp. 219394, MIT Press.
Chomsky, Noam (2000), “Minimalist Inquiries: The Framework,” in Roger Martin, David Michaels, and Juan Uriagereka, ed., Step by Step : Essays on Minimalist Syntax in Honor of Howard Lasnik, pp. 89155, MIT Press.
Hale, Kenneth, and Samuel J. Keyser (1993), “On Argument Structure and the Lexical Expression of Syntactic Relations,” in Kenneth Hale and Samuel J. Keyser, ed., The View from Building 20 : Essays in Linguistics in Honor of Sylvain Bromberger, pp. 53109, MIT Press.
Inoue, Kazuko (1998), “Sentences without Nominative Subjects in Japanese,” in Kazuko Inoue, ed., Report (2): Researching and verifying an advanced theory of human language, pp. 129, Kanda University of International Studies.
Matsuoka, Mikinari (2003), “Two Types of Ditransitive Constructions in Japanese,” Journal of East Asian Linguistics Vol. 12, pp. 171203.
Liina (2008), Introducing Arguments, MIT Press.
Zushi, Mihoko (1992), “The Syntax of Dative Constructions in Japanese,” ms.
井上和子 (2002)「能動文、受動文、二重目的語構文と「から」格」『Scientific approaches to language』第1巻、4976頁、神田外国語大学.