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大規模並列分散システムにおけるビッグデータ解析と社会シミュレーションの研究(<レクチャーシリーズ>つながりが創発するイノベーション〔第8回〕)

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1.は じ め に

私が研究者への道を歩み始めたのは,東京工業大学の 学部 4 年時に松岡聡先生の研究室に入ったときである. 世界に分散する計算機を束ねることによってスーパコン ピュータに匹敵するような分散型の計算・ストレージシ ステムを実現する「グリッド」技術の研究構想に興味を もち,研究を開始することになった. 国際会議やグリッド技術の標準化委員会などで世界的 に活躍する松岡先生の姿は,自然と私にとっての研究者 のロールモデルになった.その後,修士課程 1 年時には 海外で研さんを積む決意をし,松岡先生の知り合いで, かつ高性能計算(HPC)の大御所である米国テネシー 大学の Jack Dongarra 先生,インディアナ大学 Dennis

Gannon先生のところで 1 年間過ごした. 初めての海外留学で,生活と研究,ともに苦労した ものの,熟慮した結果,「分散オブジェクト技術 Jini を 基盤にしたグリッドコンピューティングシステム」 と いう研究テーマで挑む方針を固めた.1 年間という限 られた滞在期間ではあったが,実装および実験を重 ねて論文を完成させ,その論文が高性能計算(HPC: High Performance Computing)のトップの国際会議 Supercomputingに 採 択 さ れ る に 至 っ た [Suzumura 01].これを機に,博士課程に進学することを決断した. その後,博士課程では,テネシー大学の Jack Dongarra 先生の門下生で,カリフォルニア大学サンディエゴ校お よびサンディエゴスーパコンピュータセンターの Henri Casanova先生の所に 1 年ほど研究滞在した.博士課 程の学生として研究滞在はしたものの,生命科学研究 所の Salk Institute for Biological Studies と San Diego Supercomputing Centerの共同プロジェクトに参加する など,一人の研究者として扱われたことに研究者として のやりがいを感じた. 私が博士課程に進学したことで得た学びは,「研究者 とは,所属組織に寄るものではなく,自分自身が自らの 研究を売り込んでいく個人事業主のような職業である」, という気付きである.自らが主体的に活動しないと何も 生まれない,逆に言うと積極的に動けば動くほど際限の ない未知数の可能性をはらんだ世界が見えてくる.その ような職業に就くことを決意したのは,博士課程を終え る間際の最後の年であった.博士課程を修了した後は, アメリカにいつか戻ることを決意しつつ,また高度な技 術を実社会へより速く浸透させることを期待し,IBM 東京基礎研究所に入所した.2004 年の春である.

2.アカデミアから企業研究所へ

博士課程を修了して企業研究所に入った私であるが, 当時の IBM 大和事業所の研究開発製造のトップに,「企 業研究所においてあなたの好きなことを追求するだけの 研究は,単に趣味であり,仕事ではない」と言われたこ とは印象深く,その言葉を胸に刻んで第 2 ステージの研 究活動が始まった. 企業研究所に入った際の大きな戸惑いは,アカデミッ クの世界とは異なり,研究プロジェクトの変遷の速さで あった.しかし,そのスピード感にもしだいに慣れ,そ のダイナミズムを楽しめるようになってきた.企業研究 所では,時々刻々と研究テーマが変わる.そこで重要な のは,一つ一つのプロジェクト,研究テーマで丁寧に結 果を残す.また,国際会議で必ず結果を残す.「外部に 公開しないということは何もしていないことと同様」と いう,その当時の所長のメッセージは大いに感化された. 振り返れば,2004∼13年までさまざまな研究プロジェ 「つながりが創発するイノベーション」〔第 8 回〕

大規模並列分散システムにおける

ビッグデータ解析と社会シミュレーションの研究

Big Data Analytics and Social Simulation on Large-Scale Parallel and

Distributed Systems

鈴村 豊太郎

IBM T. J.ワトソン研究所

Toyotaro Suzumura IBM T. J. Watson Research Center, New York, USA. [email protected]

Keywords:

high performance computing, supercomputer, graph algorithm, big data, multi-agent simulation, transportation, internationalization.

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クトに携わった.高速 XML 処理系,Web サービス処理 系,PHP 言語処理系 [Suzumura 09],ストリームコン ピューティング,X10 言語処理系,そして大規模エージェ ントシミュレーション処理系,交通シミュレーションな どを列挙することができる. 特に印象に残っている研究は,リアルタイムなデータ 処理を可能にするストリームコンピューティングの研究 である [鈴村 13].ニューヨークのワトソン研究所に 2 週間ほど滞在する機会を得て,そこの研究開発チームと 徹底的に議論した.これが転機となり,このパラダイム を日本にも展開するミッションのもと,さまざまなクラ イアントにその新しい計算パラダイムに関して紹介する 機会を得た. その後,某通信会社のシステムに,そのミドルウェア を導入するという話にこぎ着けたものの,実システムに 導入するまでには,耐故障性などを中心に,さまざまな 課題が浮彫りになった.その当時のプロジェクトメンバ やワトソン研究所の研究者とともに,それらの課題の解 決策をクライアントに提示することで,日本全国に展開 するサービスのバックエンドとして,提案するシステム を稼働させることに成功した. 博士課程まで進学するとかなり長くアカデミアの世 界にいることになり,実社会で必要とする真の研究技術 について知りたいという気持ちが膨らみ,企業研究所の 一員となったわけだが,このプロジェクトでようやく初 めて実クライアントが要求する技術,実データに触れる ことができ,ビッグデータを扱う研究者として貴重な経 験となった.このプロジェクト自身は,ストリームコン ピューティングを通信業界に導入した初の事例として結 実した.このシステムに関係する全員がそれぞれに力を 合わせて実現し,その後の業界発展に寄与できたのでは ないかと思う.人のつながりという観点としては,クラ イアント,開発・IT アーキテクトや営業など,社内に おいても研究者のフィールドを超えたつながりが生まれ た.また,ワトソン研究所とも結び付きができたことは, 現在の私につながる布石になっている.

3.大規模社会シミュレーション基盤の研究

2011年から IBM 東京基礎研究所では,社会シミュ レーション基盤の研究を開始した.X10 言語を用いた 大規模マルチエージェント処理基盤 XAXIS [Suzumura 12b, Suzumura 14a, Suzumura 14b]の研究開発を開始 し,数十億規模にわたるマルチエージェントを汎用クラ スタからスーパコンピュータ上で実行するシミュレー ション基盤を実装した.図 1 に XAXIS と他のシミュレー ションソフトウェアとの位置付けを示す.X 軸がエー ジェント数,Y 軸に大規模計算環境(クラスタやスーパ コンピュータなど)の全体 CPU コア数である.XAXIS は既存のシミュレーション基盤が扱うことができない エージェント数をこれまでにないスケールで実行するこ とができる.また,応用分野は交通,都市計画,環境, 金融,広告マーケティング,脳科学など多岐にわたり, 汎用的なマルチエージェントシミュレーション基盤とし て設計・開発された. 交通分野においては,XAXIS 上に交通シミュレーショ ン IBM Mega Traffic Simulator のモデル(図 2)を移 植し [Osogami 13],世界中のさまざまな都市での実験 を行った.実装する中,潜在的に存在する性能の不均衡 問題により,スケーラビリティが得られなかったが,動 的スレッドスケジューリングや同期頻度の動的調整など の手法を提案し,128 ノードで 10 億個の大規模エージェ ントシミュレーションを実時間と同じ性能で実現するこ とを達成した [Suzumura 14a].HPC 技術と社会シミュ レーションの融合研究としてさきがけの研究成果にな り,JST CREST プロジェクト「超大並列計算機による 社会現象シミュレーションの管理・実行フレームワーク」 (産業総合技術研究所・野田五十樹先生代表)のエージェ ントシミュレーション基盤としても採用されている.こ の研究を通して,実社会の問題解決に直結する研究に従 事することに,非常にやりがいを感じた. 図 1 大規模エージェントシミュレーション基盤 XAXIS 図 2 交通シミュレーション Megaffi c

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2012年 10 月にアイルランド・ダブリンで国際会議 DSRTが開催された際に,そこで上記の XAXIS の成果 を発表し [Suzumura 12b],そこでアイルランド国立大 学(ダブリン校)や IBM Research-Ireland の研究者 達と知り合った.IBM がアイルランド・ダブリン市に スマーターシティの研究本部を置くということで,私も 非常に関心を抱き,2013 年 10 月から IBM Research-Irelandに海外駐在することになる. 2013年 10 月にダブリンでの研究がスタートした.ダ ブリンに移る前は,実データがなかなか取得できず,精 度検証を十分に行うことができなかったため,研究者と して歯がゆさも感じていた.しかし,ダブリン市が公開 する実データを用いて,交通シミュレーション基盤をバ スやタクシー,自転車,歩行者などのマルチモーダルに 拡張し,精度検証を行うことができた [Suzumura 14b]. この研究を通して,マルチエージェントシステムの 研究領域における世界のさまざまな研究者と出会えたこ とは非常に有益であった.特に,アイルランド国立大学 の Anthony Ventresque 先生,イギリス・ダラム大学の Georgios Theodoropoulos先生,スペインのバルセロナ・ スーパコンピュータセンターの Josep Casanovas 先生と は,国際会議を通じて知り合い,互いに意見を交わすこ とができ,欧州においてもアカデミアとの連携を実現す ることができている.

4.大規模グラフ処理の研究

話は前後するが,2009 年 4 月から東京工業大学大学 院情報工学研究科計算工学専攻の客員准教授となり,自 身の研究室をもつことになった.2013 年 9 月までに, 学部 4 年,修士,博士課程の学生合計 16 名の学生を抱え, 論文の指導を行った(図 3).博士課程修了以降,アカ デミアとの兼務で,教員の立場として大学に戻ることに なった.「ストリームコンピューティング処理の GPU に よる高速化」や「ストリームコンピューティングとクラ ウド技術の融合」などの研究から着手したが,その後は, 徐々に大規模グラフ処理の研究にシフトしていった. 私自身,グラフ理論自体は専門ではなかった.大学側 から打診を受け,迷ったものの,工学部・情報工学科の グラフ理論の講義を担当することを決めた.これが大規 模グラフ処理との出会いである. この講義の中では,グラフ理論に関するさまざまな証 明問題を学生に解かせつつ,彼らを飽きさせないため, グラフ理論がどのような応用で使われていくかを紹介し た. 講義を準備するにあたって,どんな実応用があるのか をトップダウン的に教えていくことにした.また,研究 的な側面を意識し始めると,私自身もその面白さに気付 き,「動的に変化する時系列グラフに対するインクリメ ンタル処理アルゴリズム」や,「HPC 技術による大規模 グラフ処理の高速化」に関する研究テーマを考えるよう になった.前述したように,当初グラフ理論は私にとっ て専門外であったものの,この講義を通じて,研究テー マを融合させ,新領域を創発していく喜びを感じること ができた.現在においても融合の連鎖を生み出し続ける 研究者でありたい. 次にこれまでに実施した研究を一部紹介する. 4・1 スーパコンピュータ上の超大規模グラフ探索の性 能向上の変遷 幸いなことに優秀な学生達にも恵まれた.国際競争 の苛酷さと激しさを実感しながらも,スーパコンピュー タ上でグラフ探索処理を競うコンテスト Graph500 で は,2010 年の世界 4 位から始まり,2014 年,2015 年 の 2 年間では世界 1 位を 3 回獲得した [Suzumura 11, 鈴村 12a, Ueno 12].図 4 は我々のチームの 2010 年 から 2015 年までのスコアの変遷を示している.左グ ラフは東京工業大学の TSUBAME スーパコンピュー タ,右グラフは理化学研究所の京スーパコンピュータ の ス コ ア で あ る.X 軸 は Graph500 の 発 表 月( 半 年 に 1 度),Y 軸は毎秒当たりに幅優先探索で解く枝の数 (TEPS:Traversed Edges Per Second)を示す.つまり 1

GTEPSとは毎秒 10 億枝探索することを意味する.ハー

ドウェアはすべて計算ノード数である.問題サイズであ るグラフの規模は TSUBAME の場合,最大 687 億頂点,

1兆億枝,京の場合 1 兆頂点,16 兆枝のグラフである.

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図 4 に示すとおり,3 ∼ 5 年にかけて,TSUBAME で は 13.4 倍の性能向上,京上では 7 倍の性能向上を達成 した.これにより,アルゴリズムの進化と実装の最適化 により劇的に性能向上を達成できることを証明した. 4・2 大規模グラフ解析ライブラリ ScaleGraph 4・1 節で述べた超高速解析アルゴリズムの追求とはほ かに,汎用的に数億以上の大規模グラフを高速に解析 できるライブラリが世の中に存在しないため,並列分 散プログラミング言語 X10 言語を用いて ScaleGraph ライブラリ [Suzumura 15] の設計・開発を行った.こ のライブラリはオープンソースとして公開している [ScaleGraph]. 4・3 実データを用いた大規模ネットワーク解析

2009年頃の WWW(World Wide Web)などの国際会

議では,インターネット企業が膨大な実データを用いて, データ解析してその知見を発表するという論文が多く, アカデミアでのコンピュータサイエンスの役割が議論さ れていた.このような非本質的な問題をどのように打破 していくか考えた末に,Twitter のフォロワネットワー クをクラウドサービス Amazon EC2 を 60 インスタン ス起動し,収集を開始することにした.3 か月間ほどで 収集し終えたネットワークは,4.7 億頂点,287 億枝か らなる大規模グラフとなり,我々の研究室が保有する実 データとして貴重なデータとなった.その実ネットワー クを用いて,ネットワーク解析 [Watanabe 13],グラフ 解析処理高速ソフトウェアの性能評価や,拡散シミュ レーション,リンク予測などの研究を行った. ス ー パ コ ン ピ ュ ー タ TSUBAME を 用 い た ネ ッ ト ワーク解析の結果の一例を図 5 に紹介する.X 軸が各 Twitterユーザの次数(フォロワ数),Y 軸が総数に対す る累積値の割合である.上のラインはユーザ数の累積値, 下のラインは枝数の累積値を示す.この結果によると, 93%のユーザが100人以下のフォロワ数,99.94%のユー ザが 10 000 人以下のフォロワ数をもつ.それに対して, 枝数の推移は緩やかで 99.94%のユーザに達しても枝数 は全体の枝数の 57.6%にしか到達していない.つまり, 0.06 %のユーザが超大規模ネットワークの半分の枝を支 配していることが実データにより明らかになった.

この解析は Kwak ら [Kwak 10, Suzumura 09] が 2009 年に行った 4100 万人規模の Twitter ネットワークと比 較し,約 10 倍以上もの大規模ネットワークを用いた解 析結果であり,私の知る限り,現在においても最大とい え,HPC 技術との融合を成し得た成果といえる. 4・4 国際ワークショップの立上げ

現在は,WWW(World Wide Web),KDD(Knowledge Discovery and Data Mining),HPDC(High-Perfor-mance Parallel and Distributed Computing),Super-computing など高性能計算(HPC)から機械学習,デー タマイニングなどのトップレベルの国際会議で,大規模 グラフ処理をテーマにした国際ワークショップを委員長 職として立ち上げている.大規模かつ高速なグラフ処理 およびグラフデータの管理は,HPC,機械学習,デー タベースなどの複合領域にわたっており,全体的な統合 感はない.領域ごとに解く問題が異なるため,この分野 をさらに成長させるためには,複数領域を横断的に見る ような場が必要だと感じて,このようなアクティビティ を行っている次第である.国際ワークショップの開催を 主体的に行うことは,コミュニティの活性化を図ること はもちろんのこと,私にとっても,国境なく世界中の研 究者と知り合い,研究の議論を深めることで得られるメ リットは多大である.

5.ワトソン研究所へ

2004年に博士号を取得した際に,コンピュータサイ エンスの本場であるアメリカにまた行こうという強い思 いで IBM 東京基礎研究所に入所した.それから約 10 年 後の 2015 年以降,現在,私は米国の IBM T. J. ワトソ ン研究所(通称 ワトソン研究所)にいる.そして,大規 模グラフ処理プロジェクト System G の中で,分散処理 基盤の研究開発をリードする立場にいる. この System G のプロジェクトを知ったのは,社内の 情報網ではなく,社外の Web 上であった.2014 年 10 月にダブリンでの交通シミュレーションの研究が一段落 して,次の研究テーマを探していたときである.前章で 述べたように,東京工業大学で大規模グラフ処理を研究 していたこともあり,ワトソン研究所でのプロジェクト に大いに貢献できることを確信した.早速,そのプロジェ クトリーダーに連絡を取ると,次の日には電話面接,そ の 5 日後にはダブリンからニューヨークに飛び,2 日間 のまさに缶詰状態のような過密な面接を経て,ダブリン に帰国した直後,無事にワトソン研究所からの正式なオ ファーを受け取った. 図 5 Twitter ネットワーク解析の一例. ネットワーク全体で 0.06%の有名人が 57.6%のエッジに関 与する [Watanabe 13]

(5)

その後,日本 IBM を退職し,米国 IBM に完全に移籍 した.米国に来るにあたっては,駐在という甘えから脱 却し,退路を断つ覚悟を決めた.もう一度,環境をがら りと変えて,挑戦者として生きる道を選択することで, 自らがさらに成長できると考えたからである. 2015年 4 月にダブリンからニューヨークに移動し, 翌日からワトソン研究所に出社した.大学院の頃夢見て いた米国での研究所勤務を叶えることはできた.米国に 来てまだ 1 年.これから,この地でどのようなブレーク スルーを生み出せるかを日々考えている. 最近は大規模グラフ解析のほかに,私自身も HPC 分 野からディープラーニングの高速化・最適化の研究に従 事し始めている.また,昨今の人工知能周辺の研究が加 速するにつれて,自動走行車やロボットなど社会を構成 するオブジェクトに人工知能が搭載され,実社会で本格 稼働するまでにさまざまな実験が必要となっていくであ ろう.3 章で述べた社会シミュレーション基盤をさらに 拡張することによって,それらの実験を仮想的に行う世 界が要求される.これまで培った HPC 技術,社会シミュ レーション基盤,大規模グラフ解析,ストリームコン ピューティングなどは今後の人工知能研究を支える技術 として必須であることから,私は自分の専門分野を生か した攻め方を考えている.次にこのような執筆の機会が ある際には,ぜひ具体的な成果を伝えたいものである.

6.ま  と  め

最後に私のこれまでのキャリアを振り返り,「海外で 研究する意義」,「実用化まで携わることの重要性」,「継 続的な変化・人とのつながり」という三つの観点で私な りの考えをまとめてみる. 6・1 海外で研究する意義 日本では,海外に出ようという風潮が強いが,本当に それが正しいだろうか.私が欧州や米国の研究所を経験 して再認識しているのは,日本の基礎教育は比類なく, 研究教育も素晴らしいということだ.しかしながら,日 本国内に限定して研究をし続けることが良いかどうかは 疑問に思う. 米国では,中国やインド出身の研究者がことに目立っ て多いが,多くは博士課程から米国の大学院に進学し, 博士号を取得している.そして,その中でも,難関国際 会議に論文が採択された学生らが競ってトップレベルの 研究所を目指す.学生時代にそのようなトレーニングを 要求され,十分に積んでいるからこそ,米国にいる研究 者のレベルは高い.また,人材の流動性が非常に高く, 企業のほうも優秀な学生の争奪戦になるので,そのよう な学生は高待遇で迎えられる.このようなインセンティ ブがあることも,コンピュータサイエンスを選択するモ チベーションの一つになっていることは事実であり,人 が集まれば競争も生まれ,その中から良いものが生まれ るのは当然である. 海外に出る価値はここにある.海外に出ることで,「競 争」の中に身を置くことになる.非常に高度な競争下に いるからこそ,自らの研究レベルを底上げする必要性が 増す.底上げすることで,高いレベルの議論ができる研 究者のネットワークが広がっていく.ここに新たな研究 の発想が芽生え,研究者としての連続的な挑戦が生まれ る. 6・2 実用化まで携わることの重要性 私が知る限りにおいてではあるが,企業研究所の場 合,基礎研究を追求した後,実用化に向けてさまざまな 業種のクライアントと十分な検証を重ね,その後製品化 を実現することが一つの成功モデルといえる.今まさに, 大規模グラフ処理の研究は徐々に産業界の要求に応えて 実用化することが急務であり,私も米国にいて多くのク ライアントと接している段階である.ワトソン研究所は ニューヨーク州の郊外にあるが,我々研究員がマンハッ タンの金融機関の中枢部へ出向き,大規模グラフ処理の 技術を説明しに行くこともある.クライアントからの課 題や要求を聞きながら,さらに大規模グラフ処理系の機 能を拡充していくようなサイクルの中におり,本格的な 実用化・製品化が動き出している.基礎研究から製品化 といった,上流から下流までしっかりと研究者自身が関 わることによって,実社会と研究プロトタイプの乖離を 小さくできるばかりか,次のステージの研究アイディア を思いつく良いヒントになる. 6・3 継続的な変化・人とのつながり 私の研究者としてのキャリアは,学生時代も含めると, 早 17 年目となる.その間,コンピュータサイエンスを 取り巻く社会は大きく変遷した.私の取り組む研究テー マも多岐にわたることで,フィールドやコミュニティが 異なる研究者ともつながることができた.このつながり は,私にとって研究欲や探究欲を刺激する源である.彼 らと結び付くことで,自分が想像していなかった発想す らも生まれてきたことは間違いなく,これは特筆すべき ことである.研究テーマや研究環境を海外拠点も含めて 変えていくことで,研究者として新しい景色や視点が見 えるようになるのではないか. 私の研究者としてのこれまでの経験と人とのつながり はすべて意味をもつものであり,それを大切にしてさら なる成長を自分自身も期待している. 最後に書かせていただいた 3 点は,すべて研究者に とって欠けてはならないものと確信している.同じよう な志をもつ若手研究者や学生にとって少しでも参考にな れば幸いである.

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[Suzumura 15] Suzumura, T. and Ueno, K.: A high-performance library for billi on-scale graph analytics, IEEE BigData(2015) [ScaleGraph] http://www.scalegraph.org/

[Ueno 12] Ueno, K. and Suzumura, T.: Highly scalable graph search for the Graph500 benchmark, HPDC 2012, Delft, Netherlands(June 2012)

[Watanabe 13] Watanabe, M. and Suzumura, T.: How social network is evolving?, A preliminary study on billion-scale twitter network, LSNA 2013, Conjunction with WWW 2013 (2013)

2016年 6 月 14 日 受理

◇ 参 考 文 献 ◇

[Kwak 10] Kwak, H., et al.: What is Twitter, a social network or a news media?, WWW 2010(2010)

[Osogami 13] Osogami, T., Imamichi, T., Mizuta, H. Suzumura, T. and T. Idé: Toward simulating entire cities with behavioral models of traffic, IBM Journal of Research and Development, Vol. 57, No. 5, pp. 6:1-6:10(Sept.-Oct. 2013)

[Suzumura 01] Suzumura, T., Nakada, H. and Matsuoka, S.: A Jini-based computing portal system, ACM Super Computing (SC)2001 Conference(Nov. 2001)

[Suzumura 09] Suzumura, T., et al.: Highly scalable web applications with zero-copy data transfer, WWW 2009(18th

Int. World Wide Web Conf.)(2009)

[Suzumura 11] Suzumura, T. and Ueno, K.: Performance characteristics of Graph500 on large-scale distributed environment, IEEE IISWC 2011, Austin, TX, US(Nov. 2011) [鈴村 12a] 鈴村豊太郎,上野晃司:大規模グラフ処理ベンチマーク Graph500の TSUBAME 2.0 における挑戦,TSUBAME ESJ, Vol. 5(2012/2)

[Suzumura 12b] Suzumura, T. and Kanezashi, H.: Highly scalable X10-based agent simulation platform and its application to large-scale traffic simulation, 2012 IEEE/ACM

16th Int. Symp. on Distributed Simulation and Real Time Applications(2012)

[鈴村 13] 鈴村豊太郎:「ビッグデータと AI」ストリームコンピュー ティングの最新研究動向,人工知能学会誌,Vol. 28, No. 1, pp. 84-90(2013)

[Suzumura 14a] Suzumura, T., Houngkaew, C. and Kanezashi, H.: Towards billion-scale social simulations, Winter Simulation

Conf.(2014)

[Suzumura 14b] Suzumura, T. and Kanezashi, H.: Multi-modal traffic simulation on parallel and distributed systems, Winter

Simulation Conf.(2014) 鈴村 豊太郎 現在,米国 IBM T. J. ワトソン研究所研究員.米国 ニューヨーク在住.バルセロナスーパコンピュー ティングセンター客員教授,東京大学大学院客員研 究員を兼務.2004 年東京工業大学大学院情報理工学 研究科数理計算科学専攻博士課程修了.同年,博士 (理学)取得.2004 年より IBM Research - Tokyo(東 京基礎研究所)に勤務.以来,スーパコンピュータ, ビッグデータ,大規模グラフ処理基盤,大規模交通シミュレーションな どソフトウェアシステムに関する研究に従事.2015 年より米国 IBM に 移籍し,IBM T. J. ワトソン研究所に所属.2009 ∼ 13 年まで東京工業大 学大学院情報理工学研究科客員准教授,2013 ∼ 16 年までアイルランド 国立大学客員准教授を歴任.ACM,IEEE,情報処理学会各会員.

著 者 紹 介

図 3 鈴村研究室の学生(一部)と(2013 年 9 月撮影) 図 4 Graph500:探索アルゴリズムの性能向上の変遷
図 4 に示すとおり,3 〜 5 年にかけて,TSUBAME で は 13.4 倍の性能向上,京上では 7 倍の性能向上を達成 した.これにより,アルゴリズムの進化と実装の最適化 により劇的に性能向上を達成できることを証明した. 4・2 大規模グラフ解析ライブラリ ScaleGraph 4・1 節で述べた超高速解析アルゴリズムの追求とはほ かに,汎用的に数億以上の大規模グラフを高速に解析 できるライブラリが世の中に存在しないため,並列分 散プログラミング言語 X10 言語を用いて ScaleGraph ライ

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