Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
「歯科医師による口腔外科」の100年
Author(s)
髙野, 正行
Journal
歯科学報, 121(1): 1i-1i
URL
http://hdl.handle.net/10130/5448
Right
Description
!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!
「歯科医師による口腔外科」の100年
髙 野 正 行
19世紀の後半,顎口腔領域での外科治療の特殊性に着目し Oral Surgery という診療科を確立した
のは米国の J. E. Garretoson である。そしてその訳語として「口腔外科」という言葉を初めて使った
のは伊澤信平とされている。1893年(明治26年)の連合医学会総会での講演でのことで,やはり口腔
外科の重要性を説いている。伊澤先生は東京帝国大学医学部在学中に,近代歯科医学の習得のため
ハーバード大学歯学部に留学し,当時まだ新しい診療科目であった口腔外科の重要性を知り,ロンド
ンでも口腔外科臨床を学び帰国した。本学では,慶應義塾を卒業した血脇守之助先生が歯科医学を学
ぶにあたって,高山歯科医学院への進学を勧めた人物としても知られている。また歯科医術開業試験
の試験課目に口腔外科を加えるよう提議し1909年(明治42年)から実施されている。
その「口腔外科」は,1900年(明治33年)に創立した東京歯科医学院の教授科目としてすでに収載
されているが,当初は東京帝国大学の医師等を講師として招いて講義を行っていた。初代教授となっ
たのは東京帝国大学医科大学卒の福島尚純先生と東京歯科医学専門学校卒の西村豊治先生で,顎顔面
の手術は福島教授が,口腔内の歯科外科は西村教授が受け持っていたようである。
その後,本学出身で満州の満鉄大連病院の歯科部主任をしていた遠藤至六郎先生が1916年(大正5
年)に東京歯科医学専門学校に戻り,助教授を経て教授となった。1923年(大正12年)に留学先のベ
ルリンから帰国したのが関東大震災の翌日であり,被災直後に再編された保存部,口腔外科部,補綴
部の一つとして歯科教育機関ではじめて歯科医師による口腔外科学教室が開設された。これが今から
およそ98年前のことになる。
遠藤教授は当時の口腔外科医師達からの差別的扱いに大いに反発し,「口腔顎顔面は歯科医師の庭
だ」という心意気で,顎顔面領域に及ぶ広範な口腔外科臨床を志ざし,現在の歯科医師による口腔外
科の先駆けとなった。その後,日本口腔外科学学会の設立等により歯科医師による口腔外科は日本中
に広まっていった。この過程でも,医師と歯科医師の資格のちがい,口腔顎顔面領域の診療範囲の解
釈などにより,その立場には少なからぬ軋轢もあったが,先人たちの努力により少しずつ解消され,
医療全体の中でも必要な一分野として認識されているのが現状である。現在の口腔外科という科目
は,1996年に歯科口腔外科が一般標榜科名として認可されて世の中に広く行き渡ったという面があ
る。歯科口腔外科を標榜する医院も増え,またこの時期に街中に歯科医院が多くなったこともあり,
口腔外科は口腔に関わる様々な病気の治療を行う歯科の診療科目として国民に広く膾炙している。
東京歯科大学では,建学以来の先進の気風に則り,歯科教育機関として初めて市川に総合病院を設
立し,また2006年には口腔がんセンターを開設するなど,口腔外科臨床においても自前で多種多様な
医療連携が可能な環境を与えていただいている。
2年後に口腔外科学教室100年を迎えるにあたり,先達らの気概を受け止めつつ,医療の中での独
自の立場を生かして,国民のために役立つ口腔外科を継承していかなければならないと思う日々であ
る。 (東京歯科大学口腔顎顔面外科学講座 教授)
巻 頭 言 ①