浜 口 恵 治 (人文学部文学科心理学研究室)
A Study of the Sander Illusion
KeijiHamaguchi
(£aboratoryが戸'sychology,FacultyがHumanities )
Abstract : The apparent lengths of the 】eftand the right diagona】of the Sander parallelo-gram were measured. The ・left diagonal was overestimated and the right diagonal was underestimated. We conclude that the Sander illusion was caused by the combination of the overestimation of the left diagonal and the underestimation of the right diagonal.
序
Fig. 1 - 1の三角形AECは,二等辺三角形であるので,左側の平行四辺形ABEDの対角線AE と右側の平行四辺形BCFEの対角線CEは,客観的に等しいのであるが,主観的には,右側の対角
線CEの方が短く見える。これをザンダー錯視( Sander illusion)という。この錯視図形は, 1926
年にSanderにより考案され,ザンダーの平行四辺形と呼ばれている1)。
ザンダー錯視の原因について,いろいろな説明がなされている。 Presseyは, centraltendency
effectなる概念を提出して,この錯視を説明している。すなわち,右側の平行四辺形BCFEの対角
線CEは,他の辺BC, CF, FE, EBと文脈をなしており,この文脈り中でCEが最も長い。それ故,
この文脈のcentral tendency (平均化)の影響を受けて過小視される。そして,左側の平行四辺形
ABEDの対角線AEも,他の辺AB, BE, ED, DAと文脈をなしている’が,この文脈の中でAEは
中間の長さなので, centraltendency の影響を受けても過小視も過大視もされない。それ故,CEは
AEに比べて短く知覚される。
Runyon & Cooperは,ザンダーの平行四辺形はミュラー・リヤー(Muller-Lyer )の錯視図形の
特別な場合であると考えた。右側の平行四辺形BCFEの対角線CEを,・ミュラー・リヤーの錯視図 形の主線とみなし,辺CB, CFを一方の矢羽根,辺EB, EFを他方の矢羽根とみなすと,この図 はミュラー・リヤーの内向図形とみなすことができる。同様に,左側の平行四辺形の場合もミュラ ー・リヤーの内向図形とみなすことができる。ところが,右側の平行四辺形の場合の方が,より内 向の程度が大きく,したがって,より過小視され,CEはAEに比べて短く知覚されると考えられる。 Robinson4)も同様の説を提出している。
Cooper, Runyon, Tatz & Heimer^は,ザンダー錯視は,ミュラー・リヤーの錯視図形の特別な場 合であると共に,対角線を囲んでいる平行四辺形の面積の相対的な大きさの影響も受けると考えた。 すなわち,右側の平行四辺形の面積は左側の平行四辺形の面積に比べて小さい。それ故,小さい面
* 本研究は,下元圭介氏の協力により行われたものである。ここに深く感謝の意を表します。
る対角線AEに比べて過小視される。 平行四辺形には二本の対角線が描けるが,それらの長さは等しくない。長い方の対角線を長対角 線と呼び,短い方の対角線を短対角線と呼ぶことにする。 Fig! 1−1において,左側の平行四辺形 の対角線AEは短対角線であり,右側の平行四辺形の対角線C印よ長対角線である。 Rausch6)は, 短対角線は過大視され,長対角線は過小視されることを発見した。 Metzger7)'は,このRauschの発 見に基づいて,平行四辺形は,よい形である長方形の歪んだ形であり,平行四辺形は直立すること により,よい形である長方形に近づこうとする傾向があると考えた。平行四辺形が直立すれば,短 対角線は引き伸ばされ,長対角線は押し縮められることになり,その結果,短対角線の過大視,長 対角線の過小視が生じることにな,る。このようにMetzgerはノ「:よき形態の法則」8)によってザンダ 一錯視を説明した。 このようにザンダー錯視の原因に対して,4つの説明がなされている。Presseyの説によれば, 左側の対角線AEは過大視も過小視も生じないはずであるが, Rauschのデータでは短対角線AE は過大視を示しており。, Presseyの説は疑問である。
Runyon & CooperとRobinsonの説によれば,左側の平行四辺形の対角線AE'を主線とする・ミュ ラー・リヤーの錯視図形は,・内向図形と考えられるので。過大視は生じないはずである,しかし, これもRauschのデータと矛盾する。 ソ
Cooper, Runyon, Tatz & Heimerの説によれば,右側の小さい方の平行四辺形の長短二本の対角 線(CE,BF)は全て過小視されるはずであるが, Rauschのデータによ・れば,CEは長対角線であ るので過小視されているが,短対角線BFは過大視されており, Cooper:等の面積説も疑問である。 ・Presseyの説は,理論だけでデータは提出されていないが, Runyon & Cooper (Robinsonも・説だ け)やCooper等はデータを提出している。しかし,これらのデ,夕は対角線CEが対角線AEに 比べて過小視されたというデータであり,それらの説を部分的に又は間接的に支持しているに過ぎ ない。それに比べて, Rauschのデータは組織的全体的であり‘,かつ直接的である。このRauschの データに基づいたMetzgerの「よき形態の法則」によるサンタ一錯視の説明は非常に説得力がある ように思われる。 / ‥ ところが, Rauschの研究における平行四辺形の長対角線の過小視や短対角線の過大視はj統制 条件(単一線分)に対して定義されていない。単¬線分は,方向に,JIつて見掛けの長さが異なる9)・ 10),11),12)。よって,対角線の客観的な長さと主観的な長さの比較によって,過小視や過大視を定義 するのではなく,対角線と同じ長さと方向を持った単一線分の見掛けの長さと対角線の見掛けの長 さの比較奇しないと正確ではない。したがって,本論文において,統制条件を設定した上で,サン タ一錯視は平行四辺形の長対角線の過小視と短対角線の過大視の組み合わせによって生じるのかど ・うかを検討する。 実 験 方 法 被験者 大学生10人 刺 激 標準刺激は. Fig. 1に示した7種の図形である。こ・れらは,1つずつ21.3cm (タテ) ×13.4cm (ヨコ)の白ケント紙に巾0.5mmで黒インクによって描かれた。なお,これ‘らの図形の中 心は,地のケント紙の中心よりlcm下に描かれた。 Fig. 1における対角線又は斜線の長さは全て 5.0cmである。 Fig. 1−1(条件Aと条件B)がザンダーの平行四辺形であり, Fig. 1 - 2 (条件C) (2)
2
1 (condition A & condition B) A 2 (condition C) 4 (condition E) 6 (condition G) B C -3 (condition D) 5 (condition F) 7 (condition H)
Fig. 1. The standard stimulus presented under each condition. (cm)
は,その左側の平行四辺形,‘Fig. 1 - 3 (条件D)は,・その右側の平行四辺形である。 ・Fig.1 −4 (条件E)とFig. 1 - 5 (条件F)は,これらの平行四辺形と同じ良さと方向の対角線を待った長 方形である。これら5種類の図形は,実験条件刺激である。そして, Fig. 1 - 6 (条件G)は,条 件A (Fig, 1 − 1 の左側の平行四辺形),条件C,条件Eの対角線と同じ長さと方向を持った単一 線分であり,これらに対する統制条件刺激である。Fig:1−7(条件H)は,条件B ( Fig. 1 -1の右側の平行四辺形),条件D,条件Fの対角線と同じ長さと方向を待った単一線分であり,こ れらに対する統制条件刺激である。 比較刺激は, 1.5mmステップで変化する2.60cm∼7.55cmの垂直線であり,これらは,1本ずつ21.3cm (タテ)×7.1cm (ヨコ)の白ケント紙に巾0.5rainで黒インクで描かれた。なお,これらの垂直線の 中心は,地のケント紙の中心より1cm上になるように描かれた。 標準刺激は左に,比較刺激は右に, Fig. 2のような配置で呈示された。ランダムに選ばれた1つ の標準刺激に対して,比較刺激は,呈示毎に,次第に長く,又は,次第に短くなるように取り替え (3)
Fig. 2. The arrangement of the standard stimulus and the comparative stimulus. (cm) られた。 装 置 刺激呈示のため, DP- 6 型タキスト・スコープ(竹井器機K.K.製)を用いた。第1 チャンネルは刺激呈示(白ケント紙上の輝度8.87 cd / 「:東京光学機械K.K.製,色彩輝度計, BM −5で測定),第3チャンネルは凝視点(白ケント紙中央の線幅2m,長さ1 cm, N=1.5の×印) 呈示(白ケント紙上の輝度4.52 cd / 「)のため用いた。
手 続 極限法の変法の1つである上下法(up and down method)を用いた。 1つの条件に
つき上昇・下降系列一回ずっで,その順序は条件毎にランダムに行った。各系列は,4回の判断の 逆転によりなり, PSEは各逆転毎に求められ,合計2(系列)×4(逆転)=8つのPSEの平均 を以って各条件のPSEとした。各条件の測定順序はランダムに行った。なお,条件Aと条件Bは 同じ図形を用いるが,評価すべき対角線の位置を測定前に被験者に伝えることにより,条件Aと条 件Bを区別した。実験者の「ハイ」の合図の後, 0.5秒∼1.0秒後に刺激図形が0.5秒間呈示され, その直後に被験者は判断を求められた。刺激が呈示されていない間。あるいは刺激間隔時間(被験 者のペースに合せて,2秒∼3秒)の間,常に凝視点が呈示され,又,その間に実験助手が次の比 較刺激に取り替えた。教示は,「左側の図の対角線部分,又は,単一の斜線に比べて,右側の垂直 線が,短いと見えたら『短い』,等しいと見えたら「等七い」,長いと見えたら「長い」と答えてく ださい」と与え,三件法で判断させた。そして,客観的な長さでゆなく主観的な長さで比較するよ う,図形を部分的にではなく全体的に観察するように注意した。実験所要時間は28分∼43分で,平 均35.8分であった。 結 果 各条件における10人の被験者のPSEの平均をFig. 3に示した。gれを分散分析したところ条件 (4)
Fig. 3. The apparent length (PSE) of each condition.
Tablel
The r tests between conditions
cond. PSE A 5.55cm B 4.63cni C 5.55cm D 4.48cm E 4.72cm F 4.85cm G 5.20cm H 5.16cai・ A 5.55cni B 4.63ciii ド C 5.55cra (=0,01 1=5.96*** D 4.48cm (=.7.82'** (=0.96 1=6.09*** E 4.72cn! (=10.9*** (=0,54 1=8.86***(=1.66 F 4.85cm (=12,3*** (=1.24 (=5,69*** (=3.08* (=1.25 G 5.20cni (=2.44・ (=2.79* (=2.65* (=3.20* (=4.63** (=1.96 H 5.16cm /=3.98" (=3.08* (=5.00'" (=4.36" (=5.01*" (=3.11* (=0.21 cond.:condition (5) *j)<0.05 : * * P<0.01 : ***j)<0.001
を行い,それをTable lに示した。これによると,ザンダーの平行四辺形の左側の対角線(条件A PSE=5.55cm)は,統制条件(条件G PSE=5.20cm)に対して過大視さ=れた(t=2.44 が=9 夕<0.05)。又,ザンダーの平行四辺形の左側の平行四辺形と同じである単独な平行四辺形の対角 線(条件C PSE =5.55cm)も条件Gに対して過大視された(i=2.65 が=9 夕く0.05)。条 件Aと条件Cは,平行四辺形の短対角線である。・この結果からいえば`,平行四辺形の短対角線は過 大視されるといえる。条件八のPSEと条件CのPSEは同じであった(1.=0.01 が=9 NS)。 ニのことから,ザンダーの平行四辺形の左側の対角線の見掛けの長さは,右側の平行四辺形やその 対角線の影響を受けないようである。 ・‥ ザンダーの平行四辺形の右側の対角線(条件B PSE =4.63cm)は,統制条件(条件H PSE = 5.16cm)に対して過小視された(/ =3.08 が=9 7・ぐ0.05)。又,ザンダーの平行四辺形の 右側の平行四辺形と同じである単独な平行四辺形の対角線(条件D PSE =4.48cm)も条件Hに 対して過小視された(f =4.36 び=。9 夕<0.01)。条件Bと条件Dは,平行四辺形の長対角線 である。この結果からいえば,平行四辺形の長対角線は過小視されるといえる。条件BのPSEと 条件DのPSEはほぽ同じであった(£= 0.96 が=9 M)。このごとから,ザンダーの平行四 辺形の右側の対角線の見掛けの長さは,左側の平行四辺形やそめ対角線の影響を受けないようであ る。 へ 。 この実験では,長方形の対角線(条件Eと条件F)の見掛けの長さも測定した。条件E(PSE =4.72cm)も条件F (PSE=4.85cm)も,それぞれの統制条件(G・H)に対して過小視された(1 =4.63 が=9 夕く0.01バ= 3.11 が=9 夕<0.05)。又,条件Eと条件Fは,同じ長方形に おける方向が対称な対角線である。方向が,対称的に異なっても見掛けの長さは異ならないようで ある(f =1.25 が=9 yS)。 ‥‥‥‥ ダ 条件Gと条件Hは,長さは同じであるが方向が互いに対称々ある傾いた単一線分であるが,それ らの見掛けの長さは異ならないようである(t =0.21 が=9 NS)。 考 察 平行四辺形の短対角線条件である条件Aと条件Cは全て’過大視jれ,長対角線条件である条件B と条件Dは全て過小視された。この結果は, Rauschの結果と殆ど一致した。ただ, Rauschは,幾 つかの短対角線条件においては全て過大視されたと述べているが,長対角線条件においては,幾つ かのうち,ただ1つの例外を除いて過小視されたと述々ている。 Rauschは,統制条件を設けず, 物理的な長さ(POE)が16.1cmである長対角線と単純に比較して,再生された長さ(PSE)が16.2cni であったことに対して,これを例外と述べている。本実験におりTC,長対角線のPSEが比較され るべき統制条件(H)のPSEは, 5.15cmで,これは/POE(5.00cm)と,単純に比較した場合大 きいことになる。もし, Rauschも統制条件を設けていたならば, POE =16.1cmより少し大きな PSEを得ていたかもしれない。そして長対角線も例外なく全て過小視されていたかもしれない。 この様に, Rauschの実験は,統制条件を設けてなく,又,過大視とか過小視の記述も,単にPOE とPSEを比較して, PSEが大きければ過大視,小さければ過小視と,記述しているに過ぎない。こ れに比べて,本実験は,統制条件を設定し,過大視や過小視は統計的な検定に基づいて記述してお り,本実験の方が説得力があると思われる。 ¨ ザンダーの平行四辺形の左側の対角線は短対角線であり,これは過大視され,右側の対角線は長 対角線であり,これは過小視されるわけだから,当然左側の対角稼の方が長く,あるいは,右側の (6)
対角線の方が短く知覚されることになる。又,短対角線は,条件Cの様に単独の平行四辺形の場合 も,条件Aの様に右側にもう1つの小さな平行四辺形やその長対角線がくっついている場合も過大 視量に差はなく,長対角線は,条件Dの様に単独の平行四辺形の場合も,条件Bの様に左側にもう 1つの大きな平行四辺形やその短対角線がくっついている場合も過小視量に差はなかった。よって,’ ザンダー錯視は,平行四辺形の短対角線の過大視と,長対角線の過小視の組み合わせによって生じ ると結論できる。 Metzgerは,序において述べたように,平行四辺形は直立することにより,よい形である長方形 に近づこうとする傾向があり,その傾向が,短対角線の過大視,長対角線の過小視を生じさせると。 考えた。そうすると,よい形である長方形の対角線は,過大視も過小視も生じないはずである。本 実験において,長方形の対角線(条件Eと条件F)の見掛けの長さも測定してみた。その結果,長 方形の対角線は,いずれも過小視された。この結果から,平行四辺形の対角線の過大視,長対角線 の過小視,ひいては,ザンダー錯視を単純に「よき形態の法則」によって説明することには疑問が 生じる。これについては,今後の研究課題としたい。 References 1) 今井 省吾 錯視図形一見え方の心理学 . p. 35,サイェン,ス社(1984).
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‘(昭和61年12月27日発行)