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経営とビューロクラシー

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Academic year: 2021

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(1)経営とビュ. ー. ロクラシ 斎. 美. 雄. 次. 目. 第一 節. 籐. ー. 経営ビュ ー ロクラシ ー の意義と問題点. 1.. 近代経営とビュ ー ロクラシ ー. 2.. 近代経営におけるビュ ー ロクラシ ー の諸問題. 1). 経営におけるピュ. 2). ビュ. ー. ー. ロクラシ ー の意義増大の背景. ロクラシ ー の諸問題. 3.. 現代企叢における経営ビュ ー ロクラシ ー の特殊問題. 4.. 経営ビュ ー ロクラシ ー の意義. 第二節 ビュ ー ロクラシ ー 論の経営学的意義 1.. ビュ ー ロクラシー論と経営学の交錯. 2.. ヒュ ー ロクラシ ー 論の展開の概観. 1). 初期のビュ. 2). ビュ. ー. ー. ロクラシ—論のマクロ的アプロ ー チ. ロクラシ ー 論の組織論的アプロ ー チ. ー一社会学的組織論の展開 3.. 結. 第一節 1.. ――. 論. 経営ビュ ー ロクラシ ー の意義と問題点. 近代経営とビュ ー ロクラシー 生産技術の進歩は、 経営制度の発展と経営規模の拡大をもたらす基本的. -281-.

(2) 要因であるが、 その傾向は最近もめざましく、 うちつづく技術革新のi皮の 中で近代経営は成長と拡大をつづけている。 このように企業が発展をとげ、 高度化してくるにしたがって、 近代経営は新しい局面をむかえて従来にな い様々の重要な問題に直面するにいたっている。 そのひとつがここにとり あげようとする経営の官僚制化の問題、 あるいは経営ビュ. ー. ロクラシ. ー. の. 問題である。 近代的フォ ー マル組織の溝造原理としてのビュ ー ロクラシ. ー. (bureaucracy). が、 組織の時代といわれる現代において広くみられる現象であることは今 日ではよく知られている事実である。 それは今日の二十世紀の時代を、 過 去のどの時代とも区別する現代社会の基本的特質の 一 つといわれている。 それだけにこの問題はいまや各分野からの巾広い関心の的となっており、 様々の視角からの様々のアプロ ー チや論i義が行われている。 近年、 経営においてビュ. ー. るのも、 一つにはこのような ラシ. ー. ロクラシ 一. ー. の問題に対する関心が高まってい. 般的風潮の反映である。 しかしビュ. ー. ロク. の慨念体系がいまもって必ずしも十分に確立されておらず、 相当な. 混乱を起していることが、 これらの論議の多くを実り少ない不毛なものに する大きな原因になっている。 このような慨念的混乱をもたらしている要 因の 一 つは、 ピュ. ー. ロクラシ. ー. の問題のもつ複雑で多面的な性格そのもの. にある。 しかしそれにもまして大きないま 一 つの原因は、 いたずらにビュ ー. ロクラシ. ー. の表面的現象だけに目をうばわれて、 必ずしも十分の1本系的. な分析のうらずけをもたない公式的な悲観論を安易にうのみにする傾向が 少くないことであろう。 この点からするとビュ 論的フレイムワ. ー. ー. ロクラシ. ー. の1本系的な理. クの確立は、 現代の社会科学に課せられた 一 つの大きな. 急務といわねばならない。 しかしながら数多いビュ. ー. ロクラシ. ー. に関する論議の中には、 すぐれた. 理論的意義をもっと思われる 一 連の研究の流れもあることに注意しなけれ ばならない。 これらの中でもとくに組織論的アプロ ー チに重点をおいて、 ビュ. ー. ロクラシ. ー. の研究の展開を追求していくことによって、 その理論的. -282-.

(3) フレイムワ ークの解明を志すこ と に筆者の意図する重要 な目的の一つが ある。 しかしわれわれの究極的目的は単なるビュ ー ロクラシーの理論の追 求それ自体にとどまらず、 その経営学的意義を解明することにある。 われ われがビュ. ー. ロクラシー に対する様々のアプロ ーチの中でも、 なかんづく. 組織論的アプロ ーチに重点をおくのもこの点からきている。 従来までのビュ ー ロクラシー の研究は、 主に社会学や政治学、 行政学な どの分野で展開されてきており、 経営学の立場から積極的にこの問題にと りくもうとする試みはあまりみられなかった。 しかしこのことは、 ビュ. ー. ロクラシー の問題が経営学にとって無縁であるということを決して意味す るものではない。 むしろ逆に. 「. 通常、 巨大な近代的資本主義企業はそれ自 2). 身が厳格な官僚制組織の無比の見本である (Max Webar). とい っマックス. ・. ウェ ー バー. 「ウェ ー バ ー の官僚制モデルはとくに企業や. の指適や、 3). 行政組織にうまくあてはまる」 というエチオニ (A Eteioni) の主張にみら れるように、 本来、 経営とビュ. ー ロクラシー. の間には密接なつながりがあ. る。 とくに経営手段の集中による規模の拡大、 テクノロジ ー の発達と組織 構造の複雑化、 更には高度の職能的専門化などの要因があいまって、 近代 経営はますますビュ ー ロクラシー の問題との深いかかわり合いをさけがた くしている。 マックス. ・. ウェ ー バ ー によれば、 ビュ ー ロクラシー は、 専門的知識によ. って合目的に設定される没人格的な行為基準と、 権限の階層的秩序による 厳格な規律の維持によって特色づけられる、 近代的フォ ーマル組織 一 般に 特有な、 管理組織の構造である。 合理的な行為基準にもとづく活動が、 規 律ある逐行に支えられるという点において、 ビュ ー ロクラシー はすぐれて 5). 合理的なコントロ ー ル ・ システムであり、 他のどの形態にもまして、 すぐ 6). れた技術的卓越性をもつ構造とウェ ーバー は力説している。 その点からす ると、 能率の論理が貫徹する経営組織は、 本来的に官僚制化への強い内在 的志向をもっている。 複雑で大規模な管理業務の能率的な達成の必要にせ まられている近代経営では、 おのずから定型的なビュ. -283-. ー ロクラシー. の構造.

(4) が発達し、 高度の専門化や精緻な活動規則ならぴに手続の体系、 明確な階 層的秩序、 没人格性 (impersonality) などの特質が強く出てきている。 し かしそれとともにこれらの要素が反面において伴う様々の予期しないマイ ナスの作用も強まり、 それがいろいろの形で表面にあらわれて問題を投げ かけている。経営においてビュ. ー. ロクラシ ー ヘの関心をひきおこす直接的. 契機はいうまでもなく、 これらのマイナス面がもたらす様々の問題点であ る。 一般に経営においてビュ. ー. ロクラシ ー の問題は、 組織の大規模化、 複雑. 化に伴う構造的変容がもたらす経済性阻害として意識されレ ッドテ ー プ (red tape). や形式主義、 規則の自己目的化、 セクショナリズム、 責任の. 回避、 保守主義、 企業性の後退などの諸点が指摘されている。これらはい ずれも、 組織の体質の硬直化と、 それに伴う可変的環境への適応の困難性 を示唆するものである。 かくてディモックニハイド (M·E·Dimock and H·K·Hirde). ュ. ー. ピュ. は非感応性 (unresponsiveness) という点に経営におけるビ 6). ロクラシ ー の中心問題を見出している。またこのように経営において ー. ロクラシ ー の問題が、 企業の成長発展に伴う組織の大規模化を背景. にして出てきているという事実が示すように、 それは企業の成長、 拡大に 伴う管理組織の適応の問題とも密接な関連をもっている。 1). P. M.Blau and W.R. Scott, Formel Organigzartions, 1962 ,P.Pre., iX.. 2). M. Weber, Wirtschaft und Gesellschaft, Gwndriss der Verstehenden Soziologic, herg, von Gohannes Winchelmann, 1964, S.717.. 3). (以下本書は WuGと略す). A. Etzioni, Acomparative analysis of Complex Organigation, 1961.. 貫譲治監訳 、 組織の社会学的分析、 昭和 41 年, 4). kiepenheuer & Witsch,. 綿. 1 -2頁. M. Webar, WaG, a. a.O., SS.703-73�.. なおマ. ッ. クス・ ウェ ー パーの官僚制理論については、 彼の原著の他に、 特に必. 要でないかぎりいちいちそれを明記することを省略するが、 次の訳書を参照し ている。 英訳書. -284-.

(5) • H. H. Gerth and C. Wright Mills(eds). Frrom Max Weber: Essays in Sociology, 1961. • Max Weber, the theory of Social and Economic Organization, traslated by A. Henderson and T. Parsons, ed., by T. Parsons, 1947 和訳苔 • マックス ・ ウェ ー バー、 官僚制 、 阿閉吉男 、 脇圭平訳、 昭和33年 • マックス ・ ウェ ー パ ー、 権力と支配—. 政治社会学入門 ――-、 i資島朗訳、 昭. 和42年 • マックス ・ ウェ ーバ ー、 政治社会論集、 昭和4 0年. 5). ここで暗にビュ ー ロクラシ ー との比較の対象となっている他の形態とは、 ウェ ー. バーの正当的支配の三つの純粋型の他の二つであるカリスマ的形態と伝統的. 形態である。 これに対して、 ビュ ー ロクラシ ー は合法的支配に即応する管理機 構のパタ. ー. ンである。. M. Weber, WuG, a. a. 0., SS. 160-188. M. Webar, th e theory of Social and Economic Organization, trans, by A. Henderson and T. Parson, ed. , by T. Parsons, of cit., PP. 324-363.. 2.. 6). M. Weber, WuG, a.a.O., SS. 7 16-722.. 7). R. Dubin, ed., Hum an Relations in Adm inistration, 1961, PP. 155-158.. 近代経営におけるビュ ー ロクラシ ー の藷問題 すでにふれた如く、 経営においてビュ. 接的契機は、ビュ. ー. ー. ロクラシ ー ヘの関心が高まる直. ロクラシ ー の積極的な管理能率への貢献の面ではなく、. むしろそのマイナスの面からである。 マ ー トン (R.K.Merton) は、 この ようなある構造的要素の、 システムの調整や適応を減じる観察された結果 1). を逆機能 (dysfanction) とよんでいる。 かくてビュ. ー. ロクラシーの問題が. 多分に逆機能の面から意識される結果、 とかくビュ. ー. ロクラシ ー の概念に. 非能率や非伸縮性という一面的な固定観念が植えつけられる傾向がある。 このような固定観念自体、 大いに問題とすべき性格のものだが、 こでは、 このようなビュ. ー. ロクラシ. ー. の逆機能の面に重点をおいて 、 そこ. に出てくる問題点をとりあげることにしょう。 1). 一応、 こ. 経営におけるピュ ー ロクラシ ー の意編増大の背景. -285-.

(6) 経営においてビュ. ー. ロクラシ ー の問題の意義を高める背景には様々のも. のが考えられるが、 今日、とくに重要と思われるものに次の三つがある。 I) 一. 経営の大規模化、 複雑化 般にビュ. ー. ロクラシ ー の問題は、 むしろすすんだ近代的な大規模組織. において問題とされ、中小企業よりも巨大なビッグ・ビジネス (big business) を舞台としているという事実が示すように、 それは経営の大規模化、 複雑 化に伴う構造的変容とその機能様式への反映という脈絡を背景として出て きている。 もしそうであるとすれば、 最近の経営の大規模化、 複雑化へ向 う一 般的趨勢は、 経営におけるビュ. ー. ロクラシ ー の意義を高める一 つの甚. 本的要因をなしている。 事実、 管理手段の集中化、 組織の規模の増大、 構 造の複雑化を官僚制化の主要な要因とする点では、 マックス. ・. ウェ ー バ ー. をはじめとする多くの論者の間で巾広い見解の一 致がある。 II). 環境の可変性. 経営は一 定の環境の下におかれ、 つねに環境に働きかけ、 環境との間で エネルギーや素材、 情報などの諸要素の交換を行い 、 均衡を維持すること によってのみ、 存続と発展が可能であるという意味において一 つの開放シ ステ ム (Open system) である。 したがって環境への適応がシステ ムとし ての経営の存続と発展にとって不可欠なことはいうまでもない。ビュ クラシ. ー. が経営において問題となるのも. 一. ー. つにはこの点からであって、. ロ 一. 般にそれは組織の硬直化による可変的環境への適応の困難性という形で出 てきている。 この点からすると環境の可変性がビュ. ー. ロクラシ ー の問題を. 尖鋭化するいま一 つの主要な要因である。 かくて最近の企業をと り まくは げしい環境的条件の変化は、 ビュ. ー. ロクラシ ー の問題をクロ ー ズアップさ. せるいま 一 つの大きな背景をなしている。 ID). 経営の合理化・近代化への志向. 経営におけるビュ. ー. ロクラシ ー の高度化を促進し、 ビュ. ー. ロクラシ ニ の. 問題の意義を高めた一 つの主観的契機は、 テ イラ ー (F.W.Taylor) の科学 的管理法 (the Scientibic Management) にはじまる経営の合理化、 近代. -286-.

(7) 化への志向である。 しかし従来、主にそこで追求されていたのは、組織の、 目標達成の手段としての合理性であり、 2). マイハイム (K. Mannheim)の. いう機能的合理性に他ならない。 かかる組織の機 能 的 合理性の方向 に向っ て展開される経営の合理化 近代化への努力が、高度の職能的専門化や、 権 限の階層的秩序、 没人格的な行為基準(活動規則、 手続)などの諸要素の 比重を高め、 よかれあしかれ、 ビュ. ー. ロクラシ. ー. の高度化の方向に作用し. たことはいなめない。 1) 2). R. K. Merton, Social Theory and Social Structure, 1968, P. 105. K. Mannheim, Man and Society in an Age of Reconstruction, 1948, P. 51.. ビュ ー ロクラシーの諸問題. 2). 以上のような背景の下に、 近代経営におけるビュ. ー. ロクラシ. ー. の意義が. 高まるにつれて、 そこから様々の問題が出てきている。 実際、 最近、 経営 の実践においてビュ. ー. ロクラシ ー の問題が次第に重大な段階に達している. こ とを示す徴候は決して少なくない。寡占段階のビッグ ・ ビジネスの時代 において、すでに一 部の先覚的経営者は、ビュ 企業経営における最とも重要な問題点の j). いる。 ウェ ー. ー. バ. ー. のビュ. ー. ロクラシ. ー. 一. ー. ロクラシ. ー. の問題が今后の. つであることを鋭く感じとって. の理念型のように、 ビュ. ー. ロクラシ. の積極的な機能的側面だけでなく、 マ ー トンのように、 その逆機能の面. にも目を向けると、 官僚制化の増大は多くの 危険な側面をはらんでいる。 ビュ. ー. ロクラシ ー の問題に注目する経営者の多くはこの面から、 対外的市. 場競争もさることながら、ある意味ではより重大な「内部 からしのびよる危 険」 としてこの問題をみつめているのである。 I) 企業性の後退 とくに経営組織の場合によく問題となるのは、 官僚制化が往々にして企 業性(enterprise)の喪失につながってくるということである。 デモック (M. E. Dimock)は次のようなパラドックスの中に、 この問題の困難な性 2). 格を示 している。 すなわち企業性にみちたバイタリティ(Vitality)のある. -287-.

(8) 企業は成長するであろう。 そして成長はしばしば規模の拡大という結果を 伴う。 しかし規模が拡大するにつれて、 どうしてもある程度、 管理の方法 や手続を標準化し、 形式をととのえ、 秩序を保つ必要が出てくる。 ところ がそれがしばしばゆきすぎた形式主義につながり、 非伸縮性や保守性、 消 極性をもたらし、 企業性を阻害する。 そのような組織は外見上は形式がよ くととのい堅実なものにみえるであろう。 しかしひとたび事がおこり、 情 況が変化すると、 積極性や弾力的適応力、 革新などが欠如しているという 弱点が露呈されて、 変化に適応できず競争におくれをとることになる。 こ のように企業活動の成果である成長が、 往々にして官僚制化の要因となり、 その官僚制化の進行の過程において企業性が次第に後退し、 企業性と ピュ ー. ロクラシ ー の適度のバランスがくずれる結果、 企業はバイタリテ ィを失. い、 破滅への行程をたどるというパラドックスがここに示されている。 か くてディモックは、 企業の成長の過程において、 いかにして企業性とビュ ー. ロクラシーの適度のバランスを維持していくかという点に、 企業のバイ. タリテ ィ維持の戦略的ポイントを見出している。 II). 目標の転位. 同様な傾向は マ ー トンのいう. 「. 目標の転位」. (displacement of goals). 3). という現象の中にも示される。 近代経営において大規模な組織の管理を有 効に行うためには、 ある程度の標準的な手続や規則が欠かせない。 そして 調整がうまくいくかどうかは、 一つには成員の規律ある行動のいかんにか かっている。 そこでビュ. ー. ロクラシ ー では、 規則を守り、 手続に従うよう. に成員に圧力をかける様々の工夫が構造化されている。 しかしややもする とその点が過度に強調されて、 規則や手続を守ることだけが成員にとって 直接的な価値となり、 顧客の要望に対する柔軟な反応に欠けるという事態 が生じやすい。. 4). 「手段的価値が終極的価f直になる。」これがマ ー トンのいう. r目標の転移」 であり、 ビュ. ー. ロクラシ ー ク主要な逆機能の源泉として彼. が強調した点である。 このような事態が生じると、 組織の全体としての有 効性がその点からそこなわれてくる。 これはつねに可変的環境と市場競争. -288-.

(9) の場にさらされている企業の場合にとくに重大な組織の機能障害の一つで ある。 ID). 競争の欠如とその産物. ところで、 とくに下位の階層では、 先任順や年功などの画 ー 的に適用さ れる没人格的な昇進(,. 基準が明確に確立されていることも、 ビュ. ー. ロクラ. シ ー の構造的特質の — ・ つである。 この制度は集団成員間の内部競争を抑制 するという作用をもつ点で、 我国の経営の伝統的特質として今日も根強く 残存している年功序列制度と共通な性格をもっている。 内部競争の抑制は 集団の一 体性を増し、. 「和」を高めるという点では一つの積極的な価値で. あるとも考えられる。 しかしある意味ではよりよい逐行に対するかけがえ のない刺激剤ともいうべき競争の欠如は、 成員の職務への積極的動機をに ぶらせる要因の 一つになる。 このような競争の欠如は、 成員達の間に共通 の利害意識を生み出し、ビュ. ー. ロクラシ ー に独特な集団精神を発達させる。. 彼らは厳重に守られた自分達の利害を擁護するために、 それを危うくする ような変革を加えようとするいかなる外部の試みにも強い団結した反対行 動をとる。 更に顧客との葛藤に際して、 互いに同僚をかばい合うという慣 行が、 顧客とのミゾをいっそう深める働きをする。 かくてここにも、 組織 を非感応的ならしめる一つのビュ 1V). ー. ロクラシ ー の要素がある。. 下位集団間の葛藤. 内部に多くの職能的下位集団をかかえる近代経営では、 下位集団間に組 織内の資源の配分やコントロ ー ルをめぐる様々の対立、 抗争がみられる。 意思決定において全体組織のニ ー ド (need) よりも、 下位集団の特殊ニ ー ドや利害が優先されて、 組織の重要な決定が対外的環境や顧客に対する適 応という点よりも、 かかる内部的な政治的戦略や意味関連においてなされ る場合にも、 やはり全体としての組織の有効性の阻害が生じる。 このよう な下位集団間の内部的抗争による全体組織の機能障害が多くの下位集団を かかえた大規模組織におけるビュ. ー ロクラシ ー. 現形態をなしている。. - 289-. の逆機能の 一 つの主要な発.

(10) V). 「合理化」 の反面に伴う危険性. 最近、 経営の合理化、 近代化は一 つの流行語とさえなっている。 しかし 合理化という言葉のもつひびきに眩惑 されて、 局限的な視野からのみ、 や たらと組織の改革のデザイ ン を追い求めることに急で、 組織の全体として の甚本的動向に対する注意を欠いていると、 そ れがビ ュ. ー. ロクラ シ. ー. の危. 険な側面を助長する原因につながらないとはいえないのである。 ジェ ニ ン グス ( E - gennings) はやや皮 肉な論調で、 普 通、 変革は よ りいっ そ うの官 僚制化を意味するものであるが、 官僚制化をさけるというふれ込みでなさ れる処薩が、 かえっていっ そ うの官僚制化を招かねば幸いであるという主 6). 旨の警 告を発している。 組織が目的を達成するための手段にすぎないとい う発想は、 たしかに真理の一面をつく か に みえる。 しかしもっぱら、 組織 を目標達成の用具という点からとらえ、 そ の機能的合理性のみが追求され ると、 メ カ ニ カ ルな標準化や、 画 ー 的な コ ン ト ロ ー ルがますます成員に課 せられる よ うになり、 成員の立場はますます従 属的、 用具的な位躍におか れざるをえない。 そ うなると成員 の 自 己発現の要求が抑 圧 されて、 そ こに様々の疎外現象があらわれてくる。 多く の ビ ュ. ー. ロクラ シ. ー. の問. 題はこの よ うな形で出てきている。 いずれにせ よ 単に組織の機能的合理性 ばかりでなく、 なんらかの形で、 そ れと成員の多様な人間的欲求との適合 が考えられね ばな ら ない。 人間の機械モデル ( m a c h ine model) や経済人 モデル (economic man model ) に立脚する科学的管理法や管理過程論の 7). 伝統的 ア プロ ー チ は、 この点を十 分に考慮に入れていない点で大きな 限 界 がある。 ここから出てくる組織と成員の人間的欲求の ア ン バラ ン スはとく に経営において従業員のモラ ー ルに関する諸問題に鋭く反映される。 人間 関係論は、 一つにはまさにこの よ うな脈絡から展開してきたものであって、 そ れがモラ ー ルの問題を提起してイ ン フ ォ. ー. マルな集団の意義を強調する. とき、 経営の官僚制化の問題が一つの背景になっているということができ る。 VI). 集権管理の問題点. - 290 -.

(11) いまひとつのビュ. ー. ロ ク ラ シ ー をめ ぐ る 大き な論 議 は、 一 元的 な 権. 限 の階 層的 秩 序 に も と づ く集権的 な管 理 の 構造 であ る 。監 督 の 巾 ( Sp a n of contro l ) の 限 界 に規 定 され る 管理 限 層の増大 に 伴 う コ ミ ュ ー. ニ. ケ. シ ョ の機能障害がここで問題とな る 一 つの論点であ る 。更にこれとな. らんで、 決 定 権 限の上 部 集中によって、 第 一 線の 現場で情 況 の変 化 に 応 じ て 弾力 的 ! 方匝 応 していく だ けの 十 分な自 由 裁 量 の 余 地 に 欠け る こ とからく る 逐行の困難性という問題があ る 。権限の上部集中と長い コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの距 離によって、 決 定の時間的遅滞が生じ る ばかりでない。 有 効な問題解決に必要な組織内外の情況に関す る 適切 な情報が、 コ ミ ュ ケ. ー. ニ. シ ョ ンの障 害によって、 現場から 遠くへだ っった上部の決 定権限の所. 在 す る ところまで十分にとどきにくいことから適切な対応 策に欠け る とい う困難が出てく る 。つまり コ ミ ュ 中があいまって、 円 滑な フ ィ. ー. ニ. ケ. ー. ドバ ッ ク. シ ョ ンの機能障害と権限の上部集 ・. プロセス (fe edback · Proc e s s ). によ る 矯正機能が発動せず、 そのために適切な調整や適応がさまたげられ て、 活動の有 効性と能率がそこなわれ る 。更に権 限が上部に集中してい る ということは、 裏をかえすと権限に対応す る 責任も部下にとってそれ だ け 少いということにな る 。ここから、 保身第一 に情況のいかんにかかわらず、 規則に強い、 上 役の命令を忠実に実行す る こと だ けをもっ ぱらとし、 自ら すすんで責任を負 い 、 事態の解決に積極的に取組むという意欲がうすれ、 企業的意識も稀薄になりやすい。このような集権的構造の限 界 や 弱点の克 服という点から分権化や事業部 制がビュ. ー. ロクラシ ー の機能障害に対す る 8). 解毒剤として有 効であ る とす る 見解がよくみられ る 。しかし必 ずしもそれ について経験的 資 料にもとづく体系的な確証がなされてい る わけではない。 W). 企業と政府の関係. すでにこれまでに ふれたところでも、 単にビュ 織論的意義の範 囲 内 にとどまらず、 ュ. ー. ロクラシ. ー. ー. ロクラシ ー の純粋な組. 「 権力の乱用」 という含蓄をもったビ. の 政 治学的概念を背景とす る 論議も散在 していたが、 この. 面から出てく る いま 一 つの問題点は、 企業と政府の関係という脈絡でとり. - 291-.

(12) あ げられる官僚統制の問題で あ る。 周 知の如く、 資 本主義の高度化による 国 家機能の変 貌と行政機能の拡大進化は、 行政機構の肥大化をもたらして、 政府の経済的権力と企業活動に対する関 与をいちじるしく 高めている。 そ こ で こ のような傾向を、 私企業の 自 由を抱束し、 自 由企業体制をおびやか す官僚の権力主義とみなして 、 その 脅 威 を 強 調する論議が 自 由主義経済学 者の間でよくみられる。 かくて こ こ にも企業との 関連でビュ. ー. ロクラ シ. ー. が物議を かもす 一 つの領域が あ る。 しかし こ こ で論 じられているのは、 組 織の内部機能の問題ではなく、 組織と組織との 間 の権力関係の問題で あ り、 こ れまでの 論議とは問題の次元を異にする点に注意しなけれ ばならない。 一. 方、 こ れに 関して最近では、 企業をとりまく 全体社 会と企業の関係を、. 全体 シ ステム と下位 シ ステム の 関係でとら え 、 全 体 シ ステム の管理者とし ての政 府 と 、 その下位 シ ステム の 一 環としての企業という形で政府と企業 9) の関係を位置づける シ ステム 論的 ア プ ロ ー チ も出てきて い る。 以 上のように 、 近代経営の発展に伴ってビュ. ー. ロクラ シ. ー. の問題が経営. において様々の形で現われているが 、 それはいずれも究極的に 、 近代的 フ ォ. ー. マ ル 組織の構造的特 質がもたらす特殊な機能様 式 に 由 来している。 能. 率的生 産活動をめ ざす経営組織は、 本来す ぐ れて こ のような近代的 フ ォ マ ル 組織の構造的特 質をそな え てお り 、 こ の点でまさに ウェ. ー. ー. バ ー が指摘. しているように 、 官僚制組織の無 比の 見 本で あ る。 それゆ え に近代的 フ ォ ー. マ ル 組織の構造的特 質 や機能様 式を、 ウ ェ. ー. ハ ー のビュ. ー. ロクラ シ. ー. の. 理念型から出発し解 明し ょ うとするビュ ー ロクラ シ ー 論の組 織 論 的 ア プ ロ ー. チ は 、 多くの点で経 営 学にとっても 有 益な示唆を含んでいる。 われわれ. は こ のようなビュ ー ロクラ シ ー 論の フ レ イ ム ワ. ー. クを解 明し、. それを経営. という特定の組織 に適用する こ とによってとら え られる意義や問題点を 、 経営ビュ. ー. ロクラシ. ー. の問題としてとら え ようとす る も ので あ るが 、 とり. わけ現代企業が直 面しているビュ. ー. ロクラ シ. ー. の特 殊な 問 題 性 に ふ れる. こ とが次の課題となる。 1). 岡 本康雄稿 、 1 日 本に お け る 官僚制」 、 別 冊 中 央公 論 ー 経営 問 題 一 、昭和39年 、 275 頁 。. - 292-.

(13) 2). M · E · Dimo c k , Admi n i s t r a t i v e V i t a l i t y , 1959, P . I n t r o , X.. 3). R. K. M e r t o n , o P c i t .,. 4). i b i d ., P. 253 .. 5). P. S e l z n i c k .. ' A n A p p r o a c k t o a T h e o r y o f B a r e a u c r a c y', A 血 e n c a n. Sociological. R e v i e w , Vol . 8 , 1943. P . 50.. 6). E · G e n n i n g s , t h e E x e c u t i v e , 1962.. 福 島正光訳 .. 工 グ ゼ ク テ ィ プ, 昭 和 39 年. 205 -242 頁 。 7). こ こ に 人 間 の 機 械モ デ ル と は 、 成 員 を 単 な る 管理 の 用 具 、 あ る い は 職 能 の に な い手と い う. 一. 面 的側 面 に お い て 生理 学 的 存 在 と し て と ら え る き わ め て 機械 的 な. 人 間 観 で あ る 。 他方 、 伝統的 な 経 済 学 の 企 業 の 理 論 の 根 底 に あ る 経済 人 モ デ ル は、. も っ ば ら 経済 的欲求 の 充足 を 志 向 し て 合理 的 に 行動 す る 存 在 と し て 人 間 を. と ら え る 点 に お い て や は り 物的 な 人 間 観 に 立 っ て い る 。 は、. し か る に 伝 統 的組織論. か か る 機 械 人 モ デ ル や 経 済 人 モ デ ル に 立脚 し て い る 点 に お い て 、 そ の 組織. モ デ ル は き わ め て メ カ ニ カ ル な 性格 を も っ て い る 。 ・ 占 部 都 美著 、 現 代 企 業 の 人 間 関 係 、 昭 和 42 年 、 30-32頁。 • N . P. M o u z e l i s , Orga n i z a t i o n and B u r e a u c r a c y , 1967, PP. 79-96.. 3.. 8). M . E. D i moc k , o p c i t . , PP. 1 99 - 21 7 .. 9). N . W . Chambe r l a i n , E n t e r p r i s e a n d E n v i r onme n t , 1968,. 現代企 業 に お け る 経営 ビ ュ 現代企業はビュ. ー. ロ クラシ. ー. ー. PP. 126-168.. ロ ク ラ シ ー の特殊問題. の問題を め ぐり、 相 矛 盾する二つの契機に. 直 面している。 その 第 一 は現代企業のよりいっそうの成 長 ・ 拡大への基調 が伴うビ ュ ラシ. ー. ー. ロ クラシ ー の高度化の契機である。 第二は、 そのビ ュ. ー. ロク. が、 たえ ざ る流動的な環境の変化によってつ ねに逆機能化し ょ うと. する契機である。 一 般に現代企業は、 市場競争やテク ノ ロ ジ ー の発展を通 じ て、 ますます 経営の大型化 ・ 大規模化の方向に向っている。 こ のような大規模化が、 「 規 模の経済 」 ( e c o n o m y. of. large. s c a le ). やその他の面でいろいろの 利点を. も っ ている こ とは周知の事 実である。 しかし他方では、 それが官僚制化を 高 め る基本的要因である こ とにも注意しなければならない。 組織が大きく なり、 分業と特殊化が進んでそれが精緻になってくると 、. 一. つの決定につ. い て みても、 それと関連をもつ職 員や部門の数がふ え、 それ だ けに調整が. - 293 -.

(14) 量的 に 多 く なるだけでな く 、 内 容も複雑になる。 そこで調整を 有 効に行う た め に、 一 方では権 限の階層的秩序による コ ン ト ロ なる。 そして 他 方 では 、 統. 一. ー. ル の精密さが必要 と. 的な行 動の基準 と して 様 々 の没 人 格的で標 準. 的な 手 続や規則 の定 式 化 が必要 と なり、 更には職能別 部 門 の形 成 と もあい ま っ て 、 集権化の傾向もすすんで く る。 成 員 全 体 が互いに知り合いである ような小 規 模 な 組 織 の場 合 には 、 成 員 間 の緊 密 な 人 間 社 会的 関 係 が フ ォ. ー. マ ル な面にもおよんでいて 、 没 人 格 的 な 規則 は 最 低 限 の 必要性で. すむ。 しかし組 織 が 大 き く なる と どうして も 成 員 間 の パ ー スナ ルな結ぴ つ き が稀薄 と なり、 機能的関連 が中 心 と な っ て く るので、 そ の面からも合 理的で没 人格的な規則 の 必要性 が大き く なる 。 更には組織が大き く なり特 殊化 が進んで く る と 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン のシステ ム も複雑 と なり、 様 々 の記録や報告 制 度 が発展して く る 。 こうして 文 書 業 務 がふえ 、 大量の管理 職 員 をかかえた 精 緻な管理機構 ができて く る。 か く て 一 般に経営の発展 ・ 大規模化は、 ビュ. ー. ロ クラシ ー の高度 化を伴 っ て おり、 この点から、 現代. 企 業 の 成 長 · 拡 大への基調は同時により大なる 官僚制化への契機をた え ず はら むものである 。 と ころで他 方 では 、 現 代 企 業を と りま く 環境や条件はき わ め て 可 変的 ・ 流 動 的 である。 そしてこの環境 の 可 変性 が、 近 代 経営において ますますそ の比重を大き く して いるビュ す。 元 来ビュ. ー. ー. ロ クラシ ー の機能性に大きな影響をおよ ぼ. ロ クラシ ー はそ の構造的 特 質 の ゆ えに、 安 定した 条 件の下. での確立 された 常規 的 業 務 の逐行において は高度に能率的で機能的である と い わ れる 。 しかし不 安定な環境の下ではた え ず条 件 が変 化するた めに、 そ れまでの確立 された 常規的な活 動 手 続の 有 効性 が失 わ れやすい。 しかも 従来のきびしい規律による 訓練や特殊化による 熟練 が微底していただけに、 従 来 の 手 続への付託性 ( comm i t m e n t). が強 く 、 なれ親しんだ千遍一 律の. 方 法や 考 え 方 から容易 に抜け出せない。 そ のた め に環境や条 件の変化に対 する 弾 力 的適応 がさまたげられて 逆機能化を生 じやすい。 端的にいう と 、 ビュ ー ロ クラシ ー は 安 定 した 条 件の下では機能的である が、 不 安定な条 件. - 294 -.

(15) や環境の下では逆機能的で あ ると 一 般に い わ れて い る。 これは 多くの場合 にビ ュ. ー. ロクラ シ ー の構造にひそんで い る非伸縮性の問題 が、 安 定し た 条. 件の下では 表 面化し た り現実化してこな い が、 可 変的な条 件 や 環境の下で はそれ が 表 面化し、 現実化してくるからで あ る。 ところが最 近 、 経営戦 略 の重要性に対する認識 が高まってきて い ることにも あ ら わ れて い るよう に 、 現代企業をとりまく環境的条 件はき わ め て 不 安 定 で 可 変 的 ・ 流動的で あ る。 それ だ けに経営ビ ュ. ー ロクラ. シ ー も逆機能化への契機にた えずさらされて. い ることになる。. こ う して現代企業は二つの相 矛 盾する契機に 直 面 して い る。 すなわ ち 一 つはより大なるビ ュ そのビュ. ー. ー. ロクラ シ ー の高度化への契機で あ り、. い ま 一 つは、. ロクラ シ ー が た えず逆機能化し ょ う とする契機で あ る。 今 日 、. 経営に お い てビ ュ. ー. ロクラ シ. ー の問題がとり わ け尖鋭に表面化してくる原. 因もここに あ る。 ところでこの論議は、 暗黙の う ち に次の二つの仮説に立脚して い た 。 ①呈営の大規模化 ・ 複雑化はビ ュ. ー. ロクラ シ. ②可 変的環境 や 不 安定な条 件の下では、 ビ ュ. ー. の高度化を伴 う 。. ー ロクラ. シ. ー に往 々. に伴 う. 非伸縮性によって逆機能が生 じ や す い 。 そして更に②の仮説の裏 がえしとして、 ③ビ ュ. ー ロクラ. シ. ー. い ま 一 つの仮説 が示されて い. た。. は安定した 条 件の下に お ける確立され た 常規的業務. の逐行に お い ては高度に能率的で あ る。 この③の仮説は、 ①、 ②の仮説と同様 、 多 くのビ ュ. ー ロクラ. シ ー に関す. る論議の根底となって い る見方で あ る。 しかしこの③の仮説は暗に人間の 機械モデルを前提としており、 その下に お い てのみ妥 当 し う るもので あ る 点に注意しなければならな い 。 た しかに精緻なビ ュ. ー ロクラ. シ ー の構造 が、. 安定し た 条 件の下では技術的に合理的で あ ると い う ことは お そらく真実と い えるで あ ろ. う 。 しかし技術的合理性は高 い 能率達成の必要条 件の 一 つで. あ っても必ずしも十分条件ではな い 。 その活動 が人間によってにな わ れて い る以上 、. お よそ成員のモチベ ー. シ ョ ンやモラ ー ルの問題を無視して能率. - 295-.

(16) の問題を 論ずる こ と はできない からである。 こ のように、 成 員 のモ チ ベ ー シ ョ ン やモ ラ. ー. ル の問題を 考 慮 に入れて く. る と 、 ③の仮説が 必 ずしも普遍的に妥 当 しえな い こ と は 明 白 である。 人 間 は単なる管理の用具でもなけれ ば 、 単なる職能のにな い 手 と い う 一 面的な 存 在 につきるものでもな い 。 と り わけ近代的企 業 人 は 、 様 々 の社会的欲求 に加 え て 、 自我の欲求や自己発現の欲 求 と いうよ り 高次の 人 間 的 欲求をも 2). っ て い る。 成 員 を動機づけ、 モ ラ れらの欲求 と 組織 のニ ュ. ー. ー. ー. ル を高 め る わ め には、 何らかの形で こ. ド と の調和がはかられ ね ばならな い 。 しかるにビ. ロク ラ シ ー の 論 議には伝統的に個 人 の自 由 の破壊や自己疎外 と い う パ. トスがまつ わ り つ い て い る。 こ の こ と にもあら わ れて い るように、 ビュ. ー. ロク ラ シ ー は必 ずしも成 員 の こ れらの 人 間 的欲求の充足に適した構造的特 質をそ え て は い な い 。 かく て 現代 企 業 の直面するビュ ビュ. ー. ー. ロク ラ シ ー の一つの大き な 問題点は 、. ロク ラ シ ー の構造による 近 代 的 企 業 人 の高次の人 間 的欲求 充 足の阻. 害 と い う こ と から出て く る モ ラ ー ル 低下 の問題である。 最 近に 多 い 拡大」 や. 「. 参加的 リ. ー. 「. 職務. ダ ー シ ッ プ」 の意義を 強 調 する 論 調 も こ のような脈 3). 絡を背景 と して 出て きて い る。 マ ー トン はビュ のパ ー スナ リ テ ィ に基本的 影響をおよ ぼし、. 「. ー. ロク ラ シ ー の構造が 成 員. 目 標の転位 」 が 生 じる こ と. が、 組織にお い て 様 々 の逆機能が生 じる 基本的要因である こ と を強調した。 しかしこ のようなパースナ リ テ ィ の問題 と ならんで、 ビュ. ー. ロク ラ シ ー は. 管理組織の構造に関して 、 成 員 のモ ラ. ー. ル にかか わ る 重要な問題を提起し. て い る こ と を忘れて はならな い 。 ビュ. ー. ロク ラ シ ー の逆機能は、 ビュ. ー. ロ. ク ラ シ ー の構造の成 員 のパ ー スナ リ テ ィ におよ ぼす影響や環境の可変性に よ っ て 露呈 されるその非伸縮的構造だけに原因があるのではない。 後にふ れる権 力 関係的 諸問題 と ならんで、 成 員 のモ ラ. ー. ル の問題がビュ. ー. ロク ラ. シ ー の逆機能を ひ きお こ す一つの大きな要因 と な っ て いる。 高度に没人格 的な 雰 囲 気の 中 で 、 画 ー 的な規則 や 手 続に支配され 、 自由 裁量の余地の少 な い 断片 的な常規的 業 務 の逐行にあけ く れる と い う情況の下では、 自 我 や. - 296 -.

(17) 自 己発現の欲求という成員 の 人 間的欲求を充 足 する機会はとぼしい。 これ が成員 の モ ラ ー ルの低下をひきおこす重大な原因の 一 つのとなる。 かくて 人間関係論 が主としてリ ー ダ ー シ ッ プとの関連でモラ ー ルの問題をとりあ げるとすれば、 ビュ. ー. ロクラ シ. ー. の理論は主に管 理組織の構造との関連か. ら モ ラ ー ルの問題を提起する も のであり、 ここに も ビュ 代企業にい どむ 1). 一. ー. が現. つの大きな挑戦を見出すこと がでくるのである。. 占 部都 美 著 、 現代の企業 行 動 、 昭和41 年 、 38-44 頁 。. 2). 占 部都 美 著 、 現代企業の 人 間 関係、 昭和42年、 参照. 3). J: 掲 書、 171 - 179頁。. 4). ロクラ シ. ー. M.. ク ロ ジェ (M.. Cro z i e r ). は権 力 関係的視角を組織分析 に 1本 系的 に 位 置 づ け. て 、 その 面 か ら す ぐ れ た ピ ュ ー ロ ク ラ シ ー の研究を行 っ た 。 ( M . Cro z i e r , t h e B u r e a u c r a t i c p l e nome n o n ,. 4.. 1964. ). 経営 ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー の 意 義 ここでなされた論議 も 含めて、 これまでの経営の立場からなされた ピュ. ー. ロクラ シ. ー. の問題 に関する論議の多くは、 必ずし も 体系的、 総合的な も. のではない。 たとえば多くの場合、 ビュ. ー. ロクラ シ. ー. の問題の様々の諸側. 面の 一面だけ が任意にとりあげられ、 個 々別々に他との関連なしに論じら れている。 した が っ て、 同じくビュ. ー. ロクラ シ. ー. の問題といいな がら、 論. 者によ っ てとりあげられている問題点 がち が っ ていて、 論議 が十分にかみ 合わないという事態 も 生じている。その大きな原因は、 それら が必ずし も 体系的な理論的フ レ イムワ の点から も 、 ピュ. ー. ー. ロクラ シ. クの基礎の上に 立 っ ていないことにある。 こ ー. の理論の体系的フ レ イムワ. ー. クの確立がと. りわけ要請されるのである。 しかし ゴ ー ルドナ ー が. 「. すでに多くのビュ. 産業調 査の数 も ふえている が、 ビュ. ー. ー. ロクラ シ. ロクラ シ ー. ー. の研究 があり、. の複雑な理論 が与えた理 l). 論 上の手掛りを体系的に追求したこころみは ほとん どない」 と指摘してい るように、 従 来これは必ずし も 十分に達成されていない。 更に従 来のビュ ー ロクラ シ. ー. 論は、 多分にあらゆる種類の組織を対象に包 摂するという点. - 297 -.

(18) で 一 般 論の形で展開されて いる。 しかし ー ロ にビュ. ー. ロクラ シ. ー. の問題と. いっ て も、 それがあらわれる組織の種類や性格によ っ て 、 その意義や問題 点は異なる。 たとえば プラウ=ス コ ッ ト ( P . M. B l a u a n d W. R . S c o t t ) によれば、 その組織の成 員 が 主 要 受 益 者 である労働組合などが 相互 受 益結社 」 ( mu t u a l b e n e fi t a s s o c i a t io n ) の場 合には、 内 部の民 主的過程を維持し 、 成 員 によ る参 加と統制を 用 意し て おくことが第一 の重要課題 である。それ ゆ え 、 組 合幹部による権力の独 占 がビ ュ. ロクラ シ ー の重大問題となるのであ っ て 、. ー. その場合には必 ずしも能率 . 非能 率の問題が重大なのではない。 それに対 し て 所有 者 が 主要受 益 者 である会社企業の場合には、 経営者 が決定権力を にぎりしめ て い て も、 そのこと自体は本来のたて 前 に反するものでない。 ここで官僚制化の逆機能とし て 大きな問題となるのは、 煩雑な規則や 手続 のために能率的な運用 がさまた げられること である 。 このようにビュ クラ シ. ー. ー. ロ. の問題点や意義は、 それ ぞれの種類の組織の特殊な性格によ っ て. 大きく 左 右 されるが ゆえに、 一 般 論には大きな限 界がある。 そこでこの ような 一 般論の限 界を意識し て 、 組織に様々の類型的区分を 設け て 、 それぞれの類型 ごとに 、 それに特有なビ ュ とりあ げようとする動きがある。マ 論」. ロク ラシ. ト ン や エ チ オ ニのいう. 1. ー. の問題を. 中範 囲の理 3). ( Theo r y o f the m i d d l e R a nge ) もその一 つのあるわれである。 組. 織の問題に即して いえば、. エ. は 、 組織の サ プ ・ カ テ ゴ リ ビュ. ー. ー. ー. ロクラ シ. ー. チ オ ニ の 表 現をかりると、 「 中 範 囲の理論 」 と ー. ( s u b-c a tegory ) に 関する命題に1也ならない。. につい て 唯 一 のモ デルしか 認められないと 、 組 織 間の. 類 似点ばかりが強調され て 、 異なった点は 例 外とみなされ て しまうおそれ 4). がある。 組織にサ プ ・ カ テ ゴ リ. ー. を 設け て 、 それ ぞれに特有なビ ュ. ラ シ ーの問題点を研究することは組織 論や ピュ. ー. ロクラ シ. ー. ー. ロク. 論の内容を豊. 富にし、 精緻なものにする上 に 役 立つ 。 経営に お ける ピ ュ. ー. ロクラ シ. ー. もまた、 それに特有な問題点や意義を も. っ て いる 。このような経営に特有なビュ. ー. - 298 -. ロクラ シ. ー. の意義を、 他のサ プ.

(19) ・ カテゴリ. ー. に お け るそ れ と 区別 する場 合に 、それ を 経営 ピ ュ. ー. ロクラシ ー. と 呼ぶ の で あ る 。 通 常、ビ ュ ー ロ クラ シ ー の 代 表 的存 在 と し て は 行 政ビュ ロクラ シ ビュ. ー. ー. と 経営ビュ. ロ クラ シ. ー. ー. ロクラ シ. ー. の 両 者がよ く 指摘される。 し か し 同 じ く. の問題で あ っ て も、 行 政 と 経営 と では そ の 意 義 と 問題性. は 多 分に異なる。 経営には 経営に特 有なビュ. ー. ロ クラ シ. そ れに固 有な特 質 が あ る 。 こ れ を さすものが経営ビュ らな い 。 換 言 すれ ば 、 経営ビュ クラ シ. ー. ー. ー. ー. ー. の 態様が あ り、. ロ クラ シ ー に他な. ロ クラ シ ー と は 、 それに固 有なビュ. と い う視点 か ら経営に ア プ ロ. ー. ー. ロ. チ し 、 そ の 特殊な問題点 を と り あ. げよう と する 立 場 、 あ る い は そ の ような問題意識 を 示すもの と も あ う こ と が でき る 。 こ の ような経営ビュ. ー. ロ クラ シ ー の 解 明 を 、 ビュ. ー. ロ クラ シ ー. の 一 般理論 だ け に期 待する こ と は できた い 。 そ れに は そ れ独自の 視点 か ら の ア プロ. ー. チ が 必 要で あ る 。 こ の ような経営ビュ. 立 は 、 む し ろ 経営学に 課 せ られた 新 し い. ー. ロ クラ シ. ー. の理論の確. つの 課 題 と い わ ね ばならな い 。. 一. こ の 課題に と り く む こ と が わ れ わ れの 大きなね ら い の 一つであ る こ と は い うまでもな い 。 ラシ. ー. の理論の. 一. し か し そ れ を なすにも重 要な基 本的前 提 は 、 ビュ 般的な甚本的 フ レ イ ムワ. ー. ー. ロク. ク の 確 立 と 、 そ れ の も ち うる. 経営学に対する理 論 的意 義 の 解 明 で あ る 。 一 般に経営学 の 立場 か らビュ. ー. ロ クラ シ ー 論に注 目 がなされる場合に、. 次 の 二つ の 型 の 注 目 の 仕 方が あ る。 第 一 の 型 は 、 経営の 実践に お け る 諸問 題の 発生 を 契機 と し て 、 そ れ を 解 明する理論的基礎 と い う点 か らビュ クラ シ `シ. ー. ー. 論に注 目 がよせられる 場 合 で あ る 。 こ の 場 合に は 、 ビュ. 論 の 甚 本的 フ レ イ ム ワ. ー. ー. ー. ロ. ロ クラ. クそ のもの よ りも、 個 々 の 問題 の 解 明に役立. つそ の理論的 内 容 の 方が重 視 せ られる 。 こ れ は 内 容に重点 を お いた 実践的 契 機 にも と づ く ビ ュ. ー. ロ クラ シ. ー. 論へ の 注 目 の 仕 方 と い えるで あ ろ う 。. そ れに対 し て 第 二 の 型 は 、 実践的問題の 解 明に 資 する個 々 の理 論的 内 容 と い うより は 、 む し ろビュ は フ レ イ ムワ. ー. ー. ロ クラ シ ー 論 の 基 本的な方 法 論 的特 色 あ る い. クに重点 を お い て 、 そ の 経 営学的意 義 を 問う と い う 形 の 注. 目 の 仕 方 で あ る 。 こ れ は理論的契機にも と づ く ビュ. - 299-. ー. ロ クラ シ. ー. 論へ の 注.

(20) 目 の仕 方 と い えるであろう 。 従 来までの経営学におけるビュ. ー. ロクラ シ. ー. の と り あげ方はむしろ第 一. の型のもの が 多 い 。 い うまでもな く 、 内 容 と 方 法 は密接な関連 があ り 、 不 可 分 である が、 ある理論で展 開 される 内 容は 、 その理論の甚本的 フ レ イ ム ワ. ー. クによ っ て 規 定 される が ゆ えに、 後 者 の. 「. 方 法 」 に重点をお い た 注 目. の仕 方こそ 、 よ り 基 本 的な理論 的 意 義をも ち うる と い わ ね ばならな い 。 し た が っ て わ れ わ れは 後 者 の 立場をよ り 重 ん じ よう と するものである。 と ころでこのような理論的契機にも と づ く ビュ ー ロク ラ シ. ー. 論への注 目. 、. が 、 行動科学の展 開 と 重要な関連をも っ て い るこ と に注 目 しなければなら な い 。 マ ー チ = サ イ モ ン ( J . G . M a r c h a n d H . A . S im o n ) や サ イ ア マ. ー. チ ( R . M . c y e r t a n d J . G . M a r c h ) によ っ てビュ. ッ クス ・ ウ ェ. ー. ー. ロクラ シ. ー. ー. トニ. 論 がマ. バ ー を起点 と する社会学的組織論 と して 位 誼づけられ 、 そ. のよ り 最 近の展 開 が行 動科学の性格をそなえて いるこ と が示唆されて い る 。 これ が組織 論 を 最 と も重要な理論的基礎 と する経営学の、 官僚制理論に対 5). する注 目 を ひ きおこす 大 きな理論的契機をなして い る。 ロクラ シ. ー. わ れ わ れのビュ ー. 論 に対 する 注 目 も基 本的 にここから出 発して い るのである。. 1). A . W. G o u l d n e r , P a t t e r n s of I nd u s t r i a l B u r e a u c r a c y , 1955, P. 18.. 2). P . M . B l a u and W . R . S c o t t , o p c i t . , PP. 43 - 44.. 3). R . K . M e r to n , op · c i t ., PP. 39-72. A . エ チ オ ニ 著 、 綿 貰 譲次監訳 、 前 掲 苔 、 1 - 3 頁 。. 4). A . エ チ オ ニ 著、 上掲害、. 5). J. G. M a r c h a n d H. A. Simon, Argami z a t i on s , 1958 . PP. 5 -7 ; PP. 36-47.. 2 頁。. R . M. Cyert and J. G. M a r c h , A b e h a v i o r a l Theory o f the Fi um, 19邸 P. 17.. - 300 -.

(21) ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー 論の 経営学的意義. 第二 節 l.. ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー 論 と 経営学の交錯 ビュ ー ロクラシ ー 論の経営学的意義を理解するためには、 まず経営学と. ビュ. ー. ロクラ シ. ー. 論の甚本的交錯点を見出さねばならない。 われわれはこ. の両者の基本的交錯点を組織論という点に見出す。 そ し て組織論はいうま でもなく経営学の体系の基礎をなす 中核理論である。. l). 占 部都 美教授が適切に指摘されている如く、 経営学が単に経済学や 社 会 学などの巷礎科学に対す る 周 辺科学と し ての意味ではなく、 客観的な統 一 科学と し て成立 し うるためには、 経営の具体的な全体思 考をもたら す 体系 の樹立が必要であり、 それは組織論を中核に位潰 づけることによってのみ 2 ). はじめて可能である。. 3). 経営は具体的情況のもとに機能 し ている 一 つの機能的全体である。 それ に対 し て従 来の経営経済学や経営社 会 学は、 それ ぞれの選択原理の下に、 具体的全体から抽象化された部分を認識対象とす る点で部分的思考に立っ 4). ている。 これらの、 それぞれの部分的思考の単純な総合だけで、 機能的全 体と し ての経営を、 その全体性において体系的に把握す ることはできない。 何故ならば、 機能的全体、 あるいは シ ステ ムと し ての経営は、 諸部分の単 純な総和ではない からである。 たとえば、 十五個のリ ン ゴの間には特定の関係がなく、 それはただ単に 十五個のリ ン ゴの集りにす ぎないが、 ひと かたまりの氷は、 酸素と水素の 単なる集合ではない。 酸素原子と水素原子、 およびH O とという分子の間 の特殊な結びつ きが、 一方において氷を単なる水素や酸素と区別す るとと もに、 他方においてそれを水と区別 し ている。 このように諸部分が特定の 関係で全体に結合されることによって、 その全体には諸部分にない新 し い 特質が生じてくる。 この点を理解 し なければ全体を真に理解することには ならない。 それゆえ、 全体を究明す るためには、 部分と部分との関係とな らんで、 部分と全体との関係の考察が必要である。 単なる 部分的思考の総. - 301 -.

(22) 合 に よ っ ては、 これは なし え ない 。 われわれは、 経営経済学や経営社 会学 などの、. 一. 定の認識対象 に もとづく部 分的思考の科学的分析 に おける有用. 性をいささかも否 定するつもりはない。 しかし経営学が一 つの独自の統一 科学として成立しうるため に は、 経営の機能的全体を、 そ の全体性 に おい て 説 明しうる体系をもたねばならない。 何故ならば、 この点 に こ そ 経営学 の独自の統 一 科学としての客観的な存在性が見出されるからである。 この 点で部分的思 考 に は限 界があるといわねばならない。 組織論を中核とする 5). 具体的な全体思考が必要とされるのはこの点からである。 では何 故、 経営の全体的思考 に おいて組織論が中核 に おかれねばならな いのであろうか。 そ れ は、 経営の諸部分を統合し、 そ れ に よ っ て全体とし ての経営を構成している主体的な中心部分が、 組織 に 他ならないという事 実 に ある。 これがま さ に 、 部 分と部分との関係、 ならぴ に 部分と全体との 関係の考察を不可欠とする経営の全体的思考 に おいて、 組織が中心 に 位置 づけられねばならないゆ え んである。 のは組織である。. ……. 「制度としての経営の中核 に あるも. 組織なくして経営はなく、 組織のあるところ に はじ 5). めて経営を生む基本的な力があるとい え るの であ る」 と 占 部 都 美 教授は指 摘されている。 本 来 、 生産経済の 単 独的な組織的単位という点 に 、 経営の 本質的な メ ルク マ ー ルがある。 今 日 、 一般 に 、 経営活動が組織を通じてな されているということは普 遍的事実である。 この点で、 およ そ 組織の理論 を欠いた経営学の体系は全く考 え られないとい っ ても、 けだし過言でない。 もっとも、 単 なる組織論 そ れ自体が、 直 ち に 経営学でないことは自明の 事柄である。 経営学の対象である企業の行動は経済活動を内容とする組織 的行動であ る 。 い み じくも 占 部都美教授は、. 「 企業の理論と組織論とを内. 面的 に 結合し、 これを統一的な理論体系として確立するところ に 今 日 の経 7). 営学の固有の課題がある」 という、 今后の経営学の方向をさし示すきわめ て重要な意味をもつ発言をなされている。 ところが一 方、. ミ クロ経済学の伝統的な企業の理論 に 目を転じると、 そ. れは人 間行為者を、 計 算 能力や問題解決能力 に 何の制約もも たない全面的. - 302 -.

(23) に 合理的な 存 在 と す る. 「. 経済 人 」 のモ デ ル に 立脚 し 、 か か る 経済 人の 利 潤. 極大 化 を め ざ す合理的行 動 が企業の行動 を な す と みな し て い る 。 そ こ で は 企業 全 体 が 一 つ の 単 位 と し て と ら え れ、. も っ ぱ ら かか る 単 位 と 市場 との. 諸 関係のみが注目 さ れ て、 企業 そ れ 自 体の内部的 諸 関 係 や 過 程 は 無視され て い る 。 そ れ は 暗 に 、 企業 者 個 人 を 企業 と 一 体 視 し て い る 。 こ のような 「 完 全な合理性 」 と い う認識的仮 説 に も と づ く 経済 人 モ デ ル は、 い う ま で も な 8). く 現実の 人 間 の属性 に 合 致 す る も ので は な い 。 し か る に 科 学的管理法 や 管 理 過 程 論 は 多 分 に こ のような経済 人のモ デ ル を 暗黙の前提 と し て い る ば か り でな い 。 そ れ は 組織の成員 を 単な る 管理の 用 具、. あ る い は マ ネ ジ メ ン ト の ゲ ー ム の 持 駒 と みな す 人 間 の 機 械 モ デ ル 9). (mac h i n e made) ) に も と づ い て い る 。 し か し 近代 組織 論 で 強 調さ れ る よ う に 成 員 は 決 し て経営者 が 自 由 に 意の ま ま に あ や つ る こ と の で き る 管理の 用 具 で はな く 、. 10). 自 ら が意思決定 者 で あ り 、 問題解決者で あ る 。. 更 に 企業の理 論 や 伝統的組織 論 の 根底 に あ る 経済 人 モ デ ル は 、. と りわ け. 人 間 関係 論 が強 く 批 判 し た よう に 、 単 に 人 間の経済的欲求のみ を 想 定 し て い る 点 で も 非 現実的な動機的仮 説 に も と づ い て い る 。 し か し 現実の 人 間 は 、 単 に 経済的欲求のみな ら ず、 様 々 の社 会的 欲求 を も っ て お り、 更 に そ れ に 加 え て、 ア. ー. ジ ュ リ ス ( C . A r g y l i s ) な ど が強 調 す る よう に 、 11). 自 我の欲求. と い う、 より高次の人間的欲求 を も っ て い る 。. か く て企業の理 論 も 、 伝統的組織 論 も 、 非 現実的な 仮 説 に も と づ く 人 間 の行動モ デ ル に 立脚 し て お り、. そ の点 で、 必 ず し も 企業の行動 を 現実的 に. 説 明 し う る も のでな い 。 企業の理 論 と 組織 論の内面的結 合 は 、 近 代 組織 論 のフ レ イ ム ワ. ー. ク を 基礎 と す る こ と に よ っ て は じ め て 可能で あ る 。 何 故な. ら ば、 そ れ を 可能 に す る 中 心概 念 は 、 意思決定 と い う概 念 を お い て他 に み ら れな い か ら で あ る 。 こ の点 に お い て、 意思決定 を 統 一 概 念 と す る 近代 組 織 論 を 主要な理論的基礎 と す る 企業 行動科学の展開 は 、 今 日 お よ び 明 日 の 12). 経営学の源 流 と し て、 人 間 関係論 も 、. 「. リ. と く に 注目 す べ き 動向 と い わ ね ばな ら な い 。 ー. ダ ー シ ッ プ 」 を 統 一 概 念 と し て組織 に お け る 人 間 行. - 303 -.

(24) 動に対して、 学際的な記 述論的アプロ ー チを展 開 す る点で、 経営学にと っ て有用な理論的意義をもつ存在であるのはい う までもない。し かし、 とく に初期の 人 間 関 係 論の典型的アプロ ー チは、 組織構造のイン フ ォ. ー. マ ルな. 側面に焦点を合わせて、 心情や動機、 個 人的目標や価値に重点をおき、 計 画や調整な どの組織の合 理的な活動の側面を看過している。そのため、 フ ォ. ー. マ ルな構造をイン フ ォ. ー. マ ル組織の対境条件の位躍にしり ぞけ、 分析. の主題 からはずしている点に 一 つの限 界をもつ。 他方、 経済学の企業の理論は、 人 間 行 為を計算や問題解決能力にな んの 制 約ももた ぬ 全面的に合理的なものとす る観 念的 ・ 非現実的なアプロ ー チ を 行 っ て いる。伝統的組織論も多分にこれと同様のアプロ ー チをなし、 「 経 営者が実際に どのよ う に意思決 定を行っている か 」 とい う ことではなく、 「 最適の結果を得るためには、 経営者はい かに意思 決 定をしなければなら ない か 」 とい う 規 範論的アプロ ー チをなしている点に限 界がある。 それに対して近代組織論は、. 「 制 約 された合理性 」 の仮説にもとづき、. 意思決定とい う 統一 概 念の下に、従 来の様々のアプロ ー チの限 界を克服し、 それらを統合し う る体系の確立によ っ て、 一つの客観的な統 一科学として の経営学の理論体系の確立の基礎となる理論的 フ レ イム ワ. ー. クを展開して. 14). いる点で、 画期的意義をもつ存在である。 行動科学の 一つの大きな方法論的特色は 記 述 論的アプロ ー チで あ る。そ もそも科学の目的は事象の 説 明にある。科学的説 明とは、 観 察 される事象 を何ら かの 一 般的原理にてらして説明す ることであり、 換 言 す れば、 一定 の情況の下に生じるある事象の発生が 、 その原理にてらして 説 明し予定で きることを示 す ことである。したがって科学的 説 明を行 う ためには、 その よ う な原理の確立が必要であり、 これこそがまさに科学的研究の核心をな す 。このよ う な原理は単なる机上の論理的推論や 先験的 判 断 、 規範的立論 だけ からは出てこない。事実の観察にもとづく過程志向 的な 記 述論的分析 がそのための不 可欠な基礎であ る。このよ う な科学の本 来の目的にてらし ても、 行動科 学 の 記 述論的アプロ ー チは、 理論科学としての 重要な特質を. - 304 -.

(25) そなえるものといえるであろう。 バ ー ナ ー ドが定義 し ているように、 組織は. 「. 2 人またはそれ以上の人の. 15). 意識的に調整された行動の体系 」 である。この点において、 組織における 人間行動の分析は、 組織論の甚本課題である。そ し て意思 決 定はいうまで もなく人間行動の中心要素である。この点で、 意 思 決 定の過程そのものを 中心対象と し て、 学際的な 記述論的 ア プロ ー チを展開する近代組織論は、 行動科学の中でもとくに中心的位讃を 占 める存在である。 し か し 人間関係 論も広い意味の行動科学の 一 環に含まれる。そ し てそれを同じことが、 ビ ュ. ー. ロクラシ ー 論の組織論的ア プロ ー チの最近の展開についてもいえる点. に注目 し なければな ら ない。 すでにふれた点であるが、 マ ー チ = サ イモンやサ イ ア 摘 し ているように、 ビュ ー. ロクラシ. ー. ー. ー. ト = マ ー チが指. ロクラシ ー 論は、 マ ッ クス ・ ウ ェ. ー. バー のビュ. の理論を基本的出発点とする社 会学的組織論の性格をもって. いる。 し かもそのより最近の展開は、 組織における人間行動を対象と し 、 社会学や心理学、 社 会心理学、 文化人類学等の学際的 ア ブ ロ ー チを行い、 経験実証 主義をとり、 記 述論的ア プロ ー チを展開 し ている点において、 行 動科学の性格をそなえている。そ し て後にふれるように、 それは コ ン ト ロ ー. ルという統 一 概念 を もち、 管 理組織を中心対象とする機能主義的ア プロ. ー. チをとることによって、 独自の特色ある組織論と し ての フ レイム ワ. をもっている。われわれが、 ビュ. ー. ロクラシ. ー. ー. ク. 論の基本的な経営学的意義. を見出すのはこの点である。すなわち、 コ ン ト ロ ー ルを統一概念とする社 会学的組織論 と いう点に、 ビュ. ー. ロクラシ ー 論の基本的な経営学的意義を. 見出すのである。そ し てとりわけ、 その、 より最近の行動科学的 ア プロ ー チの展開がわれわれの注目をひくのはいうまでもない。 1). そ の不i禰な と こ ろ は ひ と え に 著者の責 に 帰する と こ ろ で あ るが 、 こ こ で展 開 する著者 の主張は 、 占 野都 美 教授の輝や か し い研究成 果 に 負 う と こ ろ が き わ め て大 き い。. 2). 占 部都 美著 、 経営学の基礎理論、 昭和41 年 、 29 -32 頁 。. 3). 上 掲 書、. 30頁 。. - 305-.

(26) 4). 上 掲 書 、 29 -30 頁。. 5). 上掲 書 、 32 頁。. 6). 上掲 書 、 32 頁。. 7). 占 部都 美 著 、 現代の企 業 行 動 、 昭和42年 、. 8). 経済学の伝統的. 「. 1 頁。. 企 業の理論 」 については 、 次のす ぐ れ た 所 説 が よ い 参 考 に な. る。 • 占 部都 美編 著 、 企 業 行 動科学 、 昭和43 - 、 1 - 6 頁 。 • R . M . C y e r t a n d J . G . M a r c h , op · c i t ., P P . 5 - 16 頁 9). 科学的管理法や管理過程論 について は 次の す ぐ れ た 文 献で鋭い分析 がな さ れて てい る 。 • 占 部都 美 著 、 近代経営管理論 、 昭和 32 年 。 • 占 部 都 美著 、 経営管理論 、 昭和43年。. 1 0). J . G . M a r c h a n d H · A ・ S i m o n , op · c i t ., P . 6 .. 11). C . A r gy r i s , P e r so n a l i t y a n d Organ c za t i o n s , 1957.. 12). 占 部 都 美編 著 、 企 業 行 動科学 、 昭和43年 、 は 企 業 行 動 科学の研 究 に と っ て 不 可 欠な基礎 文 献で あ る 。. 13). 占 部 都 美 著 、 経営管理論 、 1 1 9 - 157 頁 。 N . M o u z e l i s , op · c i t ., P P . 97 - 1 1 9 .. 14). 近 代組織論の理論的 フ レ イ ム ワ. ー. ク に つ い て鋭 い 分析 を 行 っ た 重 要な 文 献の 一. つ に 次の も の が あ る 。 占 部 都 美 著、 近代管理学の 展 開 、 昭和 41 年 。 15). C . I . B a r n a r d , th e F u n c t i o n s o f E x e c u t i v e , 1951 .. 2.. ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー 論の展 開の概観. 1). 初 期 の ビ ュ ー ロ ク ラ シ ー 論の マ ク ロ 的 ア プロ ー チ 初期の ビ ュ. ー. P . 73.. ロク ラ シ ー 論は、 全体社会 に 碁本 的分析 レ ベ ル を おき、 現. 代社会の動 向 と いう点から ビ ュ. ー. ロク ラ シ ー の問題 を と り あ げるマクロ的. ア プロ ー チ を 中 心 に 展開さ れ て いる。 その代 表 的なもの と し て は、 こ の問 題の最大の理論家であるマ ッ ク ス 頭に、 ウェ. ーバー. のビュ. ー. ・. ロク ラ シ. ウェ ー. ーバー. 論 に 一 つ の 刺激 を 与 え た 存在である. 初期 マ ル キ ス ト 達の 前 期 的研究、 更 に は ウ ェ ピュ. ー. の比類なき 古 典 的業績 を 筆. ー. バ ー と ならんで、 その後の. ロク ラ シ ー 論の展開 に 一 つ の 大 きな影響力 を もつ 存在である ミ ヘ ル. - 306 -.

(27) ス (R · Michels) の所説をあ げることができる。 マック ス ・ ウェ ロクラ シ. ー. ー バー. のビュ. ー. ロクラ シ. ー. の理念型は、 その後のビュ. ー. 論の組織論的 ア プロ ー チの基 本的出発点をなしている点で、 社. 会学的組織論の古典理論というべき重要な位置を 占 めている。しかしそれ は彼のビュ. ー. ロクラ シ. ー. 論の全体の中では一 部を 占 めるにすぎず、 彼の全. 体の立場はあくまでも合理化の増大に向う世界の歴史的基調に注目するマ クロ的 ア プロ ー チ にある。この ウェ 2). ク ス (K . Mar x ) やレ. ー. ー バー. のビュ. ー. 3). ニン (V. Lenin) . トロ ツ キ. ロクラ シ ー. ー. 論は、 マル 4). (L . T rotsky) など. の初期 マルキ ス トの前期的研究に対する ア ンチ ・ テ ー ゼとしての 一面をも つ点では、 これらの前期的研究によって刺激を受けている。 初期のマルキ ス ト達は、 ビュ. ー. ロク ラ シ. ー. の問題を主に国 家 行 政の脈絡. でとらえ、 彼らの階 級支配の図式の 中 にそれを位置づけている。彼らによ れば、 ビュ. ー. ロクラ シ. ー. は 資 本 家階級の特殊 利 益に奉仕する階 級 支配の用. 具であり、 したがってそれは階級分化と階級 支配にその存立の甚盤をおい ている。したがって歴史の必然的進行によって無階級社 会が実現されるな らば、 ビュ. ー. ロクラ シ. ー. も必然的にその存立の甚盤を失い、 消滅するとみ. なすきわめて楽天的な展望をもっている。 し かし ウェ. ー バー. によれば、 ビュ. ー. 脈絡 だ けに かぎられることなく、 フ ォ. ロクラ シ ー. ー. の問題は単に国 家 行 政の. マル組織の末 曽有の発展によって. 特徴づけられる現代の産業社 会で広くみられる 一 般的な碁本問題である。 ビュ. ー. ロクラ シ. ー. は洋の東西や体制のい かんを問わず 、 近代的 フ ォ. ー. マル. 組織の中核的構造原理として現代 社会の各生活領域に著実に侵透しており、 ますますそれが進行しつつある。この観点 からすると、 単なる無階級社 会 の実現によって、 自動的にビュ. ー. ロクラ シ. ー. の消滅を説くマル キ ス トの楽. 天的な展望はあまりにも非現実的になる。 かくて ウェ ラシ. ー. ー. バ ー はビュ. ー. ロク. を現代社 会の組織一般にみられる晋遍 的現象としてとらえ、 特 定の. 政 治 的 含 著に染まらない 中 性 の概 念 と し て 、 ビュ 的意義を確立 し た。そして彼のビュ. ー. ロクラ シ. - 3()7-. ー. ー. ロクラ シ. ー. の組織論. の理念型では、 むしろ管.

(28) 理能率に対するビュ. ー. ロ ク ラシ ー の積極的な機能的意義が強調 さ れて いる。. し かし 半 面 、 やはり彼もこの よ うな ピュ. ー. ロ ク ラシ ー が現代人の 自 由を阻. 害 する隷属の容器となり、 民主主義に対して 大きな脅威となる傾向を重大 な懸念をもっ て 眺 め て いる。 ミ ヘルスは、 ビュ. ー. ロ ク ラシ ー の問題が単に国 家行政 だ けに かぎらず、. 現代社会の組織一 般の問題であるとみた点では ウ ェ. ー. バ ー と共 通の立場を. とるが、 そ れを政治的な権力 支配の側 面 からとらえた点では、 むしろマル キ スト達のアプロ ー チに近い性格をもっ て いる。 彼の有 名 な 則」. 「. 寡頭制の鉄. (iron law of oligarchy) は、 ある ド イ ツ の社会主義政 党の組織に関. する実証研究にもとづい て 定式化 さ れたものであるが、 彼はそれをそのま ま全体社会のレベルに適用し 、 社 会における民主主義の実現の可能性につ 5). い て きわ め て 悲観主義的展望をもたらした。 この ミ ヘルスの所説は、 「目標 の転移 」 というビュ. ー. ロ ク ラシ ー の大きな主題に か かわるものであるが、. 後のリプセット ( S , M , L ipset). 等に よ る労働組合の組織に関する経験実. 6). 証的研究は、 か かる ミ ヘルスの 多 分に 決 定論的 (determ inistic) な所説に 対するアン チ テ ー ゼとして な さ れたものである。 セル ズ ニ ッ ク の T V A に 関する研究も、 多 分 に ミ ヘルスの所 説と軌を 一 にする性格をもっ て いる。 これらの初期のマ ク ロ的アプロ ー チは、 いずれも 一 定の歴 史観を背景に もち、 現代社会の甚 本的動向という点 からビュ. ー. ロ ク ラシ ー の問題をとり. あ げることに よ って 、 現代の組織 文 明が直面する疎外や権力集中、 能率に 関する諸問題をその最とも根源的なレベルで提起することを可能にしてい る点では大きな利 点をもつ 。 し かし反面、 この よ うな渇 度の 一 般的レ ベル でのとり上 げ方のゆえに、 論議がい さ さ か大まかにすぎ て 精緻 さ を欠き、 用いられる概念も必ずしも一 義的でないという点に弱点がある。 事実、 よ り最近の、 ピュ. ー. ロ ク ラシ ー の組織論的アプロ ー チの展開は、. 一. つ には、. これらの初期の理論が高度に一 般的レベルで提起した命題を、 よ り厳密な 経験的レベルで再検討することを一 つ の ね ら いとし て 出てきたものである。 これらの よ り最近の組織論的アプロ ー チに よ る初 期の理論の 一 般的 命題の. - 308-.

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