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主債務者が反社会的勢力であると判明した場合における信用保証協会の錯誤と保証契約免責条項該当性の判断

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Academic year: 2021

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主債務者が反社会的勢力であると判明した場合における

信用保証協会の錯誤と保証契約免責条項該当性の判断

野 口 大 作

最高裁第 3 小法廷平成28年 1 月12日判決(平成26年(受)第1351号、保証債務請求事件) (民集70巻 1 号 1 頁、判時2293号47頁、判タ1423号129頁、金判1483号21頁・1489号28頁、金 法2035号11頁) 第 1 審:東京地裁平成25年 4 月24日判決(金法1975号94頁)、第 2 審:東京高裁平成26年 3 月12日判決(金法1991号108頁)、差戻後控訴審:東京高裁平成28年 4 月14日判決(金判1491 号 8 頁)  本件は、金融機関 X が、信用保証協会 Y に保証債務の履行を求めたところ、Y は、主 債務者 A 社が反社会的勢力であることを知らずに保証契約を締結したのであるから、同 契約は民法95条の要素の錯誤として無効、または、XY 間の基本契約における免責事由 に該当し、保証債務を免れると主張した事案である。最高裁は、主債務者が反社会的勢 力でないという動機は、明示又は黙示に表示されていたとしても、当事者の意思解釈上、 本件契約の内容となっていたとは認められないから、Y の意思表示に要素の錯誤はない とし、また、XY は、本件基本契約上の付随義務として、その時点での相当な一般的調 査方法等による調査義務を負い、その義務違反がある場合には、免責事由に該当し Y は 免責されるとして、義務違反の有無について原審に差し戻した。本判決は、動機錯誤の 民法95条の錯誤該当性判断において、動機が条件又は前提として特に契約の内容となっ ていたかを明確に判断しており、従来の動機錯誤判例を発展させたものとして評価でき るが、免責事由の該当性判断について、差戻審の判断には若干問題があると考える。 《事実の概要》  X 銀行と Y 信用保証協会は、昭和41年 8 月、信用保証協会法20条 1 項に基づいて基本契 約を締結し、その約定書には、Y は、X が保証契約に違反したときには、保証債務を免れる との免責条項が定められていた。なお、保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であるこ とが判明した場合の取扱いについての定めはなかった。X は、A 社から、3 回融資の申込み を受け、Y に対して各々信用保証(経由保証)を依頼し、(AY 間で事前に有償保証委託契 約が締結された上で)Y との間で各連帯保証契約を締結し(同時に、A の代表取締役 B も 各貸付を保証)、A との間で、①平成20年 7 月3000万円、②同年 9 月2000万円、③平成22年 8 月3000万円の金銭消費貸借契約を締結し、各貸付けを行った。

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 警視庁は、平成20年 7 月以前から B が指定暴力団の組員であることを把握し、平成22年 12月 8 日、国土交通省関東地方整備局等に対し、暴力団員 B が A 社の代表取締役を務めて 経営を実質的に支配しているとして、公共工事の指名業者から A を排除するよう求め、関 東地方整備局は、同月17日、A に公共工事について指名を行わないことを通知し、その結果、 A は、平成23年 3 月 2 日、手形交換所の取引停止処分を受けたため、各貸付けについて期限 の利益を喪失した。そこで、X は、Y に対し、各保証契約に基づき保証債務の履行を求めた のに対して、Y は、A が反社会的勢力関連企業であることを知らずに、保証契約を締結した のであるから、同契約は民法95条の要素の錯誤にあたり無効、または、基本契約上の免責事 由に該当するから、債務を免れると主張した。  第 1 審は、( 1 )A が反社会的勢力関連企業でないことが、保証契約の内容(事実が判明 した場合に、保証契約の効力が失われることが両者の共通の基盤として合意内容)となって いたとは認められないとして、要素の錯誤を否定し、また、( 2 ) 各貸付けが反社会的勢力 に対するものでないとして各保証契約における保証条件であったとは認められないから、本 件免責条項の「保証契約に違反したとき」に該当せず、Y は免責されないとして、X の請求 を認容した。原審は、( 1 ) A が反社会的勢力関連企業でないことが保証契約締結の前提条 件とされていたということはできず、むしろ、A 社が反社会的勢力である可能性は当事者間 で想定されており、それが判明した場合も Y はそのリスクを負担して保証債務を履行する ことが契約の内容となっていたとし、仮に Y の内心が異なるものであったとしても、それ は明示にも黙示にも X に表示されていない以上、保証契約の内容とはなっていなかったと して、Y の要素の錯誤を否定し、免責事由についても、1 審の( 2 )を引用し、X の請求を 認容した。 〔関係図〕 資金融資 X 銀行 A 社(主債務者=反社会的勢力関連企業) 信用保証委託契約 保証契約に基づく責任追及 Y 信用保証協会(保証人) 《判旨》破棄差戻 ( 1 )民法95条の要素の錯誤該当性について  「信用保証協会において主債務者が反社会的勢力でないことを前提として保証契約を締結 し、金融機関において融資を実行したが、その後、主債務者が反社会的勢力であることが判 明した場合には、信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があるということができる。意思表 示における動機の錯誤が法律行為の要素に錯誤があるものとしてその無効を来すためには、 その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者が

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その意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして、動機は、 たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認 められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である(最高裁昭 和35年(オ)第507号同37年12月25日第三小法廷判決・裁判集民事63号953頁、最高裁昭和63 年(オ)第385号平成元年 9 月14日第一小法廷判決・裁判集民事157号555頁参照)。」  「本件についてこれをみると、前記事実関係によれば、X 及び Y は、本件各保証契約の締 結当時、本件指針等により、反社会的勢力との関係を遮断すべき社会的責任を負っており、 本件各保証契約の締結前に A 社が反社会的勢力であることが判明していた場合には、これ らが締結されることはなかったと考えられる。しかし、保証契約は、主債務者がその債務を 履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするものであり、主債務者が誰 であるかは同契約の内容である保証債務の一要素となるものであるが、主債務者が反社会的 勢力でないことはその主債務者に関する事情の一つであって、これが当然に同契約の内容と なっているということはできない。そして、X は融資を、Y は信用保証を行うことをそれぞ れ業とする法人であるから、主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が 生じ得ることを想定でき、その場合に Y が保証債務を履行しないこととするのであれば、 その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であった。それにもかかわらず、本 件基本契約及び本件各保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれていないこと からすると、主債務者が反社会的勢力でないということについては、この点に誤認があった ことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定することまでを X 及び Y の双 方が前提としていたとはいえない。また、保証契約が締結され融資が実行された後に初めて 主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には、既に上記主債務者が融資金を取得 している以上、上記社会的責任の見地から、債権者と保証人において、できる限り上記融資 金相当額の回収に努めて反社会的勢力との関係の解消を図るべきであるとはいえても、両者 間の保証契約について、主債務者が反社会的勢力でないということがその契約の前提又は内 容になっているとして当然にその効力が否定されるべきものともいえない。そうすると、A 社が反社会的勢力でないことという Y の動機は、それが明示又は黙示に表示されていたと しても、当事者の意思解釈上、これが本件各保証契約の内容となっていたとは認められず、 Y の本件各保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。」 ( 2 )免責条項該当性について  「本件指針等により、金融機関及び信用保証協会は共に反社会的勢力との関係を遮断する 社会的責任を負っており、その重要性は、金融機関及び信用保証協会の共通認識であったと 考えられる。他方で、信用保証制度を利用して融資を受けようとする者が反社会的勢力であ るか否かを調査する有効な方法は、実際上限られている。」  「主債務者が反社会的勢力でないことそれ自体が金融機関と信用保証協会との間の保証契 約の内容にならないとしても、X 及び Y は、本件基本契約上の付随義務として、個々の保 証契約を締結して融資を実行するのに先立ち、相互に主債務者が反社会的勢力であるか否か についてその時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められる調査 をすべき義務を負うというべきである。そして、X がこの義務に違反して、その結果、反社

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会的勢力を主債務者とする融資について保証契約が締結された場合には、本件免責条項にい う X が「保証契約に違反したとき」に当たると解するのが相当である。」  「本件についてこれをみると、本件各貸付けの主債務者は反社会的勢力であるところ、X が上記の調査義務に違反して、その結果、本件各保証契約が締結されたといえる場合には、 Y は、本件免責条項により本件各保証契約に基づく保証債務の履行の責めを免れるというべ きである。そして、その免責の範囲は、上記の点についての Y の調査状況等も勘案して定 められるのが相当である。」 《研究》 1 .はじめに  本件における争点は、( 1 )主債務者が反社会的勢力でないとの誤認(主債務者に関する 事情 = 属性に関する誤認)は、保証契約における動機の錯誤か、動機の錯誤としても、民 法95条の要素の錯誤に該当するか、( 2 )要素の錯誤で無効でないとしても、信用保証の基 本契約上の免責条項に該当するかである。  本判決は、最高裁が同日に言い渡した 4 判決1のうちの 1 つであり、最高裁は、( 1 )につ いては、いずれの判決においても、主債務者が反社会的勢力でないことは、あくまで動機に すぎず保証契約の内容になっていないとして、民法95条の要素の錯誤を否定したほか、( 2 ) が問題となった 3 事例(本判決を含む)については、金融機関及び信用保証協会は、相互に 一般的に相当な方法等による調査義務を負い、その義務違反があった場合には免責事由に該 当するとして、金融機関の調査義務違反の有無について原審に差し戻した。なお、差戻審は、 いずれも金融機関の義務違反を否定し、免責事由には該当しないとして信用保証協会の保証 責任を肯定した2 2 .民法95条の錯誤該当性判断に関する検討  ( 1 )主債務者が反社会的勢力でないとの誤認は、動機の錯誤に該当するか  本判決は、保証人の主債務者が反社会的勢力でないとの誤認は、主債務者が誰であるかの 誤認とは異なり、動機の錯誤にすぎないと判断した。主債務者の同一性の錯誤(保証契約の 相手方の同一性の錯誤ではない)では、表意者である保証人の内心的効果意思と表示行為の 不一致があることから、表示上の錯誤となるのに対して3、主債務者が反社会的勢力でないこ とは、その主債務者に関する事情(属性)の一つであって、主債務者の身分や資産の誤認と 同様、人の性状に関する錯誤として、あくまで動機の錯誤にすぎないとしたのは正当であ る4 1  他の 3 判決は、免責事由の抗弁がなかった①最三小判平成28年 1 月12日(平成25年(受)第1195号貸金請求 事件)〔破棄自判〕のほか、免責事由の抗弁も争点となった②同(平成26年(受)第266号保証債務履行請求事件) ③同(平成26年(受)第2365号貸金等請求事件)である。 2  本判決の差戻審は、東京高判平成28年 4 月14日(平成28年(ネ)第465号、金判1491号 8 頁)、注 1 の②の差 戻審は、東京高判平成28年 5 月26日(平成28年(ネ)第464号、金判1495号15頁)、③の差戻審は、東京高判平成 28年 8 月 3 日(平成28年(ネ)第466号、金判1500号16頁)である。 3  大判昭和 9 年 5 月 4 日民集13巻633頁、岡田愛『同一性の錯誤』(一学舎、2015年)77頁以下。 4  齋藤由紀「本件判批」新判例解説 Watch 19・69頁。

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( 2 )動機錯誤の民法95条要素の錯誤該当性判断 ①これまでの動機錯誤判例の準則  判例は、以前から動機の錯誤と要素の錯誤を峻別する二元論に立ち、動機の錯誤は、原則 として民法95条の要素の錯誤ではないが、例外的に一定の要件を充たせば、要素の錯誤とし て無効としてきた。指導的動機錯誤判例とされる大判大正 3 年12月15日(民録20輯1101頁、 抵当権家屋価格錯誤事件)によれば、動機に属する事実であっても、特に①「意思表示ノ内 容ニ加フル意思ヲ明示又ハ黙示」(いわゆる動機を意思表示に加える「表示」)したときには、 ②「意思表示ノ内容ヲ組成」し(動機の「意思表示への内容化」、但し、最高裁では「法律 行為(契約)への内容化」に変更されている)、加えて、③「表意者カ事情ヲ知リタランニ ハ其意思表示ヲナササルヘカラサリシモノと忖度セラルヘキ場合」、すなわち、表意者の主 観において重要視した場合(動機の「主観的重要性」)のみならず、④通常人の判断におい て「合理的ナル場合」、即ち、「通常人ヲ表意者ノ地位二置クモ亦同一ナリト認ムヘキ場合」 (動機の「客観的重要性」)には、表意者は、民法95条の錯誤として保護される。この判断基 準は、大判大正 6 年 2 月24日(民録223輯284頁、受胎馬錯誤事件)などにおいても確認され た後、最高裁においても、この判断基準は引き継がれたとされている5。但し、最高裁判例の 統一的理解は難しいとされており6、事案によって、先の①∼④の要件のいずれかを重視して 判断している7 ②本判決の特徴と検討  第一に、本判決は、最高裁の二つの先例8を引用しながら合わせて一本化し、最終的には、 ①∼④の各要件を全て充足しなければ、要素の錯誤として保護しない態度を最高裁として明 確にした9。すなわち、本判決は、動機の錯誤が要素の錯誤として無効となるためには、「動 機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意 思表示をしなかったであろうと認められる場合」(①の表示要件を重視する最判平成元年の 引用)としながら、「動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法 律行為の内容とされたものと認められない限り」(②の内容化要件を重視する最判昭和37年 の準引用)、要素の錯誤はないとする。そのうえで、本判決は、XY 両者の反社会的勢力と の関係を遮断すべき社会的責任から、まず、③の主観的重要性要件の充足を認めた(④の客 観的重要性要件には触れていないが、充足すると考えて問題ない)ものの、①の表示要件に ついては、明確な判断をすることなく(明示の認定はなく、黙示については、触れていない)、 ②の内容化要件の充足を明確に否定して、全体として要素の錯誤を否定した。これは、かつ ての表示偏重の最高裁判例10とは明らかに異なり、②の内容化要件を重視したとも受け取れ 5  飛澤知行・本件の「最高裁判所判例解説」法曹時報69巻 6 号1718頁。野口大作・髙森八四郎「空クレジット 契約・空リース契約における連帯保証人の錯誤―最高裁平成14年 7 月11日第一小法廷判決を中心にして―」関西 大学法学論集53巻 4・5 合併号205頁以下も参照。 6  飛澤・前掲1719頁、中村肇「本件判批」金判1513号10頁、石川博康「本件判批」金法2049号34頁。 7  大中有信「反社会的勢力に対する信用保証協会による保証と錯誤―錯誤法の観点からの検討―」金法2047号 87頁、山本敬三『民法講義Ⅰ総則〔第 3 版〕』(有斐閣、2011年)184頁。 8  本件判旨が引用している、最判昭和37年12月25日集民63号953頁、最判平成元年 9 月14日集民157号555頁。 9  本判決後に下された、最判平成28年12月19日(不当利得返還請求事件、判時2327号21頁、金判1513号48頁) も同様。中村・前掲11頁は、本判決について、動機表示構成および内容化重視説に立つことを明確にしたとし、 同12頁では、動機の表示と内容化を峻別した準則と評している。 10 最判昭和29年11月26日民集 8 巻11号2087頁。

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るが、されども①の表示要件を捨て去ったわけではない。最終的には、①∼④の各要件すべ ての充足を明確に要求しているといえよう。  第二に、本判決は、「前提」(正確には、「条件」と「前提」であろう)を、①の表示要件 の判断ではなく、②の内容化要件の判断(いかなる場合に契約の内容となるか)における具 体的判断基準として、特に、クローズアップし11、判例上明確に位置づけたということであ る12。本判決は、XY は金融専門家として主債務者が反社会的勢力であることを想定可能であ り、Y は、それが判明したときには保証債務を履行しない旨を定め得たのに定めていなかっ た以上、(ア)「誤認があったことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定す ることまでを X 及び Y の双方が前提としていたとはいえない。」とし、さらに、(イ)「両者 間の保証契約について、その契約の前提又は内容になっているとして当然にその効力が否定 されるべきものともいえない。」として、当事者の意思解釈上、②の内容化要件を充足しな いと判断した。これは、私見から分析すると、(ア)においては、保証契約締結時から将来 に向かって、主債務者が反社会的勢力であることが判明したならば、契約の効力を否定する ことを両当事者が予め決めていたかどうか、すなわち、いわゆる条件(解除条件)付契約と して当事者が合意していたのかについて判断し、(イ)においては、明確に条件(解除条件) 付契約とは言えないまでも、両当事者が、保証契約締結当時に、主債務者が反社会的勢力で ないということを両当事者が疑いもなく当然確実と思考して契約を締結したか(動機が双方 の前提合意として高められていたか)について判断していると評価できる。本判決は、最終 的に、(ア)の「条件(解除条件)」設定について、明示可能にもかかわらず明示していない 以上これを否定し、(イ)の判断においても、主債務者が反社会的勢力でないという「双方 の前提合意」を否定している。但し、少なくとも、各当事者が相応の調査を行い主債務者が 反社会的勢力でないことを確認することは、両当事者が当然のこととして認識していたと いってよいであろう(判決文の最初に登場する「前提」は、この意味での前提であろう)。  なお、私見からは、主債務者が反社会的勢力でないことという事情(動機)は、いかなる 意味でも保証契約の本質的な効果意思の内容13とはならない以上、それが表示されても、意 思と表示の不一致たる錯誤は生じえない14。但し、主債務者が反社会的勢力でないものとし 11 ②の内容化要件について、鹿野菜穂子「判批」金法2001号38頁は、原則表意者が負担すべき事実認識の誤り(事 実錯誤)のリスクを、無効という形で相手方に転嫁できるために、その事実が法律行為の内容とされていたこと が必要とし、様々な考慮要素に鑑みて最終的には合意の解釈によって導かれるとする。しかし、いかなる合意が いかなる意味を有し、契約内容構造のどこに位置づけられるかについては、検討されていない。佐久間毅「本件 判批」金法2035号21頁以下も同様である。 12 本判決引用の最判平成元年は、離婚による財産分与者の課税負担の誤認(分与者には課税されないという誤認 =動機)について、自己(分与者)に課税されないことを「当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的に表示して いたものといわざるをえない」と判示していた。この「当然の前提とし」の部分は、この段階では、①の表示要 件とともに用いられていたこともあり、②の内容化要件を独立の要件として、その判断の枠内で「前提」の該当 性判断を行ったとは断定し難い表現であった。また、当事者の一方である分与者の一方的前提とも受け取れない わけではなかった(但し、実際は被分与者の態様も考慮している)。なお、和解契約における錯誤に関する最判 昭和33年 6 月14日「金菊印苺ジャム事件」(民集12巻 9 号1492頁)においては、動機の表示には触れずに、「当事 者である XY が…特選金菊印苺ジャムであることを前提とし」という表現となっている。 13 本判決は、「保証契約は、主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容と するもの」とし、保証契約という法律行為の本質的内容をより明確にした点でも意義がある。私見においても、 保証契約は、「主債務者の債権者に負っている(一定額の)債務を自らが保証する」という保証人の本質的効果 意思の表示に対して、債権者がこれを承諾することであるとしている(野口=髙森・前掲213・218頁)。 14 野口=髙森・前掲212頁以下。中谷崇「本件判批」横浜法学25巻 3 号207・213頁も、理論的に錯誤の問題は生 じないとし、また、214・217頁では、合意瑕疵や前提欠如そのものによって契約の効力が否定されるべきとし、 判例における法律行為の内容化の意味が不明であることが根本的な問題であると指摘している。

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て、契約書等に明示されていた場合などには、それが各当事者の非本質的効果意思の内容と なり、法律行為の非本質的効果意思内容としての合意とみるべき場合がありうる。この合意 は、非本質的効果意思内容(契約条項、付随的合意、附款)のうち、本質的効果意思の効力 の発生・不発生に影響を与える独立の附款としての条件又は前提15である。契約締結後の将 来において主債務者が反社会的勢力であることが判明したときには、保証契約は効力を失う ことが契約書等で明記されていれば、その条項は、条件(解除条件)に該当し、主債務者が 反社会的勢力であるとの事実の判明時点で、条件の成就によって保証契約自体は効力を失 う。また、条件ほどには明確に記載がない場合でも、例えば、貸付③における AY 間の保証 委託契約に記載の暴力団排除条項(委託者または保証人は、現在、反社会的勢力に該当しな いことを表明し、かつ将来にわたっても該当しないことを確約する)が、XY 間の保証契約 書にも同様に明確に記載されていたならば、主債務者が反社会的勢力でないことが前提とし て合意されていた場合に該当し、主債務者が反社会的勢力であるとの事実が判明すれば、保 証契約全体が前提欠如によって無効になると考える(私見は、判例のように、錯誤無効では なく16、錯誤外で問題を処理するのである。従来の判例では、動機を明示または黙示に表示 すれば、意思表示の内容になるとしているから、表示と効果意思の内容が一致することとな り、表示と事実の不一致ないし合意内容と事実の不一致は生じても、意思と表示の不一致で ある錯誤17そのものは生じようがない)。研究会における加賀山茂教授の指摘どおり、本件 では、両当事者の社会的責任から、反社会的勢力との関係を遮断することの重要性は、共通 認識であったことは確かであるが、事実関係を詳細にみれば、主債務者が反社会的勢力であ ることが判明すれば、保証契約を否定する旨の合意まで高められていた(条件または前提合 意)18とはいえない以上、やはり本件保証契約について、条件(解除条件)の成就または前 提欠如で無効とまでは認められないと考える。 3 .免責事由該当性の判断に関する検討  本判決及び同日付の最判において、最高裁は、金融機関及び信用保証協会は、反社会的勢 力との関係を遮断する社会的責任を負っていることから、基本契約上の付随義務として19 相互に一般的に相当な方法等による調査義務を負い、金融機関がこの義務に違反した場合に 15 条件は、契約当事者が一定の事実(未来の事実)の発生・不発生が不確実な場合に付加されるものであり、そ の条件に効力が認められて(条件の成就・不成就)、契約全体が有効・無効とされる。他方、前提は、契約当事 者が一定の事実(過去または現在の事実)の存在または不存在を疑いもなく当然確実と思考した場合に付加され るものであり、その欠如(前提欠如)があれば、契約全体が無効とされる附款の合意である(野口 = 髙森・前掲 232頁)。 16 原審は、融資先が反社会的勢力であることが事後的に判明する事態が生じることは、融資現場では十分に認識 されてきていることから、その処理を双方で予め定めるのが適切であるが、その定めがない場合には、契約書等 から導かれる合意の内容に従って処理するほかはなく、錯誤無効の法理を援用して解決することには無理がある ことを認めている(民集70巻 1 号81頁)。すなわち、原審は、結論としては、要素の錯誤を否定して解決してい るように見えるが、実際は、契約の一内容として条件又は前提となっていた否かを判断しており、最高裁も同様 に、錯誤をいわば借用して処理しているといえよう。 17 中谷・前掲218頁も同旨。 18 三宅正男「売主の担保責任と錯誤」・契約法体系Ⅱ 贈与・売買(有斐閣、1962年)124頁によれば、これは、「一 定の条件のもとで消極的に打ち消す意思の表示」である。 19 飛澤・前掲1721頁は、その根拠は、究極的には信義則に求められるが、当該基本契約からすると、基本契約上 の付随義務と位置付けるのが素直であるとしている。佐久間毅「信用保証協会における保証と錯誤無効―主債務 者が反社会的勢力に該当することが契約締結後に判明した場合」金法1997号21頁は、信義則上の義務とし、中舎 寛樹「判批」判評664号11頁は、特殊な保証契約上の義務とする。

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は、免責条項の「保証契約に違反したとき」にあたるとした。但し、その有効な調査方法は、 金融機関実務の実態からすると限られており、また、金融機関に調査義務違反があったとし ても、信用保証協会にも独自の調査義務がある以上、その免責の範囲は、信用保証協会の調 査状況等も勘案して判断するとして、両者の損失を調整できる過失相殺的な処理を容認し た。金融機関における相当な一般的調査方法等については、3 つの差戻審において、①反社 会的勢力に組織的に対応できる総括部署を設けているか、②前記部署は、積極的に情報収 集・分析し、金融機関は、一元的に情報集約したデータベースを構築・活用・更新する体制 となっているか、③その情報を各部署がいつでも閲覧・活用できる状態にしているか、④反 社会的勢力との関係を遮断する実効性を確保する体制(警察との組織的な連絡・協力体制、 対応マニュアルや研修の整備、外部専門機関との緊密な連絡体制など)か、⑤必要な場合に は警察に対しても主債務者が反社会的勢力か否かについて情報提供を求めているかなどが考 慮された結果、すべて金融機関に調査義務違反は認められないとの結論が下された。  本件事案では、最初の保証契約締結以前から、警視庁は、A 社の代表取締役 B が暴力団員 であることを把握していた点で、X が警察機関から情報を得る手段はなかったのかと疑問を持 たざるを得ない。Y も特に、⑤の点で X の義務違反を主張しているが、差戻審では、①②③ について認定したのみで、X の調査は、その時点において一般的な調査方法等に鑑みて相当と 判断している。他の差戻審においても、警察への照会をしていなかったことが問題とされた が、金融機関が、主債務者が反社会的勢力であることをうかがわせる事情に接していなかっ たことから、調査義務の懈怠として不相当とは言えない、また、仮に照会していたとしても、 情報提供を確実に受けられたとはいえないなどとして、金融機関の調査を相当とした。確か に、本件事案では、国もこれを把握できずに公共工事を受注させていたという事情、貸付の ①②の当時では、反社会的勢力に対する対策が、一切の関係遮断への転換期という時期から みて、裁判所の判断もやむを得ないかもしれないが、釈然としない。この点、荒井隆男弁護 士は、差戻審が警察機関に対する照会の必要性の主張を排斥したのは、金融機関の過度の事 務負担や融資の遅延を招く懸念を払拭し、審査実務の実態に照らし適切としているが20、金融 機関は、捜査機関を含めた外部機関との接触で得た情報に加えて、現地調査・面接など、目 と耳で直接知覚した情報収集を行い、反社会的勢力が疑われる場合には、警察機関に改めて 照会する必要があり、これを怠った場合には、調査義務違反を問われてもやむを得ないと考 えるべきである。なぜならば、差戻審の結果からすると、裁判所において、金融機関の調査 義務違反の認定が簡易になされてしまえば、特に保証人が確実に弁済してくれる信用保証協 会の場合には、金融機関の主債務者に関する属性審査は一層甘くなってしまう可能性がある からである。というのは、破綻状態にある主債務者のための保証契約が無効とされた事例を 研究した際、金融機関が詳しい調査をすれば主債務者の破綻状態を容易に発見できたであろ う場合でも、金融機関は、保証人をつけることに注力するだけで(保証人をつければ安泰)、 取引先との関係や現地の調査等を行わなかったという実態が見受けられたからである21。最高 裁が、錯誤無効というオール・オア・ナッシングの結論よりも、免責事由該当性判断によっ 20 荒井隆男「信用保証契約の付随義務として金融機関が実施すべき反社調査―東京高判平28.4.14を契機とした実 務対応―」金法2042号 8 頁。 21 野口大作「保証と錯誤―破綻状態にある主債務者のための連帯保証契約が錯誤により無効とされた事例―」札 幌法学19巻 2 号33頁。

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て、主債務者が反社会的勢力であることのリスクを金融機関と信用保証協会との間で適正に 分担させる手段を選んだ以上、金融機関と信用保証協会の緊張関係を保つという面でも、裁 判所は、免責条項を正当かつ効果的に活用し、金融機関と信用保証協会のモラルハザードを 防ぐことが責務であろう。 4 .本判決の評価  以上のように、本判決における民法95条の要素の錯誤否定部分については、私見とは異な り、理論的難点は残されたままであるものの、要素の錯誤の名のもとに、実際には、契約の 解釈として、独立の付款合意としての条件または前提の該当性判断を、契約の特性、契約書 等の内容をはじめとする契約締結時の状況などに鑑みて実質的に行っていることは、私見に 近い内容であり、その考え方は賛成できるものである。また、免責事由の判断については、 公共的性格を有する両当事者ゆえに両者に相当な調査義務を課し、更に両者の損失負担の調 整が過失相殺的に可能な一部免責の可能性を認めたことは、反社会的勢力のリスク負担の適 正化を図る妥当な判断であると評価できるが、差戻審の判断には、いささか疑問が残り、今 後の調査方法の進展とそれを踏まえた判決に期待したい。 5 .その他  なお、加賀山茂教授から、本件は、第三者詐欺(民法96条 2 項)に該当するのではないか とのご指摘を受けた。確かに、保証人 Y は、債権者 X と保証人 Y との間の保証契約において、 第三者である主債務者 A が Y を欺罔したとして、XY 間の保証契約を取り消すことができ そうである。問題点だけ指摘しておくと、第 1 に、A の行為について、本件貸付③の段階で は、反社会的勢力の排除条項が付加された改定後の信用保証委託契約書において、A は、反 社会的勢力関連企業ではないとして虚偽の記載を行っていることから、違法な欺罔行為に該 当する。これに対して、改定前の本件貸付①②の段階では、A が反社会的勢力関連企業であ ることを、Y に秘したことが違法な欺罔行為にあたるかについて問題となる。一般的に沈黙 も詐欺になりうると解されている22こと、政府が平成19年に企業において反社会的勢力とは 取引等の一切の関係を遮断することを指針で示し、金融庁及び中小企業庁が平成20年 6 月に 信用保証協会向けの監督指針を示していたことから、A は、反社会的勢力関連企業であるこ とを、信義則上告知する義務があったといえる。したがって、これを告知しなかったことは、 違法な欺罔行為に該当するといってよい。第 2 に、第三者詐欺の要件である、相手方が第三 者による詐欺を知っていたとき(通説によれば、相手方の悪意又は有過失23)に該当するか が問題となる(民法改正によって、条文は、「相手方がその事実を知り、又は知ることがで きたときに限り」に変更されている)。相手方 X も A からの違法な欺罔行為によって錯誤に 陥っていたのであり、X も A が反社会的勢力関連企業であることを知らなかった以上、X の悪意は否定されるとともに、差戻審によれば、免責条項該当性について、否定されている ことからすると、過失の要件を充たすのは困難であろうが、すでに指摘したとおり、差戻審 22 大判大正 7 年 7 月17日刑録24巻939頁、大判昭和16年11月18日法学11巻167頁。 23 我妻榮『新訂 民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店、1965年)311頁、幾代通『民法総則(第 2 版)』(青林書院新社、 1984年)282頁、川井健『民法概論 1(民法総則)〔第 4 版〕』(有斐閣、2008年)186頁。

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の判断には疑問な点がみられることから、私見においては、民法96条 2 項の第三者詐欺の成 立可能性はあるとしておきたい。

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