社会系教科教育学会
『社会
系教科教
育学研究』第18
号 2006
(pp.107-114)
高等学校公民抖における生命倫理の授業開発
−グリル
・メイサーの生命倫理教育プロジェク
トを手がかりとして−
Designing Lessons on Bioethics for High School Civics
B
as
e
d on Darryl Macer's
”Project of Bioethic Education
”
1
は
じめに
21世紀は生命科学の時代
といわれ
る
。世紀を圉
するような発見が相次
いでいるO 1997
年ク
ロ
ー
ン羊
トリ
ーの報告,
1998
年ヒ
トES細胞の樹立,
2003
年の
米
・英
・日本の首脳によるヒ
トゲノム
解読の完
了宣言である
。こうした急激な生命科学
の
発展に対処するため
,国際的な生命倫理の枠組
み
づくりが急がれ
ている
。ユネスコ総会では,
1997
年匚
ヒ
トゲノム
と人権に関する世界宣言
」
,
2003
年
「ヒ
ト遺伝情報に関する国際宣言
」が採
択された
。 2005
年には
,各国の生命倫理分野作
成の普遍的枠組みの
提供
を目的とする
「 ̄
生命倫理
と人権に関す
る世界
宣言
」が採択された
。
国際的な生命倫理の枠組みが
っくられ
ようとす
る現在
,日本の公民科において生命倫理は
どの
よ
うに位置
づけられ
ているのだ
ろうか
。
学習指導要領に着
目すると
,生命倫理の扱
いは
,
現行の学習指導要領
では
,前回と比較すれ
ば,む
しろ扱いの
内容はあいまいなもの
となっている
。
前回の
平成元年(1989
年)版厂
現代社会
」では,
民主社会において
「 ̄
自ら生きる倫理
」の一部の
厂
生命の尊重
」として,匚
倫理」では
,匚
現代社会
を生きる倫理
」の匚
人間の尊厳
と生命への
畏敬」
と
して位置
づけられ
ている
。両者とも生命を倫理
的な問題と
して内容
を定めている
。
現行の
平成11
年(1999
年)版高等学校学習指
導要領公民科
「現代社会
」
「倫理」において,生
命倫理問題は
,どち
らの科
目も生徒が
主体
的に追
究す
る課題の中で選択できる項
目の例
として設定
され
ている
(注1
O
)
前回の要領の
ように倫理的な問題と
しての位置
づけられ
ていれ
ば,学習内容の改善を比較的容易
石
原 純
(神
戸市
立
神港
高
等
学校)
に行
うことが
できるが
,現行の
ように課題と
して
位置づけられると
,課題の設定や資料の収集
と活
用
,課題追究
,課題研究のまとめという一連の過
程の
中で
,学習内容の改善は
容易ではない。生命
倫理の課題の設定を高校生の
主体性
を尊重
しなが
らすすめることは難
しい
。また
,生命倫理の課題
を選ぶ
よりは
,地球環境問題な
どの比較的生徒が
調べやす
く問題意識
をもちやす
い課題が学校でも
生徒にも選ばれ
る傾
向にあると考えられ
る
。つま
り
,生命倫理に関する現行の指導要領の
扱い方は
,
生徒の主体的な課題追究
を図るという学習方法
を
採用
しているが
,倫理
としての内容
を深める方向
からは後退
したもの
とな
っている。
本小論では
,将来の社会において中核的な市
民
となる高校生に対
して
,どのよ
うな授業を行
えば,
生命倫理に対する正
しい知識と考
え方を提供でき
るのかを目指
した
。そのため,ニュー
ジーラン
ド
の生命倫理学者のグ
リル
・メイサー(Darryl R. J.
Macer,
以下メイサ
ー
と記す)の生命倫理教育プ
ロジェク
ト
(注2
)
を手がか
りと
して
,高等学校公民
科匚
倫理
」
「現代社会」における生命倫理
を内容
とする授
業開発
を行った
。筑波大学に所属
したメ
イサ
ー
は,日本における高等学校教員による生命
倫理教育ネ
ッ
トワ
ーク
を立ち上げ,現在はバンコ
クのユネス
コを活動の
中心と
して生命倫理の情報
を発信
しつづけている
oメイサ
ーの議論が
日本の
生命倫理教育の課題の克服に示唆を与える可能性
があるのではないかと考
えたか
らである
。
高等学校公
民科における生命倫理の授業には
,
2つの異なったア
プロ
ー
チによる授業実践かおる
o
ひ
とつは
,
自分
自身の
死や親
しい人の
死にア
プロー
チ
して生命についての考
えを深めさせる授
業実践
であり
,
「death education
(死への準備教育)
」あ
るいは
匚
いのちの教育・死の教育」とよばれる
o
もうひとつは
,医療を中心とした生命の人為的操
作にアプロ
ーチしてその是非や評価を問題とする
授業実践であり,匚
生命倫理教育」とよばれる。
匚death education
」のタイプの授業の目標は,多
くの場合
「 ̄
死を学ぶことを通じて,よりよく生き
る
ことの大切さに気づく」ことである。授業では,
自分自身の命と周囲の人の命とのつながりの直視
や
厂
いのち」の大切さかけがえのなさの共感が求
められる
。しかし,こうした哲学的心理学的な考
察は
,現代の社会の中で匚
いのち」がどのように
コン
トロールされているのかという視点を持ちに
くく
,市民として医療問題や生命に関わる政策決
定の問題にどのように関わるのかを考えさせにく
い授業構成である
o
(注3
)
匚
生命倫理教育」のタイプの授業の目標は,多
くの場合
「 ̄
脳死移植問題などの生命倫理の問題を
自主的にしらべ
,その内容を討論して,問題の背
景にあるいのちの問題に気づく
」ことである。授
業では
,ディベー
トなどで生命倫理問題の匚
是か
非か
」が論じられ,学習内容への主体的な関与が
求められる
。しかし,是か非かの討論は,往々に
して討論内容より説得術の巧拙に重点が置かれる
ようになり
,討論の最後は,匚
や
りたい人がやれ
ばよい」という相対主義的な結論に陥
りがちな授
業構成である。
(゛)
以上の検討から
,現在の生命倫理教育の課題と
して
,第一に,生命倫理を個人の問題にのみ閉じ
こめず,問題への社会的な関与を保障するために
はどのような授業構成が適切なのかという課題と
,
第
二に,生命倫理の問題が相対主義的な結論に陥っ
て判断が停止され
,議論がス
トップしないために
はどのような授業構成が適切なのかという課題を
設定することができる
o
(注5
)
これらの課題を解決する手がかりとして,メイ
サーが生命倫理教育プロジェク
トのために作成し
たテキス
ト:『Bioethics for Informed Citizens
across
Cultures
』(Dairyl R.j
.Macer(Editor)
N
Eubios
Ethics Institute 2004.07.10
匚
文化を越えた見識あ
る市民のための生命倫理」
,以下テキス
トと記す)
の内容と構成を分析した
o
2
テキス
トの全体構成
テキス
トは
,比較的やさ
しい前半
「 ̄
ペー
ジごと
の
生命倫理学(Bioethics page by page)
」(pp.
1-24
とp.148)
と十分な議論が展開された後半匚
十分
な章
と教材(Full chapters and Teaching Resource)
」
(pp.25-147)
の2
つの部分からできている
。この
前
半と後半の
内容はほぼ同一である。
全体がどの
ような内容構成に分けられ
るのかを
見るために内容構成を分析する
。テキス
トには
明
示され
ていないが
,内容を踏ま
えると3つの部分
に分け
られ
る
。それ
が
,
口生命倫理の
原則
,2
ロー
カル
な倫理の
と
しての
生命倫
理
,
3
グ
ロー
バルな倫
理
と
しての
生命倫
理」で
ある
。厂1
生命倫
理の
原則
」
には,
生命倫
理の
議
論の
根
底
とな
る
「原則(principle)
」
が示
され
ている
。
「2
ロー
カルな倫理の
と
しての
生命
倫理
」には
,生命
に関わ
る
医療
問題や
生命
科学技術
の
問題
といった現
在の
市
民の関わる倫
理が示
され
て
いる
。
この
部分
での
当事
者は
,
医療倫
理
では
「患
者一
医師
」
,生命
科学倫
理では厂
市
民一科
学者」
となる
。
「3グ
ロ
ーバル
な倫
理と
しての
生命倫
理」には未来の
市
民に
地球
環境
をどの
ように
残すの
か
,その
ために
現在の選
択
をどの
よ
うに行
うべ
きなの
かと
いう環境
倫理の
問題が示
されている
。環境倫理の
当事者は
「
市
民一未
来の市
民」で
ある
。
テキス
トの全体
を通
じて
,現在の市
民が,医療
と関わ
る場合
(医療倫理)
,科学技術の評価や政
策の決定に関わる場合
(生命科学倫理)
,環境問
題
を通
して未来の市
民と関わ
る場合
(環境倫理)
という3
うの倫理が想定され
ている
。生命倫理
を
個人の
生死の
問題だけに限定せず
,包括的で総合
的な視
点を提供
しようと
している
。これ
がテキス
トの第
一の特徴である
。第二の特徴と
して,生命
倫理の議論の根底となる匚
原則
(p血ciple)
」が
取り上げられている
。テキス
トでのべ
られ
ている
厂
原則
」には
,自主
・自律の原則,公平さの原則
,
利益とリスクの原則がある
。匚
原則」を考慮
して
議論を整理することは
,主張の
中にある真の
対立
点が明確にな
り
,匚
あなたはあなた
。わた
しはわ
た
し
」
とい
う相
対主義的な結論の
回避に
つながる
。
こう
した
二つの特徴からこのテキス
トは現在の生
命倫理教育の課題を解決する糸口を提供するもの
であるということができる。
−108
−
3
授
業
開発の
視
点
生命
倫
理の
新
しい授
業
を開発
す
る視
点
を得
るた
め
にテキ
ス
トの
背後
に
ある構
成
原
理
を分析
す
る
。
メ
イサ
ー
は
,生命
倫
理
を考
察す
るた
め
に
少な
くと
も3
つの
方法
が
あ
る
とす
る
。(
注6)
1.記
述的生命倫
理
:生命
,生涯
,他
の
生命体
と
の
倫
理
的相
互
関係
や
責任
を人
々が考
察す
る
方法
で
ある
。
2.規範
的生命倫
理
:何か倫
理
的に
良か
った
り悪
か
った
りす
るの
か
,どの
ような
原
則が
そ
ういった
決
断
を
くだ
す際
に
最
も
重要
なの
か
を他の
人
々に告
げ
る
こと
で
ある
。それ
は
また
何
かや
誰か
が
権
利
を
持
ち
,他
の
人は
その
人達
に
対
して
義務
を負
うと
い
うこ
とでも
あるO
3.相
互作
用
的
生命
倫
理
:人
々や社
会
の
中の
グ
ルー
プや
共
同体
が
,上記の
1
と
2
に
ついて
話
し合い議
論す
る
こ
とで
ある
。
これ
ら3
つの
視
点が
どの
よ
うにテキス
トの
内容
構
成
に反
映
され
て
いるの
か
を第5
章の
遺伝
子
治療
の
章
を例
と
して構
成原
理
を見
てみ
よ
う
。第5
章
を
選
ん
だの
は
,
この
章が
,生命
科
学倫
理の
中で
,最
新の
技
術
を活用
す
る際の
市
民
と科
学
者
との
間に
生
じる問題
す
い内
容で
を扱
あ
う
るか
と
いう
らで
点て
ある
。
,授
業実
践に
活
用
しや
(1)
「第5
章
遺伝子治療」の分析
【第5
章の
目的】
生命倫理学の象徴的な問題である遺伝子治療に
関して
,この章は,次の4
つの
点を学習者に対し
て導入することを目標と
している
。
1.遺伝子治療
,体細胞と生殖細胞
系列とは何か。
2.遺伝子治療の危険と利
点とは何か
。
3.倫理学の議論と規則の発展
との
関係
を見るこ
と。
4.人間の遺伝子工学について考えること
。
この
目標は
,
「1」で基礎的知識
を確認
し,
「2土
でその治療が人間に対
してどんな危険と利
点をも
た
ら
して
いるか
を考
えさせ
る
。そ
して
,
「3
」では
,
そ
う
した危険性
を伴
う技
術
をどの
ような議
論によっ
て社会
的に承認
しようと
しているのかを見て
,最
後に
に
ついて考えさせる配列になっている。
「4
」で遺伝子工学が人間社会に与える意味
【第5
①
遺伝子治療の試み
章の
内容構成】
この項
目では
,
「遺伝子治療
」
,
「遺伝子工学」
,
「遺伝子への介入
」
,
「遺伝子改変」
,
「体細胞遺伝
子治療
」の基礎的知識が確認
され
,ま
とめ
と
して
,
遺伝子治療の基本的な概念が図示され
ている
。項
目の後
,つぎの2
つの質問が置かれ
ている。
QI:遺伝子治療と他の
治療の間にどんな差が
あると思いますか
。
Q2.いずれかの伝統的療法は患者の
D
N
Aを
変更
しますか。
Qi. Q2
の2
つの質問は
,遺伝子治療に関わる
基礎的知識
を確認す
る問いである
。したがって,
この項
目は
「記述的生命倫理」にあたる。
②
規則と安全歐
この項
目では
,資料によって,遺伝子治療がま
だ実験の治療で
あり
,安全性についてさま
ざま議
論がなされ
ているということを学習
させる
。1989
年
,世界で初めて行われたA
D
A欠損症に対する
遺伝子治療は成功
したが
,治療の有効性が顕著に
ならないまま,
1998
年
,遺伝子治療による最初
の死亡皀者がでた
。この事件以来,遺伝子治療の
安全哇についての議論が高ま
り
,現在は
,世界的
に厳密な規定を行うシステム
が作
られて
いること
がのべ
られている。項
目の後
,つぎの2
つの質問
が置かれている
。
Q3.あなたの国の最初の遺伝子治療は,いつ
で
したか
。
Q4.遺伝子治療は
,どのように
あなたの
国で
規制
されて
いますか。
Q5.上の①の概念図に含まれ
る倫理的問題の
うちのいくつかについて議論
してくだ
さい
。
Q3
, Q4
の2
つの質問によって,遺伝子治療が
実際にいつ
どこで行われ
ていたか
を調べ
させ
るこ
と
,それ
には厳密な規制がかかって
いることに気
づかせ
ている。
Q5に
ある①の概念図に含まれる倫理的問題と
は
,妊
娠中絶,尊厳死,不妊
,出生前診断を指す
。
Q3
∼Q5
の問によって,これ
らの倫理的問題と遺
伝子治療
との
関連性に気づかせ
,この
問題に自分
自身がどんな決断
を下すのか
を問いかける内容と
なっている
。決断の背景には
,遺伝子治療の
利益
とリスク
を明確に
してバランス
をとらなければな
らないとする
「利益とリスクの原則(Benefits
versus risks)
」がある
o
したがって
,この項
目は
「規範的生命倫理
③
生殖細胞
系遺伝子治療
」にあたる。
この項
目では
,体細胞遺伝子治療から一歩進ん
だ生殖細胞に関わ
る遺伝子治療に
ついての知識が
示されている
。この治療は,
「遺伝する」遺伝子
治療となるの
で
,治療が成功すれば
,子どもの遺
伝病
を根本的に改善す
る効果的な
力をもって
いる
。
しか
し
,失敗
した場合には
,出生にかかわ
るため
倫理的にも社会的にも大きな衝撃を与える治療で
ある
。
したがって
,この遺伝子治療の安全哇
につ
いても深
い議論が必要
となる
。項
目の後,つぎの
4
つの質問が置かれ
ている。
Q6:
遺伝する遺伝子治療と遺伝
しない遺伝子
治療
との倫理的な相違は何ですか
。
Q7.
あなたが疾病に苦
しむ場合
,あなたの子
どもが
同じ病気か
同じ治療
を受けないように
遺伝子
を修
正したいと思いますか。
Q8.遺伝子治療が安全なとき
,私たちはどん
な条件で遺伝子治療
を許可
しなければな
りま
せんか
。それ
は疾病
を直すために使用
される
べ
きですか
,私たちの
免疫系を増強するため
に使用すべきですか
,身体
をより強
くするた
めに使用すべきですか。
Q9.あなたが
あなたの身体で変えた
くないな
と思うことの
リス
トを作
りなさい
。変えたい
なと思
うことの
リス
トを作
りなさい
。
Q6
, Q7
の2
つの質問は,生殖細胞系遺伝子治
療が
「子どもに遺伝する
」治療であるという面か
ら
,よ
り倫理的に慎重にならな
くてはならないこ
とに気づかせ
,自分が遺伝子治療の
当事者
となっ
たとして
,子どもに遺伝病
を遺伝させないために
遺伝子治療
を受け入れるかどうか
という選択をせ
まっている
oこの選
択を通
じて
,遺伝子工学が人
間の生き方にも影響をおよぼす技術であることに
気づかそ
うとして
いる。
Q8
, Q9
の2
つの質問は
,自分の身体を変えた
いところの
リス
トづ
くりを通
じて
,遺伝子治療が
病
気の
治療だ
けでな
く
,
身体や免疫
系の
強化
といっ
た
身体改造に利用
されたときの倫理的問題
を考
え
させ
ようと
している。
Q6
∼Q9
の4
つの質問を通
じて,遺伝子治療を
受ける受けないという選択は未来の子孫や身体改
造にも関わるため
,社会の
中で議論
し続
けなけれ
ばならない問題であることがわか
る
。
以上によ
り
,この第5
章全体の構成は
,遺伝子
治療についての基礎
的な知識
を確認
した上で
,そ
の治療を受けるべきか
,受けるべ
きではないか
と
いう個人の判断を求める
。最後に,そ
うした個
人
の判断が社会や未来の世代へ
どう影響するのか
を
議論
して
いこうとす
る構成
をとっ
ている
。
したが
っ
て
,この
項目は厂
相互作用的生命倫理」にあた
る。
以上の分析から
a
【記述的生命倫理】
,第5
章は
,
b
【規範的生命倫理
「背景に匚
原則」
かおる)
】
c
【相互作用的生命倫理】
のア
プロー
チが順にあらわれ
る構成がとられ
てい
ることがわかる。
(2)テキス
ト全体の分析
第5
章で行った分析の方法でテキス
ト全体を分
析すると
,表
1
(次ペー
ジ)のようになる。この
表か
ら
,テキス
ト全体の内容構成も
a
【記述的生
命倫理】
,
b
【規範的生命倫理
「背景に匚
原則」
かおる)】
,
c
【相互作用的生命倫理】という構
成をとることがわ
かる。
先にあげた
「生命倫理問題に対する社会的な関
与の保障
」という課題の克服に対
して,第
一に問
題の基礎
知識や社会的な条件
を学習させ
(記述的
生命倫理)
,第二に問題の背後に
ある倫理な規範
(
「原則
」
)を考えさせ
(規範的生命倫理)
,第三に
知識や論点
,規範
を議論する
(相互作用的生命倫
理)という内容構成は
問題
を哲学的心理学的なも
の
に閉じ込めないためにも有効であると考
えられ
る
。また,厂
相対主義的な結論に陥らない」とい
う課題の克服に対
して
,匚
原則」をベースとしな
がら議論を整理すること有効で
あると考えられ
る
。
したがって
,テキス
トにある
a
b
c
の内容構成
を活
用
した授業を開発すれば
,現在の
生命倫理教育の
課題
を克服
した授
業を開発す
ることができる。
次に,
abc
の内容構成を活用した授業開発を行
う。
−110
−
表 1 ア キ スト の |十 分 な 草 と 教 材(Full chapters and Teaching Resource) 」 の 各 草 の 内 容 構 成 章 記 述 的 生 命 倫 理 規 範 的 生 命 倫 理 ( 原 則 ) 相 互 的 生 命 倫 理 1 章 多 様 性 と 生 命 倫 理 の選 択 自 主 ・ 自 律 の原 則 , 公 平 の原 則 , リ ス ク と利 益 の原 則 価 値 に 関 す る 質 問 を 議 論 し , そ の価 値 が ど こ か ら 来 る か。 2 章 動 物 使 用 の 倫 理 的 な 限 界 動 物 の権 利 と は何 か。 わ れ わ れ が 生 き る た め に 必 要 な 場 合 ,動 物を 害 し て もよ い の か。 ( 公 平 の原 則) 動 物 を 実 験 に 使 用 す る こ と は 倫 理 的 に 許 さ れ る の か 。 3 章 遺 伝 プ ラ イ バ シ ー と情 報 遺 伝 子 晴報 と は何 か 。 だ れ が あ な た の遺 伝 子 情 報 を 知 る べ き か 。( 自主 ・ 自 律 の 原 理 ) 雇 用 ・ 保 険 な ど に 遺 伝 子 贋報 を 活 用 し て よ い か 。 4 章 ガ ン 遺 伝 子 検 査 ガ ン 遺 伝 子 テ スト と は 何 か。 遺 伝 子 テ ス ト を 受 け る べ き か。 ( 自主 ・ 自 律 の 原 則) 遺 伝 子 テ スト を 社 会 全 体 で 実 施 す る 際 の リ ス ク と利 益 を 吟 味 す る。 5章 遺 伝 子 治 療 遺 伝 子 治 療 と は 何 か 。 未 来 の 子 孫 の た め に 遺 伝 子 治 療 を受 け て も よ い か。 ( リ ス ク と 利 益 の原 則 ) よ り 健 康 で 強 い 身 体 を つ く る た め に 遺 伝 子 治 療 を 行 っ て もよ い か。 6 章 脳 死 7 章 臓 器 移 植 脳死とは何か,臓器移植とは何かo 息 子 の 脳死 を 認 め る べ き か 。 ( 自 主 ・ 自 律 の原 則) レ シ ピ エ ント の た め に 脳 死 体 を 活 用 し て も よ い の か 。 8 章 ラ イ フ ス タ イ ル と 出 産 ラ イ フ ス タ イ ル は自 己 の 出 産 と ど う か か わ っ て い る のか 。 未 来 の 世 代 の た め に 資 源 を 用 い て 現 世 代 の 健 康 の 増 進 を 行 う べ き か 。( 公 平 の 原 則 ) 世 界 の 人 の健 康 を ま も る た め に な し う る こ と は な い か。 9 章 生 殖 補 助 技 術 生 殖 補 助 技 術 と は 何 か 。 生 殖 補 助 技 術 を 利 用 し て 子 ど も を 得 る こ と は 許 さ れ る の か 。 ( リ ス ク と利 益 の 原 則 ) 生 殖 細 胞 の売 買 や 代 理 母 問 題 を 行 っ て もよ い の か 。 10章 遺 伝 子 組 換 え 食 品 と 遺 伝 子 技 術 者 の倫 理 遺 伝 子 組 み換 え 食 品 と は 何 か 。 食 品 と 農 業 の遺 伝 子 技 術 者 は 自 然 に手 を か け て も よ い か 。 ( リ ス ク と 利 益 の原 則 ) 世 界 の 飢 餓 を 救 う た め に 遺 伝 子 組 み換 え 食 品 を 提 供 し て もよ い の か 。 11章 末 期 ガ ン患 者 へ の告 知 末 期 ガ ン に よ る 告 知 の問 題 と は 何 か。 医 師 ・ 家 族 は 末 期 ガ ン 患 者 に 余 命 を 告 知 し て も よ い か 。 ( 自 主 ・ 自 律 の原 則) 社 会 全 体 か ら 見 て , 告 知 す る こ と が よ い こ と か 。 12章 安 楽 死 安 楽 死 と は何 か。 オ ラ ン ダ の安 楽 死 と は何 か。 安 楽 死 を 選 択 す る こ と は 許 さ れ る のか 。( 自主 ・ 自 律 の原 則 ) 安 楽 死 の 範 囲 が 拡 大 す る お そ れ は な い か。 13章 エ イ ズ と 倫 理 H I V と エ イ ズ と は 何 か 。 エ イ ズ に か か っ た 人 を 遠 ざ け る べ きか 。 ( 自 主 ・ 自 律 の 原 則 ) エ イ ズ と エ イ ズ に ま つ わ る 偏 見 を な く す た め に ど う す れ ば よ い か。 14章 持 続 可 能 な 開 発 持 続 可 能 な 開 発 と は 何 か 。 環 境 に 関 す る 世 代 間 の 公 平 さ と は 何 か 。 ( 公 平 の 原 則 ) 先 進 国 と 発 展 途 上 国 と が 持 続 可 能 な 開 発 の た め に 協 力 で き る こ と を 議 論 す る 。 1 璋 自動 車と利益 ・ 損 失 自動 車 に 乗 る こ と と バ ス に 乗 る こ と と の コ スト と は 何 か 。 環 境 の た め に む や み に 自 動 車 を 使 わ な い こ と は受 け 入 れ ら れ る か 。 ( 公 平 の原 則 ) 自 分 自身 の利 益 と 全 体 の 利 益 と の 矛 盾 を 議 論 す る 。 16章 エ コ ツ ー リ ズ ム エ コ ツ ー リ ズ ム と は 何 か 。 環 境 保 護 を 意 識 す る た め の 旅 行 に 参 加 す る べ き か ( 自 主 ・ 自 律 の原 則) エ コ ツ ー リ ズ ムが 盛 ん に な り 自 然 環 境 が 破 壊 さ れ, 田 舎 が 貨 幣 経 済 に 巻 き 込 ま れ て も よ い か 。
4 生 命 倫 理 の 授 業 開 発 (1 ) 小 単 元 の 目 標 生 命 倫 理 の 問 題 に 関 し て , 社 会 的 な 関 与 を 失 わ な わ ず , 生 命 に 関 わ る 人 間 と 科 学 と 社 会 と の 間 の 諸 問 題 を 題 材 と し て , 文 化 や 国 を 超 え て 幅 広 い 議 論 を 継 続 で き る よ う に す る こ と を 目 指 す 。 (2 ) 小 単 元 の 内 容 相 対 主 義 的 な 結 論 に 陥 ら ず , 議 論 を さ ら に 発 展 し て 継 続 で き る よ う に す る 。 こ の た め , メ イ サ ー の 原 則 が 授 業 構 成 の 中 に 登 場 す る 内 容 を 構 想 す る 。 自 主 ・ 自 律 の 原 則 , 公 平 さ の 原 則 , 利 益 と リ ス ク の 原 則 を 比 較 す れ ば , 原 則 の 基 底 部 に あ る 。 生 命 を め ぐ る 倫 理 で は 医 療 な ど の 科 学 技 術 を 応 用 す る 際 の 匚行 為 の 進 め 方 」 に 関 わ る 原 則 で あ る 。 利 益 と リ ス ク の 原 則 と は , 医 療 な ど の 科 学 技 術 を 人 間 に 応 用 す る 際 に , 他 者 の 利 益 を 目 標 と し て 設 定 を す る 原 則 で あ る 。 い わ ば 厂行 為 の 目 的 」 に 関 わ る 原 則 で あ る 。 た だ し , 科 学 技 術 の 応 用 に は リ ス ク が 伴 う の で 利 益 と の バ ラ ン ス が 求 め ら れ る 。 公 平 さ の 原 則 は , 医 療 な ど の 科 学 技 術 を 人 間 に 応 用 す る 際 に , 社 会 的 な 視 点 か ら 不 公 平 , 不 公 正 と な ら な い よ う に 配 慮 す る と い う 「 ̄行 為 の 評 価 」 に 関 わ る 原 則 で あ る 。 医 療 を 進 め る 側 と 受 け る 側 を 第 三 者 の 社 会 の 目 か ら 見 る 見 方 で も あ る 。 こ の よ う な 原 則 が 満 遍 な く 学 習 で き る 題 材 を 次 の よ う に 設 定 し た 。 1 匚自 主 ・ 自 律 の 原 則 ( Autonomy)」: オ レ ゴ ン 州 の 尊 厳 死 法
2 匚利 益 と リ ス ク の 原 則(Benefits versus risks) 」 : 受 精 卵 診 断 3 匚公 平 さ の 原 則(Justice) 」: 国 際 的 な 臓 器 売 買 表 2 生 命 倫 理 の 小 単 元 の 授 業 構 想 そ れ ぞ れ の 問 題 が 単 な る 医 療 の問 題 や 個 人 の心 の 持 ち 方 の 問 題 に 矮 小 化 す る こ と が で き な い 広 が り を 持 っ た 題 材 で あ る。 下 の 表 2は, 原 則 を 踏 ま え た小 単 元 ( 授業1 ∼3 ) の 構 想 で あ る。 (3 ) 授 業 の 構 成 テ キ スト か ら示 唆 を受 け た a【 記 述 的 生 命 倫 理 】 , b 【 規 範 的 生 命 倫 理 「背 景 に 匚原 則」 が あ る) 】 , c 【 相互 作 用 的 生 命 倫 理 】 と い う 構 成 を 生 か す た め 下 記 の 内 容 で 授 業 を 構 成 し た。 【 記 述 的 生 命 倫 理 】 の段 階 ① 事 実 の説 明 : 問 題 につ い て の 基 本 的 な 知 識 を 得 る。 【 規 範 的 生 命 倫 理 】 の 段 階 ② 感 想 の記 述 : 問 題 に対 し て , ど う す る べ き な の か を 決 断 を 下 す 。 そ の 際 に ど の よ う な 考 え 方 を も と に し て 判 断 を 下 し て い る の か を , 客 観 的 に 吟 味 す る必 要 があ る。 こ の た め, ① 事実 の説 明 の ケ ー ス に関 す る感 想 を 晝 か せ る。 ③ 感 想 の 分 析 : 自 分 や 友 人 の 感 想 の 背 後 に あ る 社 会 的 な 状 況 を 分 析 す る。 自 分 の 意 見 を 反 省 的 に 見 直 し て , 自 分 の判 断 が ど う い う 原 理 に も とづ い た 感 想 で あ る の か 明 ら か に す る。 【 相 互 作 用 的 生 命 倫 理 】 の 段 階 ④ 感 想 の 反 省 : 授 業 で 得 た知 識 や友 人 の 感 想 を 読 む こ と に よ り , 自 分 の 意 見 が ど の よ う に 深 ま り, あ る い は揺 れ動 い た の か を 書 か せ る。 ⑤ 議 論 と ま と め : 感 想 の 反 省 を 発 表 す る こ と に よ り, こ の生 命 倫理 問 題 につ い て の議 論 を 深 め る。 こ れ に よ って 問 題 全 体 の ま と め を 行 い, よ り 発 展 的 な 問 い を 見 出 そ う と す る。 内 容 記 述 的 生 命 倫 理 規 範 的生 命 倫 理 《原 則 》 相 互 作 用 的 生 命 倫 理 授 業 1 オ レ ゴ ン州 の 尊 厳 死 法 回 復 不 可 能 な 患 者 が , 自 分 の 意 志 で 致 死 薬 の 処 方 を 求 め る こ と が で き る。 自 分 の 死 を 自 分 の 決 定 で 行 う こ と は 許 さ れ る の か ? 自 主 ・ 自 律 の原 則 自 主 ・ 自 律 の 原 則 と 社 会 , 法 律 の 関 連 を 見 失 わ ず に 議 論 を 深 め る 。 授業 2 受 精 卵 診 断 受 精 卵 診 断 に よ っ て 出 産 前 に 子 供 の 「 質 」 が わ か る。 受 精 卵 診 断 を 行 う こ と は 許 さ れ る の か ? ’ 利 益 と リ ス ク の原 則 利 益 と リ ス ク の 原 則 と 医 療 科 学 技 術 の関 連 を 見 失 わず に議 論 を 深 め る。 授業 3 国 際 的 な 臓 器 売 買 貧 し い も の が 豊 か な も の に 臓 器 を 販売 す る。 臓 器 売買 は 許 さ れ る のか ? 公 平 さ の 原 則 公 平 さ の 原 則 と 国 際 的 な 経 済 格 差 と の 関 連 に 注 意 し て 議 論 を 深 め る。 112 − ( 筆 者 作 成)