─ SPI(言語及び非言語分野)をテーマとした協同学習の実践 ─
梅村 慶嗣
キーワード:アクティブラーニング、協同学習、キャリア教育、人間関係形成能力概要
本稿は、アクティブラーニングの一形態である「協同学習」の手法を用いて「人間関係 形成能力」の育成を主眼としたキャリア教育の実践事例を報告するものである。 アクティブラーニングとは教員による伝統的な一斉講義形式の教育とは異なる「学習者 の能動的な学習への参加を取り入れた教授・学習法の総称」である。大学における授業改 革の鍵ともいわれているこのアクティブラーニングは小規模クラスにおいては成立するも のの大規模クラスには馴染みにくいと一般的に考えられているようである。 しかし筆者は履修者数 200 名を超える大規模クラスを対象にアクティブラーニング(協 同学習)を取り入れた授業を実践し、キャリア教育において育くまれるべき能力の 1 つで ある「人間関係形成能力」の育成に一定の効果があることを実感した。また本授業では新 卒の採用選考試験で最もポピュラーな「SPI(言語及び非言語分野)」を協同学習のテーマ として選んでおり、授業の副次的な効果として非言語分野(数学)の学力向上に一定の影 響が認められた。 本稿ではその実践内容について報告するとともに、併せて今後の大学教育におけるアク ティブラーニング(協同学習)の実践的な課題についても展望する。1 はじめに
1 - 1 キャリア教育に必要な視点 キャリア教育の必要性が叫ばれて久しいが、各大学の具体的な取り組み内容を見てみる とその状況はそれぞれ異なっているようである。大学によってはキャリア教育を単に就職 支援の延長線上にあるものとして捉え、企業への内定獲得を目的とした就職指導、すなわ ち卒業時点における「適合(マッチング)の視点」からのみ語られる場合も少なくない。し かし、言うまでもなくキャリア教育において育成されるべきものは社会的・職業的自立に 向けての能力や態度である。知識基盤社会の到来とともに今後も激しく変化していくであ ろう社会環境に卒業後の学生達が対応していけるよう「適応の視点」からキャリア発達を 促す教育が必要となるのである。このキャリア教育において育成されるべき汎用的な能力 の 1 つが人間関係形成能力(他者の個性を尊重し、自己の個性を発揮しながら、様々な 人々とコミュニケーションを図り、協力・共同して物事に取り組む力)である。 1 - 2 大学教育とアクティブラーニング では学生達は大学の授業を通してどのように人間関係形成能力を身につけているのであ ろうか。伝統的な一斉講義形式の授業ではどうしても学生達の主体性が失われてしまいが ちになるので、教員と学生もしくは学生同士が双方向の関係性を効果的に創出していくの には限界がある。このような背景も手伝って、近年、学習者の能動的な学習への参加を取 り入れた教授・学習法であるアクティブラーニングの重要性が指摘されるようになった。 このアクティブラーニングについては、2012 年 8 月にだされた中央教育審議会の答申「新 たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を 育成する大学へ〜」の中でも「従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から(中 略)能動的学修(アクティブラーニング)への転換が必要である」と指摘されている。大学 教育の成果に対する社会的要請が強まる中、アクティブラーニングの重要性も益々増して いく一方であろう。 実際、各大学においても徐々に何らかの形でアクティブラーニングによる授業が導入さ れつつあるようだが、残念ながらその社会的重要性に比べれば本格的な広がりにはまだ 至っていない状況である。原因はいくつか考えられるがその 1 つとして教える側が「アク ティブラーニングは少人数授業を前提とした場合にのみ成り立つ」という固定的な考え方 に囚われていることが挙げられるのではないだろうか。確かに学生にプレゼンテーション を行わせるような要素を取り込んだアクティブラーニングであれば、クラスサイズが 50 人〜 100 人を超えてしまうと効果が限定的になってしまう恐れがある。しかしアクティブラーニングの概念は広くその形態も様々であるので手法の選択次第で大規模クラスでも充 分にその効果を上げることが可能となる。その手法の 1 つが「協同学習」である。 1 - 3 協同学習 「協同学習」とは小集団(small group)を活用した教育方法であり学生達がその小集団 の中で協同することによって自己の学習だけでなくメンバーの学習をも最大限に高めよう とするものである。このグループでの学習をうまく機能させれば、ある程度クラスサイズ が大きくても「学生-学生」の関係性を、教員がうまく方向付けすることによって学生達 は能動的な学びを得ることが充分に可能となる。但し、ここで注意が必要なのは単に学生 達をグループに分けて学習させるだけでは協同学習と呼ぶことはできないということであ る。つまり協同学習(厳密には協同学習の中でも協力学習法と呼ばれる手法)として成立 させるためにはその要素として a 互恵的な相互依存性 b 対面的な相互交渉 c 個人とし ての責任 d 社会的スキルやグループ運営スキル e 集団の改善手続きの 5 つが必要とさ れており、これらの要素が揃って初めて協同学習(協力学習法)と呼べるのである。この 5 要素はいずれもキャリア教育に必要な「人間関係形成能力」の育成に資するものであるか ら、これらを授業設計上構造的に組み込めば効果的なキャリア教育が行えることはもちろ んのこと、大規模クラスに対してもアクティブラーニングによる授業が可能となる。以下 はその実践事例について報告するものである。
2 協同学習による授業の実践報告
協同学習の対象となりうる科目は多種多様であるが、本授業では大学生の基礎学力が近 年低下傾向にあること、さらには科目の配当年次が就職活動を控えた 2 年次及び 3 年次で あることから新卒の採用選考試験で最もポピュラーな「SPI(言語及び非言語分野)」を学 習テーマとしている。以下は 2013 年の春学期に 203 名からなる履修者(3 年生)に対して 協同学習を用いた「特別講義Ⅲ(SPI 対策応用)」の実践事例である。 2 - 1 授業概要 203 名の履修者を 42 グループに分け(1 グループ当たりの人数は 4 〜 6 名)、毎回異な るテーマ(例えば今回は確率、次回は集合といったように)についてまずは教員が基本的 な解法についてのレクチャーを行う。全員が一定の理解に達したところで初めて各グルー プに問題を与え、これをメンバーが協力して解いていく。授業内である程度問題が解けるようになったら、次に宿題をだし、各自が自宅等で解いてくるよう課される。そして次回 授業時に自分に課された問題についてその解法をグループ内で相互に教えあい、共有す る。グループ内で解決できなければ教員がグループに介入、あるいは全体に対してレク チャーを行うなどしてサポートする。これを授業の 1 サイクルとして全 15 回を回してい くわけである(図 1)。 2 - 2 授業設計 協同学習の成立に必要な a 互恵的な相互依存性 b 対面的な相互交渉 c 個人としての 責任 d 社会的スキルやグループ運営スキル e 集団の改善手続き、の 5 要素を以下の通 り授業設計上構造的に組み込んだ。 (1)グループ編成 授業における学生の着席方法には、自由着席(任意の席に学生が自由に着席する方法) やランダム着席(配布資料等に座席番号を予めナンバリングして学生を毎回ランダムに着 席させる方法)等様々な方法があるが、本授業では一定の期間中は同じ座席を指定して学 生を着席させ、その期間中は同一のグループで受講させるという方法をとっている。すな わち全 15 回の授業を概ね 5 回分を 1 期間として 3 つに分け(それぞれを第 1 クール、第 2 クール、第 3 クールと称する)、そのクールごとにグループ換えを行うというものである。 このようにある程度固定されたグループの形成はメンバー同士の「相互依存性」が生み出 される大前提となる。さらにその関係性が「互恵的」といえるまでに高める為には更なる グループとしての共通目標やメリット等が必要となる。これについては次の「(2)成績評 価」で詳述する。このようにグループのメンバー同士が顔を突き合わせて学びあうことで 図 1 授業のサイクル レクチャー 解説 グループ学習 宿題 授業 授業 解説 グループ学習 レクチャー 解説 グループ学習 宿題
学生達は「b 対面的な相互交渉」の場面に置かれることとなる。 (2)成績評価 テスト結果の他に個人努力とグループ貢献を評価する積上げ加点方式(総合得点 150 点) によって、学生がより積極的に協同学習に取り組むよう方向づけている。 ①個人正解点及びグループ正解点 単にテストの結果だけで成績が評価されるわけではなく、毎回の授業でどれだけ個人の 責任を果たしたか(c 個人としての責任)またどれだけ自分の属するグループに貢献をした か(a 互恵的な相互依存性、d 社会的スキルやグループ運営スキル)という視点からも評価 される。 毎回グループ内でそれぞれのメンバーに異なる宿題が課され、次回授業でそれぞれの宿 題を持ち寄ってグループ内で教えあう。原則として他の学生がどんな宿題を課されている か本人以外はわからないので、教える側も教わる側も真剣そのものである。相互に教えあ い、全員が理解したら「グループ解答シート」に宿題問題の解答と解法及び宿題担当者名 を記入し、グループ単位で教員に提出する。このグループ解答シートに基づき、自分の担 当した宿題問題が正解であれば、個人としての責任を果たしたということで当該担当者に 個人正解点を付与し、さらに全問正解であればそれぞれがグループ運営スキルを発揮しグ ループに貢献したということでメンバー全員にグループ正解点をさらに加点する(a 互恵 的な相互依存性、d 社会的スキルやグループ運営スキル)。 ②リーダー点 グループ内での教えあいを促進する役割としてリーダーを決め、リーダーになった者に はその授業回においてリーダー点が加点される。 またグループ内で何らかの問題が発生している場合には、グループ内で改善に向けた話 し合いをさせる機会を設けるので、リーダーは問題解決に向けて積極的にその役割を果た すことを要求される(e 集団の改善手続き) ③テスト点 短期的な視点から学習効果を測るために毎回小テストを行い、さら長期的な視点から期 末テストを行う。小テストについては前々回に協同学習を行った宿題問題の中から出題し 正解者には個人正解点が付加される。期末テストについては全授業を通して協同学習を 行った全ての範囲から出題され、得点に応じた個人正解点が付加される。
2 - 3 留意点と工夫 (1)グループ編成 ①構成人数 グループの構成人数は経験的に 5 人が最適であると考えている。もちろん 4 人でも 6 人 でも協同学習は成立するのだが、4 人だと欠席者がでた場合に人数が 3 人以下になってし まい、教え合いや解法などの多様性が希薄化してしまう恐れがある。また 6 人だと座席の 形状(例えば机が固定式の教室であるといわゆるスクール形式でやらざるを得ないので前 席に 3 人、後席に 3 人にという状態になってしまう場合がある)によっては前後で 3 人と 3 人に別れてしまい、1 つのグループとして呈を成さない危険性がある(図 2-1)。もちろ んこのような場合には教員の介入によってその状態を修正するのだが、グループ数が多い とそれだけ介入に要する教員の負荷が大きくなるので予防的な観点からも 6 人グループは なるべく避けた方がよい。机が可動式の教室であればいわゆるアイランド形式(グループ 毎にメンバー同士が机を向き合わせる形式)でできるのでグループが分かれてしまう危険 性はかなり低下するももの、6 人という人数そのものがグループワークに慣れていない学 生にとってはやや圧迫感を覚える可能性のある人数なので注意が必要である。 なお 5 人グループの場合の座席のフォーメーション(グループとして座る位置)は前席 に 2 人(かつ 3 人掛けの中央の席を空けて座る)後席に 3 人が座るよう指導している(図 2-2)。これは前席の 2 人が隣り合って座ってしまうと後ろに振り向きづらかったり、また 振り向いたとしても後席の端の 1 人がグループに入りづらい状態に陥ることを予防するた めである(図 2-3)。 図 2 座席フォーメーション 1 前後にグループが分かれて いる状態 A B C D E F 2 前席中央席が空いてグルー プワークがしやすい状態 A B C D E 3 C がグループワークに参加 しづらい状態 A B C D E (2)グループレベルの均等化 グループ間のレベルを均等化させるため、各グループに非言語分野が相対的に得意なメ ンバーを最低 1 人は配置するようにしている。具体的には初回授業において現状測定テス トを実施し、成績順にレベルを 3 段階程度に分け、その中で最も高いレベルに属するメン バーを各グループに 1 人配置するのである。これは非言語分野が不得意なメンバーがたま
たま 1 つのグループに全員集まってしまうと、状況によっては教え合いそのものが成立し ない場合があるからである。クラスサイズが小さく、グループ数が少なければ教員がじっ くりと介入することもできるが、42 グループともなるとそれも現実的には困難である。 またグループワークの進捗もグループ間である程度足並みが揃わないと、教え合いを早く 終えたグループが手持ちぶさたで徐々にルーズな気持ちになってしまい、学ぶ意欲が削が れる危険性もある。この意味でもグループ間のレベルをある程度、均等化させることは重 要である。なお非言語分野のテスト結果でレベル分けをする理由は、非言語分野は言語分 野に比べて学生間の実力差が大きいからである。逆に言語分野は学生の得意・不得意はあ るものの、扱うテーマが普段使っている日本語ということもあり、レベル分けをしなくと も教え合いそのものは成立する。 (3)成績評価項目のウェイト付け 先に述べた通り、成績評価は単にテストの結果だけではなく個人努力とグループ貢献を 評価する積上げ加点方式でなされる。このように評価が複数の視点からなされる場合に 表 1 成績評価項目 個人宿題 正解点 グループ全問正解点 リーダー点 現状測定テスト ミニテスト 期末テスト 計 個人で解いてきた担当宿題 をグループ内で教えあい、 それが正解であれば加点さ れる(個人では誤りであっ てもグループ内の教えあい によって正解に至った場合 も加点) 宿題問題または 授業問題が全問 正解だった場合 にそのグループ に属する全員に それぞれボーナ ス加点される。 グループ学習で 議事進行役であ るリーダーを担 当した者に加点 される。 現状測定テスト を受けた場合に 加点される。(結 果に関わらず全 員に 2 点) 前々回授業で学んだテー マについてミニテストを 実施する(各自の結果に 応じた配点がされる) 期末テスト の結果に応 じて加点さ れる 1 回 2 点 2 点 2 回 2 点 2 点 4 点 3 回 2 点 2 点 2 点 6 点 4 回 2 点 2 点 2 点 (第 2 回のテーマ) 4 点 10 点 5 回 2 点 2 点 2 点 (第 3 回のテーマ) 4 点 10 点 6 回 2 点 2 点 (第 4 回のテーマ) 4 点 8 点 7 回 2 点 2 点 2 点 (第 5 回のテーマ) 4 点 10 点 8 回 2 点 2 点 2 点 (第 6 回のテーマ) 4 点 10 点 9 回 2 点 2 点 2 点 (第 7 回のテーマ) 4 点 10 点 10 回 2 点 2 点 2 点 (第 8 回のテーマ) 4 点 10 点 11 回 2 点 2 点 (第 9 回のテーマ) 4 点 8 点 12 回 2 点 2 点 2 点 (第 10 回のテーマ) 4 点 10 点 13 回 2 点 2 点 2 点 (第 11 回のテーマ) 4 点 10 点 14 回 2 点 2 点 2 点 (第 12 回のテーマ) 4 点 10 点 15 回 2 点 2 点 2 点 (第 13 回のテーマ) 4 点 10 点 期末 22 点 22 点 22 点 28 点 28 点 48 点 22 点 150 点 第 1クール 第 2クール 第 3クール
は、学生達が協同学習に積極的に取り組む方向に各評価項目のウェイト付け(配点比率) を特に注意深く行う必要がある。例えばテスト点関連の項目に高いウェイト付けがされる と、学生達の学ぶベクトルが協同学習へ向かわなくなる(専ら自分の学習にのみ関心を寄 せ、自分だけがよい成績を収めればよいと考えてしまう)ので、テスト関連の評価点数は 以下の通り全体(総得点)の半分を超えないように工夫をしている。具体的には、個人点 の配点は 22 点(2 点× 11 回)、グループ正解点の配点は 28 点(2 点× 14 回)となっており、 配点比率は前者が全体の約 15%、後者が約 19%程度を占めている。リーダー点の配点は 28 点(2 点× 14 回)となっており、配点比率は全体の約 19%程度を占めている。テスト関 連の配点は合計で 72 点(現状測定テスト 2 点+ミニテスト 48 点(4 点× 12 回)、期末テス ト 22 点(22 点× 1 回))となっており、その配点比率は 48%と全体の半分以下である。 (4)出題問題(非言語分野)の難易度の設定 特に非言語分野をテーマに協同学習を行う場合、出題問題の難易度をどのレベルに設定 するかは大変重要である。難易度が高すぎれば自分達の力だけで解決ができず、逆に低す ぎればそれぞれ個人の力で解決できてしまうのでいずれの場合もグループで学び合おうと いう姿勢が失われてしまう。従って教員によるレクチャー(レクチャー問題の出題)→例 題のグループ学習(授業問題の出題)→宿題の個人学習(宿題問題の出題)という出題サイ クルの中で徐々に問題の難易度を上げていき最終的には次回授業で各個人が持ち寄った宿 題を相互に教え合い教員のサポートを必要とすることなくグループワークだけで全員が理 解できることが理想的である。この「自分達の力で解けた感覚」や「グループで教えあっ て理解できた経験」が更なる協同学習への意欲付けにつながっていくのである。 (5)宿題問題の出題形式 以前は宿題問題が 3 〜 4 問程度記載された宿題シート 1 枚を全員に配布し、グループ内 で問題の担当を決めさせていたが、この形式だと自分の担当以外の問題も解いてきてしま う学生が続出するという結果になってしまった。それはそれで意欲の現われとして必ずし も悪いことではないのだが、いざグループワークの段階になると相互に宿題シートを見せ 合い、全員の解答が一致していると何となくそれで理解した気になってしまいグループで 教えあおうという姿勢が失われてしまった。逆に担当問題を自分が解かなくとも誰かがど うせ解いてくるだろうと他のメンバーに「ただ乗り」をする学生もでてきてしまい、協同 学習の成立要素の 1 つ(c 個人としての責任)を大きく損なうという状況が散見された。こ れらの反省から宿題問題数を 6 問に増やして 1 シートにつき 2 問を出題することとし、宿 題シートを A・B・C の 3 種類に分けて自分の担当シートを決めさせ、それぞれが完全に
個人の責任で 2 問を必ず解いてくる形式に変更した。学生は自分の担当シート以外は持ち 帰ることを許されていないので、自分以外のメンバーがどのような問題を宿題として課さ れているか次回授業までは相互にわからず、他のメンバーにただ乗りができないようにし た。なお、次回授業時に宿題グループワークをする際には、相互がいきなり宿題を教えあ うのではなく、まずは個人ワークで他メンバーが担当する宿題問題を解くという時間を 10 分程度設けている(写真 1)。 写真 1 宿題個人ワークの様子 これは各メンバーが他の宿題問題を全く知らない状態でいきなりグループワークを始め ても、そもそもどんな問題について教わっているのかがわからないからである。具体的に はグループワークの直前に宿題問題 6 問のうちそれぞれのシートから 1 問ずつ、計 3 問を ピックアップしたシートを個人ワークで解かせる。この場合、個人の力で解けるかどうか よりも、問題の内容を理解し、自分がわからない箇所を明確化することの方がより重要で ある。これによって次に行われる宿題グループワークで担当者への質問が容易になり、ま た他の解法をメンバー同士で提示しあうなどして、更にグループで学びあおうとする姿勢 がでてくるのである(写真 2)。
写真 2 宿題グループワークの様子 (6)グループの状態改善 上記のような工夫をしても、やはりグループワークに消極的な学生や自分の担当宿題を してこない学生、また無断で授業を欠席して他メンバーに迷惑をかけてしまう学生がでて くる。このような場合には協同学習の成立要素の 1 つである「e 集団の改善手続き」を即 座にとることとなる。普段から授業中の各グループの状態は注意深く観察し必要に応じて 介入をするのだが、200 名強もの学生全員を限られた時間内に完全に観察することは容易 ではない。従ってこれを補うため「振り返りシート」をもとに授業最後にその日の授業で の個人の理解度やグループの状態などを振り返らせるようにしている。これによって授業 内で見逃していたグループの状態を教員が把握することができ、状況によっては次回授業 で改善のための話し合いなどを学生にさせることができるのである。但し、この場合注意 を要するのは、その問題をできるだけ一般化して学生に伝えるということである。つまり その事象が特定のグループにだけで起きていて、それが振り返りシートによって発覚した という印象を学生に与えると、当該グループのメンバーが互いに疑心暗鬼になってしま い、逆にグループの状態を悪化させる場合がでてきてしまう。それを避ける為にも問題と 思われる事象が発生している可能性があれば、まずは授業内で教員が当該グループをさり げなくかつ意識的に観察をする。そしてそれが事実であると認められればタイミングを見 計らって学生達に「皆さんの様子を見ているとメンバーがバラバラに学んでいるという状 態のグループがいくつか散見されるようである。もし自分達のグループがそれに該当する と考えるならば、その原因と改善策を話し合って欲しい。逆にそうでないグループはなぜ そのような問題が発生していないのか、また仮に発生してしまったとしたらどのように改 善するかを話し合って欲しい」と状態を一般化して伝え、話し合いをさせる。その結果を
クラス全体で共有し、多様な解決策のうち実現可能なものを選ばせ、グループの状態改善 へと結びつけるのである。 2 - 4 各クールにおける授業の様子及び学生の状態の変化 (1)初回授業 学生達にとって初回授業はただでさえ授業内容や教員に対して不安を覚えるものであ り、さらにこの授業は通常の一斉講義形式の授業とは異なる要素を取り入れているので、 最初は授業の進め方や成績評価の方針などを学生達に十分に理解させ不安を払拭させるこ とが重要である。その為にも授業の進め方などをビジュアル化した教材を用意し充分に時 間をかけて説明を行うとともに、「自分は非言語分野ができない」と思っている多数の学 生達に対し「それは思い込みに過ぎず、苦手意識を一度捨ててニュートラルな気持ちで取 り組もう」というメッセージを強く伝えるようにしている。最後に次回授業に必要なグ ループ分けのための現状測定テストを実施する。 初回授業の学生達の感想は概ね「SPI への不安」と「グループ学習もしくはこの授業への 期待」に分類される。以下は授業で毎回配布される振り返りシートに記された学生達のコ メントである。 SPI はとても難しい授業だと思っていてとても大変だと思っていたけれど思い込みを なくしてやっていけば出来るようになるという言葉に元気がでました。/授業内容や 意図は十分に分かったが最後のテストが分からなくて悔しかった。/非言語、数学が 本当に大嫌いで苦手です。けれどもその意識を捨ててがんばりたいと思います。/楽 しそうだと思ったけど数学ができなかった。/グループワークは大好きなので積極的 にみんなと話していきたいと考えています。これからが楽しみです。 (2)第 1 クール(第 2 回授業〜第 5 回授業;非言語分野の前半) 第 2 回授業では初めてグループが編成され、初対面のメンバー同士が今後数回にわたっ て協同学習を行っていくことになるので、まずはアイスブレイキングとして自己紹介を チェーンでグループ内のメンバーでつなぐなどの簡単なワークを行い、お互いがリラック スできる雰囲気を醸成するよう努めている。また初めて本格的にグループワークに取り組 む回でもあるので、グループワークの基本的な作法(体をきちんとメンバーに向ける、う なずく、わからない部分があれば質問をする等)をきちんと理解させる必要がある。この 授業回でグループワークの有効性を学生が体感してくれれば、次回以降の協同学習への方
向付けがより促進されることとなる。実際、学生達の振り返りコメントを見るとグループ で学びあうという授業形式が新鮮に感じるせいかこれを肯定的に捉えているものがほとん である。 授業問題の問 2 が難しく自分の力だけでは解けませんでしたがグループワークで教え てもらいスッキリするくらい納得のいく答えをだすことができました。/わからない 問題はグループのひとがわかりやすく説明してくれたし自分がわかった問題はみんな に共有してより理解を深めることができた。/数学がすごく苦手だったけれどみんな に教えてもらってできた。何より楽しかった。/グループで解くことで自分が気づか なかった方法なども見つけることができた。/全然解けなくてグループメンバーに申 し訳ない気持ちになった。来週までに勉強してきます。 第 3 回授業で、学生達は初めて宿題問題のグループワークを経験することとなる。この 宿題は学生達が今まで経験してきたいわゆる通常の宿題とは異なり、単に自分が問題を解 いて理解さえすれば事が足りるという性質のものではない。自分が理解するのは当然のこ とであり、さらにその解法をいかにわかりやすく他のメンバーに伝えるかという準備まで しなくてはならないのである。学生達はこの若干趣きの異なる宿題に対して戸惑いとグ ループで学ぶことへの更なる有効性を感じるようである。 シート C の問 1 がわからなかったがグループのみんなが根気良く説明してくれて理 解することができた。また人に説明することは自分がわかっていて整理できていない と難しいということがわかった。/自分のやってきた問題を人に説明するのが少し難 しかった。/全部できましたが説明をもっとうまくしたいです。/人それぞれやり方 が違うので色々な導き方がある。グループワークなので楽しく理解できる。 第 4 回、第 5 回授業ともなるとだいぶ授業システムにも慣れ、自分の属するグループに も愛着を感じるようになる。また中にはグループで学ぶ楽しさを通じて非言語分野そのも のに楽しさを感じる学生もでてくるようである。 自分が理解した問題を人に教えることで問題をより理解できると思った。授業が楽し く早く終わる気がしました。/解けるととても嬉しい。もっと難しい問題にチャレン ジしたいです。/ひとりでは難問すぎて解けなかったけどグループワークすることに よってすごく納得できたので毎回とても勉強になる。ひとりでも解けるようになりた
いです。/よく出来た。慣れてきて教えてもらいやすくなった。/今のままの班は教 えあえるしバランスが取れていてよかったです。 (3)第 2 クール(第 6 回授業〜第 10 回授業;非言語分野の後半) 第 6 回授業は第 2 クールの初めであり、新たにグループ編成をすることによりまた未知 のメンバーと協同学習をすすめていくことになる。しかし 1 クールを一度経験しているか らか、前クールの初回ほど学生に緊張感は見られず、また振り返りコメントの内容もグ ループワークの有効性について語るものは少なくなってくる。これは当初新鮮だったグ ループでの学びあいにも慣れ、協同学習に順応し始めている証左ともいえる。 グループ替えをしてまた新たに頑張ろうと思いました。/新しいグループになじめ過 ぎて楽しいです。頑張ります。/新チームでこれからがんばりたいです。新チーム楽 しい。/班替えは不安でしたが皆と仲良くなれそうで良かった。 (4)第 3 クール(第 11 回授業〜第 15 回授業;言語分野) 最終クールの学習テーマは言語分野、すなわち国語である。SPI における言語分野の領 域には「長文読解」「熟語」「二語関係」「空欄補充」「文章整序」などがあるがいずれも日本 人にとっては母国語であり、非言語ほど学生間に目に見えるほどの力の差がでないので、 緊張感の欠如から学びあうという姿勢が希薄化してしまう危険性がでてくる。従ってこの クールでは意識的に学生にゆさぶりをかけるべく、ランダムにグループを指名してグルー プ内で共有した解法についてプレゼンテーションをさせたり、エンターテイメント性を高 めるべく二語関係や熟語を題材としたビンゴゲームを行うなどしてグループワークの活性 化を図る必要がある。学生の振り返りコメントとしては以下の通りである。 プレゼン大会、当てられるか緊張しましたがいつ当たっても大丈夫なようにちゃんと 勉強する必要があると思いました。/みんなの前で発表して間違えたところが憶えら れた。/授業の進め方が楽しいから周りとも自然と話せるし一緒に考えられる。友達 同士だから間違えてもそんなに恥ずかしくない。/ビンゴゲームで急にやる気が出て 楽しくやることができました。/ゲームをしながら学べたのでグループワークも良く 出来ました。 また最終授業では学生達が全授業を通じて自分達の成長をどの程度実感しているのかを 以下のアンケート項目に従い振り返ってもらった。
まず、「授業当初に比べると宿題を教えあう時などメンバーへの説明はうまくなったと 思いますか?」という設問に対しては「かなりうまくなったと思う」が 18 名(9.6%)、「多 少うまくなったと思う」が 121 名(64.4%)「どちらともいえない」が 41 名(21.8%、「あまり うまくなっていないと思う」が 7 名(3.7%)「全くうまくなっていないと思う」が 1 名(0.5%) という結果になった(計 188 名)。つまり「かなりうまくなった」「多少うまくなった」をあ わせて 7 割強の学生が「説明がうまくなった」と自覚しているということになる。また、 何をもってうまくなったと感じているかは下記コメントの通り三者三様であるが、共通し ているのは説明する大前提として「相手という存在」を意識するようになったということ である。 どういう説明がわかりやすいのか、考えるようになった。/表情を見ながら相手の ペースに合わせて説明できるようになった。/紙をしっかりと相手に向けて説明でき るようになった。/相手がどのレベルで理解できていないのかが、理解できたことが 大きい/前は人に教えるのは下手だったが、担当の問題を教えるうちによくなった。 次に「授業当初に比べるとグループワークがうまくできるようになったと思いますか?」 という設問に対しては、「かなりうまくなったと思う」が 39 名(20.7%)、「多少うまくなっ たと思う」が 133 名(70.7%)、「どちらともいえない」が 15 名(8.0%)、「あまりうまくなっ ていないと思う」が 1 名(0.5%)、「全くうまくなっていないと思う」は 0 名(0.0%)であっ た(計 188 名)。つまり「かなりうまくなった」「多少うまくなった」をあわせて 9 割強の学 生がグループワークの上達を感じているということになる。人間関係を形成していく上で 大前提となるのは自分から他人と関わろうとする意欲であり態度であるが、下記コメント の通り多くの学生がコミュニケーション力という点において自己の成長を実感したはずで ある。 自分の意見を率先して話せるようになった。/誰とでも仲良くできるようになりまし た。/知らない初めての人とも話が進められるようになったと思う。/リーダーを やって、皆をまとめる力がついたと思う。/わからない人に対してのサポートができ るようになった。/最初は苦手でしたが楽しくなりました。/前よりも人と苦手意識 をもたず話せるようになった。/協調性が身に付き、人の話をしっかり聞けるように なった。
(5)副次的効果としての学力の向上 本授業の履修者を含む 898 名が校内 SPI 模擬試験を受験した結果を本授業の履修者群 (履修者 203 名のうち模擬試験を受験した 161 名)と非履修者群(737 名)とに分けて見て みると、非言語分野については履修者群の平均得点が非履修者群の平均得点よりも 30% 程度高くなった。逆に言語分野については両者に差がほとんど見られなかった。非言語分 野については授業による一定の効果があったものと推察されるが、言語分野の得点に差が 生じなかった原因として考えられるのは模擬試験の実施時期である。模擬試験はちょうど 本授業の第 3 クールの途中、すなわち履修者が言語分野をまだ全て学んでおらず、かつ言 語分野の小テストも 1 回しか行っていないタイミングで実施されたので、得点に反映する ほど履修者の学習が充分に行われなかったのではないかと思われる。
3 まとめと課題
筆者が 15 回の授業を通して実感したことは、203 名という大規模クラスにおいても授 業設計と運用の工夫次第でアクティブラーニング(協同学習)は充分に成立するというこ とであった。しかし最初から自信をもって授業に臨んだわけではない。そもそもこの授業 は概ね 70 人以下程度の履修者数を想定して設計していたのであり、それくらいのクラス サイズであれば過去の経験から協同学習の効果が充分に得られるということは実感してい た。従って 203 名という履修者数が判明した時は、正直に告白すると協同学習ではなく一 斉講義形式の授業に変更した方がよいのではないかと思い悩んだものである。しかし常に 授業等で学生に「思い込みを捨て色々なアングルから物事を見よう。自分で自分の可能性 に蓋をするのはやめよう。」と伝えている自分自身がまさに「大規模クラスでの協同学習は 困難である」という思い込みに囚われ、自分だけでなく学生達の可能性にも蓋をしようと していることにふと気付き、恐る恐るではあるが挑戦してみることになったという次第で ある。全 15 回の授業が終わってみれば協同学習を通じて学生達の「他者と関わろうとす る意欲・態度」や「他者と協力して物事を進めるスキル」が高まり、人間関係形成能力の 向上につなげることができたと実感している。また副次的な効果として非言語分野の学力 向上にもある程度の手ごたえを感じることができた。 一方では現実的な課題もいくつか浮かび上がってきた。まず座席などの教室環境の問題 である。本授業の協同学習における適正グループ人数は経験的に 5 人であるということは わかっていたが、実際には座席の配置等の関係で 4 人グループまたは 6 人グループも多数 編成せざるを得なかった。4 人もしくは 6 人グループであると先述した通り様々な問題が発生する危険性が高まるので本来はやはり 5 人グループが編成できるような教室が確保で きることが理想である。また出題問題のレベル設定はグループ学習の活性化という観点か ら大変重要な要素であるが、同じ大学の同じ学年の学生達であっても年度によって問題の 難易度に差が生じることがある。例えば昨年の 3 年生にとっては難易度の高い問題でも今 年の 3 年生にとってはそれほどでもなく個人の力であっさり解けてしまいグループでの学 びあいが活性化しないという事態に直面することがあった(もちろんその逆もあった)。 現在でも初回授業において現状測定テストを実施し学生達の学力を大まかに把握している が、もう少し精緻に学力を把握するテストを開発する必要があるのではないかと考えてい る。また、成績評価を複数の視点で行っているので、毎回の評価データ入力業務に相当の 負荷がかかっており、今後は業務の負荷を軽減すべくマークシートを利用するなど効率的 な方法を検討していく必要がある。