労働経済学1(第 11 回)
広島大学社会科学研究科 特任助教
川田恵介
実験的実証研究
• 経済理論を実証するうえで、実験データの重要性が強 調されて久しい。
• 実験データ:他のパラメータを一定にしたうえで、あるパ ラメータを人工的に変化させることによる、内生変数の 変化について収集されたデータ
⇒入手が難しいため検証できる経済理論に限りがある が、非常に正確な理論の実証が可能。
実験
• みなさんには、雇用主と労働者に分かれて、労働市場 に関する実験をしてもらいます。
• 雇用主は労働者を一人雇用できます。
• 雇用主、労働者はそれぞれ自身が望む賃金を、声に出 して提示してください。
• (互いに)満足できる相手を見つけた場合、握手を交わ して雇用関係を確定し、賃金を用紙に記入してください。
実験:利得
雇用主の利得=(自身の)余剰
• 雇用した場合: (限界)収入-賃金
• 雇用できなかった場合:0
労働者の利得=(自身の)余剰
• 雇用された場合: 賃金-留保賃金
• 雇用されなかった場合:0
(注意)留保賃金、(限界)収入は人によって異なります。
“差別“
• ここまで賃金格差を生じさせる要因として、限界収入の 違いを強調してきた。
• 他の要因も(当然)考えられる。
⇒ある集団(人種、性別、宗教 etc)に対する“差別心“
• ほとんどの国が抱える大きな社会問題の一つ。
経済学における差別の理論研究
• Becker (57) “The Economics of Discrimination”:雇用に おける差別=雇い主の“選好”に基づく、賃金格差
• 一般化された企業(雇い主)の目的関数:
利潤ー少数派に対する差別心に基づく負効用
• 異人種を雇用した場合、負効用が増大する。
• 賃金の決定式:
(少数派の)賃金=限界収入-
(多数派の)賃金=限界収入
限界負効用
経済学における差別の実証研究
Price, Wolfers “Racial Discrimination among NBA Referees” (07 Quarterly Journal of Economics) :レフリーと選手間で人種が 異なる場合、よりファールが取られやすい。
Audit study :ある属性(人種、性別)だけをかえた(嘘の) 履歴書を採用活動を行っている企業に送りつけることで、 属性の違いが面接に呼ばれる確率に与える影響を調べ
差別の要因
• ある集団に対する差別が生じる原因は、大きく2つ考 えられる。
• 自身と異なる集団に属する個人に対する悪意
• 自身と同じ集団に属する個人に対する 好意
• 先の実証研究では、差別の存在は実証できても、どち らの要因による差別なのかは、識別不可能
4つの選好
自身と同じ集団に属する個人に対する好意 自身と異なる集団に属する個人に対する悪意 自身と異なる集団に属する個人に対する好意 自身と同じ集団に属する個人に対する悪意
実験のデザイン
• フィールド実験(実際の現場における実験)
• Maastricht University, School of Business and Economics
(オランダ)の期末試験を活用し、試験の採点者の差別 心を測定する(オランダでは、一つの試験に対して、複 数の採点者がいる。)
• 当該学部の、学生の内51%、教員の内22%はドイツ 人。
• 36 28
実験のデザイン
• 名前を見れば、ドイツ人かオランダ人か、性別は区別 可能
• テストの回答者を、ランダムに二つのグループに分け る。
Blind group:名前は書かずにIDのみ書く。 Visible group:名前、ID両方書く。
識別戦略
• どのようにして、4つの選好を識別するか?
⇒invisible groupのテストの点数を比較対象として用い る。
Visible groupとinvisible groupのテストの点数の間に差が あれば、それは名前が見えたこと、すなわち国籍や性別 を知ったことによる効果と考えられる。
実証結果:国籍
• 同じ国籍でかつvisibleであった場合、invisibleな場合に 比べ、テストの点数は有意に高い。⇒同じ国籍の個人 に対する好意を示す。
⇒この傾向はドイツ人よりも、オランダ人のほうが強い。
• 違う国籍でかつvisibleであった場合と、invisibleであった 場合については、有意な差はない。 ⇒異なる国籍の個 人に対しては、好意も悪意もない。
実証結果:性別
• 同じ性別でかつvisibleであった場合、invisibleな場合に 比べ、テストの点数に有意な違いはない。
• 違う性別でかつvisibleであった場合と、invisibleであった 場合については、有意な差はない。
• ⇒性別間については、4つの選好のどれも確認できな い。
終わりに:(すごく)いい論文とは?
• (新しく)興味を引く問題意識:(本論文)なぜ差別が生じ るのか、人々の選好に注目して、より詳しく分析する。
• (新しく)有効な研究手法:(本論文)(1)期末試験の採 点を用いる、(2)名前を見せるグループと見せないグ ループにわかる
• (新しく)興味深い結果