パネルディ ス カッ ショ ン
「 閉塞感の打破と 大学創り と 」
- ゆら ぎの科学の立場から -
開催日時: 2001 年 11 月 16 日 16: 10∼20: 00
会場: 東京大学教育学研究科 158 号室
第 16 回 ゆら ぎ現象研究会
2004 年 7 月発行
日本ゆらぎ現象研究会
第 16 回 ゆらぎ現象研究会
*
パネルディスカッション
「閉塞感の打破と大学創りと」
- ゆらぎの科学の立場から-
日時:2001 年 11 月 16 日 16:10∼20:00 会場:東京大学教育学研究科158 号室
本冊子は、平成 13 年 11 月 16 日に東京大学で行われた約4時間に及ぶパネルディスカッショ ンの速記録に基づき、各パネラー及び編集者が手を加えて読みやすく改変したものです。当日用 いられた OHP の図が入っていないこと等により、読みにくいところもありますが、趣旨を汲み 取っていただければ幸いです。
本企画の趣旨、各パネラーによる 10 分間レクチャー、約 2 時間の討論の順に並べてあります。
• コーディネーター (ゆらぎ現象研究会旧幹事) o 武者利光 (㈱ゆらぎ研究所/脳機能研究所) o 佐藤俊輔 (大阪大学) (平成 16 年より藍野大学) o 山本光璋 (東北大学)(平成 16 年より東北福祉大学) o 八名和夫 (法政大学)
• パネリスト (講演順)
o 武者利光 (㈱ゆらぎ研究所/脳機能研究所) o 澤田康次 (東北工業大学)
o 池内 了 (名古屋大学大学院・理学研究科)
o 大見忠弘 (東北大学・未来科学技術共同研究センター) o 高安秀樹 (ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所)
o 阿部四郎 (東北大学大学院・情報科学研究科)(平成 15 年より東北福祉大学)
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ゆらぎ現象研究会は、2002 年から「日本ゆらぎ現象研究会」に改称されるとともに、 新幹事体制に移行している。本冊子は、旧幹事が責任編集したものである。
企画の趣旨
コーディネータ:武者利光、佐藤俊輔、山本光璋、八名和夫
1.はじめに
現在、岩波書店発行の雑誌「科学」に、「あなたが考える科学とは」という特集が連載されて いる。 諸分野の専門家が執筆しているが、「ゆらぎの科学」の立場から、正面切ってそのことに ついて論じている人はいないようである。 1989 年以来毎年「ゆらぎ現象研究会」を企画・主催 し、「ゆらぎの科学シリーズ 1-10」(森北出版)[1]を編んできた私たちの立場からすると、以下の 理由により、「ゆらぎの科学」は、人間がこの地球上で快適に生存しつづけることを可能にする 蓋然性の思想と技術の創造に寄与する実効のあるものであると主張したい。
2. 「ゆらぎ」とは
「ゆらぎ」が、自然・人文・社会の諸科学の学問分野にとどまらず、音楽や絵画などの芸術の 分野等にも関わっていることは明白である。 工学システムにおいては、「ゆらぎ」の存在は一般 に邪魔物であり、それは制御すべき対象とされる。 人間システムにおいても、これまで多くの
「ゆらぎ」は不都合なものであるとみなされてきたが、他方、「ゆらぎ」のない世界は窮屈であ り、時には「ゆらぎ」を積極的に導入することが必要でさえあることが徐々にわかってきた。 さ らに、芸術等の世界においても「ゆらぎ」のない絵画や音楽はありえず、「ゆらぎ」は創造性の 原動力であり、「ゆらぎ」は人間の心を積極的に癒してくれることがあることも知られるように なってきた。 したがって、あらゆるシステムの「理解」、「制御」、「設計」等に際して、「ゆらぎ」 の存在と効用について先ず考慮することが重要といえよう。 このような理由から、私たちは 1999 年、「ゆらぎ現象研究会」の英文名を、Association of Science, Art, and Technology for Fluctuations (ASATeF) と改め、インターネット上で世界に開かれた活動を開始した。 第 16 回ゆらぎ現象研究会において、本パネルディスカッションを行うに当たり、上述したような「ゆ らぎの科学」の思想と内容の再認識を促したい。
3.本企画の趣旨
明るい未来を期待して迎えた21 世紀であるが、ますます厳しさを増している地球環境問題に 加え、現実の社会には政治・経済・産業・労働・教育等の多様な分野に様々な難問が続出し、未 来の展望ができない閉塞感が人々の心に漂い始めている。 私たちは今、そうした諸々の難問を 徹底的に解読し、その解決策をデザインし、地球市民が長期的展望を持って明るく過ごして行け るための作業に、一刻も早く着手しなければならないと思われる。 私達が推進してきた「ゆら ぎの科学」の思想とそれに基づく技術が、困難に立ち向かう勇気を人々に与え、漂っている閉塞
感を打破することに役立つ部分があるのではないかと考えたことが、本パネルディスカッション を企画した第一の趣旨である。
さらに、地球環境問題を含む諸々の難問の多くは、50 年、100 年の時間スケールでその道程 をデザインし、評価しなければならないはずであることを考えたとき、最初に取り上げなければ ならないテーマは、問題の本質性と重大性を、私たちの子孫の意識の中に如何に伝達し続けるか ということであろう。 この作業に着手するに当たり、研究し人間を育てることを任務とする大 学の責任は重いと言わなければならない。 その重い責任を果たすために、我々はどのような「大 学創り」をしたら良かろうか。 今、国民一人ひとりが、特に大学人は、自らの意見を高い次元 に立って述べるときであると思う。 要するに、本パネルディスカッションは、「ゆらぎの科学」 が教える思想と方法論とが、「閉塞感の打破」と「大学創り」という2 つの問題にいかに本質的 に関わっているかを議論する機会として企画したものである。
4. 「大学創り」の基本理念・目的・具体的方針
当然のことながら、物事を行う際に重要なことは、原理原則に立ち戻り、基本理念と目的を明 確にしておくことである。 自然と人間社会の現状を冷静に捉えるならば、それに基づく「大学 創り」の具体的方針は自ずと見えてくる。
私たちは、高度情報化社会において、利便性のある快適な現代生活を享受している。 しかし 一方、私たちが住んでいるこの地球環境は、人間の生存をも危うくする深刻な状態に向かって一 歩一歩進んでいるという認識を持たねばならない。 今日の世界はまさに、ウルリヒ・ベックの 言う「危険社会」のさなかにあると見るべきであり、人類共通のリスクを回避するために、それ への対応を如何に為すかが現代に生きる我々に問われている [2]。 私たちは、時代を逆行させる のでなく、技術によってこの問題解決の方略を考えることが一つの重要なポイントと言えよう。
「大学創り」がこの方略に連動していなければならないことは言うまでもない。 大学とは時代 の推移に伴って、真理を探求しつつ、常に自らを改変し、創造活動をし続けるものでなければな らない。 すなわち、「大学創り」は、ある固定的なシステムの設計ではなく、「ゆらぎ」の思想 を積極的に導入し、システム自体のダイナミクスを変化させていくダイナミックシステムとして 設計する必要がある。
具体的方針としては、100 年、1000 年のタイムスケールで見たときに評価にたえる「研究」 と、地球人意識を持った学生と市民の「教育」が重要となろう。 それは、「この地球上で人類が 自然と共生しながら快適に生存しつづけることを可能にする作業」を可能にする前提条件でもあ る。
5. 「ゆらぎ」を考慮したシステム論的手法導入の重要性
「特定地域の天気予報」、「台風の進路予測」、「局所地震の発生予測」、「個人の健康生活設計」、
「個人教育の最適設計」、「地球環境問題解決プロセスの最適設計」等の問題は、いずれも「ゆら ぎ」を伴う開放系の問題であり、考えなければならない変量が無数にあり、それらが互いに複雑
に絡み合っている。 こうした問題の解決には、予測とそれに基づいた制御を可能にする「ダイ ナミックシステムの設計思想と手法」が用いられる。 したがって「大学創り」というプロセス も、「ダイナミックに変化するシステムの最適制御・設計問題」と受け止めて、システム論的な 思考をする事の意義を検討することも意味があるように思われる。
「ゆらぎの科学」の立場から見たとき、このような複雑な問題の解決にあたっては共通的に取 られる3 つのプロセスが重要となる。 第 1 は「ゆらぎ」を見せる個々の事象の数量化すなわち
「計測」のプロセス(時系列の標本化プロセス)、第 2 は時系列「解析」のプロセス、そして第 3 は解析結果の数理的・物理的「解釈」のプロセスすなわち予測モデルの創生プロセスである。 こ の第 3 のプロセスは問題解決のための最適設計を可能にしてくれるプロセスでもある。こうし た手法は、時系列信号解析の分野では早くから常套手段として用いられてきた[3][4]。
特に、赤池弘次氏による手法の特徴的な点は、「個々の事象」について、その時系列データを 計測したという条件下で、未来の時系列を予測するための数理モデルを、計測した時系列の性質 と実質科学の知識と経験を総動員して推測しようとするところにある。 現象が定常的であれば 予測モデルは相対的に単純であるが、上述の例に見るような開放系の現象は一般に非定常であり、 これが予測モデルを一段と複雑にしている。 そのような場合予測精度上げるためには、「計測」、
「解析」、「解釈」のプロセスを常に循環させるとともに、新しい計測手法を自ら開発し、新たな 知識を創造していくことが重要である。 赤池弘次氏によれば、「ゆらぎ」は追いかけていくとや がて止まって見えるようになる。 しかしその先にまた異質なゆらぎが見えてくるものであると いう。したがって、モデルは常に「改良」されることを前提として、設計と制御プロセスを進め る事が重要であると言われる。
以上の意味において、それぞれの研究者は、諸科学の中に深く入って行き、システムが持つ「ゆ らぎ」の特性を十二分に把握するために個々の事象の計測を自ら行う姿勢が重要であるように思 われる。 対象が人間に関わる「大学創り」のプロセスにおいても、「ゆらぎの科学」の思想に基 づき、「ゆらぎ」の思想の積極的導入を行う一方で、システム論的手法を最大限に活用すること が有益であると考える。
文 献
(1)武者利光 編: 「ゆらぎの科学 1」、森北出版、1991.
(2)ウルリヒ・ベック( 東廉、伊藤美登里訳) : 「危険社会」、 叢書・ウニベルシタス 609、法政大学出版 局、1998.
(3)赤池弘次、中川東一郎: 「ダイナミックシステムの統計的解析と制御」、サイエンス社、1972.
(4)赤池弘次: 「真理への近さを測る」、ゆらぎ現象研究会編、ゆらぎの科学 10、森北出版、33- 66、1999.
自己紹介と司会者の言葉
【司会(山本光璋)】
それでは、時間が参りましたので、「閉塞感の打破と大学創りと」- ゆらぎの科学の立場から- というパネ ルディスカッションを始めたいと思います。私は、ゆらぎ現象研究会の幹事をさせていただいております、 東北大学の山本と申します。本日の司会を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。最初に、 コーディネーターとパネラー各位から、簡単に自己紹介をお願いしたいと思います。まず武者先生から お願いいたします。
【武者】
私は武者です。もう大学をやめてから 9 年ぐらいになりますので、大学の現状については少しうといと ころがありますから、ちょっと鉾先を変えていろいろ議論をさせていただきたいと思います。今から30 年く らい前までは「ゆらぎ」というのは主に邪魔な存在として取り扱われていましたが、日本での研究がけん 引役となってその重要性が国際的に認識されるようになりました。特に「生命現象」に関しては邪魔どこ ろか不可欠な意味を持っていることがわかってきました。私の今の所属は、「脳機能研究所」と「ゆらぎ研 究所」ですが、これらはもう早々と“ 独立” 法人になっておりますので、そんな観点から。
【司会】
どうもありがとうございました。次に佐藤先生お願いします。
【佐藤】
今日のコーディネーターの一人、大阪大学の佐藤と申します。よろしくお願いします。
【司会】
なお、コーディネーターとして八名和夫先生がおられます。今、アメリカに新しくできました法政大学の アメリカ研究所というところにおられて、メールでのやり取りでこの企画を一緒にさせていただきましたが、 今日はいらしておりません。
では、次にパネラーということで、沢田先生から。
【沢田】
沢田です。4月まで東北大学の電気通信研究所におりましたが、今は東北工業大学に移りました。研 究は、30 年ぐらい、非線形問題等、生物にかかわることをやってきていまして、現在は、生きている状態 というものをサイエンティフィックに研究しているつもりです。
【池内】
名古屋大学の池内です。さきほど 3時半まで東京大学の山上会館で国際会議をやっていまして、僕 は最後のチェアということもあってあんまり準備ができずにいます。今日、何を話すかいろいろ悩んだの ですが、皆さんの話を聞かせていただきながら、まとめていければと思っております。よろしくお願いしま す。
【大見】
東北大学の未来科学技術共同研究センターの大見です。研究は、半導体の大規模集積回路づくりと、 最近は、日本を何とか儲けさせないといけないというので、大画面の高精細のディスプレイづくりもやっ ております。どうぞよろしくお願いします。
【高安】
ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の高安といいます。ソニー本社とは、一応、独立した小さな研 究所です。私自身は、1997 年までは大学の教官をやっておりましたが、今は民間企業のほうから、いろ いろ大学の改革などにも関心を持っておりますし、もともと研究は、ゆらぎに非常に密接に関係したフラ クタルですが、最近は、経済現象を物理の視点から見る経済物理というのをやっていまして、既存の分 野から見ると完全に横断的な研究をやっていますので、そのような視点から何かコメントをできるかなと 思っています。
【阿部】
東北大学の阿部といいます。おそらく私はこれまでの皆さんとちょっと異質というか、文科系の中でも 政治学というのを長年やってきましたので、今日の私の話と皆さん方の話とどういうふうにかみ合うか。あ れは 3 年前でしょうか、ゆらぎ現象研究会でお話しさせていただく機会がありまして、それがご縁で今日、 多分、声がかかったのだと思います。よろしくお願いいたします。
【司会】
どうもありがとうございました。
それでは、最初にこのパネルディスカッションを企画させていただいた立場から、一言申し上げさせて いただきます。今、私たち日本人は、と言っていいと思うのですけれども、生きていくということに自信を なくしかけているのではないのか。私自身の個人的な経験でありますが、情報理論の授業のなかで学 生たちに、「君たち、将来に希望があるか。夢があるか」というふうにアンケートを取ったところ、すべてで はありませんけれども、かなり多くの学生が「ない」と答えたのですね。これは去年の私の授業の中での 話ですが、必ずしも私の学生に限った話ではないのではないかと思うのです。日本の若者がチャレンジ 精神がないということはよく言われておりますが、私のアンケートの結果は、もっとひどいのではないかと
いうふうに思うわけです。
どうしてこんなことになってしまったのか。一言で言うならば、あらゆる社会のシステムに、何か歯車の 狂ったところがあるからではないか。何がどう狂っているかということをきちんと分析して解読しないうちに、 ずるずると次のことをやってきているというのが、現状ではないかと私は思うのです。それで、原点に返っ て考えてみようというのがこのパネルディスカッションの一つの目的であります。
その場合、一つはっきりしていることがあるわけで、それは、人間にかかわるあらゆる物事がネットワー クをなして、人間を媒介して複雑に関連しているということです。そうした複雑なシステムであるにもかか わらず、これまでは、個々のサブシステムだけを取り上げて、問題の解決をしようとしてきたというふうに 私は分析しております。
物事の変化速度がゆっくりしていた時代には、それでも対応ができた。ところが、ドッグイヤーと言われ るような変化の早い時代になって、そうした手法というものが通じなくなってしまった。つまり、あらゆる施 策がすべて後手後手になっているということだと思います。それではどうしたらよいかということですが、 一つの可能性は、今言いました、ネットワーク化している人間社会のシステムを、できる限り全体としてと らえて、その上で個々の時系列のダイナミクスを解読し、施策を考えていくということではないでしょうか。 ここにおいて、このゆらぎの科学、あるいは、複雑系の科学と言ってもよいと私は思うのですけれども、そ の応用の可能性を議論してみることに意義があるのではないでしょうか。
特に日本においては、ゆらぎに関する二つの著名な業績というものがあるわけです。一つは、統計的 な手法を用いてダイナミックシステムの制御を行う方法を編み出された、赤池弘次先生を中心とするグ ループの業績であります。赤池先生の手法は、ゆらぎを計測し、解析し、現象のメカニズムを踏まえたモ デルを創出されて、予測し、制御するというものであります。
それから、もう一つは、ここにおられる武者先生の思想というか原理でありますが、「ゆらぎ」という言葉 を創案し、この研究会を引っ張ってこられたわけであります。生体とか人間社会システムは、このゆらぎ を完全に制御してしまいますと硬直化を招いてしまいます。武者先生は、時にはゆらぎを積極的に導入 することが重要だということを言っておられるわけで、このゆらぎ現象研究会のリーダシップを取られて、 第 16 回まで来ているということでございます。
このようなゆらぎの科学の思想と技術を踏まえた上で、大学創りという問題について具体的に議論しよ うというのが今日の最大の目的であります。なぜ大学創りというテーマを挙げたかといいますと、一言で 言えば、それは私たち自身の問題であり、その方法を示してみることが、社会の人たちから見たときに、 大学に対する信頼感を生み、新しい未来を感じる源泉になるのではないかというふうに思うからです。
それから、今回のテーマは、「閉塞感の打破と大学創りと―ゆらぎの科学の立場から―」ということです
が、このことに対し、閉塞感とか大学創りというものを、サイエンスの立場から議論することはできないの ではないか、あるいは、ふさわしくないのではないかという疑問を持たれる向きもあろうかと思いますが、 その辺のところにつきましては、必要に応じて議論していただければよろしいかと思います。
今日は、研究会の会員はもとより、会員以外のいろいろな分野の大学関係者、さらに、企業の方々に もいらしていただいます。こうした学際的、職際的な場において私たち自身の問題を議論できるというこ とは、大変意義があるのではないかと思います。難問解決に向けての取っかかりになればよいと思って おります。
このあと、各パネラーの先生方から約 10 分間の基調レクチャー、それに対する直接的なディスカッ ションを18 時までやっていただきます。時間が非常にタイトですので、できる限り簡明に、しかし、重要な キーワードは全部、入れていただいて、時間がオーバーした場合には、その時点で一たん中断させて いただき、次のパネラーにバトンタッチします。最後のフリーディスカッションのときに、その続きを発言し ていただきたいと思います。18 時になったら、夕食のため約 20 分間のインターミッション、18 時 20 分か ら、どんな大学創りをやるのかの問題を中心にフリーディスカッションを 20 時まで行いたいと思います。
第一部 基調レクチャー集
Ⅰ.ゆらぎの発見、応用への展開
武者利光(ゆらぎ研究所/脳機能研究所)
【司会】
それでは、武者先生から基調レクチャーをお願いいたします。
テーマは 「ゆらぎの発見、応用への展開」 、キーワードは「柔軟性」、「未知の可能性」、「常識と非常 識」、「数学と物理」 です。
【武者】
今日のキーワードは、「ゆらぎ」ということと、「社会の閉塞性の打破」ということですが、このゆらぎという 言葉が出てきたそのもともとは、物理現象です。物理学というのは、自然現象の根源つまり物事の第一 原理を考える哲学です。物理学の歴史を振り返ってみると、物理学の研究の過程から出てきた新しい物 の考え方が、いろいろな分野の研究にインパクトを与えております。この「ゆらぎ」というものも多分そうい うたぐいに属するのではないかと思っております。「ゆらぎ」というのは、もともとは物理現象、中でも半導 体のノイズとかそういう中から生まれてきた概念ですが、それが、生体が生命を維持するのに不可欠な 要素であるとか、進化に必要な要因であるとか、世界の動きとか、柔軟に物を考える上で重要な「こと」で あることがわかってきました。つまり、予測可能性と意外性とが織り成す「ゆらぎ」という概念に基づいて、 現在の社会的な閉塞感を打ち破ることができるのではないかというのが、このパネルディスカッションを 開く動機になっております。
「ゆらぎ」のなかでも自然界を支配している重要なのは「1/ f ゆらぎ」です。瞬間ごとに物事がまったく無 相関(ランダム)にゆらぐというイメージは数学的な世界にしか存在しないもので、自然現象には必ず記憶 とか余韻がありますので、現象の間には「関係」が生じます。この関係のつき方にはある法則性があって、 それがランダム性を緩和して「1/ f ゆらぎ」を生じさせます。この「関係性」が自然の調和を作り出している ので、ミステリーともいえましょう。その関係性が発生するメカニズムは現在のところ未知でありますが、そ の結果だけを利用すると、複雑なシステムがうまく動くということは経験的にわかってきました。
物事が複雑になると、それを構成するミクロなシステムのダイナミックスを積み上げて全体の運動を解 くのが困難になりますが、逆に複雑さが簡単な法則性を発生するという面もあります。そのために統計物 理学という学問分野ができましたが、「1/ f ゆらぎ」はどうも統計物理学の基本的なコンセプトの枠に収ま
らないところに面白さがあるし、「おさまらない」ところにまた重要な意味を持っているものと思われます。 大体、常識というのは間違っていることがあり、われわれの考えを間違った方向に導くことがあるので、い ろいろな常識を疑ってみることも大事でしょう。全体は個から構成されています。「個」の状態に関する記 憶の減衰と、「全体」の状態に関する記憶の減衰とが同じ法則性に従うという仮定だけで、自然界に普 遍的に存在する「1/ f ゆらぎ」が説けることがわかってきました。べつな言い方をしますと、その集団に個 が与えた影響が再び個人に戻ってきて、集団と個の中に蓄積された記憶が足並みをそろえて減衰して いくというモデルで 1/ f ゆらぎが必然的に出てくるのです。
レーザー・ビームを水晶の結晶に当ててそこからの散乱光のゆらぎを分析したのです。この散乱光の 強さは、水晶内部の特定モードのフォノンのエネルギーに比例しているのです。これが「1/ f ゆらぎ」をし ていることを突き止めたのです。水晶結晶の中のフォノンのエネルギーは、エネルギー等分配法則によ ればすべて等しいエネルギー状態になるのですが、実際はそうではなくて常にふらふらとゆらいでいる のです。それが「1/ f ゆらぎ」ですから一定値に収束しない。つまり平衡状態で等分配されているとは言 いがたいのです。熱平衡状態とかエネルギー等分配の法則は「1/ f ゆらぎ」とは相容れないものです。私 たちが行った実験によると、熱平衡状態と考えられている状態が実は「1/ f ゆらぎ」をしていることがわか りました。「1/ f ゆらぎ」というのは長い時間をかけて平均しても状態が収斂しないのです。したがってエネ ルギーが等分配されているかはわからない。基本的にはゆらぎを発生するためには個の間に相互作用 がなければならないし、相互作用をしている個のエネルギーというものが、はっきりと定義できないので すが、これまでの考えでは「わずか」だから無視してよいと考えていた要素が本質的に重要な役割を果 たしていることを考えないと、「1/ f ゆらぎ」の存在が理解できないのです。
そこで今日のテーマに戻って考えると、「1/ f ゆらぎ」的に全体の状態を意識的にもってゆくというのが 何かの問題を解くときの鍵になるかもしれません。集団の進化の状態が閉塞するというのは、個と全 体とのバランスがうまく機能していない状態なのかもしれません。複雑なシステムの内部の相互 作用を解くときに摂動理論を用います。これは相互作用の跳ね返りの小さいものを無視するという発想 ですが、この「微小な跳ね返り」が積もり積もって質的な変化をもたらすというのが「1/ f ゆらぎ」から学ん だ教訓です。話がやや漠然としていますが、こういう問題を気ままに議論する場が欲しいですね。閉塞 しているというのは出口が見つけられなくて、進化が停止しているということでしょうから、従来の方法論 などに囚われているということでしょうね。やはり常識を打ち破る発想でこれからのあり方を発想するとこ ろに答えがあるのでしょう。無目的での議論はこのような場合にかなり有効な方法です。たとえばサロン のような。
【司会】
武者先生、どうもありがとうございました。あと 2 分ぐらい討論の時間がありますので、ディスかションを お願いします。
【沢田】
今のとの関連で、今から100 年前の世紀の変わり目に何が起きていたかということをちょっと話したいと 思います。1900 年4 月25 日に、イギリスのロイヤル・ソサエティで、ロード・ケルビンが物理学の世界に 分からない 2 つの問題があると言っていました。1 つは、マイケルソン・モーレーの実験が理解できないと いうことと、もう1 つは、溶鉱炉の中の温度のブラックボディのスペクトラムが理論と合わないということでし た。後者は、武者先生が今おっしゃったことであり、いろんな絵をかいていまして、マックスウェル・ボルツ マン分布は必ずしも正しいとは言えない、分布が熱平衡にならない、ということを言っていたのです。 だから、ひょっとしたら、先生のおっしゃっている… … 。
【武者】
今、非常におもしろい時期なんですよ。何かできる時期だとおもう。
【沢田】
かもしれません。
Ⅱ. 人間の感覚- 行動制御における先行性とゆらぎ
澤田康次(東北工業大学)
【司会】
次に沢田先生、基調レクチャーをお願いします。
テーマは「人間の感覚- 行動制御における先行性とゆらぎ」、キーワードは「proactive- control」、「先行 制御」、「進化による学習」、「こころの由来」です。
【沢田】
私は、生物のミクロなアプローチで、生物というのはどこまで理解できるかというようなことは非常に 大事ではありますけれども、そして、今、ゲノム、そういう方向でどんどん行っていますよね。それで、 生きているということが理解できるかという視点で、それはできないという結論に達しています。その理 由は、ちょっと細かくなるので、またパネルのときにはなすとして、ミクロな方向で追いかけると、生き ていることを理解するまであまりにも距離があり過ぎるし、今までわかっている既存の論理でしか追いか けられない。だから、そこから人間の基本的な問題、つまり、生きているとはどういうことかということ を説明する論理にはつながるはずがないと。それは論理的な問題なのですが、不可能であるということは、 ちょっと考えれば明らかなのですね。ですから、やっぱりそれは、マクロな現象はマクロでやらなければ いけないということがあります。
それで、私の言いたいのは、生きているということが科学的に測定できるかどうかということですけれ ども、私は前に、そういうデータは昔からちらちらとあったので、私は多分それにヒントを得ているんで すが、非常に簡単な実験をして、手の動きみたいなのをやりますよね。手の動きというのは、例えば、ス クリーンにターゲットが周期的に動いている。それを目で見て、それを手で追いかけてくださいという課 題を与えますと、その手の動きは、普通はある周波数範囲で先行するということがあるんですよ。
それは皆さん、薄々感じられていると思うので、例えば、眼球運動を測定していた人が昔いまして(1980)、 伊藤さんという学芸大学の方ですが。 図の点線で書いたのはスクリーン上のターゲットの動きで、実線は 眼球の運動ですが、これは明らかにターゲットに先行していますね、平均的に見ると。こういうことはわ かっているのですけれども、それを定量的には解析されてなかったので、それで、私たちはちゃんとわか りたいと思ってやったのです。もうひとつの図は同じく伊藤氏のデータですが病的な場合はターゲットの 運動に比べておくれていますね。こういうことがヒントになって、きちっと測定しますと、先行といって もゆらぎが出てきます。図のヒストグラムは、50 ミリセカンドごとにサンプリングするのですけれども、
サンプリングするときに、位相が先行しているものはゼロから横軸の正の領域で、おくれているのは横軸 の負の領域ですね。確率的に見てゆらぎが大きいのですが、明らかに中心値は、ポジティブフェーズ、つ まり、先行するほうにずれています。周波数を変えますとどんどんとずれていきまして、ずれが大きくなっ
ていくのですね。高くなればなるほど大きくなっていくのです。どのぐらいずれるかというと、図の 0.1 から1.8 Hz の周波数範囲でポジティブに動く。これ以上の周波数になると、ついていけないのでネガティ ブになってしまうのですけれども。なぜこんなことになっているかということを質問するのかといいます と、これはロボットの戦略と、人間をはじめとする動物の戦略が全然違うということをサジェストしてい るということであります。
今ロボットはすごく速いのができまして、例えば、MIT のロボットは 1 ミリセカンドで動くので、ほと んど目に見えなくって、ハエでもパッとつかまえることができるけれども、画像処理の時間がかかるので、 画像処理は、ここの大学の石川先生という方が速いパネルをつくって、結構そのコンビネーションでうま く動くやつができていますけど、1 ミリセカンドで動くロボットができたら、周りの環境に対しては何で
も対応できるので、こういうふうに先行する必要は何もなかったんですね、ロボットの論理で最初からい くと。ところが、人間の神経細胞というのは伝達が遅いですから、視野に入ってから、脳まで行って指令 を出すまでに、大体 200∼300 ミリセカンドかかるので、とても外界にはそのままではついていけないの で先行しているということを実証するために、この一定周波数の実験中に被験者に言わずあるときに突然 周波数を変化させる。先ほど言いましたように手の運動の位相差はゆらいでいるので、周波数が突然変化 したときの位相は先行しているときもあるし、遅れているときもある。図はたまたま先行しているときに、 後のエラーがどのぐらいになるか。つまり、先行している場合と先行していない場合のエラーの量を実験 で測定しますと、先行しているほうがエラーが少ないということがわかるのですね。このような曲線になっ ていまして、被験者によらず、大体健康な人ですとこうなっているのです。つまり、われわれの運動は平 均として、ターゲット運動に先行していて、その先行量は、将来起こりうるターゲット運動の変化に際し て手の運動の誤差が最小になるように決まっているということが実験で証明されたということなのです。
生物は長い間かかって生き残ってきたときに、脳の中に、皆さん自分でもそんなことを、当然そう言わ れるとお感じになると思いますけれども、先行しているのですよ。つまり、言葉を聞くときでも、既にも う言われる前から大体はわかっている。それから、文字認識でも、実験してみると、文字が全部見えるま でに既にもうわかっているのですよね。それは、データがちゃんとありまして、ある字が20%ぐらい出て くると、もう既にその字が何かというのがわかるピークがありましてね。それから、全部わかったときに またピークが出てくるのですけれども、先行性というのはあるのです。
この今のそういうふうに先行しているというのは、人間のすべてのフェーズであらわれているのですけ れども、そういうことがないと対応できないということで、そういうストラテジーを埋め込んでしまって いると。だから、こんな簡単な実験でもそういうことが証明できるということで、そのときにゆらぎとど ういう関係があるかということなのですが、このさっきお見せしましたように、ガウス分布に非常に近い 分布をしているが、中心値のゆらぎのほうが平均値より大きい。こんなのは使っちゃいかんとおっしゃる 向きもあるかもしれませんが、ガウス分布だったら中心値は統計的に意味があるので、その中心値は揺ら ぎが大きくても意味を持つ。
なぜこんなゆらいでいるかということも興味ある問題ですが、それは、実はあるモデルでこの実験結果 を殆ど再現できることが分かりました。 そのモデルによると、高安先生がよくやっておられるような、マ ルティプリカティブ式なノイズというのは、つまり、変数にゆらぎが掛け算になって入っているようなシ ステムだと、1/f というか、パワーローのゆらぎが出てくるのですけれども、実はこの手のゆらぎのスペク トラムを取りますと、パワーロー的に減衰していて、それはそういうのに近い。
モデルでも、実は脳の神経回路の中で速度を測定するという部分があって、速度を測定する部分の情報 をフィードフォワードする回路にゆらぎが入っていると、今のようなことを出すことができます。ゆらぎ というのは、このぐらいゆらぎを持っているほうが、いろんな面で今の学習、つまり、どのミニマムの点 を取ると一番生存競争に勝てるかということを探すためにゆらいでいるという感じが明らかです。私の言 いたいのは、この討論会と関係がある生きがいとは少し異なるが、実はポジティブフェーズであるという ことが生きていることだということを主張したいのですよ。まあ、脳があまり健全に動いてないときはネ ガティブフェーズになりますし、そして、ロボットではポジティブフェーズになる必要は全然ない。つま り、そんなに速く動く場合は、外界をつかまえるのに、えさをつかまえるのに、何も先行する必要はない わけですね。だけど、我々は遅いから、それを補うために先行している。だから、人間が生きているとい うことはそういうことなんじゃないかと思っています。
ついでですけども、ここからは証拠はありませんのですが、先行しているということによって、初めて 人間には心ができてくる。おくれているのでは、心は出てくるはずがない。心ができるための必要条件は、 外界よりも先行している運動をすることができるということが心の発生の条件になっていると、そういう ことをきちっと示したいということがこの実験の動機でもあります。
【司会】
沢田先生、ありがとうございました。
ちょうどぴたりの時間で終わっていただいたので、5 分ほどディスカッションできますが。
【武者】
今のポジティブフェーズ、ネガティブフェーズというのは、ちょっと簡単にもう一度、説明してくださ い。
【沢田】
スクリーン上でターゲットがこう振動しますよね。それを手で追うのですが、手で追う代わりにマウス を使って、スクリーンに… … 。
【武者】
ああ、先行するかどうか?
【沢田】
ええ。それが、位相がどうなっているかということですね。だから、グラフで言うと、ターゲットがサ インカーブでこう… … 。
【武者】
ああ、わかりました。それと生きているということと結びつくというのは、私は理解しにくいな。生き ていたっておくれる人もあるしね。
【沢田】
これは難しい問題なのだけれど、とてもよくできたロボットも生きているの生きていないのという質問 に対する唯一の答えだと思っているのです。生きているとはいってもほんとうは生かされている場合もあ る。例えば、ほんとうは社会的には生きているけれども、一人では生きて行けない可能性がある場合もあ るわけですね。そういうような… … 。だから、ほんとうの意味の生きているというときには、先行してな いと生きていられないです。
【武者】 なるほど。
【沢田】
個人で放ったらかされると、えさをとらなきゃいけませんね。えさを取るとか、外界とインタラクショ ンするときに、アクティブにインタラクションするためには、いつも先行してないとアクティブにできな いですよ。アクティブにインタラクションしないと生きてはいけないんです。
【武者】
生存競争で負ける人は生きてないということですね。
【沢田】
現代の社会は個人的弱者を救うシステムが発達しているのでこのような科学的視点とは一致しない。
【武者】
そうなっちゃいますね、今の定義だと。人におくれをとる人は生きてないんだと、はっきり言うと。
【沢田】
まあ、社会というのは複雑ですから、あんまりはっきりは言えないんですけど。
【司会】
プロアクティブ・コントロールとはどういう意味ですか。
【沢田】
プロアクティブというのはリアクティブに反する言葉で、リアクティブというのは普通、来てからリア クションするということで、プロアクティブというのは、その前にアクションしちゃうということです。 プロアクションするということが生きているということであるという、ほんとうにね。つまり私は、テュー リング・テストというのがあって、生きているものとロボットとをカーテンの後ろに置いて、どんな質問 でもしてくださいと。そうしたら、それに対して、こっち側は人間の答えで、こっち側はロボットの答え だという、そういう質問がありますかという質問があって、それは存在しないとかいう話になっています けども、でも、ほんとうはこういうテストをかいくぐるロボットだってつくれますよ、でも、現在のロボッ トはそういうことをする必要はないんですよ。ものすごく速いですからね。もう全然別のところへ行っ ちゃっているんですね。で、人間とは別のところへ行っているから、つくろうと思えばつくれるけども、 そんなことつくる必要はないから、つくったってばかみたいなんですよ。で、ロボットに心を持たすなん ていうことは全然意味がないということなんです。
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参考:沢田康次、「生物と脳の数理科学について」(脳情報数理科学の発展」特集号, 2002年10 月, 168- 176, サイエンス社)
Ⅲ. ふたたび風土の科学を
池内了(名古屋大学大学院理学研究科)
【司会】
それでは次に池内先生、お願いいたします。 池内先生には、「ふたたび風土の科学を」というテーマ でお話していただきます。
【池内】
先ほど言いましたように、山上会館で宇宙論に関するコンファレンスがありました。僕は話を聞きながら、 ちょっとおかしくなっているのではないかなという感じが実はしたんですね。といいますのは、実は宇宙 に存在する物質の、現在、我々が観測で直接知っているものは 2%だけなんですね。あとの 98%に関して は、直接観測しているわけではないのです。そのうちの30%はいわゆるダークマターと言われていて、多 分、存在しているけれども電磁波では見えず、及ぼしている重力によって確かに存在していると考えて いる物質です。
そこまでぐらいは納得できるのですが、この数年の間、宇宙の大域的な構造を調べることによって、今 度はダークエネルギーというものを入れなければならないということになってきました。宇宙膨張が加速 しているということが観 測 で言 われるようになったのです 。膨 張 を加 速 させ るためには、ダー クエネル ギーと言われるちょっと変な力を及ぼす物質を持ち込まなければならないということになってきたわけで す。それが何と 60%以上あるんですね。結局、このダークエネルギーとダークマターを寄せ集めると、宇 宙の総質量の 98%なってしまうのです。我々の知っている物質、つまり、この原子ですね、普通の陽子、 中性子でできている物質は 2%しかない。
僕は、そんなに単純に考えて良いのかなと、つい思ってしまうのです。実体がよくわからないものを持 ち込んで観測結果を説明しようとするのはいいのだろうか、と。さっきマイケルソン・モーレーの実験の話 がありましたが、僕はひょっとしたら、同じような歴史をたどっているのではないかと思いました。あの実験 の動機は、波の伝播には媒質が存在しなければならない、光は波である、したがって光を伝播させる媒 質があるはずで、それはエーテルである、エーテルに対する地球の運動を検出しようと考えたわけです ね。少なくとも 19 世紀の終わりまでは、エーテルの存在は仮定されてきたわけです。それを検証しようと した結果、マイケルソン・モーレーは、光の速さはどの方向も同じであるということになり、エーテルは不 必要と考えざるを得なくなった。エーテルは不必要だとはっきり言ったのはアインシュタインですけれど。
ひょっとしたら、我々も宇宙論の世界で、ある観測結果を説明するために、従来の枠組みにとらわれ て、あるいは従来の枠組みに入れるために、変なことをし始めているんじゃないかという気になったわけ です。知らない物質を98%も持ち込んでわかったような気になっているけれど、ほんとにわかったことにな
るんだろうか、と。知らぬ間に、異常な絵を描いているのかもしれない。今までの枠組みにとらわれ過ぎ て、病的科学になっているのではないだろうかと心配なのです。宇宙膨張の加速は、アインシュタイン方 程式に宇宙項と呼ばれる斥力の項を入れれば生じるのですが、それがダークエネルギーに対応すると します。昔アインシュタイン自身が余分の項を入れて重力とバランスさせ、静的な宇宙を作ろうとした名 残なのです。その項は、困ったときの神頼み、アインシュタイン頼みで、これまで理論がうまくゆかないと きに復活しては消えてきました。今、また安易に復活させるのは、ちょっとおかしいんじゃないかなと思っ ているのです。つまり、我々は、1 つ 1 つのことに関して従来の枠組みにとらわれない発想で、もう一度宇 宙論の進め方を点検し直さねばならないのかなというふうに思ったわけです。
さっきの 1/ f ゆらぎの問題も、従来の統計力学からちょっと外れて、基本的過程をもう1 回疑ってみる 必要があることを示唆しているのかもしません。実は、こういうふうに引っかかっていると論文が書けない んですね。論文を書くためには、新しい情報が入ってくれば、それをどんどん追いかけていく必要があり ます。そして、そんな人間がうわーっとそういう話ばっかりし始めると、世の中はそれしかないのかというこ とになるわけです。これは学問にとっては非常に危険なことではないかと思います。現在のように科学者 がやたらに多くいて、何か出るとハエがパーッと飛んでくるように集まってくるような状態ですと、何か間 違ったままずーっと流されていってしまいかねないからです。どこかで、自分たちは異様な自然像を描 いているんじゃないのかな、と幾度も点検する必要があるのではないでしょうか。実は、これは前置きで ありまして、そんなことを、今まで出た話でちょっと感じたわけです。
私の今日のキーワードは、先ほどありましたように、「ふたたび風土の科学へ」というもので、岩波の『科 学』で対談したときにそういう言葉を使ったわけです。これはもともと、寺田寅彦から取ったものです。彼 自身はミクロ科学の最先端である X 線解析をやり、それで学士院賞をもらったのですが、以後はマクロ な世界へ移ったわけですね。地震とか地球の問題とか、そういう分野に移りました。彼自身は、もっと身 近なものを土台にして、それをとことん突き詰めれば普遍的なものが出てくるかもしれないということを、 風土の科学と呼んだのです。彼は、尺八の研究でドクターを取った人ですから、日本固有のものに最初 から興味を持っていたのは事実です。彼の考え方は、科学は普遍を目指すのだから風土という非常に 特殊から出発するのは矛盾しているように見えるけれども、特殊をとことん突き詰めれば普遍へ行くとい うものでした。
僕は「科学をとらえ直す」という言い方をしたいと思っています。僕も物理学出身で、物理学というのは、 とことん普遍を標榜してきました。むろん、物理学だけじゃなく、科学すべてなのです。普遍を押しつけ てきたと言えるかもしれません。特殊なもの、ローカルなもの、あるいは今の風土的なものは、科学の対 象になり得ないとして切り捨ててきました。マクロな特殊から出発するのではなく、非常に高等な技術や 機械等を使って、より単純で普遍的な世界へ移れば物事がわかると考えてきたのです。それはそれで 還元主義として成功してきたわけですが、20 世紀の中で多少行き過ぎてしまったのではないかと思うの です。普遍の押しつけである、と。
先ほど、分子レベル、あるいはゲノムレベルで、果たして生命がわかるかという話がありました。わかる はずがないと私も思いますが、そういうところへトコトン突き詰めることによって、かえって生命の本質から 外れていくのではないでしょうか。機械のシステムとしてはわかるかもしれませんが、生命そのものはわ からないと思うんです。普遍を追究しようとして本来目標にしたことからどんどん外れ、その普遍というの が非常に抽象化されてしまい、生命とは何か、遺伝とは何なのかという素朴な問いかけを忘れ、違う方 向へ行ってもほとんど気がつかなくなっているのではないかと思うのです。むしろ、特殊、あるいは風土、 あるいはローカリティ、そういうようなものから科学を出発させる必要があるのではないでしょうか。大学の 教育でも、そういう特殊なものを材料にしながら普遍へ行くように考えるべきだと思っています。また、科 学や技術の原点は何かと問い、そもそもは人間が幸福になるためであり、それを実現するために学習し 研究する、その原点はむしろ特殊、つまり私であり、風土、ローカリティであるわけですね。そこをどうも 忘れてきているのではないかと思うのです。
そのような意味を込めて、「ふたたび風土の科学へ」という言い方をしたのです。現在の我々の科学の 内実、あるいは技術の考え方や取り組み方を、違った目で見直したい、と。例えば、現在の技術の枠組 みは、集中化して、一様化して、巨大化して、そのメリットを得ることを主眼にしています。それに対して、 集中化ではなしに分散化であり、巨大化ではなしに小型化であり、一様化ではなしに多様化である、そ ういう全く逆の発想から技術体系を見直すことが大事なのではないでしょうか。巨大化・集中化・一様化 の技術が、大量生産・大量消費・大量廃棄というシステムを作り上げ、環境の容量の限界に近づきつつ あると考えれば、 21 世紀には逆の発送からの技術が必要とされてきているのではないかと思っていま す。
それを、物理学、あるいは科学に敷衍して言えば、普遍・単純・スペシャリストから、特殊・複雑・ジェネ ラリストへと転換しよういうわけです。そういうような発想で科学をとらえ直し、そういうようなことを土台にし た大学創りというのが必要なのではないかと思っています。
ここで、小型化ということを次のキーワードにしましょう。お読みになったかもしれませんが、(2001 年)11 月 13日の朝日の夕刊の「科学をよむ」という欄で、「縮み志向の天才は拡がり志向の愚者である」という 文章を書きました。この言葉は、李御寧さんという方の『「縮み」志向の日本人』という本から採ったもので、 この本は 20 年ほど前に出版された、非常におもしろい本でした。今は講談社文庫に入っていると思うん ですが、彼は、日本人の 1 つの特質として縮み志向があり、非常に細部にこだわると素晴らしい能力を 持っていると言うのです。例えば、盆栽とか庭園のように、見事に自然を縮約して示すことができる。ある いは、入れ子細工とか、扇子とか、能面とか、俳句とか、短歌とか、そういう非常に小さなものに 1 つの世 界を作り上げることこそが日本人の文化の特質ではないかと指摘しています。その意味では、コンパクト 化、あるいはフラクタル化と言ってもいいんですが、そのような発想です。
確かに、その指摘は当たっているように思います。ところが、日本人は変な自信を持つとついつい拡 がり志向になって失敗する、というわけです。力を持つと、秀吉が朝鮮へ侵略したように、あるいはアジ ア太平洋戦争を起こしたり、今の借金だらけのくせに自衛隊を戦争に送ろうなんていう発想、そういう何 かある種の拡がり志向になったときには、抽象世界をとらえる能力に欠け- - 日本人はむしろ内側の具象 的な世界をとらえる能力に長けていて、外側の抽象的な空間はなかなかとらえがたい- - 失敗するではな いか。これはむろん一面ですよ。何でもその通りで正しいと言っているのではなしに、そのようなものの 見方もあり、少しは気に留めておくのも役立つだろうと思うのです。
そんなことを考えながら、物理学の進め方にある種の反省が必要だろうと思っています。物理学は、少 なくとも 20 世紀前半まで成功してきたんですね。それで、先ほど言った単純化、あるいは普遍化という 方法で、いわば力任せでやってきたわけです。それなりに成功してきたんだけれども、ある意味では、そ れはそれで壁に差しかかってきた。『科学の終焉』というおもしろい本がありましたが、物理学は 20世紀 後半にはあまり大した成果は生んでないんじゃないかと言われる状 態です。相対論があり、せいぜい DNA ぐらいで、それ以後はもうあんまり大したものはないんじゃないかというわけです。いわゆる原理的 な世界での理論はなかったからです。
しかし、いつの世の中でも、この今が一番科学者の数が一番多いわけです。論文の数は、この 1 年分 の足したものがこれまでの総量と同じになるぐらいです。そういう猛然たる成長ぶりでありますが、既存の 枠組みの中での、いわば力任せの論理そのものの結果でしかないのではないかという反省があります。 縮み志向というのは何か自閉的で内向的なように見えるけど、実はそうじゃなくて、拡大主義とか普遍主 義とは対極にある発想でものをとらえる特質ではないでしょうか。僕は、そういう面から科学を見直してい くというのが、1 つの重要なことではないかと思っているのです。
冷戦時代までは、科学が国家の発揚に使われてきたわけです。冷戦は終わりましたが、それでもなお 同じ発想が続いています。例えば、科学技術基本計画は、まさに国家の発揚、日本の経済を助けるた めの科学・技術という捉え方であり、科学者もそれを良しとする拡大志向は、僕は非常に危ないのでは ないかと思っているのです。縮み志向というのは、競争によってナンバーワンになるのではなしに、小型 でもきらりと光るオンリーワンになるということだと思います。
ゆらぎに関係させるとすれば、先ほど言いました、単純な方向へ突き詰める論理から、より複雑な問題、 複雑なシステムを、我々の科学や教育の中に生かすべきだろうと思っています。物理学を教えながら常 に思うのは、我々の身近にある現象というのは、ほとんどが複雑系で、あんまり解かれてないことですね。 我々は、ニュートン力学を講義するとき、理想的な状態で、非常にピュアに解ける問題だけを教えている。 これはあまりにも現実と乖離し過ぎているんですね。日常の経験と教室で教えられる科学が、あまりにも 乖離し過ぎている。日常的には複雑系を相手にしているんだから、むしろ複雑系を取りあげて、これは 今までの科学の方法では解けないんだということを、大学教育で始めたほうがいいんじゃないかと思っ
ています。
その中で、我々が持っている物理知識はこういうものであり、それはこういう複雑系に対してどんな弱 点を持っているかを語れば良いのです。例えば、線形性を仮定しているわけです。また、フラクタル的な べき関数の世界よりも指数関数で記述する世界、つまり、ある特別な物理量が存在する世界をもっぱら 解いてきた。あるいは、完全な決定論であって、ゆらぎの重要性なんて何も教えないんですね。しかし、 日常の現象はすべてはゆらいでいて、ゆらぎが新たな質へ転化させるキッカケになっていることが多い。 むしろ、解けてない問題から入っていくと、現在の科学の枠組みの限界も見えてくるでしょう。その意味 では、ゆらぎなんか典型的におもしろいと思います。これまでの科学あるいは技術の枠組みを整理し直 して、それと対 立的な発想のものを意識的に研 究す る、あるいは、教 育の場で生かす というのが大 事 じゃないのかなと思っております。
【司会】
池内先生、ありがとうございました。ぴたり15 分ですので、次に参りたいと思います。
Ⅳ. ゆらぎの制御
大見忠弘(東北大学未来科学技術協同研究センター)
【司会】
それでは次に大見先生、お願いいたします。 テーマは「ゆらぎの制御」です。
【大見】
今までの先生方のお話とちょっと違って、集積回路の製造にかかわる仕事をやりながら、ばらつきだと か、雑音だとか、そういうのと毎日、格闘を演じながら仕事をしております。ゆらぎを制御することにより、
「大規模集積システムの動作信頼性」をどのように上げるかという話をします。副題を、「ゆらぎ・ばらつき に支配されない生産技術の確立を」としましたのは、その雑音・ばらつきとの闘いというのが相当大変だ ということを述べたいからです。
今、我々がどんなステージにいるかといいますと、100nm 程度の寸法のトランジスタを、10 億個から 100 億個ぐらいワンチップに載せます、そういうチップを、ウェハの上に例えば、500 個、1000 個、載せま す、そして、完全にそろったものを全部つくらないといけない、という技術づくりをやっております。寸法を 50nm、35nm、25nm と小さくし、機能、知的レベルをどんどん高めるために、トランジスタ1 個 1 個は微細 化して、集積規模を上げなければいけない。
一方で、寸法が小さくなってきますから、同時に消費電力も少なくしたいということで、信号電圧がどん どん小さくなっていく。例えば、50nm 世代では一応 0.6V で動作させようとしている。35nm では 0. 5V 、 25nm では0.4V で動作させようとしています。一方、例えば、チャネル方向のシリコン原子が幾つあると か、MOS トランジスタのゲート絶縁膜の原子の数が何個だとか、MOS トランジスタのチャネルに、しきい 値電圧を制御するために打ち込む不純物原子の数が 100 個だとか、量子雑音の世界に近づいてくるの ですね。
例えば、代表的な集積回路は、今だとPentium などは大体こういうところへ来ていると思うのですが、1 億ゲートがワンチップに集積されています。こうした回路を 1GHz(1 秒間に 10 億回)動作させるとします。 私どもが世の中に製品を出すときの性能保障期間は大体 10年間(3× 10
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秒間)です。その間、一度も 誤動作をしてはいけません。結果として、論理ゲートが 10
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回、動作をしても、1 回も間違ってはいけま せんよ、ということを前提にしてシステム設計を行います。そうすると、例えば、信号と雑音、あるいは信 号とばらつきの比(SN 比)は、26.5dB 以上、絶対値で言うと21.1 以上保証しないといけないのですね。 これが大体、今の設計基準になっています。
将来は、人間と自然言語で対話できるようなヒューマン・インターフェースというようなことを考えており
ますので、大体、1兆ゲートぐらいの集積規模になるだろうと思います。その場合、1秒間に百億回動作 させて 10 年間誤動作なしとすると、約 10
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回動作して、1 回も誤動作してはいけません。結果として、信 号と雑音の比が 27.3dB 以上、絶対値で 23 以上保証しなければなりません。これが今、我々が徹底的に 力を入れている開発目標なのです。
世の中に単電子トランジスタなんてことを言う人がいっぱいいますが、そういう人たちは、電子でも光子 でも、量子雑音というものが絶対に伴って来ることを理解していません。N 個という電子又は光子がいれ ば、√N だけの量子雑音が伴う。そうすると、量子雑音に対する SN 比が絶対値23 以上ということは、1 つの信号の中には電子や光子が絶対に 500 個以上いないとだめだということを意味しています。こういう ことを保証しながらシステムデザインを行います。我々が、例えば、50nm だ、25nm だと言って集積回路 の微細化に入り込んでいくときに、何が待ち構えているか。先ほど武者先生のお話にもあったように、残 念ながら MOS トランジスタをつくる技術が未成熟なものですから、MOS トランジスタには 1/ f 雑音という のが伴ってきます。 1/ f 雑音というのは、チャネルの長さに逆比例して増えてまいります。ですから、微 細化をすると、どんどん 1/ f 雑音というのは増えていきます。そういう世界に立ち向かっていかないといけ ないのです。一方で、信号電圧はどんどん下がっていく。したがって 1/ f 雑音の影響はどんどん大きくな ります。
今、我々が新しい技術を導入することで、1Hz ぐらいのところまでは、1/ f 雑音が見えないような、熱雑音 だけの世界の MOS トランジスタがつくれるのではないかというところまで技術を上げてきております。ま だ途中なのですが、10Hz∼100kHzまでの 1/ f 雑音の計測データを見ると、従来型の O2分子を用いて 酸化した SiO2ゲート絶縁膜の MOS トランジスタの 1/ f 雑音に対して、H2O分子を用いた SiO2の MOS トランジスタの 1/ f 雑音は数分の1になっています。さらに、NH
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ラジカルと O
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ラジカルで、400℃で酸窒 化膜をつくった場合の MOS トランジスタの 1/ f 雑音は、10Hz のところで見ればほぼ 2 桁減ってきていま す。今はシリコン結晶の(100)面にしか私どもは L SI はつくれないのですが、我々がつくり上げた新しい 技術ならば、どの面にも L SI はつくれるものですから、シリコン結晶の(110)面を用いて完全なシリコンナ イトライド(Si3N4)の絶縁膜にすれば、10Hz くらいまでは熱雑音だけで、1Hz を切ってやっと、1/ f 雑音が 見えてくるというようなトランジスタをつくれるのではないかと考えています。
今は、結果的にまだ大きい 1/ f 雑音があるものですから、システムデザインをするときに、例えば、ある 演算処理を 1 秒間とか 10 秒間、連続して演算させる、なんてことをすると、必ずこの 1/ f 雑音で誤動作 を起こします。ですから、1 ミリ秒ごと、あるいは 0.1 ミリ秒ごとにリセットをしながら演算をし直していくという、 そういう設計で逃げているのですね、我々は。
次に、もう1 つとんでもない難しいターゲットが MOS トランジスタにはあります。というのは、ある電圧以 上になると電流が流れますよということで、その電圧のことを「しきい値電圧」と呼んでいます。MOS トラン ジスタを微細化すると、しきい値電圧のゆらぎがチャネル長に逆比例して大きくなっていくのです。今の