-第 13 回 財政赤字と政府債務-
菅 史彦
内閣府 経済社会総合研究所
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
IS-LM モデルを用いた政策分析
IS-LMモデルは個人の合理性や理論的な整合性を無視してい る部分があり、アカデミックな世界では使われていない。 しかし、財政政策・金融政策について分析するにはとても便 利で、示唆に富んでいる。
特に、ミクロ経済学では扱えなかった金融政策を扱うことが できるという点で、非常に有益である。
金融政策・財政政策の効果
IS-LMモデルを用いた分析により、金融政策・財政政策の効 果は、IS曲線と LM 曲線の傾きに依存して決まることがわ かった。
利子率の上昇による投資のクラウディングアウトが小さめに 抑えられると、財政政策の効果は大きく出る。
利子率の下落による投資の増大の効果が大きく出ると、金融 政策の効果が大きくなる。
いずれにしても鍵となるのは、利子率の変化と、それに伴う 投資の変動である。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日本における非伝統的金融政策
日本ではゼロ金利政策により、政策金利がほぼゼロになって 久しい。
このような状況でも、インフレ期待を高めることができれば、 実質利子率を下げて投資を刺激することは可能である。
そのために、日本銀行が年率 2 %インフレ目標を設定し、そ れを達成できるように通貨供給量を大幅に増やす政策が取ら れた。
日本銀行の量的・質的緩和政策は、一昔前まで禁じ手と考え られてきたようなことを大胆に行う政策だったが、今の所期 待されたほどの成果は上げていない。
そもそも金融政策だけでどうにかできる局面なのかという疑
日本の財政赤字と政府債務
日本の金融政策はもうかなりやりきった感がある。
これ以上金融政策で頑張るのが難しいのであれば、財政政策 はどうか?
バブル崩壊以降、財政政策は日本の景気を下支えしていたと 言われる。
しかしそのツケで、政府債務はかつてない水準にまで高まっ ている。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日本の国債残高の推移
政府債務( GDP 比)の国際比較
出典:福田・照山『マクロ経済学・入門』
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日本の国債残高
国債の残高(=日本政府の借金額)は840兆円。
これにその他の借り入れや地方自治体の債務まで含めると、 日本政府全体の債務残高は1260兆円。
日本の GDP は約 500 兆円なので、国債の残高はGDPの 1.6 倍以上、国全体の借金総額はGDPの 2.4 倍以上になる。 一方、税収は約 58 兆円、支出は約 97 兆円
日本の財政支出と収入
出典:財務省 HP
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
財政赤字が減らない理由
単純に大きな借金があるだけでなく、借金が今も増え続けて いる。
最も大きな理由は社会保障関連支出の増大。 すなわち少子高齢化の影響が大きい。
今のままの政策・制度を維持しても財政赤字は増え続ける。 もし政府が国債を償還しきれなくなれば、国内銀行が大打 撃を受けて、銀行危機にいたる可能性がある。
過去の金融危機の例から見れば、銀行危機は国内経済に甚大 な影響を及ぼしうる。
財政破綻の可能性
日本の政府債務は、先進国の中では突出して高く、いまだに 増え続けている。
日本国債の格付けは年々下がっている。
にもかかわらず、国債の利回りは非常に低いままである。 また、有事の際に資産市場で円資産が買われ、円高になる傾 向も変わらない。
なぜ国債の金利や、円資産の価値にデフォルトリスクや格付 けの低下が反映されないのか?
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
ネットで見るとそうでもない説
日本政府は借金(債務)も多いが、じつは保有資産も多い。 日本政府が保有する金融資産は 600 兆円近くある。
ネットの負債(負債ー資産)で見れば約 650 兆円で、GDP 比 1.3倍なので、大したことはないという説。
ただし、政府の資産には年金積立金なども含まれており、実 際に売ることができるのかは疑問。
増税余地が大きいから大丈夫説
日本は税金の高い国ではない。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
増税余地が大きいから大丈夫説
日本政府は、先進国の中では国民負担率が低い方である。 ヨーロッパに比べれば、消費税がかなり低い。
そのため、いざとなったら増税する余地がまだまだあるので 大丈夫という説。
ただ、実際に増税できるかどうかは政治的な要因で決まるの で、何とも言えない。
日本人が保有者だから大丈夫説
国債の 90 %以上は、日本人(日本の機関投資家)が保有。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日本人が保有者だから大丈夫説
国債の 90 %以上は、日本人(日本の機関投資家)が保有。
日本人が保有者だから大丈夫説
国債の 90 %以上は、日本人(日本の機関投資家)が保有。 彼らが国債を欲し続ける限り、財政は維持可能である。 なぜ超低金利であるにも関わらず、国債を保有し続けるのか?
日本人はリスク回避的で、利回りが低くても元本割れを起こさ ないような資産を好む。
国内機関投資家は、日本人に、日本円で支払えばよい。 リスクのある株や海外資産を持つインセンティブがない。 将来有望な企業がお金を借りて投資をしてくれない。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日本人が保有者だから大丈夫説
国内の機関投資家が国債を欲する理由の1つは、国内の他の 有望な投資先に比べて、日本の家計部門の持つ資産額が圧倒 的に大きいことが挙げられる。
90年代までの日本の家計貯蓄率は、他では類を見ないほど高 く、それが長期間続いた。
結果として、日本の家計が保有する金融資産額は 1700 兆円 にものぼる。
そのほとんどが日本の機関投資家に預けられている。
日本人が保有者だから大丈夫説
貯蓄率は高齢化と共にマイナスになるはずなので、家計部門 が保有する金融資産が減少すれば、国債への需要が減退する と考えられる。
国債への需要が減れば、金利が高騰、国債価格が下落し、政 府が国債を償還できなくなるかもしれない。
国内金融機関の金余り状態は、2020 年代前半までしか続かな いという説(Hoshi, Takeo and T. Ito (2013, 2014))もある。
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日銀が保有者だから大丈夫説
日銀が保有者だから大丈夫説
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
日銀が保有者だから大丈夫説
日銀の量的・質的緩和により、日銀による国債保有割合は劇 的に上昇した。
国債への需要が減っても、日銀が買い続ければ金利は上がら ない。
しかし、そもそも政府が公共事業をして国債を発行し、それ を中央銀行が買い取る(=財政ファイナンス)というのは OK なのか?
それが可能なら、政府は無限に公共事業を行い、無限に借金 することができる。
普通に考えれば、通貨が信任を失い、ハイパーインフレに なってもおかしくない。
財政の維持可能性
日本の財政は過去にも類を見ない状態で、どこまで維持可能 なのかは誰にもわからない。
長期で見れば、金利の支払いだけで莫大な額になってしまい、 借り換え続けることができなくなるので、どこかで限界が来 るはず。
とにかく赤字を出し続ける状態は脱したい。 とりあえず増税と社会保障改革は不可欠。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
税収の推移
どこを増税するか?
増税により財政再建するなら、所得税・法人税・消費税のど れかは上げざるを得ない。
増税は必ず景気にマイナスの効果をもたらす。
問題は、どの税を上げるのが一番ダメージが少ないか。 経済学者の多くは、消費税を増税すべきと考えている。 消費増税支持派の間でも、増税のタイミングについては意見 が割れている。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
消費増税の是非
消費増税を支持する人々は、
1 消費は比較的安定的であり、安定した税収が見込まれる。
2 課税逃れの余地が比較的少ない。
3 欧米に比べるとまだまだ低く、増税の余地が残されている。
4 所得税・法人税は、経済成長を妨げる可能性があり、かつ負担 がサラリーマン・子育て世代に偏る可能性が高く、増税は望ま しくない。
と主張。
消費増税に反対の人々は、
1 消費税は逆進的であり、格差拡大を助長する。
2 過去の消費増税後の税収が伸びていない。
消費増税の逆進性に関する議論
横軸に所得、縦軸に消費税負担/所得を取ると、右下がりの グラフになる。
この事実をもって、消費税が逆進的であるとは言えるか? 低所得者のかなりの割合が、既に引退した年金生活者世帯で ある点を考慮すれば、累進性/逆進性は生涯年収を基準に議 論されるべきである。
すると、消費税の逆進性は決して自明ではない。
そもそも低所得者への影響が心配なら、税収の一部を使って 補填してやればいい。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
財政維持のためにできること
増税だけでは無理があるので、財政支出の削減も必要。 国家公務員の削減などには限界があり、効果は限定的。 生活保護費はそもそも額が小さいため、削減しても財政健全 化という意味ではあまり効果がない。
なんとかしなければいけないのは、放っておいたら毎年1兆 円ずつ増え続ける社会保障関係費。
税収の推移
出典:福田・照山『マクロ経済学・入門』
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎
社会保障関係費 内訳
まとめ
日本の財政は、過去に例を見ない状況で、どのくらい危ない のかすらよくわからない。
無限に借金をすることはできないので、どこかで破綻するは ずだが、どこで破綻するかは誰にもわからない。
財政再建のためには、増税が必要だが、どのタイミングでど の税を上げるべきかについては議論の余地がある。
社会保障改革は必要で、特に、 医療費を削減する
引退(年金受給開始)年齢を引き上げる ための政策が重要。
菅 史彦 (ESRI) 経済学基礎