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第 13 章 期待の役割
13.1 フィリップスカーブと期待
フィリップスカーブ: インフレと失業のトレードオフを表す。
失業率 インフレ率
図13.1: フィリップスカーブ
ケインジアンの発想: 総需要増加 → 生産量増加 → 失業率低下 → インフレ率上昇 新古典派的説明: 貨幣錯覚
• 名目賃金(W )の動き: 労働者にはっきりとわかる。
• 物価(P )の動き: 労働者はぼんやりとしかわからない。
• 名目賃金(W )の上昇を実質賃金(W/P )の上昇と考え、労働供給を増やす。
• 結果、インフレ率が高いときは、名目賃金の上昇率も高いので労働供給を増やす。 インフレ予想 (期待)の役割: 長期的にはインフレと失業率のトレードオフはなくなる。
• 例: 予想より高いインフレ率が続く場合(その分名目賃金(W )も上昇)
– 当初、名目賃金(W )の上昇を実質賃金(W/P )の上昇と錯覚し労働供給を増やす。 – そのうち、名目賃金(W )同様に物価が上昇しているため、実質賃金 (W/P )が変
わっていないことに気づく→ インフレ期待(予想)が修正される。 – 労働供給を増やすことをやめる。
• インフレが長期的に続くと、失業率に影響を与えない。
• 必要以上の拡張的政策は、インフレ率を高くするだけ。
上級マクロ経済学:影山純二
失業率 インフレ率
図13.2: 長期のフィリップスカーブ
13.2 国債の中立命題と期待
国債の中立命題: 納税者の期待の持ち方によっては財政政策の効果が景気に中立的となる。
• 将来の増税を予想しない場合(人々は将来を予想しない)
• 結論:財政政策に効果がある → 国債の中立命題が成立しない
政府 民間 全体
現在 G↑ S↑, C↑(乗数効果) 景気↑ 将来 T↑ S↓, C↓ 景気↓
• 将来の増税を予想した場合(将来の増税に備え現在の貯蓄を増やしその分消費を減らす)
• 結論:財政政策は効果がない → 国債の中立命題が成立する
政府 民間 全体
現在 G↑ S↑, C↓ 景気変化なし 将来 T↑ S↓, C変化なし 景気変化なし
13.3 為替レートと期待
為替取引と金利: 資産を運用する際、国内で運用するか、海外で運用するか?
• 国内で運用した際のリターン:R (国内の利子率)
• 海外で運用した際のリターン:Rw+eee−e (海外の利子率+為替の期待損益)
• 裁定取引: 両者の差がなくなるまで、リターンの高い方に資金が流れる。 – R = Rw+eee−e
– この条件が満たされるように、各変数が決まる。
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上級マクロ経済学:影山純二
小国モデル: 海外の利子率が自国の行動によって変化しないの場合
• 上記の条件が満たされるように、現在の為替レート(もしくは国内利子率)が変化する。 例: 日本の国債利回り2%、アメリカの国債利回り5%のときの為替の期待損益は?
• -3%、多少円高になること予想されている。
13.4 期待のしかた
人間が将来をどう予想するのか?: 経済学で仮定される期待のしかた。 静学的期待形成(static expectation): 「現在の状況が将来も続く」と予測
• 例:現在と同じインフレ率が将来も続く。
適応的期待形成(adaptive expectation): 「将来は過去のトレンドに沿って変化する」と予測
• 例:過去数年のインフレ率から将来のインフレ率を推測する。
合理的期待形成(rational expectation): 現在入手可能な情報を利用して将来を予測
• 例:マネーサプライやその他の経済状況から、将来のインフレ率を予測する。 どれが正しいのか?: 合理的期待形成以外は正当化できない。
• 合理的期待形成でないと言う方がむずかしい。 限定合理性: でも人間が完全に合理的であるとも思えない。
• なぜ完全に合理的でないのかを研究 → 限定合理性(bounded rationality)
• 例:人間の情報処理能力は、進化上、下記のバランスで決まったのかも – その恩恵(ライオンから逃げる際に最も好ましいルートの予測) – その費用(頭が消費するエネルギー量)
13.5 政策的含意
人々の期待(予想)を無視して政策を行うと、思いがけない結果になる。
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上級マクロ経済学:影山純二
13.6 課題
1. 失業率と国民所得の間の負の相関(国民所得↑→ 失業率↓)をオークンの法則(Okun’s Law) と呼ぶ。この法則を利用して、フィリップスカーブを、縦軸はインフレ率、横軸は国民所得 として書き換えよ。
2. 合理的期待形成が成立しているとき、金融緩和は効果あるかないか。また金融緩和が行われ たときの物価の変化に言及しつつ、その理由を説明せよ。
3. 国債の中立命題が成立している際の拡張的財政政策の効果を、IS-LMモデルのグラフにて 示せ。
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