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T itle
小学校社会科における歴史学習の内容と理解 : 「初等社
会科内容研究」でのアンケート調査から
A uthor(s )
千葉, 真由美
C itation
茨城大学教育学部紀要. 人文・社会科学・芸術, 67: 1-12
Is s ue D ate
2018-01-30
UR L
http://hdl.handle.net/10109/13499
R ig hts
*茨城大学教育学部日本史研究室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1; Laboratory of Japanese History, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
小学校社会科における歴史学習の内容と理解
―「初等社会科内容研究」でのアンケート調査から―
千葉真由美* (2017 年 8 月 31 日受理)
Contents and Understanding of the History Learning
in Elementary School
Mayumi Chiba*
(Accepted August 31, 2017)
はじめに
本稿は,小学校社会科,特に第6学年での歴史学習について,その内容の定着と,日本史そのも
のに対する意識や理解についての実態調査の分析結果と考察である。
小学校学習指導要領では,第6学年の内容で「我が国の歴史,政治及び国際理解」の三つの項目
が取り上げられており1),第
6学年で扱う「歴史」は,日本史が中心である。本学部開講科目「初
等社会科内容研究」で,筆者は該当分野を担当しており,2014(平成26)年度以降,担当初回の
授業において,履修学生を対象にアンケート調査を実施してきた。その結果,小学校の歴史学習に ついての興味深い傾向,そして,日本史でも特定の人物や事象が興味の対象となっている実態など を見ることができた。以下,詳しく述べていきたい。
1 アンケート調査の内容と結果
(1)アンケート調査の内容
本学部開講科目「初等社会科内容研究」のうち,第6学年の内容を扱う初回の授業で,履修学
生を対象に,以下に示すアンケートを実施した。アンケート実施年度は,2014(平成26)年度~ 2017(平成29)年度前学期まで,このうち2016年度と2017年度前学期は各2クラス,計6クラ
スで実施したものである。履修学生は学部2年次生が中心であるため,当該学生が小学校6年生時,
すなわち2006(平成18)年度~2009(平成21)年度の授業経験にもとづく回答が中心といえる。
よび高等学校で学習の機会があるため,その際の授業の印象が強くなってしまう可能性も否定でき ないが,以下の結果が示すように,ある程度,小学校の学習経験に基づいた回答が得られたといえ る。また本アンケートでは,日本史そのものへの関心について,および履修学生の出身地における, いわゆる「郷土の歴史」に対する知識等についての回答も求めた。アンケートの内容は以下の通り である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1.小学校で習った歴史の内容を覚えていますか?(いずれかに○)
ア.覚えている(→2へ) イ.あまり覚えていない(→3へ)
2.覚えている内容を簡略に書いて下さい(授業の内容,興味を持った人物など)。
3.あまり覚えていない理由は何だと考えますか?
4.「日本史」は好きですか?(いずれかに○)
ア.好き イ.どちらかといえば好き ウ.どちらかといえば好きではない エ.好きではない
5.4の理由を簡略に書いて下さい。
6.郷土の歴史(茨城県出身であれば茨城県に関する歴史)について,事件や人物など,
知っていることはありますか?
ア.詳しく知っている イ.知っていることもある ウ.あまり知らない エ.全く知らない
7.博物館や郷土資料館など,歴史を知るための施設に行ったことはありますか?
ア.よく行く イ.たまに行く ウ.行ったことがある エ.行ったことはない
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アンケート実施年度と各クラスについて,本稿では2014(平成26)年度:①,2015(H27)年度:
②,2016(H28)年度(A):③,2016(H28)年度(B):④,2017(平成29)年度(A):⑤,2017(平
成29)年度(B):⑥,と表記する。①~⑥の合計は442名(アンケート実施時の出席者数)で,各
クラスの選修・コース等の内訳は表1の通りである。
履修学生は,本授業科目の標準履修年次である2年次生(「内訳1(2年次)」欄)が中心である。
各クラスには3年次生以上も数名ずつ含まれ,また①③に大学院生が各1名,③に中国からの留
学生が1名含まれている(「内訳2(3年次以上ほか)」欄)。なお,社会科の内容ということで付
(2)調査結果
質問1の「小学校で習った歴史の内容を覚えていますか?」についての回答を示したものが次の
図表1-1である。円グラフは「ア.覚えている」「イ.あまり覚えていない」に対する①~⑥の総計値,
表はクラスごとの数値である。クラスによって数値に多少の差はあるものの,全体で約4割が小学
校で習った歴史の内容を「覚えている」,約6割が「あまり覚えていない」と回答している。なお,
社会選修の学生が含まれている③⑤も同様の比率であり,後述する質問4の回答でも,選修の違い
による傾向はあまりみられないといえる。
1.小学校で習った歴史の内容を覚えていますか?
次の質問2「覚えている内容を簡略に書いて下さい(授業の内容,興味を持った人物など)」は,
質問1で「覚えている」場合,その内容についての回答を求めたものである。なお,質問1で「あ
まり覚えていない」と回答した場合でも,質問2に覚えている内容を記入している場合があり,そ
の内容も含めた。
小学校学習指導要領解説,第3章第3節「2 内容」のうち,「(内容の取扱い)」(1)エにおいて, 表1 アンケート実施人数および内訳
*①~⑥合計442名。*「内訳1」「内訳2」欄の( )内の数字は各選修・コース等の人数を示す。 *「人間環境」:人間環境教育課程,「大学院」:大学院教育学研究科。その他は学校教育教員養成課程。
№ 年度 人数 内訳 1(2 年次) 内訳 2(3 年次以上ほか)
① 2014(H26) 70 数学(15),理科(15),保健体育(17),教育基礎(11),特別支援教育(5) 国語(1),理科(1),教育基礎(3),人間環境(1),大学院(1)
② 2015(H27) 52 数学(10),理科(6),保健体育(17),教育基礎(8),特別支援教育(7) 国語(1),特別支援教育(1),人間環境(2)
③ 2016(H28)(A) 86 国語(17),社会(19),英語(8),音楽(10),美術(7),技術(13),家庭(9) 数学(1),大学院(1),留学生(1)
④ 2016(H28)(B) 73 数学(14),理科(21),保健体育(14),教育基礎(12),特別支援教育(10) 特別支援教育(1),人間環境(1)
⑤ 2017(H29)(A) 84 社会(21),数学(16),理科(20),音楽(10),美術(9),技術(2) 数学(2),理科(1),美術(1),教育基礎(1),人間環境(1)
⑥ 2017(H29)(B) 77 国語(24),英語(5),保健体育(16),家庭(14),教育基礎(10),特別支援教育(8)
ア イ 合計
① 25 45 70
② 17 35 52
③ 38 48 86
④ 32 41 73
⑤ 22 62 84
⑥ 37 40 77
総計 171 271 442
各時代の内容を取り扱うにあたり,「例えば,次に掲げる人物を取り上げ,人物の働きを通して学 習できるように指導すること」とあり,卑弥呼から野口英世まで,42の人名が掲げられている。
質問2の回答には,卑弥呼,聖徳太子,小野妹子,中臣鎌足,源頼朝,源義経,北条時宗,足利義
満,ザビエル,織田信長,豊臣秀吉,徳川家康,本居宣長,杉田玄白,伊能忠敬,ペリー,東郷平 八郎,野口英世という回答が,①~⑥の中に一つ以上あった。小学校学習指導要領で掲げられた人 物と,授業で印象付けられた人物が,おおよそ一致しているといえる。
そして,「覚えている」人物で特筆できるのは,「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」それぞれを 記した回答,あるいは3人共に記した回答が,①~⑥のすべてのクラスにおいて必ずみられた点で
ある。①8名,②7名,③10名,④13名,⑤7名,⑥13名が,信長・秀吉・家康の3人のうち
いずれか,あるいは3人共に名前を挙げている。
これらのうち,信長・秀吉・家康3人の名を挙げ,加えて小学校での学習の内容を記した回答には,
以下のようなものがあった(丸数字はクラス番号を示す。また,各回答は記述を一部簡略化,修正 している)。
・織田信長,豊臣秀吉,徳川家康は深く学習した。①
・織田信長,豊臣秀吉,徳川家康の人柄を,ホトトギスの句で比較。② ・織田信長,豊臣秀吉,徳川家康のうち1人を選んで新聞にまとめた。②
・織田信長,豊臣秀吉,徳川家康についてグループ学習を行ったこと。③ ・ホトトギスのうたを参考に,織田,豊臣,徳川の功績を学習した。③
・織田,豊臣,徳川の比較をして,どんな人物なのか,みんなで話し合いをした。④ ・織田信長,豊臣秀吉,徳川家康のうち,誰が一番かをディベートする。⑥
・ホトトギスのうたから,織田,豊臣,徳川の性格と政治を考える。⑥
信長・秀吉・家康の3人を比較し,話し合いや新聞作成などを通じて学習したという内容,その
際「ホトトギスのうた」を用いた,という回答が複数あった。一般的にもよく知られているといえ る「鳴かぬなら~ホトトギス」の句を用いて,人物の理解を促す授業であったと想定される。 また上記にもあるように,新聞を作成する授業が記憶に残っている,という回答も目立っている。 特に人物についての調べ学習で新聞を作り,発表するというものが多いようである。具体的な人名 や事項名を挙げていないものの,「新聞作成」について言及した回答は,すべてのクラスにみられた。 小学校における学習形態として,自ら調べ,作成そして発表することにつながる新聞づくりは,経 験としても記憶に残りやすいのであろう。
その他,地域の偉人を調べる,資料館に行く,テレビ番組や写真を見ながらの学習,フラッシュ カードを用いた学習,また奈良の大仏の大きさを新聞紙で作成したなど,児童が主体的に自ら活動 しながら学ぶ授業が挙げられている。
次に,質問3は「あまり覚えていない理由は何だと考えますか?」とし,質問1で「あまり覚
「先生が歴史のことが好きではなかったように思う」など,教員に対する言及をしたものがある。 また,中学校および高等学校でより詳しく学んだことで,小学校の授業の記憶があいまいであると いう回答も多くみられた。
質問4「『日本史』は好きですか?」についての回答を示したものが,次の図表1-2である。円
グラフは「ア.好き」「イ.どちらかいえば好き」「ウ.どちらかといえば好きではない」「エ.好き ではない」に対する①~⑥の総計値,表はクラスごとの数値である。回答は「ア」「イ」が全体の 約6割,「ウ」「エ」が約4割となった。日本史そのものに対しては,比較的好意的な印象を持って
いるといえるだろうか。
質問5は,質問4の回答の理由である。「好き」「どちらかといえば好き」という回答の理由とし
て挙げられていた回答は,「昔と現在との関係に興味がある」「日本や自分の生まれた地域の歴史に 興味がある」「どのようにして現代の日本があるのか知ることは楽しい」「過去とのつながりがおも しろい」「昔のことを知ると違った見方ができるから」など,知ることのおもしろさについて記し ているもの,また「自国の歴史を理解する必要がある」などもあった。「先生が分かりやすく教え てくれた」「先生がいろいろな話をしてくれた」「家族も好きで旅行で城などを見に行くから」「家族 で歴史館に行き,好きになった」など,教員や家庭の影響が反映されているものもある。あるいは「戦 国時代が好き」「武将が好き」など,特定の時代や事象によっては好きであるという回答もみられた。 さらには,ゲーム,映画,ドラマ,小説が楽しいとして,学校や家庭での学習に起因しない理由を 挙げている回答もある。
一方,「どちらかといえば好きではない」「好きではない」理由としては,質問3の回答と同様に「暗
記ばかりである」「覚えることが多すぎる」など,知識の詰め込みを理由としているもの,「時代ご とのつながりがわからない」「勉強する意味がわからない」,また「世界史の方が好き」という回答 もあった。但し,「暗記」については「暗記だけで点が取れたので好きだった」など,覚えること を得意とする場合には「どちらかといえば好きである」という回答になるようである。
質問6「郷土の歴史(茨城県出身であれば茨城県に関する歴史)について,事件や人物など,知っ
ていることはありますか?」についての回答を示したものが次の図表1-3である。円グラフは「ア.
4.日本史は好きですか?
図表1-2 質問4の回答内訳
ア イ ウ エ 合計
① 22 17 20 11 70
② 15 19 13 5 52
③ 28 29 21 8 86
④ 14 21 25 13 73
⑤ 25 29 19 11 84
⑥ 29 31 14 3 77
詳しく知っている」「イ.知っていることもある」「ウ.あまり知らない」「エ.全く知らない」に対 する①~⑥の総計値,表はクラスごとの数値である。「ア」「イ」と「ウ」「エ」がほぼ半数で分かれ ており,特に「イ.知っていることもある」が47%で最も多く,「ウ.あまり知らない」が40%
を占めた。
6.郷土の歴史(茨城県出身であれば茨城県に関する歴史)について,事件や人物など,
知っていることはありますか?
質問7「博物館や郷土資料館など,歴史を知るための施設に行ったことはありますか?」につい
ての回答を示したものが次の図表1-4である。円グラフは「ア.よく行く」「イ.たまに行く」「ウ.行っ
たことがある」「エ.行ったことはない」に対する①~⑥の総計値,表はクラスごとの数値である。 「ウ」が最も多い66%で,「エ」が22%を占めている。本授業では茨城県立歴史館を主として,県
内博物館等施設の見学の回を設けて,レポート作成の一助としている。見学後の感想を求めたペー パーによれば,ほとんどの学生が,展示内容について「勉強になった」「面白かった」等の感想を 記している。以前に同じ施設に行ったことがあるという学生も,教材研究としての目線を持って見 学することにより,新たな視点を持つことができたようであった。
7.博物館や郷土資料館など,歴史を知るための施設に行ったことはありますか? 図表1-3 質問6の回答内訳
図表1-4 質問7の回答内訳
ア イ ウ エ 合計
① 1 25 34 10 70
② 1 25 22 4 52
③ 0 53 26 7 86
④ 0 29 30 14 73
⑤ 1 44 32 7 84
⑥ 1 33 34 9 77
総計 4 209 178 51 442
ア イ ウ エ 合計
① 1 1 46 22 70
② 2 6 39 5 52
③ 5 13 56 12 86
④ 0 3 45 25 73
⑤ 1 16 49 18 84
⑥ 1 6 55 15 77
2 時代別調査の内容と結果
前節のアンケート調査の結果で特筆できたのは,すべてのクラスにおいて「織田信長・豊臣秀吉・ 徳川家康」のいずれかを,またこの3人共に挙げた回答が,他の人物や事項に比べて多かった点で
あった。授業では「近世」に限定した,以下の問いかけについての回答も得た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 近世(安土桃山時代~江戸時代)について,印象に残っている(知っている)事柄や人物を記入して下さい。 可能であれば,その理由も書いて下さい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
回答者数は①60名,②53名,③84名,④74名,⑤66名,⑥66名の合計403名である(内
訳は省略)。回答を求めた人名や事項の時代は近世としたが,中世あるいは近代に区分される人名 等を挙げている回答,また例えば「徳川将軍」「徳川将軍15代」「徳川家」などのように,項目とし
て分けることが難しい回答もあり,正確な数値を出すことはできないが,人名と事項それぞれ約
60~70項目,140項目程度が挙げられた。このうち,すべてのクラスで挙げられた人名と事項に
ついての具体的な数値を示したものが,次の表2である。
表2 近世の人名・事項回答数
*数字は回答数。
クラス
回答 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
織田信長 豊臣秀吉
徳川家康 11 24 15 20 10 14
織田信長 18 12 13 15 18 17
豊臣秀吉 7 3 9 8 7 8
徳川家康 6 6 12 13 9 8
明智光秀 1 1 7 3 2 4
徳川家光 4 4 3 2 2 2
杉田玄白 2 2 1 1 1 2
伊能忠敬 2 2 2 2 1 2
本能寺の変 3 2 5 5 7 6
関ヶ原の戦い 5 1 4 4 3 3
生類憐みの令 2 1 5 1 2 2
ここでも,織田信長・豊臣秀吉・徳川家康それぞれを挙げたもの,さらに3人すべてを挙げたも
のが突出してみられた。特に信長については,①⑤⑥の各クラスで最も数値が高い。また,「本能 寺の変」は信長に関わる事件であるし,表2には示していないが,例えば「長篠の合戦」「桶狭間
具体的な数値をみれば,特に②では,回答者53名のうち,36名が織田信長の名前を挙げている
ことになり,かなり高い比率であろう。また①~⑥全体で,各クラスの約20~30名が必ず信長
の名前を挙げていることになる。信長が多く挙げられている要因の一つとして,信長を主役とした テレビドラマが続けて放送されていた時期があり,特に①②の回答の中で,該当ドラマのタイトル を挙げた回答がいくつもみられる。またNHKの大河ドラマは近年,隔年で戦国時代が題材となっ
ているが,ほとんどの場合,信長が登場する。テレビドラマを中心として,メディアで取り上げら れている頻度の高さも,強く影響しているといえよう。
次に前節と同様,信長・秀吉・家康3人の名を挙げ,加えて小学校での学習の内容を記した回答
を示すと,以下のようになる(丸数字はクラス番号を示す。また,各回答は記述を一部簡略化,修 正している)。
・「織田がつき,羽柴がこねし天下餅,座りしままに食うは徳川」という言葉を小学校の時に習っ たので印象に残っている。①
・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康による天下統一から江戸時代までの流れをグループごとに調 べ,発表したから。①
・小学校の頃,授業でも一番大きく取り上げ,それぞれについて詳しく調べたり,まとめの時間 に新聞を作ったりしたため。②
・3人が日本を統一していく過程が一番印象に残っている。小・中・高で習った上に,情報量が
増えていって,理解が深くなっていくのが面白かったから。② ・3人の絵をがんばって覚えた記憶があるから。③
・ホトトギスの話。性格をよく表しているから。③
・3人を比較してみて,3人の性格など3人をセットにして学んだ記憶がある。③
・小学校の授業で,3人のうち一人を選んで調べ学習をした。自分は信長を選んだが,他の2人
も印象に残っている。④
・自分で調べて新聞を作ったから。ホトトギスのうたが印象深い。④
・授業で,この3人のうち誰が一番好きか,政策や性格,逸話などを調べて発表したことがある
から。④
・ホトトギスのうたがとても印象的だった。3人について表を作ったり,発表してまとめた。⑤
・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康は,小・中・高と絶対習う人物だから。⑥ ・3人の新聞を作って比較。ホトトギスの句の比較。⑥
以上の回答によれば,小学校以後の学習において,近世を扱うに際しては「天下統一」の事項を 学ぶ過程で,信長・秀吉・家康の3人が重点的に授業で取り上げられていること,そしてその点が,
学ぶ側にも印象付けられていることが指摘できる。また,学校以外の場面でも,信長・秀吉・家康 はそれぞれ,あるいは3人同時にメディアで取り上げられる頻度の高さは突出している。見る機会,
聞く機会,知る機会は,他の歴史上の人物や事項と比べて格段に多い。信長・秀吉・家康の3人に
ついての回答には,「歴史上で1番有名である」「歴史の三大人物のようなイメージが強い」という
3 小学校での歴史学習と信長・秀吉・家康
(1)小学校での歴史学習と知識の定着
前節までにおいて,小学校での歴史学習では織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のいずれか,あるい は3人共に取り上げて彼らを比較し,話し合いや新聞作成などを行うものが多く,そのことによっ
て,学ぶ側は,彼らを歴史上の人物の中でもより強く印象づけられていること,また近世に特化し た質問では,この傾向がより強く表れることが指摘できた。メディア等で取り上げられる頻度が高 いという特殊性と共に,小学校以後の学習内容を通して,信長・秀吉・家康についての学習内容は より定着していくと考えられよう。
同時代の人物の比較であれば,他の時代でも,例えば西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允の3人な
ど,扱う人物に選択の余地はあると考えられる。しかし信長・秀吉・家康は,戦国時代から江戸時 代という時代の転換点に,「天下統一」を「順次」進めていくという歴史の大きな流れで理解する ことができる人物である。同時に,それぞれの政策や歴史的意味を考えやすい題材であるといえる だろう。
小学校学習指導要領の記述を改めて確認すると,第2章第1節「2 学年の目標」において,第 6学年では「国家・社会の発展の大きな働きをした先人の業績や優れた文化遺産について興味・関
心と理解を深めるようにする。」との目標が掲げられている。具体的に,第3章「第3節 第6学
年の目標と内容」「2 内容」のうち,近世について述べている部分には次のようにある。
オ キリスト教の伝来,織田・豊臣の天下統一,江戸幕府の始まり,参勤交代,鎖国について調 べ,戦国の世が統一され,身分制度が確立し武士による政治が安定したことが分かること。
信長・秀吉については,小学校学習指導要領解説には「例えば,織田信長が短い期間に領土を拡 大したことや,豊臣秀吉が検地や刀狩などの政策を行ったことを取り上げて調べ,戦国の世が統一 された様子が分かるようにすること」とあり,家康については,「例えば,徳川家康が関ヶ原の戦 いに勝利を収め,江戸に幕府を開いたことを取り上げて調べ,江戸幕府による政治が始まったこと が分かるようにすること」とある。さらに,「実際の指導に当たっては,例えば,戦い方を工夫し ながら勢力を伸ばした織田信長による天下統一への様子を調べる学習,検地や刀狩の資料から豊臣 秀吉の政策の意図を考える学習,徳川家康や徳川家光の肖像画や人物年表,エピソードなどからそ れらの人物の業績を考える学習(中略)などが考えられる」とある。
(2)信長・秀吉・家康と「ホトトギス」
小学校学習指導要領にも記された,信長・秀吉・家康について取り扱うべきとされる歴史的な動 きをまとめると,彼らの「人柄」を示したものとして知られる,「ホトトギス」の句を通じた理解 にもつながっていくように思われる。「ホトトギス」の句とは,近世後期,平戸藩主だった松浦静 山が著した随筆『甲子夜話』などに書き留められたものである。容易に鳴かないホトトギスに対し, 三人の天下人はどのように対応するのか,それぞれの性格を示すものとして記された。『甲子夜話』 巻五十三には,以下のように記されている。
夜話のとき或人の云けるは,人の仮托に出る者ならんが,其人の情実に能く恊へりとなん, 郭公を贈り参せし人あり,されども鳴かざりければ,
なかぬなら殺してしまへ時鳥 織田右府 鳴かずともなかして見せふ杜鵑 豊太閤 なかぬなら鳴まで待よ郭公 大権現様
このあとに二首を添ふ,これ憚る所あるが上へ,固より仮托のことなれば,作家を記せず, なかぬなら鳥屋へやれよほとゝぎす
なかぬなら貰て置けよほとゝぎす2)
「或人の云けるは」とあるように,江戸時代にはすでに,いわゆる「詠み人知らず」として,世 間に流布していたのである。また,天明期(1781-1788)に勘定奉行などを務めた旗本,根岸鎮衛
の随筆『耳嚢』巻之八には,『甲子夜話』とは語句なども異なる内容で記されている。
連歌其心自然に顕はるゝ事
古物語にあるや,また人の作り事や知らざれど,信長・秀吉,乍恐神君御参会之時,卯月の頃, 未だ郭公を不聞との物語出けるに,信長,
鳴ずんば殺して仕まへ郭公 とありしに,秀吉,
鳴ずとも啼せて聞ふほとゝぎす と有りしに,
鳴ぬなら鳴時きかふ時鳥
と遊ばされしは神詠のよし,自然と其御徳化の温純なる,また残忍・広量なる所,其自然を顕は したるか,超巴も其席にありて,
鳴ぬならなかぬのもよしほとゝぎす と詠じけるとや3)
ギス」の句は,「我慢強さによって最終的に天下人となった家康」を起点としたものであること,「神 君家康」にとって都合の良い「ことば」が選ばれていることを考慮する必要があるだろう。 この句は江戸時代から流布していたもので,その内容が現代の学校では「教材」として利用され 続けていること自体,注目できる事柄である。しかし,江戸時代における意味とは異なり,現代で は天下人3人の人柄を「わかりやすく」示す句として使用され,印象づけられているようである。
おわりに
本稿は小学校社会科,特に第6学年での歴史学習について,その内容の定着と日本史そのものに
対する意識や理解に関する実態調査の結果から,若干の考察を行ったものである。分析結果が中心 となってしまったが,「学び」の現状について,一定の傾向を知ることができたと考える。 実態調査の結果,小学校の歴史学習についての興味深い傾向,そして日本史でも特定の人物や事 象が興味の対象となっている状況をみることができた。特に,戦国時代~江戸時代,天下統一を進 めた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康は,授業での学習と共に,メディアからの情報によって知り得 る事柄がより多くなっている様子がみられた。
日本史は,学校での学習以外で知識を得る機会が多く,その影響を受けやすい分野である。アン ケートにも記されていたが,ゲームや漫画に武将などが登場したことをきっかけに,歴史上の人物 に興味を持つような向きもある。人物への関心,あるいは映画やドラマ,ゲームや漫画での興味が, そのまま日本史への興味につながるのかについては検討を要すると考えるが,近年は地域出身の歴 史上の人物や事項を取り上げ,いかに興味を持ってもらうか,といった博物館等施設での企画も多 い4)。広く関心を高めるための方法として,こういった取り組みは今後も続くと考えられよう。 信長については,一般的にその「革新性」「カリスマ性」などに注目されることが多く,またそ の点が「信長人気」につながっている。しかし近年,信長の政策を再検討,あるいは信長だけでは なく,秀吉や家康について,一般の読者にも向けた新しい研究成果が出されている5)。これらの内 容をも加味した授業,人物への理解が今後どのようなものとなっていくのか,着目していきたい。 特に小学校の授業においては,人物を取り上げた上で大まかな流れを理解させること,その際,年 表などの基礎的資料を用いて考え,調べられることが目標であり,最新研究の細部を含んだ授業展 開を求めることは難しいだろう。しかしながら,江戸時代以来述べられてきた3人の「人柄」をホ
トトギスの句で比較するだけでは,今後も同様の知識が継続されるのみとなってしまう。戦国時代 ~江戸時代という大きな歴史の流れを理解しやすい人物であること,そして一般的にも「人気」の 人物であることは,むしろより多様で詳細な授業内容を展開できることにつながるのではないか。 授業では「小学校社会6年の歴史の授業のなかで,児童が歴史に興味を持ち,考えるために,ど
も,「天下統一」を扱う際には,肖像画あるいは「ホトトギス」の句でしかない,ということにも なりかねない。具体的な史資料を扱った小学校での新たな授業展開や具体的な題材については,今 後も検討していきたいと考える。
注
1) 文部科学省『小学校学習指導要領解説 社会編』平成20年6月.以下,本書についての引用はすべて同じ.
2) 松浦静山著,中村幸彦・中野三敏校訂『甲子夜話』4(東洋文庫333,平凡社,1978年).
3) 根岸鎮衛著,長谷川強校注『耳嚢』下(岩波書店,1991年).
4) 例えば,日野市立新選組のふるさと歴史館平成25年度企画展「描かれた『新選組』―漫画・アニメ等から
見た新選組イメージとファン―」.同館では,新選組についての教科書の記述の実態と,今後の扱われ方等に
ついての討論会「シンポジウム―浪士組,新選組,新徴組は教科書に載っているか?」(パネリスト:宮地正人・
深谷克己・酒井右二・西脇康・千葉真由美,このシンポジウムの記録は『日野市立新選組のふるさと歴史館叢書』 第11輯新選組誕生と清河八郎,2014年,に掲載)なども開催している.
5) 例えば,日本史史料研究会編『信長研究の最前線』(洋泉社,2014年),同編『秀吉研究の最前線』(洋泉社,