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部分的な社会便益を取り込んだ公共事業の収支評

価:くさつ夢風車を事例として

花田 真一

2011 年 6 月 14 日

概要

本稿は、部分的な社会便益を取り込んでくさつ夢風車を再評価したものである。公 共事業は本来、当該事業により直接発生する金銭の授受に留まらず、広く社会的な便 益を含めて評価を行うべきものである。しかしながら、現状の事業評価の際の資料 は一般企業と類似の会計手順に基づいて作成されるため、当該事業の近傍の収支し か反映されておらず、社会的便益の部分がうまく取り込まれていないケースが目立 つ。完全に社会的便益を取り込むことは困難であるが、取り込める範囲の社会的便 益を取り込んで再評価を行うことで、事業の評価が変わる可能性を、くさつ夢風車の 事例によって示している。

JEL Classifcation:D62H43Q28

キーワード:公共事業評価、環境政策、外部性、風力発電

1 はじめに

本稿は、くさつ夢風車の収支計算に部分的な社会的便益を取り込むことで、事業の再評 価を試みたものである。

くさつ夢風車とは、草津市が設置した風力発電施設であり、公共施設への電力供給や電 力会社への余剰電力の販売を通じて二酸化炭素排出量の削減を目指した施設である。ま た、琵琶湖湖岸の公園内に設置し、遠方からも見えるようにすることで、市民の環境意識 の高揚も促すことが期待されている。しかしながら、平成13年度の稼動開始から平成21

本稿を作成するに当たり、草津市役所市民環境部環境課環境政策・地球温暖化防止グループ、特に黒川克

彦氏には当該事業に関する質問に回答をいただくとともに、資料を提供していただいた。記して感謝の意 を表する。また、田中廣滋先生、薮田雅弘先生、五十川大也氏、鶴岡昌徳氏、土居直史氏、遠山祐太氏、 森岡拓郎氏、日本経済政策学会第68回全国大会における聴衆の皆様には貴重なコメントをいただいた。 ただし、本稿において行われている主張及び含まれる誤りは全て筆者個人にのみ帰属することを注記して おく。

東京大学大学院 経済学研究科 博士課程:ee087013@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

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年度までの累積収支は約730万円の赤字となっており、一部報道などで無駄な公共事業の 例として批判された。

ただし、この事業の収支の計算には、直接発生した収支*1しか反映されておらず、二酸 化炭素の削減価値など、直接の金銭の授受で評価されない社会的便益が含まれていない。 公共事業のひとつの目的は、直接の金銭の授受では利益が上がらない可能性があり、民間 に任せておくと十分な量が行われないが、社会的な便益も含めて考えれば行われるべき事 業を中央政府や地方自治体が代わりに行うというものである。従って、直接の収支のみで 判断した場合、公共事業は赤字になりやすいという性質を持つはずであり、逆に言えばそ の赤字をもって直ちに公共事業の是非を問うことはできないはずである。

しかし、社会的便益にはさまざまな側面があり、全てを完全に貨幣換算して収支計算に 取り入れることはおそらく不可能に近い。この点が、公共事業の持つ性質から社会的便益 を取り込む必要性は広く認識されているものの、現実の事業評価には民間企業の会計基準 に近い直接の収支のみを取り入れた指標が用いられているひとつの原因となっている。認 識としてはあくまでもひとつの指標に過ぎないということは理解されていると思われる が、国や地方自治体の財政状況などとも関連し、単純な赤字・黒字だけで判断される傾向 にあるように思われる。

本稿は、くさつ夢風車の収支計算に、比較的数値換算が容易な二酸化炭素排出削減に関 する指標を付すことで、評価に対する判断の幅を広げることを試みている。もちろん二酸 化炭素排出削減はあくまで社会的便益のひとつの側面に過ぎないが、部分的にであれ社会 的便益に関する指標を用いることで、事業に対する評価が変わる可能性を指摘している。

2 事例:くさつ夢風車

本節では、本稿の評価の対象であるくさつ夢風車について説明を行う。

くさつ夢風車は草津市立水生植物公園内に設置された風力発電施設である。当該施設に 関する草津市のHP内の記述によれば、その事業はクリーンな自然エネルギーを活用し公 共施設に電力を供給すること、草津市の環境シンボルとなること、二酸化炭素の排出を抑 制すること、を主な目的としている*2

当初は建設などにかかる初期設置費用*3を除いた、稼動収支は黒字になることが見込ま れていた。しかしながら、事前評価の際に参照した近隣の風力計の数値に比べて少ない風 力しか受けられなかったことや、故障による発電停止期間の存在などにより、当初の見込

*1公共施設への電力供給による電力料金の節約、余剰電力の売電による収入から、維持・管理費を差し引い

て計算している。

*2HPアドレスhttp://www.city.kusatsu.shiga.jp/www/contents/1222683533763/index.html(2011 2月現在)

*3初期設置費用は約3億円である。

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みよりも少ない発電量しか得られていない*4。一方、修繕や維持の費用は特に故障の発生 によりかさんでいるため、現在は稼動収支ベースで9年間の累積赤字が約730万円となっ ている*5

ただし、このことをもって直ちにくさつ夢風車が不採算事業であり、廃止するべきであ るということはできない。公共事業は本来、直接発生する収支だけではなく社会的便益ま で含めて評価がなされるべきであり、稼動収支が赤字であるということだけでは社会的便 益まで含めて赤字になることを意味するわけではないからである。むしろ、稼動収支が赤 字であるということは、公共事業が本来持つべき性質のひとつを満たしているということ ができる。

仮に金銭的な直接の収支が黒字であれば、民間に任せてもその事業が行われるため、公 共事業として国や地方自治体といった公共団体が行う必要は無い。国や地方自治体が公共 事業として行う必要があるひとつの理由は、直接の収支は赤字になるため民間に任せてい てはその事業が行われないが、社会的便益の面から見れば黒字になるため必要性がある事 業である。広く社会に便益をもたらす事業であるから、直接の収支の赤字部分を税金など の広く社会の構成員から徴収した資金で埋め合わせることが認められるのである*6

とはいえ、社会的便益は一般に広く社会全体に行き渡っているため、その全体を把握 し、貨幣換算することは困難であるケースが多い*7。例えば、くさつ夢風車に関しては、 その事業目的にも記されているように、主に以下の3つの社会的な便益が想定される。

まず一つ目は、二酸化炭素の排出量削減である。風力発電等の再生可能エネルギーの導 入が求められる大きな理由の一つは、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの削減に資 するためである。風力発電によって発電された電力は、化石燃料を利用した発電等、二酸 化炭素を排出する電源からの電力に代替されるため、二酸化炭素の排出量を減らす効果が ある。

二つ目は、環境意識の高揚である。地方自治体がこうした事業を行うことで、市民の意 識が変わるという波及効果も考えられる。日本ではあまり評価されていないが、海外では 例えばコネチカット州で行われた割高な再生可能電力の消費割合を増やす選択をした世帯 数が多い自治体に太陽光発電パネルを寄贈するプログラムの結果、再生可能エネルギー

*4建設当初は売電収入として年間1200万円程度を見込んでいたが、初年度を除く8年間の平均売電収入は 420万円にとどまっている。

*5この稼動収支は、実際の売電量ではなく、総発電量に電力料金を掛けて計算している。これは、公共施設

に電力を供給することで節約された電気代も計上されていることを意味している。

*6もちろん、公共事業として認められるのはこうした事業だけではない。例えば初期投資費用があまりに大

きすぎて民間では資金を集めることが困難な事業や、生活に必要であるにも拘らず、需要者の財政状況な どによって差別的な供給が行われる可能性のある事業なども含まれる。

*7仮に便益の及ぼされる主体やその額が把握可能であれば、便益のやり取りを行うリンダール・メカニズム

などを応用した制度設計によって、民間での供給が期待される。ゆえに、国や地方公共団体が直接行うべ き事業とは、そうした要素の把握が困難な事業であることが多い。

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選 択 世 帯 数 が 30% 増 加 し た と い うKotchen2010)が あ る 。ま た 、消 費 電 力 を 見 え る 化する事で大きな節電効果が得られることを示したAllcot(2009)Ayers, Raseman and Shin(2009)Schults et. al.(2007) や、電力節約のメディアキャンペーンによって電力 料金の大幅値上げと同程度の節電がなされたとするReiss and White(2008)など、人々 の意識に働きかけた促進効果(”nudge”などと呼ばれる)を評価する研究が、行動経済学 や実験経済学の分野で盛んに行われている(例えばAllcott and Mullainathan(2010) Thaler and Sunstein(2008) など)。風力発電設備という、比較的視認しやすい設備を公 園に導入することで、HPにも謳われているように、市民の環境意識に働きかける効果が 考えられる。

三つ目は、経験の蓄積による情報の増加と技術の向上である。風力発電は再生可能エネ ルギーのひとつであり、将来的には資源が枯渇する可能性のあるエネルギー源に代替し て、普及することが期待されている。しかし、技術の初期においては運用に関する情報や 技術的な情報が少なく不確実性が高いため、利益性が求められる民間の電力会社など導入 をためらう可能性がある。このような状況で、地方自治体などのある程度利益性にとらわ れない行動が許容される主体が導入し、運用に関する情報を開示することで不確実性を減 らし、最適な導入の決定を民間の電力会社などが行いやすくなる可能性がある*8。また、 経営学や経済学の分野では、経験によって生産性が向上し、生産費用が下がることによっ て商品の普及が進む場合があることが示されている。生産や整備の経験をつむことで、生 産費用や維持費用が下がり、安価な商品を提供することが可能になるため、消費者が購入 しやすくなり普及が進む可能性がある。しかし、裏を返せばこれは、初期においては経験 の不足から費用が効果や便益に対して割高になり、普及が遅れる可能性をはらんでいるこ とを示唆している。仮にその普及が社会的に望ましいような製品であれば、初期に政府や 地方自治体が率先して購入し、或いは購入補助金などによって生産数を増やし、経験をつ ませることで社会的便益が向上する可能性がある。風力発電に関しては、新エネルギー・ 産業技術総合開発機構の調査によると、くさつ夢風車が導入される前年の2000年までの 導入量は、日本全国で259基、総発電容量にして143MWにとどまっており、比較的初 期であったことがうかがえる*9。ただし、くさつ夢風車に関しては、国産ではなくドイツ 製の風力発電機が利用されている。したがって、国内に視点を限った場合、前述の運用情 報の蓄積と言う効果はあるものの、生産技術の向上には貢献していない可能性がある。

しかしながら、こうした3つの要素を完全に貨幣換算して事業の評価に取り入れるこ とはほぼ不可能である。例えば二酸化炭素の排出削減量を貨幣換算するためには、二酸化

*8もちろん、各電力会社もメーカーなどと協力して試験的な運用を行っているが、サンプルが増えること

で、より適切な判断ができるようになる可能性が高い。

*9その後風力発電導入量は増加し、2009年度時点では1683基、2.2GWの導入が行われている。つまり、 この10年で導入基数が約7倍、発電容量は15倍に拡大している。

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炭素が大気中に放出されることによって社会がこうむる費用、つまり二酸化炭素の費用が 算定されなければならない。二酸化炭素の排出費用が算定できれば、その削減によって その費用が防がれるため、二酸化炭素の削減価値が算定される。しかしながら、Aldy et. al.(2010)Tol(20092005)などに示されているように、二酸化炭素の社会的な費用に ついては統一的な見解が無いどころか、そのばらつきもかなり大きい*10

また、環境意識の高揚を具体的に測ることも難しい。まず、高揚の存在自体を把握する ことが困難である。意識の変化を測るために一般にアンケート調査などが用いられること が多いが、アンケート調査は回答を立証する義務や費用がないため、環境問題のように、 評価の方向性自体はあまり議論が無い問題に関しては、回答にバイアスがかかる場合が多 いことが知られている*11。また、高揚があったとしても、どこまでがくさつ夢風車の影 響であり、どの程度の価値があったのかを貨幣換算することは困難である。

情報の増加の影響を識別するには情報の受け手の行動を把握する必要があるが、どの情 報をどの主体がどの程度受け取ったかを結びつけることが難しい。学習による不確実性 の低減が普及を促進すると言う研究は新薬の普及に関する研究などでしばしば見られる が*12、ある事業が発信した情報の価値を識別するのは実際上かなり困難である。一方、経 験の蓄積による技術の向上に関しては、ある程度の期間のデータがあればいくつかの仮定 のもとで企業の費用関数を推定することにより評価できるため、長期的に見れば把握可能 であるただし、この推定にはある程度の期間と同じ期間内のデータのバリエーションが必 要であることから、特に新しい技術について、即時的に事業を評価することに利用するの は困難である。

こうした理由により、日本に限らず多くの国で、公共事業の評価は企業会計基準のよう に直接の収支に近接した領域に限って行われてきた。この評価基準自体は、不確実性のあ る場合には保守的な手法を採用するべきであるという会計の原則にも合い、誤ってはいな い。ただし、これが全てではないことを認識し、この基準のみによって判断するのは不十 分であることを自覚する必要がある。さらに言えば、部分的にではあっても社会的便益を

*10その大きな要因は、二酸化炭素の排出と気候変動の関連付けの困難さと、気候変動自体がもたらす影響の

大きさの算定の困難さにある。二酸化炭素自体が温室効果を持つこと自体は知られているが、大気中の濃 度がどれくらいになった場合、どの程度の気候変動が起きるかについては研究によってかなり結論が異な る。また、気候変動自体がもたらす影響についても、ほとんど影響が無いとする研究から壊滅的な影響を もたらすとする研究まで諸説さまざまである。特に、壊滅的なケースを想定に入れた研究の場合、想定被 害額が甚大になるため、壊滅的なケース自体が起きる確率は低く見積もっていても、二酸化炭素の費用の 評価が一気に跳ね上がる傾向にある

*11例えば、きれいな湖と汚い湖とどちらが好ましいか、と聞かれればほぼすべての人がきれいな湖と答える

と思われるが、そのことが環境意識自体の高さを示すわけではない。また、仮に水質保全のためにいくら くらい払っても良いと思いますか、という質問に対して1万円と回答したとしても、実際に回答者が1 円を支出することは保証されない為、額の大小で比べることも適切ではない。

*12例えば、Berndt et. al.(1997)は医学雑誌などの記事や広告数と薬の普及の関係を調査している。また、 Ching and Isihara(2010)は、情報の減耗(忘却)も取り込んだ構造モデルで薬の普及を分析している。

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表す指標を作成し、併せて提示することで、より多くの視点から総合的に事業を判断する ことを可能にする努力が必要であると思われる。

本稿では、上述の3つの要素のうち、比較的指標化が容易な二酸化炭素の排出削減に関 する問題を取り上げ、事業評価に対する追加的な判断要素を提示している*13。具体的に くさつ夢風車をとり上げているが、本稿の評価指標自体は他の二酸化炭素排出低減的な事 業にも転用可能なものである。

なお、本稿では正の社会的便益を取り上げているが、社会的便益の中には当然負のもの (例えば、騒音など)も含まれ、評価に当たってはこうしたものも取り入れる努力をするべ きである。ただし、くさつ夢風車に関しては立地点などを考慮すれば、風力発電施設に指 摘される騒音などの被害は住宅地に設置した場合に比べて少ないと考えられる点を指摘し ておく。

3 評価指標

本節では、本稿で外部性の部分的評価のために利用した評価指標である、外部性の境界 価値について説明する。まず、境界価値について説明した後、本稿における具体的な計算 手法を説明する。

3.1 外部性の評価手法としての境界価値

本稿における外部性の境界価値とは、ある事業の持つ金銭的な赤字を相殺するのに必要 な、外部性単位あたりの価値のことである。通常の生産者理論における損益分岐点に対応 する指標である。具体的には以下の式で導出される

境界価値=

事業赤字 外部性量

前述のように、公共事業のひとつの性質は金銭ベースでは赤字になる傾向にあるが、金 銭換算されない外部性などの存在により、社会厚生ベースでは黒字になることが期待され ている点にある。境界価値は、金銭ベースの赤字を相殺するために必要な外部性単位あた りの価値であり、外部性単位あたりの価値がそれを上回っていた場合、社会厚生ベースで は黒字になっていることが期待される、いわば境界的な数値である。

前節で具体的事例に即して触れたが、外部性を貨幣換算して直接事業会計などに取り入

*13なお、前述の通りくさつ夢風車はドイツのメーカー製であるため、国内の事業者の育成などの側面は少な

いことを再度指摘しておく。もちろん、世界全体の技術の向上に資するという点で、グローバルな環境政 策として捉えれば外国の会社の技術向上にも意味はあるが、国内の政策評価と言う視点で捉えれば、この 部分は捨象してしまっても問題は相対的に少ないと思われる。情報の開示に関する評価は今後の課題であ る。

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れることの難しさは、主に外部性の貨幣換算の困難さと、外部性の把握の困難さに起因し ている。この指標は、この2つの難しさの主に前者を緩和している指標となっている。

例えば、本事例で取り扱っている二酸化炭素の排出削減価値は、研究によって大きなば らつきがあり、仮に何らかの削減価値を利用して直接会計に組み込む場合、どの値を利用 して貨幣換算するかによって事業の評価が大幅に変わる事になる。また、二酸化炭素の排 出削減価値に関してはばらつきがあるとはいえ一定数の研究が行われているためある程度 の指針はあるが、場合によっては指針として使えるものがない場合もある。つまり、指針 がまったく無い場合はそもそも貨幣換算自体が困難であり、また評価に大きなばらつきが ある場合、採用する数値によって恣意的に評価が変わってしまうと言う問題がある。

しかし、外部性の境界価値は外部性量さえあれば計算でき、また量が一意に決まってい れば値も一意に決まるため恣意性も混入しない。また、導出された境界価値をどのように 評価するかは個別事例に基づく問題だが、その値を上回れば社会厚生ベースで黒字になる と言う性質自体は常に保たれるものである。したがって、公共事業の評価の際の判断材料 として、一定の役割を持つことが期待される。

また、この指標は外部性の全体の把握の困難さを直接緩和するものではないが、部分的 にでも外部性を把握でき、把握できていない外部性の向きが把握できていれば、一定の意 味を持つ指標でもある。例えば、正の外部性が存在することが分かっているものの、その 一部しか把握できていないとする。このとき、その把握できた一部の外部性は本来の外部 性量に比べれば小さいため、導出される境界価値は、外部性全体を把握した下での境界価 値に比べれば大きいと言うことができ、いわば境界価値の上限であると言うことができ る。逆に、負の外部性も存在するものの正の外部性しか把握できていないような場合に は、実際にはさらに損失が追加されることから、境界価値の下限を示していると言うこと ができる。

ただし、この境界価値が一意に決まるためには、外部性を一次元の尺度に落とす必要が ある。以下で示す事例では、外部性を二酸化炭素排出削減量という一次元の尺度に直して いるため、一意に境界価値が定まっている。

とはいえ、複数の外部性の尺度が存在する場合でも、境界価値の組み合わせとして計算 することはできる。例えば、外部性Aと外部性B2つの外部性の尺度が存在するとす る。このとき、

(境界価値A ×外部性量A) + (境界価値B ×外部性量B) =事業赤字

となるような境界価値Aと境界価値Bの組み合わせを示すことができる。一次元の場合 に比べれば導出された値の評価は困難だが、事業評価の際の判断材料の1つとしての価値 は持つのではないかと思われる。

本稿ではくさつ夢風車の事例を用いて境界価値の導出を行っているが、その具体的な手

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順は次小節で説明する。

3.2 計算手法

本節では、二酸化炭素の排出削減を評価するために本稿で用いた計算手法を説明する。 計算は以下の手順で行われる

まず、発電量に基づいて、二酸化炭素の排出削減量を計算する。風力発電によって発電 された電力は、電力会社が通常の手段で発電している電力に置き換えて利用されることが 期待されている。電力会社は、さまざまな手段を用いて発電を行っており、その手段の中 には水力発電や原子力発電のように二酸化炭素を排出しないものもあれば、火力発電のよ うに二酸化炭素を排出するものもある。従って、電力会社によって供給される電力単位あ たりの二酸化炭素排出量は、各発電手段からの二酸化炭素排出量に、電力会社ごとの各発 電手段の利用割合を掛けて求められることになる。具体的には、「地球温暖化対策の推進 に関する法律施行令」(以下、施行令)に定められた排出係数や、各電力会社が公表してい る排出係数などの形で知ることができる。こうした排出係数を発電量に掛け合わせること で、風力発電によって電力を代替することで節減された二酸化炭素の排出量を知ることが できる。

ただし、風力発電は確かに発電時には二酸化炭素を排出しないが、その生産や輸送、設 置や維持の際に二酸化炭素が排出される。従って、ライフサイクル全体での二酸化炭素排 出量を、発電総量で割った値を、排出削減係数から差し引いて計算する必要がある。

次に、こうして得られた二酸化炭素の削減量で累積赤字を割り、稼動収支を均衡させる ために必要な二酸化炭素の削減価値を計算する。前述のように、二酸化炭素の削減価値に は諸説あり、具体的に貨幣換算を行って黒字額や赤字額を算定することは困難である。そ こで、収支を均衡させる二酸化炭素の削減価値を計算し、その額の妥当性自体は評価主体 に委ねる手法をとっている。境界における値よりも二酸化炭素の削減価値が大きいと考え るのであれば、事業は社会的便益の面から見て黒字であると考えることができ、一方、小 さいと考えるのであれば、事業は社会的便益の面を含めて考えても赤字であると考えるこ とができる。従って、判断の材料としては十分に利用価値があると考えられる。

この指標の計算式を表すと以下のようになる。 境界二酸化炭素削減価値=

稼動収支

発電量× (排出係数風力発電のライフサイクル二酸化炭素排出量)

4 データ

上述の計算を行う際に必要なデータは、稼動収支、発電量、二酸化炭素の排出係数、風 力発電のライフサイクル二酸化炭素排出量である。

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稼動収支に関しては、草津市の市民環境部環境課環境政策・地球温暖化防止グループか ら資料の提供を受けた。稼動収支は、発電総量に電力料金を掛けたものを収入とし、維持 管理費を費用として、その差額で計算されている。現実の売電は余剰電力に対して行われ るため、発電総量を用いるのは一見過大に見えるが、本稿で計算に用いる時期の余剰電力 買取額は電力料金にほぼ等しく、また、発電された電力は付近の公共施設に供給されてい るため、草津市全体で見れば、総発電量に電力料金を掛けたものと同じだけの収入があっ たのと同じであり、過大な計算ではない*14

内訳を見てみると、稼動を開始した平成13年度から平成17年度までは毎年黒字を計上 しているが、その後は維持・修繕費が上昇したことと、故障による発電停止期間が増え、 発電による収入が減ったことから赤字に転じ、平成21年度終了時点で累積赤字は約730 万円に達している。

発電量に関しては、草津市のHP内に公表されている実測データを利用した。推移を見 てみると、稼動開始した平成13年度を除いて*15、平成17年度までは毎年700MW以上 の発電量が確保されている。しかしその後は風量の変動や故障などの稼動停止期間もあり

発電量は650MWから550MW程度で推移し、平成21年度は4ヶ月程度故障期間がある

ことから発電量は約350MWに激減している。

二酸化炭素の排出係数については、データの制約などから、7種類の排出係数を用い、 それぞれの場合の結果を示した*16

まず1つ目は、草津市が二酸化炭素排出削減量の計算に際し利用している、0.387であ る。この数値は、平成14年に施行令で定められた係数に等しい。

2つ目は、施行令の改正に併せて施行令を変動させたものである。施行令の係数の変動 は、日本全体の発電方法の割合にある程度リンクしていると考えれられるため、各時点で の二酸化炭素排出削減量の計算にはふさわしい可能性がある。

3つ目は、現在施行令で採用されている0.555をすべての期間に適用するものである。 評価時点が現時点であることや、施行令の改正には発電方法に対する評価の変化も含まれ ていることなどを考えれば、現在の数値を過去に適用することも候補となる。

4つ目と5つ目は、全国の電力会社が公表している排出係数を、各年度の発電会社の電 力シェアで加重平均して全国平均の排出係数としたものである。施行令の排出係数は現在

0.555であるが、この係数が適用されるのは、自家発電など、電力会社以外によって発電

*14つまり、実際に収入として得られる余剰電力の販売額に加え、節約された電力料金が事業から得られる収

入であり、買取額と電気料金がほぼ等しいので、収入は総発電量に電気料金を掛けたものとなる。

*15稼動開始が7月であるため全期間で発電が行われているわけではない。

*16以下の排出係数は、計算等の都合上、1kWhあたりの発電で排出される二酸化炭素量をkg単位で表した ものを用いてる。例えば、排出係数が0.387であるということは、電力1kWhあたり387gの二酸化炭 素が排出されていることを示している。法令などでは二酸化炭素量をkg単位ではなくt単位で示してい る場合もあるが、ここでは全てkg単位に統一している点を付記しておく。

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が行われた場合である。水力発電や原子力発電といった、発電時に二酸化炭素を排出しな いタイプの発電手段には大規模なものが多く、こうしたものを電力会社以外が所持してい るとは考えにくい。もちろん住宅用太陽光発電に代表されるように、発電時に二酸化炭素 を排出しない小規模な発電手段も存在するが、施行令で現時点で想定されているのは、化 石燃料を利用した自家発電機であると考えられる。また、数値を見ても、例えば平成21 年度においては施行令の排出係数が0.555であるのに対して、電力会社の排出係数を加重 平均した値は0.407であり、小さくなっている。くさつ夢風車が代替しているのは電力会 社からの供給電力であると考えられるので、電力会社の排出係数を利用したほうが適切で ある可能性がある。

ただし、各電力会社の排出係数が公表されたのは平成17年度以降であり、それ以前の データは入手できなかった。また、平成19年度の北陸電力の係数や、平成19年度以前の 中国電力の係数も入手できなかった。そこで、以下の2つの手法でデータの欠損値を補完 し、計算を行っている。

1つ目、通算で4つ目の係数は、データのある期間の平均排出係数を、データのない時 点に振り分けたものである。例えば、関西電力であれば、平成17年度から平成21年度ま での排出係数の平均値は0.342であるため、平成16年度以前はその0.342を適用すると いうものである。従って、各電力会社、平成 16年度以前は同じ数字が入ることになる。 ただし、全国平均の係数は、各年度の電力会社の電力供給シェアが変動するため、年度に よって異なっている。

2つ目、通算で5つ目の係数は、全国の電力会社が公表している排出係数を、各年度の 発電会社の電力シェアで加重平均した全国平均の排出係数を用いるが、排出係数を発電量 等の変数で回帰し、排出係数の予測モデルを立て、そのモデルから欠損値の予測係数を作 成するものである。発電手段には調整の容易さや発電容量の余力などに差があるため、発 電量に応じて各発電手段が占める割合が変動することが知られている。例えば、原子力発 電は一度炉を停止すると再起動に大量のエネルギーが必要とされるため、大幅な発電量の 操作は困難である。また、水力発電は、ダムの調整によってある程度調整は可能である が、時間あたりの最大発電量には上限がある。一方、火力発電は比較的容易に運転・停止 ができ、発電量の調整もコストが低いことが知られている。従って、通常、ベースの電力 を原子力や水力でまかない、調整を火力で行っている。また、発電量が著しく増大した場 合なども、休止している火力発電所を再稼動させて対応する場合が多い。ゆえに、電力需 要量が増えると、火力発電の割合が増加することが知られている。火力発電は二酸化炭素 を排出する発電手段であるため、火力発電の割合が増加することは二酸化炭素の排出量が 増加することを意味している。つまり、発電量が多い年度は排出係数が高く、発電量が少 ない年度は排出係数が低くなることが想定される。

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具体的には以下のモデルを推定した。

ECit= α + β ln(M KWit) + Iiγ+ ϵit (1)

ここで iは電力会社、 tは年度、EC は排出係数、M KW は発電量(100kW)、I は電力会社のダミー変数、 ϵit は誤差項である。また、ダミー係数の基準は北海道電力と した。推定結果は表1のとおり。この推定結果から、発電量が増えると排出係数が増える ことが示された。また、各電力会社のダミー変数の係数は北海道電力を基準とした下での 平均的な排出係数を示しており、負で有意ならば北海道電力よりも平均的な排出係数が低 いことを、せいで有意ならば北海道電力よりも平均的な排出係数が高いことを、それぞれ 示している。この係数を利用して、データのない年度の排出係数を求めたものが5番目の 係数となる。

6つ目と7つ目は、関西電力の排出係数を利用したものである。欠損年度のデータを上 述のようにデータのある年度の平均で計算したものが6つ目、推定によって得られた係数 から逆算したものが7つ目になる。

最後に、風力発電のライフサイクル二酸化炭素排出量は、産業総合研究所のレポートか ら1kWhあたり34gを採用した。レポートによると、ライフサイクルの二酸化炭素排出 量は25gから34gとなっている。ここでは、くさつ夢風車が平成13年度という比較的早 い時期に導入されていること、及び保守的な計算を行うことから、最大値である34gを採 用している。

以上の数値を用いた計算結果を次節で示す。

5 計算結果

各年度のくさつ夢風車の発電量および上で用いたデータをもとに計算した二酸化炭素排 出削減量は表2のとおりである。各列の最初の[1]から[7]は前述の各排出係数に対応し ている。利用する係数によって結果は異なるが、約1700トンから3000トンの二酸化炭 素の排出削減が行われたと推定されている。

次に、上で求めた各年度の二酸化炭素排出削減量で累積赤字を割って求めた境界二酸化 炭素削減価値は、表3のとおりである。この結果から、境界における二酸化炭素削減価値 は約2500円から4200円であることが分かる。この数値をどう評価するかは前述のよう にきわめて困難な問題であり、学術的な命題というよりは、社会的にどのようなコンセン サスを得るかという問題であるように思われる。ここでは、Tol(2005)においては約30

ドル、Tol(2009) においては約20ドルという値がさまざまな研究の平均値として示され

ており*17、ほぼすべての研究は4ドルから900ドルの範囲内に収まっているということ

*17省エネ技術の発達などにより、二酸化炭素の削減価値は減少傾向にある。

(12)

を指摘しておくにとどめる。

最後に、各境界二酸化炭素削減価値によって計算した、収支のフローを表4に示す。3 列目は現在の評価における稼動収支であり、4列目から11列目は各シナリオごとの二酸 化炭素排出削減価値を稼動収支に付加したものである。最下行には合計の収支を示してい るが、境界二酸化炭素削減価値は合計収支が均衡する額なので、すべてのシナリオで0と なっている。

データの項でも述べたが、基本的に風力発電の収入は発電量に比例する売電収入、支出 は維持管理や故障の修繕にかかる整備支出である。二酸化炭素の削減価値は発電量に比例 するため、売電収入に一定額が上乗せされるのに等しく、全体を収入を増加する方向に押 し上げるが、基本的な趨勢は変わらないということが分かる。ただし、平成17年度のよ うに、発電量自体は高いものの、維持修繕費も同様に高かったために収入が低くなってい るような年度に関しては、フローの収入がかなり上がることが分かる。

また、二酸化炭素の排出削減に限る話ではないが、この収支のフローは次のようなこと を示している。風力発電は風量によって発電量が若干左右されるものの、大幅な気候変動 がない場合、平均的に見れば、稼動している限りは一定の発電とそこからの便益が得られ る設備である。ただし、一方でひとたび故障が発生すると、修繕期間中は発電ができない ため収入が減り、一方修理にはそれなりの費用がかかるため、一気に収支が悪化する傾向 にある。くさつ夢風車の事例でも、平成20年度までは稼動収支ベースで評価すればトー タルの収支はほぼ均衡していたが、平成21年度の大規模な故障による操業停止と修繕費 の負担によって一気に約730万円という赤字を生んでいることが分かる。そして、故障の 起きる頻度は、くさつ夢風車の事例を見る限り時間と共に増すと考えられる。従って、現 在のところ風力発電は民間ベースの収支に見合う技術水準に達していないと考えられる。 言うまでも無いことではあるが、今後、民間ベースで利益が出て、普及が進むためには、 発電効率、設備の信頼性、そして全体的なコスト低下に関する技術進歩が必要であろう。

くさつ夢風車の場合、平成17年度をもって運用を停止すれば、稼動収支は全て黒字に なっているため、収入が最大化したと考えられる。しかし、この5年間で得られた稼動収 支ベースの収入は990万円、最も高い二酸化炭素削減価値を加えても1400万円程度であ り、初期投資の3億円を回収するにはいたらない。仮に、この5年間の間に建設費用の3 億円を回収できていれば、5年ごとに設備を建て替えることで黒字が得られるが、現状は そうではない。発電効率が上がれば、5年間の間に得られる収入が増え、初期投資の回収 率は増していくことになる。

また、5年間で3億円を回収するのは実際問題としてほぼ不可能である(年間6000万 円の収入が必要になり、そのためには2.5GWの年間発電量が必要になる)が、設備の信 頼度が上がり、故障が頻発し始めるまでの期間が伸びれば伸びるほどその間に1年あた りに回収のために必要な収入は減っていくことになる。例えば、黒字期間が10年間であ

(13)

れば年間3000万円に、20年であれば年間1500万円で減っていく。現在のオーダーでは 年間3000万円収入を得るためには1.25GWの発電量が必要でありやはり現実的ではな いが、1500万円収入を得るには625MWの発電でよく、この数字は達成不可能ではない

(平成14年度から平成17年度の平均発電量は年間約750MW)。発電効率が上がれば年 間発電量が増えると考えられるため、両方の効果が組み合わされば、初期投資の回収は不 可能ではないだろう。

そして、全体のコストが下がれば回収に必要な金額は言うまでもなく下がっていく。く さつ夢風車の場合、建造に約3億円を必要としているが、仮にこの費用が1億円ですめ ば、5年間で回収に必要な金額は整備費を除いて年間2000万円であり、最低限必要な発

電量は約800MWとなって、達成不可能な数字ではなくなる。また、くさつ夢風車におい

ては海外製の発電機を利用しているため、部品を海外から取り寄せる必要がある場合もあ り、故障の修繕など維持にかかる費用が国内製の発電機を利用した場合に比べて高くなっ ている可能性がある。おそらく初期の建設費用の観点からメーカーを選択したと思われる が、稼動収支に関しては維持修繕にかかる費用も重要であり、その面も含めた事業開始時 の評価が必要かもしれない。

いずれにせよ、現状は特に設備の信頼性が低いため故障が発生し始めるまでに初期投資 を回収できず、また、全体的にコストが高いため民間で導入を促すには限界がある。そし て、設備の信頼性や整備の費用などは、向上にある程度の経験の蓄積が必要な要素でもあ る。つまり、実際に運用を行うことで、備えるべき課題や問題点の洗い出しが行われ、設 備の信頼性が増していくことになる。また、生産の経験をつむことで生産設備や整備手法 が合理化され、コストが減少していくことが期待される。

このような点をふまえれば、現在は民間ベースでは利潤が出にくいため導入がためらわ れる設備を地方公共団体などが導入することは、長期的な社会厚生を増す可能性はある。

6 環境意識への貢献

最後に、市民の環境意識の高まりについて、簡単な考察を加える。

2節でも述べたように、環境意識はその把握が困難なものである。そこで、今回は環境 意識の指標として、住宅用太陽光発電設備の導入量を利用することとした。もちろん、住 宅用太陽光発電設備は価格が高価であり、また住宅が一戸建てである必要があるなど、導 入のハードルが高いため、環境意識の高まりを完全に捉えるのに適切であるとは言いがた い。また、高まった環境意識が太陽光発電の導入という形で表出するとは限らず、一方で 太陽光発電を導入する家庭というのはそもそも一定以上の環境意識がある家庭であるとも 考えられるため全市民的な効果の指標とは想定しづらいなどの問題もある。

しかし一方で、一定額の支出を伴う行動であるため、アンケートなどと比較してより実

(14)

際の環境意識にリンクしている点、ごく一部とはいえ、仮に導入行動に変化が見られれば 多少なりとも効果があると考えられる点、比較的資料の入手が容易な点などから、今回は この指標を利用した*18

具体的には、以下の式を推定して、環境意識の変化を捉えることを試みた qit= α + βWt+ Xtγ+ Ditθ

ここで、 i は地方自治体、 tはサンプル年を示すインデックス、 q は太陽光発電の導入 量、Wtは草津市でくさつ夢風車導入後であれば1を取るダミー変数、X はその時点での 太陽光発電設備に関わる属性のベクトル、 D は地方自治体の属性を表す変数のベクトル である。つまり、β がくさつ夢風車の効果を捉えた項目になり、この係数が有意であれば くさつ夢風車導入によって草津市の太陽光発電導入量が変化しているということになる。 データ期間は1997年から2005年の9年間で、2001年のくさつ夢風車導入の前後4年 間を利用した。また、地方自治体の単位としてはデータの制約上、20064月現在の市 町村を利用している*19

導入量としては各年度各地方自治体の導入kW数を用いた。

また、太陽光発電設備の変数としては実質価格と対数タイムトレンドを利用した。価格 は設備の導入量決定に大きな影響を与える要素であり、推定式に含めた。なお、この価格 は実質価格であり、2000年の物価水準で調整し、さらに各年度の政府及び地方自治体の 補助金額、また自身の太陽光発電からの電力を利用し電力会社からの電力購入量を減ら すことで得られる電力節約額および余剰電力の販売収入を引いて計算している*20。また、 タイムトレンドによって、技術の進歩など、観察できないが時間と共に一定方向に動くこ とが期待される要素を捉えることを期待している。対数をとったのは、技術の進歩は成熟 につれてその伸びが鈍化していくと考えられるためである。

地方自治体の属性としては、電力使用量、世帯数、課税所得、新築戸建数、電力充足率、 日照時間、世帯密度を用いた。新築戸建を除く各変数は対数値をとっている*21

*18さらに言えば、上述の設備導入のハードルが高いという点や、もともと高い環境意識の家庭の効果しか見

ないという点は、データの切断という形で現れる問題である。切断データを利用して推定を行う場合、得 られた係数の水準にはバイアスがかかり、また、この事例は下方切断データであると考えられるが、この 場合、係数に下方バイアスがかかる(効果が無いという方向に結果が引っ張られる)ことが知られてい る。しかしながら、本節の目的はあくまで部分的な効果の評価であり、その全体的な水準の大きさを知る ことが目的ではなく、また、効果がないという結果に引っ張られやすいという状況は効果の有無を確認す るには不利な状況であるがゆえに、結果が効果を示唆すれば、効果の存在自体は確認できると考えられ る。従って、今回はこのデータを利用した。

*19平成の大合併により、1997年から2005年の間に多くの合併が見られた。合併後の市町村のデータを分 割することが不可能であるため、ここでは一番集計された市町村単位を利用している。

*20余剰電力買取制度が注目されたのは、2010年に1kWhあたり48円と言う電力料金のおよそ2倍の額で の買取制度が導入された後であるが、実際にはそれ以前から、電力料金と同額で余剰電力の買取が行われ ている。

*21新築戸建については、0のサンプルがあるため、対数を取れなかった。

(15)

主な変数の記述統計は表5のとおりである。

推定結果は表6のとおり。定式[1]は、上記の定式をそのまま推定したものである。 また、定式[2]は定式[1]に草津市ダミーを入れた推定の結果である。定式化[1]では、 夢風車を導入した草津市が、様々な要因を統制した下で、全国平均からどれだけ導入量を 増やしたかを推定していることになる。しかし、この式では、そもそも草津市が全国平均 よりも導入量が高い場合、その影響を統制しきれない可能性がある。そこで、草津市ダ ミーを導入することで、草津市の平均的な属性もコントロールした下で、夢風車導入の効 果を捉えている。

定式[3]は、定式[2]に年度ダミーを含めたものである。例えば環境万博の開催や、あ るいは不況などにより、全国的に導入量に対してショックが発生する可能性がある。年度 ダミーを導入することで、そうした全国一律のショックをある程度統制することができ る*22

いずれの定式化のもとにおいても、夢風車ダミーの係数は正で有意であった。したがっ て、夢風車導入以降、草津市における太陽光発電の導入量は増加していることになる。つ まり、夢風車の導入によって、市民の環境意識がある程度増加した可能性が示唆されて いる。

また、定式[3]の係数を利用して、環境意識の向上によって追加的に導入された住宅用 太陽光発電設備からの発電によって削減された二酸化炭素排出量を計算し、その効果を含 めて境界二酸化炭素排出削減価値を計算した*23。この推定手法には後述のように誘導型 推定に起因する一般的な問題があるため、必ずしもこの数値が完全に正しいということは できないが、参考として数値を示すことにする。

計算に当たって、以下の仮定を追加した。まず、太陽光発電の稼動年数を10年とした。 カタログ等によると、装置の寿命は15年から20年であるが、これは発電効率が一定以 上保たれる期間であり、経年によって徐々に発電効率が落ちることが知られている。そこ で、比較的効率の低下が少ないと見込まれる最初の10年分の排出削減量のみを利用して 計算を行った。次に、太陽光発電の年間発電量を、設備1kWあたり981.99kWhとした。 この数値は19954月から20053月までの滋賀県の設備単位あたり発電量の平均値 である。実際には回路の並列化や薄幕技術の採用などにより発電効率は上昇しており、現 在の年間発電量はこの時期よりも向上していると考えられるが、データが得られたのがこ の期間であったので、この数値を利用した。最後に、太陽光発電のライフサイクル二酸化 炭素排出量を48g/kWhとした。太陽光発電に関しては使用している技術や製造された年

*22ただし、煩雑なため年度ダミーの係数は省略している。

*23前述のように、この推定によって得られる係数にはバイアスがかかっているが、下方バイアスであるた

め、真の係数はこの数値より高いことが予想される。従って、この係数を利用して得られた推定結果は、 効果を過小評価している可能性はあるが、過大評価してはいないはずである。

(16)

代によってライフサイクル二酸化炭素排出量がかなり異なるが、ここでは産業技術総合研 究所のデータ中でもっとも高い数値を採用した。

計算の結果が表7に示されている。ここで上段の9年ケースとは2009年まで推定され た傾向が続いた場合の計算結果、5年ケースとは推定データの2005年で推定された傾向 が終わると想定した場合の計算結果である*24。すなわち、環境意識の向上によって増加 した太陽光発電の導入量からの二酸化炭素排出削減価値を考慮に入れると、効果がデー タのある5年間に限定されたとしても1500円から2800円、9年間持続したと考えれば 1200円から2200円に減少していることが分かる。これらの、特に下限の数値は、排出権 取引の価格に近く、排出権取引の価格は広い意味での外部性を反映していないため本来の 外部性よりも低くなることと照らし合わせれば、環境意識の向上まで含めればこの事業は 採算が取れている可能性が示唆されている*25

ただし、この結果から直ちに夢風車の導入によって太陽光発電の導入量が増えたと結論 づけることはできない点を最後に指摘しておく。本推定は誘導型の推定であり、従ってこ の手法の推定が一般に持つ問題をはらむが、特に以下の2点は問題となりうる。まず、こ の推定式は誘導系であるため、因果関係に仮定を置いているが、実際には逆の因果関係の 可能性もある。つまり、モデル上は夢風車の導入が太陽光発電の導入量に与える影響を推 定しているが、同じ結果は、太陽光発電導入量の増加によって夢風車が導入された場合も 導出されうることになる。太陽光発電導入量が環境意識を捉えているとしても、環境意識 の高まりがくさつ夢風車の導入に結びついている可能性、すなわち逆の因果関係を否定出 来ない。

この問題については、完全にその可能性を排除することはできないが、いくつかの理由 でその可能性は低いことを指摘しておく。まず、そもそも草津市は平均的には太陽光発電 導入量が全国平均に比べて低い(草津市ダミーの係数は負で有意)ため、太陽光発電の導 入量増加という形で測定した元での、市民の間で夢風車の建設を市議会に迫るほどの強い 環境意識が形成された可能性は余り高くない。また、草津市ダミーと年度ダミーの交差項 を入れ、夢風車ダミーを除いて同様の推定を行ったところ、交差項はいずれも有意ではな かった。このことは、草津市としての年度間のばらつきはそれほど起きていないことを示 しており、草津市からくさつ夢風車への影響はあまり高くない可能性を示唆している。

*24上述の推定に利用しているデータはあくまで2005年までのものである。2006年で効果が突然終わると は考えにくいが、係数のオーダー自体は時間と共に変化する可能性がある。そこで、推定により得られた 係数が2009年まで持続すると仮定した下での結果(上段)と、データ内の確実に把握できている部分に 限った結果(下段)の両方を示している。

*25排出権取引の価格は、二酸化炭素が本来持つ社会的損失ではなく、政府などが定めた目標排出量以内に自

社の二酸化炭素排出量を抑えるために犠牲にしなければならない利益によって計算されている。従ってそ の価格は企業の生産性や省エネ効率などに大きく依存し、温室効果ガスの増加による気候変動からの損失 には、設定された目標排出量やそれを達成できなかった場合のペナルティなどを通じて部分的にしか関連 付けられていない。

(17)

2点目は、夢風車導入と同時に何らかの出来事がおきている場合、その出来事の影響と 夢風車の効果を識別しきれていない可能性がある。つまり、仮に草津市で2001年以降継 続的に毎年何らかの出来事が起きており、それが太陽光発電導入量の増加に繋がっている 場合、その効果を捉えている可能性がある。もちろん、推定時には太陽光発電システムの 価格の変化、太陽光発電システムに与えられる国・地方自治体の補助金の効果、発電量の 変動、時間を通じて上昇する技術効果、各年度固有の動き、世帯数や新築戸建て数の増加、 所得の変動、日照時間の変動などは統制しているので、こうした要素の影響はうけていな いはずである。しかし、それ以外の要素が2001年以降の太陽光発電の導入量の増加に継 続的に影響していれば、こうした結果が出ることになる。

この点については、特にくさつ夢風車に前後して、草津市で環境キャンペーンや太陽光 発電促進の特別なプログラムが実施されている場合、問題となりうる。環境キャンペーン の一環としてくさつ夢風車が建設されているのであれば、この推定結果はキャンペーン全 体の効果を捕らえていることになる。また、補助金などの金銭的な援助以外の施策が行わ れていた場合も、この効果はそちらの政策の影響がかなり混入していることになる。

とはいえ、結果を大きく歪めるためには、2001年から2005年まで常に継続的にその施 策が行われている必要があり、単年度の施策であれば、その効果の影響は薄い。さらに、 1つ目の問題点の項でも触れたように、草津市ダミー自体の年度ごとの動きはそれほど大 きくないことから、そのような継続的な影響をもたらすものが他にあった可能性は低いの ではないかと考えられる。

以上の理由で問題が発生している可能性を完全に排除しきれないものの、環境意識にあ る程度貢献している可能性も示唆された。

7 まとめ

本稿は、くさつ夢風車を、部分的に外部性を反映した指標を示すことで再評価すること を試みたものである。

具体的には、直接貨幣換算が困難な二酸化炭素排出削減という外部性を、収支がつりあ う境界二酸化炭素排出削減価値という形で示すことで、客観的な判断指標を作成した。計 算の結果、くさつ夢風車本体からの二酸化炭素排出削減量をもとに計算した境界二酸化炭 素排出削減価値は2500円から4200円という結果が得られた。また、環境意識の高揚の 効果も含めて計算すると、その数値は1200円から2800円程度にまで下がり、一般的な 研究の平均値である20ドル前後という数値とさほどかけ離れたものではなく、外部性も 評価に加えれば、稼動収支ベースではそれほど大きな赤字が出てない可能性が示唆されて いる。

しかしながら、その赤字額は故障の発生などの影響で増える傾向にあり、そのことか

(18)

ら、今後この事業を継続していくことが適切かどうかに関しては、議論の余地があるとい える。

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(19)

nomic Perspectives, 23, 29-51

(20)

説明変数

MKW 0.435

(1.76)*

東北電力 -0.441

(1.89)*

東京電力 -1.080

(1.97)*

中部電力 -0.655

(1.87)*

北陸電力 -0.002

(0.05)

関西電力 -0.829

(2.18)**

中国電力 -0.129

(0.81)

四国電力 -0.071

(2.01)**

九州電力 -0.560

(2.28)**

定数項 -4.008

(1.57)

観測数 41

修正済み決定係数 0.8

()内はt-

*10%、**5%水準で有意

1 排出係数推定結果

(21)

年度 発電量(kWh[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

平成13年度 493,606 174 174 257 190 178 152 143

平成14年度 729,443 257 257 380 281 270 225 215

平成15年度 719,968 254 254 375 277 262 222 209

平成16年度 754,309 266 266 393 291 287 232 229

平成17年度 806,859 285 285 420 306 309 261 261

平成18年度 654,629 231 345 341 239 243 199 199

平成19年度 641,608 226 338 334 261 262 213 213

平成20年度 533,607 188 278 278 217 217 171 171

平成21年度 345,263 122 180 180 129 129 90 90

5,679,292 2,005 2,378 2,959 2,190 2,156 1,766 1,731 2 二酸化炭素排出削減量(t

累積収支(千円) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] -7259 3621 3053 2453 3314 3382 4111 4199

3 境界二酸化炭素削減価値(円)

年度 発電量(kWh) 収支(千円) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

平成13年度 493,606 6433 7064 6965 7064 7062 7026 7058 7030

平成14年度 729,443 1521 2453 2307 2453 2452 2421 2445 2422

平成15年度 719,968 576 1496 1352 1496 1495 1455 1488 1451

平成16年度 754,309 1235 2199 2048 2199 2198 2197 2191 2197

平成17年度 806,859 144 1175 1013 1175 1158 1189 1219 1242

平成18年度 654,629 -5719 -4882 -4666 -4882 -4926 -4897 -4901 -4883 平成19年度 641,608 -2151 -1331 -1119 -1331 -1287 -1261 -1275 -1257

平成20年度 533,607 -1598 -916 -749 -916 -880 -865 -894 -879

平成21年度 345,263 -7700 -7259 -7151 -7259 -7273 -7264 -7331 -7323

5,679,292 -7259 0 0 0 0 0 0 0

4 各シナリオの境界二酸化炭素削減価値における収支(千円)

(22)

変数名 平均 標準偏差

実質価格 47.085 6.328

電力充足率 -0.388 0.139

世帯数 9.095 1.395

課税所得 1.224 0.290

新築戸建 223.024 432.921 電力使用量 8.592 0.114

日照時間 7.427 0.166

世帯密度 4.404 1.749

5 記述統計

表 7 太陽光発電導入増加を含めた境界二酸化炭素排出削減価値

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