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イギリス保健省のホームページより
1章 序論
慢性疲労症候群は正真正銘の病気であり、英国国民の健康に多大な負担を課している。 この病気に冒されている人々の健康と社会的配慮を改善することは、緊急に取り組まな ければならない挑戦である。この報告書は臨床医や国民健康保健省がその挑戦にどう対 応したらよいかを提案するものである。この病気については広範囲にわたって不確かな ことが残っているため、ワーキンググループは明確な答えを提供できると主張するわけ ではない。むしろ私達は慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の理解のずれ、及び関係者間 のみぞを埋めること(一般的に意見が一致しているところを強調し、議論の余地の残る ところは描写することによって)、そして私たちが出会った多くの実用的な提案やモデ ルについて詳しく述べることを目的としている。学術調査によって明らかになったこと が存在する場合はそれに従った。
この報告書を準備する過程において、慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の存在と特質 をめぐって広がっている論議に懸念を示し続けてきた。患者、その介護者、保健医療の 専門家は、この病気に冒された人々に対する、いろいろなレベルでさまざまな形をとっ て現れる不信感と偏見に遭遇する。専門家の間に存在する慢性疲労症候群/筋痛性脳脊 髄炎に関する不信感と議論は、これほど表面上人によってさまざまで状態が変わりやす い病気の存在に対する、一般の人々の不信感を拭い去るには何の役にも立たなかった。
私たちの狙いは、不信感や議論があるならそれに耳を傾け、理解し問題を取り上げる ことである。この過程において、現に存在する議論が何も行動を起こさないことや、不 適切に患者を扱う口実として使われることはできず、またそうすべきでないという点で ワーキンググループの意見は一致した。その代わりに私たちは、他の多くの病気にも適 切であると思われる考え方を採用した。その考え方とは、一人一人の患者の体験は独特 であり、彼らの病気はその正当な権利において考慮され、弾力的に扱わなければならな いというものである。
1 章 1 この報告書の背景
1998 年 7 月 16 日、英国王立内科医師会における自然科学部門の説明会で報道関係者 に対して、その当時主任医務官であったケネス・カルマン卿は次のように語った。
「私は慢性疲労症候群は本当に実在するものであると正式に承認します。それは悲惨 で患者の体を衰弱させ、非常に多くの人々に影響を及ぼしています。また医療の専門家 に対して、著しく大きな挑戦を挑むものです。」
その説明会で彼は、慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎についてのワーキンググループ を創設することを発表した。
1 章 4-3 予後
最近の学術調査で予後について明らかになったことは、患者のうちのごく少数だけし か以前のレベルの健康と生活機能を回復しないことを示している。この調査結果は、予 後の回復の乏しい患者を多めに含めて選択して調査するという傾向があったかもしれ ない。ほとんどの患者は時間の経過とともに、特に治療を受けることによって、ある程 度の回復を示すだろうと言える。相当な数の患者は、比較的症状が軽くなる時期とぶり 返す時期を繰り返すという経過をたどる。一方極めて少数の人々は重症化し、もしかす
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ると一生涯身体障害者となる。慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の患者で、徐々に進行 的に悪化するということはまれで何か他に説明されるべき機会を逃していないかを確 かめるために、さらに詳細な臨床的な再検査を常に促すべきである。しかし慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の患者の中には、進行的悪化はおこりうる。 このような患者の存在を認めなければならないし、こうした多くの患者はより重症な 人々である。多くの人々は、介護をしてもらったり、援助を提供されるにあたって、特 別な配慮を必要とする。
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しかし研究者たちは三つの点で一致しているようである。
・予後は極めて変化しやすい。多くの患者はぶり返すこともあり、良くなったり悪く なったりを繰り返す経過をたどるが、ほとんどの人はある程度は回復する。しかし健康 と生活機能が個人の以前の健康な時のレベルまで完全に戻ることはめったにない。回復 したと感じている人々のほとんどは、病気になる以前よりは低いレベルの生活機能で固 定してしまう。
・慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎のクライテリアを満たす集団の人々の中で、多く の人は比較的早い時期に大方の回復を経験する。したがって病気にかかっている期間の 分布は一様ではなく、平均的に病気にかかっている期間よりも短い人の数の方が多い。
・比較的早くは回復しない人たちでは、病気がもっと長引く傾向があり、少数の人々 は非常に長い間病気にかかっている。
総体的に病気にかかっている期間は人によって大きな違いがある。2 年以内に回復す る人々がいる一方、何十年たっても病気の状態のままの人々もいる。病気になって 3・ 4 年経ってしまった人々は回復する見込みはなさそうである。症状が 5 年以上持続した あとで全快することはめったにない。この統計に関わらず、早期に回復する機会を最大 限にふやし、病気の衝撃を最小限にくい止めるために、個人一人一人が必要な援助を受 けることは欠かせない。
2 章 3-1 重症の人々
「重症患者は著しく見逃されている-ただ無視され表に出てこない」
慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の 25%に至る人々はあまりにも病気が重く、最も 基本的な自分の身の回りの事すらできず、寝たきりか一日のほとんどを横になって過ご している。こうした患者はとりわけ孤独で孤立していると感じている。この病気の深刻 さ、複雑さ、長引くことなどは十分に理解されていない。
「重症患者は医療的な配慮、理解、家庭での介護の不足にとりわけ影響を受けやすい 弱い立場にある。」
2 章 3-1-1 ホームドクターのもとでの治療
一般開業医は、病気が複雑で治療しても良くならない患者と面と向かった時、自分た ちが無力であると感じ、実際には傍観者へと退き、患者を全く孤立していると感じさせ るという意見が出された。
「社会の中に捨てられ―全く見えない存在」
この病気に対する助言や取り扱いにおける意見の一致の欠如は、重症患者の困難さを
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さらに増す。一般にこのグループに入る人々は研究から除外されており、それゆえ証拠 に基づいた研究を試すために用いたクライテリアを、満たしていないかもしれない。例 えば、重症ほどでもない患者の間で研究されている激しい運動による療法は、不適切で あると多くの人々が述べている。患者は医者を信用したいし、「ノー」と言うことを恐 れているか、違う意見であると言うだけのエネルギーがないと報告している。「難しい 患者」だと「きめつけられる」こと、年金などの給付を失うこと、人々をがっかりさせ ること、努力できないこと、家族の愛を失うこと、精神病だというレッテルを貼られる ことを恐れているという意見も出された。3 章 4-3 症状の重さ
どんな病気であっても、病状がどれほど重いかは異なったいくつかの次元で理解され える。そこで、それぞれの症状、身体的活動や集中力・思考力のレベルが低下したこと、 社会的に果たせる機能が変わってしまったことによって、個人一人一人にとって日常生 活や将来の目標、期待にどれほど受け入れがたい強い影響を与えているか、ということ も考慮されなければならない。何よりも、それぞれの患者はその人独特の病気の表れ方 と、実際の生活機能レベルに基づいて評価されなければならない。
より広く認知されている他の病気においては、こうした配慮をすることは自明であり、 通常の臨床的な診療の一部であるのだから、ワーキング・グループは、CFS/MEの 患者のためにも、こうしたことを強調する必要があるのではないかと、懸念している。 異なった患者の必要を効果的に適切に満たすためには、医療や社会的な介護、教育、雇 用においてと同様に、家族や友人、社会の患者に対する対応という点でも、正しく認識 し理解することが非常に重要である。
「重症」という表現は、身体の障害が非常に重く、移動や生活機能が著しく制限され るに至った患者に広く適用されている。多くの場合こうした制限には、集中力・思考力 の低下や病気が長期間にわたっているというような、他にも重症であることを示す症状 を伴う。これほどの身体的制約は、特に長期にわたる場合、個人的、社会的な機能に重 大な結果を及ぼし、それゆえ患者の保健や社会福祉制度の利用にも多大な影響を与え、 患者を介護する人たちにも影響する。
最近の評価は、慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の症状の重さを 4 つに区分
することを提案している。しかし症状の重さを評価したものによって、どんな患者の経 験も不注意に軽く扱われることのないよう配慮されなければならない。
軽症―
動き回ることができ、身の回りのことは自分ででき、困難を伴いつつも軽い家 事をこなすことができる。大部分の者はまだ働いている。しかし仕事を続けるためには、 すべての余暇活動、社会的貢献はすでに止めており、しばしば、仕事を休まなければな らない。ほとんどの人は平日の仕事をなんとかこなすために週末を休養のために使う。中程度―
動き回る機会は減少しており、日常生活のすべての活動を制限され、症状の 程度によって出来ることに調子の良い時と悪い時の波がある。たいてい働くことは止め ており、休む時間を必要とし、しばしば午後に1,2時間昼寝をする。一般に夜の睡眠 の質は悪く、乱れている。重症―
顔を洗ったり、歯を磨いたりなどの最小限の身の回りのことはできるが、集中 力や思考力に著しい困難があり、移動は車いすに頼っている。こうした人たちは、まれ な機会を除いては家を出ることができず、無理をし過ぎたために長期間に渡ってその影4
響が残ってしまう。非常に重症―
動き回ることができず、自分の身の回りのことさえ何もできず、ほとん ど一日中ベッドの中で過ごしている。こうした人たちは、しばしばどんな騒音にも耐え られず、一般に光に対してきわめて敏感である。コックス氏とフィンドレー氏によって、軽症から中程度の慢性疲労症候群/筋痛性脳 脊髄炎との評価を示唆されたような、外面上はより軽度な慢性疲労症候群/筋痛性脳脊 髄炎の人々の生活においてさえ、深刻な影響が出ている可能性もある。またこのような 患者たちは、以前自分が達成できたことと、今自分ができることの間の違いによって、 一番衝撃を受けているの可能性もある。これほど長期化しない病気でさえも、症状の重 さにかかわらず、非常に大きな衝撃を個人的にも社会的にも与いえるし、それは主に個 人の人間関係、仕事、経済に入り込んでくる。多くの場合、自信や自尊心がひどくむし ばまれている。
以前のレベルの生活機能に近い活動を維持していこうとする個人個人の試みは、現実 的ではないし、それを持続していくことはできない。こう理解することによって苦悩が さらに増しかねず、患者から受け取る、理解しがたく混乱させるような合図に回りの 人々がどう反応するかや、患者がどの程度機能できるのかが予想できないことによって、 さらに苦悩が増す。
3 章4、3-1 重病な人々
上記の記述は重い病気がもたらす生活機能上の影響と、その結果生じてくる必要を示 している。現在のサービスの支給量は、重症と非常に重症な患者たちの大多数が必要と しているものよりも、はるかに下回っている。
患者が歩いて行かないと受けられない多くのサービスを利用したり、サービスの判定 や提供を行う地点まで移動手段を使って行くことが身体的に出来ないために、特有の困 難が生じてくる。動けず孤立していることは、ある人たちが「見えない存在」と表現す る状況をたやすくもたらしうる。簡単な技術的な解決方法が欠けていることや、特に重 症の場合に、専門家や他の人々の中に、この病気の気詰まりな現実に直面することに大 きな困難を抱えてしまう人々がいることが、この問題をさらに難しくしうる。
病気にかかっている期間や、慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎のもたらす身体障害そ のものが、この病気の与える影響の厳しさの一部となりうる。病気にかかっている期間 がどのくらいであっても、生活の中に入りこんでくるものであり、本質的な問題を引き 起こしえるからである。全く回復しているという感じがないまま、何年にもわたって治 らない重い病気は、深刻で累積的、個人的、社会的な影響を与える。慢性疲労症候群/ 筋痛性脳脊髄炎の患者の少数は、一生涯重度の身体障害を負い、他の人々に頼らなけれ ばならない。しかし、たとえ簡単な解決法がないにしても、このような患者たちの家を 訪ねたり、連絡を取り続けたり、ひき続き可能性のある選択肢がないかを探ることによ り、専門家たちは多くの患者の必要を満たし、支え、介護することができる。最も重症 の人々は、認められ、励まされ、楽観的でいられるように支えられる必要がある。