第 6 章 分子の電子状態
いよいよ分子の記述に入る。これまでと同様、1 電子軌道概念を基礎に 置く。すなわち、1 電子座標の関数である軌道関数をまず求め、Pauli の 原理に従ってそれらに電子を2 個ずつ詰めていく考え方を適用する。こ れが、「分子軌道法」と呼ばれる理論の基本概念である。1 電子軌道関数 をどのように決めるかにより、種々の近似法がある。本章では、その中 で最も簡単な「単純LCAO-MO∗法」およびそれを共役炭化水素分子に適 用したH¨uckel 近似を扱う。
6.1 水素分子イオン
最も単純な分子として、水素分子イオンH
+
2 を考える。これは1 電子分 子である。
6.1.1 Hamilton 演算子と種々の積分
原子核は静止していると見なすと、電子のHamilton 演算子は H = −ˆ ¯h
2
2m∇
2 1−
ZAe2 r1A −
ZBe2 r1B
(6.1)
第1 項は電子の運動エネルギー、第 2、3 項は水素原子核からの Coulomb 引力ポテンシャルを表す。2 つの水素原子核に A, B とラベルを付けてい る。H
+
2 の場合はZA = ZB = 1 である。電子は 1 個だけだが、添字 1 で 標識してある。r1Aは、原子核A と電子との距離を表す。
∗Linear Combination of Atomic Orbitals - Molecular Orbitals
補足 この系における相互作用としては、上記の他に原子核間のCoulombポテ ンシャル
Vnn= ZAZBe
2
rAB
(6.2)
がある。これは電子座標に依らないので、電子のSchr¨odinger方程式 Hψ(r) = Eψ(r)ˆ
の解ψ(r)が求まれば、
( ˆH + Vnn)ψ(r) = (E + Vnn)ψ(r)
のように後から足せばよい。Vnnは化学結合を考察するときには重要である。 LCAO-MO 法による分子軌道を
ψ(r) = cAφA(r) + cBφB(r) (6.3) とする。ここで、係数cA, cBは実数とする†。原子軌道φA, φBは
hφA|φAi =
∫
|φA(r)|2dr = hφB|φBi = 1
のように規格化されているとする。また、 hφA|φBi =
∫
φ∗A(r)φB(r)dr = SAB
とおく。これは、重なり積分と呼ばれる。 SBA =
∫
φ∗B(r)φA(r)dr = (∫
φ∗A(r)φB(r)dr )∗
= SAB∗
のように、ラベルA, B を交換したものは互いに複素共役だが、通常の LCAO-MO 法では実数の原子軌道関数を用いるので SBA = SAB となる。
H+2 の場合には、φA, φB は各原子核を中心とする1s 軌道関数とするの が適当である。また、以下のような計算をするまでもなく、対称性から
|cA| = |cB| となるはずだが、ここではそれは前提せずに進める。 Hamilton 演算子の原子軌道による期待値
HAA = hφA| ˆH|φAi =
∫
φ∗A(r) ˆHφA(r)dr (6.4)
は、原子軌道φAのエネルギーを表していると見なせる。
†波動関数は一般には複素数だが、磁場のない場合の定常状態を考える際には、この ように設定して構わない。
補足 実際、式(6.1)の第3項の他核Bからのポテンシャルが無いとすれば、Hˆ は核Aを中心とする水素類似原子のHamilton演算子であるから、
HAA = hφA| ˆH|φAi = E1shφA|φAi = E1s
となる。式(6.1)の第3項を含めても、φAは核Aの近傍に局在した関数なので、 HAAにおいては核Bよりも核Aからのポテンシャルが支配的となり、上記が近 似的に成り立つ。HAAや下記のHABなどの積分値を数値計算で求めることは 可能である。あるいは、分光実験から見積ったり、後述のH¨uckel法のように適 当なパラメータにしてしまう場合もある。
H を相異なる原子軌道で挟んで積分したˆ HAB = hφA| ˆH|φBi =
∫
φ∗A(r) ˆHφB(r)dr (6.5)
は「移動エネルギー」または「共鳴エネルギー」などと呼ばれ、2 つの 原子軌道に電子が非局在する傾向を表す。重なり積分の場合と同様に、 A, B を交換したものは複素共役の関係 HBA= HAB∗ にあること‡を示すこ とができる。今の場合、前述のようにφA, φB は実数値関数とするので、 HBA= HABとなる。
これらの原子軌道による積分HAA, HBB, HAB を用いて、分子軌道ψ に よる積分を表すと
hψ|H|ψi = c2AHAA+ 2cAcBHAB+ c 2
BHBB (6.6)
hψ|ψi = c2A+ 2cAcBSAB + c 2
B (6.7)
となる。
6.1.2 変分法と永年方程式
我々の目的は、分子軌道係数cA, cBを決定することである。前章でも 用いた変分法によれば、エネルギーの期待値
E = hψ|H|ψi
hψ|ψi (6.8)
‡これは「Hermite 演算子」と呼ばれるものの定義となっている。Hamilton 演算子は Hermite である。Hermite 演算子の固有値はつねに実数であることを数学的に示すこと ができる。一般に、観測される物理量はHermite 演算子で表される。これは、観測値が 実数であることから要請される量子力学の基本原理の一つである。
を最小とするようなパラメータの組cA, cBを探せばよい。そのための必 要条件は∂E/∂cA= ∂E/∂cB = 0 である。式 (6.8) のままで微分すること も可能だが、ここでは
Ehψ|ψi − hψ|H|ψi = 0 (6.9) のように並べ替える。これをcAについて微分すると
∂E
∂cAhψ|ψi + E
∂hψ|ψi
∂cA −
∂hψ|H|ψi
∂cA
= 0 (6.10)
式(6.6) と (6.7) より
∂E
∂cAhψ|ψi + E(2cA+ 2cBSAB) − (2cAHAA+ 2cBHAB) = 0 (6.11) 条件∂E/∂cA= 0 により第一項は消え、残りを整理すると、
(HAA− E)cA+ (HAB− ESAB)cB = 0 (6.12) 同様に、∂E/∂cB = 0 より
(HBA− ESBA)cA+ (HBB− E)cB = 0 (6.13) が得られる。これは、改めて計算するまでもなく、式(6.12) で添字 A と B を交換すればよい。ただし、HAB = HBA, SAB = SBAを用いた。以上
の2 式を行列にまとめると
[ HAA− E HAB − ESAB
HBA− ESBA HBB− E
] [cA
cB
]
= [0
0 ]
(6.14)
となる。これを次式のように書くことにする。
(H − ES)c = 0 (6.15) 式(6.15) にゼロでない解 c 6= 0 が存在するためには、逆行列 (H−ES)−1 が存在してはならない。この逆行列が存在してしまうと、式(6.15) の左 から掛けてc = (H − ES)−1 0 = 0 となってしまうからである。よって、 行列H − ES の行列式はゼロでなければならない。
|H − ES| = 0 (6.16) この式から分子軌道エネルギーE が決定される。これを「永年方程式」 と呼ぶ。
補足 ここでは2つの原子軌道からなる分子軌道を考察しているので2 × 2行列 の式であるが、式(6.15)–(6.16)は直ちに一般化される。すなわち、N 個の原子 軌道(または一般的な基底関数)からなる波動関数
ψ(r) =
N
∑
i=1
ciφi(r) (6.17)
について、変分法により最適な係数の組 {ci}を決定する条件は、永年方程式 (6.16)となる。
6.1.3 エネルギーの安定化
式(6.14) について具体的に永年方程式を書き下すと
(HAA− E)(HBB − E) − (HAB− ESAB)2 = 0 (6.18) となる。この式はE についての 2 次方程式なので容易に解ける。しかし ここでは解を書き下さずに簡単な考察から解の性質を調べることにする。 まず、上式の左辺をf (E) とおく。これは E の 2 次式である。E2の係数 (1 − |SAB|2) は正なので、f (E) のグラフは下に凸の放物線である。また、 式(6.18) の左辺第 1 項から直ちに
f (HAA) = f (HBB) = −|HAB− ESAB|2 ≤ 0
が分かる。したがって、放物線と横軸の交点から得られる方程式の解は、 E = HAA, E = HBB両者の外側にあることが分かる。すなわち、いま仮 にHAA ≤ HBBとし、式(6.18) の 2 解を小さい方から E1, E2とすると、
E1 ≤ HAA ≤ HBB ≤ E2
が成り立つ。
既に述べたように、HAA, HBBは原子軌道(AO) φA, φBのエネルギーに 相当する。これらが相互作用することで分子軌道(MO) ψ が生成する。上 式は、そのMO エネルギー E1, E2がAO エネルギー HAA, HBBの外側へ 分裂することを示す。よって、低い方のMO エネルギーは、必ず元の AO エネルギーよりも低エネルギーとなり、エネルギーの安定化が得られる ことになる。
H+2 イオンの場合にはHAA = HBB なので、式(6.18) は容易に解けて、 E1 = HAA+ HAB
1 + SAB
, E2 = HAA− HAB
1 − SAB , (6.19)
が得られる。SAB > 0 となるように φA, φBの符号を揃えておくと、通常 はHAB < 0 となるので、+HABの方が低エネルギーのE1である。HAA= HBB の上下におよそ|HAB| のエネルギー幅で分裂するが、分母因子があ るので、E1への下降よりもE2への上昇が大きい。
練習問題 上式のE1, E2を式(6.18) に代入し、E1のときはcA: cB = 1 : 1、E2のときはcA: cB = 1 : −1 となることを示せ。
上の練習問題では、一般的な手続きを確認するために計算を実行した が、水素分子イオンのようにHAA = HBBであれば、計算するまでもな く対称性から|cA| : |cB| = 1 : 1 となる。低エネルギーの E1に対応するの が結合性の
ψ+(r) = c+(φA(r) + φB(r)) (6.20) 高エネルギーのE2に対応するのが反結合性の
ψ−(r) = c−(φA(r) − φB(r)) (6.21) となる。cAとcBの比までしか決まらないので、全体の係数c±は未定の ままである。これらは、ψ±の規格化条件hψ±|ψ±i = 1 から決める。 練習問題 式(6.7) を用いて c±を決定せよ。
(答: c± = 1/√2(1 ± SAB))
補足 上で実行したように、永年方程式からEの値を求めたら、元の式(6.14) に代入し、係数cA, cBの関係式を得る。これにより決定できるのは、cA, cBの 値ではなく、比cA: cBまでである。このことは、次のような考察からも分かる。 式(6.14)は、2変数cA, cBの連立一次方程式である。2式をcA, cBを座標軸 とする座標平面上の直線と見なすと、両者とも原点を通る直線となる。よって、 2直線の傾きが異なる場合には解を与える交点は原点c = 0のみである。これ が、逆行列(H − ES)−1 の存在する場合に相当する。ところが、求めているの はc6= 0の解なので、2直線が原点以外に共通部分を持つ必要がある。両者が原 点を通ることは確定しているので、それ以外に共通部分を持つには2直線が一 致するしかない。この条件を表すのが永年方程式(6.16)である。このとき、重 なった直線上の任意の点が解となる。直線の傾きからcA, cBの比は決まるが、 値は決まらない。値まで決めるには、もう一つ条件が必要であり、それが規格化 条件hψ|ψi = 1である。
6.1.4 重なり積分を無視する近似
重なり積分SABを無視することにすると、行列S は単位行列 (I と書く) となり、式(6.15) は
(H − EI) c = 0 ⇒ Hc = Ec (6.22) となる。よって、問題は行列H の固有値問題に帰着する。
補足 上の行列固有値方程式は、定常状態のSchr¨odinger方程式
Hψ = Eψˆ (6.23)
と似通っていることに気付くだろう。ψを式(6.17)のように基底関数展開する とき、基底関数の組{φi}が規格直交となるように取ればS= Iなので、変分法 により係数{ci}を決定する問題は式(6.22)に帰着する。
式 (6.22) を実際に解いてみよう。少し記号を書き換え、HAA = εA, HBB = εB, HAB = β と置く。また、前述のように β < 0 とす る。すると、永年方程式(6.18) で SAB = 0 としたものは容易に解けて、
E = 1
2(εA+ εB) ± 1
2√(εA− εB)
2+ 4β2 (6.24)
となる。これより、εA= εBのときは、
E = εA± β (6.25) となり、分子軌道エネルギーはεA= εBの上下に|β| ずつ分裂する。
これらのE を式 (6.22) に代入すれば、cA : cBが求まる。今の場合は
εA= εBなので、|cA| : |cB| = 1 : 1 となり、結合性と反結合性の分子軌道 ψ±(r) = √1
2(φA(r) ± φB(r)) (6.26) が得られる。
6.1.5 分子軌道を形成する条件
次に、2 つの原子軌道のエネルギー εA, εB が大きく離れている場合を 考察しよう。ここでは、エネルギー差が
∆ε ≡ εB− εA≫ |β|
であるとする。このとき、式(6.24) の右辺第 2 項を 1
2(εB− εA)
√ 1 +
( 2β εB− εA
)2
= 1 2∆ε
√
1 +( 2β
∆ε )2
と変形し、|x| ≪ 1 のとき√1 + x ≃ 1 + x/2 と近似できることを用い れば、
E = εB+ β
2
∆ε, εA− β2
∆ε (6.27)
が得られる。これは、原子軌道エネルギーεA, εBの上下β
2/∆ε のエネル ギー分裂を示す。この分裂幅は、∆ε が大きい程、すなわち元の原子軌道 エネルギーεA, εBが離れているほど小さくなる。これは、エネルギーの かけ離れた原子軌道は混合し難いことを意味している。
以上のことを図示したのが上図である。左から右へ進むにつれ、2 つの 原子軌道の間のエネルギー間隔が大きくなる。一番右側の図では、エネ ルギー分裂幅が小さく、低エネルギーの分子軌道は主に低エネルギーの 原子軌道2 からなり、高エネルギーの分子軌道は主に高エネルギーの原 子軌道1 からなる。一つの具体例が下図で、LiH 分子の結合軌道の電子分 布が水素原子側に偏っている。Li の 1s 原子軌道はエネルギーのずっと深 いところにあるので、H の 1s 原子軌道とは混合せず、よって結合には関 与しない。
β = 0 のときは、式 (6.24) は E = εA, εBを与える。すなわち、元の原 子軌道のエネルギーのままである。(β = 0 とは行列 H が最初から対角的 ということなので、計算するまでもなく当然である。) これは、β = 0 の ときには分子軌道の形成が起きないことを意味する。
β = HABの値は、重なり積分SABの値に大体比例する。
β = HAB =
∫
φ∗AHφˆ Bdr, SAB =
∫
φ∗AφBdr (6.28)
特に、原子軌道の対称性によりSAB = 0 となるときには、β = HABもゼ
ロである。これは、上式の積分の中で、Hamilton 演算子 ˆH は特別な対称 性を持たない§ので、SABが対称性により消えるならば、HABも同様に消 えるからである。
重なり積分SAB が対称性により消える例として、下図左側のように、 φAが球対称のs 原子軌道、φBが結合軸に垂直なp 原子軌道である場合が ある。図のように結合軸をz 軸にとれば、pxとpy軌道が相当する。この とき、p 軌道の節面に関して s 軌道は対称、p 軌道は反対称なので、両者 の積は反対称となり積分は消える。これは奇関数の積分がゼロとなるの と同様である。同様に、下図右側のようにφAがpz軌道、φBがpx軌道 である場合も、対称性により重なり積分は消える。
以上のように、分子軌道を形成する際の原子軌道の混合の度合いは、軌 道の対称性を反映した重なり積分の大きさと、原子軌道エネルギーの差
∆ε によって決まる。一般に、重なり積分が大きく、エネルギーの近い原 子軌道がよく混合する。
6.2 H¨ uckel 法
エチレン、ブタジエン、ベンゼンなどの共役炭化水素は、反応性の高 い二重結合を持つ。これらの二重結合は、π 分子軌道によって記述され る。これを扱う最も簡便な方法は、H¨uckel 法と呼ばれる。例えば分子面
§これをH は全対称であるというˆ
をxy 平面にとるならば、水素の 1s 原子軌道と炭素の 2px, 2py 原子軌道
が平面内のσ 結合を、炭素の 2pz原子軌道がπ 結合を形成する。H¨uckel 法では、後者のπ 分子軌道のみを取り扱う。
π 分子軌道は、式 (6.17) において φi(r) を各炭素原子上の 2pz原子軌道
としたもので記述する。例えば、エチレン、ブタジエン、ベンゼンに対 してはN = 2, 4, 6 である。
6.2.1 H¨ uckel 法の基本仮定
H¨uckel 法では、次の 3 つの仮定・近似を置く。
1. 炭素原子上の2pz原子軌道の間の重なり積分は無視する。すなわち S = I (単位行列) とする。
2. 原子軌道の組{φi} による Hamilton 演算子の行列要素 Hij = hφi| ˆH|φji
について、対角要素は全て同一の値とする。通常、それをα と書き、 H11 = H22= · · · = α
とする。式(6.4) の下の「補足」で述べたように、これは、近似的 に炭素の2pz原子軌道のエネルギーと見なせる。H¨uckel 法では、π 電子を与える全ての炭素原子においてこれが等しいと近似する。 3. 上記行列の非対角要素Hij は、φiとφjの属する炭素原子が隣接し
結合していると見なされる場合にのみ、パラメータβ で与えられる とする。すなわち、i 番目と j 番目の炭素原子が結合しているとき はHij = β、そうでないときは Hij = 0 とする。
2 番目の仮定では、対角要素 Hiiは主に原子の性質で決まる量であると しており、個々の炭素原子の置かれた環境の違いによる変化は無視して いる。また、これと3 番目の仮定により、H¨uckel 法ではポリエンのシス 体とトランス体のような構造異性体を区別しないことになる。
例えば、ブタジエンのH¨uckel ハミルトニアン行列は、
H =
α β 0 0 β α β 0 0 β α β 0 0 β α
(6.29)
となる。明らかに、これはシス、トランス異性体を区別しない。
6.2.2 H¨ uckel 法の応用
分子軌道係数c とエネルギー E は、式 (6.22) から決定される。最も簡 単なエチレン(C2H4) の場合は、π 電子は 2 個なので 2 × 2 行列の問題と なり、永年方程式は
¯
¯
¯
¯
¯
α − E β β α − E
¯
¯
¯
¯
¯
= 0 (6.30)
である。これは容易に解けるが、後の便宜のために各行または列をβ で 割り、
x = (α − E)/β とおく。これより式(6.30) は、
¯
¯
¯
¯
¯ x 1 1 x
¯
¯
¯
¯
¯
= 0 ⇒ x = ±1 ⇒ E = α ∓ β
となる。
分子軌道係数を求めるには、E の解を式 (6.30) の行列に戻してもよい が、x で表した行列を用いる方が簡単である。すなわち、E = α + β は x = −1 であるから、
[−1 1 1 −1
] [c1
c2
]
= 0 ⇒ c2 = c1
となる。H¨uckel 法では重なり積分を無視するので、規格化条件は c21+ c22 = 1 ⇒ c1 = c2 = √1
2 である。以上より、結合性π 分子軌道
ψ+(r) = √1
2(φ1(r) + φ2(r))
が得られる。同様に計算すれば、E = α − β は x = 1 であるから、 [1 1
1 1 ] [c1
c2
]
= 0 ⇒ c2 = −c1
であるから、反結合性π 分子軌道 ψ−(r) = √1
2(φ1(r) − φ2(r)) が得られる。
練習問題 アリル陽イオン(C3H
+
5) の H¨uckel 分子軌道とエネルギーを求 めよ。ただし、3 つの炭素原子に端から番号を振ったとき、1-2 および 2-3 は結合しているが、1-3 は結合していないとする。
略 解 Hamilton行 列 は
α β 0 β α β 0 β α
, 永 年 方 程 式 は
¯
¯
¯
¯
¯
¯
x 1 0 1 x 1 0 1 x
¯
¯
¯
¯
¯
¯
= 0 ⇒ x =
0, ±√2。分子軌道係数(c1, c2, c3)は、E = α +√2β のとき(1,√2, 1)/2, E = α のとき(
√2, 0, −√2)/2, E = α −√2β のとき(1, −√2, 1)/2。
アリル陽イオン(C3H
+
5)のπ分子軌道
補足 ブタジエンの場合のHamilton行列は式(6.29)だから、永年方程式は
¯
¯
¯
¯
¯
¯
¯
¯
x 1 0 0 1 x 1 0 0 1 x 1 0 0 1 x
¯
¯
¯
¯
¯
¯
¯
¯
= 0
左辺1列目で余因子展開すると、
x
¯
¯
¯
¯
¯
¯
x 1 0 1 x 1 0 1 x
¯
¯
¯
¯
¯
¯
−
¯
¯
¯
¯
¯
¯
1 0 0 1 x 1 0 1 x
¯
¯
¯
¯
¯
¯
= 0 ⇒ x(x3− 2x) − (x2− 1) = 0
⇒ (x2+ x − 1)(x2− x − 1) = 0 ⇒ x = −1 ±
√5 2 ,
1 ±√5 2
このように、分子が大きくなるにつれ計算の手間も増大するが、この問題は標 準的な実対称行列の固有値問題なので、数式処理ソフトウェア等を使っても容 易に解くことができる。例えば、下図はwxMaximaというフリーソフトウェア で上のブタジエンの問題を解いたときの画面のスクリーンショットである。
wxMaximaによるブタジエンのH¨uckel分子軌道計算
青字部分を入力し、シフトキーを押しならがリターンキーを押すと、黒字部分 の結果が得られる。(%o2)の右側に並んだ最終結果のうち、最初の4つの式が 固有値、次に[1, 1, 1, 1]と並んでいるのが固有値の縮退度、次に並ぶのが、各 固有値に対応する固有ベクトルである。ただし、固有ベクトルは規格化されて いない。この出力から、ブタジエンのH¨uckel分子軌道エネルギーと分子軌道を 低エネルギーからE1 ∼ E4, ψ1 ∼ ψ4とすると、
E1= α + √5+12 β : ψ1 ∝ φ1+√5+12 φ2+√5+12 φ3+ φ4
E2= α + √52−1β : ψ2 ∝ φ1+√52−1φ2−
√5−1
2 φ3− φ4 E3= α −
√5−1
2 β : ψ3 ∝ φ1−√52−1φ2−√52−1φ3+ φ4
E4= α −
√5+1
2 β : ψ4 ∝ φ1−√5+12 φ2+
√5+1
2 φ3− φ4 となることが分かる。φ1∼ φ4は、各炭素原子の2pz原子軌道である。
ブタジエンのπ分子軌道
6.3 定性的分子軌道法
H¨uckel 法は、いわゆる単純 LCAO-MO 法と呼ばれる方法に属し、電子 間の交換相互作用と呼ばれるものを無視している。このことと、前節で 掲げた3 つの仮定を考えれば、H¨uckel 法で得られるエネルギー値や分子 軌道係数に定量的意味を過大に期待すべきでない。しかしながら、分子 軌道の概形を決める節構造(位相構造とも呼ぶ) は、近似に依らない普遍 性の高い概念となっている。本節では、分子軌道の概形を定性的に議論 する。