ぶどうの会 キリスト教入門クラス
2012 年 12 月 9 日教会に来て間もない人から、クリスチャンになったばかりで、キリスト教信仰を深く知りたいと思う人 まで、基本的なことから少しずつ学んで行きたい、と願う人々のための集まりです。解りやすい解説、 親しみある交わりと学びによって、礼拝が喜びに満ちたものへと成長しますように。
第 17 回 「神を知る─聖書を著された意図に沿って」
問 わたしたちは、聖書の言葉をどこで聴くことが出来ますか ?
答 教会の礼拝においてです。礼拝で聖書が読まれ説教がなされるとき、生ける神さまと 主イエス・キリストがはっきり示されます。
Q どうして日曜日に教会で聖書のお話しを聴くのですか?
聖書は イエスさまを知る・神さまを知る・造り主を知る・私たちの本当の姿を知る ために神さまが 与えてくださっている最大の手掛かりの書です。私たちがまことの神を信じるように、聖書の果たす役 割がこれほど大きくて、決定的なものであるならば、ただひたすら聖書を読めば救われるのではないか、 と考えてしまいます。しかし、聖書をただひたすらに読むだけでは、神さまは私たちに来て下さいませ ん。聖書は、教会という、神さまを信じる人々の集まりの中で読まれ、解き明かされ、証しされるとき に、神さまの存在が私たちの心に知らされ、信仰に導かれるのです。
聖書の言葉が説き明かされ、聖書を神さまの御言葉として信じるように導かれた人が洗礼を受ける場所 は教会です。神さまを信じる人々が神さまに礼拝をささげるのです。同じ信仰を与えられた仲間が互い の交わりの中で真理を知る者へと成長していきます。そのための場として、神さまは教会を備えられま した。そして何よりも、神さまご自身を明らかにされる時と場所として教会の礼拝を備えておられるこ とを心に刻んで下さい。
主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。 そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、 女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。 彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あ の馬車と一緒に行け」と言った。フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえ たので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。宦官は、「手引きしてくれる人がなけれ ば、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。(中略)宦 官はフィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょう か。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」そこで、フィリポは口を開き、聖書のこ の個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。道を進んで行くうちに、彼らは水のあ る所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」 フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリ ストは神の子であると信じます」と答えた。そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の 中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。 使徒言行録 8:26-38
■次回予定1 月 13 日 「神さまのデザインされた世界─すべては善いものとして造られた」
参考・引用書 全国連合長老会日曜学校編『続明解カテキズム』キリスト新聞社 (c) 聖書: 日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
配布資料要約