課題研究 P3 理論ゼミ
第 15 章 バリオン 15.4 ∼ 15.6
加須屋春樹
2016 年 7 月 5 日 (7 月 12 日改版 )
15.4 磁気モーメント
構成子クォークをバリオンの実質的な構成要素とみなすことが適切であるかは、バリオンの磁気双極 子モーメント(磁気モーメント)の構成子クォーク模型による予測値と実験値を比較することによって もわかる。ディラック理論によると、電荷e、スピン1/2、質量Mで内部構造を持たない粒子の磁気 モーメントは
µDirac= eℏ
2M (1)
である。陽子が内部構造をもたない素粒子であれば、陽子の磁気モーメントは核磁子(nuclear magne- ton)の値
µN= eℏ 2Mp
(2) となるが、実際は内部構造をもつため値は異なる。実験値はµp= 2.79µNである。
クォーク模型による磁気モーメント
陽子の基底状態は全角運動量がl = 0なので、陽子の磁気モーメントは3つのクォークの磁気モーメ ントの単純なベクトル和である:
µp= µu+ µu+ µd (3)
陽子の磁気モーメントの期待値µpは
µp= ⟨µp⟩ = ⟨ψp|µp|ψp⟩ (4)
ここでψpは陽子の完全反対称なクォーク波動関数である。µˆ = 2/ℏ µ ˆSよりµpを計算するには波動 関数のスピン部分χpが必要で、教科書(15.3)より
χp=
√2
3χuu(1, 1)χd ( 1
2, − 1 2
)
−
√1
3χuu(1, 0)χd ( 1
2, 1 2
)
(5) µp=2
3(µu+ µu− µd) + 1 3µd=
4 3µu−
1
3µd (6)
を得る。ここでµqはクォーク磁子(quark magneton)である:
µq =zqeℏ 2mq (mq:
構成子クォーク質量) (7)
同様に中性子は
µn= 4 3µd−
1
3µu (8)
Σ+は
µΣ+= 4 3µu−
1
3µs (9)
Λ0 = |u↑d↓s↑⟩ではuクォークとdクォークはスピン0に結合しており、磁気モーメントに寄与しな い。すなわち
µΛ0 = µs (10)
u,dクォークの構成子質量を同じと仮定するとµu= −2µdとなり、 µp= 3
2µu, µn = −µu (11)
と書ける。両者の比は
µn
µp = −
2
3 (12)
となり、実験値−0.685とよく一致する。
µpの測定値からクォークの構成子質量をもとめてみる。
µp = 2.79µN= 2.79 eℏ 2Mp
(13) µp =3
2µu= eℏ 2mu
(14) より
mu= Mp
2.79= 336 MeV/c2 (15)
これは15.3節でバリオンの質量スペクトルから求めた値mu≈ 363MeV/c2にたいへん近い。
磁気モーメントの測定
ハイペロンの磁気モーメントの実験値とクォーク模型による予測値はよく一致している(下表)。ハイ ペロンは寿命が短い(τ ≈ 10−10s)にもかかわらず磁気モーメントがよくわかっているのは2つの事情 による。
• ハイペロンは核子間相互作用で生成されたとき偏極している
• ハイペロンの弱い相互作用による崩壊生成物の角度分布はスピンの方向(偏極)に強く依存する
Λ0を例にとる。反応
p + p −→ K++ Λ0+ p (16)
で生じるΛ0粒子は強く偏極している。そのスピンの向きは入射陽子と発生したΛ0の軌道で張られる 平面に垂直である。これは、この反応が強い相互作用であり、この偏極方向がパリティが保存される唯 一の方向だからである。すなわちpp× pΛに平行なベクトルは擬ベクトルでありパリティ変換で符号を 変えない(図参照)。
次にその偏極したΛ粒子はスピンに垂直な磁場B中を距離dだけ飛行する。するとスピンはラーモ ア周波数(Larmor frequency)
ωL=2µΛB
ℏ (17)
によって角度
ϕ = ωL∆t = ωL
d
v (18)
だけ歳差運動の回転をする。ここでvはΛ0の速さ。
スピン歳差運動
外部磁場B中での磁気モーメントµ、スピン1/2の粒子を考える。磁気モーメント演算子µˆと スピン演算子Sˆは次のように関係づく:
ˆ µ= µ2
ℏSˆ≡ γ ˆS (19)
ハミルトニアンH = − ˆˆ µ· Bであり、Bはz方向に一様B= (0, 0, −B)とすると
H = ˆˆ µzB = γ ˆSzB (20)
ハイゼンベルク方程式より
d ˆSi
dt = 1 iℏ[ ˆSi, ˆH]
=γB iℏ [ ˆSi, ˆSz]
= γBϵizkSˆk (21)
∴
d ˆSx
dt = −ω ˆSy d ˆSy
dt = ω ˆSx ここでω = γB = 2µB
ℏ d ˆSz
dt = 0
(22)
∴
Sˆx(t) = ˆSxcos ωt − ˆSysin ωt Sˆy(t) = ˆSycos ωt + ˆSxsin ωt Sˆz(t) = ˆSz
(23)
状態ベクトルが|Sx+⟩であったとすると
⟨Sx(t)⟩ =ℏ2cos ωt ⟨Sy(t)⟩ =ℏ2sin ωt 回転する (24)
その後Λ0は弱い相互作用で崩壊する:
Λ0−→ p + π− (25)
この崩壊で陽子は主にΛ0のスピンの向きに放出される。その角度分布は
W (θ) ∝ 1 + α cos θ ただしα ≈ 0.64 (26)
ここで角度θはΛ0のスピンの方向と陽子の運動量の方向のなす角。これによりΛ0のスピンの向き がわかる。また崩壊生成物の運動量からΛ0の速さvがわかり、式(17),(18)より磁気モーメントがわ かる。
Λ0崩壊における陽子放出の角度分布
崩壊Λ0 −→ p + π− においてそれぞれの粒子のスピンは、Λ0がS = 1/2、pがS = 1/2、π−
がS = 0である。一見すると、崩壊後の陽子のスピンは崩壊前のΛ0のスピンと同じ向きを向き、
崩壊は弱い相互作用によるので、陽子はそのヘリシティが負となる向き、すなわち元のΛ0のスピ ンと逆向きに多く放出されるように思われる。しかし実際は、前述の通り、陽子は主にΛ0のスピ ンの向きに放出される。これはなぜだろう?
Λ0静止系における全角運動量を考えると
sΛ= sp+ sπ
|{z}
0
+l
∴l= sΛ− sp (27)
よって軌道角運動量l = 0, 1の遷移が許されることがわかる。l = 0(S波)の遷移では放射は等方的 であるが、l = 1(P波)の遷移では放射は非等方となる。またl = 1の遷移では陽子のスピンが反 転するスピンフリップが起こりうる。ゆえに陽子の放射の角度分布はp-π−系のl = 0とl = 1の 項の干渉の強さによって決まるので、単純には決められない。そのパラメータαは実験によって決 めるか、モデルを設定して計算する必要がある。
以上のようにΛ0の磁気モーメントを正確に測定することができる。このようにして得られたΛ0の 磁気モーメントの実験値は
µΛ = (−0.613 ± 0.004)µN (28)
µΛ0 = µs = −13eℏ/2msよりms = 510MeV/c2 と計算され、質量スペクトルから求めた値ms ≈
538MeV/c2とよく一致する。
多くのハイペロンの磁気モーメントはΛ0と同様の方法で測られている。その結果は計算値と数% の 精度で一致している。この結果は構成子クォークの描像を2つの観点から支持している。
• 構成子クォークの質量について質量公式から得た値と磁気モーメントの測定から得た値がよく一 致する
• 磁気モーメントの値自身もクォーク模型の予測値とよく一致する。
しかし、クォーク模型による計算値と実験値には若干のずれがある。より正確な記述には、構成子 クォークの磁気モーメント以外の寄与、例えば相対論的な効果やクォークの軌道角運動量による効果を 考慮に入れなければならない。
15.5 バリオンのセミレプトン崩壊
バリオンの弱崩壊は常に同じパターンで起こる。
1) 1つのクォークがW±ボソンを放出することで弱いアイソスピンを変え、より軽いクォークに変 わる
2) W±ボソンがレプトン-反レプトン対(ないし、エネルギーが十分ならクォーク-反クォーク対)に 崩壊する
この章ではバリオンのセミレプトン崩壊を扱う。その例は中性子のβ崩壊:
n −→ p + e−+ ¯νe (29)
である。第10章で見たように、弱い相互作用ではパリティは最大限に破れており、レプトンについて は2つの結合定数はcV = −cA= 1である(V−A理論)。弱崩壊は本質的にはクォークのレベルで起こ る。もし自由なクォークが存在すれば、クォークについてもレプトンと同様に相互作用はV−A型とな るだろう。しかし自由なクォークは存在せず、クォークはハドロンとしてのみ存在する。ハドロンの弱 崩壊では束縛されたクォークが崩壊するので、ハドロン中の他のクォーク(spectator quark)の波動関 数も考慮に入れなければならない。さらにグルーオンや海クォークが強い相互作用の影響を受けるとい う効果も無視することができない。そこでクォークに対する結合定数をベクトル遷移、軸性ベクトル遷 移についてそれぞれcV, cAとして議論を進める。
中性子の β 崩壊
n −→ p + e−+ ¯νe (30)
崩壊確率はFermiの黄金律によって計算することができる。全エネルギーがE0、電子のエネルギーが Eeであるような崩壊確率は、
dW (Ee) =2π ℏ |Mf i|
2dρf(E0, Ee)
dEe
dEe (31)
である。ここでdρf(E0, Ee)/dEeは反ニュートリノ-電子の終状態密度、Mf iはβ 崩壊の行列要素で ある。
ベクトル遷移
ベクトル結合で起こるβ 崩壊はフェルミ遷移(Fermi transition)と呼ばれる。フェルミ遷移では クォークのスピンの方向は変化しない。フェルミ遷移の行列要素は構成子クォーク模型を用いると
|Mf i|F=GF
V cV| ⟨uud|
∑3 i=1
Ti,+|udd⟩ | (32)
と書かれる。ここで和は3つのクォークについての和であり、Ti,+は弱いアイソスピンの上昇演算子で ある。また、電子とニュートリノの波動関数exp(ip · x)/√V はpR/ℏ ≪ 1(R:原子核半径)より1/√V で置き換えた。
陽子や中性子の波動関数に現れるuやdクォークは強いアイソスピンの固有状態であり、強いアイ ソスピンの上昇下降演算子I±で互いに結びつく。一方、弱いアイソスピンの上昇下降演算子T± は クォーク状態|u⟩と|d′⟩とを結びつけるものである。|d⟩と|d′⟩ , |s′⟩の間の重なりはカビボ角を用いて
|d⟩ = cos θC|d′⟩ − sin θC|s′⟩と表されるから、
⟨u|T+|d⟩ = ⟨u|T+|d′⟩ · cos θC= ⟨u|I+|d⟩ · cos θC ただしcos θC≈ 0.98 (33) よって
|Mf i|F=GVFcos θC· cV| ⟨uud|
∑3 i=1
Ii,+|udd⟩ | =
GF
V cos θC· cV (34) この結果は核子の内部構造に依存しない。ここで| ⟨uud|∑3i=1Ii,+|udd⟩ | = 1を用いた。
∵
∑3 i=1
Ii,+|udd⟩ =
∑3 i=1
Ii,+√1 18
{2 |d↑d↑u↓⟩ + 2 |d↑u↓d↑⟩ + 2 |u↓d↑d↑⟩ − |d↑d↓u↑⟩
− |d↑u↑d↓⟩ − |u↑d↑d↓⟩ − |d↓d↑u↑⟩ − |d↓u↑d↑⟩ − |u↑d↓d↑⟩}
=√1 18
{2 |u↑d↑u↓⟩ + 2 |u↑u↓d↑⟩ − |u↑d↓u↑⟩ − |u↑u↑d↓⟩ − |u↓d↑u↑⟩ − |u↓u↑d↑⟩ + 2 |d↑u↑u↓⟩ + 2 |u↓u↑d↑⟩ − |d↑u↓u↑⟩ − |u↑u↑d↓⟩ − |d↓u↑u↑⟩ − |u↑u↓d↑⟩ +2 |d↑u↓u↑⟩ + 2 |u↓d↑u↑⟩ − |d↑u↑u↓⟩ − |u↑d↑u↓⟩ − |d↓u↑u↑⟩ − |u↑u↓d↑⟩}
=√1 18
{−2 |u↑u↑d↓⟩ − 2 |u↑d↓u↑⟩ − 2 |d↓u↑u↑⟩ + |d↑d↓u↑⟩
+ |u↑d↑u↓⟩ + |d↑u↑u↓⟩ + |u↓u↑d↑⟩ + |u↓d↑u↑⟩ + |d↑u↓u↑⟩}
= − |uud⟩ (35)
∴⟨uud|
∑3 i=1
Ii,+|udd⟩ = −1 (36)
軸性ベクトル遷移
軸性ベクトル結合で起こるβ崩壊はガモフ-テラー遷移(Gamov-Teller transition)と呼ばれる。ガモ フ-テラー遷移ではフェルミ粒子のスピン方向が反転する(スピン・フリップ)。ガモフ-テラー遷移の行 列要素は構成子クォーク模型を用いると
|Mf i|GT=GF
V cA| ⟨uud|
∑3 i=1
Ti,+σ|udd⟩ | (37)
先程と同様に強いアイソスピンの上昇演算子I+を用いて表すと
|Mf i|GT=GF
V cos θC· cA| ⟨uud|
∑3 i=1
Ii,+σ|udd⟩ | (38)
ここで⟨∑iσi,x⟩2= ⟨∑iσi,y⟩2= ⟨∑iσi,z⟩2より| ⟨uud|∑iIi,+σi,z|udd⟩を計算すれば十分であり、
| ⟨uud|
∑3 i=1
Ii,+σi,z|udd⟩ | = 5
3 (39)
となる。この結果は核子の内部構造に依存する。
∵
∑3 i=1
Ii,+σi,z|udd⟩ =
∑3 i=1
Ii,+σi,z
√1 18
{2 |d↑d↑u↓⟩ + 2 |d↑u↓d↑⟩ + 2 |u↓d↑d↑⟩ − |d↑d↓u↑⟩
− |d↑u↑d↓⟩ − |u↑d↑d↓⟩ − |d↓d↑u↑⟩ − |d↓u↑d↑⟩ − |u↑d↓d↑⟩}
=√1 18
{2 |u↑d↑u↓⟩ + 2 |u↑u↓d↑⟩ − |u↑d↓u↑⟩ − |u↑u↑d↓⟩ + |u↓d↑u↑⟩ + |u↓u↑d↑⟩ + 2 |d↑u↑u↓⟩ + 2 |u↓u↑d↑⟩ + |d↑u↓u↑⟩ − |u↑u↑d↓⟩ − |d↓u↑u↑⟩ + |u↑u↓d↑⟩ +2 |d↑u↓u↑⟩ + 2 |u↓d↑u↑⟩ + |d↑u↑u↓⟩ + |u↑d↑u↓⟩ − |d↓u↑u↑⟩ − |u↑u↓d↑⟩}
=√1 18
{−2 |u↑u↑d↓⟩ − 2 |u↑d↓u↑⟩ − 2 |d↓u↑u↑⟩ + 3 |d↑d↓u↑⟩
+3 |u↑d↑u↓⟩ + 3 |d↑u↑u↓⟩ + 3 |u↓u↑d↑⟩ + 3 |u↓d↑u↑⟩ + 3 |d↑u↓u↑⟩} (40)
∴⟨uud|
∑3 i=1
Ii,+σi,z|udd⟩ = 1
18(−4 × 3 − 3 × 6) = −53 (41)
全行列要素
上の計算は構成子クォーク模型に基づいたものであった。しかし実験で観測される量はクォークに関 する量ではなく、核子に関する量である。実験値と理論値を比較するためにはすべての演算子が核子の 波動関数に作用するように行列要素を書き換えなければならない。核子のレベルでの全行列要素の自 乗は
|Mf i|2= g
2V
V2| ⟨p|I+|n⟩ |
2+g2A
V2| ⟨p|I+σ|n⟩ |
2= (g2
V + 3g2A)/V2 (42)
ここにgV, gAはそれぞれベクトル遷移、軸性ベクトル遷移の強度を表すものである。この結果を構成 子クォーク模型に基づいた計算と比較すると
gV = GFcos θC· cV (43)
gA≈ GFcos θC·5
3cA (44)
を得る。フェルミ行列要素は核子の内部構造に依存しないので、式(43)は(アイソスピン対称性の範囲 で)厳密に成り立つと考えられる。一方、軸性ベクトル結合は核子の内部構造に依存し、構成子クォーク 模型は核子の波動関数を近似的に表現するだけなので、式(44)の係数5/3はおおよその値にすぎない。
中性子の寿命
寿命は、単位時間あたりの全崩壊確率の逆数として求めることができる: 1
τ =
∫ E0
mec2
dW dEe
dEe=
∫ E0
mec2
2π ℏ |Mf i|
2dρf(E0, Ee)
dEe
dEe (45)
電子とニュートリノの状態密度は
dρf(E0, Ee)dE0= V · 4πp
2edpe
(2πℏ)3
V · 4πp2νdpν
(2πℏ)3 (46)
核子の反跳エネルギーは無視できてE0= Ee+ Eν、したがってdE0= dEν。Ee2= p2c2+ m2c4より
p2edpe= 1
c2peEedEe= 1 c3Ee
√Ee2− m2ec4dEe (47)
ニュートリノについても同様に p2νdpν = 1
c2pνEνdEν = 1 c3E
2 νdEν=
1
c3(E0− Ee)
2dE
0 (48)
ただしニュートリノの質量はゼロとした。よって dρf(E0, Ee) = (4π)2V2Ee
√Ee2− m2ec4· (E0− Ee)2
(2πℏc)6 dEe (49)
となる。行列要素はエネルギーに依らないとして 1
τ = 2π
ℏ |Mf i|
2 (4π)2
(2πℏ)6
∫ E0
mec2
Ee
√Ee2− m2ec4(E0− Ee)2dEe
| {z }
(mec2)5∫1ε0εe
√ε2e−1(ε0−εe)2dεe
= m
5ec4
2π3ℏ7 · (g
2
V + 3g2A) · f(E0) (50)
ここで
f (E0) =
∫ ε0
1
εe
√ε2e− 1(ε0− εe)2dεe ただしε = E/mec2 (51)
エネルギーが大きいときには近似的に
f (E0) ≈ ε
50
30 (52)
となるので(下記参照)、
1 τ ≈
1 ℏ7c6 · (g
2
V + 3gA2) · E
05
60π3 (53)
を得る。このようにE0の5乗に比例して寿命が短くなることをサージェント則(Sargent’s rule)と 呼ぶ。
中性子の崩壊の場合E0はmec2とあまり変わらないため上の近似は使えず、 1
τn ≈
1 ℏ7c6 · (g
2
V + 3g2A) · E
05
60π3 · 0.47 (54)
となる。
f (E0)の計算
f (E0) =
∫ ε0
1
εe
√ε2e− 1(ε0− εe)2dεe
= ε20
∫ ε0
1
εe
√ε2e− 1dεe
| {z }
I1
−2ε0
∫ ε0
1
ε2e√ε2e− 1dεe
| {z }
I2
+
∫ ε0
1
ε3e√ε2e− 1dεe
| {z }
I3
(55)
εe= cosh xとおく。 dεe
dx = sinh x
εe 1 → ε0
x 0 → x0
{cosh x0= ε0
sinh x0=√ε20− 1
I1=
∫ ε0
1
εe
√ε2e− 1
=
∫ x0
0
cosh x sinh2x dx
=1 3sinh
3x0= 1 3(ε
2
0− 1)3/2 (56)
I2=
∫ ε0
1
ε2e√ε2e− 1
=
∫ x0
0
cosh2x sinh2x dx
=1 4
∫ x0
0
sinh22x dx
=1 8
∫ x0
0 (cosh 4x − 1)dx
=1 8
( 1
4sinh 4x0− x0 )
=1
8sinh x0cosh x0(cosh
2x + sinh2x
0) −18x0
=1 8
√
ε20− 1 · ε0(2ε20− 1) − 1 8ln
( ε0+
√ ε20− 1
)
(57)
I3=
∫ ε0
1
ε3e√ε2e− 1dεe
=
∫ x0
0
cosh3x sinh2x dx
=
∫ x0
0
(1 + sinh2x) sinh2x cosh x dx
=1 3sinh
3x 0+1
5sinh
5x 0
=1 3(ε
20− 1)3/2+1 5(ε
20− 1)5/2 (58)
よって
f (E0) = ε20I1− 2ε0I2+ I3
=
√
ε20− 1{ 1 3ε
2
0(ε20− 1) −14ε20(2ε20− 1) + 13(ε20− 1) +15(ε20− 1)2 }
+ε0 4 ln
( ε0+
√ ε20− 1
)
=
√
ε20− 1( 1 30ε
4
0−203 ε20−152 )
+ε0 4 ln
( ε0+
√ ε20− 1
)
(59)
ε0≫ 1のとき
f (E0) ≈ ε
50
30 (60)
0.000100 0.010000 1.000000 100.000000 10000.000000 1000000.000000 100000000.000000 10000000000.000040
1 10 100
ε0
f(x) x**5/30
実験結果
中性子の寿命は最近ではたいへん精度よく測られている。極低温の(運動エネルギーの小さい)中性 子を貯蔵する技術が実験に大きな寄与をした。
極端に速度の遅い中性子は物質の壁の間に貯蔵することができる。貯蔵セル内に既知の強度の極低温 の中性子ビームを入れ、ある時間がたった後に残っている中性子の数を数えれば、減衰率から中性子の 寿命が求まる。中性子の寿命の最近の測定値[1]は
τn= 880.3 ± 1.1 s (61)
である。この結果と式(54)から
(gV2 + 3g2A)/(ℏc)6= 8.17 × 10−5GeV−2 (62) と計算される。
gV とgAを別々に決定するには、2つ目の測定量が必要である。中性子の崩壊の場合には、偏極中性 子の崩壊の非対称度を用いることができる。弱い相互作用におけるパリティの破れにより、軸性ベク トル遷移では電子は空間的に非対称に放出される。中性子のスピン方向に対する電子の角度分布W (θ) は、非対称度Aを用いて
W (θ) = 1 + βA cos θ (63)
と表せる。ここでβ = v/cであり、
A = −2λ(λ + 1)1 + λ2 λ = ggA
V (64)
である。非対称度は中性子のスピン方向に放出される電子の数N↑↑(∝ 1 + βA)と反対方向に放出され る電子の数N↑↓(∝ 1 − βA)を使って
N↑↑− N↑↓ N↑↑+ N↑↓ =
(1 + βA) − (1 − βA)
(1 + βA) + (1 − βA) = βA (65)
と測定される。測定された非対称度は
A = −0.1162 ± 0.0013 (66)
これらの情報から
λ = −1.261 ± 0.004 (67)
gV/(ℏc)3= +1.153 × 10−5GeV−2 (68) gA/(ℏc)3= −1.454 × 10−5GeV−2 (69) が得られる。この結果を式(43)(教科書(15.40))と比べるとcV = 1が得られる。つまり点状のクォー クもしくはレプトンに対する値と同じになる。これはバリオンの弱崩壊の際に相互作用のベクトル部分 のカレントが保存することを意味する。ベクトルカレントの保存は一般に成り立つと考えられており、 これをベクトル流の保存(CVC,conserved vector current)と呼ぶ。
一方、軸性ベクトルの部分はディラック粒子の場合と違っており、λ = −5/3の代わりに実験では
λ ≈ −5/4が得られる。強い相互作用が弱崩壊のスピンに依存する部分に影響を与えるので、軸性ベ
クトル流は部分的にしか保存しない。これを軸性ベクトル流の部分的保存(PCAC,partially conserved axial vector current)と呼ぶ。
ハイペロンのセミレプトン崩壊
ハイペロンのセミレプトン崩壊についても中性子の崩壊と同様に計算できる。ハイペロンはsクォー クを持ち質量が大きいため、
• 崩壊エネルギーは中性子と比べて2桁程大きく、寿命は少なくとも中性子の10−10倍である (サージェント則)
• ハドロンへの崩壊も起こる
それゆえハイペロンのセミレプトン崩壊の崩壊確率を実験によって決定するには2つの独立な測定: 1) 寿命τの測定
2) 考察しているセミレプトンチャネルへの崩壊分岐比Vs.l.の測定 が行われる。黄金律を用いて
1
τ ∝ |Mf i|
2 および V
s.l.≡ |Mf i| 2s.l.
|Mf i|2 (70)
により
Vs.l.
τ ∝ |Mf i|
2
s.l. (71)
を得る。
寿命の測定は、生成したハイペロンの崩壊までの平均飛程Lを測ることで行われる。ハイペロンの数 は崩壊の法則により時間とともに指数関数的に減少する。生成した点から距離l離れた点での崩壊数N は
N = N0e−t/τ = N0e−l/L (72)
となる。ハイペロンの固有時間でτだけ経つあいだに実験質系ではγτだけ時間が経過するので
L = vγτ (73)
という関係がある。ここでγ = 1/√1 − β2, β = v/c であり、v はハイペロンの速度である。γ = E/mc2であり、ビームのエネルギーが高い場合にはγは100程度になる。ハイペロンの寿命は10−10s
くらいなので、平均飛程はL ≈ 108[m/s] × 100 × 10−10[s] = 1[m]より数メートルとなり、十分な精度 で測ることができる。
ハイペロンの主な崩壊はハドロンへの崩壊であり、セミレプトン崩壊は全崩壊の約10−3しかない。 それゆえセミレプトン崩壊の分岐比の測定は難しく、バックグラウンドの影響を注意深く解析する必要 がある。
次に理論からハイペロンのセミレプトン崩壊を扱う。例として
Ξ−−→ λ0+ e−+ ¯νe (74)
という崩壊を考える。構成子クォーク模型でのフェルミ崩壊の行列要素は中性子の場合と同様に
|Mf i|F=GF V | ⟨uds|
∑3 i=1
Ti,+|dss⟩ | (75)
である。ここでベクトル流の保存からcV = 1とした。ガモフ-テラー行列要素は
|Mf i|GT= gA gV
GF
V | ⟨uds|
∑3 i=1
Ti,+σ|dss⟩ | (76)
となる。
実験データを解析すると、ハイペロン崩壊の際の比λ = gA/gV は中性子崩壊の際と同じ値であるこ とがわかる。これは軸性ベクトル流がsクォークについても、u,dクォークについてと同じくらい変化 を受けていることを意味する。
15.6 構成子クォークの描像はどのくらい正しいか ?
ハドロンの特性の簡単な記述のために、構成子クォークをハドロンの実質的な構成要素とみなし、ま た磁気モーメントの計算にはディラック粒子としてディラックの関係式が適用できると仮定した。様々 な方法で計算された構成子クォークの質量が互いによい一致を示し、磁気モーメントの構成子クォーク 模型による予測値と実験値も大部分が一致することから、そのような構成子クォークの描像はある程度 正しいことがわかる。
しかし、なぜ構成子クォークを基本的な素粒子であるかのように扱うことができるのかは全く自明で はない。実際、軸性ベクトル流が部分的にしか保存されないように、スピンが役割を果たす現象におい て構成子クォークの内部構造が多かれ少なかれ検出される。そのような場合や高い運動量移行を伴う過 程においては、ハドロンをディラック粒子としての構成子クォークによって記述するという概念は適当 ではない。
参考文献
[1] The Review of Particle Physics (2015), Partical Data Group, http://pdg.lbl.gov/ [2] F.ハルツェン・A.D.マーチン『クォークとレプトン—現代素粒子物理学入門—』培風館 [3] 山田勝美,森田正人,藤井昭彦『ベータ崩壊と弱い相互作用』培風館
[4] J.J.サクライ『現代の量子力学 上』吉岡書店