1
「一つでも新たなデータが元論文のデータに追加されていれば、 別論文である」
との主張は通用しない
理系分野の論文では、先に公表した論文の内容に新しいデータを追加して、改めて公 表することが認められている。その場合もちろん、先に公表した論文との関係の明記、 適切な引用は必須である。これに対して、例えば、「別の新たなデータを追加しており 完全に同一ではない。先行論文との関係の説明を忘れている、あるいは先行論文が引用 されていない等の不適切な点が認められるが、新たなデータの追加があるので新たな別 論文と考え得る」等という、かなり強引な主張がなされる場合もゼロではない。このよ うな意見については、例えば米国物理学協会(American Institute of Physics:以下AIPと 略称を使用)の措置が良い参考になる。
AIPは、自らが発行する学術誌(Applied Physics Letters: 通常APLと略称で呼ばれる)
に掲載されていた井上明久氏を筆頭著者とする論文(以下、APL論文という)の主要デ ータであるFig.1~Fig.5の内容は、先に公表されたMSE論文のFig.7~Fig.11の内容と 重複(MSE論文の引用はない)していることを明示して、『APL論文の撤回(Retraction)』 を公告した。
http://apl.aip.org/resource/1/applab/v98/i25/p259902_s1?view=fulltext&bypassSSO=1 AIPの判断内容は、以下のとおり整理できる。
APL論文 のFig.1およびFig.2には、Au および Ptを10%含む合金のDSC曲
線あるいはX線回折曲線が追加されている。
また、APL論文のFig.3は、MSE論文のFig.9と同一でないと確認できる。
しかし、①APL論文のFig.1およびFig.2には追加データがあること、あるいは② Fig.3はMSE論文のFig.9と同一ではないことをもって、『APL論文はMSE論文 とは別の新しい論文である』と AIPは認定していない。
2
まとめを裏付ける、データの比較例を以下に示す。
(1) APL論文 Fig.1の5本のDSC曲線のうち3本のDSC曲線が、MSE論文Fig.7の 3本のDSC曲線と同じである。APL論文 Fig.1には Au および Ptを10%含む合金のDSC 曲線2本が追加されている。
(2) APL論文 Fig.2の5本のX線回折曲線のうち3本のX線回折曲線が、MSE論文 Fig.8の3本のX線回折曲線と同じである。ただし、APL論文 Fig.2には Au および Ptを 10%含む合金のX線回折曲線2本が追加されている。
(3) APL論文 Fig.3は、Pdを10%含む鋳造したシリンダー合金試料を温度705 Kで60 秒焼鈍した場合に得られる明視野TEM像を(a)に、制限視野回折パターンおよび代表的なリ ングの指数付けの表を(b)、およびナノビーム回折パターンの5回対称を(c)、3 回対称を
3
(d)、2回対称を(e)に示している。一方、MSE論文Fig.9もPdを10%含む鋳造ロッド合金
試料を温度705 Kで60秒焼鈍した場合に得られる同様のデータが示されている。ただし、2 つのデータの比較から明らかなように、与えられているデータそのものは、同一でないと 理解できる。
(4) また、APL論文 Fig.4およびFig.5は、MSE論文のFig.10 および Fig.11とそれ ぞれ同一と確認できる。