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国際標準化と携帯電話事業戦略分析 Global Standardization and Analysis of Strategy of Mobile Phone

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2015 年度

修士論文

国際標準化と携帯電話事業戦略分析

Global Standardization and Analysis of Strategy of Mobile Phone

主査 早稲田大学大学院基幹理工学研究科情報理工・情報通信専攻 佐藤拓朗 教授

早稲田大学基幹理工学研究科情報理工・情報通信専攻 佐藤研究室

学籍番号 5114F075-5

春田かすみ

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目次

1 研究の概要 ... 3

1.1 研 究 背 景 ・ 研 究 目 的 ... 3

1.2 本 研 究 に お け る 新 規 性 ・ 独 自 性 ... 5

2 携 帯 電 話 事 業 に お け る 標 準 化 ・ 特 許 の 戦 略 ... 6

2.1 標 準 化 と 特 許 権 に つ い て ... 6

2.2 ビ ジ ネ ス に お け る 標 準 化 の 役 割 ... 7

2.3 標 準 化 の 種 類 ... 9

2.4 GSM の 変 遷 と 標 準 化 に お け る 各 プ レ ー ヤ ー の 動 き ... 12

2.5 CDMA の 変 遷 と 各 プ レ ー ヤ ー の 動 き ... 15

3 ゲーム理論を用いた携帯事業の戦略分析 ... 17

3.1 短 期 間 ゲ ー ム に お け る GSM の プ レ ー ヤ ー の 行 動 分 析 ... 17

3.2 GSM に お け る ゲ ー ム の 解 法 ... 21

3.3 CDMA に お け る 各 プ レ ー ヤ ー の 戦 略 モ デ ル ... 27

3.4 シ ュ タ ッ ケ ル ベ ル グ モ デ ル を 用 い た CDMA の 数 理 的 分 析 ... 30

4 ディスカッション ... 34

4.1 GSM に お け る 企 業 戦 略 と ゲ ー ム 理 論 に よ る 分 析 の ま と め ... 34

4.2 CDMA に お け る 企 業 戦 略 と ゲ ー ム 理 論 に よ る 分 析 の ま と め ... 36

5 結言と今後の展望 ... 37

6 参考文献 ... 38

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1 研究の概要

1.1 研究背景・研究目的 [10]

携帯電話はわたしたちの生活の中に今や欠かせないコミュニケーションツー ルとなっている。通信におけるソフトウェア面だけでなく、スマートフォンと 呼ばれるコンピューターにも匹敵する性能を持った携帯電話も今や多くの人が 所有するようになり、ここ十数年でハードウェア面でも大きく進化している。

昨今の携帯通信産業を取り巻く環境は極めて速い時間の流れで変化しており、

通信産業を生業とする多国籍企業にとって、国際的な分業をどのように戦略的 に行っていくかを考えることは、企業における通信事業の成長にとって重要な ことであるといえる。また、通信に関する規格や標準を採択することや、推奨 することは必ずしも企業間だけの問題ではなく、国や政府機関、消費者など多 岐にわたるステークホルダーが存在し、複雑に利害がからみ合っている。

携帯の移動通信の規格における標準化と特許問題については、気軽に持ち運び ができるようになった携帯電話が登場した 1980 年代後半の当初から議論が続 いている。標準化では、基本的に標準化として採択した規格を広く自由にオー プン化し、多数のプレーヤーに利用してもらうことで標準化規格を利用した自 由な競争を促すことや、標準化規格を利用した新しい技術の開発に利用するこ とができる。技術や製品の市場がグローバル化している昨今では、仮に標準化 として技術が採択されると世界標準の地位を獲得することも可能である。この ような場合、規格が国際的に多数派の状態であるほど、後から追随する競合他 社は先行する規格を元とした製品やサービスを考えなくてはならない。

一方で、標準化と同時に考えなくてはいけない事項として特許の問題が存在 する。標準化と特許権は切っても切り離せない関係であり、いわば水と油のよ うな状態である。特許権の性質として、特許として登録されている技術は届け 出をした所有者が独占を許す形で専有することができる。標準化された規格が、

特許として認められている規格である場合、標準化規格を利用するにあたって 許諾を得る必要が出てくる。標準化規格に沿って製品を製造する際に、必ず使 用しなければならない特許が含まれている場合、それは必須特許と呼ばれる。

この必須特許となった特許の技術を持つ企業は利用されている市場が大きけれ ば大きいほど、他のプレーヤーに与える影響は大きくなる。

これまでの標準化や特許における研究では、移動体通信の規格の標準化・特

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許採択をめぐる各国や各企業のプレーヤーの行動と戦略の変遷とその結果によ る市場の変化を時系列で整理し、定性的に論じることが多かった。各世代の規 格の特徴と標準化・特許権における政策の是非を整理し、まとめることは次世 代における新しい規格を整備する際に役立つが、より定量的に分析でするため のツールを利用し、モデル化を本研究では試みた。本研究では、第三世代移動 体通信規格のGlobal System for Mobile Communications (以下:GSM)、符 号分割多言接続のCode Division Multiple Access(以下:CDMA)に焦点を当 て、分析を行う。これらの両規格は標準化・特許権問題の先駆けとなるケース スタディであり、今回の分析によって携帯移動体通信の企業や国の戦略を定量 化の一端となる手法を考案し、今後の新しい規格における標準化・特許権をめ ぐる政策について応用できるモデルを検討する。

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1.2 本研究における新規性・独自性

本研究における新規性・独自性はゲーム理論を用いてGSMとCDMAにお けるプレーヤーの戦略を分析したことである。移動体通信の標準化・特許権問 題は、基本的に相手の出方の読み合いが続くものであり、相手の状況や戦略に よってどのような手段を選択するかでプレーヤーが得る利益が異なってくる。

ゲーム理論では社会・経済の問題を一般化して分析するには、各プレーヤーが 利益を最大化もしくは自分にとって好条件のものを選ぶという原理に加えて相 手の出方をどう読むかを考える理論が必要である。

本研究の事例は移動体通信の中でも限定的であり、ゲーム理論を応用するた めに単純なモデルとした。GSMでは「単期間ゲームでの囚人のジレンマ」、「混 合戦略」、CDMA では寡占への応用として「シュタッケルベルク・モデル」を 使用して各プレーヤーの戦略の分析を定性面だけでなく、ゲーム理論に元づい て分析したい。

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2 携帯電話事業における標準化・特許の戦略 2.1 標準化と特許権について [10]

標準化と特許権の扱いは表裏一体の関係性で常に密接である。標準化ではそ の規格を広く普及させることにより、多くのプレーヤーが使用することで競争 を促進し、消費者に最終的に還元できるという考えが基本である。通信端末や 通信機器を消費者が購入する際に当該製品が技術標準に準拠していればユーザ ーとなる消費者は不安なく、価格競争を通じてより安価に購入することができ る。一方で特許は、開発し特許を登録した企業が独占的に専有することを認め ている。知的財産権や特許権を取得した技術を他の企業が利用する場合には、

特許の使用料としてロイヤリティを支払うことになる。

通信産業をはじめとする公共サービスとしての役割の一端を担うような業界は、

業界の特性としてプレーヤーの企業数が少ないため寡占の状態に近いことが多 い。消費者の便益を考え、企業の利益を多くし過ぎないようにする作用が自然 と働くため、標準化の話でいえば標準化規格を普及させることで競争の促進に よる新規技術の開発を進めるべきであるというのが主流であった。しかしこの 定説は、焦点を当てる国や企業によって異なっており、国を超えた国際的な標 準化を策定しようとする際に話し合いや国、企業間同士の駆け引きが起こるこ とが想定される。実際このような状況は過去の移動体通信の世代でも起こった 事例であり、3章ではこのプレーヤー間の行動、戦略を単純化しゲーム理論で分 析をする。

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2.2 ビジネスにおける標準化の役割 [10], [15]

ビジネスにおける標準化の役割というのは、端的にいってしまえば企業が利 益を得られる収益源となるものにするためのツールであるといえる。企業は新 技術や新商品を産むために研究開発を行い、独自の技術が確立した際は知的財 産権や特許権を取得する。通常の技術を広く普及し拡散するための標準化にお いては、基本的に技術をオープンとしている。そのため企業は開発しオープン 化した技術からは直接利益を産みづらい。標準化技術から付随的に得られる利 益はあるといえるが、より効率的にかつ大規模で利益を得るには適していない。

国際競争力を持つ移動体通信の会社であればあるほど、必須特許を保有した際 の影響力が強く、必須特許の特許使用料であるロイヤリティの設定によって大 きな利益となりえる可能性がある。

この研究開発された技術を知的財産権・特許権として取得し、標準化へ採用 され必須特許になった場合、企業は標準化規格を搭載した製品が製造される度 にロイヤリティによって利益を生み出せることになる。得た利益はさらに投資、

あるいは増資されまた新たな技術の開発のための研究開発費用となる。このサ イクルを繰り返しながら企業は自社の利益を増幅させるようにする。

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図2.2 標準化・特許ビジネスの流れ

(9)

2.3 標準化の種類 [5], [6], [7], [15]

標準化と一口にいっても、いくつかその特性に従い分類することができる。

技術標準はデジュールスタンダード( De Jure Standard )とデファクトスタンダ

ード (De Facto Standard)に大きく大別できる。デジュールスタンダードとは公

的機関や標準化団体が、標準技術に関係する企業や団体、政府機関、専門家を 集めて話し合いをしたうえで公権力の裏付けをもって標準化規格を策定する。

携帯通信産業は前節でも述べたように国、あるいは国営独占企業や複数企業 による寡占が多く担われてきた産業であり、関連する全ての技術標準は多国間 の政府交渉を通じて確立されてきた。デジュールスタンダードを定める標準化 団体としては、ISO(国際標準化機構)、IEC (国際電気標準会議)、ITU, IEEE(電 気電子学会)などの国際的な団体や、CEN(欧州標準化委員会)や ETSI(欧州電気 通信標準化機構)などの地域団体、日本規格協会(JSA)、日本工業標準調査会 (JISC)などの日本の団体もある。

デジュールスタンダードは必ずしも技術優位であるものを選ぶともいえない 策定のしくみではあるが、製品・サービスの策定にあたって、市場における客 観的実績を判断の基礎データとしているので、市場で評価されて事実上標準・

規格を取得しつつある技術を公に認証する意味合いがあるいえる。ただし、標 準化の確定には関係者の合意を得る必要があるため最終的な結論を出すまでに 時間がかかり、環境の変化先んじてしまう懸念も考えられる。

このデジュールスタンダードに対し、デファクトスタンダードは特定の企業 または複数の企業同士が独断で仕様を策定して、市場へ製品を投入した結果、

市場で最もメジャーに利用され事実上の標準としてみなされる標準規格のこと である。ネットワーク外部性といって、ある製品と同じような製品を利用する ユーザーが増加する度にその製品から得られるユーザーの便益が増加する性質 のことをいう。現代でわかりやすい例でいうと、iPhoneのユーザーが増えれば 増えるほど、アプリを開発する企業が増えユーザーとしてはより多くのアプリ を利用できるようになる。アプリを開発する企業としても、多くの種類の標準 規格の端末があると、コストの関係上全ての規格に対応したものを提供するこ とは現実的に難しいためである。ある技術がデファクトスタンダードとして社 会で認知され、標準規格対応の製品やそれに適合できる製品が市場の多くを占 めることも可能である。ネットワーク外部性が強い製品は、消費者をユニーク な標準技術に準拠させることで、非互換の他者へのサービスへのスイッチング

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コストを高めることができれば市場に対し価格支配力を行使でき、一定の独占 利潤を享受できるため、勝者が全ての市場を獲得するといっても過言ではない。

しかし、公的、法的に裏付けされたものではないため、市場の競争で覆される 可能性があり、一定の不安定性を持つ。デジュールスタンダードとデファクト スタンダードは必ずしも排他的ではなく、デファクトスタンダードがデジュー ルスタンダードとして採用されることもある。

しかし、製品やサービスが関連する共同領域のグローバル化が進み、ネット ワーク効果1が強く自社のみで単独に新製品や標準化を継続するには体力が必要 であり、事実上困難である。加えて、欧米で「知的財産権の保護強化」、「独占 法の緩和」によって取り巻く産業環境に変化が生じた。そのため、複数の企業 が連合を組み各社の技術を持ち寄って規格の開発と標準化を作成する行動がみ られるようになった。これはデジュールスタンダードとデファクトスタンダー ドで大別される二分類の中間となるような標準化でコンセンサススタンダード とよばれる。デファクトスタンダードと比較してコンセンサススタンダードは 標準策定を合議で行うので、大規模投資が必要で期待形成が重要な場合や多様 な要素技術が必要な場合にメリットがあるといえる。

大規模な投資が必要な場合、企業では投資に見合うだけのユーザーを獲得で きるという見通しが必要である。市場によらないデジュールスタンダードは多 数の企業間で標準技術を策定することに適している。多様な要素技術が必要な 場合、企業間で選好する技術が異なってくる。この企業間での選好する技術の 差は市場でのプロセスだけで調整することは非効率であり、市場のプロセスと 非市場プロセスの中間的なコンセンサススタンダードが適しているといえる。

本研究で扱う携帯通信世代以降から国際標準化の策定に利用される傾向が強ま っている。

1 ネットワーク効果とは、財の利用価値が自分以外の他人が当該ネットワークに 加入するかに依存する効果である。

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図2.3 標準化の種類について [5], [6], [7]より作成

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2.4 GSMの変遷と標準化における各プレーヤーの動き [10],[12]

European Telecommunications Standards Institute (以下: ETSI ) はGSM の規格を1988年より推し進めてきた。各国のオペレーターはMoUといわれる 覚書きを締結して、共通のポリシーで通信機器の調達を行おうとした。GSMの 世代で標準化の問題の発端となったのは、国や企業間の特許権に対する認識の 違いであった。欧州のそれまでの伝統では、特許が標準規格に含まれていても

「権利主張せず無条件で許諾(1号選択)」もしくは「構成合理的な条件で非差別 的に許諾(2 号選択)」のどちらかを選択することが通常であった。GSM にはパ テントプール2のような仕組みはなく、GSM による特許権は企業間のクロスラ イセンスで処理されている。

1987年にETSIがMoUを結んだ結果、GSMがいつ開始されるのか、どの程 度の規模なのかという不明瞭さが解消され、各通信機器メーカーは研究開発を 開始した。これまでのアナログの移動通信の時代では、オエpレーター毎に採 用する通信規格が異なっていた。デジタル移動通信では欧州全体を 1 つの標準 規格で統一することによって、標準規格を形成する上で必須特許の存在が問題 かし、特許権において各国、企業が手の内を探りあいながらGSMを推し進めて いったのである。

ETSI は従来の特許ポリシーである、必須特許を「無条件で使用を許諾する」

か、もしくは「RAND 条件(妥当かつ公平な条件)で許諾する」ことを記した提 案書に署名を求めた。欧州機器メーカーが開発した特許を全て無条件でライセ ンスしてしまっては、日本企業に対抗できないのではないという懸念から初め、

欧州機器メーカーは署名に応じなかったが、GSM MoUグループのサプライリ ストに入るためには署名しなければならなかった。最終的に欧州機器メーカー は署名に応じたが、米国企業であるモトローラは署名に応じなかった。モトロ ーラは、GSMのサプライヤーリストに所属できなかったものの、この時点でモ トローラはGSMの必須特許を多く保持していた。

モトローラの立場としては欧州のデジタル通信市場に参入し市場を拡大した い。モトローラは必須特許をベースとして市場へ参入しようと画策し、欧州が

2 パテント・プールとは、特定の技術に関連した特許のクロスライセンス契約に合意した複数 の企業によるコンソーシアム。(コンソーシアムとは、2つ以上の企業・団体・政府からなる共 同で何らかの目的や共通の目標のためにリソースをプールするために結成する。) 特許権所有 者のライセンサーとランセンシーの時間とお金を節約するとともに、複雑に関連した特許群に おいてその発明を実用化するのに適した方法となる場合がある。

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特許や必須特許を宣言して専有することをよしとしない中で、モトローラは 着々と開発した特許を申請して競合に利用させられないようにしていたのであ る。もちろん、背景としてアメリカ政府が 1986 年から多国間交渉の場として GATTのウルグアイラウントが開始されたことや、1988年に米国包括通商・競 争力強化法が施工されるなどの圧力もあったと考えられる。また、1985年のヤ ングレポートにはプロパテント政策を推奨しており、特許を含んだ知的財産権 の保護が十分でない国に対して合法的に制裁を加えることをも想定したという ことである。

次図2.4では、1998年までの各社の必須特許数と各社の特許発行平均時期で ある。モトローラが圧倒的に必須特許の数が多く、また発行時期も他の欧州機 器よりも早い。そのことは欧州機器メーカーよりも早い段階でGSMに関係する 特許を集中的に申請したと考えられる。これによりモトローラは特許をベース とした戦略を推し進め、飛躍的に市場での地位を獲得していったのである。

ETSI はまた新たに 1993 年に少し以前のポリシーを踏襲し、変更を加えた Intellectual Property Right (以下:IPR)を提出し、欧州企業は個別にロイヤリ ティフリーを除いたRAND条件であれば通信機器を供給すると締結した。モト ローラはこの時も署名に応じず、むしろ金銭的な条件でないクロスライセンス3 を結ぶことを主眼においていた。1990−1993 年の間でモトローラはノキア、エ リクソン、アルカテル、シーメンスの5社と結ぶこととなった。日本企業は1992 年にGSM端末のプロトタイプの開発を成功させていたにも関わらず、クロスラ イセンスグループに入ることができなかったため、キャッチアップが非常に困 難となった。また、クロスライセンスグループに入っていないと高いライセン ス料を払って開発したとしても、高いライセンス料によって価格競争力が低く なり事実上参入が厳しい状況であった。

ETSIは最終的に1994年に必須特許を大量に保有しているモトローラに対し ても許容されるようなIPRポリシーに変更し、「ライセンスしてほしい」という 要請に変更し、さらに「特許所有者はライセンスを保有しないことも選択でき る」と宣言した。これらのポリシーは1号選択(Option 1)、2号選択(Option 2)、 3号選択(Option 3)をそれぞれ示すこととした。

3企業が所有する製造技術や特許技術を他の企業と相互に利用することを許諾する約束のこと。

相互に保有する特許を交換して利用することで、事前に特許に関する問題を回避すると同時に 開発費用を軽減できる。技術が近年複雑化しており、競争も多いことから、他社が保有する特 許に抵触せずして技術開発することが難しくなってきている。このために、技術提携の一環と してクロスライセンス契約を交わす企業が増えている。

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図2.4 IPRポリシーの選択について

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2.5 CDMAの変遷と各プレーヤーの動き[1]

1978年にGeorse Cooper & Ray Nettleon は論文を発表しスペクトラム拡散 の周波数帯域幅における高効率性が携帯通信システムにおける有効なソリュー ションであると提案された。しかし、実際の企業など商用として扱っている業 界ではスペクトラム拡散の技術を携帯通信において使用するのは懐疑的であっ た。1985年にクアルコムが創立されて以来、クアルコムはアメリカの軍事機密 通信の使われているデジタルワイヤレス技術CDMAの研究を始めていた。クア ルコムは最初にCDMAの特許を申請し、販売のための戦略を取ろうとしている 頃、既にGSMがヨーロッパの市場での標準化にある過程であった。そのため、

CDMAをヨーロッパのベンダーが二番目に使用することはほとんど不可能であ ると考えられた。一方、TDMAはアメリカの市場において次の標準化の候補で あったため、技術の優位性をもってしても、クアルコムのCDMAの技術が携帯 通信のマーケットでキャッチアップするのは難しいことであった。しかしなが ら、アメリカの標準化の戦略はヨーロッパと少し異なり、アメリカでは標準化 に採用されていない場合でも新しい技術を支援するというものであった。この 戦略は技術が本当に優れていて素晴らしいものであれば、消費者は技術として 一番良いものを享受でき、サービスも受けられ、アメリカとしてはその技術を 多国へ販売することができる。グローバルな市場に入り込むためにクアルコム はアメリカの標準化における政策を背景に戦略を推進していった。

クアルコムは他の IP ライセンサーの企業とは異なる。クアルコムはPhD ホ ルダーを多く集めて創業された会社であり、特許の開発とそれによる特許料が 収益の主であった。特許料を集めるにあたって、クアルコムは携帯通信業界の 中でリーディングカンパニーであり、各CDMA端末の平均5%がクアルコムの ライセンシングフィーとして入っていったのである。そして、特許料を集める ことはその後、製造において事業を拡大することになる。クアルコムが作った チップが端末と一貫して作られているものの方が他の企業が作ったものより CDMA端末との互換性が良い。

クアルコムは競合の他者と合意をとった 1 つに特許技術の詳細を公開しない という契約がある。多くのイノベーティブな契約条件があるなか、ライセンシ ーの企業はクアルコムのチップを使うか否かという提案がなされた。これによ り、クアルコムはチップの受注数によって需要を予測することが可能になる。

仮にライセンシー企業が必須のチップについて買うことを拒否した場合はクア ルコムの持つライセンシーからチップの市場を予測することはできなくなる。

(16)

ビジネスと技術の双方において、クアルコムはグローバルな携帯通信業界の CDMAにおける優位性を確立したといえる。

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3 ゲーム理論を用いた携帯事業の戦略分析[2], [13]

3.1 短期間ゲームにおけるGSMのプレーヤーの行動分析

この章よりゲーム理論による標準化・特許問題の分析を行う。GSMにおける ゲームは短期間のゲームによる分析を行う。単純化するため、プレーヤーは 2 者で行うこととする。1つ目のゲームはモトローラと欧州の携帯通信会社や端末 メーカーであるノキア、エリクソン、シーメンスを想定する。前章で述べたよ うにもともと欧州では企業が特許を取得した際は 1号選択、もしくは 2 号選択 をするのが慣習であり技術を独占して 1 企業だけで利益を得るという発想を持 っていなかった。ETSIはそのような状況を前提にGSMの規格を推し進めると ともにIPR ポリシーの作成を行った。しかし、早期の段階で GSM の必須特許 を数多く持っていたモトローラはこれに署名しなかった。GSMにおいて必須特 許の多くを持っていたモトローラの署名なしでは GSM の規格自体の存続が危 ぶまれたため、ETSIがIPRの内容を譲歩し1,2号を選択しないことを含む内容 に変更し、モトローラの同意を得られた。

この結果をゲーム理論のマトリックスに表すと 図.3-1-1のようになる。モト ローラはすでにGSMの必須特許を多く持っており、モトローラがETSIやヨー ロッパの通信メーカー、端末機器メーカーに協力しなくとも自分たちに不利に なることは考えにくい。また、モトローラは非協力の選択をしていた際には必 須特許を多く持っている上に、その特許の使用を一切許諾しないというもので あった。一切許諾しないということは、特許を他者に使用させて得られる特許 料を収入として得られる機会を失うといえる。ここでは全て利得は単純化する ため、簡易的な数字を用いる。そのためモトローラは非協力を選択した際の利 得は相手の選択に関わらず、-1 となる。欧州企業をみてみると非協力を選択し た際には、モトローラが協力、非協力に関わらず-1 の利得となる。欧州企業は ETSI の MoU グループに加盟しており、GSM において多くの特許を保有して いるモトローラの協力なしには統一規格の推進が進められないことになる。欧 州企業であるエリクソン、ノキアにとってはネガティブに働く。注目すべきは モトローラ、欧州企業{協力, 協力}の組み合わせである。この戦略の組み合わせ がナッシュ均衡の条件を満たしており、両者にとって最適な解である。欧州企 業がモトローラに対して協力を選択しIPR ポリシーを譲歩した条件で提示し、

モトローラに署名してもらうことで両者互いのメリットを得る。欧州企業にと っては、モトローラがクロスライセンスを結ぶ契機となるポリシーを提示した

(18)

ことで、これまでクローズにされていたモトローラの必須特許にアクセスする ことができる。モトローラとしては、必須特許を 3 号選択するだけでもすでに 多くのシェアを占め、自社だけで市場を拡大していくことも考えられたが、よ り多くの世界における市場を獲得するという意味では、欧州企業と協力して GSM自体のユーザーを拡大させることにメリットが生まれると考えられる。

次に、日本企業とモトローラとのゲームを考える。実際のGSMの標準化・特 許問題の変遷を考えると、日本企業はもはやモトローラと欧州企業の蚊帳の外 であり、モトローラと欧州企業の間の摩擦の中にも入れなかったわけだが、決 して技術力が日本にはなかった訳ではない。事実、松下通信は1992年にGSM 端末を初めて市場へ投下していた。欧州企業もモトローラも日本企業の技術力 に対する脅威や日本の市場での市場参入や拡大などのチャンスを感じていたの は事実である。

しかし、日本企業はETSIのMoUメンバーになることもなく、GSMの標準 化への話合いへも参加できなかった。その日本に対してのアドバンテージから、

欧州企業は日本企業の競合としての潜在的な脅威を感じながらも、欧州全体と して調和を整え、伝統に従って特許の選択を取ることを考えていた。しかし、

アメリカは初め、メンバーやポリシーを拒否しており、背景にはアメリカ政府 のプロパテント政策や通商政策により考えられた意思決定ともとれる。これら の行動の結果、生まれた日本とモトローラの間での利得を 図.3-1-2に示す。

モトローラにとっては欧州企業との戦略と同様に{非協力}の選択をするこ とは、必須特許を多く持っていることから、自社の必須特許の権利を守ること であり有利に働く。そのためモトローラが{非協力}の選択をした場合に利得 は、日本企業が{協力}{非協力}いずれの時も0になる。日本企業にとっては

{協力}{非協力}の戦略のいずれでも、GSM のサプライヤーリストには加盟 していないディスアドバンテージを国内での市場は十分に大きいという目算と 技術の高さでカバーできると短期的には考えられるので、どちらも利得は 0 以 上のマイナスではない。このゲームでのナッシュ均衡を考えると、日本企業, モ トローラが{協力,協力:+2、+1 }の時である。これは、ゲーム理論における 特徴の 1 つで、参加者間で同じ行動を取ると利得が高くなり、一人だけ違う行 動を取ると利得が低くなるという現象である。これは標準化においてもいえる 話であり、市場で標準規格として事実上多くを占めている規格に対して異なっ た規格を投入して新規に市場を大きく獲得することは難しいからである。しか し、実際の行動としては、モトローラがすでにGSMの必須特許を多く持ってお

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り市場で有利な立場をとっていたこと、日本企業が国内の市場だけでも十分大 きな市場と考えていたことから、モトローラにとっての利得が高くなる戦略へ 導かれたと今回は考える。

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図.3-1-1 モトローラと欧州企業(ノキア、エリクソン等)の利得表

図.3−1−2 モトローラと日本企業(NEC, SONY等)の利得表

(21)

3.2 GSMにおけるゲームの解法 [4], [13]

3.1で設定したゲームについて、この章では紐解いていく。実際のゲーム理論 に使われる利得や効用の数字の当てはめ方はどのようなものでもよく、より好 ましいものにより大きな数字を当てはめれば良いのである。利得は基数的なも のではなく、序数的なものであるといえる。ここでは3.1で設定したゲームの意 味合いを数理的に考えてみる。

ゲーム理論の混合戦略を考える際に使われる手法を用いて実際に各がどのく らいの確率の際に行われるかを考える。各プレーヤーの戦略を選択する確率を 変数として置き、利得の起きる確率と掛け合わせ期待値の合計を計算する。

図.3-2-1 に示したものがモトローラと欧州企業とのゲームを、 図.3-2-2 に示し

たものがモトローラと日本企業とのゲームをモデル化したものである。

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図.3-2-1 モトローラと欧州企業の利得表のモデル

図.3-2-2 モトローラと日本企業の利得表のモデル

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図.3-2-1のモトローラと欧州企業のゲームから考える。モトローラが協力を選 択する確率をP2非協力を選ぶ確率を1−P2とし、欧州企業が協力を選択する確 率をP1非協力を選択する確率を1−P1とする。欧州企業の期待利得は、モトロ ーラが協力、非協力の際にそれぞれ、

モトローラが{協力}を選択した時の期待利得

(𝛽+1)𝑃! +0∗(1−𝑃!)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼)

=𝛽𝑃!+𝑃!−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝐼)

モトローラが{非協力}を選択した時の期待利得

(𝛽−2)𝑃! +(1−𝑃!)(𝛽−2)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝐼𝐼)

=𝛽−2−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝑉)

となる。この両者が等しくなるように確率をランダム化するところを考えると、

(𝛽+1)𝑃! =(𝛽−2)  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑉) 𝑃! =𝛽−2

𝛽+1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑉𝐼) 𝑃!の値がとなる。

一方、モトローラの期待利得は、欧州企業が協力、非協力の際にそれぞれ

欧州企業が{協力}を選択した時の期待利得

𝛼𝑃! +0∗(1−𝑃!)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑉𝐼𝐼)

=𝛼𝑃! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑉𝐼𝐼𝐼)

欧州企業が{非協力}を選択した時の期待利得

(𝛼−2)𝑃!+(𝛼−2)(1−𝑃!)  −−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝑋)

=𝛼−2−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑋)

となる。この両者が等しくなるように確率をランダム化するところを考えると、

𝑃! = 𝛼−2

𝛼 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑋𝐼)

(24)

となる。

これらのそれぞれの確率P1、P2をα、βを0から0.1ずつ増加させ、それぞ れ P1、P2がどのような値を取るかを考察した。どちらの確率も 0 より大きく なるのは利得が 2 以上である時であり、利得が大きくなるに連れ、確率も緩や かな曲線を描く。

(25)

図.3-2-3確率P1 の利得による変化

図.3-2-4確率P2 の利得による変化

図.3-2-5確率P1,P2のβ,αの利得における変化

-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1

0 2 4 6 8 10 12

確率P1

利得β

確率 P1 の利得による変化

-20 -15 -10 -5 0 5

0 2 4 6 8 10 12

確率P1

利得α

確率 P2 の利得による変化

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

0 2 4 6 8 10 12

軸ラベル

利得β、α(P1にはβ, P2にはα)

確率 P1,P2 の β,α の利得における変化

欧州企業 モトローラ

(26)

次に、モトローラと日本企業のゲームについて考える。

日本企業が{協力}を選択した時の期待利得

𝑃!𝛽+(1−𝑃!)∗(𝛽−2)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑖)

=2𝑃!−2−𝛽−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑖𝑖)

日本企業が{非協力}を選択した時の期待利得

𝑃!(𝛽+1)+(1−𝑃!)𝛽−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑖𝑖𝑖)

=𝛽−𝑃!−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑣𝑖)

これを𝑃!について解くと、𝑃!=2となる。

一方、モトローラのそれぞれの選択の際の期待利得は

モトローラが{協力}を選択した時の期待利得

𝑃!(𝛼+1)+𝑃!𝛼−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑣)

=𝑃!(𝛼+1+𝛼)  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑣𝑖)

モトローラが{非協力}を選択した時の期待利得

(1−𝑃!)∗0+(1−𝑃!)∗0−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑣𝑖𝑖)

=0−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑣𝑖𝑖𝑖)

これを𝑃!について解くと、𝑃!=0となる。この状況はどのようなものかという と、数理的にはPは確率を示しており、0<P<1の間を示すべきであるが、今回 のゲームではあてはまらなかった。このゲームでの設定でより考えるべきはど ちらの企業がどの程度優位なのか考えるべきであったが、前提としてGSMの必 須特許を多く持つモトローラにウェイトを多くかけたこともあり、数理的に整 合性が合わない可能性がある。この点については、より今後の課題において議 論したい。

(27)

3.3 CDMAにおける各プレーヤーの戦略モデル[1]

CDMA におけるゲームにおいても 2 者間でのゲームという前提を置いた。2 者あるうちの 1 番目のプレーヤーは、新しい技術と複数の特許を開発する新興 企業で、市場にとっては新しいプレーヤーだが、市場が少しずつ認識している 企業とする。クアルコムは本論文では前者のプレーヤーとする。2番目のプレー ヤーはすでに市場において既存の技術でシェアを持っており、すでにブランド を確立している企業である。例えば、携帯通信業界においてはエリクソン、ノ キア、シーメンスを後者のプレーヤーとしての具体的な例として挙げられる。

このゲームモデルはスタッケルベルグリーダーシップモデルの経済学の中でリ ーダーである企業が最初に移動し、他の企業がそれに追随するというものであ る。

一般的には技術開発者で特許を主に扱う企業のライセンシー(使用権の取得 者)は技術開発企業とは異なる企業であり、それぞれの役割は重ならないものと する。技術開発者の役割は新しいアイディアを元に洗練された技術をつくり、

特許を申請し、この技術特許を利用してもらうライセンシー(使用権の取得者) のマーケティングや製造などによる活動の元、利益を得るのである。このモデ ルがゲームモデルのプレーヤー間での基本的なモデルとした。技術開発者・ラ イセンサー(ライセンス使用許諾者)の企業が知的財産権と技術のライセンシー を持っており、重複する役割を持つと仮定する。しかしながらクアルコムの場 合、競争上での優位性やビジネスにおける関係性について役割が重複している。

この場合はチップの生産者としても扱うことができる。

図 3-3-1 のマトリックスが示すのは IP ライセンサーとライセンシーの利得

を示したものである。プレーヤーは自身の戦略は自由に選ぶことができる。ク アルコムのベンダーに対する提案はいくつか面白い特徴があった。ひとつは「買 う前に試してみよ」というもので、ベンダー企業はCDMAの技術を低リスクで 使用できるというものであった。もし彼らがCDMAのサービスと技術に満足し たのならば、最終的な締結を結ぶというものである。2番目の提案はクアルコム が自社の技術のサポートを拡大することである。これにより、ライセンシーの 企業は技術サポートの部分のコスト別の事柄に投資することができる。図3-3-1 のマトリックスにIPライセンス企業とライセンシーの利得表を描くことができ る。

(28)

図3-3-1 クアルコムとライセンシー企業との利得表

(29)

もしベンダーが契約に同意しなければ利得は-1になる。これは、将来CDMA の市場でシェア獲得の可能性をなくすことに繋がるからである。一方で、技術 のライセンサーは大きなパートナーとなるべき相手をなくすことになるので、

こちらも利得は-1 である。技術サポートを含むライセンスをベンダーへ提供す る場合にも、同意しない場合は同じ利得となる。しかしながら、クアルコムが 同意後のサポートを行った場合、よりネガティブな利得の(-1-1)=-2 になる。ラ イセンサーの企業が独自に技術サポートをライセンシーに用意した場合、その 企業はサポート事業のために追加的な投資が必要になる。そのため、両方のラ イセンスを技術サポート付きで提供した製造者が同意を得ていない場合、-1 だ け多く利得に加えることとなる。(端末ベンダー、ライセンシング企業) = (-1, -2)。 しかしこれは同時に、購入後の技術サポートを提供することでライセンシー である製造者に新しい技術とライセンスを買い取るチャンスがあると仄めかす ことができる。これは製造者に利得を新しい技術のライセンシーとなることか ら発生する戦略である。(1+1, 1) = (2, 1)。一度ライセンシー企業が技術を買う前 にトライアルすることができると、よほど技術として優れているものでない鍵 知、最終的な契約を説得させることが難しい。逆に言えば、もし技術自体が優 良なもので、ライセンサーがテクニカルサポートを持っていると、製造者は明 らかに迷うことなく最終契約に入ることができる。

(30)

3.4 シュタッケルベルグモデルを用いたCDMAの数理的分析[1] [3] [16]

CDMAのライセンシーになったエリクソン、ノキア等は、CDMAの特許も大 企業のベンダーや製造者が普通に行っているように生産し始めた。ライセンシ ーが特許の発行を始めるとそれまで元々特許を生み出していた企業は特許料に よる収入の減少と競争が起きる。ここでは具体的な特許の対立についてのシナ リオは挙げないが(通常、訴訟と仲裁によって終了するような)、このセクション では特許料の減少が元来ライセンサーとして生産していた時にライセンシーが 特許を同じように出した時のシナリオについてのゲームを構築した。

スタックベルグゲームを用いて、クアルコムがゲームのリーダーで製造者(エ リクソン、ノキアなど)のフォロワーとしてモデルを構築した。以下の式が示す のはスタックベルグゲームのシンプルなゲームで詳細を除いたものである。始 めにゲームリーダーとしてのクアルコムの効用関数をモデル化した。

𝐹! 𝑝1,𝑛 = 𝑥∗𝑝1+  𝑛!∗𝑐1−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼)

クアルコムの特許にかかるコストは𝑐1とし、エリクソン含め携帯通信企業が 特許を作成するにかかるコストを𝑐2とした。クアルコムが特許として選択した ものを(n)とし、特許の価格は、𝑝1とした。クアルコムの全体のコストは

𝐹! 𝑝1,𝑛 = −  𝑥∗𝑝1+  𝑛!∗𝑐1−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝐼)

“x”はエリクソンが使った特許の下図である。前半の項はマイナスである。後

半の項は特許のかかったコストである。𝑛! は特許料のコストはクアルコムが多 くの弁護士や研究者の雇用の維持が大きいため、増加するのが早くなる。

ゲームのフォロワー、例えばエリクソンの効用関数は

𝐹! 𝑥 =𝑥∗𝑝1+  𝑐! ∗(𝑛−𝑥)! −−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝐼𝐼)

前半の項は特許使用のコスト、後半の項は特許を使わなかった時のコストで ある。 (𝑛−𝑥) はクアルコムからではない特許の数である。エリクソンはこれ らの(𝑛−𝑥)を埋めるための研究をしなくてはいけない。クアルコムからの特許 を使わないというコストは線形よりも早い速度であり、自社の特許のために大 きな研究チームを維持するのが大変であるからだ。

我々は初めにxをp1とnの機能として解いた。最初のF(x)は

(31)

𝑝1−2∗𝑐2∗(𝑛−𝑥)= 0−−−−−−−−−−−−−−−(𝐼𝑉) 𝑥=ℎ 𝑝1,𝑛 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(𝑉) 次に 𝑥=ℎ(𝑝1,𝑛) 𝐹!に代入すると、

𝐹! 𝑝1,𝑛 = −  ℎ(𝑝1,𝑛)  ∗𝑝1+  𝑛!∗𝑐1−−−−−−−−−−(𝑉𝐼)

𝐹!の1次解のをp1とnに代入すると、p1とnの関係性がわかる。この関係 性より、式 (𝐼) はクアルコムの効用関数と利益の各ビジネスでの意思決定を見 つけることができる。同様に、製造者の効用関数も計算することができる。

ここで、実際に式(𝐼),(𝐼𝐼𝐼)クアルコム、エリクソンの効用関数がどのような曲 線を描くのか検討してみる。効用関数を検討するにあたって、式をシンプルに するため、𝑝1については定数2、xとnに関しては機械的に0から10まで0.1 刻みで入力した。𝐶!と𝐶!はそれぞれクアルコムの研究開発コスト、後者はエリ クソンのコストを示している。クアルコムは通常の携帯通信企業に比べ研究開 発費用が売上に対して20%以上をかけており、この中には研究者の充実させる ための費用、特許関連の申請や保護のための弁護士費用などが含まれていると 考えられる。この研究費用の割合は通常では5%と言われておりクアルコムは研 究開発費用の割合が多いことで知られている。2000年以降のクアルコムはその 研究開発費用を10%以上継続的にかけてきているという事実をピックアップし、

𝐶!と𝐶!は𝐶! = 2𝐶!と置いた。x:nが1:1、1:2、2:1となる時を考え、横軸 をx+nとしてとり、モトローラ、エリクソンのそれぞれの効用関数を描いた。

それぞれ図3-4-1〜図3-4-3に示す。縦軸に単位がないのは式に代入した結果の 値であるからだ。

(x:n)=(1:1)の時、エリクソンの描く効用関数は線形で、単純にエリク

ソンとクアルコムの特許数が大きくなると比例して式(III)から得られる値が大 きくなる。クアルコムの場合は二次関数的に増加していくことがわかる。x+n が10の時にとる値は220である。

(x:n) =(1:2)の時、エリクソンの描く効用関数は二次関数的に増加する

ことがわかる。式(III)の後半の項にクアルコムの申請される特許数からエリクソ ンの特許数(n−𝑥)を引いているので(x:n)= (1:1)の時には後半の項がなく なってしまうがために線形を描いていたが、xとnが同じでなければ二次関数 を描くようになる。二次関数的に増加するような効用関数が得られることがわ

(32)

かる。x+nが10の時に最大値は120である。クアルコムは、クアルコムの特許 の数だけライセンシーからの収入が二次関数的に増加することがわかる。式(I) ではnの値が大きいほど指数の項がより関数をスティープにし、また、𝐶!との 席によりx+nが10の時に最大値820をとる。

(x:n) =(2:1)の時、エリクソンの描く効用関数のグラフは(x:n)=

(1:2)と同じような二次曲線を描くが、式(III)の前半の項にxと価格P1との積

があるため、x+nが10の時の最大値は140と、(x:n) =(1:2)の時に比べて 少し大きくなる。クアルコムの効用関数は、式(I)の後半の項のnの2乗があ るので、nが大きくなるとその効用は大きくなるが、今回はxがnの2倍にな っているのでグラフのカーブは(x:n) =(1:2)の時ほどスティープしない。

前半の項でxと価格P1の積があるため、x+nが10の時の最大値は(x:n)=

(1:1)の時より少し大きい240を得る。

エリクソンに関しては、クアルコムとの特許数でのディスアドバンテージや 特許料の値段の高さがネックとなり、効用関数としてクアルコムほどのスティ ープな曲線にはならない。一方、クアルコムはライセンシーに対し研究開発費 用として多くの研究者や弁護市を抱えておりその費用を多くもらっていること、

また、携帯電話の半導体のチップを販売もしていることを考えると1つの携帯 電話において、二重取りで収益を得ているので、特許の数が多ければ多いほど 二次関数のカーブがスティープし、リスクを取ってでも投資する効用を捉えら れていると考える。

(33)

図3-4-1 (x:n=1:1)の時のそれぞれの効用関数

図3−4−2 (x:n=1:2)の時のそれぞれの効用関数

図3−4−3 (x:n=2:1)の時のそれぞれの効用関数

0 50 100 150 200 250

0 20 40 60 80 100 120

+n

x:n=1:1 の効用関数

クアルコム エリクソン

0 200 400 600 800 1000

0 20 40 60 80 100 120

x+n

x:n= 1:2 の時の効用関数

クアルコム エリクソン

0 50 100 150 200 250 300

0 20 40 60 80 100 120

x+n

x:n= 2:1 の時の効用関数

クアルコム エリクソン

(34)

4 ディスカッション

4.1 GSMにおける企業戦略とゲーム理論による分析のまとめ

ここまで GSM における定性的側面とゲーム理論における定量的手法から 各企業の標準化・特許問題を分析した。このゲームにおける実質的な勝者はモ トローラといってよい。モトローラはETSIによる新しい標準規格としてGSM を採用したところで、欧州の伝統である特許の技術を開発してもオープンにす ることが通例となっている状況を逆手にとり、早い段階から特許を申請し完全 な独占といえなくも、特許を専有しようとしたところにモトローラの先見性が あるといえる。モトローラは初めから特許の申請を宣言することでそれまでヨ ーロッパ大陸で標準規格を先導していたETSIに対して対抗できることになる。

このような大胆な行動は、アメリカという大国のプロパテント政策や貿易法が 背景にあるからこそできた行動であると考えられるが、結果的にモトローラは GSMにおける特許数、そこから得られる収益とともに大きな成果を上げたとい える。

ゲーム理論の分析では、両者が協力を選択した戦略がナッシュ均衡であり総 利得も大きくなることがわかる。モトローラにとっての協力は、3号選択である 特許を独占しているオプションから、特定の企業だけに対してその特許を共有 するクロスライセンスを結ぶことであり、欧州企業にとってはクロスライセン スを締結してETSI のMoUグループとしてのサプライヤーとなることである。

これにより、モトローラは欧州への市場へ拡大できることに加え、完全なるオ ープンな特許の選択ではないので特許料の収入を得られ、欧州企業にとっては GSM の必須特許を多く持つモトローラにクロスライセンスを結んでもらうこ とで、統一規格としてのGSMを推進できることと特許を供することを享受でき る。

日本企業とのゲームにおいては、日本企業はそもそものGSMの国際標準化の 話し合いに参加することもできず、グローバルな戦略に関わることができなか った。背景には、日本の国際的な戦略の重要性の認識不足、圧倒的な米国、欧 州の早期からの戦略的行動に追随できなかったことがあげられる。加えて、日 本企業や日本の政府機関は国内の市場で十分な大きさがあり、技術力も高いと 考え、より大きな海外での市場を獲得できるチャンスを逃したのである。これ は短期的に見ればネガティブではないが、超長期的にみると国際的な標準化・

特許問題での先例となるGSMに関われなかったのは日本企業としては、ノウハ

(35)

ウを得られず、後々のドメスティックな市場における戦略から抜け出せなくな るのである。ゲーム理論の利得表においても説明された。総利得に関しては日 本企業、モトローラの両者が協力の戦略を選ぶことであるが、モトローラが日 本へ進出すると自社の技術が脅かされてしまうのではないかという懸念から、

また、日本企業は十分に国内市場だけでも大きい市場と判断したことから、日 本企業は国内にとどまり、モトローラは日本へ協力をしなかった。長期的な目 線でいえば、日本は早くから国際標準化の重要性を見つけられず後々苦しむこ ととなる。

(36)

4.2 CDMAにおける企業戦略とゲーム理論による分析のまとめ

CDMAにおけるクアルコムの成功は主に、そのビジネスモデルであったとま とめることができる。クアルコムは技術ライセンスの貸出しによるロイヤリテ ィの収益と、携帯端末に必須特許として搭載しなければならないベースバンド チップである半導体の販売・製造を行い、1つの携帯端末から二重に収益を得ら れる仕組みを作ったのである。また、クアルコムは携帯メーカーやベンダーに 対して「買う前に試してみよ」というユニークなサービスのほか、ベンダーに 対して技術のサポートを手厚くしたことである。この状況でのナッシュ均衡は クアルコムが技術サポート有りのライセンスを付与し、ライセンシーであるベ ンダー企業が同意しライセンスを契約した時であった。クアルコム側は技術サ ポートのコストがかかっても契約してもらえればライセンス料が入るため、ベ ンダーは自社で技術サポートの費用を持つことなくその費用を別の技術開発や 投資にあてられるためである。

シュタッケルベルグモデルを用いて、具体的な値を代入しクアルコム、ベン ダーの効用関数を描いた。クアルコムは研究者を充実させ、膨大な特許を弁護 士に申請・整理させたおり、多くのコストがかかっている。収益はライセンス 料とチップの両方であり、グラフを描くとよりスティープな二次関数になるこ とがわかる。一方、ベンダーのグラフはクアルコムのように関数をスティープ させる要素がないため、ゆるやかなカーブの二次関数の効用関数となった。

(37)

5 結言と今後の展望

GSMと CDMAの双方の規格の標準化・特許の変遷と企業の戦略について定 性的な観点だけでなくゲーム理論を用いて分析することができた。どちらにも 共通していえることは、規格が標準化として採択された早期の段階で標準化に 絡めたアクションを起こすことが、市場におけるアドバンテージを取りやすい と考えられる。標準化・特許問題に関して、選択する戦略によって技術の良し 悪しに関係なく市場の先駆者になり、多くのシェアを獲得できる可能性がある。

ゲーム理論からもその妥当性を検討することができた。ゲーム理論そのものの 限界はあるかもしれないが、標準化・特許問題を分析するためのツールとして 役立つには違いない。今回、ゲーム理論は前提を単純化させやや抽象的な議論 で終わってしまったが、今後の研究ではより定量的にモデルを開発したい。

今回は GSM、CDMA までの議論であったが、次世代の通信規格や今後増え てくる電気自動車やスマートグリッド等の通信規格にも理論を拡張できる可能 性がある。引き続き標準化・特許問題に関して研究を引き継ぎ、より良いモデ ルの改良に努めたい。

(38)

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の 2) (ヨーロッパの世界的プレゼン-GSM の成功体験と未来の動き-),株式 会社KDDI総研

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