第 5 回
市場範囲の画定
本日の内容
• 伝統的な市場範囲の画定方法
– 市場画定の重要性 – SIC基準
– 交差価格弾力性と市場画定
• 新しい市場範囲の画定方法
– 関連市場 – SSNIPテスト
– セロファンの誤謬
市場画定の重要性
• 前回までの議論では、すでに市場範囲がわかっ ていることを暗黙の前提としていた
• 類似の財が多数存在する場合、どの財とどの財 が同じ市場に属し、どの財とどの財が異なる市 場に属することになるのかは必ずしも明らかで はない
• 市場支配力に関する判断を行うときには、まず 問題となっている市場の範囲を適切に画定した うえで集中度を計算し、競争の態様や参入圧力 の有無を考察することが必要になる
日本標準産業分類( SIC )基準
• 伝統的には、日本標準産業分類(SIC)に基づい て市場範囲を決定するという方法がしばしば用 いられてきた
• 日本標準産業分類とは、供給される財の性質に 基づいて産業を大分類、中分類(2桁産業)、小 分類(3桁産業)、細分類(4桁産業)に分類したも のである
• 日本標準産業分類とは、あくまで財の性質に基 づいて便宜的に産業を分類したものであり、経 済学的な市場の概念と日本標準産業分類にお ける分類基準は全く異なったものである
日本標準産業分類( SIC )による産業分類の例
分類 SICコード
大分類 E 製造業
中分類 09 食料品製造業
小分類 091 畜産食料品製造業 細分類 0914 乳製品製造業
バター製造業 チーズ製造業
アイスクリーム製造業 発酵乳製造業 カゼイン製造業 小分類 098 動植物油脂製造業 細分類 0982 食用油脂加工業 マーガリン製造業 ショートニング製造業 精製ラード製造業 精製ヘット製造業
日本標準産業分類( SIC )基準
• 経済学的には、密接な代替関係のある財は1つ の市場に属すると考えるのが標準的である
• ある財の価格が上昇した時に、多くの消費者が その財の消費から別の財の消費へとシフトする のであれば、その2つの財の間には密接な需要 の代替関係が存在すると考えることができる
• ある財の価格が上昇した時に、別の財の生産者 がその財の生産を開始するのであれば、その2 つの財の間には密接な供給の代替関係が存在 すると考えることができる
日本標準産業分類( SIC )基準
• 例えば、バター、マーガリン、ショートニングはそれぞれ別の産業と して分類されている
• しかし、バターとマーガリンの用途は非常に似通っており、
Scheffman and Spiller (1996) などの研究でも、密接な需要の代替 関係が存在するので、同じ市場に属すると考えるべきであると示さ れている
• 一方、ショートニングはマーガリンから水分と添加物を除いて純度 の高い油脂にしたもので、パンや焼き菓子の製造などにバターの 代わりに利用される生産物である
• よって、ショートニングとバターの間に密接な需要の代替関係が存 在する
• マーガリンの製造企業はショートニングの製造に容易に参入でき るため、マーガリンとショートニングとの間に密接な供給の代替関 係が存在する
需要・供給の交差弾力性と市場画定
• 需要の代替関係の大きさや供給の代替関係の 大きさを表す指標が、「需要の交差弾力性」と
「供給の交差弾力性」である
– 需要の交差弾力性とは、2つの財において、一方の 財の価格が1%上昇したときに、もう一方の財の需要 量が何%変化するのかを示した値である
– 需要の交差弾力性が正の値であるとき、その2つの 財は代替財であるという
– 供給の交差弾力性とは、2つの財において、一方の 財の価格が1%上昇したときに、もう一方の財の供給 量が何%変化するのかを示した値である
関連市場
• 市場の範囲を画定することは、単純に財の特
性に基づいて市場を分類することではなく、
競争的な制約を相互に与え合っている製品
の範囲や地理的な範囲を明確にすることであ
る
• 競争的な制約を相互に与え合っている財や
地域の範囲からなる市場を、通常の市場とい
う言葉と区別して、「関連市場」と呼ぶ
SSNIP テスト
• 関連市場の画定のための計量経済学的な方法として、ア メリカ連邦司法省が1984年の合併ガイドラインで提案した 方法が「SSNIPテスト」と呼ばれる方法であり、今日ではアメ リカ、EUばかりでなく世界中の競争当局で採用されている 方法である
• ある製品範囲・地理的範囲に独占企業が存在していると 仮定し、その独占企業を「仮想的独占企業」と呼ぶ
• その仮想的独占企業が現在の価格水準よりも、「小さいけ れども有意であるような、一時的ではない価格の上昇
(Small but Significant and Non‐transitory Increase in Price)」 (通常は5% 10%程度の価格の上昇)を行ったときに、そ の仮想的独占企業が価格上昇によって利益を得られるか どうかを検証することによって、その製品範囲・地理的範 囲が関連市場を構成しているかどうかを判断する
SSNIP テスト
• もしある製品範囲・地理的範囲のもとで、仮想的 独占企業が価格上昇によって利益を得られると 言うことであれば、この独占企業はその範囲の 外部から競争的な制約を受けていないと言うこ とであり、その製品範囲・地理的範囲は関連市 場を構成していると言うことになる
• SSNIPテストは、非常に狭い製品範囲・地理的範 囲から出発して、市場の境界を探していくテスト である
SSNIP テスト
• 仮想的独占企業が生産している(最小に定義
された)製品からスタートする
• もしも、この(最小に定義された)市場で関連
市場が全て捉えられているのであれば、価格
上昇による代替効果は市場内ですべて吸収
されるはずである
• 従って、価格上昇によって利益が得られるは
ずである
SSNIP テスト
• 仮に(最小に定義された)市場がすべての関連 市場を捉えていないのであれば、価格上昇に よって捉えられていない他の製品への需要の代 替が起こるため、利益を上げることが出来ない
• 利益を上げることが出来ないという推定結果が 得られたならば、現在は市場の範囲に含めてい ないが、対象となっている製品に最も近い製品 を加えて、新しい市場の範囲とする
• そして、新しい市場の範囲で仮想的独占企業が 価格を上昇させた場合の利潤の変化を推定する
SSNIP テスト
• このように最小の市場範囲からスタートし、
徐々に製品を加えていき、利潤が増加するよ
うになった市場範囲を一つの市場と画定する
のが SSNIP テストの基本的な考え方である
• 詳細を知りたければ Epstein and Rubinfeld
(2003) のテクニカル・レポートや柳川・川濱
(2006) 等を参照
セロファンの誤謬
• 前期に学習したように、線形の需要曲線のもとでは、価格 水準が高くなるほど需要の価格弾力性の値は大きくなる
• したがって、すでに既存企業が十分に強い市場支配力を 持っており、高価格を実現している状況で需要の価格弾 力性を推定すると、需要の価格弾力性の推定値は大きな ものとなる
• 1956年のセロファン事件において、アメリカ連邦最高裁は セロファンとその他の柔軟性包装材の需要の交差弾力性 が大きいことを理由として、セロファンとその他の柔軟性包 装材は密接な競争関係にあると認定し、セロファンを含む 全ての柔軟性包装材が関連市場であると認定した
セロファンの誤謬
• しかし現在では、セロファン市場はデュポン社の ほぼ独占状態であり、価格が独占価格まで引き 上げられていたため、需要の交差弾力性が実際 の値よりも高く推定されていたと考えられている
• この誤りを「セロファンの誤謬」と呼ぶ
• 需要の価格弾力性や需要の交差弾力性が大き いとき、それが真に財の代替性の大きさを反映 しているのか、既存企業の市場支配力の結果な のかを慎重に検討する必要がある