• 検索結果がありません。

A1703 0073 「ゲーミフィケーション」を利用したドイツ語授業の試み : ドイツ卓上ゲームを手がかりとして 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "A1703 0073 「ゲーミフィケーション」を利用したドイツ語授業の試み : ドイツ卓上ゲームを手がかりとして 利用統計を見る"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

【目次】 はじめに 第1章 序論

 1.1.ドイツ卓上ゲーム事情  1.2.ゲーム形式授業  1.3.本論の試みと構成 第2章 先行研究の概観

 2.1.ドイツ語教育に関する実態調査の報告  2.2.外国語学習不安

 2.3.ドラマ・メソッドとゲーム形式の教授法  2.4.カウンセリング理論と初修外国語の教授法  2.5.「アクティヴ・ラーニング」としてのゲーム 第3章 「ゲーミフィケーション」を利用したドイツ

語導入授業の試み

 3.1.「ゲーミフィケーション」の概念

 3.2.「ゲーミフィケーション」を利用したドイツ 語授業の試み

 3.2.1.狙いと評価方法

 3.2.2.実施例における学習環境と学習プログラム  3.3.  学習ゲームの紹介と進行方法

 3.3.1.授業進行(概観)  3.3.2.単語カードづくり  3.3.3.カード交換

 3.3.4.『メモリー』(神経衰弱)でペア探し  3.3.5.「カード渡しゲーム」で所有カード確認  3.3.6.「探し物ゲーム」で数種類のカードを集める  3.3.7.『カルテット』で同種類のカードを集める  3.3.8.『ごきぶりポーカー』形式でブラフゲーム  3.4.  実験結果

 3.5.  「選択式アンケート」集計結果

 3.6.  「記述式アンケート」結果にみる利点と 問題点

第4章 ドイツ卓上ゲームを利用したドイツ語実践授 業の試み

 4.1. ドイツ卓上ゲームの授業内利用について  4.2. 『スコットランドヤード』

 4.3. 『カタンの開拓者たち』  おわりに

はじめに

「(日常生活における様々な要素を)ゲームの形にする」 ことを意味する “gamefy”から派生した「ゲーミフィ ケーション」(gamiication) の概念は2010年から頻繁に 使用されるようになったビジネス用語で、従来は、情報 過多のため瞬間的かつ表層的にしか関与しない消費者を 長期間継続的に購買行動へと動機付ける手法の一つとし て利用されてきたが、近年ではその手法が教育業界でも 応用され、ソーシャルゲームのメカニズムを活用した言 語学習サービスなどに取り入れられている。他者との競 争原理や、ポイント制度による目標と成果の可視化とい うゲームに典型的な形式を、ドイツ語の授業においても 学習者の意欲向上と成果確認のために取り入れることは できないだろうか。日本の大学において、第二外国語の 学習時間および学習者数が減少し、大半の学生たちが「初 級」で学習を終えてしまうという状況になっているなか で、ドイツ卓上ゲーム文化の知見を加えることによって ゲーミフィケーションをうまく授業に取り入れることが できれば、学び方にも変化を生じさせられるのではない か。

本論では、ドイツ卓上ゲームと日本におけるドイツ語 教育の現状を概観したうえで、初修レベルのドイツ語授 業における(1)新単語学習から(2)新単語使用練習、 (3)冠詞・名詞の格変化の練習を経て、(4)実践的な

リアルタイム取引の会話ゲームや(5)商用卓上ゲーム を応用した会話練習用カードゲームを行い、最後には (6)実際にボードゲームをドイツ語で遊ぶまでの学習 プログラムを、ゲーム化の具体例として検討する。なお、 使用教材のゲーム化に際しては、ドイツ卓上ゲームを基 盤において独自に開発を試みた。本プログラムの実施過 程で調査したテストの結果とアンケートの回答を参照す ると、その教育効果と課題が浮き彫りになるだろう。さ らに本論では実際のドイツ卓上ゲームをドイツ語で遊ぶ ことについて検討を加えたい。「ゲーミフィケーション」 は学習者のモチベーションを高めながら学習効果を高め る方策の一つにすぎないが、問題点を認識したうえで利 用するならば新たな可能性を見出しうる。それは、単な

平  松  智  久

「ゲーミフィケーション」を利用したドイツ語授業の試み

(2)

る学習内容の理解と暗記に留まらず、学習者相互のコ ミュニケーションを促し、ドイツ語で交流するアクティ ヴ・ラーニングの場を教室内に生み出すからである。

第1章 序論

1.1.ドイツ卓上ゲーム事情1

1980年代以降、デジタル・ゲームが世のなかを席巻し ている日本とは異なり、ドイツでは、毎年、大手出版 社だけでも400作以上(個人業者も含めると2014年度以 降は約1,000作)のアナログ・ゲームの新作が出版され、 それらは、老若男女と年齢を問わず、人気を博してい る2。その人気の理由はこれまで様々な観点から分析さ

れてきたが、定説と呼べるものはない。大抵の場合、ド イツでは労働に関する厚生制度が整っているため残業が 少なく家族で過ごす時間が長いため夜に家族全員で遊ぶ ことができる卓上ゲーム文化が発展したのだと結論付け られるが3、それは人気を支える条件に過ぎないからで

ある。ドイツ卓上ゲーム4が、デジタル・ゲームの波に

も呑込まれずに独自の地位を保ち続けている理由を説明 するためには、家族とのコミュニケーションの時間を大 事にするドイツ人気質が影響していることについてのみ ならず5、卓上ゲームの多様性と個々のゲームの魅力に

関する「遊び」の本質についても明らかにせねばならな

いだろう。しかし教授法の検討を進めるために本論では その根源的な問いに関しては深追いせず6、卓上ゲーム

の効能を以下の3点にまとめるだけに留めておきたい。 その効能とは、すなわち、第一に卓上ゲームを通して感 覚的快感および精神的知的欲求が充足させられること、 第二に他者とのコミュニケーションが促進されること、 そして第三にその結果として、子供の情操教育から老年 の痴呆予防及び改善にまで役立つ、教育的及び療養的作 用があることである。

なお、卓上ゲームのそのような効能と歴史を専門的 かつ具体的に調査研究している大学や研究機関がドイ ツ語圏には複数存在する。例えばオーストリア・ザ ルツブルクにあるモーツァルト芸術大学ゲーム教育 学 研 究 所 (Kunstuniversität Mozarteum, Institut für Spielforschung und Spielpädagogik) では、文化現象と しての遊びおよびゲームを学術的に研究し、16世紀以 降の文化史をまとめて、教育学にも活かそうとしてい る。また、ドイツ・ドルトムント専門大学社会科学部 (Fachhochschule Dortmund, Fachbereich Angewandte Sozialwissenschaften) のゲーム学研究室 (Arbeitsstelle für Spielforschung und Freizeitberatung) では、年々 出版数を加速度的に増加させ続ける卓上ゲームについ て、対象年齢、教育的側面、コミュニケーションの可能 性、内容物の品質などを複数の観点から個別評価し、そ の結果を整理して公開することで一般市民の余暇活動に

本節は、次の拙論の一部を加筆修正のうえ再録したものである。平松智久「ドイツ卓上ゲームを利用した初修外国語授業の試み―『証

拠さがし』による単語暗記学習法―」、『福岡大学言語教育研究センター紀要』第13号、2014年、71-84頁(再録部分は72-73頁)。

出版数はドイツ卓上ゲームの専門誌 Spielbox が運営するウェブ・ページに掲載されたリストに基づく。そのリストは、10月のエッセン

における国際ボードゲームデイズ / 卓上ゲーム見本市 (Internationale Spieltage / Spielemesse) と2月のニュルンベルク・国際玩具見 本市のために業者が提示する商品リストをまとめたものである。

http://www.spielbox-online.de/spielarchiv/sbmessen/index.php (2014年10月31日閲覧)

オフィス新大陸(編・著)『ボードゲーム天国01』東京:竹内書店新社、2003年、111頁参照。

本論では、一般にボードゲーム、カードゲーム、ダイスゲームなどと区別されるアナログ・ゲームをまとめて「卓上ゲーム」と記す。な

お、「卓上」では行わないアナログなアクション・ゲームも、広義に「卓上ゲーム」と捉え、そのなかに含める。

これまでに500種以上のオリジナル卓上ゲームを生み出し1,500万部以上の販売実績を誇る卓上ゲームのデザイナーであるライナー・クニ

ツィア氏は、2013年3月23日に東京で行われた招待講演会のなかで「ドイツでは親が子供と遊び、その子がまた親になって自分の子供と 楽しむ伝統があるから」デジタル・ゲームの波に呑込まれずに卓上ゲーム人気が続いているのだと、端的に述べた。

ドイツ卓上ゲームの魅力についての問いは、人がなぜ遊ぶのかという問題にも通底しており、容易にまとめることができない。その問題

に関しては、ヨハン・ホイジンガ(1872-1945)およびロジェ・カイヨワ(1913-1978)の研究にも繋がるだろう。フリードリヒ・シラー (1759-1805)が『人間の美的教育について』(1795)「第15信」のなかで「人間は言葉の完全な意味で人間であるところにおいてのみ遊戯し、

人間が遊戯するところでのみ完全に人間である」と述べたように、ホイジンガは主著『ホモ・ルーデンス』(1938)において「人は遊ぶ 存在である」と結論した。ホイジンガによると人間の「文化」は、「遊びの形式」のなかで発生し、あらゆる文化の萌芽が原初から遊ば れていたのだという。彼の指摘する遊びの要素とは、「実生活とは時間的空間的に別離された虚構」のなかで「ルール」に従いながら行 う「非生産的」かつ「自由」な活動である。ホイジンガの説を継承したカイヨワは、『遊びと人間』(1958)において、遊びの概念を文化 創造の機能に留めず、その基本要素を「アゴーン(競争)」、「アレア(偶然)」、「ミミクリ(模倣)」、「イリンクス(眩暈)」の4種に分類 したうえで、ゲームと遊戯を区別するために、挑戦的要素や競技要素の強い「ルドゥス」と即興的な気晴らしとなる「パイディア」の枠 組みを導入した。ドイツ卓上ゲームにおける「遊び」もまたホイジンガやカイヨワの見解に通じる様々な要素を内包しており、今後は文 化社会学的および教育学的観点からの考察が追究されるべきであろう。従来、「遊び」と「教育」の問題に関しては、英仏と独の玩具に 関する「自然」観の対立(ジョン・ロック、ルソーの素朴な自然観とシュタイナー、フレーベルらによる知育的自然利用の対立)が取り 上げられ、主に幼児教育に関してのみ論じられてきたからである。この問題に関して詳細は、別稿で論じたい。

(3)

も役立つ情報を提供している7

さらに、それらの大学や専門研究機関における研究成 果は、教育の現場とそれを統括する市政にも活かされて いる。ドイツ本国においては、外国人・移民の人口が約 20%にも上るため未就学児にもドイツ語教育を施す必要 に迫られているのだが、専門研究機関の学術成果を活か して、幼稚園児や小学生の言語能力を養成するために卓 上ゲームを教材として正式に取り入れる教育機関も少な くない。例えば、独ノルトライン・ヴェストファーレン 州のドュースブルク市は、2007年に市政として初めて「卓 上ゲームを利用した4歳児の言語能力テスト」(Delin 4) を行ったことで、その確実な教育的効果を実証して いる8

上述のとおり文化的側面を持つだけでなく教育の現場 にも利用されうるドイツの卓上ゲームは、ドイツ本国の みならず、日本における初修外国語の教育と学習の場で も、遊びながら自然な言語運用能力を高めるのに最適な 教材となるはずだ。多種多様な題材を取り扱う現代ドイ ツ卓上ゲームならば、学習者の学習内容と言語能力到達 段階に応じて適切な教材が容易に見つかるだろうからで ある。学習者にとって最適な教材が見つかるということ は、教育現場で利用者の学習段階に応じてきめ細かな対 応ができるということである。

しかしながら日本においてドイツ卓上ゲームは、主に ドイツ語未習者たちの玩具として(日本語で)遊ばれる だけで、ドイツ語教育の現場で(ドイツ語で)使用され ることは極めて稀であった。国内の大学および研究機関 においてドイツ卓上ゲームが取り上げられることも少な く、現状では、「遊び」の歴史的・文化的側面と経済と の関連を探る研究(大阪商業大学アミューズメント産業 研究所)や、新学習内容を理解して他者と相互交流する ための教材として卓上ゲームを利用する授業の取り組み (名古屋大学9、東京情報大学など10)に留まる。つまり、

従来は外国語学習用教材としてドイツ卓上ゲームが大き く取り上げられることが日本ではほとんどなかったので ある。

1.2.ゲーム形式授業

ドイツ卓上ゲームではないが、たしかに、ゲーム形式 で外国語学習の練習を行う教授法はこれまでにも存在し た。特に小学生を対象とした外国語学習の導入授業や中 等学校から高等学校にかけての英語教育でその教授法は 利用されてきており、現在も工夫が重ねられている。ゲー ム形式の学習法は、ゲームと学習のバランスを適切に保 つとき、学習者のモチベーションを高め、内容理解と実 践練習に関する学習効果を上げられると考えられてきた からである11。文部科学省の『小学校英語活動実践の手

引き』(2001年度版)にも、小学校での英語教育は、「子 どもの発達段階に応じて、歌、ゲーム、クイズ、ごっこ 遊びなどを通じて、身近な、そして簡単な英語を聞いた り話したりする体験的な活動を中心に授業が構成され る」ものだと述べられている12。それは「外国語を通じて、

言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコ ミュニケーションを図ろうとする態度の育成」と「外国 語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュ ニケーション能力の素地を養う」ことが外国語活動の目 標とされているからであろう13

だが、小学校における英語教育においても、児童の学 年が上がるにつれてその目標と現実との間に齟齬をきた していることが、国立教育政策研究所の「小学校におけ る英語教育の在り方に関する調査研究」のうち「国語力 との関連に関する調査研究」の成果報告書のうちに確認 される。すなわち、「高学年になると「母語」である日 本語と、出会ったばかりの英語とでは、言語活動のレベ ルが違いすぎる」。そのため、活動は「ゲーム中心」となっ

Vgl. Korte, Rainer u. Gregarek, Silvia: Spitzen Spiele. Dortmund: Grait. 1992.

「テスト」の名を冠しているが、「落第する可能性はまったくない」、「言語能力を一層高めるための機会」であることが両親には繰り返し

伝えられている。

独「RP誌 Online版」の記事 „Sprechprobe mit vier”(2007年5月8日付)参照。

http://www.rp-online.de/nrw/staedte/duisburg/sprechprobe-mit-vier-aid-1.124306 (2014年10月31日閲覧)

名古屋大学における1年次生対象の基礎セミナー「ボードゲームを究める」については、担当教員である有田隆也教授の報告 (2011) を

参照。その講義は、「ドイツボードゲームを題材として,受講者同士がゲームを紹介しあい,プレイしながら,考えることの楽しさを知 ることを目的」(35頁) としたものである。有田隆也「ドイツボードゲームの教育利用の試み―考える喜びを知り生きる力に結びつける」 『コンピュータ&エデュケーション』Vol. 31、東京、2011年、34-39頁、参照。

10 Table Game in the Worldにおける「大学でボードゲーム」(2007年1月26日付記事) を参照。http://www.tgiw.info/2007/01/post_1.html

(2014年10月31日閲覧)

11 小学校における集団遊びに関しては、次のガイドのように様々な例がある。『子どもと教育』編集部編『学級担任必携 遊び・ゲーム百科』、

あゆみ出版、1989年、参照。とりわけ2010年頃からは「ゲーミフィケーション」という概念の元に、児童のみならず成人に向けても、ゲー ムを用いたコミュニケーション方法や学習方法が様々な分野において探られている。伴隆之『人との会話がはずむ カードゲームの本』、 東京:株式会社リットーミュージック、2014年、伴隆之『勉強が楽しくなる カードゲームの本』、東京:株式会社リットーミュージック、 2014年、丹野宏昭、児玉健『人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学』、東京:新潮社、2015年等を参照。

12 文部科学省『小学校英語活動実践の手引き』、東京:開隆堂出版株式会社、2001年、2-3頁、参照。

13 文部科学省「小学校学習指導要領 第4章 外国語活動」、『小学校学習指導要領解説 外国語活動編』、東京:東洋館出版社、2008年、

(4)

て、学習言語による「思考活動が伴わない」ようになる という14。また、学習言語自体への興味を懐いた児童に

よる「文法的要素や書く活動」への要求にうまく対応で きていないという「懐疑的・否定的な意見」も挙げられる。 この現状は、『手引き』内の指示とは異なり、「子どもの 発達段階に応じて」いないことを示すだろう。高学年の 児童に対しては、「指導方法・活動・教材・指導態度を 変化させる必要がある」のは当然のことで、長谷川(2011) が結論付けるとおり、すでに「英語活動」ではなく「授 業としての英語の学習」の方が適しているのかもしれな い15。現在も外国語教育は読解重視から実用重視への転

換が進められているが、日本学術会議の提言(2016)に もあるとおり、言葉の仕組みの違いに気付き、異なる言 語世界や思考方法を理解するためには、口頭でのコミュ ニケーションのみを重視する指導法では不十分であり、 発話内容も文字によって記される必要がある16。それら

の議論の結果、2020年度からは初等教育における英語は、 小学3年生から「外国語活動」として必修化、小学5年 生からは「外国語教育」として科目化されることになっ た。

では、大学および高等教育機関における初修外国語学 習者の場合はどうであろうか。すでに年齢を重ねた学習 者にとって、初修外国語であろうとも幼児や児童向けの 歌や踊りでは学習内容的に不十分であることは明らかで ある。遊びやゲームに関しても、単純過ぎるものだと学 習者がすぐに飽きてしまうため、年齢相応のルールを設 定せねばならない。理解と考察を基礎とする「言語教育」 としての外国語学習のなかで、あえてその前段階と見な されるゲーム形式の学習を行うことで得られる効果はな いだろうか。学習者の「発達段階に応じ」、学習内容に 即した教材を準備し、そのための指導方法を再検討する ことで、高等教育においても学習者への教育的効果を高

める可能性を見出すことはできないだろうか。あるいは、 その教授法における問題点や課題を明らかにすることが できれば、それを補う方策も見出すことができるのでは なかろうか。そのために有効なのが、年齢を問わず、子 供も大人も共に楽しむことができる卓上ゲームである。 これまで外国語活動および外国語教育に取り入れられ ていた授業内ゲームは、学習内容に基づき思案された言 語学習ゲームが中心で17、学習言語を母語とする本国で

実際に遊ばれているような卓上ゲームが利用されること は少なかった18。それは、とりわけ入門段階から初級段

階の学習者は様々な要素を学ばねばならないにもかかわ らず、その学習要素ごとに利用できるように分類された 卓上ゲームを見つけ出し難かったことと、最適なものを 見つけられたとしても利用するための十分な時間が得ら れず、また、受講者全員分の資料を揃えるのが容易では なかったことに起因しているだろう19。あるいは学習よ

りも遊びが中心となるのではと嫌疑する教員たちからの 批難のまなざしがあるのかもしれない。他方で、少人数 クラスにおいては『モノポリー』や『ジェンガ』等のよ く知られた卓上ゲームを授業中に遊ぶ例もある20。だが

それらは、中上級レベルの学習者向けの授業における母 語話者との会話練習用教材として、あるいは純粋なレク リエーションとしてしか使われてこなかったのではな いか。すなわち、授業内での学習内容をそのままゲーム における相互交流の会話に活かすのではなく、一回的に 利用される教材でしかなかったといえる。学習言語を使 わずに遊んだ場合には言語習得練習が疎かになると懸念 され、しかしながら学習言語のみで会話をしながら遊ぶ ことは初級レベルの学習者にとっては極めて敷居が高く 感じられていたに違いない。そもそも、学習者一人ひと りにとっての言語レベルに応じた卓上ゲームを選択する ことも、ゲームに慣れない指導者にとって容易ではな

14 国立教育政策研究所「国語力との関連に関する調査研究」、『平成20年度「小学校における英語教育の在り方に関する調査研究」成果報告

書』、2008年、6頁、参照。

https://www.nier.go.jp/shoei_h20/shoei.html(2017年9月閲覧)

15 長谷川修治「小学校英語教育における「歌・踊り・ゲーム」の研究」、『植草学園大学研究紀要』第3巻、2011年、59-68頁、参照。 16 日本学術会議言語・文学委員会文化の開港と言語分科会「提言 ことばに対する能動的態度を育てる取り組み―初等中等教育における英

語教育の発展のために―」、2016年、参照。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t236.pdf(2017年9月閲覧)

17 外国語活動ないし授業に利用可能な英語ゲームの例を集めた以下のような資料集も複数存在する。菅正隆(編著)『すぐに役立つ! 小

学校英語活動ガイドブック』、東京:ぎょうせい、2008年。菅正隆(編)『外国語活動をもっと楽しく知的にする! 英語ゲーム&教材ア イディア60』、東京:明治図書出版株式会社、2010年。ドイツ語教育に関しても、様々な言語学習ゲームの遊び方を紹介する以下のよう な資料集や教材集がある。Westenfelder, Frank und Volz-Mathlouthi, Karin: Sprech- und Grammatikspiele DaZ/DaF. Hamburg: AOL Verlag. 2012./Lütge, Jessica: Deutsch kann man anfassen! 40 Spiele und handlungsorientierete Unterrichtsmaterialien – schnell selbst gemacht. Mülheim an der Ruhr: Verlag an der Ruhr. 2012./Piel, Alxandra: Spiele zur Unterrichtsgestaltung. Deutsch. Mülheim an der Ruhr: Verlag an der Ruhr. 2013./Krenner, Andreas: Die große Spielesammlung für Schule und Jugendarbeit. 300 Ideen für große und kleine Gruppen. Mülheim an der Ruhr: Verlag an der Ruhr. 2014.

18 大学における現状、実態に関しては、本論第2章で確認する。

19 縦横5マスのなかに無造作に記載した数字を当ててできるだけ列を揃えようとする『ビンゴ』ゲームは、数字や文字を使って遊ぶために、

これまでもしばしば利用されてきたことが複数の教科書に掲載されていることからもわかる。しかしながら他の学習要素に関しては、各 課でゲームが取り上げられたドイツ語教科書は管見の限りでは存在しない。

(5)

く、また、規定のゲームを選択できた場合にも、学習内 容を優先するとその対象レベル以外の参加者には適さな くなってしまう危険性がある。つまり、教室内で初修学 習者と母語話者のような言語レベルの違う者とが同じ場 で楽しむことのできるようなゲームのリストやそれを遊 ぶためのプログラムが不足していた。それゆえ、これま で教室内で卓上ゲームが教材として取り上げられてこな かったのである。

1.3.本論の試みと構成

そこで本論では、日常生活で実際によく遊ばれている 卓上ゲームのなかでも、とりわけ自発的に遊ばせること を目的として作られた商用ドイツ卓上ゲームのシステム を援用しながら、それを言語学習に適応させる方策とそ の学習効果を追究する。学習内容をゲーム形式にして行 う従来型の言語学習ゲームと本論は、その起点をまった く逆にしているといえよう。すなわち、言語学習ゲーム が「いかに言語を学習するか」という点からゲーム形式 が利用されているのに対して、本論の試みでは「卓上ゲー ムを楽しく遊ぶ」という目的のために学習言語を必要と させるものなのである。年齢も言語レベルも関係なく、 集中して取り組みながらコミュニケーション能力を高め ることのできるゲーム形式があれば、学習者の言語運用 能力を効率よく促進させるだけでなく、卓上ゲームなら ではの新たな効能と可能性を外国語学習中にもたらすこ ともできるだろう。それは、日常生活においてほとんど 使われていない外国語ですらも、少なくともその「卓上 ゲームを楽しく遊ぶ」ために必要な言語を学んで使うと いう、学習の意義を学習者自身に感じさせることにもな るはずである。卓上ゲームが外国語学習に好んで取り入 れられてこなかった理由は、各学習内容に適したゲーム の見つけにくさ、教材数不足、学習自体が疎かになる危 険性の三点に要約されるだろうが、逆に、各学習内容習 得に最適なゲームが容易に見つかり、教材も時間も十分 に用意できて、学習者たちが集中して学んで学習効果を 上げるのであれば、卓上ゲームを外国語学習の場に取り 入れる意義が見いだされるに違いない。

以上のとおり第1章では、本研究の背景として、ドイ ツ卓上ゲームをめぐる国内外の現状と外国語教育におけ

るゲーム形式授業の問題について概観した。ドイツ卓上 ゲームを外国語教育に取り入れようとする本論の試みの ためには、さらに第2章において、大学における第二外 国語としてのドイツ語教育の状況を把握する必要があ る。なぜドイツ卓上ゲームを高学年および成人の外国語 教育に取り入れる必要性が生じたのかという経緯につい ても言及しておかねばならないからである。そのうえで 第3章において、具体的な卓上ゲームとその利用例を紹 介し、実際の教室内での反応をアンケートの結果で確認 しよう。第3章において取り上げる卓上ゲームはすべて カードゲームであるため、比較的短時間で学習内容を練 習するのに向いている。そのような学習プログラムを経 る目的は、初級の学習者と母語話者のような言語レベル の異なる者同士でも、1時間ほどの授業時間のなかで同 じ場を共有しながら各々がコミュニケーション能力を高 めることができるようになるための基礎力を養成するこ とである。第4章では、その具体例としてドイツ・ゲー ムを代表するボードゲーム作品を紹介しながら、本研究 の意義についてまとめたい。

第2章 先行研究の概観

2.1.ドイツ語教育に関する実態調査の報告

2012年に日本独文学会が、ドイツ語の授業を開講して いる全国の教育機関2,096校を対象としてドイツ語教育 の実態を調査し、2015年に「ドイツ語教育・学習者の現 状に関する調査」(ドイツ語教育・学習者の現状に関す る調査委員会編)としてまとめた21。全国の教育機関を

対象とした第1回調査では、対象校の内訳は大学1,837 校(内42校が独語独文学系・ドイツ学系の学科・専攻)、 短期大学70校、高等専門学校60校、高等学校129校から なる22。その報告書によると、日本の大学における第二

外国語としてのドイツ語授業は、初級の学習者が全体の 9割以上を占め(60時間未満72%、120時間未満20%)23

学習内容は「総合学習」、「文法」、「会話」が中心であ る24。独語独文系の学科・専攻以外では、中級にまで進

む学生が極めて少数であるため、学習者の多くが初級レ ベルの学習に終わっている現状が明らかとなった。

同文書の後半には、ドイツ語教員154名ならびにドイ

21 日本独文学会 ドイツ語教育・学習者の原状に関する調査委員会編『ドイツ語教育・学習者の現状に関する調査』「教育機関編」、2015年、

10頁、参照。http://www.jgg.jp/modules/neues/index.php?page=article&storyid=1435(2017年9月閲覧)

22 その内、有効回収数は941件で、それは全体の40.5%にあたる。 23 同上、28頁参照。

24 詳細は以下のように報告されている。大学では「総合」(66.6%)、「文法」(58.5%)、「会話」(56.5%)の順、独語独文学系・ドイツ学系の

学科・専攻では、「会話」(94.7%)、「読解・購読」(84.2%)、「文法」(63.2%)、「地域研究」(63.2%)の順、短期大学では「総合」(68.0%)、 「会話」(56.0%)、「文法」(48.0%)の順、高等専門学校では「総合」(68.4%)、「文法」(47.4%)、「読解」(26.3%)の順、高等学校では「総

(6)

ツ語学習者3,947名を抽出して2014年に行われた第2回 調査の結果も含まれ25、ドイツ語学習者が最終的に身に

つけたい能力や学ぶ意義についての意識も報告されてい る。回答の大部分を占める初級レベルの学習者のうち約 半数が、「旅行に役立つ程度の能力」(51.7%)と「教養 としてドイツ語の基本的な知識を持つ」(48.6%)という 2つの項目を最終的に身につけたい能力として選んでい るのは1997年の調査時26と同じ結果である。これはいわ

ば「教養」理論と「実用」理論の顕現したものであろ う27。それゆえ「希望するドイツ語の授業」として彼ら

は、「ドイツ語圏の文化や社会を知る授業」(46.9%)と いう教養的側面だけでなく、「聞いたり話したりの会話 中心の授業」(45.4%)や「読む・書く・話す・聞くの総 合的授業」(45.3%)で、旅行会話に役立つドイツ語力養 成の機会を求める28。彼らは、「教養を高め、人間的視

野を広げること」(44.8%)と「外国語学習を通して異文 化を理解する能力を養成する」(33.0%)ことを「ドイツ 語学習の意義や目的として重要だ」と考えているのであ る。だが、「学ぶ意義」の質問項目に対して少なからぬ 学習者が「単位取得に十分な程度の力」(30.4%)を選択 していることから、学生たちの学習不安の表れを読み取 ることができるかもしれない29。週1~2回のペースで

90分授業を受け続けても、やはり1年間では「実践的な 外国語能力を身につける」(21.7%)ことが難しいと直感 的に感じているのではなかろうか30

それは、彼らが1年前後の学習期間で終了する「初級」 に留まり、その後、「中級」へと進まない理由にも少な からず関係があるに違いない。学習開始時期と比べて学 習意欲が強まった原因としては「教員への好感」(40.7%)、 「ドイツ語を学ぶこと自体が好き」(33.0%)、「授業内容」 (32.6%)という要素が挙げられるのに反して、学習意欲

が弱まった原因には「ドイツ語のむずかしさ」(62.0%)

と「自分の努力不足」(40.9%)が挙げられる31。「ドイツ

語の学習を継続しない理由」には、「続けたいが、他に やらなければならないことが多くあるから」(55.4%)と いうだけでなく、「学習の負担が重いから」(36.5%)と いう理由が挙がるのは、学習内容の多さだけでなく、学 習者の心理的な問題も絡んでいるのではないだろうか。

2.2.外国語学習不安

会話力やコミュニケーション能力を高めたいと考える 学習者たちにとって、教室での学習効果を高められず学 習の継続を断念する原因には、学習時間の少なさ、外国 語適性や一般知能という認知的側面だけでなく、外国語 学習不安が関係しているといえよう。外国語学習に対す る不安感とその原因に関しては、ドイツ語学習のみなら ず様々な言語について、これまでも多くの研究者たちが 可能性を探ってきた。文法規則をまず理解したうえで記 憶し、それを口頭で表現する能力をいかに早く効率よく 身につけるかという教授法が長らく追求されてきたのに 対して、同じ外国語学習環境でも学習者によって習熟度 が異なることが明らかになるに従い、1980年前後から、 学習者自身の学習態度や動機づけという情意的要因に 関心が高まったからである。Curran(1976)32 やStevick

(1980)33 は、学習者の防衛的心理状態について考察し、

Guiora(1983)34 は外国語学習が自己認識や世界観の変

化を引き起こすことで学習者の心を乱すことになって いるのではないかと推察している。Gardner, Smythe, Clement and Gliksman(1976)35 の研究では、外国語に

対する不安感が強くなるほど「聴解力、発話力、最終成績、 到達テストの得点」が下がるという結果を数量化して表 した。特に発話能力(流暢さと正確さ)の点から、成人 学習者の外国語学習不安と日本語習得との関係について

25 実施時期がずれたため第2回の調査対象者の割合は、「初級」(既習時間120時間未満)が83.8%、「中級」(既習時間120 ~ 240時間未満)

が15.6%、「上級」(既習時間240時間以上)が0.6%になったが、それでも大部分が「初級」に属することには変わりがない。それゆえ、教 員が授業で特に重点を置いていることに関して最も多かった回答も「文法についての知識」(64.3%)、「日常的な会話」(50.6%)、「ドイツ 語圏の社会・文化に関する知識」(31.8%)、「自分のことを表現する」(26.0%)、「正確に読み解く」(25.3%)と続き、第1回の学習内容の 内実を示す。

26 日本独文学会ドイツ語教育部会 ドイツ語教育に関する調査研究委員会(編)『ドイツ語教育の現状と課題―アンケート結果から改善の

道を探る―』、1999年、99-108頁、参照。

27 詳細については以下を参照。吉田茂・境一三「5.3.1. 「教養」「実用」論争」『ドイツ語教授法 科学的基盤作りと実践に向けての課題』東

京:三修社、2003年、91-92頁、参照。

28 同上、123頁、参照。 29 同上、121頁、参照。 30 同上、122頁、参照。 31 同上、126頁以降、参照。

32 Curan, C. A.: Counseling- learning in second languages. Apple River, IL: Apple River Press, 1976 33 Stevick, E: Language teaching: A way and ways. Rowley, MA: Newbury House, 1980.

34 Guiora, A. Z. : “The dialectic of language acquisition”. In: A. Z. Guiora (ed.) An epistemology for the language sciences, Language

Learning, 33, 8, 1983.

35 Gardner, R. C., Smythe, P. C., Clement R. and Gliksman, L.: “Second language learning: A social and psychological perspective”. In:

(7)

検証を試みた池田(1997)36 の研究もある。

だが、ひとえに学習不安が学習効果を妨げているとい うわけではない。Kleinmann(1977)37 が指摘するとおり、

適度な不安は適度な緊張感をもたらし、逆に学習効果を 高める場合もあるからである。また、強い学習動機があ り、認知的に学習言語の重要性を感じている場合には、 「不快な緊張ではない状態」ないし「快適な緊張ではな

い状態」から「結果的に快適な緊張に引き上げることも 可能ではないか」とSpielmann and Radnofsky(2001)38

はいう。ヘイディ(1984)39 の「情意フィルター仮説」

によると、言語学習の際に心理的な障害となっている「情 意フィルター」が大きければ大きいほど言語獲得が遅れ るというが、「情意フィルター」とは新しく学ぶ言語を、 情意因子である動機づけ・ニーズ・態度・感情などに基 づいて無意識的にふるいにかける心理作用の一部のこと であるから、「情意フィルター」が良い方向に働いた場 合には言語獲得が早められると見なすこともできる。だ からこそ、何のために学ぶのかという動機づけや必要性 が学習を継続させるためにも極めて重要な要素となる。 先に確認した実態調査の結果によると、学習者の学習 動機である「最終的に身につけたいと思っている能力」 は、主に「旅行に役立つ程度の能力」と「教養としてド イツ語の基本的な知識を持つ」という2つの項目であっ た。しかしながらHorwits and Young(1991)40 の分析

結果によると、学習者たちが学習の目的に掲げているそ の基本的な旅行会話や簡単なコミュニケーションの能力 育成にこそ、教室活動における外国語学習でとりわけ強 く表れる学習不安が関係しているのだという。その分析 結果によると、教室内での学習不安の構成要素は「コミュ ニケーション不安」、「テスト不安」、「否定的評価への不 安」の3つにある。換言するならば、母語のような基幹 語では正しく表現できることが、「学習言語では十分に 伝達できないために否定的評価を受けてしまうのではな いか」という不安を感じて、学習者は教室内での積極性 を失うということであった。

2.3.ドラマ・メソッドとゲーム形式の教授法

口頭でのコミュニケーション活動を試みる学習者か ら、学習不安を減じさせるにはいかなる方策を講じれば よいだろうか。「学習言語では十分に伝達できないため に否定的評価を受けてしまうのではないか」という不安 をなくし、語学力を高めながら、その不安を「快適な緊 張に引き上げる」ために用いられてきたのが、学習言語 を使って演劇活動を行う「演劇教育」、「ドラマ教育」、「ド ラマ・メソッド」である。それらはいずれも演劇活動を 授業に取り入れる点では共通しているが、最終的には上 演を目的としている「演劇教育」に対して、「ドラマ教育」 は上演自体を目的とはしていない点に違いがある。後者 が上演を重視しないのは、「ドラマをすること自体に何 らかの学びの機会があることを見出した、過程中心の教 育活動」だからである41。その活動は、1911年にハリエッ

ト・フィンレイ=ジョンソンが「子供を教育する手段と して演劇が有効である」と主張したのが始まりで、これ までイギリスとアメリカを中心に様々な方法論が生み出 され、数多くの実践が報告されてきた42。日本において

も小・中・高等学校から大学まで43、文化祭や発表会等

で「英語劇」ないし他言語による「語劇」が上演されて いる44。そのような演劇形式を利用した教授法の効果を、

佐野(1990)45 は次の8点にまとめている。その8点とは、

コミュニケーションにかかわる心理的要因を強化できる 点、聞くこと、話すことの言語活動として優れた点、非 言語的手段と結びつけた言語理解と表現ができる点、場 面や文脈の中で理解と表現ができる点、自己表現力を伸 ばす点、楽しみながら学ぶことができる点、目的意識と 成功感を得られる点、外国語指導助手(ALT)と共同 作業を行う絶好の機会となる点である。そのような利点 を、本質的に逆の視点から取り入れたのがリチャード・ バイアによる「ドラマ・メソッド」であった。伊東(1994) は『英語教授法のすべて』のなかで、「従来の方法は外 国語教育の中にドラマを導入して、学習効果を高めよう としているのに対し、バイアの方法はドラマそのものを

36 池田伸子「外国語学習不安と成人学習者の日本語習得」『留学生教育』2、1997年、121-130頁。

37 Kleinmann, H.: Avoidance Behavior in Adult Second-language Acquisition. In: Language Learning. Vol. 27. 1977, S. 93-107.

38 Speilmann, G and Radnofsky, M. L.: Learning Language under Tension: New Directions from a Qualitative Study. In: Modern

Language Journal. Vol.85. 2001, S. 259-278.

39 ヘイディ・C・デュレイ『第2言語の習得』、牧野高吉訳、東京:鷹書房弓プレス、1984年、参照。

40 Horwits, E. K. and Young, D. J.: Language Anxiety : from theory and research to classroom implications. Prentice- Hall, 1991. 41 小林由利子「第1章 ドラマ教育とは」『ドラマ教育入門』、東京:図書文化社、2010年、9-22頁、参照。

42 畷絵里「「語劇」による教育効果の多様性」『人間文化研究』第5号、2016年、67-68頁、参照。

43 2011年度から小学校教育でも「外国語活動」が必須科目化されたことで、『Hi, friends! 2』のLesson 7に「オリジナルの物語を作って演

じよう」という単元があり、各小学校で6年次に発表会が開かれているらしい。畷絵里(2016)、57-58頁、参照。

44 東京外国語大学、上智大学外国語学部、大阪大学外国語学部をはじめとした外国語大学における「語劇祭」は毎年活発に実施されており、

広く認知されている。ドイツ語劇でも、例えば南山大学外国語学部ドイツ語学科が開学以来60年以上「学生ドイツ語演劇上演会」を続け ている。

(8)

通じて外国語教育を行おうとするものである」とまとめ る46。「ドラマ・メソッド」は、学習者視点としては結

果的に「演劇/ドラマ教育」と同様の学習効果が得られ るものの、教授法としては技術的な面においてかなり違 いがある。学習者たちは演技自体の指導を受けながら、 劇中の科白を深く理解するために学習言語を学び、背景 にある社会や文化、思考法や感覚や行為の意味を知るこ とを求められるからである47

なるほど台本から学習言語やその非言語的表現手段を 学んで、暗記した科白と所作を発表するのであれば、学 習言語による発言の不確かさへの不安はなくなるだろ う。オリジナルの物語を作って演じる場合でも、作文を 指導教員やネイティヴ話者に確認してもらうことで、発 表時の不安は格段に減るはずである。演劇活動を利用し た教授法では、学習者たちが一つ一つの科白やト書き を吟味しながら進めることによって学習効果も極めて高 くなるに違いない。その効果は全人教育にまで及び、受 講者同士の連帯感も高まるだろう。しかしながらそのた めには十分な学習機会と長い準備時間を要し、上演する となれば舞台や道具の用意が必要となる。発表のために は、言語学習とは異なる緊張感と準備作業を強要される ことになるだろう。それゆえ大学における初修外国語の 授業に舞台化を前提とした教授法を取り入れることは難 しく、それを本格的に利用しているのは中級レベル以上 での授業48 や専門課程のゼミナール49 ばかりであった。

とはいえ初修外国語の授業においても演劇的要素は、 学習テクストに掲載されている会話例文を利用した発表

を行う際に、簡易的に取り入れることが可能である。学 習者たちがオリジナルの会話文を作成して発表する場合 も同様だろう50。だが、いずれにせよ発表時には固定化

された発言が基本となる。すなわち学習者は、発表前に 確定させた発言を、発表時には再生するだけである。し かし、それは日常会話の疑似体験ではあるものの、実際 の日常会話を行う時の言葉の流動性とはかけ離れたもの ではないか。現実世界においてはすべてを予測すること は誰にもできないからである。その意味においては、非 常に高いレベルの語学能力を身に付ける可能性はあるも のの、「正しい表現」という安心感で発話時の学習不安 を学習者たちから取り除くことができるというだけで は、教授法として不十分だと見なさざるを得ない。初級 レベルの学習者であれ、基礎会話力を高めるためには、 不確定要素に対しても即興的に対応できるコミュニケー ション能力を養わねばならない。

そこで、発話時の学習不安を減らしたうえで、できる 限りその場の状況や対話者の発言に応じて流動的に会話 を行えるようにするための練習方法として期待されるの が、コミュニケーションを促すゲーム形式の教授法の活 用である。Niewalda(2015)51 が「第二外国語としての

ドイツ語授業における言語学習ゲーム」の使用状況につ いて、ドイツ語授業を担当する教員を対象として2013 年に調査した報告によると52、言語学習ゲームは「学習

者たちのドイツ語でのやり取りを活発にする」と78.8% の教員が考えている53。おそらくそれは、言語学習ゲー

ムが「教室の雰囲気をよくする」と肯定的に回答した

46 伊東嘉一『英語教授法のすべて』、東京:大修館書店、1994年、165-166頁、参照。

47 Via, Richard A.: “English in Three Acts” In: East-West Center University Press of Hawaii, 1976, S. 6f.

48 フランス語中級クラスでの試みについては次のような報告がある。治山純子「外国語教育におけるドラマ活動の意義」『慶応義塾外国語

教育研究』Vol. 12、慶應義塾大学外国語教育センター、2015年、27-58頁、参照。

49 毎年、主にシェイクスピアの劇を英語で上演するゼミナール活動については次のような報告がある。安藤栄子「英語劇を取り入れた授業

の効果」『国際関係研究』第35巻1号、2014年、41-47頁、参照。

50 論者も2007年度から授業の一部で、ドイツ語で作成した「オリジナル漫才(MANZAI)」を学生たちに発表させる課題を与えてきた。なお、

ここでいうMANZAIとは、2~3名のグループが自作・自演するドイツ語笑劇の発表形式を表す。発表のために学習者はあらかじめ創 作台本をドイツ語で作文し、本番では多少の即興も入れて積極的に演じる。「笑い」は話し手の発言内容が「伝わった」という明白な証 にほかならない。この課題に取り組むことによって演者は、例文の理解と機械的な暗記に留まらず、疑似空間のなかとはいえ、ドイツ語 を実際に使う感覚を養えるだろう。また他の学習者も、発表を鑑賞しながら受容能力を高められる。ドイツ語を「学ぶ」だけでなく「使っ て楽しむ」ことで学習者がモチベーションを高められれば、学習を続けるための意欲を喚起する一つの方策になるのではないだろうか。 その課題に関して行う、短い独会話の作文、添削後の学習、パートナーとの相談、発表準備、予行演習などの作業は演劇を利用した教授 法と変わらないが、比較的短い時間で実施が可能である点は利点といえるだろう。また、「失敗」しても許される雰囲気づくりと「笑い」 の要素を加えることによって、学習不安が「快い緊張感」に変わったというアンケート結果を得られた。その教授法の成果と課題に関し ては日本独文学会研究発表会においてブース発表したとおりである。平松智久「「オリジナル漫才(MANZAI)」の作成課題を取り入れ たドイツ語授業の試み―実践報告と今後の課題」(ブース発表)、第69回日本独文学会総会春季研究発表会(武蔵大学)、2015年5月。

51 Niewalda, Katrin: Das Sprachlernspiel im Deutsch-als-Fremdsprache-Unterricht: Ergebnisse einer empirischen Untersuchung mit

Lehrenden an japanischen Universitäten. In: Matsuyama University Studies in Language and Literature. Vol.34. No.2. 2015. S. 127-162.

52 郵送およびインターネットを介した67名のアンケート回答を集計した結果で、その内訳は日本人教員34名(男性20名、女性14名)、ドイ

ツ人教員26名(男性13名、女性13名)からなる。調査母数は少ないものの、これは先の実態調査と同時期に行われたため、言語学習ゲー ムに関して現状調査情報を補完していると捉えることができるだろう。

53 詳細は、66名のうち27.3%が評点5(強く同意する)、51.5%が評点4(同意する)と回答した。評点3(どちらともいえない)は16.7%、

(9)

89.03%の教員たちの実感と無関係ではあるまい54。ただ

し、言語学習ゲームの使用頻度に関しては66名の回答者 のうち26名(39.4%)が「半期に1~3回」と回答して おり、カリキュラム上、それほど頻繁に行えない事情も 窺い知れた55。とはいえ、「1カ月に2~3度」の回答

者は14名(21.2%)、「週に1度」は7名(10.6%)、「週に 複数回」は4名(6%)と続き、言語学習ゲームを取り 入れている教員の合計人数51名(77.2%)が、「まったく 行わない」教員人数15名(22.7%)を上回る結果となっ ている。全体的に言語学習ゲームの利用頻度が高いとい うわけではないが、教員が適度にゲーム形式の学習を取 り入れることによって、教室内に学習者同士のコミュニ ケーションが取りやすくなる環境を作り出しているのだ といえよう。

なお、そのような言語学習ゲームを取り入れる授業段 階としては「練習段階」(91.1%)や「復習のため」(64.2%) と回答した教員が最も多く、「ウォーミング・アップと して」(肯定的56.5%、否定的43.5%)はおおよそ半々、 「新学習内容の習得のため」(31.1%)と回答した教員が

比較的少なかったことから、既習内容の定着を図るため にゲーム形式の練習が好まれている傾向が分かる56。こ

れは、主に初級レベルの授業を担当する教員がアンケー トに回答しているので、もはや致し方がないのかもしれ ない。言語学習ゲームの引用源に関しても、「教科書」 (77.6%)、「教員のオリジナル」(68.9%)、「ゲームを集め

た専門書」(48.0%)、「インターネット」(43.5%)、「学生 たちに作らせる」(15.9%)の項目が挙げられるのみで、 ボードゲームやカードゲームなどの卓上ゲームが項目に 取り上げられること自体がない57

では、初級レベルの授業であれ、中上級レベルの授業 であれ、卓上ゲームのシステムを利用することで、学習 者同士の学習言語による相互交流をいっそう活発化させ ることはできないだろうか。できるならば、どのような 活用方法がありえるだろうか。「演劇/ドラマ教育」と 「ドラマ・メソッド」がまったく逆の立場にあったように、

外国語学習の授業に利用する言語学習ゲームと卓上ゲー ムも根本的に出発点が異なる。学習内容に即すように教 科書に採用された言語学習ゲームを行うことが、練習を 重ねながら既習内容の習得を目指す教授法であるのに対 して、学習を意識せずに遊ばれている卓上ゲームを利用

することは、第1章で指摘したような卓上ゲームならで はの効能を学習者が得られると期待される教授法だから である。卓上ゲームの効能とは、「感覚的快感および精 神的知的欲求の充足」、「コミュニケーションの促進」、 「子供の情操教育から老年の痴呆予防及び改善にまで役

立つ、教育的及び療養的作用」の3点であった。外国語 学習に卓上ゲームを利用する場合、結果的に学習者は学 習言語を習得してコミュニケーション能力を高めること になるだろう。卓上ゲームを遊ぶ中でリラックスした状 態ないし適度な緊張状態が生まれ、学習者相互のコミュ ニケーションに関わる学習不安から解放されるからであ る。さらにその時、情操教育や療養にも役立つカウンセ リング的要素が学習者の心理に強く作用している点を決 して見逃してはならない。語学の教授法でコミュニケー ション能力が重視されるようになった瞬間に、カウンセ リング的要素と極めて深い関係が生まれたからである。

2.4.カウンセリング理論と初修外国語の教授法

林(1992)58 の研究によると、カウンセリングの理論・

技法の発展と語学教授法の発展には親縁性が見いだされ る。カウンセリングの領域においては、診断、助言、支 持、説得などの指示的方法をとる「指示的カウンセリン グ」から、来談者中心主義の「非指示的カウンセリング」 へと発展していったように、外国語授業の領域において も「学習項目4 4

中心主義」から「学習者4 4 4

中心主義」へと教 授法が発展してきたからである59

「学習項目中心主義」の流れをまとめると、その嚆矢 は、17世紀以来ヨーロッパを中心にラテン語やギリシア 語という古典語の教授法として発展してきた伝統的な 「文法訳読法」ということになる。「文法訳読法」は現在 でもしばしば利用され続けている教授法だが、文学作品 を母語に訳読しながら語彙力と文法力を培おうとするも のの、会話力がつきにくいという批判に曝され続けてき た。それで19世紀半ばに、幼児の母語習得過程を見習う べきだとするナチュラル・アプローチの考えが新たに生 じたのであった。身振り、手振りや実物の提示などの非 言語支援を駆使する「ナチュラル・メソッド」や、最初 から文字を使用せず、単語や熟語の発音練習から次第に 会話や長文まで音読練習を継続する「フォネティック・

54 詳細は、65名のうち50.8%が評点5(強く同意する)、38.5%が評点4(同意する)と回答した。評点3(どちらともいえない)は9.2%、評点2(同

意しない)はなし、評点1(決して同意しない)は1.5%であった。その平均評価は3.37だが、ドイツ人教員が3.59、日本人教員が3.19で、 やはり本項目に関してもネイティヴ教員の方が言語学習ゲームに対して好意的であることが分かる。Niewalda(2015)、133頁参照。

55 Niewalda(2015)、135頁参照。 56 Niewalda(2015)、136頁参照。 57 Niewalda(2015)、137頁参照。

58 林伸一「カウンセリングの理論と技法から日本語教育への援用の可能性を探る」『日本語教育』76号、日本語教育学会、1992年、110-122

頁、参照。

59 次段落のまとめについては、吉田茂・境一三「第6章 外国語教授法」『ドイツ語教授法 科学的基盤作りと実践に向けての課題』東京:

(10)

メソッド」、一連の作業を順序どおりに動作しながら言 葉で説明することで意味と音を把握させる「シリーズ・ メソッド」などがその始めである。その流れでマクシミ リアン・ベルリッツは、授業はすべて学習言語で行い、 文法は直接教えずに学習者が練習を繰り返すなかで理解 させるべきだという「直接教授法(ダイレクト・メソッ ド)」を提唱した。「直接教授法」は、ネイティヴ話者の 指導者確保が容易で、学習者も比較的容易に学習言語の 利用地域を訪れやすいヨーロッパでは広く普及したが、 その後、読み書きの学習が疎かになりがちであることが 問題となり、1930年ごろには「文法訳読法」の要素を取 り入れた「折衷法」に変容する60。1940年代から1960年

代にかけては構造主義言語学と行動主義心理学を背景に して、「模倣記憶反復教授法」とも呼ばれる「オーディ オ・リンガル教授法」が評価された。それは「文法訳読 法」への揺り戻しに対する反動で、学習者の口頭発表能 力を養成することに重点を置かれており、聞き取った例 文を理解したうえで発音や文型を反復練習し、文の一部 を変化させながら、質問に対して適切に答えられるよう にする文型積み上げ式教授法である。さらに1970年代に は「TPR(トータル・フィジカル・リスポンス)」とい う、教師が命令形を発して学習者に体を動かせることで 学習内容の理解と記憶を確かにさせる全身反応教授法が 続く。学習者が発言せずにただ行動する「TPR」とはまっ たく逆に、その後1980年代には、幼児心理を研究したC. ガテーニョが、教師がほとんど話さない「サイレント・ ウェイ」を提唱した。それは、言語習得過程にまったく ストレスを感じていない幼児が自発的に試行錯誤しなが ら発話する様子に倣い、学習者の心理面を重視した教授 法である。授業で教師は、一度指示を出した後は身振り しか行わず、学習者たちがお互いに協力し合いながら自 力で正答できるまで沈黙を守る。子供がいつかは正しい 言葉遣いを覚えるように、この教授法では学習者の細か な間違いが教師によって訂正されることはない。教師は 学習者の知性を信頼し、学習者同士の人間関係を重視す るのである。そのような教師の見守る姿勢は、学習者の 不安や緊張を取り除くことで学習効果を上げようとする ことにつながっているのだろうが、さらに「暗示」によっ て学習者の不安、緊張、猜疑心、恐怖などの心理的不安 を取り除いたうえで潜在的学習能力を活性化させようと

したのが、精神科医G. ロザノフによって開発された「サ ジェストペディア」である。授業中、学習者たちはリラッ クスした状態で、音楽、朗読、ゲームなどで学習を楽し みながら、言語運用能力を高めるための練習を行う。学 習者は、学習言語による新たな名前と職業を与えられ、 自分自身として行動する際に生じる気恥ずかしさから切 り離されるのもこの教授法の特徴である。

以上が「学習項目中心主義」の教授法の流れであっ たが、これはカウンセリングの領域では、「指示的カウ ンセリング」としてE. ウィリアムソンが示唆する5つ のカウンセリング技法の流れに平行するだろう61。カウ

ンセラーは、来談者と面接を重ねながら多くの資料を集 め、来談者の悩みに対して診断をしたうえで、適切な助 言や指導を与えようとするが、カウンセリングを行う際 にカウンセラーは来談者に、まずは環境に妥協して適合 するように要請する(「適合の要請」)。それは学習言語 の環境に身を置かせようとする「ナチュラル・アプロー チ」や「直接教授法」の段階に類似している。問題の原 因が環境にある場合にはそれを変えさせるように指示す る「環境の変革」の段階は「文法訳読法」への揺り戻し に、また、環境を全面的に改めるのではなく適正な部分 だけを選択させる「適性環境の選択」は「オーディオ・ リンガル教授法」に相応する。さらに、例えば集団内で の遊び方などで、正しい適応をするために必要な技能を 学習させる段階(「必要な技能の学習」)は「TPR」や「サ イレント・ウェイ」が対応し、来談者自体の態度を変え て適正な行動ができるようにさせる「態度の変化」の段 階には「サジェストペディア」が対応していると捉えら れる。

「学習項目中心主義」と「指示的カウンセリング」が 共有しているのは、その指導方法のみではない。場所に おいても両者は、教室ないし談話室という狭い空間に限 られている。そのため、学習者は教室で授業を受けた後 に、来談者はカウンセリング終了後に、現実世界と向き 合わねばならない。「学習項目中心」に学んだ学習者の なかには、教室での学習後に学習言語の使用地に赴くも のの、現地の人とうまくコミュニケーションが取れない という問題を起こす者も少なくなかった62。カウンセリ

ングの領域においても同様で、カウンセラーから最適な 指示を受けても、現実世界においてはしばしば狙い通り

60 他言語使用地域が隣接するヨーロッパと異なり、北アメリカのように指導地域が広大でそれぞれの原語のネイティヴ教員確保が容易では

なく、学習言語の使用地域までも比較的に距離があるような場所では、逆の流れがあった。つまり、そこでは教育方針が二分化し、当初、 公立学校では依然として「文法訳読法」が続けられ、私立学校では「ナチュラル・メソッド」が採用されたが、後者が実用的な言語学習 によって効果を上げ続けたことで、その後、前者も次第に「折衷法」を模索し始めるようになったのである。

61 Williamson, Edmund Griith: How to counsel students: a manual of techniques for clinical counselors. McGraw-Hill. 1939. 辰野千寿「教

育実践講座」『教材フォーラム』第16号、1997年、参照。

62 日本で英語教育を受けた高校生がアメリカ留学時に直面するコミュニケーションの問題は、英語力不足だけではなく適応力や対人関係技

(11)

にはいかなかった。実験空間と呼ぶべき教室ないし談話 室と、様々な要素が複雑に絡み合う現実世界とが、完全 に同一というわけではないからである。それゆえ、学習 内容の習得よりも学習言語による会話を通じて総合力を 養う授業や、カウンセリング後ではなくカウンセリング そのものに重きを置こうとする動きが生まれる。それが 「学習者中心主義」ないし「非指示的カウンセリング」

である。

「非指示的カウンセリング」は「来談者中心的カウン セリング」ともいわれ、来談者を外の世界に適応させよ うとする知性的な面以上に、来談者の情緒的な面を重視 する。つまり来談者は、カウンセラーとの面談後に変化 してより良い決心をできるようになると期待されるとい うよりも、カウンセラーと接触すること自体に治療的価 値があると見なされた。そのため面談は、カウンセラー の指示や教示によるのではなく、来談者を中心に進めら れる。来談者が感情の趣くままに発言した内容はすべて 無条件に受け入れられて、情緒的緊張が緩む。無条件の 肯定的受容と共感的理解により、来談者は抑圧されてい る感情から解放され、自分を素直に受け入れて理解し、 新しい自分を発見する。その結果、人格の再体制化がお こり、行動が変容して外部世界にもうまく適応できるよ うになる。「非指示的カウンセリング」ではそのように 考えられたのであった。

同様に「学習者中心主義」でも、学習言語による授業 中の会話が重視されるようになる。心理学者カラン(C. A. Curran)が1970年代に開発した「コミュニティー・ ランゲージ・ラーニング」(CLL)は、学習不安の除去 を前提としており、「カウンセリング・ラーニング」と も呼ばれる。その学びの場では、学習集団を一種の共同 社会とみなして、カウンセラー役の教師とクライアント 役の学習者が協力して課題を話し合いで解決しながら学 習言語を学ぶ。学習者は、母語でしか発言できなかった 場合には教師から学習言語での言い方をそっと伝えら れ、再度、学習言語で発言しなおす。援助者としての教 師は、学習者が他者との相互関係を維持しながら安心し て自己表現ができるような雰囲気作りに徹する。この「コ ミュニティー・ランゲージ・ラーニング」は、現場で役 に立つ能力を育成することを最大の目標とする「コミュ ニカティヴ・アプローチ」の一例である。「コミュニカティ ヴ・アプローチ」では、学習者への知識の教授よりも学 習者自身の積極的な活動による実践的コミュニケーショ ン能力の育成と向上を目指す。そのため、話者同士のメッ セージのやり取りの流暢さに重きが置かれ、学習者は、

場面や相手に即していかに情報を受け取るか、いかに伝 達するかという実践的な技術を学ぶ。それゆえ、例えば 「パーティ会場での自己紹介」の場面を最初の課題に設 定した場合、文法学習では中盤に学習するような「所有 代名詞」や「形容詞」という内容がはじめから教授され ることにもなる。例文の暗記についても、文型を習得す るだけではなく、言外にある場面の状況まで考慮に入れ てその意味を考えねばならない63

しかし「コミュニカティヴ・アプローチ」は、教師と 学習者が学習言語で授業を進めようとする会話能力向上 を優先するとはいえ、「学習項目中心主義」で提唱され てきた様々な教授法を軽視ないし排除しているわけでは 決してない。会話の場面や状況を設定することで授業内 に疑似空間を作り出し、包括的かつ総合的なコミュニ ケーション能力を養成しようと試みているだけだからで ある。それゆえ、「学習項目中心主義」で見いだされた 優れた教材や教授法も「コミュニカティヴ・アプローチ」 のなかでしばしば利用されている。実際の教室では、「新 たな折衷法」として利用されているのが実情であろう。

2.5.「アクティヴ・ラーニング」としてのゲーム

「新たな折衷法」においても、現在の外国語学習にお ける教授法の主流となっている「コミュニカティヴ・ア プローチ」をあえて従来の教授法と区分するとすれば、 その分岐点は「アクティヴ・ラーニング」という観点に 要約されるだろう。「アクティヴ・ラーニング」は、文 部科学省の中央教育審議会答申で以下のように定義づけ られているとおりである。

教員による一方的な講義形式の教育とは異なり、 学習者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・ 学習法の総称。学習者が能動的に学習することに よって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、 経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、 問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、 教室内でのグループディスカッション、ディベート、 グループワーク等も有効なアクティヴ・ラーニング の方法である64

この観点から再度、「学習項目中心主義」と「学習者 中心主義」を分類すると、前者においては学習言語を学 ぶこと自体が教育の主眼となっているのに対して、後者 ではその学習言語を使って何をするのかが重視されるの

63 全体の文脈の中で言葉の意味を捉えるという点に関しては、学習者の意識は、演劇活動を利用した教授法と共通している。

64 文部科学省 中央教育審議会答申『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大

参照

関連したドキュメント

In the main square of Pilsen, an annual event where people can experience hands-on science and technology demonstrations is held, involving the whole region, with the University

toursofthesehandsinFig6,Fig.7(a)andFig.7(b).A changeoftangentialdirection,Tbover90゜meansaconvex

ῌ Heiner Ku ¨h n e ,D ie Rechtsprechung des EGMR als Motor fu¨r eine Verbesser-.. ung des Schutzes von Beschuldigtenrechten in den nationalen Strafverfahrensrechten der

National Ass’n of Fire and Equipment Distributors and Northwest Nexus, Inc., ῕῔῏ F.. Harper’s Magazine Foundation,

Saffering, Anmerkung zum BVerfG, ῎ Kammer des ῎ .S enats, Beschl... Deutschland

und europa ¨i sche Rechtsprechung im Konflikt?, NStZ ῎ῌῌῒ , ΐῑ ff.; Karsten Gaede, Anmerkung zum Urt.. ΐΐ

῕ / ῎ῒ῏ , Analytical complication of comments by Govern- ments and international organizations on the draft text of a model law on international commercial arbitration: report of

[r]