(その1) ―土木史の講義の必要性―
九州工業大学名誉教授 出光 隆
「専土研だより」を拝読すると、各学校で土木教育の改革が如何に真剣に検討されているかが、伝わってく る。筆者も約 40 年間、大学において土木教育の在り方について色々と試行錯誤してきた。その間、非常勤講 師として約25 年間、専門学校教育にも係わってきた。最初の学校では15 年間「コンクリート工学」を、次 の学校では 10 年間「土木史」をそれぞれ講義してきた。それらの経験を踏まえて、専土研各位に提案したい ことがある。それは、「土木史」を必修科目として、1年の最初に受講させることである。「木を見て森を見ず」 という言葉がある。土木という森は極めて範囲が広いため、個々の科目を受講して「土木の何たるか」を理解 することは、大学生でもなかなか難しい。まして就学期間の短い専門学校では、例え工業高校出の学生でも、 土木の森の全容は見えていないであろう。しかし、最初に「土木史」を受講させれば、土木という森の全体像 がおぼろげながらでも把握でき、その結果、各科目に対する学生の興味も湧き、理解も深まってくるものと考 えられる。
土木史を学ぶことによるメリットとして、次の5つが挙げられる。
①土木の全体像が把握できる。
②土木の講義に対する興味が湧く。
③土木倫理が備わる。
④今後の土木の進むべき道が分かる。
⑤一般市民に対し「土木の何たるかを」説明できるようになる。
①②については前述した通りである。③は、土木史には万人の尊敬に値する人物が数多く登場するため、土 木倫理は自ずから備わってくる。④については、温故知新の言葉どおり、過去を知れば今後の方向が分かり、 新たな知恵も湧いて来よう。⑤については、全国の土木系の専門学校だけでなく高専・大学でも「土木史」が 講義されれば、その効果は土木分野だけでなく広く一般にも及び、市民の土木に対する理解は深まるであろう。
筆者は、某女子大学の福祉科で毎年 1 回だけ「僧行基と中村哲医師の社会福祉事業」と題して講義を行って いる。そこでは、約 1300 年前に行基が行った土木事業と現在アフガニスタンでペシャワール会の中村哲医師 が実践されている土木・農業事業を紹介し、土木と福祉の基本的な理念の共通性についても言及することにし ている。ある受講生の講義に対する感想文の一部を紹介する。
「初め、土木と福祉とは基本的な理念は同じであると聞きとても驚いた。対人関係を主とする職業である福 祉と、物を取り扱うことを主とする土木が一緒ということは考えたことがなかったため、とても不思議に感じ た。・・・(中略)・・・私は今回の講義を受けて、土木は単に何かを作り上げるのではなく、その背景には人 に対する多くの考えや思いやりがあり、またそれをもとに行うということが分かり、土木という職業の見方が 変わった。また、私たちが学んでいる福祉についても、何か支援をするときは自分が思っている以上に相手の 立場になって考えるようにしなくてはならないということや、目の前のことだけでなく、もっと視野を広げて 問題をとらえていかなくてはならないということを学べた。今回学んだことをこれからの学習に生かしていき たい。」
僅か 1 回の土木史の講義でも、「土木の何たるか」を知ってもらうにはかなりの効果がある様に思われるが、 如何であろうか。