目次 0
目次
0 序 1
1 確率論 2
1.1 確率論の基礎 . . . 2
1.2 物理量のゆらぎ . . . 4
1.3 連続変数の場合 . . . 7
2 量子論と状態数 12 2.1 エネルギー固有状態と状態数. . . 12
2.2 マクロな系における基底エネルギーと状態数 . . . 15
2.3 統計力学で使う数学公式 . . . 16
3 統計力学の基礎 18 3.1 等重率の原理 . . . 18
3.2 ミクロカノニカル分布 . . . 18
3.3 ミクロカノニカル分布と熱力学との関係 . . . 19
3.4 カノニカル分布 . . . 23
3.5 カノニカル分布と熱力学との関係 . . . 25
4 カノニカル分布の基本的な応用 28 4.1 理想気体 . . . 28
4.2 常磁性体 . . . 29
4.3 調和振動子 . . . 34
4.4 カノニカル分布とヘルムホルツの自由エネルギー最小分布・エントロピー最大分布 . . . 35
4.5 古典的な粒子の系 . . . 35
4.6 2原子分子理想気体 . . . 37
統計力学演習 No.1 (October 5th, 2016) 1
0 序
■いくつかの約束
定義の記号 定義式の等号では,定義される側に:を付ける。下の例では,AとDとが定義される量,BとC とが 既知の量である。
A:= B または C =: D. (0.1) ランダウ記号 関数 f(x)のa近傍での振る舞いを表すとき,下のランダウ記号を用いる。
f(x) =o(xn) ⇐⇒ lim
x→a
f(x)
xn = 0 · · · f (x)は,xnと比べて無視できる。 (0.2)
f(x) =O(xn) ⇐⇒ lim
x→a
fx(x)n ≤ K ··· f(x)は,xnと同程度。Kはある定数。 (0.3)
物理では,漸近先aは0または∞が多い。例えば,x→ 0で ex = 1 + x + 1
2x
2+ O(x3). (0.4)
自習1.同じ指数関数でも,x → ∞では
ex = 1 + x + 1 2x
2+ O(x3) (0.5)
と書いてはいけないのはなぜか?
■アボガドロ定数を実感する
アボガドロ定数 12 gの12Cに含まれる炭素の原子数。通常 NA と記す。アボガドロ定数の現時点での値は以下の 通り*1:
NA = 6.022140857(74) × 1023mol−1. (0.6)
モル(物質量): NA 個の要素体(分子,原子,イオン,電子など)の集まり。molと記す。単位としてmolを使う 場合,物質に含まれる要素体を明示する必要がある。(例:酸素原子1モル,酸素分子1モル)。
1. N 個の要素体からなる物質の物質量は N NA
[mol]である。 2. 分子量M の分子から構成されるm[g]の物質の物質量は m
M[mol]である*2。N 個の要素体からなる物質の物 質量は N
NA
molである。
分子量M の分子から構成されるm[g]の物質の物質量は m
M[mol]である。単位としてmolを用いる場合は,物質に
含まれる要素体が何か明示すること。
自習2.アボガドロ定数と原子の大きさを実感しよう。
2-1.原子の大きさは10−10m = 10−8cm程度である。どれ位小さいか実感できる説明を考えよ。
答. 原子の直径はおよそ10−10m = 10−8cm程度である。あまりに小さので実感し易いように拡大してみよう。仮 に原子を107倍に拡大すれば1mm程度になる。人間の大きさは1m程度なので,同様に拡大すると107m = 104km 程度になる。これは,地球の半径約6.4× 103kmに比べても大きい。人間のスケールと比べて,原子がはるかに小さ いことがわかる。
2-2.原子1023個を1列に並べるとどれだけの長さになるか? また,その長さがわかるように説明せよ。 答. 単純に掛け算すればよい:
(原子1個の大きさ) × (個数) ≈ 10−10 m× 1023 = 1013m. (0.7)
*1 2014CODATA推奨値。最後の(74)は,最小の2桁にある不確定さを表す。
*2分子というところを原子やその他一般の要素体と考えて良い。
1 確率論 2 我々の周りの大きなものと比較してみる:
太陽と地球の平均距離*3 =: 1A ≈ 1.5 × 1011m (これより100倍大きい), (0.8) 太陽と海王星の平均距離≈ 30A ≈ 4.5 × 1012m (これの2倍強). (0.9) 太陽と地球の平均距離は1天文単位と呼ばれる*4。
2-3.原子1023個を1秒に1個の割合で数えるとどれだけの時間がかかるか? それは何年か?
答. 1023sかかる。1年= 3.1536× 107sなので,1023s≈ 1015 年となる。宇宙誕生は約138億= 1.38× 1010 年前 であることから,宇宙の年齢の10万倍もの時間がかかる。
2-4.原子1023個をぎっしり詰めるとどれだけの体積になるか? それと同じくらいの体積の物は何か? 答. 直径が10−8cm程度なので体積はその3乗≈ 10−24cm3程度である。従って
(原子1個の体積) × (個数) ≈ 10−24 cm3× 1023 = 0.1 cm3. (0.10) これは小指の爪程度に過ぎない。つまり固体の場合,爪程度の大きさがあれば統計力学(熱力学)の対象になる。 2-5.空気分子の速度は約500 m/s程度である。自分の額の1cm2に1秒間に何個の分子がぶつかるか?
答. 1023 個程度。
2-6.断面積1 mm2の導線に1 Aの電流が流れている。導線内の電子集団の平均の速さはどれ位か?
fÊÏ
S
ÌÏ
V=Sv
v
答. 自由電子の電荷の大きさはe ≈ 1.6 × 10−19 Cであり,導線内の密度 ρは ρ ≈ 1023cm−3 = 1020 mm−3程度,導線の断面積はS = π mm2 である。題意よ りこの断面を1秒当たり1Cの電荷が通過する。電子集団の平均の速さをvとす れば,1秒間に断面S を通過する自由電子の集団は,体積V = Svの円柱内部に 含まれる。その電子集団の電荷の大きさはeρV = eρSv なので,
eρSv = 1 A (0.11)
が成り立つ。これをvについて解けば
v = 1A eρS ≈
1 C s−1
1.6× 10−19 C× 1020 mm−3× π mm2 ≲ 0.1 mm s
−1. (0.12)
つまり高々0.1mm s−1であり,人間がゆっくり歩く速さ1m s−1 やアリが動く速さよりも遅い。これもアボガドロ定 数の圧倒的な巨大さを反映している。ちなみに金属中の自由電子は熱振動している。常温でその速さは約106m s−1 程度である。
2-7. コップ1杯の水の分子に全て目印を付け,その水を海に注ぐ。目印のついた分子が世界中の海に満遍無く行き 渡るよう海をかき混ぜる。その後,海の中の好きな場所から海水をコップ一杯汲むと,その中には目印を付けた分子 はおよそ何個見つかるか? 海水の総量は約1.3× 109km3である*5。
答. 102∼103個程度。
1 確率論
1.1 確率論の基礎
系: 考察の対象となるもの。何らかの意味で確率的に振る舞うと考えられる場合,確率的な系と呼ぶ。 試行 (実験): 試しにやってみること。
標本点: 試行によって得られる個々の結果。それ以上細分化できない。すべての標本点に番号をふって,ω =
1, 2, . . . , Ωとする。素事象ともいう。テキストでは基本状態と呼ばれる。
標本空間: 標本点すべてからなる集合。
*4 1天文単位を表す記号には,Aのほかau, AU, a.u.などが用いられる。
*5この例題は,ケルビン卿が講演で用いた例えを参考にした。
1 確率論 3
事象: 標本空間の部分集合(空集合や全体集合でも可)。A, Bなどで表す。任意の事象は,標本点またはその組み 合わせで構成される。
確率変数 (物理量): 標本点を1つ選ぶと値が確定する量。f ,ˆ gˆのようにハットを付けて表す。標本点ωにおける fˆの値を fω と記す。
問題1.「コイン1枚を1回投げて裏表を調べる」試行で上の用語を確認し,事象と確率変数の例を挙げよ。
答. この系は上面が表か裏かによって指定できるので,標本点は,(表)または(裏)である。表の場合ω = 1,裏の
場合ω = 2と番号をふってもよい。標本点の総数Ω = 2。事象の例は,A =「表が出る」,B =「裏が出る」,C =「表
か裏が出る」。確率変数の例は,f = ωˆ など。
問題2.「サイコロ1個を1回振り出た目を調べる」試行で上の用語を確認し,事象と確率変数の例を挙げよ。 答. この系は出た目で指定できるので,出た目をそのまま使って,標本点をω = 1, 2, . . . , 6と定める。事象の例は, A =「出た目が奇数である」,B =「出た目が5以上」など。確率変数の例は,f =ˆ 「出た目」= ω,gˆ=「出た目の2 乗」= ω2,ˆh =「出た目の足す1」= ω + 1など。
■確率
標本点ωの確率pω 標本点ωが出現する確からしさ。以下に挙げる確率の要件を満たす。 1. 非負性
すべてのωについて pω ≥ 0, (1.1)
2. 規格化条件
∑Ω ω=1
pω = 1. (1.2)
確率分布 すべての標本点に対して,確率を順番通りに並べたもの:
p :=(p1, p2, . . . , pΩ) = (pω)ω=1,2,...,Ω. (1.3)
事象が生じる確率 Aを任意の事象とし
χω[A] =
{1 標本点ωにおいて事象 Aが真,
0 標本点ωにおいて事象 Aが偽 (1.4) という関数(定義関数という)を定義する。これと確率分布 pを用いて定義した
Probp[A] =
∑Ω ω=1
pωχω[A] (1.5)
が事象 Aが生じる確率である。
確率の物理的な意味に関する基本的な仮定 ある事象 Aが起きる確率が極めて1に近い場合,実際問題として事象 Aが確実に起きると考えられる。以下,「実際問題としては確実」という状況を「ほぼ確実に」と表現する。加えて,
『ある事象 Aが起きる確率Probp[A]が極めて 1に近いなら,一度の観測において事象 Aはほぼ確実に起きる。逆 に,確率Probp[A]が極めて小さいなら,一度の観測において事象 Aはほぼ確実に起きない』と仮定する。
物理量 (確率変数) の期待値 fˆを任意の物理量としたとき,確率分布 pに関する期待値あるいは平均値を
⟨ ˆf⟩p : =
∑Ω ω=1
fωpω =(状態の実現確率) × (その状態での物理量の値) (1.6)
と定義する*6。定義より期待値は線形性を持つ。すなわち f ,ˆ gˆを任意の物理量,α, βを任意の実定数として
⟨α ˆf + β ˆg⟩p = α⟨ ˆf⟩p+ β⟨ ˆg⟩p (1.7)
が成り立つ。
*6数学のテキストでは,期待値はE( ˆf)と書かれることも多い。
1 確率論 4
問題3.サイコロを1つ振る場合を考える。事象 A =「出た目が奇数である」および B =「出た目が5以上」が実現 する確率を求めよ。また,物理量 f =ˆ 「出た目」およびgˆ = ˆf2=「出た目の2乗」の期待値を求めよ。
答. 期待値の定義より計算する:
⟨ ˆf⟩p =
∑6 ω=1
( ω× 1
6 )
= 7
2, (1.8)
⟨ ˆg⟩p = ⟨ ˆf2⟩p =
∑6 ω=1
(
ω2× 1 6 )
= 91
6 . (1.9)
■互いに独立な系
2つの部分の独立性 2つの確率的な系がある。系1の標本点を ω1 = 1, . . . , Ω1,標本点ω1の確率を p(1)ω1 とする。 また,系2の標本点をω2= 1, . . . , Ω2,標本点ω2の確率をp(2)ω2 とする。系1と系2を合わせた全体系の標本点は, 2つの部分系の標本点によって決まる。系1と系2がそれぞれ標本点ω1 とω2 であるとき,2つをまとめた全系の 標本点を(ω1, ω2)と表す。全系の標本点の総数はΩ = Ω1× Ω2個。全系の標本点(ω1, ω2)の確率をp(ω1,ω2) と書く。 系1と系2が独立であるとは,任意の標本点に対して
p(ω1,ω2) = p(1)ω1p(2)ω2 (1.10) が成り立つことを意味する。
問題 4. ˆf を系1のみに依存する物理量とする。標本点(ω1, ω2)での fˆの値はω1のみに依存するので,これを fω1 と書く。fˆの期待値が
⟨ ˆf⟩p =
Ω1
∑
ω1=1
fω1p(1)ω1 =: ⟨ ˆf⟩(1)p(1) (1.11)
となる事を示せ。さらにgˆが系2のみに依存する物理量の場合,⟨ ˆfˆg⟩p を上の式と同様な形で求めよ。 答. 期待値の定義および独立性(1.10),規格化条件(1.2)を用いて
⟨ ˆf⟩p =
Ω1
∑
ω1=1 Ω2
∑
ω2=1
f(ω1,ω2)p(ω1,ω2) =
Ω1
∑
ω1=1 Ω2
∑
ω2=1
fω1p(1)ω1p(2)ω2 =
Ω1
∑
ω1=1
fω1p(1)ω1
Ω2
∑
ω2=1
p(2)ω2
=
Ω1
∑
ω1=1
fω1p(1)ω1 = ⟨ ˆf⟩(1)p(1). (1.12)
同様に独立性(1.10)と規格化条件(1.2)を用いて計算すれば
⟨ ˆfˆg⟩p = Ω1
∑
ω1=1 Ω2
∑
ω2=1
f(ω1,ω2)g(ω1,ω2)p(ω1,ω2) =
Ω1
∑
ω1=1 Ω2
∑
ω2=1
fω1gω2p(1)ω1p(2)ω2
=
Ω1
∑
ω1=1
fω1p(1)ω1
Ω2
∑
ω2=1
gω2p(2)ω2 = ⟨ ˆf⟩(1)p(1)⟨ ˆg⟩(2)
p(2) (1.13)
となる。
N 個の独立な系 N 個の系の名前を j = 1, 2, . . . , N とする。系 j の標本点を ωj = 1, 2, . . . , Ωj,ωj が実現 する確率を p(j)ωj と書く。すなわち系 j の確率分布は p(j) = (p(j)ωj)ωj=1,2,...,Ωj である。この系全体の標本点は, ω = (ω1, ω2, . . . , ωN) =: (ωj)j=1,2,..., N で指定される。従って全系の標本点の総数はΩ = Ω1×Ω2× · · · ×ΩN =:
∏N j=1
Ωj
となる。2個の場合と同様に,N 個の部分系がすべて独立ならば,すべてのω = (ωj)j=1,2,..., N に対して次式が成り
立つ:
pω =
∏N j=1
p(j)ωj (1.14)
問題5. j , k とし,物理量 fˆが系 j のみ,gˆ が系k のみに依存するとする。⟨ ˆf⟩p と⟨ ˆfˆg⟩p を計算せよ。
1 確率論 5 答. 問題4と同様に計算すればよい。結果は以下の通り:
⟨ ˆf⟩p =
Ωj
∑
ωj=1
fωjp(j)ωj =: ⟨ ˆf⟩(j)p( j), (1.15)
⟨ ˆfˆg⟩p =
Ωj
∑
ωj=1
fωjp(j)ωj
Ωk
∑
ωk=1
gωkp(k)ωk =: ⟨ ˆf⟩(j)p( j)⟨ ˆg⟩(k)
p(k) . (1.16)
1.2 物理量のゆらぎ
偏差 物理量 fˆに対して,期待値からのずれ
δ := ˆfˆ − ⟨ ˆf⟩p (1.17)
を偏差と定義する。
分散 偏差の2乗の期待値
⟨ ˆδ2⟩p = ⟨( ˆf − ⟨ ˆf⟩p)2⟩p = ⟨fˆ2− 2 ˆf ⟨ ˆf⟩p+(⟨ ˆf⟩p)2⟩p = ⟨ ˆf2⟩p− 2 ⟨ ˆf⟩p⟨ ˆf⟩p +(⟨ ˆf⟩p)2
= ⟨ ˆf2⟩p− (⟨ ˆf⟩p)2 (1.18)
を確率分布 pにおける物理量 fˆの分散と呼ぶ*7。 ゆらぎ(標準偏差) 分散の平方根
σp[ ˆf] :=√⟨( ˆf − ⟨ ˆf⟩p)2⟩p =
√
⟨ ˆf2⟩p − (⟨ ˆf⟩p)2 (1.19) を確率分布 pにおける物理量 fˆのゆらぎ(標準偏差)と定義する。
問題6.偏差の期待値 ⟨ ˆδ⟩p が恒等的に0になることを示せ。 答. 定義より
⟨ ˆδ⟩p = ⟨fˆ− ⟨ ˆf⟩p
⟩
p = ⟨ ˆf⟩p− ⟨⟨ ˆf⟩p⟩p = ⟨ ˆf⟩p− ⟨ ˆf⟩p = 0. (1.20)
2回目の等号には期待値の線形性を,3回目の等号には定数の期待値がその定数になることを用いた。 問題7.理想的なサイコロを1つ振る場合,物理量 f =ˆ 「出た目」に関するゆらぎを求めよ。
答. 例題1の結果⟨ ˆf⟩p = 7 2,⟨ ˆf
2⟩p = 91
6 を定義(1.19)に代入して
σp[ ˆf] =
√91 6 −
(7 2
)2
=
√35
12 ≃ 1.7 (1.21)
となる。サイコロは平均値3.5の周りを±2弱でゆらぐことになる。
問題8. 上の例で,N 個の独立なサイコロを振る場合を考える。サイコロに j = 1, . . . , N と名前を付け,j 番目のサ イコロの目を物理量 fˆj とする。全体系に関する物理量として,N 個の fˆj の算術平均mˆ
m =ˆ 1 N
∑N j=1
fˆj (1.22)
を考える。サイコロ1個の確率分布 pと区別するため,N 個のサイコロ全体系の確率分布を p˜ と書く。mˆ の期待値
⟨ ˆm⟩p˜ およびmˆ2の期待値
⟨mˆ2⟩
p˜,ゆらぎσp˜[ ˆm]を求めよ。
答. まず期待値を計算する。定義より
⟨ ˆm⟩p˜ =
⟨1 N
∑N j=1
fˆj
⟩
˜ p
= 1 N
∑N j=1
⟨ ˆfj⟩p˜ =
1 N
∑N j=1
⟨ ˆfj⟩(j)p =
7
2 (1.23)
*7数学のテキストでは,分散はV( ˆf)と書かれることも多い。
1 確率論 6
となる。2回目の変形では線形性を,3回目の変形では各系の独立性を用いた。結果は1つの部分系の期待値と一致 する。次に⟨ ˆm2⟩p˜ を計算する:
⟨mˆ2⟩p˜ =
⟨©
« 1 N
∑N j=1
fˆjª®
¬ (1
N
∑N k=1
fˆk )⟩
˜ p
= 1 N2
∑N j=1
∑N k=1
⟨ ˆfjfˆk⟩p˜. (1.24)
ここで⟨ ˆfjfˆk⟩p˜ を計算するには,j とkが等しいか否か場合分けする必要がある。
(j = k のとき) ⟨ ˆfjfˆk⟩p˜ = ⟨ ˆfj2⟩p˜ = ⟨ ˆfj2⟩(j)p = 91
6 · · ·全部でN 通り (1.25)
(j , k のとき) ⟨ ˆfjfˆk⟩p˜ = ⟨ ˆfj⟩(j)p ⟨ ˆfk⟩(k)p = (7
2 )2
· · ·全部で(N2− N)通り (1.26) である。ここで各系の独立性を用いた。物理量 fˆjfˆk は,N 個の独立なサイコロを振りその内の1つサイコロの目を 調べる試行を2度くり返すことを表している。よってサイコロのペアの場合の数はN2である。そのうち2回とも 同じサイコロの目に注目する場合の数は N 通りあり,違うサイコロの目に注目する場合の数は(N2− N)通りある。 これが(1.25)と(1.26)の場合の数である。場合の数も考慮して(1.25)と(1.26)とを(1.24)に代入すると
⟨mˆ2⟩p˜ = 1 N2
[91 6 N +
(7 2
)2
(N2− N) ]
= 49 4 +
35
12N (1.27)
を得る。さらに(1.8)と(1.27)とをゆらぎの定義に代入し
σp˜[ ˆm] =
√ 49
4 + 35 12N −
(7 2
)2
=
√ 35
12N (1.28)
と決まる。よってN が大きくなるにつれて,ゆらぎはσp˜[ ˆm] ∼ N−12 のように小さくなる。統計力学では,N がアボ ガドロ定数程度だと想定するのでゆらぎはσp˜[ ˆm] ∼ 10−12 程度になる。つまり NA 個のサイコロの目の算術平均のゆ らぎは,その期待値 7
2 と比べて非常に小さい*8。
チェビシェフの不等式 fˆを任意の物理量とすると,任意の正の実数εについて
Probp [ ˆf − ⟨ ˆf⟩p ≥ ε] ≤ (σp[ ˆf] ε
)2
(1.29) が成り立つ。
大数の法則: 確率分布 pである任意の物理系に対し,任意の物理量を fˆとする。この系と完全に等しく独立な系 をN 個用意し,これらの系に j = 1, . . . , N と名前をつける。系 j において fˆに対応する物理量を fˆj,全系の確率分 布を p˜ と書く。このとき任意の正の実数εについて次の定理
Nlim→∞Probp˜
( 1 N
∑N j=1
fˆj )
− ⟨ ˆf⟩p
≥ ε
= 0 (1.30)
が成り立つ。
確率についての大数の法則: 上と同じ系に対して,事象Bが起きる確率をp = Probp˜[B]と書く。N 個の等しい系 を考え,系 jにおける特性関数を χˆj とする。すると
NˆB =
∑N j=1
ˆ
χj (1.31)
は,N 個の系のうちの事象Bが起きている系の個数を表す。このとき,任意の正の実数εについて
Nlim→∞Probp˜
[ NNˆB − p ≥ ε] = 0 (1.32) が成り立つ。
*8大小を述べるときは何かと比較する必要がある。N−
1 2
A は,1に比べれば小さいが,NA−1に比べれば大きい。
1 確率論 7
1.3 連続変数の場合
連続変数を持つ系の確率的なふるまいは確率密度または確率密度関数と呼ばれる関数p(x)で記述される。この関 数は次の2つの条件
p(x) ≥ 0 (非負性) (1.33)
∫ ∞
−∞
p(x)dx = 1 (規格化条件) (1.34)
を満たす。また,区間[a, b]にx が含まれる確率は
Prob[a ≤ ˆx ≤ b] =
∫ b a
p(x)dx (1.35)
で与えられる。特にa = x, b = x + ∆xで∆x が微小量なら
Prob[x ≤ ˆx ≤ x + ∆x] =
∫ x+∆x
x
p(x′)dx′= p(x)∆x + O ((∆x)2) (1.36) が成り立つ。
物理量 fˆの期待値とゆらぎは,次式で定義される。
⟨ ˆf⟩p :=
∫ ∞
−∞
p(x) f (x)dx, (1.37)
σp[ ˆf] :=
√
⟨ ˆf2⟩p−(⟨ ˆf⟩p
)2
(1.38) 確率分布に対して分布関数または累積分布関数を
D(x) := Prob[ ˆx ≤ x] =
∫ x
−∞
p(x′) f (x′)dx′ (1.39)
と定義する。定義より明らかなように任意の分布関数は広義単調増加関数である。その他にも数学的な扱いに有利 な性質がある。また分布関数から確率密度関数を導くには
p(x) = dD
dx (1.40)
を用いる*9。
自習3.以下で与えられる物理量 ˆnの期待値を求めよ。 3-1.コイン1枚を2回投げ,表が出る回数を ˆn。 3-2.コイン1枚を3回投げ,表が出る回数を ˆn。
3-3.コイン1枚を2回投げ,表が出る回数を ˆn。ただし,表が出る確率をp,裏が出る確率をqとする。 3-4.コイン1枚を3回投げ,表が出る回数を ˆn。ただし,表が出る確率をp,裏が出る確率をqとする。
問題9.確率pで表,確率1− pで裏が出るコインN 枚を一斉に投げる。それぞれのコインの振る舞いは独立とする。 コインに j = 1, . . . , N と名前をつけ,j 番目のコインが表なら1,裏なら0をとる物理量を χˆj とする。以下,全系 の確率分布を pと書く。
9-1.期待値⟨ ˆχj⟩p,⟨ ˆχjχˆk⟩p を求めよ。( j , k または j = k で場合分けが必要である。) 9-2. 表を向いているコインの総数を ˆnとする。ˆn =
∑N j=1
ˆ
χj と上の結果を利用して,期待値 ⟨ ˆn⟩p,⟨ ˆn2⟩p 及びゆらぎ σp[ ˆn]を求めよ。
*9物理では,確率密度関数を分布関数と呼ぶことがある。数学で分布関数と言えば,累積分布関数を指すことが多い。
1 確率論 8
9-3. n枚が表になる確率PN(n)を,場合の数を用いて計算せよ。また規格化条件
∑N n=0
PN(n) = 1が成立することも確 認せよ。この PN(n)は二項分布と呼ばれる。
答. N枚からn枚を指定する場合の数 N!
n!(N − n)!である。これと,その内の1つの場合が実現する確率pn(1−p)N−n とを掛ければ
PN(n) = N! n!(N − n)! p
n(1 − p)N−n (1.41)
を得る。また
∑N n=0
PN(n) =
∑N n=0
N! n!(N − n)! p
n(1 − p)N−n = (
p +(1 − p))N = 1N = 1 (1.42) の通りに規格化条件を満たす。
9-4.前問で求めた二項分布PN(n)を用いて ⟨ ˆn⟩p と⟨ ˆn2⟩p とを計算し,9-2の結果と一致することを確かめよ。 答. はじめに期待値の計算をする。
⟨ ˆn⟩p =
∑N n=0
ˆn PN(n) =
∑N n=0
n N!
n!(N − n)! p
n(1 − p)N−n =
∑N n=1
N!
(n − 1)!(N − n)! p
n(1 − p)N−n (1.43)
ここでm:= n− 1とすれば,N− n = N − 1 − mとなり
⟨ ˆn⟩p = N p
N∑−1 m=0
(N − 1)! m!(N − 1 − m)! p
m(1 − p)N−1−m = N p. (1.44)
次に二乗期待値を計算する。計算の際,(1.43)の最後の変形と同様に階乗を打ち消したい。そのため ˆn2= ˆn( ˆn − 1) + ˆn と変形して,初項を計算する。第二項は(1.44)を用いれば良い。
⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p =
∑N n=0
ˆn( ˆn − 1) PN(n) =
∑N n=0
n(n − 1) N! n!(N − n)! p
n(1 − p)N−n
=
∑N n=2
N!
(n − 2)!(N − n)! p
n(1 − p)N−n (1.45)
ここでl := n− 2とすれば,N− n = N − 2 − lとなり
⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p = N(N − 1)p2
N∑−2 l=0
(N − 2)! l!(N − 2 − l)! p
l(1 − p)N−2−l = N(N − 1)p2. (1.46)
よって
⟨ˆn2⟩p = ⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p +⟨ ˆn⟩p = N(N − 1)p2+ N p (1.47)
となり,9-2と一致する。
問題10.問題9において p = 1/2とし,物理量として ˆx = 2 ˆn√− N
N を定義する。
10-1. N が十分大きいとき,物理量 ˆx がxとx + ∆xの間の値をとる確率が
Probp[x ≤ ˆx ≤ x + ∆x] = pG(x)∆x + O((∆x)2) と書けることを示せ。ここで pG(x) は正規分布(ガウス分布)pG(x) =
√1 2π
e−x22 である。スターリングの公式 n!≃ √2πn (n
e )n
, (n ≫ 1)を用いる。 答. 問題より p = 1
2 なので
PN(n) = N! n!(N − n)!
1
2N (1.48)
1 確率論 9 x に対応する離散変数としてm:= 2n− N を導入すれば,∆m = 2∆n, n = N + m
2 , N− n =
N− m
2 となる。確率分布 に関する変数変換の性質としてPN(n)∆n = PN(m)∆mを満たすべきなので
PN(n)∆n = ( N!
N +m2
)
! (N−m
2
)
! 1 2N
∆m
2 (1.49)
となる。右辺から ∆mを除いた部分がPN(m)に対応する。スターリングの公式 n!≃ √2πn (n
e )n
を用い,変形を続 けると
PN(m)∆m ≃
√2πN (N
e
)N
√ 2π
(N +m 2
)√ 2π
(N−m 2
) (N +m 2e
)N +m2 (
N−m 2e
)N−m2 2N +11 ∆m
= √1 2π
√ N
N2− m2 N
N(N + m)−N +m2 (N − m)−N−m2 ∆m
= √1 2π
√ N
N2− m2 N
N−N +m2 −N−m2 (
1 + m N
)−N +m2 ( 1− m
N )−N−m2
∆m
= √1 2π
√ N
N2− m2 (
1− m
2
N2 )−N2 (
1 + m N
)−m2 ( 1− m
N )m2
∆m (1.50)
ここで,x = √m
N を一定に保って Nとmを大きくすると,以下の極限値をとる。
N2− m2 = N2− N x2≃ N2, (1.51)
( 1− m
2
N2 )−N2
= (
1− x
2
N )−N2
≃ ex22 , (1.52)
( 1± m
N )∓m2
= (
1± x
2
m )∓m2
≃ e−x22 , (1.53)
またmからx への変数変換で∆m =√N ∆x と変化し,PN(m)∆m = PN(x)∆xが成り立つので PN(x)∆x ≃ √ 1
2πNe
x2
2 e−x2√N ∆x = 1
√2πe
−x22 ∆x (1.54)
を得る。右辺から ∆xを除いた部分が,問題で与えたpG(x)に対応する。 また規格化条件は
∫ ∞
−∞
pG(x) dx =
√1 2π
∫ ∞
−∞
e−x22 dx = 1 (1.55)
の通りに満たす。
10-2.上の結果を用いて⟨ ˆn⟩p と⟨ ˆn2⟩p とを求め,問題9の結果と一致することを確かめよ。 答. はじめに期待値の計算をする。x = 2n√− N
N なので
⟨ ˆn⟩p =
∫ ∞
−∞
n pG(x) dx =
√1 2π
∫ ∞
−∞
√N x + N
2 e
−x22 dx = N
2
(= N p). (1.56)
次に二乗期待値を計算する。
⟨ˆn2⟩p =
∫ ∞
−∞
n2pG(x) dx =
√1 2π
∫ ∞
−∞
N x2+ 2√N N x + N2
4 e
−x22 dx
= N + N
2
4 =
N(N + 1) 4
(= N(N + 1)p2). (1.57)
どちらも問題9.の結果と一致する。
1 確率論 10 10-3.問題9においてp = 1/3とし,物理量として ˆy = 3 ˆn√− N
2N を定義する。
N が十分大きいとき,pG(y)が正規分布 に収束することを確かめよ。
問題11.問題9の二項分布から新たな分布を導く。λをλ > 0の任意パラメータとする。 11-1. pN = λ を一定に保つとき,P˜λ(n) := lim
N→∞PN(n) =
e−λλn
n! となることを示し,規格化条件を確認せよ。この P˜λ(n)はポアソン分布と呼ばれる。
答. p = λ
N で,λは一定,N → ∞なのでp≪ 1と考えられる。また表の枚数はn∼ N pなので,n ≪ N として扱 う。すると
P˜λ(n) = lim
N→∞PN(n) = limN→∞
N! n!(N − n)! p
n(1 − p)N−n = lim
N→∞
N! n!(N − n)!
(λ N
)n( 1− λ
N )N−n
= λ
n
n! Nlim→∞
N(N − 1)(N − 2) · · · (N − n + 1) Nn
( 1− λ
N )N(
1− λ N
)−n
= λ
n
n! Nlim→∞1·
( 1− 1
N ) (
1− 2 N
)· · ·(1− n− 1 N
)
| {z }
1
( 1− λ
N )N
| {z }
e−λ
( 1− λ
N )−n
| {z }
1
= e
−λλn
n! (1.58)
となる。変数はnのままなので変数変換の係数は現れない。規格化条件は
∑∞ n=0
P˜λ(n) =
∑∞ n=0
e−λλn n! = e
−λ∑∞ n=0
λn n! = e
−λ eλ = 1 (1.59)
の通りに満たす。
11-2.上の結果を用いて⟨ ˆn⟩p,⟨ ˆn2⟩p とゆらぎσp[ ˆn]を求めよ。 答. はじめに期待値の計算をする。
⟨ ˆn⟩p =
∑∞ n=0
ˆn ˜Pλ(n) =
∑∞ n=0
n e−λλ
n
n! = λe
−λ∑∞ n=1
λn−1
(n − 1)! (1.60)
ここでm:= n− 1とすれば
⟨ ˆn⟩p = λe−λ
∑∞ m=0
λm
m! = λ =
(N p). (1.61)
次に二乗期待値を計算する。二項分布と同様に ˆn2 = ˆn( ˆn − 1) + ˆnの初項を計算する。
⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p =
∑∞ n=0
ˆn( ˆn − 1) ˜Pλ(n) =
∑∞ n=0
n(n − 1) e−λλ
n
n!
= λ2e−λ
∑∞ n=2
λn−2
(n − 2)! (1.62)
ここでl := n− 2とすれば
⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p = λ2e−λ
∑∞ l=0
λl l! = λ
2. (1.63)
よって
⟨ˆn2⟩p = ⟨ ˆn( ˆn − 1)⟩p+⟨ ˆn⟩p = λ2+ λ = λ(λ + 1) (1.64)
となり,二項分布の結果(1.47)よりN p2だけ大きい。最後にゆらぎは
σp[ ˆn] = √λ2+ λ− λ2 =√λ (1.65)
となり,λは分散に対応し,ゆらぎの大きさを表す。
1 確率論 11
11-3.独立な確率変数 X, Y がそれぞれポアソン分布P˜λ1(n), ˜Pλ2(n)に従っているとき,それらの和 Z = X + Y
PZ = PX+Y =
∑n m=0
P˜λ1(m) ˜Pλ2(n − m) (1.66)
は*10,ポアソン分布P˜λ1+λ2(n)に従う。これを再生性という。ポアソン分布の再生性を確かめよ。 答. ポアソン分布の定義を代入し,二項定理を使う。
PZ = PX+Y =
∑n m=0
P˜λ1(m) ˜Pλ2(n − m) =
∑n m=0
e−λ1λ1m m!
e−λ2λn2−m (n − m)!
= e−(λ1+λ2)
∑n m=0
λ1m m!
λ2n−m (n − m)! = e
−(λ1+λ2) 1
n!
∑n m=0
n! m!(n − m)!λ
m 1λ
n−m 2
| {z }
(λ1+λ2)n
= e−(λ1+λ2)(λ1+ λ2)
n
n!
= ˜Pλ1+λ2(n). (1.67)
以上の通り,ポアソン分布は再生性を持つ。
問題12.分散V( ˆf) = ⟨( ˆf − ⟨ ˆf⟩)2⟩について以下の問いに答えよ。
12-1.実数 xの「x のまわりの分散」Vx( ˆf) := ⟨( ˆf − x)2⟩に対してVx( ˆf)を最小にする x を求めよ。 答. Vx( ˆf)の微係数を求めると
∂Vx( ˆf)
∂ x =
∂
∂ x
⟨( ˆf − x)2⟩ =
⟨ ∂
∂ x( ˆf − x)
2
⟩
= −2⟨( ˆf − x)⟩ =−2(⟨ ˆf⟩ − x). (1.68) これが0になるのは,x = ⟨fˆ⟩のとき。2階微分が正
∂2Vx( ˆf)
∂ x2 + 2 > 0 (1.69)
なので,Vx( ˆf)はx = ⟨fˆ⟩ のとき最小値を実現し,通常の分散V( ˆf)に一致する。
12-2. 2つの独立な部分からなる系を考える。f ,ˆ gˆ がそれぞれ別の系のみに依存する物理量とすると,V( ˆf ± ˆg) = V( ˆf) + V( ˆg)となることを示せ。
V( ˆf ± ˆg) =
⟨(
( ˆf ± ˆg) −⟨( ˆf ± ˆg)⟩)
2⟩
=
⟨(
( ˆf − ⟨ ˆf⟩) ± ( ˆg − ⟨ ˆg⟩) )2⟩
= ⟨( ˆf − ⟨ ˆf⟩)2⟩+⟨( ˆg − ⟨ ˆg⟩)2⟩±⟨( ˆf − ⟨ ˆf⟩)⟩
| {z }
0
⟨( ˆg − ⟨ ˆg⟩)⟩
| {z }
0
= V( ˆf) + V( ˆg). (1.70)
*10 (1.66)は,離散系の畳み込みである。確率変数X, Yが連続であれば,その和Zは畳み込み(積分)で表される。
統計力学演習 No.2 (October 19th, 2016) 12
2 量子論と状態数
2.1 エネルギー固有状態と状態数
量子系のハミルトニアンHˆ についての固有値方程式,すなわち時間に依存しないシュレーディンガー方程式
H φ = E φˆ (2.1)
について,その解φ , 0をエネルギー固有状態,その固有値をエネルギー固有値または固有エネルギーと呼ぶ。 今,ある量子系のエネルギー固有値問題が完全に解けたとする。すなわち
H φˆ i = Eiφi (2.2)
を満たす全てのφi とEi が得られた事になる。ここでi = 1, 2,· · · は,エネルギーの低い順序に定める:
E1 ≤ E2 ≤ . . . . (2.3)
E1は基底状態のエネルギーを表す。ここで状態数Ω(E)を,エネルギーがE 以下であるエネルギー固有状態の総数 と定義する。状態数は
Ω(E) := ∑
0≤Ei≤E
1 (2.4)
のように階段状に1ずつ増加する関数であり*11,E の増加関数である。
例題 1.長さ Lの直線上 (0 ≤ x ≤ L)に閉じ込められ,その中を自由に運動する質量mの粒子を考える。この系の
シュレーディンガー方程式は
− ℏ
2
2m d2
dx2φ(x) = Eφ(x). (2.5)
境界条件はφ(0) = φ(L) = 0なので,規格化されたエネルギー固有状態(波動関数)は
φn(x) =
√2 L sin
nπ
L x (2.6)
となる。この波動関数の波数k は,kn = nπ
L なので,そのエネルギー固有値は En = ℏ
2k2
2m = π2ℏ2 2mL2n
2 = E0n2, (n = 1, 2, . . . ) (2.7)
である。ただし,E0 := π
2ℏ2
2mL2 とした。従って状態数Ω(E)は Ω(E) = (En ≤ E を満たす正整数nの総数) = (n≤
√ E
E0満たす正整数nの総数 )
= (√ E
E0を超えない最大の正整数) (2.8)
となる*12。よって不等式 √ E
E0 − 1 < Ω(E) ≤
√ E E0
(2.9) が成り立つ。特にマクロの系ではE ≫ E0なので
Ω(E) ≃
√E E0 =
√2m πℏ LE
1
2 (2.10)
*11エネルギー固有値に縮退があれば,その縮退度di だけまとめて増える。
*12実数xに対してxを超えない最大の整数を与える関数を床関数といい,⌊x⌋または[x]と書く。後者はガウス記号とも呼ばれる。
2 量子論と状態数 13 とエネルギー E の滑らかな関数となる。また状態数は系の大きさLに比例する。
問題13. 2 次元空間中の一辺L の箱(0 ≤ x, y ≤ L)の内部だけを運動する質量mの自由粒子に対して,エネルギー
固有状態とエネルギー固有値を求めよ。また状態数Ω(E)が Ω(E) = m
2πℏ2L
2E (2.11)
となることを確かめよ。系のマクロ性(E ≫ E0)を用いてよい。 答. シュレーディンガー方程式は
− ℏ
2
2m ( ∂2
∂ x2 +
∂2
∂ y2 )
φ(x, y) = Eφ(x, y). (2.12)
境界条件は箱の外ではφ(x, y) = 0なので,解の連続性から
φ(0, y) = φ(L, y) = 0, φ(x, 0) = φ(x, L) = 0 (2.13)
を満たす。解が変数分離出来る φ(x, y) = X(x)Y(y) と仮定する。方程式の形および境界条件(2.13),規格化条件よ
り,(2.6)の積の形で解が求まる。
φ(x, y) = 2
L sin(kxx) sin(kyy), (2.14)
(kx, ky) = π
L(nx, ny), nx, ny = 1, 2, 3, . . . (2.15) またエネルギー固有値は
E(nx,ny) = ℏ
2
2mk
2= π
2ℏ2
2mL2(n
2x+ n2y) = E0(n2x+ n2y) (2.16) と決まる。
次に状態数Ω(E)を決める。Ω(E)は,E 以下のエネルギー固有値を持つ状態の総数なので,(2.16)より Ω(E) = (E(nx,ny) ≤ E を満たす正整数の組(nx, ny)の総数)
= (
E0(n2x+ n2y) ≤ E を満たす 〃 )
= (√
n2x+ n2y ≤
√ E
E0 を満たす 〃 ). (2.17) これを(nx, ny)の格子上で考えれば,Ω(E)は,不等式
π 4
(√ E E0 −
√2 )2
< Ω(E) ≤ π4 E E0
(2.18)
を満たす。係数 π 4 は,
1
4 円の面積である。左辺の括弧部分は (√ E
E0 −
√2 )2
= E E0 −2
√ 2E
E0 + 2
| {z }
O
(√
E E0
)
= E E0
( 1 + O
(√E0 E
))
. (2.19)
従ってマクロな系(E ≫ E0)では
Ω(E) ≃ πE 4E0 =
m 2πℏ2L
2E (2.20)
となる。Ω(E)はE = E22 と,粒子が動き得る領域の面積 L2に比例する。
問題14. 3次元空間中の一辺 L,体積V = L3 の立方体(0 ≤ x, y, z ≤ L)の内部を運動する1個の自由粒子に対し て,そのエネルギー固有状態とエネルギー固有値を求めよ。さらに,この系の状態数Ω(E)を求めよ。系のマクロ性 (E ≫ E0)を用いてよい。