2010年11月6日(土) 13:40~14:4 0
@早稲田キャンパス 11号館5F 504教室
浦野ゼミナール
早稲田大学 文化構想学部
(地域コミュニティ
論)
早稲田祭プレゼンテーション
INTRODUCTION
×
TODAY’S CONTENTS
2.理論紹介
3.事例プレゼン
4.ワークショップ
地域社会学の理論を紹介!
どのように地域を見るか・どのようにコミュニティを捉えるかをお伝 えします。
① 世田谷区 下北沢地域 ②台東区 浅草地 域
実際にゼミ生が調査している地域を具体例として、地域コミュニ ティの現状に触れてみましょう!
事例に基づいたワークショップを開催。
“ 地域コミュニティへの参加”の疑似体験をしてみましょう!
1.ゼミ紹介
1
.
浦
野
ゼ
ミ
紹
介
1.1.文化構想学部とは??
第一文学部・第二文学
部
第一文学部・第二文学
部
1949(昭和24
年)~
1949(昭和24
年)~
廃止・統合
文学部・文化構想学部
文学部・文化構想学部
2007(平成19
年)~
1
.
浦
野
ゼ
ミ
紹
介
1.1文化構想学部とは??
語学
700以上の講義科目
http://www.waseda.jp/bun/curriculum/13/
学際性の高い自由なカリキュ
ラム
1
.
浦
野
ゼ
ミ
紹
介
1.1.文化構想学部とは??
文学学術院
文学学術院
文化構想学部
文化構想学部
多元文化論系
多元文化論系 複合文化論系複合文化論系
表象・ メディア論系
表象・ メディア論系
文芸・
ジャーナリズム論 系
文芸・
ジャーナリズム論 系
現代人間論系
現代人間論系
社会構築論系
社会構築論系
社会構造論
社会構造論
地域・都市論
地域・都市論
共生社会論共生社会論文学部
文学部
1
.
浦
野
ゼ
ミ
紹
介
1.2.担当教授
浦野 正樹 教授
浦野 正樹 教授
早稲田大学政治経済学部卒業、
早稲田大学文学研究科博士課程
(社会学専攻)修了。
現在、早稲田大学文学部教授
文学学術院長
文学部・文化構想学部
長
専門は都市社会学、地域社会
論、災害社会学など
1
.
浦
野
ゼ
ミ
紹
介
1.3.ゼミの活動
都市
や
地域社会
を対象にして、人々の生活
の実相と、動態的に変化していく地域社会
の姿を解読し、現代の地域や都市が抱える
さまざまな課題を探求していく。
理論の
学習
1.理論紹介
×
2
.
理
論
紹
介
Q.みなさんは、
地域の活動に参加したことがありま
すか?
戦後の地域や
コミュニティの変化をみながら
現代の地域、コミュニティにつ
いて
2
.
理
論
紹
介
2.1.戦後のコミュニティの変化
1945
年:第二次世界大戦が終了
⇒
GHQ
は
町内
会の解体を
命ず
1945
年:第二次世界大戦が終了
⇒
GHQ
は
町内
会の解体を
命ず
1960
年:
「特需」
の
発
生
⇒
産
業の
振興
によ
っ
て都市への人
口集中
が
進む
⇒地域
で
は
旧中
間
層
と
新中
間
層
が
入
り
乱
れる
形
になる。
⇒
様
々な
価値観
、生活
様式
の対
立
(
cf.
ワース
「
アー
バ
ニズム論
」
)
⇒生活の
外
部
サ
ー
ビ
ス化
(
福祉
や教
育も
専門
機関
へ
依存
!)
・一
戸
一世
帯
が
進
み、
核家族
化が
進展
・大
規模
な
宅
地や
住宅
開
発
が
進む
1960
年:
「特需」
の
発
生
⇒
産
業の
振興
によ
っ
て
都市への人
口集中
が
進む
⇒地域
で
は
旧中
間
層
と
新中
間
層
が
入
り
乱
れる
形
になる。
⇒
様
々な
価値観
、生活
様式
の対
立
(
cf.
ワース
「
アー
バ
ニズム論
」
)
⇒生活の
外
部
サ
ー
ビ
ス化
(
福祉
や教
育も
専門
機関
へ
依存
!)
・一
戸
一世
帯
が
進
み、
核家族
化が
進展
・大
規模
な
宅
地や
住宅
開
発
が
進む
町内
会を
中心
とした
2
.
理
論
紹
介
2.1.戦後のコミュニティの変化
コミュニティ(
Community
)
cf,M
・
マ
ッ
キー
バ
ー
「
生活の
場
において、市
民
としての自
主
性と
責任
を自
覚
した
個
人およ
び家庭
を構成
主
体として、地域性と
各種
の共
通
目
標
を
も
っ
た、開
放
的
で
しか
も
構成
員
相
互
に
信頼感
のある
集団」
コミュニティ(
Community
)
cf,M
・
マ
ッ
キー
バ
ー
「
生活の
場
において、市
民
としての自
主
性と
責任
を自
覚
した
個
人およ
び家庭
を構成
主
体として、地域性と
各種
の共
通
目
標
を
も
っ
た、開
放
的
で
しか
も
構成
員
相
互
に
信頼感
のある
集団」
1969
年
国民
生活
審議
会
答
申
1969
年
国民
生活
審議
会
答
申
コミュニティの
復興
を
掲げ
る。
2
.
理
論
紹
介
2.2 高度経済成長と住民参加
戦後の高
度
経済成長
戦後の高
度
経済成長
大規模なマンション・宅地の
建設
(⇔しかし、開発規制はされてい ない)
新幹線などの幹線道路が生活
に接近
開発先行型の急速な工業化
新興住宅地での
インフラストラクチャーの未 整備
下水道の未設、道路網の不備
に
よる交通事故や渋滞 新興住宅地での
インフラストラクチャーの未 整備
下水道の未設、道路網の不備
に
よる交通事故や渋滞
自動車の騒音・振動
排ガスの健康被害 自動車の騒音・振動
排ガスの健康被害
工場の排煙による大気汚染 工業用水による水質汚染
工場騒音、悪臭
=いわ ゆる公害
工場の排煙による大気汚染 工業用水による水質汚染
工場騒音、悪臭
=いわ ゆる公害
1970
年代
2
.
理
論
紹
介
2.2 高度経済成長と住民参加
1970年代
住民運
動の
発
生
1970年代
住民運
動の
発
生
①
住民
参加の
手法
⇒生活
者
の
視点
を
反映
さ
せ
て
行
政政
策
の
展
開
②
法
の
整備
⇒
建
築基
準法
の
改
正
①
住民
参加の
手法
⇒生活
者
の
視点
を
反映
さ
せ
て
行
政政
策
の
展
開
②
法
の
整備
⇒
建
築基
準法
の
改
正
1970
年代以
降
の都市や地域の政
策
は
① コミュニティを
中心
にし、
②
住民
参加の
手法
を
取
り
入
れた
も
のにな
っ
てい
っ
たの
で
ある!
1970
年代以
降
の都市や地域の政
策
は
① コミュニティを
中心
にし、
②
住民
参加の
手法
を
取
り
入
れた
も
のにな
っ
てい
っ
たの
で
ある!
2
.
理
論
紹
介
2.2 高度経済成長と住民参加
⇒
1970
年代の
反省
から
・コミュニティ
重視
・生活
者
目
線
・
住民
参加
のま
ち
づくりの
モ
デル
ケ
ースが
誕
生する
⇒
1970
年代の
反省
から
・コミュニティ
重視
・生活
者
目
線
・
住民
参加
のま
ち
づくりの
モ
デル
ケ
ースが
誕
生する
19
8
0
年代
19
8
0
年代
For example… ・神戸市 真野地区、丸山地区
・東京都 世田谷区
・神奈川県 横浜市 …
etc
⇒ 大きな打撃を受ける一方で、
従来からコミュニティづくりをおこなってきた
神戸市 真野地区などは迅速な災害対応が出来
た。
⇒ 大きな打撃を受ける一方で、
従来からコミュニティづくりをおこなってきた
神戸市 真野地区などは迅速な災害対応が出来
た。
1995
年
阪神淡路
大
震
災の
発
生
1995
年
阪神淡路
大
震
災の
発
生
2
.
理
論
紹
介
2.2 高度経済成長と住民参加
行
政
市
民
企
業
2000
年代
2000
年代
「協働」
の
発
想の
展
開
3.事例プレゼン ①世田谷区 下北沢
地域
×
「歩
いて
楽
し
む
街
」
下北沢
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
目次
Ⅰ
.下北沢の
歴史
⇒ 再開発に関して、区行政はどのような立場でいるのか
Ⅱ
.下北沢
再
開
発
問題
⇒ 北口、南口の「街並みの違い」について
Ⅱ -
1.
再
開
発計画
の
内容
Ⅱ -
2.
補助
54号
線
・街
路
10号
線
Ⅱ -
3. 世田谷区の
立場
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
Ⅰ .下北沢の歴史
元々は、激しい高低差があり、地盤も安定しない沼地だった。
小田急線・京王線下北沢駅の開業を受け、北口が住宅街として発展⇒商店街発 足
元々は、激しい高低差があり、地盤も安定しない沼地だった。
小田急線・京王線下北沢駅の開業を受け、北口が住宅街として発展⇒商店街発 足
① 戦前 (1930 年頃) ① 戦前 (1930 年頃)
東大・明大からの学生が町へ。(南口が学生街として発展)
⇒1960年代後半より本多一夫氏が事業展開、徐々に南口は飲食街・繁華街に 東大・明大からの学生が町へ。(南口が学生街として発展)
⇒1960年代後半より本多一夫氏が事業展開、徐々に南口は飲食街・繁華街に
② 学生街から飲食街へ( 1950 ~1 969 年)
② 学生街から飲食街へ( 1950 ~1 969 年)
1982 年、本多劇場完成。
下北沢が「隠れた若者街」としてメディア露出し、注目されるようになる。
1982 年、本多劇場完成。
下北沢が「隠れた若者街」としてメディア露出し、注目されるようになる。
③ 演劇と音楽の街、下北沢( 1970 年~ 1981 年)
③ 演劇と音楽の街、下北沢( 1970 年~ 1981 年)
都内から下北沢に来る来街者が激増。しかし、もとは住宅街だった駅前。 多くの来街者を受け容れるハードが存在しない。⇒ 駅前再開発計画始動 都内から下北沢に来る来街者が激増。しかし、もとは住宅街だった駅前。 多くの来街者を受け容れるハードが存在しない。⇒ 駅前再開発計画始動
④ 歩いて楽しむ街、下北沢 (1995 年~ )
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
駅前(南口)の様子
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
Ⅱ .下北沢再開発問題
Ⅱ -
1.
再
開
発計画
の
内
容
・
小
田
急
複々
線
化
計画
「線路を地下化し、交通利便性向上を図る」
( 住民同士の話し合いできちんと決着のついた計画である)
・
小
田
急
複々
線
化
計画
「線路を地下化し、交通利便性向上を図る」
( 住民同士の話し合いできちんと決着のついた計画である)
・街
路
10号
線整備計画
線路撤去
を活
用
した
「駅前
広
場」再
開
発計画
。
バ
ス
タ
ーミナル
等
の
整備も
見
込
む
。
・街
路
10号
線整備計画
線路撤去
を活
用
した
「駅前
広
場」再
開
発計画
。
バ
ス
タ
ーミナル
等
の
整備も
見
込
む
。
・
補助
54号
線道路計画
交通利便
性を
確保
するとされる、
26m
道路
。
・
補助
54号
線道路計画
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
Ⅱ ー2. 補助54号線&街路10号線
・
「南口繁華
街
」
と
「
北
口住宅
街
」
⇒基
本
的な街
並
みの
差
に加え、
工
事
領
域の
影
響
。
・
「南口繁華
街
」
と
「
北
口住宅
街
」
⇒基
本
的な街
並
みの
差
に加え、
工
事
領
域の
影
響
。
☆
同
じ
街の
中で再
開
発
に
関
して
違
う
意
見を
持
つ
南口
と
北
口
。
道路に関する再開発計画では、利害の不一致も多い。
・街が分断される北口、公共歩道の増加を歓迎する南口。
・駅前広場により受益する南口、高低差により階段を上らされ る北口
・再開発の地価高騰を受ける北口、「置いて行かれた」南口
☆
同
じ
街の中で再
開発
に関
して違う
意
見を
持
つ南口
と
北口
。
道路に関する再開発計画では、利害の不一致も多い。
・街が分断される北口、公共歩道の増加を歓迎する南口。
・駅前広場により受益する南口、高低差により階段を上らされ る北口
・再開発の地価高騰を受ける北口、「置いて行かれた」南口
・・・
もち
ろん、一
致
する部
分
も
ある
○再開発の進行そのものには、合意が為されている。
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
Ⅱ -3. 世田谷区の立場
補助
54号
線計画
は、東
京
都の
環
状
線道路整備
事業の一
環
。
⇒ 区は説明会等を実施し、住民意見を都に伝える。計画について決定権は持たない
街
路
10号
線
(
駅前
広
場
)
用
地として、
小
田
急線
の
線路
跡
地を
利用
。
☆ 他の部分は?
「小田急の利益を損なわない範囲での緑道化、私道を作って頂く」
(世 田谷区 整備一課長)
⇒ 住民の意向である「公共空間、緑地増加」と小田急の「利益追求」
の調整役。
補助
54号
線計画
は、東
京
都の
環
状
線道路整備
事業の一
環
。
⇒ 区は説明会等を実施し、住民意見を都に伝える。計画について決定権は持たない
街
路
10号
線
(
駅前
広
場
)
用
地として、
小
田
急線
の
線路
跡
地を
利用
。
☆ 他の部分は?
「小田急の利益を損なわない範囲での緑道化、私道を作って頂く」
(世 田谷区 整備一課長)
⇒ 住民の意向である「公共空間、緑地増加」と小田急の「利益追求」
の調整役。
○
都
主
導
の54号
線計画
と、区
主
導
の街
路
10号
線計画
○
都
主
導
の54号
線計画
と、区
主
導
の街
路
10号
線計画
・再開発計画については、「まちづくり懇談会」として、町会長、北口・
南口両商店街理事長らと話し合いの場を設けている。
・住民同士の対立を、中立的な立場から妥協案を提案、解決する可能性を
持つ。
・再開発計画については、「まちづくり懇談会」として、町会長、北口・
南口両商店街理事長らと話し合いの場を設けている。
・住民同士の対立を、中立的な立場から妥協案を提案、解決する可能性を
3 . 事 例 プ レ ゼ ン ① 世 田 谷 区 下 北 沢 地 域
Ⅲ .まとめ
・街
並
みを市
民
が
作
り上
げ
て
き
たという
歴史
がある
・
演劇
、
音楽
など、街の
中
に
独
自の文化は街
並
みによ
っ
て
作
られた
・
「
街の
機
能
性
」
に
関
しては、現在の街
並
みに
限
界を
感
じ
て
いる。
(
再
開
発
による
改
善
に
期待
する)。
・街
並
みを市
民
が
作
り上
げ
て
き
たという
歴史
がある
・
演劇
、
音楽
など、街の
中
に
独
自の文化は街
並
みによ
っ
て
作
られた
・
「
街の
機
能
性
」
に
関
しては、現在の街
並
みに
限
界を
感
じ
て
いる。
(
再
開
発
による
改
善
に
期待
する)。
下北沢の
住民
と
再
開
発
下北沢の
住民
と
再
開
発
☆
街の
住民
達の
持
つ
『
再
開
発
後の街をどのようにしたいの
か
』
という
目的
意識
。
☆
住民
達の
中
に、
「再
開
発
に
全面
的に
賛
成
」
という
意
見はな
い。
・・・
そ
れ
ぞ
れの
利
害対
立
は、
確
実に
「不
満
」
として
存
在
している。
3.事例プレゼン ②台東区 浅草地域
×
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
浅草の変遷
○ 江
戸
時
代からの
繁華
街
○ 江
戸
時
代から
引
き
継
いだ伝統ある文
化
を基
礎
に成り
立
つ
○
国
際
観
光
地
○ 江
戸
時
代からの
繁華
街
○ 江
戸
時
代から
引
き
継
いだ伝統ある文
化
を基
礎
に成り
立
つ
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
浅草寺
○
ま
ち
のシン
ボ
ル
○
都
内
最古
の
寺
(
1400
年
近
い
歴
史
)
○
参
拝客
年間
3000
万
人
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
台東区の産業
・第
三
次
産
業が
85
%
・
小
売
・
卸売
業、
飲食店
、
宿泊
業、
そ
の
他
サ
ー
ビ
ス業が多い
ここも円グラフかなんかい れたいです。
ネタ元おしえてくださーい ここも円グラフかなんかい れたいです。
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
その他
・人
口
推移
・
鉄
道網
・
京
都、
鎌倉
とは
違
うのか?
>
はただくん
ここ、
① テキス
ト増
やすか
②
補助
的な
画
像
か
③
人
口
推移
の
グ
ラフ
で
埋め
たいの
で
なんかデー
タ
くださーい
B
y
高野
>
はただくん
ここ、
① テキス
ト増
やすか
②
補助
的な
画
像
か
③
人
口
推移
の
グ
ラフ
・
37
階
建
て、高さ
約
130
m
・
約
700
戸
⇒
2000
人
収
容
・
価
格
帯
⇒
3300
万円
~8400
万
円
台
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
西浅草3丁目計画
タ
ワー
マ
ンション
建設計
画
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
建設地
・
マ
ンション
周辺
⇒平
均
3
階
建
ての
路
地
裏
・浅草
ビ
ュー
ホ
テルの
存
在
⇒
原告
によれ
ば
浅草
ビ
ュー
ホ
テ
ル
(高さ10
8
m
)は現
存不
適
格
・
商
業地域
⇒
本来
の
容
積率
500
%
⇔
総
合
設計
許可
により
容
積
率
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
行政訴訟
近
隣
住民
5
名
と浅草
寺
が
都に
総
合
設計
許可
取
り
消
しを求
め
、
提
訴
!
近
隣
住民
5
名
と浅草
寺
が
都に
総
合
設計
許可
取
り
消
しを求
め
、
提
訴
!
・長
期
的な
景
観形
成に
配慮
がない
・都市
計画マ
ス
タ
ープランとの
矛盾
⇒
3
~
5
階
程
度
のところに
37
階
総
合
設計
の
裁量
の
逸脱
?
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
3
.
事
例
プ
レ
ゼ
ン
②
台
東
区
浅
草
地
域
最後に
○
東
京
地
裁
10
月
16
日に
許可
取
り
消
しを
棄却
。
○
東
京
地
裁
10
月
16
日に
許可
取
り
消
しを
棄却
。
○
都市
計画マ
ス
タ
ープラン
で建設
地を
中
低
層
地と
位置付
け
ていることについて
は目
標
にす
ぎ
ない
○
都市
計画マ
ス
タ
ープラン
で建設
地を
中
低
層
地と
位置付
け
ていることについて
は目
標
にす
ぎ
ない
司
法
が都市
マ
スを
4.ワークショップ
CLOSING 【まとめ】
浅古 悠希 内田 佳奈子 緒方 友博 江頭 勇紀
高野 紗希 高橋 悠介 畑田 雄也 笛木 謙 山本 智之
【 Special Thanks】文化構想学部山西ゼミのみなさん 早稲田祭運営スタッフのみなさん
浦野正樹先生 浦野ゼミ 3年生 インタビュー先の方々 and More・・
Thank you for
listening.
ご来場
ありがとう
ご
ざいました!
た
か
の
よ
り
とりあえずの暫定版です。
イントロは総合司会さんの最初の挨拶、まとめは山本君のありがたいお
話??の時の表示用です。
ワークショップの最中はどうするんでしょ?消すなら37のスライド消
します。
【気になっている個所】
① 貰った文章をそのままほぼ起こしたら情報量に個人差が出ちゃったの
で、そこはリハ終了後に調整できたらいいなと思っております。
(畑田君のはちょっと冊子の原稿見て足しました。でももうちょっと欲
しいかも?)
② 乗っけてほしい写真募集中
③ 浦野先生の写真がなんかちょっと若いので?最近のがほしいですね。
笑
④ スペシャルサンクスが適当(ノリでつけた)
⑤ 今日の流れの位置はあそこでよいのですか??
あとなんかカラフルになりすぎたと後悔してますが直す時間がなかっ
た!!
ごめんなさい。ご意見などなどお待ちしてます。
また、アニメーションは最低限しかつけなかったので、「ここつけてほ
しい」とかあればお願いします。