講義ノート : 原子から物理まで
福川 賢治
平成 28 年 4 月 13 日
はじめに
このノートの方針
このノートは法政大学のリベラルアーツ (市ヶ谷基礎科目・専門科目) を教えることに なった筆者が物理学の概論を整理するために始めたものである。対象は文系の学生であ り、講義自身は難しい内容を含まないようにするつもりであるが、講義ノートはある程度 理工系の読者が満足してできる内容で書く予定である。難しめ (理工系大学初級) の箇所 には * を、本当に難しい箇所 (理工系大学上級から大学院) レベルには ** をセクション のタイトルの部分につけた。無印の部分は文系の読者にも十分楽しめるのではないかと 思っている。このノートの目標は、「物理が多くの人々の絶え間ない理論的・実験的努力 によって発展してきた文化的営みの一つであることを理解する」ことにある。
このノートは教科書というには体系立っていないし、読み物というには少々退屈かもしれ ない。少し気合を出して物理学をやってみようとされる読者の方は、2 つ後ろの subsection に今回私がこのノートを書くにあたり全般的に参考にした文献を記すので、是非どれか一 つでもよいので手に取ってもらいたいと考えている。しかし、理工系の人たちはこういう ことを考えている、ということを見ていただくという点では意味のあるものになるかもし れない。EMAN の物理学 (eman-physics.net) 等のベテランの方々のように、多くの分野 を記述することはすぐにはできそうにないが、授業を担当する限り年々更新する予定?で あるので、内容の充実については長い目で見ていただければ幸いである。
前期はニュートン力学、後期は光学と量子論、そして筆者の専門である素粒子・原子核 物理について説明を行う予定なので、どうしても電磁気学・熱・統計力学・相対論・宇宙 論などは後回しという形になる。そのうち完成させたいとは考えているが、現在のところ 未定である。ご容赦いただきたい。前期のうちはかなり頻繁に更新するはずである。な お、本ノート中に著作権に差し触りのある事項などあった場合、タイプミスから歴史的・ 物理的な内容に誤りがあった場合については、気軽に [email protected] まで ご連絡いただきたい。気力のある限り改訂しようと考えている。
数学知識について
数学知識としては、中学卒業程度を仮定している。文系の学生にとっては文字式等は見 るのも嫌という人もいるかもしれないが、そのような場合は、具体的に 2 つ 3 つ数字を 入れて計算してみてほしい。正しい仮定の元、正しく計算を行っていれば、結果も正しい ものになっているはずである。そこが文字式の良さの一つである。
ここでは高校以降の数学的知識は、本文中で必要だと判断した時点で説明する。通常、 この手のものは付録に書くのであるが、本文中で書く理由は、「物理的な内容と一緒に理 解してもらいたいから」である。取り扱う数学は、三角関数、指数関数、対数関数などが 出てくるし、微積分、虚数などである。Euler の公式まで理解できると、文系でも全く理 工系の本を恐れる必要はないと言える。
どの文字をどの記号で表すかというところも問題になる。文字の種類には限りがあるの で、よく同じ文字を使いたくなることもあるのだが、それは避けるようにする。やむを得 ない場合は、本文中で断る。
参考文献紹介 ( 読書案内を兼ねて )
有用な本は非常にたくさんあって、記していると疲れてしまうので、私が見た中でこれ は良いと思った教科書・教材に止める。おそらく、様々な分野を一望できる本として優れて いると思われるのは高校あるいは高専の教科書である。あるいは NHK 高校講座物理基礎 (http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsurikiso/) なども良い。より一般的な本として、 一般に手に入る雑誌で勧められるのは Newton と、その別冊シリーズであろう。以下に大 学の物理学の教科書をいくつか示すが、その大半が、少なからずどれか一つの分野に特化 している。そのような専門的なシリーズとしては、臨時別冊・数理科学 SCG シリーズがあ る。この講義ノートを書くにあたって、ある程度 Wikipedia の記述も参考にした。また、 筆者は現在工学院大学学習支援センターに本務として勤務しているが、特に工学院大学准 教授である進藤哲夫さんの講義スライド (http://www.ns.kogakuin.ac.jp/ ft13245/lecture /2015/PhysI/index.html)をかなり参考にさせていただいた。この場を借りて御礼申し上 げたい。
以下に私が触れたことのある本を以下に示す。一部しか読んでいない本も沢山あるし、 各文献についている短評は私の独断と偏見に基づくものである。従って、この subsection は時々更新する予定である。また、部分的に参考にした HP などは、それぞれの subsection で示す予定である。この講義ノートよりも遙かに良い名著が揃っているので、是非一つは (できれば二つ三つ) 読んで楽しんでほしいと考えている。
1. 趣味で物理学 (理工図書、広江克彦著、1944 円、値段は amazon 調べ)
先ほど言及した EMAN の物理学が書籍化した本。仮想実験を繰り返しながら物理学 (力学・電磁気学) の本質に迫る本。教科書的な内容もミニマムではあるが、的確にまと められている。文系や、理科系の初年度の学習に適した本。続編の「趣味で相対論」、「趣 味で量子力学」もある。
2. PSSC物理 上・下 (岩波書店、現在は絶版)
1957 年ソビエト連邦のスプートニク 1 号が打ち上げられた (スプートニクショック)。 その後アメリカで沸き起こった「教育の現代化」運動の中で書き上げられた本。高校生、 文系向けの教科書であるが、「現在の少年少女には科学の何たるかを十分に知らしめる」 という方針の元で書かれ、現代的な内容を多く含む。絶版になっており、古本でしか手に 入らないのが残念。
3. ファインマン物理学 I 力学 (岩波書店、3672 円) *
カリフォルニア大学の理工科大学生の物理学入門講義シリーズの第 1 冊目 (全 5 巻)。 読み物と教科書の中間的な本。式を使わずに物理的理解を深めるには適した本。数学の導 入もユニークな視点で行われている。気軽に読めるが、全内容を理解しようと思うと、量 子力学等の専門的知識も必要なので、何度でも繰り返し読んで味わう本。
4. バークレー物理学コース 力学 *
数年前、丸善から復刊した。5 冊シリーズの一冊目。標準的な教科書。各章丁寧な解説 と、実験と結びついた演習問題から構成されている。前半は、数学、ニュートンの 3 法 則、エネルギーと保存則、衝突、振動の初歩、剛体、中心力等。後半は相対性理論の解説。
5. 詳解力学演習 (共立出版、2700 円) **
共立出版の演習書シリーズの他の本と同じく、ひたすら、問題と解説が並んでいる本。 力学を勉強していく過程で難しい問題が出てきた時に読む本。初心者から大学院入試まで 使える。
入門向けでない本 (一通り勉強した後に読む本)
6. Goldstein 古典力学 (上、下) (吉岡書店、上: 4860 円、下: 4536 円) **
かなり難しめ本。アメリカの大学院向けの本と聞いたことがある。力学について専門課 程で教えたい人、専門的に研究する必要のある人向け。
7. ランダウ = リフシッツ 力学 (東京図書 2160 円) **
解析力学から導入しているので、1 年半くらい勉強した人が読む本。かなり理論的に簡 潔に要点が記された名著。ちくま学芸文庫でコンパクトな小教程版がある。
物理学の歴史に関する本
8-a. 古典物理学を創った人々 – ガリレオからマクスウェル 8-b. X 線からクォークまで – 20 世紀の物理学者たち
(ともにエミリオ・セグレ著、みすず書房、それぞれ 7992 円と 2750 円) **
カッツ「数学史」に匹敵するような物理学の歴史書はなかなか存在しないが、おそらく 17世紀以降の物理学 (近代物理学) の歴史の概要この 2 冊で理解できる。20 世紀以降の 物理学の歴史書はある程度あるが、古典物理学に遡っているのは比較的珍しい。内容は偉 人たちの物理学の業績を列伝風に丹念に追っていったものである。ただし、内容は理系の 人が一生懸命読んでも一週間くらいかかるのではないかと思われる。なかなか、そのよう な時間をかけられない人には以下のような本が存在する。
9. 物理学天才列伝 (上)・(下)
(ともに ウィリアム・H・クロッバー 著、講談社ブルーバックス、1404 円) *
これも各人の業績を列伝風にまとめた本。業績の紹介が中心に置かれている。(上) は古 典物理学、(下) は現代物理学と対応。業績と人となりが分かれて書かれており、それぞれ の人物の特徴も理解できるので読みやすい。数学も簡単に説明してくれている。
10. 歴史をたどる物理学 (安孫子誠也、東京教学社、2160 円) *
現在までの物理学の変遷をある程度簡単に辿れる本。じっくり読むとなかなか難しい が、それぞれの時代の物理観とその関係が分かるので、その点では良書と言える。詳細な 年表や地図もついている。
数学に関する本
11. 解析概論 (高木貞治著、岩波書店) **
日本近代数学の父と呼ばれる高木貞治による、長年微積分学の名著とされている本。実 際は、理工系のある程度力のある人向けかな、という感じがする。私が学生のときは全部 読みきれなかったが、持っておけば辞典としても使えるだろう。軽装版 (1498 円) と定本
(3456 円) がある。
12. 物理数学の直感的方法 (普及版) 理工系で学ぶ数学「難所突破の特効薬」 (長沼伸一郎、講談社ブルーバックス、1123 円) *
「解析概論」は大学の数学の本なので、やはり数学的に厳密に解説している。この本は 直感的に物理に現れる数学を理解したい、「何故このような計算があるのか」を知りたい 人向け。特に理工系の 1,2 年、文系でも数学が得意であれば楽しめるはず。
13. 理系の言葉 – 「微少量の魅力」 (土岐博、兼松泰男著、大阪大学出版会、1512 円) 微分・積分・微分方程式が何故自然を記述するのか、をわかりやすく説明した本。大 阪大学での文理融合博士課程プログラム「超域」での講義がベースになっている。私は、 12. は高校までの数学はある程度わかっている人向けではないかと考えているので、更に 基本に立ち戻って理解したい人向けの本。しかし内容は、微分とは何かから、波動方程式 まで薄い中にも意欲的な内容を扱っている。
14. 田崎さんの数学の教科書 (http://www.gakushuin.ac.jp/ 881791/mathbook/)
学習院大学の田崎さんによる数学の教科書。微積分、線型代数、常微分方程式、ベクト ル解析が記されている。現在読書中だが、市販本を超える面白さである (と勝手に思って いる) 。
原著に親しみたい人
この講義の力学の章では、ガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンといった人の 業績を中心的に扱うことになる。ただし、この時代はまだ微分積分学が学問として確立さ れたかどうか、という時期であった。今日では、ゴッドフリート・ライプニッツとアイザッ ク・ニュートンが独自に微分積分学を確立したとされており、ライプニッツの著書「極大, 極小さらには接線に関する新方法」 (1684 年)・「深遠な幾何学」 (1686 年) 及び、ニュー トンの主著「自然哲学の数学的諸原理 (通称: プリンキピア。全 3 巻)」 (1687 年) に各々 の方法が見られる。
但し、「プリンキピア」では幾何学によって、微積分の原理が表現されている。もちろ ん、現代の微積分の記号はない。また、定義と規則からユークリッドの「原論」のように 命題の証明 (や問題) が並べられている。ニュートンが論争に巻き込まれるのを恐れるた め、伝統的に用いられている手法をとったと考えられている。そのため、この本を読み解 くには専門家にとっても難解であり、それだけで大変な仕事と言える。その研究の成果の 主要な例が参考文献 18 番である。
15. 古典力学の形成 (山本義隆著、日本評論社) **
ニュートンは専門家のレベルで天体現象を説明することに成功しているが、この体系 が、様々な科学者によって洗練され、現在の力学体系になるには更に 100 年程度を要して いる。その間の過程を詳述した本。当時の議論や、解析力学に至る流れに関心のある方、 物理を既に勉強した人向け。
16. プリンキピアを読む (ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか?) (和田純夫著、講談社ブルーバックス、1058 円)
プリンキピアに書かれた業績・背景・幾何学的説明を一歩一歩追っていった本。読み解 くにはやや根気がいるが、それでも一冊の中にまとめたのは見事だと感嘆する。私が改め てニュートンの天才性を知った本。原著を読みたければ、以下のものがある。
17-a. プリンシピア 自然哲学の数学的原理 (講談社、中野猿人訳、7340 円) **
17-b. The Principia (Great Minds) (Prometheus Books, Andrew Motte 訳、2202 円) ** 17-a. は近年 Kindle 版で復刊した。
18. チャンドラセカールの「プリンキピア講義」 一般読者のために ** (S. チャンドラセカール著、講談社、8500 円)
天体物理学者スブラマニアン・チャンドラセカールによるプリンキピアの講義書。ニュー トンの著書を微積分を使って書き直している本。これでも、難解で理工系の大学生が 1 年 以上かけて読むくらいの本と思われる。
1 物理学とは何だろうか?
「物理学とは何か?とは、この問いに答えるのはかなり難しい。その理由は様々なとこ ろに求められると考えられるが、最大の理由は 物理学は現在も多方面に発展中であるし 他の学問との複合領域 (学際的領域) も年々広がりを見せており (例えば、生命物理や経 済物理) 、境界があいまいな点にある。正直に言うと、この問題はこの講義を終わってか ら考えても、早すぎるわけではない。しかしいくつか、この問題を考える手がかりはある はずである。ここでは、
1. 現在どのようなものが物理学と呼ばれているのか ?
2. 数学や化学、その他の自然科学と、物理学は何が違うのか? ということからこの問題を考えてみよう。
まず最初の問いについて考えてみよう。大学で学ぶことのできる物理には、19 世紀ま でにある程度枠組みが完成した、古典力学 (後に解析力学や連続体力学に発展する)、電磁 気学、光学、熱力学・統計力学等の古典物理学と呼ばれる領域と、量子力学と相対性理論 を中心とする現代物理学と呼ばれる領域に大別される。例えば、現代の物理学会では 20 程度の領域があり、非常に複雑であるが、素朴には現代の物理学はこれらの基礎をなす諸 学問 (といっても、学ぶのは大変な重労働である) の発展と考えられる。すなわち、素粒 子・原子核物理学などは量子論の最前線であると言えるし、例えば、超伝導・超流動など は量子物性論 (量子力学と統計力学を基礎にしている) の華々しい成果と言えるだろう。 この程度が現在の私の物理学のざっとした理解である。
ここで終わっては情報量がほぼゼロなので、さらにお互いに反対の関係にある二つの 理論的な考え方を紹介し、その後に再びこの問題を考えることにしよう。考え方の一つ 目は、元になっている要素や論理は何かを徹底的に追求するといった考え方である。例え ば数学の伝統的なスタイルでは、一番元になる要素と論理は何かということが問題にな り、「定義・公理」から、証明を経て数々の命題 (或いは定理) が真であることを示して ゆく。このスタイルは 公理主義 と呼ばれる。このスタイルの起源は少なくとも古代ギリ シアの時代に遡る。幾何学の聖典として、現代でも中等教育で教えられているであろう ユークリッド幾何学「原論」がまさにそのようなスタイルで書かれている。このスタイル はニュートンの「プリンキピア」にも受け継がれている。いったん自明に思える「公理」 を疑うことにより (例えば平行線は永遠に交わらない等。例えば、地球の子午線を考え てみるとよい)、19 世紀から 20 世紀にかけて数学は非常に厳密化して (数学基礎論と呼 ばれて、主に 19 世紀から 20 世紀にかけて発展し 20 世紀の数学の大きなハイライトと なった。)、物理学とはっきり遊離した部分を生じたが、例えば、なおブルバキ「数学原 論」のような形で多大な影響を与えていると言えるだろう。このスタイルの長所は、言う までもなく非常に厳密なところである。一方、難しい点は使いやすい結果を得るのには非 常な努力が必要であるということである。例えば、関数という概念にたどり着くまで 100 ページ以上の紙数を費やすことになるであろう。
このような方法が、常に成り立つべきという主義がある。物理学に焼き直すと、素粒子 と呼ばれる基本粒子たちとその間に働く相互作用を考えれば、その上の階層、つまり陽 子や中性子が説明でき、陽子や中性子が集まれば原子核が説明でき、原子核と電子が集
まれば原子が説明でき · · · という風に、全て我々が見ているものは、ミクロの視点から 説明ができるべきであるということになる。この主義は 要素還元主義 (Reductionism) と呼ばれる。もともと、この説の起源は様々なギリシャ時代の哲学者たちの「万物の根源 (arche, アルケー) とは何か?」という疑問から出発している。紀元前 5 世紀とか 6 世紀と かそのころの時代である。その後、19 世紀の初頭にイギリスの化学者でもあり物理学者 でもあったジョン・ドルトン (John Dalton, 1766 – 1844) が常に物質が一定質量の比で化 学反応を行うことから原子説をとなえた。そこから 100 年近くたって、原子は完全に受 け入れられた。それは、アルバート・アインシュタイン (1879-1955, Albert Einstein) の ブラウン運動の理論 (1905 年)、およびフランスの物理学者 ジャン・パティスト・ペラン (Jean Baptiste Perrin, 1870 – 1942, 1926年ノーベル物理学賞受賞) による実験的検証に より、確かに原子・分子が存在しているということが確かめられた。ちなみに、ブラウン 運動とは、微粒子が水分子の衝突によって不規則に動き回る様を表したものであり、イギ リスの植物学者ロバート・ブラウン (Robert Brown, 1773 –1858) が花粉が破裂して中か ら出てきた微粒子が不規則に運動していることを発見したものである。因みにアインシュ タインは 1905 年、量子理論 (光量子仮説) と特殊相対性理論に関する論文を発表し、物 理学では「奇跡の年」と呼ばれている。その後の発展としてはいろいろあり、それは後期 に詳しく話すつもりである。一つ分かっていることは、私たちはまだ万物の理論 (Theory of Everything)を手に入れていないということである。現在確立している最も進んだ素粒 子理論は標準理論 (Standard theory) と呼ばれており、これと、古典重力理論、一般相対 性理論と合わせて電子より大きな基本的相互作用を全て説明する。但し、重力の量子理論 があるのではないかということが、ずっと言われているが、未だそのようなものは 、少 なくとも大方の物理学者が納得できるレベルでは)、見つかっていないはずである。しか し、例えば原子核がいっぱい集まった時どのような振る舞いを示すのか?といった問題に ついてはまだ分かっていないことの方が多いと思われる。そういう意味で、まだ人類は基 本から物事を説明できないわけである。
一方、全体は部分を例え正確に理解しても理解しきれないのではないか?という見方も ある。この考え方は 全体論 (Wholism) と呼ばれる。何故シマウマの背中の模様は縞模 様なのか、何故人間は複雑なゲームにおいてそれほど悪くない判断を下さないか、何故集 団心理と呼ぶものが働くのか、といった類のものがこの中に含まれる (他にもいろいろな ものが考えられるので、考えてみると面白いと思う)。この説の起源も古く、少なくとも、 古代最大の学者としばしば呼ばれるアリストテレス (B.C. 384 – B.C. 322) まで遡ること ができる。理数系の学問でいうと、カオスやフラクタル、遺伝的アルゴリズムといったよ うなものが関連する分野であろう。
下の図は、ウロボロスの蛇の図と呼ばれる古代神話に出てくる蛇の図である。この図 を考案した人は、1960 年頃電磁気力と弱い力の統一理論を提唱したアメリカの物理学者 Sheldon Lee Glashow (1932-, 1979 年 ノーベル物理学賞受賞) である。彼は、「素粒子物 理学研究を進める事によって宇宙の全体の構造がわかる」と考えた。このことは正しく、 例えば宇宙に存在する水素とヘリウムの比がとの程度のものか、といった話題は現代の宇 宙の起源を素粒子論や宇宙論から考えることが必要なのである。この図を見れば物理学が あらゆる大きさの物質を取り扱っていることを (次章で詳述する) 納得してもらえるので はないかと考えている。この図がこれから、我々が調べる図である。私の目には人類は十
分驚嘆するほど自然を探求してきたが、それでも自然はその奥深さをなおも蔵して寄せ付 けない部分もあるように思われる。
図 1: 物理学の階層性を表すウロボロスの蛇 の図。図は京都産業大学の物理学科紹介ペー ジから引用した。1
以上のように物理学は、極めてラフなス ケッチでも長時間語ることができるほど複 雑である。その中でも古典力学は、物理学 の中でもおそらく人類が最もよくわかって いるであろう学問であり、他の学問の規範 である。また、極めて簡潔な法則で自然界 に起こり得る数多くの事柄を説明できると いうのは、本当に驚くべきことである。実験 で得られた結果が数学的に記述できること に気づき、それに向かって力強い歩みを進 めた人物として最初に挙げられるのは、イ タリアの物理学者・天文学者であるガリレ オ・ガリレイ (Galileo Galilei, 1564 – 1642) であろう。近代物理学のはじまりという場 合、いろいろな説があるが、ガリレオをそ の初めに取る人が多いのはこの理由による。 彼自身は理論物理学者でもあったし、実験 物理学者でもあった。現代では、理論物理 学者と実験物理学者はある種明確に分かれているが、それは物理学そのもののもつ性質の ためではなく、物理学が人類にとって大きくなりすぎた結果であると私は考えている。
1.1 物理学と他のいくつかの学問の関連
もともと少なくとも 19 世紀ごろのある時点までは、科学は数学を含めて未分化であっ たようである。昔、科学は「自然哲学」という名前で呼ばれていた。参考文献の項で記し たように、アイザック・ニュートン (Sir Issac Newton, 1642 – 1727) の主著名にも「自然 哲学」とある。ニュートン自身は、微積分を発見した数学者であり、万有引力理論を提唱 し、光のスペクトル分析を行った理論物理学者であり、望遠鏡の改良を行った技術者でも あった。また、彼は錬金術師 (当時は化学の範疇と思われていた) でもあり、また彼は神 学者でもあった。このように、昔は一人の研究者が複数の分野にわたって研究を行うこと はむしろ自然なことであったのである。自然科学の領域がはっきりと分化したのは 19 世 紀以降、学問が巨大化・複雑化してきたところからである。以下、物理学と他のいくつか の学問の関係を見ていこう。
まずは、数学である。物理と数学の違いは、数学は現在では人間の思考の産物となって おり、実験によってその成否が決まるわけではないということである (論理的なことで成 否が決まることはありえる。そのあたりの議論は数学基礎論に含まれるだろう)。しかし、 歴史的には数学は物理学とともに発展してきたのである。まず、数学は古代エジプトや 古代メソポタミア時代からすでに存在していた。数学の土地の計測や生産物の分配など
1http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/department/physics/top/deptphys.html
が主だったと思われるが、連立方程式、2 次方程式、等差級数や等比級数、ピタゴラス数 [ピタゴラスの定理 (三平方の定理) a2+ b2 = c2を満たす数] や、いくつかの立体の体積の 公式などを知っていたと考えられている。物理学にとって恐らく最も重要であったのは ニュートン・ライプニッツによる微分積分学の定式化である。微分積分に関しては §3 で 言及する。物理では微分方程式と呼ばれる、微分を含む方程式を取り扱う。この取り扱い がうまく言っているということは、自然現象は本質的に微小な変化の積み重ねとして捉 えられることを示している。物理においてはいくらでも小さい数を考えられる数学と違っ て、「本当の無限小」は扱わないのであるが、それでも我々は十分に細かい部分に観察眼 を発揮し、微積分を用いて物理学が機能しているのである。ニュートン以降は、ヨハン・ ベルヌーイ(スイス、Johann Bernoulli、1667 – 1748), レオンハルト・オイラー(スイス、 Leonhard Euler, 1707 – 1783),ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(フランス、Joseph-Louis Lagrange、1736 – 1813), ピエール=シモン・ラプラス(フランス、Pierre-Simon Laplace、 1749 – 1827) ,ウィリアム・ローワン・ハミルトン(イギリス、William Rowan Hamilton, 1805 – 1865) 等の多数の学者が変分法等の数学的手法を発明することによって、古典力 学・天体力学の定式化が行われ、連続体力学や量子力学などの学問へとつながっていくこ とになる。また、電磁気はしばらく扱わないが、19 世紀最大の数学者であるヨハン・カー ル・フリードリヒ・ガウス (ドイツ、Johann Carl Friedrich Gauss, 1777 – 1855) などは電 磁気学に深くかかわり、ガウスの法則にその名を残している。この法則はジェームズ・ク ラーク・マクスウェル(イギリス、James Clerk Maxwell, 1831 – 1879) によって数学的 に整備され、現在でも、電磁気学の Maxwell 方程式のひとつとしてその名を残している。 電磁場を解析する強力な手法として、ベクトル解析があるが、これはアメリカ人物理学者 ジョサイア・ウィラード・ギブズ(Josiah Willard Gibbs, 1839 – 1903)や、電気回路の 理論に多大な貢献をしたオリヴァー・ヘヴィサイド(イギリス、Oliver Heaviside, 1850 – 1925) により始められたと言われている。また、ドイツ人数学者であるヘルマン・ミンコ フスキー (Hermann Minkowski. 1864 – 1909) は特殊相対性理論が、四次元時空間で簡潔 に表されることを見出し、アインシュタインの相対性理論の数学的基礎を与えた。このよ うに、数学と物理が相互に貢献しあった例を挙げれば、枚挙に暇がない。
また、物理学と関係が深いのは化学である。後で述べる機会があるはずであるが、原子 説というのは、主にその実証の初期段階において、化学の実験によってなされたのである。 現在これらは、ドミトリ・イヴァーノヴィチ・メンデレーエフ (ロシア、Dmitri Ivanovich Mendeleev、1834 – 1907) による周期表にまとめられている。この表は同種の性質をもつ 元素が同じ列に並んでいるので非常に便利である。また、周期表の元素分類方式は素粒子 の分野では、ハドロン (バリオン (中性子や陽子と、その親戚の粒子)、中間子等からなる 粒子) の分類の考え方などにも影響を与えている。これらの元素の性質は、原子の中にあ る電子の振る舞いで決まる。そのようなことを解決するのは、原理的には量子力学、すな わち量子電磁力学である。無機化学はこれらの元素がどのように化合し反応するか、とい うことを研究する学問であるから、量子電磁力学の一分野であるということもできるであ ろう。但し、化学には多体理論の難しさがある。例えば量子化学という分野があり、少数 の原子からなる分子の構造などは、適切な簡単化が成功しており、非常によくわかってい る。しかし一方で、多数の原子が絡む際、どのような化学反応が起こるかを正確に予言す ることは、熱・統計力学などにも関わってくる現象であるが、ミクロな視点からの理解は
非常に難しい。また、有機化学では通常原子の配列はさらに複雑である。但し産業や、生 物学と直接的なつながりを持っているので、応用上非常に重要である。このような分野の 例を一つ挙げるとすれば、例えば創薬であるが、数百を超える原子を計算で理解するのは 非常に難しいこととされている、現在数万原子レベルの量子力学的な計算が開発されたよ うであるので、神戸にある京コンピュータで現在計算中ではないだろうかと思う。
生物学については筆者は殆ど門外漢であるが、生物学の分野から物理学の極めて基本 的な法則であるエネルギー保存の法則が出てきたことは、特筆すべきことである。エネル ギー保存則は、1840 年代に、ドイツ人の医師であったユリウス・ロベルト・フォン・マ イヤー(Julius Robert von Mayer, 1814 – 1878) により着想されたものである。植物の光 合成等を考えると理解出来ると思うが、これらのエネルギー源は化学的な反応によって引 き起こされる。よって、生物学はどちらかといえば、化学とのつながりが深いと言える。 また、物理学と深い関係を持っているのは、分子生物学である。当時は量子力学の基礎理 論の確立や、X 線回折などの実験手法の発展によって、物質の分子構造が調べられてい た時代であった。当時、多くの興味を引く問題としては、遺伝現象がどのように起こるの か? という問題であった。今でも再生医療などで、この問いは重要な問いであろうと考 えられる。戦中から戦後にかけて、デオキシリボ核酸 (DNA, deoxyribonucleic acid) が遺 伝物質であるということがわかった。DNA 分子の構造決定には、イギリスの物理化学者、 結晶学者であったロザリンド・エルシー・フランクリン (Rosalind Elsie Franklin, 1920 – 1958) と、イギリスの生物物理学者である モーリス・ヒュー・フレデリック・ウィルキ ンス (Maurice Hugh Frederick Wilkins, 1916 – 2004) による X 線回折写真が大きな役割 を果たした (1953 年)。その写真により DNA の持つ螺旋構造が推測され、その他の多数 のデータとの整合性を考え (1953 年)、2 人の分子生物学者 ジェームズ・ワトソン(アメ リカ、James Watson, 1928 – ), フランシス・クリック(イギリス、Francis Crick, 1916 – 2004) により 2 重螺旋構造が発見された。この業績で、フランクリンを除く 3 人は 1962 年ノーベル生理学・医学賞を受賞している。
また、宇宙分野との関連も密接であり、現在は観測天文学、天体物理学、宇宙論等の分 野に分かれると言えるだろう。太陽系のモデルなどは、中世では古代ローマの物理学者ク ラウディオス・プトレマイオス (Claudius Ptolemaeus, 83 頃 – 168 頃), による地球を中心 とするモデル (天動説) が主流であったのだが、その後 ポーランドの天文学者であり、カ トリックの司祭であった、ニコラウス・コペルニクス (Nicolaus Copernicus, 1473 – 1543) により太陽を中心とするモデル (地動説) が唱えられた。その後、ドイツの天文学者ヨハ ネス・ケプラー (Johannes Kepler, 1571 – 1630) が、共同研究者 であった、デンマークの 天文学者・占星術者であった、ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe, 1546 – 1601) の遺した 膨大な観測記録を受け継いだ。ケプラーは火星の観測記録から、ケプラーの法則と呼ばれ る重要な惑星の運動に関する法則を提出することになる。このことが、その後ニュートン が万有引力の発見するときに重要な役割を果たした。
また、ガリレオ・ガリレイは当時オランダで眼鏡屋ハンス・リッペルスハイ (Hans Lip- pershey, 1570 – 1619)により発明された望遠鏡を、初めて天体に向け、月のクレーター、 木星の衛星 (ガリレオ衛星) 等を発見した。これらの業績は、オリオン座、プレアデス星 団 (すばる)、かに座のプレセペ星団などのスケッチと合わせ、「星界の報告」として出版 された (1610 年、日本語でも岩波文庫で読める (山田慶児、谷泰 訳、605 円))。その後彼
は、金星の満ち欠け、太陽の黒点なども発見している。望遠鏡は天文学に革命を与えたと 言えるだろう。
また、物理との関わりで特筆すべきところは、私が原子核物理学出身ということもある が、ビッグバン元素合成であろう。このことはジョージ・ワシントン大学で、ラルフ・ア ルファー (アメリカ、Ralph Asher Alpher, 1921 – 2007)、ジョージ・ガモフ (アメリカ、 George Gamow, 1904 – 1968, 数々の科学啓蒙書でも有名) により提唱された (元々は、ア ルファーの学位論文のテーマであった)。この理論は、ガモフが共同研究者としてその名 を加えた、大核物理学者ハンス・アルプレヒト・ベーテ (アメリカ、Hans Albrecht Bethe, 1906 – 2005) の名と合わせて αβγ 理論と呼ばれている (1948 年 4 月)。その後、日本の 宇宙物理学者林忠四郎により改訂され、αβγ − 林 理論となった (1950 年)。その後この理 論は、ビッグバン原子核合成と呼ばれ、軽い元素 (7Li までの) の元素存在比率を説明す る理論として確立している。現在でも超新星爆発のときに元素がどのように合成されるの か?といった問題は、現在なお原子核物理の中心課題の一つである。
また、工学との関係でいうと、現在では非常によく進歩しているので物理学一般の研究 対象ではないが、工業力学や材料力学を学ぶためには、力のモーメントや剛体の力学と いった力学が、その基礎の理解になる、また、電気回路理論では電磁気学や数学 (微分方 程式論) がその理解の基礎になるのは言うまでもない。
物理学とは物質とは何かとか、物質間の相互作用は何かということを基礎とし、その集 団的な効果をも取り扱う学問である。この追究はしばしば我々の自然観を変えるほどの 大変革 (パラダイム・シフト) をもたらす。また、他の学問との関係ということを言えば、 十分他の学問から着想を得ているし、同時により微視的に他の学問を研究し、発展させる ための技術や考え方を提供していると言えるだろう。
2 長さと時間 ( 執筆途中 )
2.1 距離について
ガリレオ・ガリレイは物体がどのように運動するかという問題に取り組むことにより、 さまざまな運動の法則を見つけた。運動は、各々の時刻で物体がどの位置にいるかを測定 することによって決定される。つまり、物理量で最も基本的な概念である時間と距離の概 念がどうしても必要である。ここでは、様々な時間と距離の例を詳しく見ていき、物理学 の対象を確実に把握していくようにしていこう。
まず、距離について考えよう。現在国際的に距離を測る単位 (単位については次のサブ セクションで後述) はメートル (metre) [m] である。metre の語源はギリシャ語の metron (英. measure) である。1 メートルは長らく、地球の赤道と北極点の間の海抜ゼロにおけ る子午線弧長を 1/10000000 倍した長さとして定義されていたが、現在は 1983 年に第 17 回国際度量衡総会で決議された 1 秒の 299792458 分の 1 の時間に光が真空中を進む速さ として定義されている。日常的に観察できる距離、すなわち人間の目で観察できる小さ な距離の限界は 0.1 mm 程度であろう。更に、マイクロメーターなど機械を工夫するこ とによって、1 µm = 10−6 m 程度まで測定することができる。それより小さい長さは基 本的には、顕微鏡で見ることになる。顕微鏡は 1590 年頃オランダのメガネ製造者サハリ
アス・ヤンセン (Sacharias Jansen, 1580 年頃 – 1638 年頃) と、その父ハンス・ヤンセン (Hans Jansen)により発明されたと言われている。ガリレオも顕微鏡を自作し、昆虫の複 眼をスケッチしている (望遠鏡を逆さに覗くことで顕微鏡の製作方法を発見したと言われ る)。顕微鏡で観察することのできる距離は、大まかに可視光線 (虹の色) の波長によって 決まる。可視光線の波長は最も短い紫色 で、およそ 4/107 m = 400 nmである。従って、 それより小さいものを見ようと思うと、電子顕微鏡を使う必要がある。電子顕微鏡では 光の波長ではなく、電子の波長 (量子力学によると、電子は波でもある) を用いる。電子 の波長は恐ろしく小さいので、より高い分解能 (空間の異なる点を異なる点と認識する能 力) で観察することができる。高分解能の電子顕微鏡を使うとおよそ、1/1010m = 0.1 nm のサイズの物体を観察することができる。0.1 nm のサイズは原子の典型的なサイズであ る。原子核のサイズを測るのは、量子力学の散乱問題の話になり、なかなか専門的な話に なる。電子との散乱実験の反応確率を計算すると出てくるのであるが、得られた原子核 の半径は概ね 1/1015 mである。この単位はイタリア出身の物理学者エンリコ・フェルミ (Enrico Fermi, 1901 – 1954, 1938 年ノーベル物理学賞) にちなんで、”fermi” とも呼ばれ る。Fermi は概算の達人と呼ばれ、Fermi 推計は Fermi の名を冠したものである。また量 子統計の分野に大きな貢献を行い、更に世界初の原子炉 「シカゴバイル 1」(1942 年) を 作った人物でもある。原子核より小さい成分は素粒子であるが、素粒子に大きさがあるか どうかは、現在もなおわからない問題である。
長い距離は、様々なものをものさしとして測られている。これらの方法の総称は宇宙の 距離はしごと呼ばれる まず、地図の測定などは三角測量と呼ばれる方法によって測るこ とができる (図 2)。すなわち、まず観測点 C を通らない基線 AB を引き、AB の距離 ℓ を測る。そして、C から AB に垂直な直線を引き、AB 上に点 D をとる。三角測量では、 CD の距離を測ることになる。次にそれぞれ A と B から 点 C を見てそれと基線とのな す角、∠CAB = α と ∠CBA = β を測る。すると、高校数学で出てくる三角関数の公式 を使うと、
d = ℓsin(α + β)
sin α sin β (2.1) と書ける。日本の地形図を見ると正三角形の中に点がある地図記号がある。これが、三角 点と呼ばれる地図記号であり、三角点を基準として三角測量により日本の地図を調べたの である。ちなみに、高さを測るための基準は、水準点と呼ばれ地図記号は正方形に点を 打った図形である。日本全国に三角点は約 109000 点、水準点は約 17000 点存在する。月 までの距離は三角測量で測ることができる。三角測量の基線は大きい方が良いので、離れ た場所で同時に観測する必要がある。或いは地球の自転を利用すれば、観測者は異なった 地点にいることになるので、同一地点での観測も可能である
(例えば、http://gakuen.gifu-net.ed.jp/~contents/club/rs-shidou/12.pdf に記述がある)。 最近ではレーダーを発信して、信号が帰ってくるまでの長さで測るようである。月までの 距離は約 37 万 km である。また太陽までの距離を測るには、地球上に長い基線がとれな いので三角測量を使うことができないので、ケプラーの第 3 法則を使って求める (後述)。 太陽までの距離は約 149600000 km であり、これは長らく 1 天文単位 (au, astronomical unit) の基準になってきた (正確には、地球は太陽の周りを、楕円軌道を描きながら周回 している (公転) ので、地球の公転軌道の、軌道長半径としてきた)。現在では、1 au = 149597870700 m と正確に決められている。
更に比較的近い距離の恒星に関しては、地球と半年後の地球の位置を基線として、再 び三角測量で求めることができる。実際には年周視差と呼ばれる量を測定する (下の図の 角度 θ)。星への距離は普通に表すと非常に大きな数になる。したがって、光が 1 ユリウ ス年 (≡ 365.25 日= 31557600 秒, ≡ は左辺を右辺で定義するという意味) に進む距離で ある光年 (1 光年= 9.46 ×1015 m)を用いたり、1 パーセク (pc, parsec = 3.261533777 光 年) を用いたりすることが多い (par は per 「· · · につき」ではなく、parallax「視差」の 略語である)。1pc は図で θ = 1 秒 (1/3600 度) となる距離 d として定義される。恒星ま での距離が、初めて測定されたのはドイツの数学者であり天文学者であったフリードリ ヒ・ヴィルヘルム・ベッセル (Friedrich Wilhelm Bessel, 1784 – 1846) である。彼は 1838 年にはくちょう座 61 番星を観測し、約 3 pc の距離にあることを明らかにした (実際の距 離は 11.4 ± 0.02 光年)。また、最も距離の近い恒星はケンタウルス座の 3 連星 (3 つの 星が互いに束縛されて運動している) 系であり、距離は 4 光年よりやや長い程度である。 三角測量で求められる距離の限界は約 100 光年程度である。
また、それより遠い恒星に関しては星の進化の研究でわかってきた、HR 図と呼ばれる 星の温度 (色) と星が発するエネルギー (明るさ、絶対等級) の関係を用いる。HR 図はデ ンマークの天文学者アイナー・ヘルツシュプルング(Ejnar Hertzsprung, 1873 – 1967) と アメリカの天文学者ヘンリー・ノリス・ラッセル(Henry Norris Russell, 1877 – 1957)に より独立に提案された。そうすると、星の絶対等級と地上の観測者が観測する明るさ (視 等級) の関係から、星までの距離が推測できる。この方法では数千光年までの距離が得ら れる。更に遠い距離に対しては、ケフェイド変光星を用いる。このタイプの星はそれほど 多くはないが、変更周期が長いほど絶対等級が小さい (明るい) という性質があり、そこ から HR 図と同様に絶対等級と視等級の関係から、星までの距離を推測する。ケファイ ド型変光星は通常の星と比べ、かなり明るいので数千万光年先まで調べることができ、遠 方の銀河の距離の決定に用いられている。ちなみに最も地球の近くにあるケフェイド型変 光星は北極星 (polaris) であり、地球から約 400 光年の距離にあることが知られている。 その限界は大体 6000 万光年と言われている。その他にも Ia 型超新星と呼ばれる、連星 系にある白色矮星 (太陽よりやや小さい質量の星の進化の最終形態) にパートナーの星か らのガスが流れ込んである一定の質量に達したときに、爆発を起こす天体がある。この天 体は最も明るいときの絶対等級や、その後の暗くなる度合いがほぼ一定であると考えられ ているため、距離測定の明るさの基準として使うことができる。最も遠い Ia 型超新星は 約 90 億光年である。
一般に超遠方距離の物体には、エドウィン・パウエル・ハッブル (アメリカ、Edwin Powell Hubble, 1889 – 1953) と、ミルトン・ラセル・ヒューメイソン(アメリカ、Milton Lasell Humason, 1891 – 1972) によって発見された Hubble の法則 (1929 年) を用いる。Hubble の法則によると、天体がわれわれから遠ざかる速さ (後退速度) を v, D を天体までの距 離とすると、
v = H0D (2.2)
となる比例関係が成り立つ。H0 は Hubble 定数と呼ばれる。天体が地球から遠ざかると、 原子が本来地上で発する光の波長が伸びる。この現象は数式的にこの現象を表したオース トリアの数学者・物理学者・天文学者ヨハン・クリスチアン・ドップラー(Johann Christian Doppler、1803 – 1853) にちなみドップラー効果と呼ばれる。車が近づくとき音が高くな
り、遠ざかるとき音が低くなる現象である。光の場合は波長が長くなると、色が虹の赤の 方向へ変化する。したがって、この現象を赤方偏移といい、この現象を利用して銀河等の 後退速度を求めるわけである。そして、銀河までの距離は上で述べた段落で分かってい るものがあるので、Eq. (2.2) の法則から、H0 を求めて、他の銀河の後退速度を測るこ とにより、他の銀河までの距離が決定できる。2014 年現在で、最も正確だとされている Hubble定数は人工衛星プランクによるもので、67.15 ± 1.2 km/(s ·Mpc) である。この方 法で約 130 億光年の銀河が見つかっている。このあたりがわれわれの見ることのできる 銀河のうち、最も遠いものであるとされている。宇宙の年齢は後述するように約 138 億 年であるから、これは宇宙年齢に光の進んだ距離をかけたものにかなり近い。
2.2 時間について
次は時間について考えてみよう。古代の諸文明において開発された時計は日時計、砂 時計、水時計などであった。時計を作る際には、真に周期的で一定な現象を取り扱う必 要がある例えば、水時計では水が少なくなるほど流量が少なくなるので、下の方は椀状 になっているのが普通である (お風呂の水が落ちるのが最後遅くなる!水圧を考えてみれ ばよい)。日時計と砂時計では比較的正確なものを作ることができるようである (季節に よる変動、緯度などを考慮する必要がある)。また、日時計は太陽が出ているときにしか 使えないし、水時計は水が凍っていないときにしか使えない。近代日時計はイスラムの 天文学者イブン・アル=シャーティル (Ibn al-Shatir al-Muwaqqat、1304 – 1375) が、地 軸の向きに平行に棒を置くことにより季節変動の影響をなくしたことがその始まりとさ れる。世界で最も古い現在動いている時計は、1386 年に開発された Salisbury cathedral clockである。また、特筆すべき機構は振り子時計であろう。ガリレオ・ガリレイが脈拍 を使って。振幅が小さい時振り子の等時性を確認したのは有名な話であるが、脈拍は一日 により変化するので、厳密な等時性とは言えない。初期の振り子時計は一日数時間くらい 狂うことも多かったようである (ガリレオ自身は時計への応用は考えなかった)。時計へ の応用を考えたのは、少し後の時代のオランダの数学者・物理学者・天文学者であるクリ スティアーン・ホイヘンス (Christiaan Huygens, 1629 – 1695) である (1657 年頃)。彼は 土星の環の発見や (1656 年)、波動の伝播問題を解析する手法である Huygens の原理 (光 についての論考、1690 年) を発表している。現在最も正確な振り子時計は、昨年開発さ れた Clock B で、約 5/8 秒の狂いで 100 日間動く。振り子時計は 20 世紀前半のクォー ツ時計の登場により衰退したが、現在でも使われている。クォーツ時計は現在でも広く使 われている時計で、物理的には水晶に交流電圧をかけると、規則的な振動を起こす (逆圧 電効果) ことを利用した機械である。1927 年、アメリカのベル研究所により発明された。 1970 年代 に一般に普及し、機械式の腕時計が売れなくなったことで、時計メーカーは大 打撃を受けた (クォーツ危機)。高精度なものだと、一年で数秒程度の誤差 (107 程度の精 度) で動く。現在は原子時計を基にしている電波時計が主流になりつつあるが、このよう な努力によって一日より短い時間が測定されたのである。
長らく、一日が基準となる時間とされてきて、その長さの基準として長らく採用されて きたのは地球の自転であるが、実は微妙に変動していることが精密な測定で分かった。現 在では秒の定義は、最も精密とされている原子の周期を基準に定められている。温度 0 K
(絶対零度) のもとで静止した状態にある 133Cs (セシウム 133) 原子の振動周期の二つの 超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の 9192631770 倍の継続時間であると定 義されている。この精度は 1/1014 から 1/1015 である。現在では、東京大学香取研究室が 昨年、1/1017 を超える精度の新種の原子時計である「光格子時計」を実現した。このよう にして、短い時間が正確に測定できるようになって来たのだが、恐らく人間が最も観測で きる最も短い部類の時間は、原子核を光が通る時間であろう。これらの時間は概ね 1/1023 秒である。
短い時間の次には、長い時間について考えてみよう。長い時間は考古学でよく登場す る。例えば、そのような方法としては樹木の年輪パターンを利用する年輪年代測定や、放 射性元素の改変を利用する放射年代測定が存在する。放射年代測定の中で最も有名なもの は、炭素 14 (14C) 法である。生物圏内では、宇宙線による14Nから 14Cへの生成反応と、
14C から 14N への β 崩壊反応がほぼ等しい速度で起こっている。植物や動物の 14C 濃度 は大気圏中の濃度と等しいが、化石になってしまうと、宇宙線を浴びることはないので、 β 崩壊反応のみになる。14C の β 崩壊は、14Cの 個数に比例して起こる。そのような微 分方程式を解くと、一定の割合で 14C が減っていくことが分かる。したがって、大気中 の 14C濃度と化石中の 14C の濃度の割合を調べることにより、化石の年代が分かる。通 常データベース化されているのは、問題になっている核種 (原子核は、中性子と陽子から なるが、その各々の数で指定される、原子核の種類のこと) が最初の半分になる期間のこ とである。その期間を半減期と呼ぶ。炭素 14 の半減期は約 5730 年であり、1000 年程度 から 数万年程度までの化石の測定に実際使われている。半減期が長い放射性元素を用い ると、それだけ長い期間が測定できる。例えば、ウラン 238 (238U)の半減期は 45 億年、 ウラン 235 (235U) の半減期は 7 億年であり、これらのウランと崩壊先である鉛の元素の 存在比を調べることにより、最終的に地球の年齢は約 45 億年であることが分かったので ある。
宇宙の年齢は距離のところでも触れたように、約 138 億年と言われている。様々な理 論があるようであるが、宇宙の年齢を考える上で最も単純ない議論は Hubble の法則を用 いたものである。§1 で言及したように、宇宙では極めて小さな領域からビッグバンが起 こったと考えられている。従って、(宇宙の年齢)=(天体までの距離)/(天体の後退速度) で あると考えられる。これは、Eq. (2.2) によると、1/H0 である。実際に、宇宙における 1/H0 を計算すると、138 億年となり宇宙年齢とほぼ同じ年齢になる (但し、この議論は 宇宙膨張の加速や減速を考慮していないので、そのまま信用はできない)。
2.3 単位について
ここまで、様々な単位が表れた。単位についてここで少し調べておこう。ものを数える にはある基準を決め、その基準量の何倍というのが、最も原始的だが分かりよい方法であ る。この基準になる量は単位と呼ばれる。単位は本来人間がどのように定義してもよい。 例えば通貨単位などは各国によって異なっているし、距離の測り方も尺貫法などや、英米 などではヤード・ポンド法などが存在している。また暦も太陰暦が古くは存在しており、 昔は「閏○月」という月が存在したのである。しかし、基準が統一されていなければ、単 位換算に気をとられ、スムーズな思考が妨げられる。そこで、フランス革命後の 18 世紀
末にメートル法が制定された。メートル法で制定されたのは長さの単位 m (metre)、質量 kg (kilogram) である。そのほかに面積の単位として a (アール, are。100 m2)、体積の単 位としてリットル L (litre = 0.001 m3),ステール (1 m3)などが定められた。但し、普及に は時間がかかり、実際にメートル法が普及したのは 19 世紀中ごろであるようである。日 本では 1891 年に施行された度量衡法により導入され、完全実施されたのは 1959 年のこ とであった。現在は国際的な規格を統一するために 1875 年に締結されたメートル条約に 基づき、国際度量衡総会 (仏:Conf´erence g´en´erale des poids et mesures, CGPM) が定義 する国際単位系である SI (仏: Syst`eme international d´unites) が使われている。SI の基準 となる単位 (SI 基本単位) は 7 つあり、何れも非常に基本的な物質量に結びついている。 長さ m, 時間 s (秒, second, second minute の略), 質量 kg, 電流 A (アンペア, Ampere), 温度 K (ケルビン, Kelvin), 物質量 mol (モル、mole), 光度 cd (カンデラ, candela)であ る。そのほかに慣用的に使われている単位も数多くある (時間の単位や t (ton = 1000 kg) 等)。基本単位をいくつか掛けたり割ったりした単位は SI 組立単位と呼ばれる。例えば、 面積や、体積、エネルギーなどの単位は組立単位である。
2.4 べき ( 指数 ) 表示・有効数字
いくつかの例で見てきたように、我々の観測できる範囲に伴い物理学では非常に大きな や小さな量をも取り扱う。そのような量の取り扱意は、細かい数字の取り扱いをあまり気 にしなければ、「何桁の数か?」というのが、最も少ない情報で数の大きさを把握できる。 指数表示はそのような目的で取り扱われる。例えば、光の速さは凡そ 3 ×108 m/sであり、 一光年は凡そ 9.46 ×1015 mである。10 進法が定着した理由は定かではない。現に計算機 科学ではすべての数を on (1) と off (0) の組み合わせで表す 2 進法が使われるし、人間 がデータを読むために 16 進法が使われている。古代エジプトの掛け算や割り算は 2/3 と いう例外を除き 2 進法によるものであるし、また古代バビロニアの数学では 60 進法が使 われていたのは有名である。人間の手足の指が 10 本であるから、という理由が有力では ないかとも言われるが、その真偽は私にはわからない。10 進法が完成したのは シモン・ ステヴィン (Simon Stevin, 1548 – 1620, オランダ) による十進数の小数表示による (その 他にも、彼は +, − の記号や、力の合成に関する平行四辺形の法則 (後述) を発見した)。 ともかく、我々の大半が今や十進法を使っているわけである。また、これは国際的な取り 決めでもあるが、現在 SI では 10 の累乗を表すために SI 接頭辞を使うことも多い。例え ば、キロ (k = 103)や センチ (cm = 10−2) 等と呼ばれているのがそれである。最近では 京コンピューターなどはペタコンと呼ばれている (京コンピューターは 10 PFLOPS、つ まり一秒間に 1016回の浮動小数点計算を行うことができる)。以下間違えるかもしれない 点を 2 点だけ注意しておこう。
1. 接頭辞は 2 つ並べられない。例えば、10 µkm などという言い方はできない。 2. 1 km2 は 1 (km)2 = 1000000 m2 であり、1000 m2 ではない。
最後に、現在承認されている SI 接頭辞を 表 1 に示す。
ここで、やや後出しになるが高校数学に触れていない人が、指数表記を理解するために 指数とは何か ? ということについて少し触れておこう。通常、我々が使う掛け算は、掛け
表 1: SI で用いられる接頭語
10x 101 102 103 106 109 1012 1015 1018 1021 1024
記号 da h k M G T P E Z Y
日本語 デカ ヘクト キロ メガ ギガ テラ ペタ エクサ ゼタ ヨタ 英語 deca hecto kilo mega giga tera peta exa zetta yotta
10x 10−1 10−2 10−3 10−6 10−9 10−12 10−15 10−18 10−21 10−24
記号 d c m µ n p f a z y
日本語 デシ センチ ミリ マイクロ ナノ ピコ フェムト アト ゼプト ヨクト 英語 deci centi milli micro nano pico femto atto zepto yocto
算は通常どこからかけても同じ結果になる。これは数学の言葉では結合法則と呼ばれる。 すなわち、a × (b × c) = (a × b) × c であり、これを通常 a × b × c と書く。同じ数をずっ とかける時もどこからかけても結果は変わらないので、これを
g × g × g × · · · × g = gn (2.3) と書き、g の n 乗 (g to the power of n) と呼ぶ。また、この時 g を底 (base) と呼び、n を指数 (power) と呼ぶ。指数が正の整数である時にはすぐに分かることであるが 、
gn+m= gn× gm, gnm = (gn)m (h × g)n= hn× gn (2.4) が成り立つ。一番左の式は、実は掛け算と足し算の間の分配法則 g×(n+m) = g×n+g×m と同じ構造を持っている (g をずっと足していくところを想像してみると良い)。
ここで a, b, c を a−b = c を満たす正の整数として、2a−b = 2c という式を考えてみよう。 これは式 (2.4) が指数がいかなる整数についても成り立つとすると、2a−b = 2a× 2−b = 2c である。すると最後の等式が成り立つためには 2−b = 2c−a = 2c/2a でなければならない。 ここで、a, b, c が 正の整数という制限を外しいかなる整数についても この式が成り立つ ためには、c = a とした時、20 = 2a/2a = 1 である必要があるし、また c = 0 とした時 2−a= 1/2a である必要がある。今述べたようなことを背景として、0 を除く (0 の逆数は 一意に定まらないので定義できない。コンピュータプログラムでは 00 = 1 としているも のもあるようであるが。) 一般の底 g に対して 0 と 負の整数の指数を、
g0 = 1 g−n= 1/gn (但し n は正の整数), (2.5) と 定義する。つまり、1 cm = 10−2mは 1 m の 102分の 1, つまり 1/100 ということである。 さらに、分数乗を定義しておこう。Eq. (2.4) の左から 2 番目の式が 分数のときも成り立つ としよう。例えば、p と q(̸= 0) を整数とすると、(2p/q)q = 2p となる。すると、2p/q =√q2p である。このような議論から、一般の底 g に対して、gp/q =√qgp と 定義する。