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ミクロとマクロの価格硬直性 ホーム Tsutomu Watanabe

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ミクロとマクロの価格硬直性

渡辺努

2011 年 1 月 3 日

1 はじめに

先日,大学受験を控えた高校生を相手に経済学の話 をする機会があった。自分の頭で経済現象を理解しよ うとする意欲に溢れた高校生たちだったが,その中の ひとりから面白い質問が出てきた。モノの値段が需要 曲線と供給曲線の交点で決まるという考え方と,景気 が悪くなると失業が増えるので財政政策や金融政策に より有効需要を増やす必要があるという考え方は矛盾 しているのではないか。彼の質問は,需要と供給を一 致させるという市場の機能が十分に働くのであれば, 需要が足りないとか過剰とかいうことはそもそもあり 得ないのではないかという趣旨である。

実はこの質問は大学で経済学を学び始めた学生がし ばしば直面する疑問である。しかし教師に面と向かっ てこれを質問する学生は少ない。あまりに初歩的すぎ て恥ずかしいと感じるのかもしれない。しかし実際に はそうではない。実はこの質問に正面から答えられる 教師はこの世の中にはいない。だからどの教科書を見 ても,そこはぼんやりとごまかして書いてある。それ ほどに難しい質問である。恥ずかしいのは生徒ではな く教師の方である。

需要と供給が食い違っているときに価格が調整され ないという状況は価格の「硬直性」とか「硬直性」と よばれている。ケインズが提唱したものであり,それ 以降,理由を深く考えることもなく,マクロ経済学と いえば価格は動かないもので,その前提のもとで失業 や金融財政政策の役割を議論するものとされてきた。 それに対してミクロ経済学は需要曲線と供給曲線の交 点で価格が決まると教える。それでは,二つの曲線の 交点に価格が瞬時に調整されないのはなぜだろうか。

一橋大学物価研究センター(tsutomu.w@srv.cc.hit-u.ac.jp)。 本稿の作成に際しては渡部敏明氏より貴重なコメントを頂戴した。 記して感謝したい。本稿は,学術創成研究プロジェクト「日本経済 の物価変動ダイナミクスの解明」(課題番号:18GS0101,研究代表 者:渡辺努)の一環として作成されたものである。

この質問に真正面から答えようとする研究が出てき たのはここ数年のことである。数年前に始まったばか りだから何が正解か現時点ではよくわかっていないが, それでも十年前と比べ理解が格段に進んでいるのは間 違いない。ケインズ以降,長い間,放置されてきた宿 題に今になって研究者が手を着け始めたのは背景には いくつかの複合的な理由があるが,筆者は以下の事情 が決定的に重要だったのではないかと考えている。

それは2002 年に欧州の中央銀行で始まった研究ネ ットワークの影響である。IPN(Inflation Persistence Network)とよばれるこの研究ネットワークでは,消 費者物価指数の原データを用いて,個々の商品につい て,どのくらいの間隔で価格が更新されるのか(1 週間 なの1ヶ月なのか)を調べるという作業を,ユーロ加盟 各国について行った。消費者物価指数に含まれるひと つひとつの商品について,しかも加盟各国が比較可能 なような形式で調べるのは気が遠くなるくらい大変な 作業である。IPN のメンバーはこの作業をやり遂げ公 表した。そこでの結論は,価格はそれまで考えられて いた以上に頻繁に更新されているということであった。

具体的には,あるひとつの店舗におけるあるひとつ の商品の価格がどのくらいの頻度で改定されるかを調 べると,商品によってばらつきはあるものの,平均的 には4ヶ月から 6ヶ月に一度の頻度であることがこれ らの研究によりわかった。いま説明の便宜上,全ての 商品が6ヶ月に一度の頻度で価格を改定しているとし よう。ごく単純に考えると,6ヶ月経つと,全ての商品 は少なくとも1 回の価格改定を経験することになる。 したがって,例えば,ある日に通貨供給量が10%増加 したとして,その6ヵ月後には全ての商品の価格が少 なくとも一度の価格改定を行い,その結果,10%引き 上げられているはずである。つまり,通貨供給量の増 加が価格に及ぼす効果は6ヵ月後には完全に出尽くし ているはずである。別な言葉で言えば,通貨供給量の

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増加が生産や雇用などに影響を及ぼすのは6ヶ月以内 の「短期」の現象であり,6ヶ月経てば価格の調整が完 了する「長期」が訪れるはずである。

これは本当だろうか。IPN 以前に行われてきた多く の研究では,「長期」に至るにはもっと長い時間がか かると考えられてきた。例えば,消費者物価指数や生 産指数など経済の全体を捉える集計量を用いてVAR モデルを推計した多くの研究によれば,金融政策の変 更が価格に完全に反映されるには約2 年かかる。これ は主要先進国に共通して確認されている事実である。 先ほどの通貨供給量の10%増加の例に戻ると,通貨供 給量の増加は名目GDP を 10%増加させる。その名目 GDP の増加は当初は実質 GDP の増加というかたち で現れるが,時間とともにGDP デフレータが上昇し 始め,最終的にはGDP デフレータが 10%増加する一 方,実質GDP は元の水準に戻る。そこに至るまでに 要する時間が2 年間ということである。

ある店舗におけるある商品の価格が示す価格硬直性 をミクロの価格硬直性とよぶことにすれば,それは約 6ヶ月である。これに対してマクロの集計量から観察 される価格硬直性をマクロの価格硬直性とよぶことに すれば,それは約2 年である。この 2 つの数字の間に は計測誤差では説明のつかない大きな差があり,ミク ロの単純な積み重ねではマクロの現象を理解できない ということを示唆している。また,Taylor (1980) は後 者と前者で割った値をcontract multiplier とよんだが, この用語を借りれば,contract multiplier が 4 という ことである。なぜマクロの価格硬直性はミクロの硬直 性の4 倍も大きいのか。これを解明するのが本稿の目 的である。

本稿の説明は単純である。通貨供給量の10%増の例 に戻って,各店舗は10%の価格引き上げを 4 回に分け て小刻みに行うと考えてみよう。例えば,1 度の価格 引き上げで2.5%ずつ引き上げ,それを 4 回繰り返す と考えるのである。1 回当たり 6ヶ月かかるのだから, それを4 回繰り返せば 2 年になる。このように考えれ ばミクロとマクロの硬直性の差は簡単に説明がつく。 しかしこれでは単なる数合わせに過ぎない。重要な質 問は,各店舗はなぜ必要な価格調整を(10%の通貨供 給量増に対応する10%の価格引き上げを)一度で行わ ず,小刻みに行うのかという点である。

本稿の構成は以下のとおりである。第2 節では,価格 の硬直性に関する仮説を説明する。第3 節では,Mizuno

et al (2010) に即して,小刻みな価格変化が実際に起 きているかどうかを確認する。第4 節では小刻みな価 格変化が起きる理由を考察する。第5 節は本稿の結論 である。

2 価格はなぜ硬直的なのか

2.1 二つの仮説

価格はなぜ粘着的なのか。現時点で有力な仮説は二 つである。第一の仮説では,価格を更新するのに物理 的なコストがかかると考える。例えば,レストランの 料理の価格を変えようとすればメニューを印刷しなお さなければならない。どんなに立派なメニューでもそ れに必要な金額はたかが知れているが,それでもゼロ ではない。そういうコストがあると,例えば,材料の 野菜の価格が上がったとしても,それがさほど大きく ない限りは,料理の価格を据え置く方がコストの節約 になる。このようにして価格の硬直性が生み出される と考える。

これに対して第二の仮説は,企業や店舗が価格を変 更しようとするときに,適切な価格を知るために需要 や原価の動向を調べるという情報収集や集めた情報を 分析する手間に注目する。営業担当が足元や先行きの 需要を調べ,購買担当が原価について調べ,それらの 情報を持ち寄って本社で会議を開き… といった費用は 確かにばかにならないものかしれない。この費用を払 うくらいなら現行の価格のままでとりあえず走ろうと 企業が考えたとしても不思議はない。

この二つの仮説はそれなりにもっともらしく聞こえ る。しかしいずれの仮説も,経済学者が想像をふくら ませて,こういう理由で価格が硬直的になっているの ではないかと考えだしたものに過ぎない。そんな経済 学者の想像力に頼らなくても,実際に価格を決めてい る企業に聞けば答えはすぐに出てくるのではないか。 誰でもそう考えるであろう。筆者を中心とする研究グ ループでは,2008 年春に日本の製造業を対象にアン ケート調査を行った(阿部他2008)。その結果,「原価 や需要が変化しても即座には価格を動かさない」と答 えた企業は90%に達し,価格硬直性が実際に多くの企 業で存在することがわかった。さらに,それらの企業 に,即座に動かさない理由は何かを聞くと,情報の収 集・加工に伴うコストを挙げる企業が少なくなかった。

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驚くべきは,メニューコストに代表される「物理的な 価格変更のコストがあるから」という選択肢を選んだ 企業は皆無であった。実は同様のアンケートは米国や 欧州でも行われており,そこでもメニューコスト仮説 の不人気は際立っている。

なぜ経済学者は不人気のメニューコスト仮説を後生 大事に信奉するのか。これは経済学者の「哲学」と深く 関係している。ここ数年の理論的な研究でわかってき たことのひとつに,二つの仮説が金融政策の有効性に ついて大きく異なる含意をもつということがある。つ まり,価格硬直性の程度だけでは金融政策の効果は決 まらない。大事なのは硬直性の理由である。硬直性が メニューコストなどの物理的費用から来る場合にはマ ネーを増減させてもそれが生産や雇用といった数量に 影響する度合いは小さい(つまり金融政策は中立的)。 マネーの増減の多くは数量ではなく価格で吸収される。 それに対して硬直性が情報コストに由来する場合には マネーの増減は数量により多くの影響を及ぼす。

筆者の観察するところ,金融政策の有効性を強く信 じる論者は硬直性が情報コストに由来するという仮説 を「信奉」する傾向がある。こういう論者は米国でい えば,東海岸の大学に多いように見える。また中央銀 行に所属する研究者の多くもこれに近い。これに対し て金融政策に多くを期待すべきでないと信じる論者は メニューコスト仮説を「信奉」しているようである。こ れはシカゴを中心とするエリアに多いように見える。 かってのマネタリスト対ケインジアンという対立が, やや趣向を変えて再現されているのかもしれない。

2.2 実質硬直性という考え方

この2 つの仮説はいずれも XX 円という 名目価格 がなぜ即座に変更されないかを説明しようとするもの である。これらの仮説が説明しようとしている硬直性 は「名目硬直性(あるいは名目硬直性)」とよばれる。 これに対してある企業の価格XX 円と別な企業の価格

○ ○円の比率,つまり 相対価格 に硬直性が存在する という考え方があり,これは「実質硬直性」とよばれ ている。

実質硬直性とはどのようなものか簡単な例で説明し よう。ある商品を販売する商店がいくつかあるとして, その商品の原価が各店舗一律に上昇したとする。この とき店舗A の経営者にとって気になるのは他店の動

向である。原価の上昇分だけ価格を引き上げたいのは やまやまであるが,仮に他店が価格を据え置く中で自 分だけが価格を上げれば多くの顧客を失ってしまう。 したがって店舗A の経営者は価格を据え置くか,あ るいは上げるとしても小幅な引き上げにとどめる。他 店の経営者も事情は同じで,価格を動かさないライバ ルの影がちらつくために,価格を据え置く,あるいは 小幅な転嫁で我慢することを選択する。このようにし て,店舗間の我慢合戦の結果,原価上昇分の転嫁が完 了するまでに長い時間がかかるという現象が生じるの である。

価格引き下げについてもこれと似た仕組みが働く。 家電量販店などで行われている最低価格保証を例に説 明しよう。最低価格保証とは「他店よりも高ければそ れに合わせます」という価格政策である。これは一見, 熾烈な低価格競争に見えるが,実は,相手が動けば(価 格を下げれば)自分も動く(下げる)という消極的な 戦略であり,裏を返せば,相手が動かないので自分も 動かないという状況を生み出す。このような相互牽制

(相互模倣)の結果,価格の低下方向への調整がゆっく りと時間をかけて行われるという現象が生じる。

このように,店舗や企業が自分の価格をライバルの 価格に連動させようとし,その結果,お互いの価格設 定行動を模倣することになり,それが全体としての価 格の動きを鈍くするという特徴は,価格の引き上げに も引き下げにも共通するものである。阿部他(2008) が 行ったアンケート調査でも,多くの企業は即座には価 格を動かさない理由として「同業他社との競合」を挙 げている。これは広い意味での実質硬直性を指してい ると見ることができる。同業他社との競合があるため にコスト転嫁が難しいというのは多くの企業経営者が 指摘するところでもある。

実質硬直性の考え方には2 つの重要な特徴がある。 第1 は,実質硬直性のストーリーでは名目硬直性の存 在が仮定されているという点である。原価が各店一律 に上昇した例に戻ると,店舗A が価格引き上げに躊躇 するのは他店に客が流れてしまうことを心配するから であった。なぜ他店に客が流れるかと言えば,他店は 価格を変えないからである。そこでは他店が価格を据 え置く中で自分だけが価格を引き上げるという状況が 想定されている。しかし,そもそもの問題として,な ぜ他店は原価が上昇しているにもかかわらず価格を据 え置くのか。すぐに思いつくのは,他店もまた自分以

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外の店舗の価格戦略を気にしているという説明であろ う。現実に観察される価格硬直性がこのようなゲーム 的な状況を反映している可能性は否定できない。しか し実質硬直性に関するこれまでの研究では,他店が価 格を変更しないのは名目硬直性が存在するためと考え てきた。例えば,他店はメニューコストを払いたくな いので価格を据え置く。そのことを知っている店舗A は自分だけが価格を引き上げると他店に客が流れてし まうと考え,価格引き上げを躊躇するのである。別な 言い方をすると,実質硬直性は,名目硬直性の効果を 増幅するための仕組みと考えられている。

第2 に,他店の価格据え置きを考慮して意思決定し た結果として店舗A がとり得る行動には二種類ある。 ひとつは価格の変更を見送るということである。他店 が据え置くので自分も据え置くというのは現実にもあ りそうな選択である。店舗A が見送りを選んだとすれ ば価格の更新頻度はその分だけ低下することになる。 つまり,メニューコストなどによって低くなっている 価格の更新頻度がさらに低下することになる。

もうひとつの可能性として,店舗A は価格の変更を やめてしまうのではなく,変更はするが変更幅を小さ くするということが考えられる。例えば,原価は100 円上昇しているにもかかわらず,引き上げ幅を10 円 にとどめ,これによって他店への客の流出を少なくす るのである。この場合には,価格の更新自体は行われ ているので,価格の更新頻度が低下するということは ない。それどころか,店舗A は残りの 90 円の引き上 げを後日実現しようと考える。例えば,店舗A が引き 上げた翌日には店舗B が,その翌日には店舗 C がと いうように,他店も次々と10 円の価格引き上げを行 うとすれば,店舗A は他店が最初の 10 円の引き上げ を終えた時点で,次の10 円引き上げを考えるだろう。 このようにして,店舗A もそれ以外の店舗も,10 円 ずつの引き上げを10 回繰り返しようやく原価上昇分 の転嫁を完了させることができる。

このような状況では,小刻みな価格変更が繰り返さ れる結果,価格の更新回数(更新頻度)は増加するこ とになる。これは,第1 節で説明したミクロとマクロ の価格硬直性の違いを説明する有力な考え方である。 次節では,小刻みな価格変更が実際に起きているか否 かをデータを用いて検証してみよう。

3 小刻みな価格更新

3.1 スーパーマーケットの価格改定

図1 は,横軸に数量の指標として失業率を,縦軸に 消費者物価上昇率をとったフィリップス曲線を示して いる。2000-09 年の時期をみると,失業率が 3%台か ら5%半ばの範囲で変動したにもかかわらず,消費者 物価上昇率の変化は微々たるもので,その結果,フィ リップス曲線は2000 年以降ほぼフラットになってい る。つまり,需要変動に対する調整はもっぱら数量で 行われ,価格調整の役割は限られていたことがわかる。 つまり,需給の変動など価格が動くべき理由はあった にもかかわらず価格の反応が鈍かったということであ り,価格の硬直性が高いことを示している。この特徴 は,1971-89 年の時期のフィリップス曲線の急勾配と 比較すると顕著である。71-89 年の時期には需要ショッ クに対する価格調整の役割は小さくなく,相対的に価 格が伸縮的であったことを示している。また,1990-99 年の時期をみると,価格調整の役割が小さいという性 質(及びその背後にある価格硬直性の上昇)は2000 年 以降に急に現れたのではなく,90 年代後半以降,その 傾向があったことがわかる。

1990 年代後半以降,価格の硬直性が高まったのはな ぜか。この疑問を出発点として,Saito and Watanabe (2007) は日本のスーパーマーケット約 200 店舗から集 めたPOS データを用いて各スーパーで販売されてい る全商品について価格の硬直性を計測した。この場合 の商品とはバーコードで定義されるものであり,その ように非常に狭く,かつ厳密に定義された商品につい て,集計を一切施さない生の価格データを用いること により価格硬直性の計測精度を高めることができる。 1990 年代後半以降の物価の動きの鈍さが価格硬直 性に起因するのだとすれば,価格の改定頻度はその時 期,低下しているはずである。ところが,Saito and Watanabe (2007) の分析結果は実際にはその逆のこと が起きたことを示している。具体的には,20 日間を単 位期間としてその期間において全商品のうちどれだけ の割合で価格改定が行われたかを数えた結果,1990 年 代前半は15.6%であったものが 90 年代後半には 16.2%, 2001-05 年には 23.9%と上昇していることが確認され た。これを見る限り,価格の改定頻度が最近低下して いるとは言えず,どちらかと言えば最近高まる傾向に

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ある。

しかし前節で説明したように,価格の硬直性は改定 の頻度だけで決まるわけではない。頻度が高いとして も1 回の価格改定における変更の幅が小さければ価格 の動きは鈍くなる。つまり,価格改定の「回数」と「幅」 を掛け合わせたものが価格の動きを決めている。Saito and Watanabe (2007) や Abe and Tonogi (2010) はこ うした視点から価格改定の幅を調べた結果,90 年代後 半以降は,小幅の価格変更の占める割合が高まってい ることを見出した。つまり,90 年代後半以降,価格改 定の回数は増えているものの,同時に価格改定幅の小 幅化が進んでいる。それが価格の動きを鈍くし,フィ リップス曲線の傾きを緩やかにしていると考えること ができる。

フィリップス曲線は,失業率と消費者物価上昇率と いう二つの集計量の間の関係であり,その意味で,フィ リップス曲線の傾きはマクロの価格硬直性の尺度であ る。フィリップス曲線の傾きが緩やかになっているとい う現象は,マクロの価格硬直性が高まっていると解す べきである。Saito and Watanabe (2007) や Abe and Tonogi (2010) など POS データを用いた研究は,マク ロの価格硬直性の高まりが主として各商品の価格改定 幅の小幅化に起因することを示唆するものであり,マ クロとミクロの価格硬直性を整合的に説明することに 成功している。

しかし,POS データを用いたこれらの研究は,マク ロとミクロの価格硬直性を結びつけるという視点から すると,必ずしも十分でない。第1 に,これらの研究 では,1990 年代後半以降とそれ以前という二つの時期 で,(1) マクロの価格硬直性が異なること(1990 年代 後半の時期に硬直性が高い),(2) 価格改定幅が異なる こと(1990 年代後半の時期に幅が小さい)という 2 つ の事実を指摘しているだけであり,実質硬直性の存在 を示す状況証拠にはなっているが実質硬直性が重要な 役割を示すという直接的な証拠とは言い難い。

第2 に,より本質的な問題として,実質硬直性は同 じ商圏で競合する店舗や企業の間で発生する現象であ り,したがって,そうした現象を扱うには,競合する 店舗や企業の価格を収集する必要がある。しかしSaito and Watanabe (2007) などが分析に用いている POS データに含まれる200 の店舗は日本全国に点在する店 舗であり,必ずしも同一商圏に属し互いに価格競争を しているわけではない。したがってPOS データを用い

て価格競争に関連する分析を行うのは容易ではない。 これはSaito and Watanabe (2007) などが用いた POS データに固有の問題ではなく,日本や欧米で用いられ ている同種のデータに共通する問題である。

ミ ク ロ の 価 格 設 定 行 動 を 分 析 す る 際 に 用 い ら れ る データとしてはPOS データ以外に消費者物価指数の 原データがある。総務省統計局が公表している消費者 物価指数は約500 品目から成るが,品目価格として公 表されている。しかしそれぞれの品目価格は専門の調 査員によって収集された生の価格に集計作業を施した ものである。消費者物価指数の原データとは,調査員 によって集められた生の価格のことであり,第1 節で 紹介したIPN では,EU 加盟各国がそれぞれの国の統 計作成部局の協力を得て,このデータを入手し,それ を用いて価格の改定頻度を計測した。消費者物価指数 の原データはこのように非常に貴重な情報源であるが, ひとつの商圏の代表的な店舗が提示する価格を集める という原則の下に設計されているという難点がある。 これはその地域の代表的な価格を捕捉するという上で は重要なことであるが,その原則を貫いた結果として, 代表的な店舗と競合する他店舗の価格は収録されない ことになる。したがって消費者物価指数の原データは 実質硬直性の研究には向いていない。

3.2 オンライン市場における価格改定

しかし同一商圏で競合する店舗の価格を採集するの は不可能なことではない。Mizuno et al (2010) はイ ンターネット上の価格を利用することによりこの問題 を解決した。Mizuno et al (2010) が用いたのは「価 格.com」という価格比較サイトで各店舗が提示してい る価格のデータである。例えば,キヤノンのあるデジ カメのモデルには約50 の電子商店が価格を提示して おり,各店舗の価格が時々刻々更新される。これらの 店舗は,他店舗の価格を参考にしながら自らの価格を 決めており,正に同一商圏で価格競争を繰り広げてい る。オンライン市場は実質硬直性の有無やその度合い を計測するには理想的な環境である

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図2 は,シャープの生産する液晶テレビ(AQUOS LC-32GH2)について,3 つの店舗の提示する価格の 推移を例示したものである。この商品は128 店舗で販 売されているがここでは例示のために3 店舗を選んで

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「価格.com」データの詳細については補論を参照。

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価格の動きを示している。この図からは,第1 に,こ の商品の価格には強い下落トレンドがあるものの,各 店舗は日々,連続的に価格を下げ続けているわけでは ないことがわかる。ある価格水準を数日あるいは数十 日維持した後,数百円または数千円の幅で不連続的に 価格を下げる。そしてその後しばらくは再び同じ価格 水準を維持する。この繰り返しである。このように価 格の変更がinfrequent であるという特徴は,CPI の原 データやスキャナーデータを用いてこれまで多くの研 究によって確認されてきた性質と共通している。

第2 に,3 つの店舗は同時に価格を変更しているわ けではなく,3 つの店舗は,それぞれ異なるタイミン グで,異なる変化幅で価格改定を行っている。3 店舗 の価格は全体としては同じ動きをしているが,詳しく みると店舗間の価格差は縮まったり拡大したりしてお り,抜かれては抜き返すという競争が繰り広げられて いることを示している。

図3 ではこの液晶テレビ(AQUOS LC-32GH2)の 価格の動きをさらに詳しく調べている。まず図3 の上 段の図はこの液晶テレビの平均価格の推移を230 日間 にわたって示したものである。この図に示したのは128 の店舗が提示する価格の平均値である。これらの店舗 はこの期間中に合計2645 回の価格改定を行っており, 平均すれば1 日に 11 回の価格変更が行われたことに なる。図からわかるように,平均値は230 日間のサン プル期間中,下落トレンドにあり,約16 万円からス タートして約13 万円まで下落している。しかし常時 同じペースで下落していたわけではなく,急速に下落 する局面と比較的緩やかに下落する局面とがある。図 にシャドーをつけたところは急速な下落局面である。 メーカーの過剰生産などにより流通在庫がだぶつくな どの理由でこうした急速な下落が起こると考えられる。

価格の急落局面では何が起きているのだろうか。図 3 の中段と下段の図では平均価格の動きを価格改定の

「回数」と,それぞれの価格改定における価格変更の

「幅」に分解している。具体的には,230 日間のサンプ ル期間を2 日間毎に区切った上で,それぞれの 2 日間 における価格改定数と,2 日間に起きた価格改定にお ける改定幅の平均値を計算している。中段の図の青線 は引き下げ方向の価格変更の回数であり,赤線は引き 上げ方向の価格変更の回数である。同様に,下段の図 に示した価格改定の幅の平均値についても引き下げと 引き上げを区別している。

中段の図から明らかなように,価格引き下げの「回 数」はシャドーをつけた4 つの急落局面で増加する傾 向がある。価格引き下げの「回数」は平均的には2 日間 で約19 回であるが,急落期にはこれを大きく上回り, 多いときには2 日間で 120 回を超えている。つまり, 価格急落は,価格引き下げの「回数」が増加することに よって生じているといえる。各店舗がライバル店の価 格を見ながら,小幅な価格変更を繰り返しているとみ ることができる。価格急落局面におけるもうひとつの 重要な特徴は,価格引き下げの「回数」が時間をかけて ゆっくりと増加し,減少するときもゆっくりと減少し ているということである。これは価格引き下げの「回 数」が自分自身の過去に依存する性質(persistence) をもつことを意味する。一方,下段に示した価格引き 下げの「幅」をみると,価格の急落局面では幅が大き くなる傾向が見える。しかしその傾向は「回数」ほど 鮮明ではない。また,価格引き下げの「幅」の変動は ボラタイルであり,自身の過去に依存していないよう にみえる。

Mizuno et al (2010) は価格引き下げの「回数」と

「幅」のそれぞれについて過去依存性を調べるために 自己相関係数を計算し,「回数」は最大10 日前の自己 の値と有意に相関しているとの結果を得ている

2

。この ことは,原価の変化や需要の変化を契機として,価格 調整の局面が訪れると,それが平均的には10 日間続 くことを意味する。一方,Mizuno et al (2010) によれ ば,128 店舗のそれぞれが最低 1 回の価格改定を行う のに要する時間は平均1.9 日である。したがって,原 価の変化や需要の変化を契機として始まる価格調整の 局面において,各店舗は約5.3 回(10 日間÷ 1.9 日) の価格改定を行っている。つまり,各店舗は原価や需 要の変化を完全に価格に反映させるまでに約5 回の価 格変更を小刻みに行っている。

平均5 回に分けて小刻みに価格改定を行うという結 果は,Taylor (1980) の contract multiplier が約 5 で あることを意味している。一方,第1 節で紹介したよ うに,マクロデータから計測される価格の硬直性は2 年程度であり,ミクロデータから計測される価格の硬 直性は約6ヶ月だから,contract multiplier は約 4 で ある。この2 つの contract multiplier は,異なる市場 について,異なる手法で計測されたものである。それ にもかかわらず2 つの計測値が近いのは興味深い。

2

一方,「幅」には統計的に有意な過去依存性は見られない。

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4 小刻みな価格更新はなぜ起きるの

4.1 価格改定の店舗間の相関

実質硬直性の考え方によれば,図3 で確認したよう な小刻みな価格変更が起きる背後では,各店舗がお互 いの価格設定を監視し,相互に影響し合っている。つ まり,ある店舗の価格改定は別な店舗の価格改定と相 関している。図3 はそうした相関の存在を示唆するも のではあるが,相関の存在の直接的な確認にはなって いない。相関の有無をデータから直接確認することは できないだろうか。Mizuno et al (2010) はそうした問 題意識から次のような条件付確率を計算することを提 案している。いま,ある店舗(店舗 i)が価格変更を 行ったとして,その後に,店舗 i 以外に n 店が価格変 更を行ったとする。この条件の下で,次に行われる価 格変更が店舗 i によって行われる確率を計算する。も し店舗 i が他店の価格設定行動を監視しており,他店 の価格変更に追随する(他店が上げれば自分も上げる, 他店が下げれば自分も下げる)という行動をとるとす れば,この確率は n が大きくなればなるほど上昇する はずである。逆に,こうした追随が一切なければ,こ の条件付確率は n に一切依存せず一定のはずである。 したがって,条件付確率が n にどう依存するかを調べ ることにより,各店舗の価格設定が相関しているか否 かを知ることができる。

図 4 は実際にこの条件付確率を計算した結果を示 している。図の横軸は n の値を示している。例えば, n= 4 というのは店舗 i が価格変更を行った後で 4 店 舗が価格変更を行ったということを意味している。こ の条件の下で次の価格改定を行うのが店舗 i である確 率が縦軸に示されている。この図は価格変更の分析に しばしば用いられるハザード関数とよく似ているが, 通常のハザード関数では,横軸は最後の価格変更から の経過時間であり,その点が異なっている。

図からわかるように,n が1, 2, 3 と増加するにつれ て条件付確率は高くなる傾向がある。つまり,他店が 価格変更を行うと,それに刺激されて店舗 i も価格変 更を行う確率が高まる傾向がある。この傾向は n= 7 まで続いている。ここでの結果は,ある店の価格変更 が別な店の価格変更をよぶという意味で,店舗間の価 格変更には正の相関があることを示している。ライバ

ル店が価格変更したか否かが価格変更の重要な判断材 料になっていることを示している。

ただし n の値が8 以上になると,今度は逆に条件付 確率は低下する傾向がある。通常のハザード関数(横 軸に最後の価格変更からの経過時間をとり,縦軸にそ の時間が経過したという条件下で次の価格変更が起き る確率をとる)が右下がりになることはこれまで多く の研究で報告されてきた。Mizuno et al (2010) はこの データでも同様の性質を確認している

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。右下がりの ハザード関数は店舗間で価格の更新頻度に違いがある ことに起因すると解釈されることが多い。図4 の条件 付確率が n= 8 以降,低下するのは同様の異質性によ るものと考えられる。

4.2 屈折需要曲線

第2 節で説明したように,店舗の経営者は自分だけ が価格を引き上げることによって他店に顧客を奪われ てしまうことを懸念し,それが原因で価格を据え置い たり,価格変更を小幅化したりする。この考えを精緻化 したのが「屈折需要曲線(Kinked demand curve)」と よばれる仮説である。Mizuno et al (2010) は価格.com の市場で実際にこの仮説が満たされているかを検証し ている。

図5 は,店舗 A と店舗 B が最安値と二番目の安値 を提示しているという状況下で,A の価格と B の価格 にどれだけの開きがあるのかを横軸にとり,縦軸には 利用者がA の店舗をクリックする(つまり購買に向け た行為を行う)確率をとったものである。A の価格が B に比べて高ければ高いほど A の店舗がクリックされ る確率は下がるので図は全体として右下がりになって いる。これは価格が上がると需要が下がるという需要 曲線の関係に相当する。

しかしこの図の需要曲線は日頃見慣れた直線ではな く,不連続である。図の●で示した点は店舗A の価格 が店舗B の価格を僅かではあるが下回っており,店舗

3

メニューコスト仮説によれば,最後の価格変更からの経過時間 が長ければ長いほど,望ましい価格からの乖離が大きくなり,その ため価格改定確率が上昇する。図4 の条件付確率の右上がりの部分 はこれを反映したものに過ぎないという見方もあり得る。しかしメ ニューコスト仮説により忠実に,横軸を経過時間とすると,ハザー ド関数は一貫して右下がりになる。このことは,メニューコスト仮 説が妥当しないことを意味すると同時に,図4 の条件付確率の右上 がりの部分はメニューコスト仮説では説明できないことを示してい る。

(8)

A が最安値店のときである。一方,図の■ は店舗 A の 価格が僅かではあるがB を上回り,A が第二位のとき である。二つの点でのA と B の価格差は数円であり, ほとんどないに等しい。それにもかかわらずA がク リックされる確率は● の第1 位のときには 0.4 である のに対して■ の第2 位のときには 0.2 であり,2 倍の 開きがある。店舗間の相対価格ではなく順位が重要な 役割を果たしていることを示している。

いま店舗A が● の位置にいるとしよう。店舗 A は 価格を下げることによって2 位以下の店舗との差をさ らに広げ,それによってより多くのクリックを得るこ とができる。これは,● から出発して需要曲線上を左 上へと上がっていくことに相当する。しかし需要は増 加するものの増加幅はさほど大きくない。既に最安値 にある店舗が価格をさらに下げてみたところでその効 果は大きくないことを意味している。次に,● の位置 にいる店舗A が価格を引き上げると何が起きるかをみ てみよう。店舗A が● から出発して少しでも価格を引 き上げると,順位は2 位に転落し,需要は激減する。 これは既に説明したとおりである。この2 つのことを 合わせると,● から出発して価格を引き下げてもさほ どの需要増は得られない一方,価格を引き上げると大 幅に需要が減少する。つまり,需要曲線は● のところ で屈折しているとみることができる。

「屈折需要曲線」仮説によれば,このように需要曲 線が屈折している場合には,原価が少々高くなったり 低くなったりしたとしても,価格を据え置くのが最適 な選択である。僅かな原価の上昇であってもそれを転 嫁しようとすれば多くの需要を失ってしまう一方,原 価の僅かな低下を反映させたとしてもそれによって得 られる需要増は限られているからである

4

。価格.com 市場においても需要曲線の屈折が価格硬直性を高めて いる可能性がある。

5 おわりに

中央銀行が通貨供給量を変更したときその効果が出 尽くすまでには2 年程度かかる。しかし個々の商品の 価格は半年に1 回程度の頻度で更新されている。この 2 つの事実は店舗や企業が価格変更を小刻みに行って いることを示唆している。店舗や企業は本当に小刻み

4

屈 折 需 要 曲 線 が 価 格 硬 直 性 を 生 む 仕 組 み に つ い て はNegishi (1979) を参照。

な価格変更を行っているのか。なぜ必要な価格調整を 一度に行わず小刻みに行うのか。本稿ではこれらの疑 問に答えるためオンライン市場のミクロ価格データを 用いた分析結果を紹介した。オンライン市場では必要 な価格調整を約5 回にわけて行っており,確かに小刻 みな価格更新が行われている。また,小刻みな価格更 新の背後には,ある店舗の価格更新が別な店舗の価格 更新を誘発するという正の相関が存在することも確認 した。

本稿で紹介した分析結果は,価格競争と価格硬直性 の関係が単純でないことを示唆している。オンライン 市場では,売り手も買い手も価格に関する情報をクリッ クひとつで入手でき,そのため需給が常に均衡する完 全競争市場に近いと考える人が少なくない。しかし実 際には,オンライン市場でも価格は硬直的であり,そ の硬直性は店舗が互いに牽制し合って価格を設定する ことから生じている。価格競争の激化が価格硬直性を 高めているという面がある。これがオンライン市場に 特有の性質なのか,それともそれ以外の市場でも普遍 的に成立することなのかについて今後の検証が必要で ある。

参考文献

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[3] 水野貴之,渡辺努 (2008)「オンライン市場におけ る価格変動の統計的分析」『経済研究』第59 巻第 4 号, 2008 年 10 月, 317-329 頁.

[4] 渡辺努 (2010)「日本のデフレは緩やかだがしぶと い 日銀は物価予想への働きかけを」『エコノミス ト』2010 年 2 月 2 日号.

[5] 渡辺努 (2009a)「オンライン市場における価格変動 の統計的分析」『RIETI Highlight』Vol. 24,2009 Spring.

(9)

[6] 渡辺努 (2009b)「物価の反応の鈍さ 注視を」日本 経済新聞『経済教室』2009 年 12 月 9 日. [7] 渡辺努 (2007)「動かぬ物価の深層」日本経済新聞

『やさしい経済学』2007 年 8 月 2 日-8 月 14 日. [8] 渡辺努,水野貴之 (2008)「比較サイト普及とネッ

ト上での価格形成メーカーより流通が主導」日 本経済新聞『経済教室』2008 年 11 月 28 日. [9] Baye, M. R., J. R. J. Gatti, P. Kattuman, and

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[14] Taylor, J. (1980), “Aggregated Dynamics and Staggered Contracts,” Journal of Political Econ- omy 88, 1-24.

A 「価格 .com 」データの概要

「価格.com」は,株式会社カカクコムが運営するサ イトであり,現在,約1300 店舗が販売活動を行ってい る。取り扱い商品は家電製品やパソコンであり,バー

コードの異なる商品をすべて別商品として数えると, 約30 万点が取り扱われている。利用者数は,毎月約 1,200 万人である。

「価格.com」の利用者は,サイトを訪れることによ り,関心のある商品の特性,その商品を扱っている店 舗のリスト,各店舗が提示している価格などの情報を 入手することができる。こうした情報以外にも,店舗 の属性情報として,送料の有無(有りの場合は送料表 示),クレジットカード払い対応の有無,代金引換払 い対応の有無,配送センターの住所,オフラインの店 舗所有の有無,過去に店舗を利用した顧客による店舗 評価などを入手できる。「価格.com」を訪れた消費者 は,これらの情報を見ながら,まず,その商品を購入 する店舗を選び,次に「価格.com」のサイトの画面上 にある「店の売り場に行く」というボタンをクリック することにより,販売店舗のWeb サイトへと移動す る。消費者は店舗側のWeb サイトで購入手続きを進 め,最終的にその商品を購入する。「価格.com」のサ イトから各店舗のサイトへと客を送った回数に応じて 各店舗はカカクコム社に料金を支払う。これがカカク コム社の収入源である。カカクコム社が消費者から直 接料金を徴収することはない。

価格比較サイトの中には,インターネット上のサイ トから勝手に価格を採集してきて,そのリストを掲示 するというサービスを提供しているものもある。しか しこうした価格比較サイトとは異なり,「価格.com」で は,各店舗とカカクコム社との間に予め契約(送客に 伴う料金の支払いなど)がかわされているという点に 特徴がある。したがって,各店舗は互いにどの店舗が

「価格.com」に登録しているかを熟知している。各店 舗は,カカクコム社から送られてくる情報をもとに, 他の店舗が提示している価格がいくらか,自分の価格 が全体の何位に当たるのか,自分のサイトへの送客数 は多いか少ないかを,1 日に 3-4 回,あるいはそれ以 上の頻度でチェックし,必要な場合には自分の提示価 格を変更する。各店舗は自らが扱う商品のすべてにつ いてこうしたモニター活動を行っている。

一橋大学物価研究センターでは2006 年にスタートし たカカクコム社との共同プロジェクトにおいて,2006 年11 月 1 日から 2008 年 10 月 31 日までの 731 日間 に取り扱われたすべての商品について,各店舗によっ て提示されたすべての価格の履歴と,消費者の「店の 売り場に行く」というボタンがクリックされた履歴を,

(10)

秒単位の時間スタンプつきで記録したデータセットを 作成した。各店舗がどのような価格を提示するかはい わば商品の供給サイドの様子を表すものであり,各消 費者がどの店をクリックするかは需要サイドの様子を 表すものである。なお,「店の売り場に行く」というボ タンが押されたからといってそれが最終的な購買に結 びつくとは限らない。しかし,「価格.com」に登録して いるいくつかの店舗について,「価格.com」からの送客 数と,スキャナーデータから得た実際の販売個数との 相関をみると,非常に高いことが確認できる。この結 果は,クリック数が実際の販売個数の代理変数として 十分に有用であることを示している。

価格比較サイトに掲載されている価格はこれまでも 多くの研究で利用されてきた。しかし,各店舗の提示 する価格が時間とともにどのように変化するか,消費 者がどの店舗に対してクリックしているかという情報 を含むデータセットは多くない。本プロジェクトのデー タセットに最も近いのはBaye et al (2009) が用いてい る,英国の価格比較サイトから得たデータセットであ る。しかし彼らのデータセットは日次に集計されたも のであり,店舗と店舗が最安値を巡って繰り広げられ る時間単位,分単位,場合によっては秒単位の競争の 様子を観察するには向いていない。

(11)

-5 0 5 10 15 20 25

1 2 3 4 5 6

消 費 者 物 価 上 昇 率

完全失業率

1971-1989年

1990-1999年

2000-2009年

(12)

117500

119500

121500

123500

125500

127500

129500

131500

72 82 92 102 112

Y e n

Day

AQUOS LC-32GH2

(13)

-1600

-800

0

800

1600

0 50 100 150 200

yen

Price decrease Price increase

0

50

100

150

Price decrease Price increase

3

120

130

140

150

160

170

thousa nd yen

(14)

0.00

0.05

0.10

0.15

0.20

0.25

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18

P ro b a a b ilit y

(15)

0.1

1.0

-0.20 -0.15 -0.10 -0.05 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20

Number of clicks vs. relative price

0.8

T h e s h a re o f re ta il e r A i n th e t o ta l n u m b e r o f cl ic k s

Retailer A offers the lowest price

0.2

0.4

0.3

0.6

参照

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