遺伝子の働きから生物の環境適応能力を探る
大学院理学研究院・大学院生命科学院 教授
山口
や ま ぐ ち
淳二
じ ゅ ん じ
(理学部生物科学科(生物学専修分野))
専門分野 : 分子生物学,植物科学
研究のキーワード : 環境応答,タンパク質,トランスジェニック,遺伝子機能,二酸化炭素 HP アドレス : http://www.sci.hokudai.ac.jp/~jjyama/keitai2/Welcome.html
研究のきっかけは何ですか?
長い間、生物科学の研究をしてきて実感していることは、生 き物の姿は、進化の産物であると同時に、今ある環境に対する 適応の結果だということです。これ、もうちょっと説明しましょ う。コーヒー好きの私は、昔行きつけの店で2本の小さなコー ヒー苗木をもらいました。右図は、数年後、成長した2本の木 の写真です。小さい方は、私の居室にあったもの(→つまり、 教授室はストレスが多い!)、大きい方は、実験室にあったもの
(→良い環境で、のびのびと育った)。こういう感じで、環境は 生物の成長に影響を与えます。移動できない生物である植物な
どはそれが顕著で、その姿や形(例えば、葉が大きいのか小さいのか、何枚あるのか?と いったこと)は、その生物個体がすごしてきた環境の履歴そのものなのです。私たちヒト は、暑ければ日陰に隠れたり、部屋に入ってクーラーをつけたりしてやり過ごせますが、 植物はそうはいきません。彼らは単に「我慢強い」だけなのでしょうか?おそらく、植物 は、そのような急激な環境の変化に曝されても、それに適応するための「しくみ」を長い 年月をかけて獲得してきたのです。そういう環境応答のしくみが理解できれば、それを応 用して様々に役立てることができます。「最新の生物科学の論理と手法をふんだんに駆使し て、植物の環境適応機構を解明しよう」。これが、今の研究を始めるきっかけです。
どんな研究をしているのですか?
細胞内の様々な調節に関係しているユビキチン・プロテアソームシステム(以下UPS) について研究をしています。細胞の中には数百・数千種類のタンパク質が存在しますが、 それらを適切に分解して、品質管理や分子スイッチとして働かせているのがUPSです。 中でも重要なのが、E3ユビキチンリガーゼ(以下E3)で、植物には1200種類以上のE3 があります。これは植物ゲノム全体の5%に相当する遺伝子数です。言いかえれば、E3 こそが植物の優れた環境適応能力の源となっているのです。
私たちは、シロイヌナズナという植物(ペンペン草の仲間なのですが、モデル生物の一 つとして有名です-図1)を用いて、代謝の調節に重要なE3であるATL31遺伝子を見つ けました。この証明過程では、遺伝子の塩基配列の解析が必須です。そのためには、シー クエンサー(図2)、リアルタイムPCRという最新の機械を駆使することになります。最
出身高校:埼玉県立熊谷高校 最終学歴:名古屋大学大学院
農学研究科
いきもの/生体工学/生命進化
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終的には、遺伝子組換え(トランスジェニック)植物を用いて証明しました。
E3は特別な標的タンパク質と結合するので、次に、ATL31と結合する標的を見つける必 要があります。これに関しては、最新のタンパク質科学技術(プロテオミクス)を用いま した。免疫沈降と質量分析装置を用いて、14-3-3というタンパク質を同定しました(図3)。 また、両タンパク質が細胞内で実際に相互作用することの証明には、共焦点レーザー顕微 鏡を用いて、BiFCという蛍光タンパク質技術を利用しました(図4)。このようにして、 様々な栄養環境下での適応に重要な遺伝子の働きを解明しました。このような一連の研究 は、遺伝子機能解析と総称されます。
次に何を目指しますか?
今、私たちが進めているのが、植物の二酸化炭素(CO2)応答に関する研究です。ご存 知のように、大気中のCO2濃度の上昇は、地球温暖化との関係もあり、世界的に大きな問 題となっています。植物は、光合成によるCO2吸収とバイオマス増収という観点から注目 を浴びています。しかし、高CO2環境に適応する植物(作物)の創出には、様々な基礎研 究が必要となります。私たちは、代謝の網羅的解析技術(メタボロミクス)を用いて、そ の解明を目指しています(図5)。もちろん、そのためには、研究室メンバー(図6)のガ ンバリも不可欠です。
読者の皆さんへのメッセージはありますか?
理学部生物科学科(生物学)に所属する教員は、全学教育理系基礎科目「生物学Ⅰ・Ⅱ」 の責任担当となっています。ですから、皆さんが受講される「生物学Ⅰ・Ⅱ」の授業担当 教員の多くは、私の同僚です。「いきもの」に興味があれば、授業が終わった後でもよいで すから、気軽に質問してみてください。色々おもしろいことが聞けると思います。
○ 理・生物のHP:http://www.sci.hokudai.ac.jp/bio/ (「北大生物」で一発検索)
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