言語が世界をつくり、ひろげていく

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言語が世界をつくり、ひろげていく

大学院文学研究科 教授

加藤

かとう

重広

し げ ひ ろ

(文学部人文科学科)

専門分野 : 言語学,日本語学

研究のキーワード : 語用論,推意,中間世界,言語学,日本語

HP アドレス : http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~f20821

言語を研究する醍醐味とはなんですか

ジョルジュ・ムーナンという言語学者は、「すべての樹木を同じように木としか思わな

い人間と、すべての樹木の名前を知っている人間とは、同じ森を見ていてもまったく違っ

て見えることだろう」という例えを使って、ことばが世界認識そのものを変えてしまうこ

とを述べています。これは、アメリカの二人の言語学者の名前をとってサピア・ウォーフ

の仮説と呼ばれている考え方と重なるものです。ことばによって世界は区分され、名づけ

られ、体系化されて理解されるので、ことばが違えば身の回りの世界は異なって立ち現れ

てくると考えるのです。日本語では手の指、足の指と言って、いずれも「指」と見ていま

すが、英語ではfingerとtoeという異なる単語を使い、狭義のfingerは親指のthumbと

も区別して捉えています。もちろん、英語話者にもfingerとtoeの類似性は理解できます

し、日本語話者にも「親指」が他の指と区別されることは理解できるのですが、強く意識

しなければことばに引きずられてしまうわけです。

これを二十世紀初頭ドイツのネオ・フンボルト意味論と呼ばれる研究では、言語が現実

世界と人間のあいだに中間世界を形成すると考えました。言語は現実をそのまま表現する

わけでなく、媒介する手段として機能し、話し手の主観を色濃く投影するものなのです。

会話の研究はどのように行われるのですか

私たちの日常の会話では、「今晩、映画でも見に行かないか」と友人に聞かれて、「明日、

言語学の試験があるんだ」と答えるようなやりとりは特に変わったものではありません。

しかし、このやりとりは、yesかnoかで答えるべき一般疑問文に対して試験の予定を述べ

ており、論理的には対応していないように見えます。それでもやりとりが成立するのは、

「試験がある」こと

から「映画を見に行

く時間がない」と推

論をはたらかせて、

誘いに対する断りと

解釈するからです。

ふつうの発話はわか

りきったことは言わ

ないので、解釈を行

図1 発話解釈の流れ

出身高校:青森県立八戸高校

最終学歴:東京大学大学院人文社会系研究科

ことば

「試験があるんだ」

勧誘への拒絶

発話

表意

一般推意

言語知識

形式文脈

状況文脈

特殊推意

(機能)

ことば

(2)

うときには必要な情報を補って形式を整えます。これを表意と言います。発話から引き出

される解釈を推意と言いますが、定義に応じていくつかの種類があります。このようにこ

とばの実際の運用のしくみを研究する領域を語用論と呼んでいます。

興味深いのは、「明日、言語学の試験があるんだ」という発話は必ず断りと解釈されるわ

けではないことです。続けて「でも、試験勉強は済んでいるから、映画見に行くよ」と答

えれば、誘いに応じることになります。このように推意には取り消し可能という特質があ

るのですが、これはことばの使用に柔軟性があり、ことばで表されない情報を推論や知識

で補いながら、合理性のある解釈を重ねていく動的なプロセスが常にあるからだと考えら

れるのです。この種の語用論の研究は、音韻論・形態論・文法論・意味論のいずれとも深

く関わり、言語外の要因も関わってくる点で研究領域を拡張していく必要があります。

これからどういう研究に向かいますか

言語の問題は、日々使う日本語でも、かつての日本語でも、誰かのことばづかいでも、

外国語でも、言語となにかの関係でも、言語学のテーマになります。例えば、「海で泳ぐ」

というのに「空を飛ぶ」といい、逆にして「海を泳ぐ」「空で飛ぶ」とすると不自然です。

文法や構造は規則の体系ですから、研究には、まだ誰も気づいていない言語の規則を最初

に発見する楽しみがあります。しかも、その問題や解決のヒントは日常の言語使用のなか

に無尽蔵にあるのです。私は、主に日本語を対象にして、文法(統語論)と語用論の双方

に関わる現象を研究しているほか、近代日本語文法理論の形成史、方言の文法・音声や変

化、言語使用者の意識と心理、言語学基礎理論

と言語思想・言語学史などさまざまなことに関

心を持っています。それは、言語学から人類言

語学・社会言語学・心理言語学・言語哲学・音

声学など多様な領域に関わるのですが、研究

テーマは日常生活のなかでふと生じた疑問から

始まります。「空を」と「海で」の格助詞が異な

る理由は、紙幅に余裕がないので以下の参考書

をご覧下さい。これは現象としては些細なもの

ですが、日本語の動詞の意味と格の意味用法に

関わる本質的なテーマに連なっています。

言語学というと無機質なイメージがあるかもしれませんが、実際は非常に人間的な側面

を持っています。しかも、テーマもヒントも日常生活のなかに無尽蔵にあり、小さな発見

が重要な本質につながっていることがあるのです。

参考書

(1) 加藤重広,『日本語語用論のしくみ』,研究社(2004) (2) 加藤重広,『みんなの日本語教室』,三笠書房(2001)

(3) 加藤重広,『日本語修飾構造の語用論的研究』,ひつじ書房(2003) 日本語に関わるさまざまな領域を研究

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参照

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