Ⅰ はじめに(包括性と横断性)
「包括性と横断性を備えた金融ADR・オン ブズマン制度」の必要性が、ここへ来て急に わが国の関係者の間に認識され始めたこと は、日本の金融サービス市場の将来にとって 非常に好ましいことであると考えられる。そ こで、その嚆矢となった 2005 年の総合研究 開発機構(NIRA)の提言から説明を始め ることとしたい。
1.タテの包括的統合
包括的な金融ADR制度の創設は、2005 年春にNIRAで提言1した「包括的 ・ 横断的 な日本版金融サービス市場法規制システム」 の重要な要件の1つである。そしてそれは、 あるべき金融サービス市場法規制システムに おける「タテの包括的統合」の重要な要素と なるものである。
では、タテの包括的統合とは何か。 それは、明確な理念(プリンシプル)の 下、(1) 法令そのものの構想のみならず、将 来的に (2) 規制監督機関自体の監督・ガバナ ンスのあり方、(3) 規制監督機関の執行(エ ンフォースメント)のあり方、(4) 関連の金 融ADR機関のあり方、(5) 補償制度(セー フティーネット)のあり方、(6) 法規制体系 のコストと効果への配慮などまでを含めて、
セットで必要となる「広義の有機的システム としての包括的な法規制体系」構築へと一貫 性を持ってタテに繋がっていくべきものとい う意味である。
2.商品 ・ サービスの横断性
包括的という言葉と同時に用いた横断的と いう言葉は、タテ割りの官庁や業法や、タテ 割りの個別業界団体・個別金融商品 ・ サービ スごとの、いわば供給側の論理や制約にとら われず、商品やサービスの経済的機能に着目 してそれらにヨコ串を刺し、販売の現場であ る市場と金融サービスの利用者・需要者(つ まりユーザー)の観点に立って、商品 ・ サー ビス横断的で一貫性のある法規制システム
(法制と法執行等のシステム)を構想すると いう意味で用いている。
つまり、「包括性と横断性を備えた金融 ADR ・ オンブズマン制度」とは、近い将来 わが国の中に構築すべき「包括的かつ横断的 な金融サービス市場法規制システム」の重要 な構成要素となるものである。
Ⅱ 何が問題か?
1.販売現場の利便性向上とアフターケア制 度の整備の遅れ
約 10 年前(1996-1997 年)のわが国の 金融ビックバン開始以降、金融商品販売過程
総合研究開発機構(NIRA) 主席研究員
犬飼 重仁
1 http://www.nira.go.jp/pubj/shinkan/s200503/s200503.html 参照。
論 文
金融ADR(裁判外紛争解決)制度創設 への 展望 ( 上 )
18︱Lexis 企業法務 2007.7 No.19
における銀行、証券、保険など各金融業界の 垣根は現在までに相当程度低くなっており、 金融商品 ・ サービスの販売現場では「ワンス トップショップ」が可能となり、例えば銀行 はデパート化し、顧客の利便性は格段に増し ている。
しかし、それに対して、金融商品 ・ サービ ス販売後のアフターケア(業界団体が設置す る相談及び苦情 ・ 紛争の解決支援機関)につ いては、各業種、業態、金融機関ごとに依然 としてばらばらであり、業務の内容も一様で はない。また、実効的な紛争解決に繋がって いるところは少ないのが実情である。
これまで、個人顧客は多くの場合、問題や 苦情をどこに持って行けば良いか分からない 状態に置かれてきた。また、仮に特定の相談 窓口にたどり着いたとしても、その後の対応 が不十分であったり、1つの組織の中で異な る担当者の間をたらい回しとなったりして相 談者に紹介疲労とストレスを強いることとな る。これでは相談者も報われないばかりか、 金融商品 ・ サービスを販売する金融サービス 業者の信用と信頼はいつまでたっても回復し ない。
そしてそこに、効果的に機能する、包括的 で横断的な金融ADRのシステムが、わが国 に実際に必要とされている理由がある。 2.信頼獲得の王道
金融サービス業者が本来的な意味において 顧客の信頼を確立するには、顧客に対しての みならず金融サービス業者自身に対しても、 迅速かつ最小限の経済負担による使いやすい 紛争解決手段の提供が行われ、またそれに よって業者への信頼性が高まることが重要で ある。
金融サービス業サイドの営業戦略上も、ア フターケアの重要な構成要素としての商品横
断的な金融ADRを、不可欠の顧客サービス の一環として装備することが、これから重要 になると考えられるが、金融サービス業の経 営者の多くは、それに気づいているようには 見えない。
新しい金融ADR制度は、顧客からの信頼 とともに、金融サービス業者からも信頼され る紛争解決手段である必要がある。
わが国の市場関係者は、一致団結し、専門 的かつ統合的 ・ 横断的な紛争解決制度の実現 を通じて、金融市場全体の信頼性及び利便性 を高め、利用者全体にとって魅力ある市場を 構築することを目指すべきと考えられる。 3.避けるべきビジョンなき破壊
現在、銀証分離政策の見直しが政府の審議 会等で検討課題に上っているが、基本的に利 用者の視点に立った紛争解決制度の確立など アフターケアの制度整備を欠いたままでの銀 証分離政策の放棄は、ビジョンなき破壊に結 びつきかねない。抜本的な制度システムの見 直しと新しい制度の設計には顧客の立場も踏 まえた全体最適の観点が欠かせない。 4.認定投資者保護団体制度
2006 年3月 13 日に金融庁より国会に上 程され6月7日に成立、2007 年9月施行の
「金融商品取引法」のなかに、金融商品取引 業者に対する苦情の解決、争いがある場合の あっせん業務を行う法人について、内閣総理 大臣の認定を受けることを可能とする制度
(認定投資者保護団体2)が設けられた。こ れはNIRAの 2005 年の提言等を踏まえて法 制度整備が行われたと推測される。
中 身 の 充 実 は こ れ か ら と は い え、 金 融 ADR制度充実に向けた必要条件の第一とし て、法的な受け皿が整ったことは、画期的な 前進である。なお、当然、新しい金融ADR 制度は、この法的な枠組みを利用することが
2 金融商品取引法 79 条の 7 以下。
金融ADR(裁判外紛争解決)制度創設への展望(上) 大前提となる。
Ⅲ 問題提起―英国の制度に学ぶこ とはできないか?
世界で一番進んでいるといわれる英国の金 融サービス分野の統一的紛争解決方法であ る「金融ADR(裁判外紛争解決)スキーム
(FOS:Financial Ombudsman Service)」を モデルに、先進的な金融ADR ・ オンブズマ ン制度を日本へ導入検討することを考えてみ てはどうか。
それを検討する場合、最初に、資金ソース
(財政基盤)・インセンティブ・実効性の観 点に着目し、ばらばらで未発達のわが国金融 ADRの現状と、2万 6,000 の対象金融サー ビス業者をカバーし、年間 60 万件以上の問 い合わせに一元的に対応可能な、いわばイノ ベーションに富んだ英国FOSシステムの内 容とを、比較検討するところから始める必要 がある。
特に、(1) 英国の現在のシステムが形成さ れた歴史的背景を知ることが重要である。ま た (2) 消費者からの苦情窓口対応のあり方と しても、「フェアとリーズナブル」という基 準により、柔軟性を持ち、1つのシステムの 中で、電話相談、メディエーション(調停)、 片面的仲裁までを一貫して行う、英国独特の 総合的なシステムとそのプロセスを学ぶ必要 がある。
さらに、そのようなシステムを日本に導 入することを想定した場合に、(3) わが国の ADRが抱える基本的な問題点や課題を抽出 し、「資金のソース」、「ADRの法的根拠」か ら始めて、タテ割り業界の現状とそれを支え てきたタテ割り法制(銀行法・保険業法・金 融商品取引法など)のあり方とその他の制
度的 ・ 慣習的制約、さらに「ADRにおける 専門性 ・ ADRを担う人材のあり方とは何か」 まで、改めて考える必要がある。
ここでは英国のシステムの詳細に触れるこ とはできないが、NIRAの政策フォーラム における英国FOSのトップオンブズマンの 講演録(2006 年3月)を参照いただきたい3。
Ⅳ 日本のADRの現状とADR促進 法の意義4
1.司法型ADR
日本では、かなりの種類と数の民間型の ADR機関が設立されているが、取り扱って いる事件の数は裁判所の調停が一番多い。民 事調停、家事調停を合わせれば年 50 万件を 超える。日本では司法型ADRが圧倒的なプ レゼンスを持つが、これは世界的に見て大き な特徴である。
2.行政型ADR
行政型ADRも、日本の特徴として、さまざ まなADRが作られ、それらがそれなりにワー クしている。たとえば、公害等調整委員会は 公害関係の紛争処理をする行政型のADRで ある。また各種苦情の相談を受け付ける国民 生活センターあるいは各地方自治体にある消 費生活センターも行政型ADRである。 3.民間型ADR
それらに対して民間型ADRは、金融関係 の業界型ADR(図表-1参照。詳細は金融 庁の第 33 回金融トラブル連絡調整協議会(平 成 19 年6月 12 日開催分)の資料5-1(以 下「金融トラブル連絡調整協議会資料」とい う。)参照5。)も含め、紛争処理の観点から 見ると、これまで十分ではなかったという認 識が一般的である。製造物責任に関する紛争 を取り扱うPLセンター、金融・証券・保険
3 http://www.nira.go.jp/newsj/seisakuf/15/pdf/siryo02.pdf
4 以下は、NIRA の研究会とフォーラムにおける山本和彦一橋大学法学部教授のご発言を参考にさせていただいた。
20︱Lexis 企業法務 2007.7 No.19
関係のADR、弁護士会が行っている仲裁セ ンターといわれるようなADR機関など、種 類としては多々あるが、十分な機能を果たし ていないのではないかという指摘が根強く存 在する。
たとえば、(1) 広報が不十分、(2) 利用者が ADRの存在を知らない、(3) 人材の育成が不 足、(4) 財政基盤が脆弱、(5) ADR手続に対 する信頼性が不十分、(6) 業界型ADRといわ れるものについて、相談に止まり、調停、あっ せんや仲裁の機能に乏しく、利用者の側から 見て中立性が必ずしも十分ではない、また、 手続の実効性のうえで強制できないので十分 な解決が図られない、(7) ADRで一定の提案 がなされても拘束力がなく紛争解決にならな い、(8) 手続が不透明、(9) 予測可能性が欠け ている、などが指摘されている。
また、制度基盤の問題として、裁判には通 常費用と時間がかかるという問題はあるもの の、日本のこれまでのADRと比べると、相 対的に裁判が優れているといわれてきたし、 裁判所も使い勝手の向上を目指して努力して きている。
つまり、ADRと裁判を比較したときに、(1) ADRを申し立てても、民法上の時効の中断 がなされない、(2) ADRで合意がなされても それに基づいて強制執行がなされない、(3) ADRについて制度上の基盤整備が行われて いないなど、いろいろな問題が指摘されてき た。また、(4) わが国の金融機関と個人との 裁判においては金融機関側が勝訴する確率が 極めて高いともいわれており、業界サイドか らのADR充実のインセンティブが乏しいと いう問題も指摘されている。
4.ADRのメリット
2000 年以降の司法制度改革の中でADR
が注目され、一定のADRの活用のための充 実・活性化が説かれるようになったが、はじ めは裁判という紛争解決の方法があって、司 法制度の改革はその裁判を利用しやすくする ということが前提であった。しかしそれだけ では不十分なのではないか、紛争解決を図る には、紛争の種類によっては裁判以外の方法 のほうがより紛争解決に適した類型のものが あるのではないか、といわれ始めた。
裁判に比べて、ADRのほうが、紛争解決 を図るのに望ましい各種のメリットがあると いえる。たとえば、(1) 簡易迅速性、(2) 廉価性、 (3) 秘密保護性・当事者のプライバシー保護 への対応力、(4) 専門性、(5) 融和性、などが 一般に指摘されている。
具体的メリットとしては、次の点が挙げら れる。すなわち、比較的少額の紛争について は、裁判のプロセスの厳密性がコストや時間 の増加の原因となりやすい。
ADRのほうが、一般に簡易迅速、廉価で ある。また、秘密性・専門性が求められる知 的財産に関する紛争などでは、本来秘すべき 当該技術情報などが公にならないADRのほ うがよいということもある。
あるいは、当事者間の融和性というものが 求められる家族間、隣人間の紛争には、厳密 性と厳格性が要求される裁判より、制度的 に多少ともアバウトであることを許容する ADRのほうがよいであろう。
個人と金融業者の間の金融関係の紛争も、 それらのいくつかのADRの利点が当てはま るであろう。
5.認定投資者保護団体(日本版金融ADR) このように、ADRのほうが解決手続とし て望ましいものについては、ADRが使われ ることがわが国の司法制度全体にとって、紛
5 「金融分野の業界団体・自主規制機関における苦情・紛争解決支援の取組みについて(平成 18 年度)」。http://www.fsa. go.jp/singi/singi_trouble/siryou/20070612.html
Lexis 企業法務 2007.7 No.19︱21 金融ADR(裁判外紛争解決)制度創設への展望(上) 金融先物取引業協会
信託協会
生命保険協会
全国貸金業協会連合会
全国銀行協会
全国信用金庫協会 全国信用組合中央協会 全国労働金庫協会 投資信託協会 日本証券業協会
苦情相談室 信託相談所
生命保険相談所 苦情処理相談窓口
銀行とりひき相談所
全国しんきん相談所 しんくみ苦情等相談所 ろうきん相談所 投資者相談室
証券あっせん・相談センター
1 箇所―東京 1 箇所―東京
各都道府県の 県庁所在地 53 箇所 47 箇所
―各都道府県 51 箇所
1 箇所―東京 7 箇所 1 箇所―東京 1 箇所―東京 10 箇所
43 件 631 件
1万 1112 件 5万 9589 件
4万 2083 件
1030 件 400 件 52 件 381 件 7451 件
合計3名 合計4名
合計 130 名 合計 100 名
合計 168 名
合計4名 合計8名 合計5名 合計2名 合計 30 名
会員の行う金融先物取引業務に関する苦情、相談。 信託協会に加盟している信託銀行、都市銀行、地方 銀行等の信託兼営金融機関及び信託会社の信託業 務、併営業務及び銀行業務について。
生命保険契約に関するもので生命保険契約上の権利 を有する者から求めがあったもの。
資金需要者等から会員の営む貸金業の業務に関する もの。
全国銀行協会の正会員及び準会員である銀行の業務 に関する苦情。
会員信用金庫の取り扱い業務に関するもの。 信用組合取引に関する苦情。
顧客から申し出があった労働金庫の商品やサービス 又は業務に起因する苦情、及び、他の苦情・紛争解決 支援機関等から紹介があった事案。
会員の営む投資信託委託業又は投資信託受益証券等 の売買その他取引に係る苦情。
協会員である証券会社、銀行等の金融機関又は証券 仲介業者が行う業務に関するもの(証券取引法 79 条の 16 ①)。
業界団体が設置する苦情解決支援機関
名 称 設置場所等 平成 18 年度相談件数 従事者数等 取り扱う苦情の範囲 図表-1① 業界型金融ADRの一覧(金融庁による 2007 年6月のアンケート調査より抜粋)
出所:金融庁 金融トラブル連絡調整協議会 第 33 回資料より作成
22︱Lexis 企業法務 2007.7 No.19
日本証券投資顧問業協会 日本商品先物取引協会 日本商品投資販売業協会 日本損害保険協会
全国農業協同組合中央会
不動産証券化協会
前払式証票発行協会 全国漁業協同組合連合会
苦情相談室 相談センター
苦情相談室
そんがい保険相談室 自動車保険請求相談センター 全国JAバンク相談所
苦情相談室
名称なし
JFマリンバンク相談所
1 箇所―東京 4 箇所
―東京、名古屋、 大阪、福岡 1 箇所―東京 11 箇所 48 箇所
48 箇所
―47都道府県庁所在地 1箇所―東京
1箇所―東京 35 箇所
23 件 3904 件 1件 9万 1139 件
498 件
0件
655 件 6件
合計2名 合計 14 名 合計3名 合計 112 名
合計 121 名
合計3名
合計4名 合計 36 名
当協会会員の行う証券投資顧問業務に関する苦情全般 国内商品先物取引に関する会員企業との取引に係る 苦情。
会員が行う商品投資販売業に関する件。
損害保険契約関係者からの、損害保険契約、保険会 社が提供するサービスもしくは営業活動等に関わる 申立て。
全国の農業協同組合、各都道府県の信用農業協同組 合連合会及び農林中央金庫が行う貯金、貸出等の信 用事業の業務に関連するもの。
会員の組成、運用、販売する不動産証券化商品に対 する苦情。
会員等の行う前払式証票の発行に係る業務に関する 前払式証票購入者等からの苦情。
信用事業に関するもの。 業界団体が設置する苦情解決支援機関
名 称 設置場所等 平成 18 年度相談件数 従事者数等 取り扱う苦情の範囲 図表-1② 業界型金融ADRの一覧(金融庁による 2007 年6月のアンケート調査より抜粋)
出所:金融庁 金融トラブル連絡調整協議会 第 33 回資料より作成
金融ADR(裁判外紛争解決)制度創設への展望(上)
争解決全体のために望ましいという認識が、 今回の司法制度改革及び金融商品取引法策定 の基本にあったと考えられる。
すなわち、その一環として、ADR促進法 が 2004 年に制定され、2007 年4月に施行 された。また、認定投資者保護団体(日本版 金融ADR)の制度関連条文(79 条の7以下) を含む金融商品取引法が、2007 年9月に施 行される。
6.ADR促進法(裁判外紛争解決手続の利 用の促進に関する法律)
ADR促進法については、総則的規定で、 ADRの理念と、国等が国民に対して情報を
提供していくなどの責務が、またADR機関 の間で連携をしていくことがうたわれてい る。これは基本法的規定であり、将来に向け ての「こうあるべきだとの理念」が書かれ ているが、法的な効果自体は薄い。しかし ADRをわが国で初めて正面から認め、国・
地方が、それを充実させ活性化させていく責 務を負っているということを宣言したこと 自体に意味がある。また、ADRに法務省と いう主管官庁(ただし、金融ADRは金融庁) ができた意味も大きい。
ADR促進法のより実質的な規律としては、 認証関係の規定がある。法務大臣の認証には、 最低限の要請を満たしたADRであるという ことを国民の目に見える形にすることで、そ れを安心して利用できるという意味でADR の信頼確保が期待される。
また、認証制度を導入し、ADR機関が認 証を受けることによって認められる法的な効 果としては、(1) 時効の中断(ADRを申し立 てていれば、そのあと訴訟に移ったときに、 ADRを申し立てた時点で、消滅時効が中断
していたという効果が付与される。)がある。 また、(2) 弁護士法 72 条の適用除外がある。
法律上、法曹資格を持っている人以外がこの ADRに専門家として関与し、報酬を取って 業務を行っても、処罰の対象にはならない。 なお、ADR促進法上、仲裁を対象として いる事業者は認証の対象にはならない。ただ し、片面的仲裁は仲裁法上の仲裁の概念には 入らないので、片面的仲裁の事業はADR促 進法の認証対象事業に含まれる。たとえば、 財団法人交通事故紛争処理センターは、典型 的な片面的仲裁機関である(センターの運営 経費は自賠責保険の運用益によってまかなわ れており、国内 ・ 外国損害保険会社、JA共 済連、全労済から出捐されている。被害者は 無償で利用できる。)が、その事業はADR促 進法の認証対象となる。
7.法テラス(日本司法支援センター) 2006 年4月に発足した日本司法支援セン ター(通称法テラス)と呼ばれる組織がある。 これは金融トラブルに限らず、すべての法律 問題についての相談を受け付け、それについ て弁護士あるいはADR機関等、より適切な 対応機関につないでいく機能を果たす機関で ある。2006 年 10 月に実際の運用が始まっ た。うまく機能すれば、大きな意味を有する ものになり得ると考えられる。
特に、中野坂上のビルの中にある法テラス の巨大なコールセンター機能は、英国のカナ リーウォーフにあるFOSオフィスの「カス タマー・コンタクト・ディビジョン」を髣髴 とさせる。
詳細の説明は、NIRA政策フォーラム
(2007 年4月)における法テラス担当者の ご説明を参照願いたい6。
6 http://www.nira.go.jp/newsj/seisakuf/15/pdf/siryo01.pdf、http://www.nira.go.jp/newsj/seisakuf/15/pdf/gijiroku.pdf
24︱Lexis 企業法務 2007.7 No.19
Ⅴ 日本の金融ADRの現状
1.アフターケアとしての横断的金融ADR 制度の欠如
わが国の金融ビックバン以降、販売過程に おける銀行、証券、保険など各金融業界の垣 根が相当程度低くなってきていることは冒頭 に述べた。販売現場のワンストップショップ 化の進展に伴って、アフターケアとしての消費 者問題についてもますます専門的かつ横断的 な検討と対応を要するものとなってきている。
よりよい問題対応のため、たらい回しにな らないよう、タテ割りの業法と業態の垣根を 越えてその間を取り結ぶ「移送ルール」と呼 ばれるものが一応存在するが、効果的に運営 される保証はなく、また他の機関への移送に ついての個別情報も把握されていない場合が 多い。そこには、アフターケアまで含めた金 融商品 ・ サービスの高品質の保持の証として の「被害未然防止」と「被害の最小化」と「紛 争解決の迅速化・効率化」による「顧客のスト レスとコストの最小化」の視点が重要となる。
このままでは、金融商品取引法が施行され ても横断的かつ包括的な法制が完成するわけ ではなく、タテ割り業法と個別業界型ADR に内在する弊害は、特に各種の金融サービス にかかわる紛争解決などアフターケアの面に おいて、残り続けると考えるべきであろう。 詳しくは、ここで、前記金融トラブル連 絡調整協議会資料を参照願いたい。これら の資料を吟味すればするほど、抜本的な金 融ADR制度の見直しの必要性を痛感するが、 そう感ずるのは筆者一人ではないと思われ る7。
問題は、個別金融ADRのみが充実すれば よいというものではない。利用者の立場に
立って、法規制システムそれ自体のレベル アップと並行して、タテ割り制度のあり方に ヨコ串を刺すとともに、英国の (1) FSA(規 制機関)と、(2)FOS(裁判外紛争解決スキー ム)と、(3) FSCS(補償スキーム)の3つ を指して「三姉妹といわれるような包括的な 金融消費者のためのバックアップ制度システ ム」の創設が、日本でも展望されなければな らないと思われる。それが先に述べたビジョ ンなき破壊を避ける道でもある。
なお、現状の裁判による紛争解決の手続 は、特に、金融サービスの消費者である個人 にとって、金融紛争の解決手段としては十分 なものではない。顧客である消費者個々人に とって利用しやすい、アフターケアとしての 横断的な金融ADR制度が求められている。
しかし、いまだわが国においては、さまざ まな問題を抱えながらも、ADR自体への認 識は低く、業法と業界のタテ割りの制度シス テムの中で、横断的・包括的で、実効性が高 く、利用者に支持されるADR制度の実現に は程遠いのが現状である。
この道の専門家の中には、「86年の英国金融 サービス法における個別業界型SRO / ADR の 段 階 に も ま だ 日 本 は 到 達 し て お ら ず、 2000 年の金融サービス市場法制に対応した 包括性と横断性とを備えた金融オンブズマン サービス(FOS)の段階に至るには、まず は日本では個別ADRの育成から始める必要 があり、このままでは英国型に近づくには 20 年以上の年月を待つ必要がある」と、半 ば諦め口調で語る人々も存在する。しかし、 われわれは諦めてはならないのであり、そこ に民間の市場関係者が知恵を搾り汗をかかな ければならない理由が存在する。
2.金融トラブル連絡調整協議会
数年前の金融庁金融審議会で、金融にかか
7 http://www.fsa.go.jp/singi/singi_trouble/siryou/20070612.html
金融ADR(裁判外紛争解決)制度創設への展望(上)
わる紛争解決の手続についてADRのような 実効性あるものを考えていくべきとする意 見があり、その議論を経てつくられたのが 2000 年9月にできた金融トラブル連絡調整 協議会の組織である。
これは各業界団体と利用者の代表等を集 め、そこで金融トラブルの解決のあり方につ いて協議をする機関である。
金融トラブル連絡調整協議会の1つの成果 として、数年前に金融関係のADRの標準化 モデルがつくられている。これは、特にそれ 自体拘束力を持つ法的なものではないが、将 来的に各業界が金融関係のADRを整理・整 備していく際の指針あるいはベンチマークと なるものと、一応位置づけられる。
金融ADRは、図表-1のとおり、業界ご とに、銀行、証券、生保、損保など、それぞ れの業界がADR機関を持っているが、それ ぞれが紛争解決手続を整備するに当たって、 このモデルを参照しながら行っていくとされ ていた。そして、金融トラブル連絡調整協議 会でも、各ADR機関の整備についてフォロー アップ作業をしていくに当たり、このモデル に適応した形で制度整備がなされているかど うかをフォローしていく作業が行われてきた とされる。
このモデルは、当初、それによって金融 ADR全体の底上げを図り、個別のADR機関 がいろいろな問題、課題を解決するについて の共通の条件を整備していこうという趣旨で 策定されたものといえる。
しかし、たとえば、金融トラブル連絡調整 協議会資料とその調査が発表された第 33 回 金融トラブル連絡調整協議会における議論で も明らかなように、紛争の定義すら、タテ割 りの業界団体ごとに一部異なっており、統一 されていない。したがって、調査資料上の紛
争解決支援件数の数字をそのまま信ずること ができない状態にある。
なお、そこで策定された苦情・紛争解決規 則には、非常に緩やかな形で、ADRが片面 的仲裁を提案した場合、業者の側は、正当な 理由がない限りは、それを受諾しなければな らないという規定が入っている。業者が、正 当な理由がなかったのに受諾しなかったとい う場合には、その業者名を公表できるという 規定も設けられた。そういう意味では、緩や かな片面的仲裁ということができる。もちろ ん、裁判を受ける権利の問題(Ⅵ1.参照) の存在が認識されていたので、完全な片面的 仲裁は作れなかった。業者側がただ何の理由 もなく仲裁提案を受けないと、業者の名前が 公表されるかもしれないという、そのような 枠組みは一応作られている。
現在策定されている規則規定の標準化モデ ルは、最低限の標準化である。苦情規則と紛 争解決規則とが作られたが、問題点は、苦 情のほうはほぼ参加ADRの間で足並みがそ ろったものの、紛争解決のほうは、その後、 銀行協会をはじめとする金融機関によって、 弁護士会の仲裁センターに移送するとのルー ルが設定されたことで、統一の方向には至っ ていないことである。また、弁護士会の仲裁 センターで取り上げられ解決される紛争の件 数は極端に少ない8。
現在、紛争解決機関を業界が自前で持って いるところは、日本証券業協会のあっせんセ ンター、生保 ・ 損保の調停など、ごく限られ たADRに止まっている(上記の金融トラブ ル連絡調整協議会資料参照)。
3.金融サービス利用者相談室
そのような動きと並んで、金融庁に金融 サービス利用者相談室が 2005 年7月に設け られた。利用者からの相談に応じ、それが苦
8 前掲注 (5) 参照。
26︱Lexis 企業法務 2007.7 No.19
情にかかる問題である場合には、個別的な 紛争解決についてはそれぞれの業界団体の ADR等を紹介するなどのアドバイスを行う 機関である。1日当たり百数十件の相談があ る。その中の一定の割合が苦情である。行政 機関が窓口、受け皿となって、情報を分析し、 その後のADRの制度改善に着実につなげて ゆく試みとして注目される。
4.片面的仲裁制度
このような中、最近、わが国の専門家の間 で、先行事例としての英国の統一的金融紛争 解決方法「FOS」に、注目が集まっている。 その包括的で横断的な、消費者の利便性を考 えた制度システムのあり方とともに、特に、 FOSが業者側に一方的な義務を課す、いわ ゆる「片面的仲裁制度」は、日本にはほとん ど存在しない極めて特徴的な制度として改め て注目されている。
日本においては、実効性(強制力)ある片 面的仲裁制度を導入するにはいくつかの法制 上の制約が存在するとの議論があり、困難と 考えられてきた。
また、オンブズマン制度は本来顧客の満足 を高めるための総合的なプロセスであるが、 その総合性についての理解も日本では不足し ているといえる。
(つづく)
(注:本論稿は、筆者がプロジェクトリーダーと なってNIRAが 2004 年から 2007 年に実施し た複数の研究およびフォーラムの成果、2006 年 に資本市場研究会主催の研究会で筆者が発表し た論文、及び筆者が個人として所属する 2007 年4月設立の金融ADR・オンブズマン研究会の 提言等を参照して作成しているが、文責及び意 見にわたる部分は筆者個人に属し、所属するい かなる団体の見解も代表していないし反映もし ていない。)
<参考文献>
・NIRA研究報告書『NIRA Market Governance Report 2005 包括的・横断的市場法制のグラ ンドデザイン「日本版金融サービス市場法」 制定に向けての提言』第一部 第三章。
・拙稿「金融関連の裁判外紛争解決(ADR)の 現状と展望―英国FOS(金融オンブズマン サービス)に包括的・横断的制度を学ぶ―」 神田秀樹ほか編『利用者の視点からみた投資 サービス法』(財経詳報社、2006)
1975 年慶應義塾大学法学部卒業。同年三菱商事 株式会社入社。ロンドン金融子会社を含め同社財 務部門に 18 年間勤務。2001 年同社国際戦略研 究所金融情報担当部長。2002 年 ハーバードビジ ネススクールAMP修了。
早稲田大学法学学術院客員教授、慶應義塾大学経 済学部企業金融論講師、成蹊大学法科大学院非常 勤講師、日本資本市場協議会事務局長、アジア資 本市場協議会事務局長等を務める。
[ 主 な 著 書 ]『Enhancing Market Functions in Japan』(共著)(慶應義塾大学出版会、2004)、『電 子コマーシャルペーパーのすべて』(共編著)(東 洋経済新報社、2004)、『包括的・横断的市場法 制のグランドデザイン』(3分冊)(編集)(総合 研究開発機構、2005)、『投資サービス法への構 想』(共著)(財経詳報社、2005)、『利用者の視 点からみた投資サービス法』(共著)(財経詳報社、 2006)、『アジア域内国際債市場創設構想―アジ アボンド市場へのロードマップ』(編著)(レクシ スネクシス・ジャパン、2007)。
犬飼 重仁(いぬかい しげひと)