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p 型 SiC 結晶のライフタイムキラー

第6章 p 型 SiC 結晶のキャリア寿命制御

6.4 考察

6.4.3 p 型 SiC 結晶のライフタイムキラー

キャリア寿命改善後においてもp型4H-SiC結晶のキャリア寿命が制限されている原因を考察 した。上記のn型4H-SiC結晶とp型4H-SiC結晶のキャリア寿命を制限する再結合過程の比較か

ら、p型4H-SiC結晶のキャリア寿命が制限されている理由として以下の因子が考えられる。

1.熱酸化処理等により結晶中のZ1/2センターは低減したが、何らかの理由によりn型4H-SiC 結晶ほどにはZ1/2センター密度が低減していない。

2.Z1/2 センター密度は十分に低減できているが、その他の因子による再結合過程が p 型

4H-SiC結晶のキャリア寿命を制限している。

はじめに、Z1/2センター密度が、何らかの理由により低減できていない場合について検討した。

Z1/2センターは炭素空孔起源であることが明らかとなり、この深い準位の低減メカニズムとしては、

格子間炭素原子が結晶中を拡散し炭素空孔を満たすことで、Z1/2センターが消滅すると考えられて いる。そこで、p型結晶の場合はZ1/2センターの消滅が不十分と仮定して、その消滅過程が阻害さ れる要因について考察し、2つの理由を考えた。一つは、n型とp型の4H-SiC結晶における、酸 化界面からの炭素の放出比率の違いであり、もう一つの理由はSiC結晶中における炭素原子の拡散 の違いである。

炭素の放出比率の違いに関して言えば、5章で述べた炭素イオン注入+高温アニール処理によ るキャリア寿命改善の結果を考慮するべきである。この場合、高密度の炭素イオンが、エピタキシ ャル成長層中に直接注入されているにもかかわらず、キャリア寿命はそれほど改善しなかった。し たがって、伝導型による酸化界面からの炭素の放出比率の違いという理由は除外できる。一方、炭 素の拡散に関しては、Bockstedte 等が、局所密度近似の密度汎関数理論を用いた第一原理計算に 基づき、格子間原子の移動障壁が電荷状態に強く依存していると報告している[23]。この理論計算 では、正の電荷状態を有する格子間炭素原子の移動障壁は0.9 ~ 1.4 eVであり、負の電荷状態の

場合の0.6 eVに比べて大きいことを示している。すなわち、p型エピタキシャル成長層中の格子間

炭素原子の拡散は、その格子間原子が正の電荷状態であると考えられるため、n型エピタキシャル 成長層中で負の電荷状態にある格子間炭素原子に比べ、拡散が極めて小さいはずである。以上が、

熱酸化や炭素イオン注入処理によるp型4H-SiCエピタキシャル成長層中でのZ1/2センターの消滅

が、n型4H-SiCに処理するほど効果的でない理由であると考えられる。

しかし、電子線照射の結果、変位炭素原子に関係する点欠陥の形成に伴いキャリア寿命は減少 したが、その後の1550℃-30 minの高温Arアニール処理により、再びキャリア寿命は回復してい る。n型4H-SiC結晶におけるZ1/2センターは1550℃の熱処理では消滅しない。また、キャリア寿 命は、照射前の値に回復はしたが改善はしていないことに注目すべきである。つまり、仮に、炭素 原子の変位のみにより構成される欠陥がp型4H-SiC結晶のライフタイムキラーとなっていると仮 定し、これが電子線照射により形成され、キャリア寿命が減少したとする。そして高温アニール処 理により、このライフタイムキラーが消滅することでキャリア寿命が増加したのであれば、電子線 照射前からp型結晶のキャリア寿命を制限していた、同じライフタイムキラーも同時に消滅し、キ ャリア寿命は改善するはずである。一方、ライフタイムキラーとして仮定しているZ1/2センターが、

n型結晶の場合と同じように、高温アニール処理で消滅しない欠陥であれば、電子線照射によりそ の欠陥は増加し、高温アニール処理を施してもキャリア寿命も回復しないはずである。すなわち、

高温アニール処理でキャリア寿命の回復はするが改善はしない要因として、ライフタイムキラーの 起源が、単に炭素原子の変位のみにより構成される点欠陥ではなく、それ以外の再結合過程により 制限されていると推測される。

以上の検討より、p型4H-SiC 結晶のキャリア寿命を制限しているライフタイムキラーはZ1/2

センター以外の要因であると予想される。上記の検討結果も併せ、これまでのキャリア寿命評価か ら得られた結果から、p型4H-SiC結晶のキャリア寿命を制限しているライフタイムキラーの起源 については以下の内容まで絞り込むことができる。

1. Z1/2センターやHK0~HK4センターではない 2.表面再結合や基板での再結合ではない

3.p型4H-SiC結晶にのみ存在し、n型には存在しない

この中で、注目すべきは、ライフタイムキラーの起源がp型4H-SiC結晶にのみ存在するとい う点である。この選択条件より推測できるのは、Alアクセプタの存在である。つまり、ライフタイ ムキラーの起源には、Alアクセプタが関連している可能性が考えられる。そこで、この可能性につ いて検証を試みた。

まず、3章にて議論したAlアクセプタのドーピング密度の影響について検討する。図6.16に

p型4H-SiCエピタキシャル成長層のキャリア寿命のAlドーピング密度依存性を再掲する。この結

果より以下のことが確認できる。①Alのドーピング密度が高いほど、キャリア寿命は短い、②非常 に高いドーピング密度のサンプルを除き、キャリア寿命とドーピング密度の関係は傾き1に従って、

すなわちSRH再結合モデルに従って比例している、③ドーピング密度の変化に伴うキャリア寿命 の変化は、ドーピング密度の差から生じる注入レベル依存性が原因ではない。これらの要因から、

キャリア寿命の制限因子にAlアクセプタが関連しているという仮説に矛盾は無い。

次に、前述の電子線照射後の1550℃Arアニール処理の結果で述べたとおり、電子線照射によ りキャリア寿命が減少し、高温アニール処理により回復しているが、元のキャリア寿命よりも増加 していない。この結果より、このライフタイムキラーは変位した炭素原子やシリコン原子の増減だ けでは変化しない。すなわち、ライフタイムキラーを構成する因子は、その結晶中において、限ら れた密度で存在していると言える。この要因も、キャリア寿命の制限因子に Al アクセプタが関連 しているという仮説に矛盾は無い。

以上の検討結果より、p型4H-SiCエピタキシャル成長層において現状見積もられている9 µs 程度のキャリア寿命を制限しているライフタイムキラーの起源は、Alアクセプタが関連した点欠陥 であると推察される。

1/ τ ( µ s -1 )

10 15 10 16

10 14 10 17

10 2 10 1 10 0

10 -1

N a (cm -3 )

△: 4.5x10

14

○: 2.2x10

15

□: 9.0x10

15

10 18 10 19

Generated Carrier Density (cm

-3

)

(slope = 1)

図 6.16: 励起キャリア密度が4.5 x 1014 cm-3,2.2 x 1015 cm-3,および9.0 x 1015 cm-3における

p型4H-SiC結晶のキャリア寿命のアクセプタ密度依存性 (図3.7を再掲)