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連の
霊
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ての
七月 二十 四日
︑同 婦の 展示 をめ ぐる 一連 の混 乱に 伴い
︑減 給処 分を 申し 出て いた 江口 圭介 助役 と田 中洋 一原 爆被 害 対策 部長 を伊 藤長 崎市 長は 墜皇 華僑 葬と し︑ 展示 担当 業者 丹青 社を 今後 一一 一年 以上
︑市 発注 の公 共事 業で 指名 しな い
こととする処分を発手ν
た︒ 同社 はそ の他 展示 資料 変更 に掛 かる 全経 費の 負担 や︑ 契約 では 一年 だっ たメ ンテ ナン ス 期間 を三 年に 延長 した
︒市 長も また
﹁最 高責 任者
﹂と して 自ら の給 与減 額を 表明 した が︑ 市議 史耳 各派 の意 見を 聞き 入れ
︑ これ を取 り下 げた
︒ 橋本 龍太 堅開 相( 当時 )は 政府
・与 党首 脳会 議で 同館 の南 京事 件の 関連 ヒデ オと 写真 につ いて 外務 省︑ 文部 省な ど 関連 省庁 に真 偽調 査を 指示 した
︒
(5 8)
八月 一司 疑惑 があ ると して 全面 的に 差し 替え を行 なっ た﹁ 日中 戦争 と太 平洋 戦争
﹂コ ーナ ーの 展示 映像 の改 訂版 十一 本が 一般 公開 が開 始と なる
︒
(5 9)
八月 十九 日に は﹁ 長崎 の原 爆展 示を た戸 よ
9市
民の 会﹂ が長 崎市 浜町 で﹁ 日中 戦争 と太 平洋 戦争
﹂コ ーナ ーの 展示 に 替え て︑ 原爆 投下 その もの を批 判す るよ う求 める
﹁原 爆展 示を ただ す署 名﹂ 運動 を開 始し た︒ 三十 四日 まで の八 日間 で 約千 七百 人分 の署 名を 集め た︒
(6 0)
九月一司
﹁長 崎の 原爆 展示 をた だす 市民 の会
﹂は 県民 決起 大会 を聞 き︑ 決議 に基 づき 総合 監修 五官
︑加 藤周 一・ 安
斎育 郎両 氏へ の﹁ 謝礼 返理 を市 に求 める 住民 監査 請書 乞行 うこ とを 決め た︒ (6 1) また 同会 はこ の月 に資 料集
﹃こ れ でい いの か! 長崎 原爆 資料 館﹄ を発 行し た︒ 伺沓 蕗集 では 加害 展示 反対 とい う見 地か ら︑ 同館 の問 題点 につ いて 指摘 して いる
︒ { 6 2 } 九月 二日
︑﹁ 長崎 の原 理展 示を ただ す市 民の 会﹂ は︑ 展示 資料 映像 など 百七 十六 画面 を改 定し たこ とに つい て︑ 展示 差じ 替え は展 二筆 者の ミえ たけ でな く︑ 態長 居紗 看︑ 加藤 周一
・安 斎育 郎両 民が 監修 の責 務を 怠り
︑市 は曹 司額 の損 害を 被っ てい ると して
︑す でに 亨な おれ てい る謝 礼金 計三 百五 十万 円の 返還 や︑ 損害 補填 措置 を求 めた 住民 監査 請求
を提伊ν
た ︒
︿
63 )
羽手 月三 干日
︑﹁ 長崎 の原 爆展 一言 ただ す市 民の 会は 長崎 原爆 資料 館に 対し 原爆 展示 のあ り方 に関 する 要望 差提 出し た︒
﹁二 十一 世紀 に向 けて 核廃 絶の メッ セー ジを 世界 に発 信す るこ とが 資料 館の 役割 であ る﹂ とし て︑ 以下 の内 容を 含め た展 示を 行う こと を求 めた
︒
(6 4)
①原爆輩卜直後の日本政府の抗議文
②核 兵器 使用 を一 般尚 に国 際法 違反 とし た七 月の 国際 司法 裁判 (I CJ
﹀の
﹁豊 口的 意見
﹂と 一九 九五 年十 一 月の 長崎 市長 の
ICJ
睡 地
③米国に根強い原爆投下正当論への反論④アイゼンハワl
︑マ ツカ
lサl
ら芳 台人 の原 爆不 要論
﹂
十旦 一干 一日
︑﹁ 長崎 の原 爆展 香住 ただ す市 民の 会﹂ は宣 稿不 明の 映像 資料 につ いて の責 任が 監修 看に もあ ると して
︑ 伊藤 長崎 市長 に対 し︑ 監修 者へ の謝 礼金 返還 請求 など 損室 最量 譜置 を求 めた 住民 監査 請求 につ いて
︑長 崎市 監査 委員 は﹁ 請求 の理 由が ない
﹂と し︑ 墾氷 を却 下す る匙 霊結 果を 公表 レた
︒監 査結 果に よる と以 下の 理由 によ り請 求を 全面 的に 退け てい る︒
(6 5)
①監 修吾 には 専門 的見 地か らの 指導
・助 言の 協力 を依 頼し たも ので
︑展 示物 の真 磁の 確認 まで 依頼 して いな い︒
②依 頼内 容は 履行 され
︑責 務不 履行 はな い︒
③差 し替 えは 混乱 終怠 のた め市 が行 政判 断で 行っ たも ので
︑監 修者 の責 務不 贋付 の問 題を 問う 余地 はな い︒
﹂ これ に対 して
﹁長 崎の 原爆 展示 をた だす 市民 の会
﹂は 監査 結果 を不 服と して 三十 日以 内に 住民 訴訟 を行 う方 向で 協 議し てい ると した
︒
翌十一月一司原爆資料館運営協議会が会合を開き︑被爆者や主醐経験者ら十九人が出席した︒その中で資料の差
し替 え状 況や 新た に見 尚早 者な どか ら指 摘の あっ た菌 防へ の対 向寄 付金 箱の 設置 など に関 する 墾口 が行 われ た︒ また 外国 人見 学者 のた めの 英語 訳文 の充 実を 求め る意 見な どが 出た
︒﹁ 長崎 の原 爆展 一否 芝だ す市 民の 会﹂ から の要 望垂 回 が紹 介さ れた
︒
(6 6)
十一 月二 十九 日︑
﹁長 崎の 原爆 展示 をた だす 市民 の会
﹂は 同館 の真 偽不 明の 映像 展示 は総 合監 修妥
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請負 俗葉 の責 任 であ ると して
︑伊 藤長 崎市 長を 相手 取り
︑監 修吾
︑請 負企 業に 対し
︑指 害賠 償を 請求 する よう 求め る訴 訟を 長崎 型刀
裁却
所に
起こ
した
︒ (6 7)
さらに十二月六日︑﹁長崎の原爆展示をた
#K
のない世界をめざして﹂コーナーの展示について全面的な盛者を求める請願を長崎市市斐在提出した︒その際二万 市民の会﹂は︑﹁日中戦争と太平洋戦争﹂コーナーを含む﹁核兵器9
九千六百二十一人分の署名を添えて請願を提出した︒
(6 8)
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