第三部 事例編(2)
E- VAT法は、消費税の引き上げを目的としたもので、財政赤字と対外債務を抱えるフィリピ ン経済を再建する切り札としてラモス政権で成立した。しかし、審議過程で議員が法案の可
決に反対しただけでなく、彼らが関心を持つビジネスに対して税控除を盛り込もうとしたた め、袋小路に直面したラモス政権は「ポークバレル」(pork barrel)を用いて法案の可決を急い
だ。「ポークバレル」とは、政府の予算から各議員に分配される公共事業資金であり、それ を用いて各議員は自選挙区で支持基盤を獲得できる33。一般予算と異なり歳入に応じて大統 領が「ポークバレル」の分配権を持つため、その支出は法案可決の取引材料としてしばしば 使用されてきた34。E-VAT法では年間80億円の増税が見込まれていたが、この法律を可決さ せるために使用された「ポークバレル」の総額は実に97億円に上った。最終的には、審議過 程で議員が支持したセクターだけでなく従来のVAT法が対象としていたセクターにまで税 控除の適用が拡大されることになった。
こうしたエリート家族の強さは、政党の結束力を低下させる要因ともなる。エリート家族 という社会単位が政治社会において優位なため、選挙が争点よりも家族間の争いに矮小化さ れ、プログラム志向の政党の成長が阻害されてきた35。政党の弱さは、議会における議員の
投票行動から読み取ることができる。たとえば、第9回議会(1992年〜95年)の議員の投票行動 を調査した「フィリピン人権情報センター」(Philippine Human Rights Information Center)によ れば、論争を招く法案では党派に依拠した投票行動は45%にすぎない36。こうした投票行動 は、あまり議論を必要としない法案でも頻繁に見られる37。政党の弱さは、後述するように 頻繁な鞍替えを助長する原因にもなっている。
エリート家族が強く、政党が弱い状況では、議会は政策やイデオロギーよりもエリート家 族の個別利益の集合体と化す。事実、小選挙区で選出されたエリート家族出身の下院議員の 大部分は、自身をその選挙区に利益をもたらすパトロンもしくはブローカーと考え、再選を 目指して自分の選挙区の利益になるようなプロジェクト等の獲得に精力を注ぎ、議会はロー カルな利益に囚われることになる。表6−4は、下院における提出法案数の推移とその内訳 である。近年では、その差は縮まりつつあるが、国家法案数よりも地方法案数の方が明らか に多い。こうして再選を目指すエリート家族の個別利益に囚われた議会では、より長期的な 成長や開発といった目標よりも目先の短期的なインフラ・プロジェクトに多くの労力が費や されることになる。
このような「エリート民主主義」は、国家の「弱さ」とも密接に関係してくる。そもそも フィリピンを初めとする発展途上国では、主として強い意志を持つ行政府か官僚機構が大胆 な指導力を発揮して改革に取り組み、議会は保守的で偏狭な利益に囚われていることが多い
38。実際、急速な経済成長を遂げた東アジアで見られたのは、「強い」国家の主導的な役割
であった39。これに対してフィリピン国家の「弱さ」を指摘する研究は枚挙に暇がない40。デ ラサール大学のヴィラコルタは次のように述べる。「フィリピン国家の弱さの根底にあるの は、オリガーキーの利益との関係を断てないことである。フィリピンでは、地主エリートが 産業セクターをも支配する。この経済の独占支配は、政治システムにおいても見られる。大 部分の議員は、地主−資本家エリート出身か、それらから支持を得ている。官僚は、同様に この既得利益から逃れられない」41。ここで論じられる国家の「弱さ」は、議会を支配する オリガーキーの個別利益という呪縛から国家(行政府)が自律できない点に求められよう。
国家の「自律性」の低さの萌芽は、既に植民地時代から見られた。とりわけアメリカ植民 地期には、エリートを懐柔して平和的な間接統治を行うという目的から、スペイン植民地期 に形成された大土地所有制度と地主エリートが保護された。独立後も、そうした制度が残存 したため、地主エリートは議会を支配し続け、農地改革に代表される社会経済的改革に抵抗 した。先述したように、民主化後も地主エリートが議会を支配したため、戒厳令前と同様に 農地改革には強く反対した。このことは、フィリピン国家は支配エリートからの「自律性」
が低いということを意味しよう。
さらに、フィリピン国家は、政策を実行する「能力」の点でも弱いと言わざるを得ない。
フィリピンにおける行政学の第1人者であるブリランテスは、次のように指摘する。「フィリ ピン国家は、基本的なサービスの供給と効率的に法を施行する一般的な能力を持たないため に、本質的に弱いということは広く同意を得てきたことである。たとえば、保健衛生と社会 サービスのレベルは、フィリピン国民の必要性を充たすには明らかに不十分である。法と秩 序を維持・保全することが、国家構造の主要な課題であり続けている。他のすべての第三世 界の国のように、物理的・通信手段のインフラ、エネルギーからその他の社会的インフラに 至るまで、政府の『開発』に必要な基本的サービスの供給は、相対的に不足したままである。
それゆえ、ある程度、国家の政治−行政経済は、国家の存在理由である基本的なサービスを 提供するという基本的機能を、十分効果的に果たせないできた。そういうわけで、この意味 において、フィリピンは弱い国家であると特徴づけるのが適切であろう」42。
国家の「能力」を大きく規定するのは、官僚機構の質である。フィリピンの官僚制は、戦 後から現在に至るまで脆弱であり続けてきた。たとえば、ワーフェルは、戒厳令前のフィリ ピン国家は、腐敗して肥大化した官僚機構が国民総生産のわずかしか徴税できず、社会サー
ビスも効率よく提供することができなかったことから、「軟性国家」(soft state)であったと 指摘する43。また、1993年に出版された世界銀行の『東アジアの奇跡』では、フィリピンの 官僚機構は東南アジアで最も質が悪いと評価されている44。
フィリピンの官僚制を脆弱にする主たる制度的原因は、給与の低さと実力主義の欠如に求 めることができる。給与に関しては、世界銀行が指摘しているように、一般的に公的部門に おける総合的な給与水準が民間部門よりもよければ官僚機構は優秀となる45。民間部門の給 与に対する公務員の給与の割合を、他のアジア諸国と比較してみると、フィリピンは明らか に低い(表6−5)。
こうした公務員の給与の低さは、民間への優秀な人材の流出、給与以外の手段による収入 確保、すなわち汚職や腐敗の温床ともなりうる46。実際、汚職の例は枚挙に暇がない。その ため、キリノからマルコス、そしてアキノ、ラモス政権に至るまで、様ざまな汚職取締機関 が作られてきたが、根本的な解決には至っていない47。
汚職の度合いを客観的に見るには、世界各国の汚職度を調査する「トランスパレンシー・
インターナショナル」(Transparency International=TI)の指標が参考になる。
TIは、各国の汚職
度を0から10までの数字でランク付けを行っている。10に近いほど汚職は少ない。表6−6か
ら明らかなように、フィリピンの汚職度は明らかに高い。
また、フィリピンでは政治的任命が深く浸透し、他のアジア諸国と比べると実力主義の欠 如が顕著である。これが低い給与とあいまって官僚能力の低下を引き起こしている。実際、
世界銀行はフィリピンの官僚能力指数を、他の東アジア諸国の3分の1と評価している48。 最後に、国家の資源動員能力としての税収集力を見ておこう。アキノ政権以降のGDPに対 する税収率は表6−7のようになる。アキノ政権が登場した1986年以降は年々増加している が、これは86年にアキノ政権が行った税制改革計画によるところが大きい49。しかし、90年 代後半からは税収率は低下の一途をたどる。加えて、世界銀行の報告をもとに他の東南アジ ア諸国と比べてみると、フィリピンの税収集能力は決して高いとは言えない。たとえば、各 国のGNPに占める税収の割合を見ると、マレーシアは22.5%、シンガポールは17.1%、タイは
17.0%、インドネシアは16.3%、フィリピンは15.1%となっている
50。以上のことから、フィリピン国家は「能力」の点でも弱いと言わざるを得ない。
以上検討してきた民主主義の制度と機能との乖離は、市民意識の変化からも窺い知ること ができる。図6−3から明らかなように、とくに
1990
年代後半以降、民主主義の機能に対す る満足度は低調のまま推移している。前述した民主主義の制度面を指標化した「ポリティ・プロジェクト」の評価とは、ある意味で対称的である。こうした傾向は、民主主義の機能に 対するある種の幻滅感の表れとも言えよう。
次節では、これまで検討してきた「3G」「3P」「カシケ民主主義」「ボス民主主義」「エ リート民主主義」といった概念にも触れながら、現代民主主義の生命線とも言える政党の弱 さを植民地時代まで遡って検討する。