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Myogenic

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第五章

総合討論

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本研究では一貫して骨格筋代謝調節機構の解明に取り組み、骨格筋における糖、

脂質代謝、あるいは骨格筋自体の量的変化に関する興味深い現象をとらえる事 に成功した。まず第二章では、骨格筋における LPL の発現調節において

AMPK-PPARγ1経路が重要な役割を担う事を示し、骨格筋脂質代謝制御機構の新

たな一面を明らかにした。また第三章、第四章では、代謝改善効果を持つGPCR として知られる TGR5 に焦点を当て、骨格筋における TGR5 発現調節機構を分 子レベルで解析し、TGR5の発現増加がインスリン抵抗性改善や筋肥大に関与す る事を明らかにした。以下、本研究から得られた知見をもとに、骨格筋代謝の 分子機構、および生活習慣病との関わりについて総合的に論じる。

・運動による脂質代謝改善の分子メカニズムとその応用

運動は脂質代謝改善に有効であり、その一部は LPLの活性化により説明され る。本研究では LPL 発現調節機構を分子レベルで解析し、AMPK-PPARγ1 経路 によりLPL発現が調節される事を見出した。これにより運動によるLPL活性化 メカニズムの一端を明らかにする事が出来たと考えている。

運動後の LPL活性化が脂質代謝の改善に重要である事が過去に報告されてい るが(32, 33)、注意すべき点も存在する。骨格筋特異的にLPLを過剰発現した マウスでは、骨格筋へのTG蓄積量が増加するものの、骨格筋インスリン抵抗性 は発症しないとする報告が有る一方で(151)、別の研究グループは骨格筋特異 的に LPLを過剰発現したマウスに高脂肪食を与えると、骨格筋におけるインス リン抵抗性が増悪化すると報告している(152)。LPL は脂肪酸の取り込みに関 与する因子であるため、その発現上昇により筋細胞にTGが蓄積する事や、それ により条件次第ではインスリン抵抗性を発症してしまう可能性は十分に考えら れる。おそらく運動による脂質代謝改善作用において重要なのは、LPL の活性 化により筋細胞が積極的に脂肪酸を取り込む事に加え、取り込んだ脂肪酸を即 座に分解し、熱や運動エネルギーの形で消費する事にあるのではないだろうか。

そのように考えると、AMPK は非常に効果的に脂質代謝の改善に貢献すると考 えられる。つまりAMPKは運動時にエネルギー枯渇を感知する事で活性化し、

PPARγ1経路を介してLPL発現を上昇させ、これにより筋細胞内へ脂肪酸を流入

させる。また同時にAMPKはACCのリン酸化やPGC-1αの発現上昇を誘導する 事で β 酸化を亢進し、流入した脂肪酸は直ちにエネルギーに変換され、消費さ れる(23-26)。そのため運動時には筋細胞にTGが蓄積したり、インスリン抵抗 性が惹起されたりする事もなく、全身の脂質代謝を改善すると予測される。こ

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のような機能を果たし得る事も、最大のエネルギー消費臓器たる骨格筋の特徴 であり、魅力であるように思う。

近年、運動により骨格筋で生じる活性酸素種も、運動によるインスリン感受 性の改善に重要な役割を果たしている事が報告された(126)。一般に活性酸素種 は生体に害を及ぼすと考えられていたが、当該論文では運動の前に抗酸化剤で あるビタミンCやビタミンE を摂取したヒトは、運動後のインスリン感受性の 上昇が見られなくなると言う結果が示されている。また興味深い事に、運動後 の骨格筋ではヒトでもPPARγの発現が上昇すること、そしてビタミンCやビタ ミン E の摂取によりその一部が抑制される事が報告されていた。論文が報告さ れた当時は、PPARγ が運動後に発現上昇するメカニズムやその役割に関しては 明らかでなかったが、本研究で示したデータはこの報告とよく合致するものと なった。つまり、運動により生じた活性酸素種は、Fig.2-5 で示されたように AMPKの活性化を促し、これにより発現上昇したPPARγ1が LPLを介して脂質 代謝改善に導いた事で、インスリン感受性を亢進させたと予測される。この報 告は、本研究で示された AMPK-PPARγ1-LPL 経路がヒトでも起こり得る事を強 く支持するものと考えている。

厚生労働省が発表した平成21 国民健康・栄養調査によると、体重管理を心掛 けている人は男性で 7 割、女性で 8 割だが、実際にメタボリックシンドローム 予防・改善のための運動をしている人は全体の 3 割に満たない事が明らかとな った。定期的な運動習慣を確立する事が困難な現代社会において、運動による 代謝改善の分子メカニズムを明らかにし、機能性食品や薬剤によりそれを模倣 する試みが重要になると考えられる。

・骨格筋におけるTGR5役割と生活習慣病予防への応用

本研究の後半部、第三章と第四章では、胆汁酸をリガンドとする G タンパク 質共役型受容体 TGR5 に焦点を当て研究を進めた。これまで、マウスに TGR5 リガンドを投与する事で肥満や耐糖能異常が改善する事が確認されていたが

(87, 88)、TGR5を介した代謝改善効果に対する骨格筋の寄与は明らかでなかっ た。そこで骨格筋における TGR5 の発現調節機構の解析、および機能解析を通 して、代謝改善における骨格筋 TGR5 の役割と重要性を明らかにしようと考え た。

まず第三章において、TGR5 が新規 UPRターゲット遺伝子である事を明らか にした。また生体骨格筋においては運動後、そして絶食中にUPRが生じ、TGR5

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発現が上昇する事が明らかになった。更に第四章では骨格筋特異的に TGR5 を 過剰発現するマウスを作出し、そのフェノタイプ解析を行ったところ、骨格筋 の肥大化、そして高脂肪食により誘導されるインスリン抵抗性の改善が確認さ れた。その分子メカニズムを全て明らかにするには至らなかったが、それぞれ Sik1 を介した筋分化の促進や、S6K の活性抑制を介したインスリン感受性の亢 進が関与している事が示唆されている。以上の結果をまとめると、骨格筋にお けるTGR5の生理的役割がいくつか推測される。

最初に、運動後の骨格筋における TGR5 の役割について考察する。まず最も 興味深い点は、筋肥大やインスリン抵抗性の改善といった、運動後の骨格筋で 生じる有益な効果が TGR5 トランスジェニックマウスで再現された点である。

これは、TGR5が運動による代謝改善効果の一端を担う可能性を示している。た だし、運動による筋肥大が主にmTORC1-S6K 経路で説明されるのに対し(153, 154)、本研究で示したTGR5による筋肥大はSik1による筋分化亢進が関与して いると予測されており、特に S6K の抑制が確認された点で全く性質を異にして いる。これは運動と摂食刺激が組み合わさった時にのみ活性化する新たな筋肥 大経路の存在を示唆するものであり、いくら運動を行っても摂食による栄養の 補給が無ければ筋肥大が生じにくい仕組みを備えていると考えられる。

次に、TGR5が絶食により発現亢進する意義について考察する。そもそも骨格 筋は、運動器であると同時にアミノ酸貯蔵器としての機能も持っている。絶食 時には骨格筋を構成するタンパク質が分解されアミノ酸を生成し、肝臓に運ば れた後、糖新生に利用される。これは脳のグルコース要求を満たす上で重要な 応答だが、当然タンパク質を消費された分、骨格筋は萎縮してしまう。ではこ ういった危機的状況下で骨格筋 TGR5 の発現を上昇する事にどのような意味が 有るのだろうか。本研究で明らかにした TGR5 の機能から推察するに、おそら くは絶食を経た筋細胞は TGR5 を介して摂食シグナルである胆汁酸をより強く 受容し、これにより萎縮した筋細胞を再び肥大化させているのではないかと考 えている。またインスリンシグナルのネガティブフィードバック機構を担うS6K を不活性化する事で摂食後のインスリンシグナルを長時間持続させ、エネルギ ー枯渇に陥った筋細胞へのグルコースの取り込みを促進する事も予測される。

つまり、絶食時に自身を犠牲にする事で脳をグルコース欠乏から保護していた 骨格筋が、摂食による栄養の流入に応じて急速に回復するために TGR5 が役立 っているのではないかと考えられる。

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骨格筋に発現するアドレナリン受容体やFrizzled7と言ったGPCRが筋肥大に 関わる事はすでに良く認知されており、それはmTORC1経路の活性化により誘 導されると考えられている(75-77)。TGR5もまた筋肥大を誘導したが、その機 構はこれまでの GPCR とは全く異なるものであった。特にアドレナリン受容体

もFrizzled7受容体も、TGR5と同じくGαs 共役型GPCRであるにも関わらず、

TGR5のみがmTORC1経路を抑制していた点は興味深く、これはGαs 非依存的

な経路、つまりGβGγ 二量体を介した経路が、GPCRによる mTORC1活性調節 に重要である事を物語っている。実際、過去にGβGγ二量体がmTORC1の上流 因子である Akt 活性化に関与する事が報告されているため(155)、今後 TGR5 による筋肥大にGβGγ二量体が関与するかどうか、慎重に検討する必要があると 考えている。

TGR5 は高脂肪食による肥満や耐糖能異常を改善する機能分子として注目を 集めている。その効果は、マウスでは BAT、ヒトでは骨格筋における熱産生遺 伝子の発現上昇や、小腸からの GLP-1 分泌促進により説明されてきた。しかし 本研究では、骨格筋に発現する TGR5 が、筋の肥大化やインスリン感受性の改 善にも関与する事を明らかにし、TGR5の作用点としての骨格筋の重要性を新た に示す事ができた。筋萎縮が糖尿病と相関する事や(149, 150)、メタボリック シンドロームの根源が肥満により惹起されるインスリン抵抗性である事を考え ると、TGR5が担う筋肥大、およびインスリン抵抗性の抑制は、生活習慣病予防 に貢献し得るものと考えられる。今後更に研究が発展し、TGR5をターゲットと した生活習慣病治療薬や機能性食品が開発される事を期待する。

In document 博士論文 生活習慣病予防に向けた 骨格筋代謝調節機構の分子基盤 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻食品生化学研究室 平成 26 年度博士課程修了 佐々木崇 指導教員佐藤隆一郎 (Page 138-166)

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