4.1
はじめにわが国の中小企業の会計に関する基準は,「中小企業の会計に関する指針」(以下,中小指 針という)および,「中小企業の会計に関する基本要領」(以下,会計要領という)が存在し,
いずれも任意に選択適用することができる。中小企業の会計は,経営者が容易に理解できる 新しい会計ルールとして制定され,中小企業が自社の財務情報や経営状況を正確に把握し,
経営課題の早期発見,早期改善が可能となることが期待されている。これは,換言すれば,
「中小企業が正しい会計ルールを採用することで,黒字になる,あるいは財務体質の改善が 図られる。」といった仮説が提起されているといえる。この仮説の検証を行うためには,中 小企業会計を導入している中小企業の財務データに基づき,実証を行う必要があるが,上場 企業と異なり,中小企業の財務諸表は公開されていないため,直接データを収集することは 不可能であるという制約条件が存在する。なお,上場企業における企業の持続可能性と上場 廃止の関連性の研究として,岡崎(2009)があり,本研究では,第 9 節において自然災害と 企業倒産の相関関係に関し,検証が行われ,相関関係はないと結論づけており,企業会計と それを取り巻く事象にどのような相関関係が生じ得るかに関し,どのような観点から検討 すべきか,リサーチデザイン構築の基礎的研究として参照した。
本章では,上記の中小企業におけるデータ収集上の制約という前提をふまえ,わが国最大 の税理士・公認会計士の任意団体である TKC 全国会(会員数約 1 万名)を対象として,中小 企業会計の導入が,中小企業の財務諸表に対し,実際にどのような効果をもたらしているの かを,中小企業会計の最大のユーザーである金融機関の視点を想定し,検証した。
また,同じく TKC 全国会は昭和 50 年より TKC 経営指標(以下,BAST)を公表しており,
平成 27 年度版においては,23 万社を超えるデータが集積されている。これだけの精度と速 報性を持つ中小企業の経営指標は,世界にも類例のないビッグ・データであることから,中 小企業の会計を導入による効用を,定量的な面から実証分析を実施し,効果を検証した。
4.2.リサーチデザイン
TKC 全国会では,中小企業会計の普及を推進するという視点から,平成 24 年より中小会 計要領推進プロジェクトを立ち上げ,中小会計要領の普及・活用に向けた諸環境の整備を行 なうため,中小企業会計(中小指針・会計要領)に準拠した決算書数2を集計・公表してい る。その数は平成 28 年 12 月末の目標件数 240,000 社に対して,平成 28 年 5 月末現在で 208,920 社となっており,[表 4‑1]に示すとおり,平成 24 年以降,TKC 全国会における中 小企業会計の導入企業数は,年々増加していることがわかる。
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[表 4‑1:TKC 全国会中小会計要領推進プロジェクトにおける導入企業数の推移]
BAST 年度=n
中小企業会計 導入企業数 カウント時期
中小企業会計 導入企業数
中小会計要領推進プロジェクト 目標達成割合(%) ※
H25 H25.6 48,539 20.2
H26 H26.5 153,156 63.8
H27 H27.6 186,983 77.9
H28 H28.5 208,920 87.1
※目標件数 240,000 社に対する,実際の導入企業数の割合。
また,分析に用いる中小企業の財務データは,TKC 全国会が昭和 50 年より作成・公表し ている TKC 経営指標‑BUSINESS ANALYSES & STATISTICS by TKC(以下,BAST という)を利 用した。平成 28 年度版の BAST では,TKC 全国会会員が関与する 23 万社を超える中小企業 の財務データが集積されており,これだけの精度と速報性を持つ中小企業の経営指標は,世 界にも類例のないビッグ・データである。
TKC 全国会加盟の税理士が処理する財務データを「財務マスター処理件数(母集団)」,BAST に収録される中小企業の財務データを「BAST 収録企業数」,中小企業会計を導入する企業数 を「会計要領・中小指針導入企業数」とした場合の相関関係を示したのが,[図 4‑1]である。
[図 4‑1:TKC 全国会における BAST 収録企業と中小企業会計の導入企業の関係]
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以上をふまえ,TKC 全国会の中小会計要領推進プロジェクトにおける,中小企業会計の平 成 24 年〜平成 27 年の 4 年間における,目標数 24 万社に対する目標達成割合(増加数の推 移),および同時期における BAST 全産業データの経営分析表の中から,BAST データ全体に 占める中小企業の黒字化の割合を示す黒字企業割合,および金融機関が企業格付に用いる ことが想定される,収益性,生産性,安全性,債務償還能力,成長性,損益分岐点分析の各 カテゴリー内の財務分析数値 13 項目を,ピアソンの積率相関関数を用いて分析し,TKC 全 国会加盟の税理士・公認会計士事務所における中小企業会計の普及と,中小企業の財務諸表 との間にどの様な相関関係があるのか検証を行なうこととした。
4.3 中小企業会計の導入とBASTデータとの相関関係
4.3.1 中小企業会計の導入と黒字化割合との相関関係(仮説①の検証)
中小企業会計は,経営者の自社の財務情報や経営状況を正確に把握し,経営課題の早期発 見,早期改善が可能となることが期待されていることから,「中小企業の会計の導入が増え ることで,経営者が自社の経営を見通せる様になり,黒字企業が相対的に増える。」という 仮説①を設定し,分析を実施した。
[表 4‑2:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合と BAST 収録企業の黒字割合]
年度 中小会計要領推進プロジェクト 目標達成割合(%)
BAST 収録企業 黒字割合(%)
H25 20.2 46.5
H26 63.8 47.2
H27 77.9 50.0
H28 87.1 50.7
(n=4)
平成 25 年〜平成 28 年における,中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合と BAST 収録企業の黒字割合の数値が[表 4‑2]であり,上記データに関する相関関係を示す分散図 が[図 4‑2]となっている。
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変数x:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合(%)
変数y:BAST 収録企業黒字割合(%)
[図 4‑2:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合(%)と BAST 収録企業の黒字割合
(%)の分散図]
分析の結果,相関係数(r)= 0.8748419 となり,平成 25 年〜28 年という,各年度を 1 とした,サンプルサイズ 4(n=4)という条件下においては,緩やかな相関関係こそみられる ものの,統計的には無相関であった。中小企業会計の導入と,以上により,中小企業会計の 普及と中小企業の黒字化には統計的な相関関係はみられないため,平成 25 年〜平成 28 年 における黒字企業割合の増加には,経営者の経営能力等,会計の質以外の要素が作用してい るものと推察された。
4.3.2 中小企業会計の導入と金融機関が重視する指標との相関関係(仮説② の検証)
次に,中小企業会計の最大のユーザーである金融機関の目線に立ち,中小企業会計導入に よる効果を検証するため,仮設②として,「中小企業会計の導入が増えることで,会計の質 が高まることにより,金融機関との良好な関係構築に貢献する。」を設定し,金融機関が企 業格付に用いている一般的な財務指標1,および BAST データに収録されている管理会計上
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の収益性を示す指標である,限界利益及び限界利益率の 13 項目の相関関係を分析した。
[表 4‑3:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合(%)と,BAST データに収録の安全 性,収益性,成長性,債務償還能力,限界利益の各カテゴリー内の財務分析数値 13 項目と 相関係数]
変数x:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合(%)
変数y:BAST 収録企業における,金融機関の企業格付で用いられる財務指標を中心とした 13 項目
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[図 4‑3:中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合(%)と,BAST データに収録の安全 性,収益性,成長性,債務償還能力,限界利益の各カテゴリー内の財務分析数値 13 項目に 関する散布図行列]
分析の結果,各年度を 1 とした,サンプルサイズ 4(n=4)という条件下においては,統計
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的に有意(0.10)と認められたのは,ギアリング比率2と債務償還年数3であることから,中 小企業会計の導入は,有利子負債との関係に相関関係があると認められた。
[図 4‑4:ギアリング比率,債務償還年数,中小会計要領推進プロジェクト目標達成割合に 関する散布図行列]
[図 4‑4]は,ギアリング比率,債務償還年数,中小会計要領推進プロジェクト目標達成割 合に関する相関関係を示す散布図行列であるが,それぞれの項目間において,負の相関関係 があることが分かる。これは,中小企業会計を導入することにより,保証協会による保証料 率の割引が行われる,あるいは金融機関による低利融資商品といった,国の中小企業施策に よる効果と推察される。また,ギアリング比率に負の相関関係(中小企業会計の導入が増え れば,ギアリング比率が低くなる)がみられ,同じく債務償還年数にも負の相関関係(中小 企業会計の導入が増えれば,債務償還年数が短くなる)がみられるが,このことは,金融機 関側からすれば,貸出金額の減少という結果をもたらしている可能性がある。金融機関にと って,貸出金の減少は回収リスクの減少になる一方で,利息収入の減少をもたらすことから,
貸出金の減少が生じているとすれば,中小企業会計の導入は,必ずしも金融機関との関係を 良好にするとはいえない。そこで,この点を検討すべく,H25〜28 年の BAST データにおけ る借入金額の推移を示したものが,[図 4‑5]である。
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[図 4‑5:BAST データ(全国)の債務償還年数と有利子負債の推移]
これによれば,BAST データ全体で債務償還年数は年々減少傾向にあるが,有利子負債 残高は微増していることが分かる。以上を総括すれば,中小企業会計の導入は,金融機関 にとって,貸出金残高の増加・回収可能性の向上という結果に繋がっていることが読み取 れることから,中小企業会計の導入は金融機関との関係をより良好な方向へと導いてい ることが推察される。