• 検索結果がありません。

わが国の中小企業の財務諸表に対する信頼性確保の検討経緯

ドキュメント内 平成29年3月 (ページ 134-178)

6.1  はじめに 

わが国においては,中小企業において財務諸表監査は強制されておらず,財務諸表の主 たる外部利用者である金融機関から,任意監査という形で財務諸表監査を広く一般的に求 められるということも,実務上存在していない。しかし,平成25年12月に経営者保証に関 するガイドライン(経営者保証に関するガイドライン研究会.2013」)が公表されたことを 契機に,日本公認会計士協会は平成26年4月,「監査基準委員会報告書800及び805(平成26 年4月  日本公認会計士協会  監査基準委員会)」を公表した。ここでは,わが国において 中小企業が拠るべき会計基準である中小会計指針および中小会計要領は,特定の利用者の ニーズ(監査基準委員会報告書800では,《文例1》として金融機関との銀行取引約定書を 例示)を満たすべく,特別の利用目的に適合した会計の基準に準拠して作成された財務諸 表(2),すなわち特別目的の財務諸表であり,また,適正表示を達成するための追加的な開 示要求の明示的な規定がある又は黙示的に追加開示の必要性が認識されているかという,

適正表示の枠組みの定義を満たさない(同じく監査基準委員会報告書800《文例1》で は,中小会計要領は会社計算規則第98条第2項第1号又は第2号により注記が省略されて いるため,適用される財務報告の枠組みは準拠性の枠組みであるとしている)ため,中小 会計指針,および中小会計要領は特別目的の財務諸表であり,準拠性監査という形で任意 監査が実施できることが示されている。 

その一方で,国際的には,中小企業の財務諸表に対する公認会計士の信頼性付与の方法 として,保証業務である監査やレビューに加え,非保証業務であるAUPやコンピレーショ ンが広く用いられている。わが国においても,近時保証に関する要求が拡大するなか,保 証関連業務の基準の設定,そのガイドラインの作成に関して何らかの対応が必要(竹原 2014)とされているものの,非保証業務は未開発の分野であり,今後,研究が必要な分野

(河﨑・万代2012)とされるに留まっている。これは,「わが国の監査法人の証券取引法 監査は,アメリカにおける監査法人の行っているさまざまな業務のうちの1つだけが監査 制度として定着した経緯がある。そのことが,監査にも積極的保証から消極的保証を経 て,無保証の意見陳述に至るまで保証の内容がグラデーションをなして「保証の連続体」

を構成しているという認識に直結しなかった。かかるさまざまな監査関連業務が「監査」

という概念に含まれず,最も精度の高い財務諸表監査だけが監査であるという認識が,制 度面においても,監査研究面においても浸透し,今日に至っている。」(武田2003)からに 他ならない。 

さらに,本研究と従来の研究との位置づけについてであるが,武田は,わが国の中小会 社の経営管理機構(監査制度)として,各国の中小企業監査制度の比較を経て,監査役と 会計専門家によるコンピレーション制度を掲げ,法令等に適合した計算書類の作成(コン ピレーション)の担い手は,中小会社の財務書類の作成,会計帳簿の記帳代行その他の財

130

務に関する業務を従来から担当してきている税理士がこれに当たることが最も適当な措置 となるであろう。(武田2000)としている。また,浦崎は,オーストラリアの会計制度を 対象とした会計理論・財務報告・監査に関する基礎研究として,オーストラリアにおける 中小会社の財務諸表監査や小規模事業体のサンプル監査を例示し,中小会社や小規模企業 体における監査適用の実例を紹介している(浦崎2000)。 

いずれの研究時点においても,わが国においては中小企業の会計および監査制度は確立 されていなかったため,本研究では,上記の先行研究をふまえ,わが国において,新たに 導入された中小企業の会計および監査制度を,米国を中心とした諸外国の制度と改めて比 較することで,あるべき中小企業の財務諸表に対する保証業務のあり方を検討していきた い。 

 

6.2  わが国における中小企業会計制度と財務諸表の信用力向上への取り組み  

  わが国の中小企業の会計基準である中小会計指針,および中小会計要領は,間接金融に 依存した資金調達を行なっている中小企業1に合致し,中小企業の金融円滑化に資する目的 で作られている点で,歴史的・制度的に共通点が見出せる2 

  実務上も,中小会計指針および中小会計要領を適用したことを証する,日本税理士会連 合会作成の「中小会計指針ならびに中小会計要領の適用に関するチェックリスト」を金融 機関に提出することにより,信用保証協会の保証料率の割引,あるいは民間金融機関の金 利優遇制度が広く利用されており,金融と経営支援を一体とした中小企業支援の取り組み がなされているところである。 

  また,これ以外にも会社法による会計参与制度,税理士法33条の2に規定する書面添付 制度など,職業会計人が関与することで,中小企業の決算書に対して信頼性が付与されて いる3。 

さらに,「経営者保証に関するガイドライン」の公表後,東京都信用保証協会が作成・公 表した『「経営者保証ガイドライン対応保証」資格要件確認シート』において,適時適切に 財務情報等が開示されている項目として,「中小会計指針,ないし中小会計要領の適用に関 するチェックリスト」「会計参与の設置を証する登記事項証明書」「税理士法 33 条の 2 に規 定する添付書面」といった項目に加えて,「公認会計士または監査法人による財務諸表監査」

が示されており,金融庁作成の「経営者保証に関するガイドライン」の活用に係る参考事例 集(金融庁 2014)では,公認会計士監査を活用して適切な決算資料を作成することで,経 営者保証に依存しない融資を実現した事例が紹介されている。このように,わが国において も「経営者保証に関するガイドライン」の制定を契機に,中小企業に対する財務諸表監査の 実務的要請が高まってきたといえよう。このような流れを受け,日本公認会計士協会は,平

131

成 26 年 4 月に「監査基準委員会報告書 800 及び 805」を公表し,続けて,平成 26 年 9 月に は,同ガイドラインによって示されている,経営者保証のない融資の実現に当たって求めら れる中小企業の経営状況として挙げられている項目のうち,法人と経営者との関係の明確 な区分・分離について,公認会計士等の検証に関して合意された手続の業務を行う際の手続 を示すものとして,「経営者保証に関するガイドライン」における法人と経営者との関係の 明確な区分等に関する手続等について(日本公認会計士協会 2014a)を公表した。これによ り,公認会計士が中小企業に対し,同ガイドラインに即して,財務諸表監査ならびに AUP を 提供できる環境が整ったことになり,今後,わが国の中小企業では,財務諸表の信頼性確保 のため,職業会計人に対する実務的要請が高まっていくものと思われる。 

 

6.3  米国等における中小企業の財務諸表に対する信頼性保証とわが国における課題  

  わが国と同様に,AICPA では,中小企業のための特別目的の財務報告フレームワークとし て,FRF for SMEs を 2013 年(平成 25 年)に発表している(AICPA2013a)。FRF for SMEs は OCBOA(Other  Comprehensive  Basis  of  Accounting:「GAAP 適用領外の包括的会計処理基 準」)4と呼ばれるアメリカにおける中小企業の会計慣行をベースとして構築され,監査の前 提となる特別目的の財務諸表となっている点において,わが国の中小会計指針,および中小 会計要領と共通性が見出せるところである(浦崎 2013)。他方,アメリカやカナダにおいて

は,中小企業の財務諸表に対する信頼性付与という観点からは,非保証業務であるコ  [表6‑1: アメリカの銀行の中小企業向け貸出比率(銀行の資産規模別)] 

第 2‑2‑3 図  アメリカの銀行の中小企業向け貸出比率(銀行の資産規模別)     

      〜資産規模により中小企業向け貸出比率に格差〜       

                  (%) 

(年度)  94  95  96  97  98  99  00  01  02 

1 億ドル未満  95.2    95.7    94.9    94.4    93.9    92.8    92.9    92.4    91.0    1〜5 億ドル未満  78.6    79.3    78.5    78.1    78.3    76.9    75.8    74.2    71.6    5〜10 億ドル未満  56.8    58.8    61.8    61.8    60.0    59.0    56.3    57.6    56.1    10〜100 億ドル未満  35.6    35.4    38.6    37.5    39.2    39.7    39.6    38.7    40.5    100 億ドル以上  17.6    19.2    19.8    21.7    19.7    19.9    19.6    21.4    24.0   

                   

資料:SBA「State of Small Business」,「Small Business Lending in the United States」 

(注)  1.  企業向け貸出しに占める中小企業向け貸出しの割合     

        2.  中小企業向け貸出しとはここでは貸出額 100 万ドル未満のことを指す。   

出所:中小企業庁『中小企業白書  2005 年版』

132

 

ンピレーションが広く活用されている5。たとえば,ある米国中堅銀行では,与信額が 100 万ドル以上なら公認会計士によるレビュー,500 万ドル以上なら監査を求めている(信金中 央金庫  総合研究所.2004)。すなわち,100 万ドル未満の貸出先については,非保証業務で あるコンピレーション等が活用されていることになる。なお,コンピレーションを含む非保 証の財務諸表が貸出しにおいて利用されている比率は,米国における中小企業向け貸出し

(貸出額 100 万ドル未満)の比率と同率であり,実務において,中小企業においてはコンピ レーションが広く活用されていることが推察される。FRF  for  SMEs においても,監査,レ ビュー,コンピレーションの 3 種類の報告書形式が例示されている(AICPA2013b)が,ここ で着目すべきは,コンピレーションは非保証業務であり,監査意見又はレビューの結論を表 明するものではなく,保証業務である監査やレビューと比べ,中小企業の財務諸表に対する 信頼性の付与という観点からは相対的に低いにも関わらず,広く活用されているという点 であろう。 

一方,「監査基準委員会報告書 800 及び 805」で例示されている監査報告書の形式は,監 査のみとなっている。レビュー報告書が示されていないのは,米国と異なり,わが国におい ては単独の契約を前提とした一般のレビュー業務基準が存在しないため(松本・町田 2014)

であり,コンピレーションについては,中小会計指針の策定当時から,計算書類の作成者自 身あるいは作成代理人として「公認会計士という会計の専門家が作成に携わっているとい うことだけでも,その計算書類に大きな信頼を付与するものと思われる。」として,実務上 

の有用性が示されている(柳澤 2003)にも関わらず,レビューと同様,コンピレーション に関する業務基準も存在せず,示されてはいない。 

[表6‑2:(IAASBにおける)保証業務と非保証業務の概要] 

 

(竹原[2014],96 頁を加筆) 

ドキュメント内 平成29年3月 (ページ 134-178)