3.1 はじめに
わが国における中小企業の会計は,基準設定に留まらず,政府施策に取り込まれ,中小企 業の成長育成モデルとして構築・運用されている点が最大の特徴である。
元来,我が国の中小企業の会計は決算書の信頼性を高め,金融機関と中小企業との間の信 頼性を向上し,必要な時に資金調達を行いたいという,中小企業経営者のニーズに合致して いるという点で一貫している。本研究に関わる先行研究としては,中小企業金融の健全化に 対して「中小企業金融における会計の役割」および「中小企業金融における税理士の職責」
の2点から解説を行ったものとして,(大武 2012)がある。本章では,「金融機関が作成す る実態財務諸表と中小企業の会計との関係」および「期中管理(月次決算・予実管理)を活 用した信頼性向上が中小企業に及ぼす効果」を中心に,我が国の中小企業の会計が当初より 資金調達という点を重視して構築されてきたこと,および中小企業の決算書が金融機関の 審査においてどのように利用されているかを明らかにすることで,中小企業経営者と金融 機関の関係性を中心に,あるべき中小企業会計を活用した金融機関との信頼性向上の方向 性とは何かを述べていきたい。
3.2 中小企業会計制度と金融の関わり
3.2.1 我が国における中小企業会計と金融の関わりに関する変遷
わが国において,中小企業の会計と金融の関係性について概略を整理すれば,[表 3‑1]の ようになるが,このうち,「①戦後の中小企業の簿記会計に関する問題意識の萌芽があった が規範としては定着せず」という時代について,解説を加えておきたい。
まず,昭和 23 年の中小企業庁設立時,初代中小企業庁長官である蜷川虎三は,「短期の資 金にしても,中小企業に對して普通の金融機関は決して積極的ではない。むしろ甚だ消極的 である。その理由とするところは,中小企業はこまかくて手數がかかる,計理經營の内容が はっきりしない,事業の先行の見通しがつきかねる,というようなことにある」(蜷川 1950,11)とし,中小企業は,金融機関から短期の資金であっても借入を行うことが難しく,
その理由は会計や経営計画に関する体制構築ができていないという点にあるとしている。
さらに,昭和 24 年のシャウプ勧告は,「帳簿と記録に関し,多くの営利会社が帳簿記録を 持っていない現状を嘆き,納税者が帳簿を持ち,正確に記帳し,その正確な帳簿を税のために 使用するよう奨励,援助するようあらゆる努力と工夫を傾注」しなければならないとし,大企 業と中小企業を分けて,大企業とは異なる勧告を中小企業に行っている。1 点目は教育面で あり,「会社および個人の活動に関係する全ての団体は正確な帳簿記録をつけることの重要 性を強調しなければならない」としている。2 点目は記帳の模範的様式の作成として,「大 企業と異なる簡易な会計様式の作成を勧告」している。3 点目は正しい記録をつけるための
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誘引策として,「帳簿記録をつけている納税者は他の納税者と区別されるように異なった色 の申告書を提出すること」すなわち青色申告制度の勧告を行っている。このうち,2 点目の 簡易な模範的様式の作成については,「会社および個人にその職業および教育水準に適合し た帳簿様式が必要だが,既に各所で様式の開発が行われている」(Shoup Mission1949Vol.
Ⅳ,pp.D57⁻D59)としている。
[表 3-1:中小企業の会計と金融に関するわが国および国際的な動き]
① 戦後の中小企業の簿記会計に関する問題意識の萌芽があったが規範としては定着せず 1948年(昭和23年) 中小企業庁発足(中小企業金融の困難性の解決を図る)
1949年(昭和24年) シャウプ勧告(中小企業の会計制度と青色申告制度の勧告)
1949年(昭和24年) 経済安定本部「中小企業簿記要領」公表 1953年(昭和28年) 中小企業庁「中小会社経営簿記要領」公表
② 会計ビッグバンの煽りを受ける中,さまざまなアプローチによる中小企業の会計ルールを模索する動き 2001年(平成13年)9月 私的整理に関するガイドライン研究会「私的整理に関するガイドライン」公表(実態
財務諸表の概念が浸透)
2002年(平成14年)3月 中小企業庁「中小企業の会計に関する研究会」を設置
2002年(平成14年)6月 中小企業の会計に関する研究会「中小企業の会計に関する研究会報告書」を公表 2002年(平成14年)6月 金融庁「金融検査マニュアル別冊〔中小企業編〕」公表
2002年(平成14年)12月 日本税理士会連合会「中小会計基準の設定について」を公表
(ダブルスタンダードの立場)
2003年(平成14年)3月 金融庁「リレーションシップバンキングと機能強化に関するアクションプログラム」
公表
2003年(平成15年)6月 日本公認会計士協会「『中小会社のあり方に関する研究報告』について」(会計制度委 員会報告第8号)を公表(シングルスタンダードの立場)
2005年(平成16年)7月 会社法成立
432条第1項に「適時・正確な会計帳簿の作成」が明記,会計参与制度が導入される
③ 乱立したルールを一本化しようとする動き〜大企業向け企業会計基準を簡略化する方向へ傾斜
2005年(平成17年)8月 日本公認会計士協会・日本税理士会連合会・日本商工会議所・企業会計基準委員会「中 小企業の会計に関する指針」を公表
(シングルスタンダード・トップダウンアプローチの立場)
2007年(平成19年)3月 バーゼルⅡ導入(規制資本の経済活性化に向けた進展)
④ IFRSの影響色濃い中小指針の適用にはなじまない多くの中小企業向けの新ルールを模索する動き 2009年(平成22年)7月 IASBがIFRS for SMEs(中小企業版IFRS)を公表
(シングルスタンダード・トップダウンアプローチの立場)
2010年(平成22年)2月 中小企業庁「中小企業の会計に関する研究会」を再開
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2010年(平成22年)3月 企業会計基準委員会「非上場会社の会計基準に関する懇談会」を設置
2010年(平成22年)8月 非上場会社の会計基準に関する懇談会「非上場会社の会計基準に関する懇談会報告 書」を公表
2010年(平成22年)9月 中小企業の会計に関する研究会「中小企業の会計に関する研究会中間報告書」を公表
⑤ 多くの中小企業に適用されるべくその企業属性に即した新しい会計ルールの策定・公表へ 2011年(平成23年)2月 中小企業庁・金融庁「中小企業の会計に関する検討会」を設置 2011年(平成23年)5月 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を改正
(「金融と経営支援の一体的取り組みの推進」を確認)
2011年(平成23年)12月 中小企業政策審議会『中間取りまとめ−グローバル競争化における今後の中小企業政 策のあり方−』を公表(中小企業の新たな会計ルールの整備・活用,事業者自らの経 営状況や資金繰りへの説明能力の向上)
2012年(平成24年)2月 中小企業の会計に関する検討会「中小企業の会計に関する基本要領」を公表(ダブル スタンダード・ボトムアップアプローチの立場)
2012年(平成24年)8月 「中小企業経営力強化支援法」施行,中小企業に対して専門性の高い支援事業を行う 経営革新等支援機関を認定する制度が創設
2013年(平成25年)6月 AICPAがFRF for SMEs(中小企業版FRF)を公表,特別目的のフレームワークを採 用,金融機関を利用者に想定(ダブルスタンダード・ボトムアップアプローチの立場)
(注)大武.2012,191‑192,表 10‑1 をもとに,下記の参考文献をもとに筆者加筆
・河﨑.2012
・河﨑・万代.2012
・櫛部.2014
これは当時,「同調査会(注:経済安定本部企業会計制度対策調査会)が,「企業会計原則」
の制定のみならず,中小企業をも含む企業の会計実務全般の改善策の検討にも及び,その活 動の一環として,会計教育用に標準化された帳簿様式の作成や中小企業用に簡素化された 会計方法の開発が試みられていた。シャウプ使節団は,同調査会のそうした活動に注目し,
上記の勧告を行ったものとみられる。」(注は筆者)(高橋.2011,84)からであり,このよう な時代的要請を受け,特に青色申告の普及を目的として開発されたのが,「中小企業簿記要 領(昭和 24 年 経済安定本部企業会計制度対策調査会)」および「中小会社経営簿記要領
(昭和 28 年 中小企業庁)」である。さらに,両者はいずれも税務申告の目的に加え,金融 機関からの借入に関する記述がなされている点で共通している。
このような戦後の混乱期を経た後の,歴史的背景については,[表 3‑1],②〜⑤に示した とおりである。
次に,わが国における中小企業会計の萌芽としての会計ルールである,「中小企業簿記要 領」「中小会社経営簿記要領」,そして,現在制定・運営されている「中小指針」「会計要領」, ならびに国際的な中小企業の会計ルールである「中小企業版 IFRS」,米国における中小企業
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の会計ルールである「中小企業版 FRF」に関し,中小企業の会計ルールの特徴である,経営 者,ならびに金融機関との関わりに関し,一覧表としてまとめたものが,[表 3‑2]である。
[表 3‑2:中小企業の会計と経営者および金融機関との関わりに関する記述]
中小企業の会計ルール 経営者との関わりに関する記述 金融との関わりに関する記述 1949年(昭和24年)
「中小企業簿記要領」
一 中小企業簿記要領の目的
(3)事業の財政状態及び経営成績 を自ら知り,経理計數を通じて事業 経営の合理化を可能ならしめるこ と。
一 中小企業簿記要領の目的
(2)融資に際し事業経理の内容 を明らかにすることによって中小 企業金融の圓滑化に資すること
1953年(昭和28年)
「中小会社経営簿記要領」
解説
元来,帳簿は単に税務のためにある ものではない。(中略)出資者と経営 者との権利義務を明らかにするとと もに,経営内容を常に明らかにする とともに,経営内容を常に計数的に 明らかにし,経営の改善,合理化や 資金の借り入れに必要な体制を整備 することが大きな目的でなければな らない。
第一節 中小会社経営簿記要領の 目的
(中略) 中小会社は,これによ って経理業務を充実し,経営の改 善,合理化や資金の借入に必要な 体制を整備し得ると共に,申告納 税にも利用できるものであり,併 せて又,中小会社経理指導者の指 導要領ともなるものである。
2005年(平成17年)8月
「中小企業の会計に関する指針」
本指針の作成に当たっての方針 6.会計基準とその限定的な適用
(中略)また,中小企業において は,経営者自らが企業の経営実態を 正確に把握し,適切な経営管理に資 することの意義も,会計情報に期待 される役割として大きいと考えられ る。
今回想定する,非公開の商法上の 小会社が作成する計算書類の主な 外部の利用者は,金融機関等の債 権者と中小企業の取引先である
(2)。
2009年(平成22年)7月 IFRS for SMEs
(中小企業版IFRS)
BC53
所有者兼経営者は,多くの目的のた めにSME の財務諸表を使用する。
しかし,「SME 基準」の目的は,所 有者兼経営者の経営上の意思決定に 役立つ情報を提供することではな い。経営者は事業を運営するために 必要な情報は何でも得ることができ
BC37
(a) 金融機関は国境を越えて貸付 を行っており,多国間で営業をし ている。ほとんどの国において SME の半数以上(非常に小規模 な企業を含む)が銀行融資を受け ている。銀行は,財務諸表に基づ いて,貸付の決定及び契約条件,