5.1 はじめに
イメージングは,あらゆる自然科学の学問分野で共通の方法論であり,とくに電磁波 エネルギーを用いたイメージングは非破壊かつカラーで物理量の空間分布を画像化,分 析できることから重要である.第1章でも述べた通り,光波と電波の性質を併せ持つ THz 波にもまた,これをイメージングプローブとして活用することに大きな関心と期 待が寄せられている.実際に「THz波の最も魅力的な産業応用はイメージングである」
と言われ[127],直近20年でTHzイメージング技術は飛躍的に進展した[128].具体的 には,指紋スペクトルを用いた分光イメージング,アレイ検出器を用いた高速イメージ ングや,近接場を用いた超解像イメージング[129], [130]など様々な方面に研究が展開 している.国内ではTHz イメージング技術の社会実装に向けた大型研究が進行中であ り,近い将来THz イメージング技術が社会へ普及する可能性がある.イメージングに は大別して,パッシブイメージングとアクティブイメージングがある.プランクの黒体 輻射則に従って,温度を有する全ての物体は電磁波エネルギーを放出しており,これを 積極的に活用するのがパッシブイメージングである.一方で,室温検出器で高い時空間 分解能を達成するには,光源を用いるアクティブイメージングが必要である.本章では,
第3章で構築した高繰り返しis-TPG光源を用いて実施した二次元,三次元イメージン グ応用の検討結果を示す.また,課題抽出と社会実装に向けての将来展望を述べる.
5.2 THzパラメトリック光源による二次元イメージング
5.2.1 実験装置の構成
図59に透過型の二次元THzイメージングシステムの概略図を示す.光源には,第3 章で示した繰り返し周波数100 kHzのis-TPG光源を用いた.is-TPG光源からのTHz 波出力(周波数1.8 THz)を二枚のTHzレンズ(𝑓 = 50 mmのシリンドリカルレンズ
および 𝑓 = 30 mmの凸レンズ)を用いてコリメートおよび集光し,集光点においてサ
ンプルを二次元走査,透過THz波をTHzレンズ(𝑓 = 30 mmの凸レンズ)で再コリメ ートした後,放物面鏡ミラーを内蔵するパイロ検出器(PYD-2; PHLUXi社製)に導波 した.迷光除去のために,検出器の窓材としてブラックポリエチレンのフィルムを取り 付けた.サンプルの二次元走査にはステッピングモーター駆動の精密リニアステージ
(ALS-602-H1M; 中央精機社製)を使用した.ステージの可動範囲は±10 mm,分解 能2 μmであり,これをPCからの制御によって一定速度で動かした.3.3.1で示した 通り,高繰り返しTHz パルス列はパイロ検出器で直接検出できない.そのため,注入 光源からのコリメート出射ビームに対し,光チョッパーで約200 Hzの正弦波状の強度
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変調を与えた.変調波形を2位相ロックインアンプ(LI5640; NF Corp.)に導き,これ を外部参照信号として使用することでロックイン検出を行った.ロックイン周波数,ロ ックイン時定数はそれぞれ100 Hz,10 msecとした.ロックインアンプからの出力は DAQを介してPC に取り込み,テキストデータとして保存した.以上のような実験装 置を用いて室温大気環境下で実施したイメージング結果を次節に示す.
図59 二次元イメージングシステムの概略図.
5.2.2 結果と考察
図 60 は紙の上に金属インクを用いて印刷した USAF1951解像力チャートの(左)
可視画像および(右)THz画像である.20×20 mm2の撮影範囲を300×300点計測し た.計測時間は37分であった.振動や風量,温度変化など周囲環境からの擾乱の影響 を受けず,画像計測時間の範囲で安定したTHzイメージングを実証した.金属インク が印刷されていない紙の部分にも可視画像には写っていない細かなコントラストが得 られており,紙の繊維構が可視化できていると推測される.図61に解像力チャートの group 1, element 4(1.83 lp/mm)部の拡大画像と,画像内緑色枠線部の規格化したラ インプロファイルを示す.本結果より,前節で説明したイメージングシステムの面内分
解能は177 μm以上であると測定された.これはおよそ波長程度 (≈ 1.06
𝜆)であり,is-TPG光源から出力されるTHz波の高い空間的コヒーレンスを反映している.なお分解 能の判定にはRayleighの定義,すなわち「左右の極大値に対する中間の極小値の比が 0.735」を適用した.
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図60 紙に金属インクで印刷された解像力チャートの
(左)可視画像,(右)THz画像.
図61 横分解能の確認結果.
図62に,従来の繰り返し100 Hz,ピークパワー50 kWのis-TPGで過去に取得され たTHz画像[131]との比較結果を示す.計測条件が異なり,従来の画像はサンプルステ
ージを100 μmステップで動かし,計測点毎に2回の平均化を行って画像化されたもの
であり,画像取得時間は約5時間半である.計測条件に違いはあるものの,今回取得し
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た画像はより高分解能かつ高速な画像取得を実現していることが見て取れる.正確な原 因は不明であるが,高繰り返し信号のロックイン検出により計測の SNR,信号の安定 性が向上した効果,またはTHz 波ビーム品質が向上している可能性が考えられる.図 63 に,左記の解像力チャートの上に髪の毛1本を置き,スコッチテープで固定したサ ンプルのTHz画像取得結果を示す.髪の毛1本を画像化できる程度に高空間分解能で あることを示している.
図62 (左)繰り返し周波数100 kHzのis-TPG光源,(右)従来の繰り返し100 Hz のis-TPG光源で取得したTHz画像の比較結果.
図63 解像力チャートの上に髪の毛1本を固定したサンプルのTHz画像.
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図64は使用済みマウスピースの(左)可視画像および(右)THz画像である.THz 波を用いることで,可視光では捉えにくい凹凸などの形状が鮮明に描出できている.プ ラスチック,ゴム,セルロース,タンパク質など,いわゆる高分子材料のTHz波によ る非破壊検査には強い要望がり[132],今回の結果はis-TPG光源のこれら応用分野への 適用可能性を示唆している.THz分光スペクトルには,高分子の高次構造の情報が詰ま っており,低周波ラマン分光や量子化学計算との補完的研究によりスペクトルの帰属が 進んでいる.is-TPG光源の広い周波数掃引特性を利用してTHz分光イメージングへと 展開することで,高分子材料の非破壊検査における基盤技術になり得ると考えられる.
図64 樹脂製マウスガードの(左)可視画像,(右)THz画像.
図65 クモの(左)可視画像,(右)THz画像.
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図65は,クモの死骸の(左)可視画像および(右)THz画像である.体内構造の描 出を期待したが,透過 THz波は検出されずコントラストが得られなかった.ただし,
図63で画像化した髪の毛と同様,食品業界では生物や異物の混入について食品包装を 開封することなく検査したいというニーズがあり,そのような用途への展開可能性はあ ると考えられる.最後に図66に,20ユーロ紙幣の(上)可視画像および(下)THz画 像を示す.偽造防止対策として貼付されているホログラム・ベルト,パール光沢インキ,
セキュリティスレッド(安全線)などが可視化できることを確認した.現在,紙幣の評 価は段差計による接触式の方法が主流であるが,スピードや損傷の面で課題がある.
THz波を用いた非接触な検査手法の確立にニーズがあると考えられる.
図66 20ユーロ紙幣のメタルストリップ部の(上)可視画像,(下)THz画像.
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5.3 THzパラメトリック光源による三次元イメージング
二次元画像情報に光軸方向の距離情報を加えた三次元イメージングは,THz 波の直 進性および特異な物質透過性が有利に働くため,本質的にTHz 波との親和性が高いア プリケーションと言える.光測距技術にはLIDAR[133],レーザートラッカー[134],周 波数コムレーザー[135], [136]などいくつかの手法があるが,中でも光干渉断層計(OCT:
optical coherence tomography)は不透明物体内部の弱散乱物体を高感度,高解像度,
高速に定量評価できる優れた計測手法である.周波数変調連続レーダー(FM-CW:
frequency modulated continuous wave radar)[133]と原理的には類似しているが,計 測スピードが桁違いに高速である[137].1990年に山形大学の丹野直弘ら,翌1991年 にMITのJ. G. Fujimotoらがそれぞれ独立に考案した手法であり[138],その後の装置 改良を経て,今日では病院から製造工場まで広く社会実装が進んでいる.とくに,タイ ムドメインからフーリエドメインへの移行により光源の利用効率が高まった効果は絶 大で,計測スピードが格段に向上し,結果として眼科臨床現場を中心に活用が飛躍的に 広まった[139].他方で,OCTイメージング技術の適用分野をさらに拡張すべく,X線 からミリ波にわたるさまざまな電磁波スペクトル領域でOCT装置の研究開発が進めら れている[140], [141].しかし,高性能な光学素子が不足するTHz波領域においては状 況が異なり,とくに1 THz波を超える周波数帯のTHz波をOCTイメージングに活用 したという報告は極めて少ない[142]–[147].このような背景から,本研究では,is-TPG 光源の三次元OCTイメージングへの応用可能性を実験的に検討した.is-TPG光源は,
THz 波領域において最も高輝度な光源の一つであり,広い波長掃引特性を有すること から,フーリエドメイン OCTの一種である波長掃引型OCT(SS-OCT: swept-source
OCT)用の光源として好適であると考えられる.SS-OCTは,近赤外領域で既に実証さ
れているように,SNR,信号取得速度,および実用性において他の三次元イメージング 手法に対して優位性をもつ[148].THz波領域では,三次元形状計測において,THz波 形(位相と振幅)を直接測定する,いわゆるTHz-TDSが一般的によく用いられている.
しかし,第1章でも触れた通り,超短パルスレーザーシステムとディレイラインを要す
るTHz-TDSは必ずしも簡便な計測手法とは言い難い.すなわち,波長可変性に優れる
is-TPG光源を用いた THz帯のSS-OCT(THz-SS-OCTと呼ぶ)は,場合によっては
THz-TDSを代替する三次元イメージング手法になり得ると考えられ,本研究ではその
原理確認を行った.本節では,まずOCTの原理について概説した後,THz-SS-OCTの 設計を示し,最後に実験結果とその考察を述べる.