3.1 はじめに
第2章で示した通り,is-TPG光源は「放射輝度温度」が高く,高分解能分光,粒子 加速,物性制御等の応用において有望な光源と考えられている.一方で,特にセンシン グ・イメージング等の応用を考える際には,「高平均出力」なTHz光源が適している.
発展途上にある THz 検出器の検出感度を補う意味においても高平均出力 THz 光源へ の期待は大きい.しかし,これまでのis-TPG光源は,高ピーク出力を目指した光源研 究が中心であったため,ピークパワーとトレードオフの関係にある平均出力の向上は十 分に検討されてこなかった.本章では,左記のような背景の下取り組んだis-TPG光源 の高平均出力化に関する研究内容について記述する.is-TPG光源はパルス光源であり,
高平均出力化には,パルス繰り返し周波数を高速化またはパルス幅を延長し,発生する THzパルス列のデューティー比を増大することが常套手段である.しかし,単色性を維 持するという観点,また2.7で述べたSBSの影響を抑圧するという観点においてもパ ルス幅の延長は望ましくない.そこで本研究ではパルス繰り返し周波数の高速化を検討 した.パルス繰り返し周波数が高速化すれば,従来の単パルス毎の計測から脱却できる.
すなわち,高密度パルス列を用いた計測時間の高速化や,ロックイン検出等の変調技術 を組み合わせた高SNR計測など実応用に有利な計測が実現可能となる.ただしこの場 合には,2.6で述べたLiNbO3結晶の光損傷の影響を考慮する必要性が生じるため,こ れについても検討を行った.
3.2 設計
3.2.1 マイクロチップレーザーとその光増幅
2.7で述べた通り,is-TPG光源に使用する励起光源は,サブナノ秒のパルス幅,縦シ ングルモード発振かつ狭スペクトル線幅であることが望ましい.これらの要求を満たし,
かつ高繰り返し化可能なパルスレーザー光源の候補を表 4 に示す[76]–[78].レーザー から短パルス光を発生する手法としては,大きく分けて(a)変調と(b)モード同期が ある.変調による光パルス発生には,(a-1)レーザー内部の利得を直接変化させる直接 変調または利得スイッチング,(a-2)レーザー内部の損失やレーザー共振器の Q を時 間的に変化させる Q スイッチング,(a-3)レーザー外部で光出力を変化させる外部変 調などがある.また,モード同期には,複数の縦モード間の位相制御の仕方によって(b-1)受動(自己)モード同期(passive mode-locking),(b-2)能動(強制)モード同期
(active mode-locking)がある.各手法について,以下に一般論を述べる.
30
表4 固体/半導体レーザーからの短パルス光発生手段と要求仕様 Pulse
Width
Repetition Rate
Pulse Energy
Jitter Performance Desirable
features 100-600 ps < MHz Higher,
better Lower, better (a-1) Direct
Modulation (Gain Switching)
1 ps-ns
Good control via electrical
drive
Weak (a-2) Passive
Q-Switching 1 ps-ns Limited
control Very high Poor (a-2)’ Active
Q-Switching 1 ps-us
Set by electrical
drive
Weak
(a-3) External
Modulation 5 ps-ns
Good control via electrical
drive
Weak (b-1) Passive
Mode-Locking 50 fs-1 ps Set by cavity Very weak Medium (b-2) Active
Mode-Locking 1 ps-ps Set by cavity Very weak Good
(a-1)直接変調は半導体レーザーに適した光パルス発生法であり,半導体レーザーの 印加電流(または励起光)をパルス化することにより,強い反転分布状態を作り,共振 器内の利得を急激に増大させる手法である.これに伴って誘導放出光が急成長し,反転 分布が消費されることで,パルス光となって外部に放出される.典型的には10~30 GHz の繰り返しで,10~100 ps 程度のパルス幅の光パルス出力が得られる.緩和振動の特 性で制限されるため,30 GHz以上の高繰り返し化,1 psを切る短パルス化は困難であ る.また,一般的にパルスエネルギーが低い.
(a-2)固体レーザーのように反転分布の緩和時間(自然放出寿命)が比較的長いレー ザーでは,レーザー共振器のQ値を瞬間的に切り替えるQスイッチングによって高エ ネルギー光パルス(ジャイアントパルス)が得られる.小型のマイクロチップを利用す ることで,コヒーレンス・輝度が高まり,典型的には10~100 MW級のピーク出力が 得られている.ただし,エネルギーの蓄積時間が必要なため一般的に高繰り返し化は困 難であり,かつ制御性が低い.また熱問題に起因するタイミングジッターが大きい.
(a-3)外部変調は,CW 発振のレーザー光を,レーザー外部に設置した光変調器で光 パルス列に変換する手法である.外部変調は直接変調における光パルス内での波長変動,
すなわち波長チャーピングが抑制できる点に利点がある.
31
(b-1)受動モード同期では,可飽和吸収体や光カー媒質のような非線形光学媒質をレ ーザー共振器内に挿入する.可飽和吸収体は光強度が大きくなると急激に吸収が減少す る性質を持ち,これによって縦モード間の位相が揃えられる.光パルスの時間間隔(繰 り返し周波数)は共振器の往復時間によって決まる.
(b-2)能動モード同期は,音響光学(AO: acousto-optic modulator)素子や電気光学
(EO: electro-optic modulator)素子などの光変調器(モードロッカー)をレーザー共 振器内に挿入する.光変調器の利得,損失,あるいは位相を,変調器に印加する外部信 号の波形や位相によって制御することで,受動モード同期と同様の効果を得る.能動モ ード同期では,共振器で決まる繰り返し周波数の整数分の1または整数倍の周波数で同 期をかけることができ,すなわち比較的低い周波数の制御信号で高繰り返しモード同期 が実現できる,または逆に短い共振器長で適当な繰り返しの光パルス列が実現できる.
これをハーモニックモード同期と呼ぶ.モード同期で発生する光パルスのパルス幅は,
変調深さ,利得帯域,群速度分散によって決まる.ただし,モードロックレーザーは縦 シングルモードでの発振,パルス幅の延長が困難である.
本研究では,サブナノ秒のいわゆるパルスギャップ領域[79]でのジャイアントパルス 発生が可能であるという点から受動 Q スイッチ型のマイクロチップレーザーを励起光 源として使用し,is-TPG 光源の高繰り返し化を検討した.本研究で使用したマイクロ チ ッ プ は ,Nd:YVO4 結 晶 と 半 導 体 可 飽 和 吸 収 ミ ラ ー (SESAM: Semiconductor Saturable Absorber Mirror)[80]が塗布ガラス(SOG: Spin-on-Glass)層を介して一体 化したモノリシック接合構造をしている[81].Qスイッチにおけるパルス幅は共振器長 に比例するため,一般の固体レーザーに比べ共振器長を三,四桁短くできるマイクロチ ップレーザーは,これまでパルスギャップであったサブナノ秒のパルス発振が実現でき る.マイクロチップの励起条件および過飽和吸収ミラーの透過率によって,kHz~MHz の範囲でパルス繰り返し周波数が調整できる[82], [83].本研究では,偏波保持ファイバ ー付き半導体レーザー(808 nm, CW, 250 mW)からの出力をスポット径約ϕ70 μmに 絞って励起することで,受動Qスイッチ発振により表 5に示すような特性の縦単一モ ードパルス出力を得た.
表5 本研究で使用したNd:YVO4マイクロチップレーザーの主要諸元.
Item Units Specification
Center Wavelength nm 1064
Pulse repetition frequency kHz 100
Pulse duration ps 140
Average output power mW 5
Pulse energy μJ 0.05
32
THz 波発生に必要な励起光強度を得るために,マイクロチップレーザーの光増幅が 必要である.具体的な方法には注入同期, 主発振器出力増幅器(MOPA: master oscillator power amplifier),コヒーレント加算などがある.本研究では,マイクロチッ プレーザーを主発振器とするMOPAを構築した.MOPAは主発振器の出力を増幅利得 媒質に入射し,誘導放出により出力を増強する方法である.利得媒質の長さに比例して 出力を増強することができる[84].設計に際しては,励起効率と冷却効率の最大化が重 要であり,以下で説明する.
励起方法には,大別して,端面励起(end-pump),側面励起(side-pump)がある.
端面励起の場合,利得媒質中でレーザーのモードと励起光軸がオーバーラップする
(Mode filling factorが高い)ため高効率に励起が可能である.問題点は光強度が非常 に高くなるために発生する利得媒質中での熱レンズや熱複屈折である.軸対称の熱レン ズはリレー光学系で補正できるが,非対称の熱レンズはビームの横モードを劣化不安定 化させるため,光路内への空間フィルターの挿入などが必要となりロスが発生する.そ のため,励起用LDと信号光の精密なアライメント,および利得媒質の冷却が重要とな る.ただし,利得がガウシアン分布またはスーパーガウシアン分布の場合,ゲインガイ ド効果によって強度分布が整形され,逆に増幅後にビーム品質が向上するという報告も ある[85].側面励起は,レーザーを横方向から励起する方法で,ロッドの側面を多方向 から励起する方法とスラブの片面から励起する方法等がある[86][87].いずれの方法も 端面励起に比べて効率が落ちるので強い励起が必要となり,冷却方法を工夫しなければ ならない.本研究では,大きな冷却面積,高い光-光変換効率が期待でき,結果として TEM00の高品質で高強度なビームが得られる端面励起の手法を使用した.具体的には,
結晶の両端面から,表6に示すマルチモードファイバーカップルの半導体レーザー2台 によって端面励起を行った.また,高効率な光増幅を得るために,ダブルパス配置の増 幅器を構築した.
表6 Nd:YVO4増幅器用励起CW光源の主要諸元.
Item Units Specification
Center Wavelength nm 808
Output power W 15
Spectral Width FWHM nm ≪3
Fiber Numerical Aperture NA 0.22
Fiber Core Diameter μm 200
構築したダブルパスNd:YVO4増幅器の光学系を
図16に示す.マイクロチップレーザー(MCL)からの出射光をNd:YVO4結晶内部 で往復させることで,実効的な利得長を延ばし,高出力化を図った.増幅前後の光を分
33
離するために,偏光ビームスプリッター(PBS: polarization beam splitter, Eksma社 製, 消光比500:1),ファラデーローテーター(FR: Faraday rotator, Castech社製, ア パーチャーサイズϕ8 mm),𝜆 2⁄ 波長板(HWP: half-wave plate),ダイクロイックミラ ーおよび金属ミラーを使用した.この時,ダイクロイックミラー(誘電体多層膜)の偏 光(位相差)特性には注意が必要である.ダイクロイックミラーの特性上,s偏光,p偏 光を反射した際に生じる位相変化量に差がある.従って,例えば45度方位の直線偏光 を入射した場合,出射光は楕円偏光となる.そこで,今回はダイクロイックミラーに対 してs偏光の直線偏光で入射する配置とした.増幅器の利得媒質には,主発振器と同じ 材料であるNd:YVO4結晶(Castech社製, 0.3 at.%,3×3×20 mm3, a-cut)を選択し た[84].Nd:YVO4結晶は Nd:YAG結晶に比べて吸収係数,誘導放出断面積が数倍大き く,かつ自然放出寿命が短い(~90 μs)ため,高繰り返しパルス列の光増幅に適した結 晶材料である[88].結晶端面の損傷が生じ問題となることがあるため,結晶両端面に無 添加結晶を接合したコンポジット結晶(20=2+16+2 mm)を用いた.これにより機械的 振動の影響緩和,熱勾配の減少といった効果も期待される.図 17 に Nd:YVO4増幅器 の光路図を示す.レンズL1(𝑓 = 300 mm)の焦点にNdYVO4結晶,レンズ L2(𝑓 =
50 mm)の焦点にミラーを設置した.通常,Nd:YVO4結晶内で熱的に誘起される球面
収差によってビーム品質は劣化するが,ダブルパス光学系において往路と経路を対称的 に配置することで,結晶自体によって自己的に球面収差を補償する配置とした.基本波 はレンズL1によってNd:YVO4結晶中央付近に集光し,焦点位置での1 𝑒⁄ 2ビーム径を 約200 μmとした.また,2台の増幅用励起光源はそれぞれNd:YVO4結晶の端面近傍 に集光し,焦点位置での1 𝑒⁄ 2ビーム径を約400 μmとした.なお,左記の励起条件にお いては,空間的ホールバーニング[89]の発生が無いことを確認した.
図16 MOPAの概略図.