農林水産政策研究所 古橋 元
要 約
サブサハラ・アフリカ(SSA)は将来における食料の輸入量急増および農業分野の動向が世界的にも 注目される地域である。国連の人口中位推計によれば、2030年にはSSAの人口が現在の約1.5倍を 超えることが予測され、現在だけでなく将来においても、農業・食料問題はSSAの最重要課題であ る。その中で、SSA各国における人口の伸び率は1980年代・90年代に比べて逓減しているものの、
将来的に南アジアに比べても人口の急増が推計されるSSAでは、農業部門に多くの労働人口が存在 すると考えられると共に、需要量増加に伴う食料輸入の急増が推測される。本稿ではSSA各国にお ける農業部門の就業人口がどの程度超過し、農業部門の超過就業人口の変化について現状と将来の 予測を行った。また、将来におけるSSA各国における主要穀物の需給量がどのように変化するかに ついて、SSA食料需給モデルによる定量的予測を用いて検討を行った1。
本稿では、第1節「SSA各国における農業・食料セクター」において、本稿の研究対象地域のSSA が日本では単純に一括りに捉えられることがあることから、SSA 地域は多様性をもつ国々が集まっ た地域であり、SSA 各国におけるマクロ指標を用いて、農業部門の現状および食料(主要穀物)の 輸出入の状況を確認し、SSA 各国の間でも置かれた立場の違いを検討する。次いで、第2節「SSA 各国における農業部門の超過就業人口率」では、過剰労働や過剰就業についてのサーベイを行った 上で、本稿で用いた“国際標準としての農業部門の就業人口率”がペティ=クラークの法則を基に して定式化されたことについて説明している。第3節「農業部門の標準就業人口率の推定」では、
国際標準としての農業部門の就業人口率を、ペティ=クラークの法則を基に、1人当たりGDPおよ び農業部門が占めるGDP(GVA:Gross Value Added)の割合を説明変数とする方程式の回帰分析の 結果から推計し、この標準就業人口率と現在におけるSSA各国における農業部門の就業人口率の差 から、農業部門における超過就業人口率を推定した。そして、第4節「農業部門の超過就業人口率 の予測モデル」では、農業部門の超過就業人口率を予測するモデルの全体を説明し、SSA 各国にお ける予測モデル上で予測した将来の農業部門の占めるGDP(GVA)の割合、農業部門の就業人口率 について説明する。第5節「2030年のSSA各国における農業部門の超過就業人口率予測結果」は、
“農業部門の超過就業人口率の予測モデル”を用いて、2030年におけるSSA各国における農業部門 の超過就業人口率を予測する。第6節「SSA食料需給モデル」では、本稿で用いたSSA食料需給モ デルの全体について説明する。第7節「SSA各国における食料需給見通し」は、SSA食料需給モデ ルを用いて、SSA 各国における主要穀物の需給を、2006 年を基準年(2005-07年の平均値)として 2030 年まで予測した結果について検討する。最後に、第8節「結び」では、農業・食料セクターの 現状および将来の予測についての展望を定量的に示すことが難しいSSA各国について、本稿で示し た農業部門の超過就業人口率の現状および将来の予測、主要穀物の需給量の将来見通しを踏まえ、
今後のSSA各国における課題を検討する。
1 本稿で用いた図表は、付録図表1の地域区分に従って表記している。
36 2-1 SSA 各国における農業・食料セクター
本節では、SSA各国における農業および食料セクターのマクロ指標を概観し、現在のSSA 各国の状況を確認する。図表1はSSA各国における農業就業者1人当たり耕地面積である が、SSAの平均が1.08haとなっており、図表に示す主要国の中国、インド、インドネシア よりSSA地域の平均は比較的大きな値となっているものの、アメリカ、オーストラリア、
アルゼンチン、ブラジルなどの主要穀物輸出国に比べると、大きな差が生じ、SSA地域の 平均は低い値となっている。エジプトを除く北アフリカ諸国に対しても、低い値を示して いる。
図表1.農業就業者1人当たり耕地面積(単位:ha)
Country Name 2005 Country Name 2005
SSA平均 1.08 Burkina Faso 0.84
South Africa 9.23 Cape Verde 1.12
Nigeria 2.11 Cote d'Ivoire 1.09
Burundi 0.27 Gambia, The 0.59
Comoros 0.30 Ghana 0.67
Eritrea 0.39 Guinea 0.32
Ethiopia 0.48 Guinea-Bissau 0.54
Kenya 0.41 Liberia 0.48
Madagascar 0.46 Mali 0.96
Malawi 0.53 Mauritania 0.71
Mauritius 1.85 Niger 2.57
Mozambique 0.53 Senegal 0.68
Rwanda 0.27 Sierra Leone 0.48
Seychelles 0.03 Togo 1.68
Somalia 0.52 Africa平均 1.51
Uganda 0.51
Tanzania 0.58 北アフリカ
Zambia 1.60 Sudan 2.36
Zimbabwe 0.87 Algeria 2.55
Djibouti 0.00 Egypt, Arab Rep. 0.35
Angola 0.63 Libya 19.02
Cameroon 1.61 Morocco 2.00
Central African Republic 1.51 Tunisia 2.76
Chad 1.36
Congo, Rep. 0.85 主要国
Congo, Dem. Rep. 0.46 United States 63.69
Equatorial Guinea 0.94 Australia 114.62
Gabon 1.65 Japan 2.14
Sao Tome and Principe 0.20 China 0.28
Botswana 1.06 Indonesia 0.46
Lesotho 1.20 India 0.57
Namibia 2.62 Russian Federation 17.00
Swaziland 1.55 Argentina 19.97
Benin 1.43 Brazil 4.94
出所:FAOSTATおよびWorld Development Indicators 2009
*注1:FAOSTATおよびWorld Development Indicators 2009のデータを基に農業就業者1人当たり耕地面 積を計算。
*注2:北アフリカは、国連人口推計による地域区分による。
37 ただし、SSA各国の中で、南アフリカは9.23haとSSAの中では極めて高い値となって いる。ナイジェリア、ナミビア、ニジェールが2haを超え、1.5haを超える国は、モーリシ ャス、ザンビア、カメルーン、中央アフリカ共和国、ガボン、スワジランド、トーゴとな っている。逆に、0.6ha以下の国は20カ国に及んでいる。中部アフリカ諸国は1haを超え る国が多く、SSAの中では比較的耕地面積が多くなっている。
図表2は、総就業者数に対する農業就業者の割合を示した表となっている。SSA諸国に おけるマクロ指標のデータの欠損については、本稿の検討課題を検討する際に、大きな制 限となったが、この農業就業者率についても同様のことが言える。World Bank (2009)をベ ースに検討を行ったが、SSAの中で農業就業者率についてのデータが存在しない国は半数 近くあり、47 カ国中21カ国となっている。また、データのある国でも最新の農業就業者 率が1980年代にまで遡らねばならない国はナイジェリア、ルワンダ、赤道ギニアの3カ国 となり、最新のデータが1990年代までしかない国はジンバブエ、アンゴラ、チャド、ガボ ン、レソト、ブルキナファソ、ガンビア、ガーナ、ギニアの9カ国となっている。さらに は、時系列のデータがなく2時点間の農業就業者率のデータがない国が大半となっている。
図表2.農業就業者率(単位:総就業者に対する%)
Country Name 農業分野
の就業人
データの存
在する最新 Country Name 農業分野
の就業人
データの存 在する最新
South Africa 8.80 2007 Sao Tome and Principe 27.90 2000
Nigeria 46.80 1986 Botswana 29.90 2005
Burundi N.A. Lesotho 72.30 1999
Comoros N.A. Namibia 29.90 2004
Eritrea N.A. Swaziland N.A.
Ethiopia 80.20 2005 Benin N.A.
Kenya N.A. Burkina Faso 88.80 1994
Madagascar 82.00 2005 Cape Verde N.A.
Malawi N.A. Cote d'Ivoire N.A.
Mauritius 9.10 2007 Gambia, The 64.70 1993
Mozambique N.A. Ghana 55.00 1999
Rwanda 90.10 1989 Guinea 76.00 1994
Seychelles N.A. Guinea-Bissau N.A.
Somalia N.A. Liberia N.A.
Uganda 68.70 2003 Mali 41.50 2004
Tanzania 76.50 2006 Mauritania N.A.
Zambia 71.60 2000 Niger N.A.
Zimbabwe 60.00 1999 Senegal 33.70 2006
Djibouti N.A. Sierra Leone 68.50 2004
Angola 5.10 1992 Togo N.A.
Cameroon 60.60 2001 北アフリカ
Central African Republic N.A. Sudan N.A.
Chad 83.00 1993 Algeria 20.70 2004
Congo, Rep. N.A. Egypt, Arab Rep. 31.20 2006
Congo, Dem. Rep. N.A. Libya 19.70 1986
Equatorial Guinea 76.30 1983 Morocco 43.30 2006
Gabon 41.60 1993 Tunisia N.A.
出所:World Development Indicators 2009
*注1:北アフリカは、国連人口推計による地域区分による。
その中で、SSA各国の農業就業者率を確認すると、南アフリカ、モーリシャス、アンゴ ラが10%以下となっており、農業部門に依存しない非農業部門による産業が国を支えてい る。農業就業者率が30%を下回る国は、サントメ・プリンシペ、ボツワナ、ナミビア、セ
38 ネガルの4カ国となっている。農業就業者率が50%前後の国はナイジェリア、ガボン、ガ ーナ、マリの4カ国となっている。上記以外の国は農業就業者率が60%を超え、農業部門 が国の主要産業となっており、国の経済成長をテイクオフさせるためには農業部門の動向 が一つの焦点にもなっている。特に、ルワンダ、チャド、ブルキナファソは農業就業者率 が80%を超えている。ただし、これらの検討だけの比較では、データの年代および存在の 有無がまちまちとなっているため、単純な比較は困難となっている。
農業部門のGDP(GVA:Gross Value Added)の割合を観ると(図表3)、南アフリカ、
モーリシャス、セーシェル、ジブチ、コンゴ(ブラザビル)、ガボン、レソト、ナミビア、
スワジランド、カーボヴェルデ、ギニアは農業部門の GDP に占める割合が 10%以下とな っており、農業部門が主要産業ではなくなっている。ただし、1人当たりGDP(2000年の U.S.ドル固定価格)の視点で見ると(図表4)、ジブチ、レソト、ギニアは 1,000 ドル以 下の国であり、国の規模が比較的小さいこともあるが、経済成長がテイクオフしてつつあ るとは考えられない。
図表3.農業部門の GDP(GVA:Gross Value Added)(単位:GDP に対する%)
Country Name 2008 データの存
在する最新 Country Name 2008 データの存
在する最新
South Africa 2.76 Namibia 8.03
Nigeria 30.68 Swaziland 8.05
Burundi 34.85 2005 Benin 32.20 2005
Comoros 45.81 Burkina Faso 33.28 2006
Eritrea 24.30 2007 Cape Verde 8.07
Ethiopia 42.70 Cote d'Ivoire 23.67
Kenya 21.27 Gambia, The 28.53
Madagascar 25.20 Ghana 32.21
Malawi 34.30 Guinea 7.88
Mauritius 4.50 Guinea-Bissau 55.49
Mozambique 28.28 Liberia 53.97 2007
Rwanda 34.64 Mali 36.54 2007
Seychelles 2.33 Mauritania 12.54 2007
Somalia N.A. Niger 39.98 2003
Uganda 22.67 Senegal 14.91
Tanzania 45.30 2006 Sierra Leone 42.85
Zambia 21.19 Togo 43.65 2005
Zimbabwe 19.13 2005 北アフリカ
Djibouti 3.86 2007 Sudan 25.80
Angola 10.05 Algeria 8.72
Cameroon 19.61 Egypt, Arab Rep. 14.05
Central African Republic 53.47 Libya N.A.
Chad 23.01 Morocco 15.54
Congo, Rep. 5.05 2007 Tunisia 10.00
Congo, Dem. Rep. 41.08 2007
Equatorial Guinea 1.99 地域別(参考)
Gabon 4.56 Middle East & North Afri 11.58
Sao Tome and Principe 16.81 2005 South Asia 18.03
Botswana 1.73 Sub-Saharan Africa 13.50
Lesotho 7.22 World 2.96 2006
出所:World Development Indicators 2009
*注1:北アフリカは、国連人口推計による地域区分による。
農業部門のGDP(GVA)の割合が40%を超える国は、コモロ、エチオピア、タンザニア、
中央アフリカ共和国、コンゴ(キンシャサ)、ギニアビサウ、リベリア、シエラレオネ、
トーゴとなり、まだまだ1次産業によって国の経済が支えられ、1人当たりGDP(2000年
39 のU.S.ドル固定価格)は500ドルにも満たない低開発国であることが分かる。
SSA 地域全体と南アジア地域全体の農業部門の GDP(GVA)の割合を比べると、SSA 地域全体が 13.5%、南アジア地域全体が 18.0%となり、南アジア地域全体の方が比較的農 業部門のGVAが高いことが分かるが、SSA地域の方が資源を持つ国が南アジア地域より 多いことも一つの要因の可能性がある。
1人当たりGDP(2000年のU.S.ドル固定価格)については(図表4)、2006年時点で、
南アフリカが3,500ドルを超え、モーリシャスが4,500ドル超、セーシェルが7,500ドル超、
赤道ギニアが6,500ドル超、ガボンとボツワナが4,000ドル超、ナミビアが2,500ドル超と なっている。それ以外の国はほとんどが1,000 ドル以下となり、低開発国であることが判 然としている。SSA地域全体と南アジア地域全体の1人当たりGDP(2000年のU.S.ドル 固定価格)を比べると、2006年でSSA地域全体が581ドル、南アジア地域全体が606ド ルとなり、2008年はSSA地域全体が618ドル、南アジア地域全体が682ドルとなり、南 アジア地域全体の方が比較的経済成長が速くなっている。SSA地域は世界的に観ても低開 発国が集まり、経済成長に関しても世界的にも途上であることが分かる。
図表4.1人当たり GDP(単位:2000 年の実質 US ドル)
Country Name 2006 2008 Country Name 2006 2008
South Africa 3,569.9 3,763.8 Namibia 2,603.3 2,692.4
Nigeria 454.3 486.9 Swaziland 1,509.2 1,558.5
Burundi 109.2 111.3 Benin 348.3 359.3
Comoros 382.0 369.6 Burkina Faso 257.6 263.2
Eritrea 151.9 147.5 Cape Verde 1,481.7 1,631.6
Ethiopia 161.6 189.8 Cote d'Ivoire 533.1 529.5
Kenya 441.2 463.7 Gambia, The 351.4 374.3
Madagascar 251.7 270.8 Ghana 302.4 326.7
Malawi 145.4 164.7 Guinea 396.3 417.4
Mauritius 4,526.5 4,928.7 Guinea-Bissau 129.9 128.3
Mozambique 332.4 364.7 Liberia 138.0 147.9
Rwanda 275.3 313.2 Mali 289.8 294.5
Seychelles 7,650.5 8,267.4 Mauritania 483.4 480.3
Somalia N.A. N.A. Niger 169.9 180.0
Uganda 312.4 348.1 Senegal 520.9 530.0
Tanzania 333.3 362.4 Sierra Leone 245.8 261.6
Zambia 361.3 387.3 Togo 250.1 245.1
Zimbabwe N.A. 450.3 北アフリカ
Djibouti 811.6 848.6 Sudan 466.2 532.1
Angola 1,036.2 1,356.8 Algeria 2,127.6 2,190.7
Cameroon 686.5 709.9 Egypt, Arab Rep. 1,614.3 1,784.3
Central African Republic 222.9 230.2 Libya 7,039.8 7,739.7
Chad 265.6 250.7 Morocco 1,667.8 1,770.0
Congo, Rep. 1,211.5 1,213.7 Tunisia 2,518.0 2,759.9
Congo, Dem. Rep. 92.4 98.5
Equatorial Guinea 6,778.6 8,692.0 地域別(参考)
Gabon 4,004.1 4,157.0 Middle East & North Afri 1,766.4 1,909.5
Sao Tome and Principe N.A. N.A. South Asia 606.4 682.3
Botswana 4,410.7 4,440.0 Sub-Saharan Africa 581.8 618.5
Lesotho 486.2 525.2 World 5,823.7 6,023.6
出所:World Development Indicators 2009
*注1:Zimbabweの数値は2005年、Mauritaniaの数値は2007年。
*注2:北アフリカは、国連人口推計による地域区分による。