• 検索結果がありません。

投資誘致・産業育成に対するドナー支援の可能性:

アジアの経験の移転と「仲介」機能

国際協力機構 客員専門員 渡辺松男 1 2

要 約

本章はアフリカが海外投資誘致や産業振興を通じた経済発展を実現するうえでの実践的な課題を論 じる。これらの課題において、政府の果たすべき役割を巡る議論と、アジアの経験における政策運 用のポイントをレビューしたうえで、JICAがザンビアで行った投資環境整備支援の事例を援用しな がらドナーが果たす機能を論じる。アフリカの持続的な成長実現のためには、各国政府は個々の国 の能力に応じてより積極的な役割を担うべきところ、現時点では必ずしも十分な社会制度能力が備 わっていない。このギャップを埋める支援をドナーが担う可能性を示す。特に二国間援助機関とし て日本は、(単に財政支援・現金支給だけでなく)開発プロセスの「仲介者」として、技術協力と 借款、民間との有機的な連携といったドナー国の諸資源を動員した包括的な協力ができる立場にあ る。ただしそのような支援が機能するためには、受け手国には政治指導者のコミットメント、国内 利害関係者の価値観共有、他ドナーの理解・連携が不可欠である。またドナー側の課題として、① 意欲的な支援射程と適切な人材の選定、②自国と受け手国・官民セクター間の有機的な調整機能、

③長期のコミットメントとそれを反映した評価体制が求められる。

3-1 はじめに

本章はサハラ以南アフリカ(以下「アフリカ」)が海外投資誘致や産業振興を通じた経 済発展を実現するうえでの実践的な課題を論じる。アフリカ諸国の政府がこれらの政策目 標を実現するうえでどのような課題があるのか、そのような経済発展に成功したアジアの 経験はどのように教訓として理解すべきか、さらにアフリカのこうした目標を支援するた めにドナーはいかなる役割を果たすことができるのか。本論はこのような問題を念頭にお いて、国際協力機構(JICA)の対ザンビア支援の事例を援用し、アジアの「適正」経験の 適用可能性、ドナーの仲介(ファシリテーション)機能に着目する。

2005年のグレンイーグルサミットから北海道洞爺湖サミットを通じ、アフリカ開発は世 界経済の主要な課題として取り上げられてきている。そのなかで日本は2008年の第4回ア フリカ開発会議(TICAD IV)にて、経済成長をアフリカ開発の主要課題の一つとして捉え、

成長を実現するプロセスにおいて政府の果たし得る積極的な役割を認識すると共に、官民 連携による貿易投資の活性化や産業の振興を通じて成長を実現する方向性を打ち出した。

これは現下の国際開発レジームである貧困削減やミレニアム開発ゴール(MDG)から踏

1 本稿執筆にあたって乾英二、井倉義伸、大野政義の各氏から有益なコメントをいただいた。また国際協 力機構の内部資料を参照しているが、本稿で記述された内容の責任は筆者にあり、参考文献としては掲載 していない。なお本稿の内容・意見は筆者個人に属するものであり,所属組織の見解を代表するものでは ない。

2 20104月より新潟県立大学国際地域学部准教授予定。

68 み出した意欲的な動きであり、TICAD IV においてもアフリカ諸国の支持も得ている。だ がこれを実現するには様々な制約や課題を克服する必要がある。それは一次産品に依存す るアフリカ経済の脆弱性、政府や社会全体の制度能力の制約といった問題に加え、ワシン トンコンセンサスに立脚した国際開発世論や、援助アプローチ(たとえばより短期的結果 を志向する「援助効果」や、財政支援・現金移転型援助手法)を巡る議論を含む。

アフリカ経済には持続的な高成長が必要であり、これを実現するために各国政府は個々 の国の能力に応じてより積極的な役割を担うべきとの立場を本論は採る。そのためにはア ジアの経験からの教訓を、表面的な「海外直接投資(FDI)による輸出主導」アプローチ だけではなく、より本質をくみ取る必要があると考える。そのうえでドナーは、開発プロ セスの「仲介者」として、いくつかの重要な役割があることを指摘する。また本論の直接 の射程ではないものの、上記の議論を通じて日本の援助(技術協力、借款を含む包括的な 援助スキーム)の有効性や、アフリカ開発への援助の有用性といった諸問題を考察するう えでの材料を提供すると考える。

本章の構成は以下の通り。第2節ではアフリカ経済の問題とその発展のための方途を 巡る議論を簡単にレビューする。第3節ではアジアの経験について、産業政策に代表され る政府の政策運用とそれを実施した体制を概観し、それらを可能にした時代的文化的背景 を検証する。第4節ではザンビアにおける JICA の投資誘致支援プロジェクトをアジアの 経験の移転可能性の視点から紹介し、第5節ではそのプロジェクトのなかで日本政府と JICAが果たした仲介機能を分析する。第6節はドナーの仲介機能の課題と可能性を論じて 本章の結論とする。

3-2 アフリカとアジア:経済発展と政府の役割

アフリカ経済のパフォーマンスは、2005年から2008年の世界金融危機までの年率6%の成 長や1990年代前半の低迷も含め、現在に至るまで概して一次産品の国際価格の変動に依存 してきた(図表3-1)。1960年代の独立以降、資源に依存するモノカルチャーの経済構 造から脱却するために様々な試みがなされ、膨大な量の援助がアフリカに流入し、あるい は国際金融機関の指導の下で様々な改革努力を行ってきた。だが新たな産業の育成や成長 という観点からは目覚ましい成果をあげることなく、GDPに占める工業部門の割合は今日 でも1960年代とほとんど変わりない。これはアジア諸国とは対照的である (図表3-2)。3

3 1940-50年代の東アジア諸国の一人当たりのGDPはアフリカよりも少なかった(現在はアフリカの約3

倍)。1981~2003年の間にアジアの所得レベルは年率5.5%で成長し、1日1ドル以下で生活する人口は 4億人減少した。一方19802003年に流入した政府開発援助(ODA)の総額は、アジアに1,079 兆ドル、

アフリカには2,089兆ドルである(OECD統計Geographical Distribution of Financial Flows to Aid Recipients」

による)。つまりアジアの経済成長は、アフリカの約半分の援助にもかかわらず達成されたことになる。

(Watanabe 2008、外務省 2006)

69 図表 3- 1 アフリカ経済成長と商品価格

-2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7

80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06

GDP成長率(%

40 60 80 100 120 140 160 180

価格指数(2005=100)

GDP成長率 非燃料価格指数 金属価格指数 出所:World Development Indicators, IMF Primary Commodity Prices

図表 3- 2 GDP に占める工業部門の比率:東南アジアとアフリカ

25 30 35 40 45 50

65 68 71 74 77 80 83 86 89 92 95 98 01 04 07

%

東アジア大洋州 サブサハラアフリカ

出所:World Development Indicators

70 東アジア諸国の工業化が実現した要因として、政府の積極的な介入(産業政策)が多く の先行研究であげられてきた 4(例えばRodrik 2007、Stiglitz 2008a、Wade 1990)。もちろ んアフリカ諸国も全くの無為無策だったわけではない。1980年代の債務危機以来、構造調 整によるマクロ経済均衡に向けた努力、ガバナンスの改善、社会分野の政府サービス拡充 など、その時時の国際開発レジームに準拠し様々な改革努力を行ってきた 5)。「アフリカ ではこれらの改革が不十分だった」という指摘は全く的はずれとはいえないものの、では アジアが辿ったアプローチは、世界銀行、国際通貨基金(IMF)によるいわゆる「ワシン トンコンセンサス」に照らせば必ずしもオーソドックスなアプローチではなかったのに、

なぜ成功したのだろうか。

戦後の国際開発パラダイムは、「成長vs基礎的生活分野(BHN)」や「政府vs市場」の 間で振り子のように変遷してきた(たとえば秋山他 2003 を参照)。近年ではワシントン コンセンサスに基づく画一的な処方箋の効果に対する懐疑から、市場の不完全性や国別の 多様な経済条件に留意し、より積極的な政府の役割を再評価する「ポスト・ワシントンコ ンセンサス」と位置づけられる主張が提示されている (Stiglitz 前掲、Rodrik 2006など)。 例えば途上国では制度の不備や外的ショックへの脆弱性から資金需要が小さいことが経済 成長の制約要因として指摘される。投資を活性化し民間セクターの発展を促すためにはリ スクや不確実性を減らす方策が必要となるが、これは民間セクターのみで解決できる問題 ではない。

アフリカ開発を巡る近年の国際的議論においてもHausmann et al.(2005)による「成長診 断」、あるいはCommission on Growth and Development(2008)に見られるように、成長は 重要な課題として注目されている 。アフリカでも第2世代の貧困削減戦略(PRSP)のほ とんどは成長を主要な目的に掲げ、「戦略分野」として特定産業を振興する意志を示して いる(ただしほとんどは諸政策間の優先順位や予算の裏付けも設定されておらず戦略とい うには程遠い)。

上記のように国際開発レジームが転換しつつあるなか、成長指向に転じたアフリカは、経 済の多様化、投資誘致、工業化、政府の役割といった課題をいかに実現できるのだろうか。

本稿は「産業政策は(農業分野の技術革新も含め)非常に有効である。アフリカは工業部 門の再興や農業関連産業の強化なくして、長期的な成長と雇用創出は望めない。これを実 現するには他地域やアフリカ自身の教訓(たとえばエチオピアの園芸作物や革製品の輸出 など)も有益である」(Stiglitz 2008b: 5)という立場を支持する。次節ではアジア諸国の

4 産業政策について、先行研究の多くが経済構造の転換を目的とした政府の選択的介入と捉えている。産 業政策の目的は一般に、①特定産業(あるいは企業)の振興、②または衰退産業の軟着陸を企図したもの である。前者は市場の不完全性や外部性に着目し、後者は生産要素の移動やサンクコストの問題に対応し ようとするものである。(本敲の関心は①である。)産業政策の直接的な方策として補助金、税の優遇措 置、低利融資、特別調達、輸入制限、輸出振興、調達があげられるが、その他に為替政策や教育政策も間 接的な産業政策として捉えることができる。

5 後発国の開発が成功しないのは、制度など「フォーマル」の制約ではなく、急進的な市場開放を標榜す る北大西洋諸国によるインフォーマルな政治的圧力なのだと断じる見解さえ存在する(Amsden and Hikino 2000)。むしろ後発国に問題があるとすれば、このような圧力に対応するための科学的根拠に基づいた確 固としたビジョンが欠けていることにあるとしている。