アフリカへの適用
日本大学教授 朽木昭文
要 約
本書の主張の1つが援助政策にイノベーションが必要であるということである。本稿はその1つと して産業クラスター政策を提案したい。それは、アフリカの国ではなく300ヘクタールの地域に10 年間で500億円を投入し、2万人の雇用を目指す。これが、アジアの北部ベトナム、タイの東部臨海 などで成功した例である。
本稿は、アジアで成功した産業クラスター政策をアフリカ開発に適用し、援助政策を提示する。本 稿の目的は、フローチャート・アプローチという成長戦略を実践化するアプローチを確立し、産業 クラスター政策のアジア・モデルを作成し、アフリカの成長戦略に適用することである。手法とし て、産業クラスターを新しく分類し、その新分類を基に1980年代以降のアジア成長モデルを「フロ ーチャート・アプローチ」により構築する。その原型モデルがタイの東部臨海地域プロジェクトで ある。このプロジェクトは、1982年から1993年まで約700億円のODAにより水供給、港湾整備、
約400Haの土地の工業団地の建設を実施し、約4万人の雇用を創出した。また、北部ベトナムの 開発は、1993年から2001年までに583億円のODAにより国道の建設、港の整備、法制度整備を実 施し、100社を超える企業集積をもたらし、約3万人の雇用を創出した。本稿は、このフローチャー ト・アプローチをアフリカの都市に適用し、産業クラスターを形成するための政策提言を作成する。
4-1 まえがき
世界の貧困問題の解決のためには、アフリカ1の成長が不可欠である。アジアの国では産 業集積が生まれている。世界の所得格差を縮小するためにアフリカの都市に産業集積を形 成することが望ましい。本稿はその条件を明らかにしたい。
本稿の目的は、アジアで成功した産業クラスター政策をアフリカ開発に適用し、援助政 策を提示することである。その際に、国全体を開発する政策ではなく、地域開発の政策を 提示する。それは、アフリカの国ではなく300ヘクタールの地域に10年間で500億円を投 入し、2 万人の雇用を目指す。これが、アジアのマレーシアのペナン、タイの東部臨海な どで成功した例である。その手法として、本稿は、Markusen (1996)、Iammarino and McCann (2006)の産業クラスターの分類を新しくし、その新分類を利用することにより1980年 代以降の「アジアの産業クラスター政策」を説明する。その政策に対するアプローチを「フ ローチャート・アプローチ」と呼ぶ。その原型(プロトタイプ)モデルがタイの東部臨海 地域にある。本稿は、このアプローチをアフリカに適用し、政策提言を作成する。
以下、第2節でNurkse (1953)、 Rosenstein-Rodan (1943)、Hirschman (1958)などの開発理 論をレビューし、1980年代以降に産業政策ではなく産業クラスター政策が必要になったこ とを示す。第3節で、Markusen (1996)、Iammarino and McCann (2006)の産業クラスターの
1 この章ではアフリカはサハラ以南アフリカを指す。
102 分類をレビューすることにより、新しい産業クラスター政策の在り方を提示する。それが、
第4節でアジア・モデルの原型となる「産業クラスター政策に対するフローチャート・ア プローチ」である。そのアプローチが、タイの東部臨海と北部ベトナムにあることを第5 節で示す。第6節で、このアプローチをカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV) の5つの都市に適用し、産業集積をもたらすために必要な政策提言を例示する。第7節で は、このフローチャート・アプローチをアフリカの都市に適用し、産業クラスターを形成 するための政策提言を作成する。第8節が結論である。
4-2 開発戦略の再検討
本節では開発理論をレビューする。このことにより産業クラスター政策が成長戦略とし て必要なことを明らかにする。開発理論としては、1980年代以前にNurkse (1953)は「貧困 の悪循環」のメカニズムを説明し、Nelson(1956)は低均衡のわなを説明した。Rosenstein (1943)は、この脱出のためには「ビッグ・プッシュ」、限界最少努力、離陸が必要である と主張した。Lewis (1954)、Ranis and Fei (1961)、Jorgenson (1961)などが近代部門と伝統部 門の二重経済モデルを展開し、「転換点」があることを示した。Nurkse (1953)は均衡成長 を、Hirschman (1958)は「不均衡成長」を主張した。二部門モデルの1つの含意は、近代部 門の生産効率の向上が余剰労働力を吸収するということである。この際にHirschman (1958)、 Leibenstein (1957)は、不均衡成長により製造業の「後方連関効果」による地域的な成長が 経済全体の成長につながると主張した。後方連関効果のある産業を育てるためには輸入代 替による産業育成政策が必要であるという幼稚産業保護論につながった。つまり、動学的 な市場の失敗に対して政府が介入し、輸入代替産業を保護し、産業を育成する必要がある という主張である(Yokoyama (1997)参照)。
しかしながら、1980年代に経済を動かす原理が大きく変わり、次のような経済の自由化 が進んだ。レーガン大統領がレーガノミックスと呼ばれる経済自由化政策を採った。中国 が1979年から改革・開放政策を始め、世界銀行が構造調整プログラムを実施し、経済の自 由化を進めた。これは、計画経済から経済の自由化への大きな転換であった。1980年代の 時期に「Keynes is dead」と言われ、政府が市場経済へ介入することを抑制した。
それまでは、閉鎖経済、中央集権、保護主義という考え方に説得力があった。その後は、
開放経済で、地方分権化で、自由主義という考え方が支配的になった。情報・通信革命も あり、経済のグローバル化が進んだ。いわゆる市場経済化の進展により国際の「貿易」、
「投資」の自由化が進んだ。
この変化が開発戦略に大きな変化をもたらした。開発戦略における生産物の需要につい ては、1980年代まで国内の消費を中心に考え、輸入代替化政策が中心であったが、その後 は外国への輸出が中心となり、「輸出指向工業化政策」が中心となった。この政策は1990 年代に中国を除くアジアで採用された。世界銀行は、1993年に出版した「東アジアの奇跡」
でアジアの成長の要因を「輸出プッシュ戦略」と呼んだ。投資については、開発戦略で1980 年代までは国内投資を中心に考えたが、その後は外資(FDI)の導入が主流となった。特
103 にアジアでは、輸出加工区、経済特区、自由貿易区へ外資を導入することにより成長する パターンが一般化し、高度経済成長へ導いた。つまり、輸入代替工業化から輸出指向工業 化へ大きく転換した。世界経済における市場経済の進展、グローバル化の進展により積極 的に外資を導入したアジア経済の発展は雁行形態であると言われた。
本稿はアフリカ開発において産業クラスター政策が有効であることを展開したい。要約 すると、1980年以前において、開発理論は、貧困の悪循環から脱出するために製造業のビ ッグ・プッシュが必要であると主張した。その製造業は産業の後方連関が高い産業が望ま しい。かつては、その産業を育成するために国内企業を外国から保護する輸入代替政策に より「産業政策」が採用される場合があった。しかし、1980年代から世界的な自由化、グ ローバル化の流れのなかで「輸出加工区」に外資を呼ぶ政策によりアジアの多くの国にお いて産業集積が形成された。
こうして、外資を導入して産業集積を進めるための投資環境整備が、アジアでは一層進 んだ。つまり、貿易と投資の自由化を前提として産業連関の後方連関の高い多国籍企業を 輸出加工区へ導入する。それによって、ビック・プッシュ戦略を遂行し、貧困の罠から脱 出する。
4-3 産業クラスターの新分類
Markusen (1996)は、工業団地(Districts)についてマーシャルの工業区(Marshallian industrial district)、イタリア産業クラスターの変形版(Italian variant)、ハブ・スポーク形 式( Hub-spoke districts)、衛星工業プラットホーム(Satellite industrial platforms)、国有 企業アンカーの工業区(state-anchored industrial districts)の5つに分類した。Iammarino and McCann (2006)は、産業集積について純粋集積(pure agglomeration)、工業コンプレックス
(industrial complex)、社会的ネットワーク(social network)に分類した。Hershberg, Nabeshima and Yusuf (2007)は、これに関連して大学―企業連携(UILs)と国家革新支援制度(NIS)
の研究をレビューした。Kuchiki (2005)はアジアの産業クラスター政策を考えてきた。しか しながら、これらの4つの分析を総合し、産業クラスターを新しく分類することは産業ク ラスター政策を実施する上で有効である。Markusen (1996)とIammarino and McCann (2006) の分類を別の次元から分類し、Hershberg, Nabeshima and Yusuf (2007)の大学―企業連携
(UILs)、国家革新支援制度(NIS)を「フローチャート・アプローチ」におけるイノベ ーションの第3段階に位置づける。Kuchiki and Tsuji (2008)は「フローチャート・アプロー チ」を提示した。それはアジアの成長を理解することが産業クラスターを実行するのに有 効である。また、Iammarino and McCann (2006)の産業クラスターのDynamicsを理解するに はイノベーションを活発にする第3段階の考慮が必要である。
104 図表2 アジア成長モデル
後方連関 多国籍企業 工業団地
フローチャート・アプローチ
製造業 (自動車、電気・電子産業など)
帰納法 集積=経済成長 4.動学
セクター 3.ハブ・スポーク 2.ハブ=アンカー企業
2.非工業団地 1.工業団地 1.衛星プラットフォーム
分類
2.前方連関 1.後方連関
2.多国籍企業アンカー 1.国有企業アンカー
3.第3段階 イノベーション 2.第2段階 イノベーション 1.第1段階 集積
3.非関連
(ⅰ)大学-企業連携
1.製造業 2.情報技術 3.バイオ技術産業
(ⅱ)国家イノベーションシステム
出所:著者作成
図表1を用いて「フローチャート・アプローチ」を説明する。このアプローチの基本は 段階的に条件によって異なる道筋を採るもので、4つの次元からなる。
1 次元:「工業団地、またはサイエンス・パーク」について(i) あるのか、(ii) ないの かで分ける。Markusen (1996)は、Satellite Platformsの例としてブラジル・マナウスの輸出 加工区(EPZ)、アメリカのResearch Triangle Parkを挙げている。Satellite Platforms は、
工業団地、科学パークが存在している場合である。そうでない場合の産業集積も考えられ る。
2次元:「アンカー企業の所有形態」について(i) 公有か、(ii) 私有か、(iii) 半官・半民か で分類する。Markusen (1996)のHub-spokeにおけるHubはアンカー企業であり、所有セク ターが公共の場合と民間の場合がある。Hubの中心となるのは通常は多国籍企業が考えら れる。特に、製造業の自動車産業や電気電子産業が考えられる。Markusen (1996)は日本の トヨタの例を挙げている。
たとえばマレーシアのプロトンやかつてのインドのマルチ・スズキ、中国の第1汽車、
東風は国有で創始した企業である。これらは国民車構想である。アジアでは産業政策によ り政府によって自動車産業が創始され、その地に産業集積した場合がある。その後、半官・
半民となった場合もある。Hubであり、アンカー企業となる企業の所有形態は公有と民有、
半官・半民とがありうる。つまり、Markusen (1996)の分類ではstate-anchoredもあるが、多 国籍企業(MNC)-anchoredがありうる。
3次元:「産業連関」の在り方で(i) 後方連関、(ii) 前方連関、(iii) 産業連関なしで分類 する。ハブ(Hub)、つまりアンカー企業とスポーク(spokes)との関係の強度を決めるの は産業連関である。連関は、後方連関、前方連関、弱い連関(backward linkage, forward linkage, no linkage)がある。自動車組み立て産業は、自動車が2万点以上の部品を使って組み立て られるので後方連関が大きい。電子製品産業は、たとえばインクジェット・プリンターが