セテムブリー二は人文的啓蒙主義を自らの存在様態の基礎としたが,それは実存の根拠 とするには十分なものとはいえなかった。ナフタは信仰に実存の根をおろしたが,その信仰 は全体主義的なものであり,他者の実存を圧迫する可能性を多分に内包するものであった。
それではペーペルコルンの場合はどうか.彼の存在様態を特徴的に示すのは
Pers6nlichkeitという言葉であった。この言葉は「人物」「人格」などを意味した。「魔の山」
の作者マンはこの言葉について次のように説明した。「『人格(=Pers6nlichkeit)』とい う言葉は,名づけたり規定したりすることがどうにもできぬものに対する,苦しまぎれの 記号である。人格というものは,精神と直接的な関係をもたぬ。文化ともそうである。一こ の概念を使用する時,我々は既に合理的なるものの坪外に出て,神秘的なるもの,根源的 なるものの領域に足を踏み入れる。即ち自然酌な領域である、『偉大な自然』これは,あの 世界的な牽引力を発散するものに対して,合言葉や符牒を求める場合に人々がよく使用す る別のもう一つの言葉である」(第2章第3節参照)。そして,その根源的な自然へ到達す る通路としてペーペルコルンには感情があったのだった、ニーチェ(1873)が「哲学の敵がい る。彼等に耳を傾けるのは良いことである。特に彼等が形而上学を捨てるようにドイツ人の 病める頭脳に諌言し,ゲーテのように天然の浄化を,或はリヒアルト・ヴァーグネルのよ
うに音楽による治癒を説くときには、、」81と言った場合の,哲学(精神)に対比されたゲー テやヴァーグネル=ワーグナーに代表される自然に相当するのがペーペルコルンだった
(ワーグナーを「自然」と呼ぶのは奇異に思われるかもしれない。しかし,ワーグナーに傾 倒していた頃のニーチェ(1876)は「ワーグネルのような自然」82と述べている)、、ペーペルコ ルン自身の臨床についての要点はほかならぬこのゲーテを例にとって既に述べた(第2章 第3節)、.それは感情や自然のみに偏するのではなく悟性や精神とも折り合いをつけること が中庸をそなえた実存への道になる,ということだった、中島(Nakajima, A.)が「弟子」
(1943)という作品の中で子路が孔子について述べたような姿をめざすことがペーペルコル ンへの臨床的所見である。そこでは次のように述べられている。「このような人間を,子路 は見たことがない。力千鈎の鼎を挙げる勇者を彼(=子路)は見たことがある,明千里の外 を察する智者の話も聞いたことがある.しかし,孔子に在るものは,決してそんな怪物めい た異常さではない.ただ最も常識的な完成に過ぎないのである,1(中略)一つ一つの能力の 優秀さが全然目立たない程,過不及無く均衡のとれた豊かさ(中略)可笑しいことに,子 路の誇る武芸や齊力に於いてさえ孔子の方が上なのである、.(中略)放蕩無頼の生活にも経 験があるのではないかと思われる位,あらゆる人間への鋭い心理的洞察がある。そういう一 面から,又一方,極めて高く汚れないその理想主義に至るまでの幅の広さ」83,そういう均 衡を実現するための一つとして,存在論的認識死を先取りする(vorweg−nehmen)ような 生き方の意義を認識があるということも述べた(第2章第3節)。そのような幅の広さ,様々 な要素を含んだ均衡は,どこかである要素と別の要素との問における矛盾を孕むものであ
ろう、しかし,その矛盾はマン(1949)がゲーテについて言った「尽きることのない豊かな矛
盾」84である。
それでは,ペーペルコルンの在り方自体は実存的空虚の解決にとってどのような臨床的 意味があるのだろうか。ハンス・カストルプがペーペルコルンを評価する言葉として「人物」
のほかに「支配者的な,(下381)」「貫禄に威圧(下376)」を感じさせる,「彼のすべてが スケールを,大きな王者的なスケールを持って(下443)」いる,という言葉があった。また,
「人物」という概念についてハンス・カストルプは「『馬鹿とか利口とかよりも積極的な,最 高度に積極的な,生命そのもののように文句なく積極的な価値,一言でいうと,生命的価 値であって,真剣に取りくむべき価値だと考えるのです。』(下417)」と述べていた、,こう
した評価はペーペルコルンが根源的な自然に実存の根をおろしているという在り方からも たらされているのだった。彼の場合,こうした在り方(存在様態)は何かの努力によって身 につけたといった記述が「魔の山」の中に見あたらない。却って生得的なもののように読み 取れる,1生得的なものであるならば,実存的空虚の解決にとってペーペルコルンは臨床的意 味はもちえない。その存在様態が生命的価値をもっていてもそれは彼自身の人格がそうさ せているので,他者がそうした存在様態を自らのものにする方途が示されないからである。
それでは生得的にはそのような存在様態に無いものが,ペーペルコルンのように根源的な 自然に根をおろす方法はあるのだろうか。ここでそのヒントとなるのがべ一ペルコルンと 同じく根源的な自然に根をおろしているPers6nlichkeitとマン(1949)が捉えた「ゲーテ の自然神化,すなわち(中略)スピノザ的汎神論」85である。スピノザ(Spinoza, B. d.)は
「神即自然」という汎神論を「エチカ(Ethica Ordine geometrico demonstrata)」(1677)の,
特に第1部において展開した、1このスピノザの汎神論によって自然を神と認識することが 自然への帰依を生み,そこに自己の根をおろす契機となる可能性がある。ただし,スピノザ の哲学は人間の自由意志の否定を説く決定論であり,かつ超自然的なものを否定しっっも 神すなわち自然というただ一つの実体の認識を説くものであって宗教的なものである、1そ
こではある種の諦念が説かれる.ゲーテの場合,このスピノザ的汎神論から「彼の忍耐強さ,
彼の寛容さが生まれ,何事もあるがままに認める彼の『鷹揚な』姿勢が生まれている」86。
そこではペーペルコルンとは異なったPers6nlichkeitとしての,自然に根をおろした生 き方の例が示されている.ゲーテは先に引用したように「尽きることのない豊かな矛盾」を 容認することよって,スピノザの汎神論を自らの実存に役立てた..すなわち,スピノザの思 想が内包するさまざまな性格の中から自らの実存に役立つものをゲーテ流に取捨選択して
採り入れたということである。このことは,ゲーテはスピノザ哲学の忠実な実践者ではない ということを意味している,,それは恋愛三昧とも言えるゲーテの生き方と清貧で質素なス ピノザの生き方の明らかな違いを見ればわかることである。スピノザはラッセル(1946)が 言うように「他のある種の哲学者たちとはちがって,彼はみずからの諸教説を信じていた ばかりではなく,それを実践した」87人なのである。
以上述べたことからPers6nlichkeitおよびペーペルコルンの在り方がもつ臨床的意味 として次のように言うことができる。①Pers6nlichkeitは根源的な自然に自己(実存)の根 をおろしていて,そのことが彼らの在り方に「生命そのもののように文句なく積極的な価 値」を与えている。そうした彼らの在り方(存在様態)は実存的空虚に悩む者にとって,生 き生きと生きることへの一つの指標となりうる。②生得的にPers6nlichkeitであると思わ れるペーペルコルンは,いかにしてPers6nlichkeitとなるかを示さないので実存的空虚
に悩む者に対して治療への道筋を示唆しえない。③Pers6nhehkeitをPers6nlichkeitた らしめている根源的自然への道を示す者としてゲーテがいる。彼はスピノザ的汎神論を示 した.しかしそれはスピノザの汎神論をゲーテ流に採り入れたものであった、このゲーテの 例は実存的空虚の解決のヒントとなる。
なお,マンによってもう一人のPers6nlichkeitとされたトルストイのことに少し触れ ておきたい。トルストイはその人生の後半頃から下刻な人生の虚無観に襲われて,それを自
らの思索により克服した事実がある,そうした事実からPers6nlichkeitも実存的空虚に陥 るから臨床的意義は持ち得ないとする判断があるかもしれないが,それには異を唱えざる を得ない。トルストイが実存的空虚を克服したのはより正確に言うと,克服するための思索 を強引に促した自己の生命の要求による,この彼の生命が根源的な自然に根をおろしてい るのである、.すなわち実存的空虚の状態になってもPers6nliehkeitはそれを克服するカを 根源的な自然から汲み出してくる,ということである。したがって,慧眼な者はトルストイ が思索で得た結論・思想よりも,トルストイにそういった思索を促しめた生命の方に魅かれ る。このことについてマン(1922)は次のように述べている、.「ゴーリキーはトルストイのキ リスト教的・仏教的・支那的な聖賢の教えを信じなかったばかりか,もっと肝心なことだが,
そういう教えを説くトルストイその人を信用しなかったのだ。けれども彼はトルストイを 見詰めて,驚嘆の念に堪えぬ。そして,密かにこう考えたのである,『この男は神に似てい へる。』ゴーリキーをして衷心よりこの言葉を吐かせたものは精神ではない。それは自然だっ た。」88また芥川(Akutagawa, R.)はアフォリズム「條儒の言葉」(1927)において「ビュルコ