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N ω

品目

ω 1

O Z

漢訳一大正︑

g

宅一 一

N

N S σ

@ i

N g n

浄全

︑︿

O

‑ ℃ ご ?

=

﹁聞 名得 益偶

﹂ (1

)

原文

其仏本願力

聞名欲往生

皆悉到彼国

自致不退転

( 2 ) 書き下し文 其の仏の本願の力︑名を聞きて往生せんと欲すれば︑皆悉く彼の国に

到って自ら不退転に到らん︒

( 3 )

原文和訳

その仏の本願の力によって︑[仏の]名前を聞いて往生したいと望め

ば︑すべての者がその仏の国に生まれて︑自ら不退転の位に

到るのであ

りま

す︒

( 4 )

林凡

文和

訳 これは実に私の以前からの願いであ

りました︒[即ち]﹁私の名を聞い

た生ける者達は︑いかにして常に私の国土に行くことが出来るのであろ うか﹂と︒私のこの見事な願いは成就しました︒生ける者達は多くの世 界から私のもとにやって来ます︒私の国土にやって来て︑ここで不退転

の位から退かない者となるのです︒

浄土宗日常勤行式の総合的研究

浄土宗日常勤行式の偲文と礼讃の原典解明及び現代語訳

浄土宗総合研究所研究成果報告書

1 2

( 5 ) 解 説

﹃無量寿経﹄の中に説かれている﹁讃重偶﹂(﹁往観偶﹂あるいは﹁東方

偶﹂)と呼ばれる詩句の中に見られる句で︑念仏して極楽往生を願えば︑

阿弥陀仏の本願の力によって必ず往生することが出来︑再び退転するこ

とはないことを明かす偶頒である︒

﹁讃 重傷

﹂は 十方 の

仏国土に住する求道者(菩薩)たちが︑阿弥陀仏の

もとへと行き︑仏を供養し︑法を聞く有様を説いたものである︒サンス

クリット原典では︑二十一の偶頒として説かれているが︑康僧鎧訳の﹃無

量寿経﹄では五言四句三十偶となっている︒

この﹁聞名得益偶﹂は︑サンスクリット原典では第十七備と第十八偶

のご備に相当するものであるが︑厳密には次の六句が対応している︒

必於無量尊受記成等覚

其仏本願力聞名欲往生

皆悉到彼国

自致不退転

︽出典︾サンスクリット

? N‑玄

白河

玄三

宮本

香川

本︑召

Ng

iN

m

浄全

︑︿

O‑

N ω ‑

‑ o ∞7

4

漢訳‑大正︑︿O

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浄全

︑︿

O

7

Nt

[3

﹁祝

聖文

﹂ (1

)

原文

天下和順日月清明風雨以時災腐不起

国豊民安兵文無用

出 一 m徳輿仁務修礼譲

( 2 )

書き下し文

天下和順し日月清明なり︑風間時を以てし災腐起らず︒国豊かに民安

くして兵犬用うること無し︑徳を出一閉め仁を興して務めて礼譲を修す︒

( 3 )

原文和訳

天下はすべてが穏やかであり︑太陽や月は清らかで汚れなく︑風や雨

も時に相応しく︑天災や疫病も起こりません︒国土は豊かで︑人々は安

らかに過ごし︑武器を用いるような争いもありません︒[人々は]徳のあ

ることが尊敬され︑慈しみの心をおこして︑礼儀と謙譲とを実践するこ

とに努め励むのであります︒

(4 )

党文和訳(サンスクリット原典に対応箇所なし)

( 5 )

解説

これ

は︑

漢訳

︿無量寿経

)の うち

︑﹃

無量

寿経

︑﹃

無量

清浄

平等

覚経

﹄︑

﹃ 大

阿弥陀経﹄にのみ存在する﹁五悪段﹂の中に見られる詩句である︒サ

ンスクリット原典︑チベット訳︑﹃無量寿如来会﹄︑﹃大乗無量寿荘厳経﹄

には説かれていない︒

﹁五悪段﹂には儒教的な色彩や道教的思想が多く現わされているが︑こ

の備においてもそのような中国思想の混入が見いだされる︒内容から︑

世の中の平和︑人々の安楽︑五穀の豊穣︑道徳礼儀の興隆を祈願する為

の偶文として用いられる︒

︽出典

︾漢

‑大

正︑︿O

一 一

N N

コ ロ

‑T

5

浄全

︑︿

O

一 一

ωN E

‑‑ [4

普済

偽﹂

(l

)

原文

浄土

宗日

常勤

行式

の総

合的

研究

浄土

宗日

常勤

行式

の偏

文と

礼讃

の原

典解

明及

︑ひ

現代

語訳

神力演大光広済衆厄難普照無際土消除三垢冥

︽ 註 ︾

(1 )

蔵経﹁明﹂(明流布本作広)

( 2 )

書き下し文

神力大光を演べ︑並日く無際の土を照し︑

ゴ 一

垢の冥を消除して︑広く諸

の厄難を済わん︒

( 3 )

原文和訳

偉大なる力と大いなる光とを放って︑果てしなき国土のすべてを照ら

し︑

三つ

の汚れの閣を消しさって︑様々な災難より人々を救いましょう︒

( 4 )

焚文和訳

主よ︑[私の]無比にして無限なる広大な光は︑

食と

一切の旗と療と

を鎮め︑地獄の世界における火を消すでありましょう︒

浄土宗総合研究所研究成果報告書

1 2

( 5 ) 解説

人々の救済を表明するこの偶文は前述の﹁四誓偶﹂の中に説かれて

いる四句一偶(第五偶)を抜き出したものである︒

︽出典︾サンスクリット

‑ z g z z ‑ 2

︑ 宅

N N 75

香川本︑召}印N

浄全︑︿ONω

宅 島

T O

漢訳喧大正・

5 ‑

‑ N

N S σ

‑ 7 5

浄全︑︿O‑7

て ‑ m L

広 機 悔 ・ 三 尊 礼 ・ 称 讃 偶 ・ 本 誓 偶 ・ 広 開 偶 ・ 讃 仏 偶 ・ 自

信偶

・ 降 魔 偶

・ 請 護 念 偶 ・ 発 願 文 ・ 総 回 向 偶

伊藤真宏 三帰礼

広俄悔

敬白十方諸仏十二部経諸大菩薩一切賢聖及一切天龍八部法界衆生現前大

衆等証知我川町奴露俄悔従無始巳来乃至今身殺害一切コ一宝師僧父母六親答

属益口知識法界衆生不可知数像盗一切三宝師僧父母六親答属善知識法界衆

生物不可知数於一切コ一宝師僧父母六親谷属善知識法界衆生上起邪心不可

知数妄語欺説一切三宝師僧父母六親谷属善知識法界衆生不可知数締語調

ヰ一切コ一宝師僧父母六親答属善知識法界衆生不可知数悪口罵辱誹誘蝦円

一切三宝師僧父母六親谷属善知識法界衆生不可知数両舌闘乱破壊一切三

宝師僧父母六親答属善知識法界衆生不可知数或破五戒八戒十戒十善戒二

百五十戒五百戒菩薩三衆戒十無尽戒乃至一切戒及一切威儀戒等自作教他

見作随喜不可知数如是等衆罪亦如十方大地無辺微塵無数我等作罪亦復無

数虚空無辺我等作罪亦復無辺方便無辺我等作罪亦復無辺法性無辺我等作

罪亦復無辺法界無辺我等作罪亦復無辺衆生無辺我等劫奪殺害亦復無辺三

宝無辺我等侵損劫奪殺害亦復無辺戒品無辺我等毅犯亦復無辺知是等罪上

至諸菩薩下至声聞縁覚所不能知唯仏与仏乃能知我罪之多少今於三宝前法

界衆生前発露機悔不敢覆蔵唯願十方三宝法界衆生受我俄悔憶我清浄始従

今日願共法界衆生捨邪帰正発菩提心慈心相向仏眼相看菩提谷属作真善知

浄土宗日常勤行式の総合的研究第一編浄土宗日常勤行式の燭文と礼讃の原典解明及び現代語訳 識同生阿弥陀仏国乃至成仏如是等罪永断相続更不敢作俄悔己至心帰命阿弥陀仏

敬って申し上げます︒すべての諸々の仏︑十二部経︑諸々の菩薩︑

切の賢なる聖人︑一切の仏教を守護する神々︑一切の世界の衆生︑目の

前の多くの人々よ︑どうぞ証知してください︒私(某甲)は真実を吐露

し俄悔致します︒始まりのないほど昔から今まで︑そして我がこの身ま

で︑仏と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親類縁者︑正しい仏

法に導いてくださる方︑一切の世界の衆生とを︑殺し害することは︑そ

の数を知ることができないほどです︒仏と法と僧すべてと︑師である僧

と︑父母と︑親類縁者︑正しい仏法に導いてくださる方一切の世界の

衆生の所有物を盗むことは︑その数を知ることができないほどです︒

と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親類縁者︑正しい仏法に導

いてくださる方一切の世界の衆生を前にして︑よこしまな心を起こす

ことは︑その数を知ることができないほどです︒うそいつわりのことば

でもって仏と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親類縁者︑正し

い仏法

に導いてくださる方︑一切の世界の衆生をあざむきたぶらかすこ

とは︑その数を知ることができないほどです

︒意

味のない飾ったことば

でもって仏と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親類縁者︑正し

い仏法に導いてくださる方︑一切の世界の衆生を︑あたかも鳥がさえず

るかのようにもてあそぶことは︑その数を知ることができないほどです︒

浄土宗総合研究所研究成果報告書│2

悪意のことばで仏と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親類縁者︑

正しい仏法に導いてくださる方︑一切の世界の衆生をののしりはずかし

め︑誹誘中傷し︑きずつけることは︑その数を知ることができないほど

です

二枚舌を使って仏と法と僧すべてと︑師である僧と︑父母と︑親

類縁者︑正しい仏法に導いてくださる方︑一切の世界の衆生を争わせ︑関

係を破壊することは︑その数を知ることができないほどです︒また︑五

戒・八戒・十戒・

十善戒

・二

百五十戒

・五百戒・=

一衆

浄戒

・十無尽戒等々

すべての戒︑および一切の威儀戒などを破り︑みずからは戒を破り︑他

人にも破らせ︑それを見て喜んでいることは︑その数を知ることができ

ないほどです︒これらのような多くの罪は︑すべての大地にある眼に見

えないほどの塵が無数であるように︑私達が作るところの罪もまた無数

であります︒空の彼方は無辺であるが︑私達が作るところの罪もまた無

辺であります︒生きとし生けるものを導く方便は無辺であるが︑私達が

作るところの罪もまた無辺であります︒永遠の真実は無辺であるが︑私

達が作るところの罪もまた無辺であります二切の世界は無辺であるが︑

私達が作るところの罪もまた無辺であります︒衆生は無辺であるが︑私

達が作すところのおびやかし奪うことや殺し害することもまた無辺であ

ります︒仏と法と僧は無辺であるが︑私達が作すところの犯し︑損ない︑

おびやかし奪うことや殺し害することもまた無辺であります︒戒めは無

辺であるが︑私達がそれをゃぶりおかすことも無辺であります︒これら

のような罪は︑諸々の菩薩から声聞や縁覚に至るまで知ることができま せん︒ただ仏︑そして諸仏のみが私の罪を知っていられるのであります︒

今︑仏と法と僧の前

一切

世界の前にて︑真実を吐露し機悔申し上げ

ます︒敢えて覆いかくしません︒どうぞ︑すべての仏と法と僧︑

切 の

世界の衆生は︑私の機悔を受け入れ︑私の清浄なる真実を心に止めてく

ださいますように︒今日ただいまより始め︑どうぞ一切の世界の衆生

とともに︑邪なるものを捨て︑正しいものに頼り︑悟りにむかう志を起

こし︑慈しむ心でもって互いに見つめあい︑仏の眼でもって相見合って︑

悟りの世界まで仲間となり︑真実の良き指導者となって同じように阿弥

陀仏の国に往生し︑そして成仏できますように︒これらのような罪は︑永

遠に断ち切り︑以後決して作りません︒俄悔し終わります︒心を致して︑

阿弥陀仏に帰依申し上げます︒

︹解

説︺

善導作﹃往生礼讃偶﹄の中︑﹁日中礼讃偏﹂のあとに述べられる儲悔文︒

﹃往

礼讃偶﹄の中では後ろの方になる︒

﹃往生礼讃偶﹄は︑日没・

初夜

・中夜・後夜・畏朝・日中の六時に︑偶

文(讃)を唱えて︑機悔礼拝するために善導が作った

︒ 日 目

頭に

﹁ 一

切衆

生を勧めて︑西方極楽世界の阿弥陀仏国に生ぜんと願︑ぜしむる︑六時礼

讃の偽﹂とあるように︑極楽往生の行業をつむためのものである︒

﹃無量寿経﹄等の浄土経典や浄土教の祖師の著作の要文を︑五言

・ 七

とい

った讃文に仕上げてある︒

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