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Margaret の経験・意味・実践

1 節 はじめに

本章では、州立X高校で言語課長を務めるMargaretの事例を検討する。Margaretは、

オーストラリアで生まれ育った50代の女性である。Margaretは1970年代中ごろ以来、ク イーンズランド州およびオーストラリアにおける日本語教育に関わってきた。Margaretは 力量のある日本語教師であり、生徒の信望も厚い。また、その力量を買われ、外国語教師 の育成、支援や、カリキュラム作成、地域のLOTEコーディネーターなど、LOTE教育全 体の発展に貢献する職務を任命されてきた。Margaretの日本語教師人生は、クイーンズラ ンド州における日本語教育およびLOTE教育発展の歴史とともにあったといえよう。

本章では、Margaretのライフストーリーから、次の点を分析する。(1)Margaretは学 校・職場での個人史を通して、実践の状況をどのように意味づけ、それに対してどのよう な実践を行ってきたのか、(2)Margaretは、学校内外でのどのような経験から学び、意味 世界を形成してきたのか、(3)子どもへの日本語教育実践に関わるMargaretの意味世界は どのようなものか。この分析を踏まえ、次の二点を考察する。(1)Margaretの経験・意味 世界・実践はどのような関係にあるのか、(2)Margaretの意味世界は、言語教育政策、言 語教育理論の変遷とどのような関係にあるのか。

2 節 研究の手続き

1.研究協力者と筆者の関係

筆者がMargaretと出会ったのは2004年である。筆者がオーストラリアの大学に留学中、

Margaretが務めるX高校で、週一日1年間にわたり、日本語アシスタントのボランティア

をしていたためである。言語課長であるMargaretは、語学教師の食事会などに誘ってくれ るなど、筆者や他の日本語アシスタントに対し、常に親切に接してくれた。また、筆者の 修士論文執筆に際しても、インタビュー調査に快く協力してくれた。本研究のインタビュ ーを申し込んだのは、Margaretと最後に会ってから二年半後であったが、それにもかかわ らず、Margaretは調査に快く協力してくれた。

2.二度の調査の目的と方法

Margaretへのライフストーリー・インタビューは、2007年8月21日および2008年2 月25日に約1時間半ずつ行った。第一次インタビューと第二次インタビューでは、調査の

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第一次インタビューの目的は、次の点を明らかにすることであった。1)Margaret は個 人史において、どのような経験をしてきたのか、2)その経験の中で、Margaret は実践の 状況をどのように意味づけてきたのか、3)実践の状況に対し、Margaret はどのような実 践を行ってきたのか、4)Margaret は、子どもに日本語を教えることについて、どのよう な意味づけをしているのか。これらの点を明らかにするために、第一次インタビューでは、

言語学習・日本語教育に関わる経験について、時系列で語ってもらった。その際、次の点 に焦点を当てて話を聞いた。1)日本語教師になる前の言語学習経験、2)日本語教師にな ってから現在までの教育経験における目標(理想)、課題(現実)、課題に対する取り組み や実践(戦略)、3)現在の理想・現実・戦略である。

第二次インタビューは、第一次インタビューの半年後に行った。第一次インタビューの 結果を分析した結果、次の課題が明らかになった。それは、第一次インタビューでは、

Margaretの経験と、子どもに日本語を教えることに関する現在の意味世界は語られている

が、Margaretが経験をどのように意味づけているのかや、どのような経緯で現在の意味世

界が形成されたのかについては、十分に聞くことができなかったということである。そこ で、第二次インタビューでは、言語学習、日本語教育経験、学校外での経験が、Margaret にとってどのような意味を持つかに重点を置いて語ってもらった。その際、次の点に焦点 を当てた。1)自分自身が日本語(言語)を学んだことの意味、2)子どもたちが日本語を 学ぶことの意味、3)子どもたちに日本語を教えることの意味、4)言語教育観に影響を与 えた学校外の経験とその意味である。

インタビュー中、筆者は質問、あいづち、コメントなどをさしはさんだが、なるべく

Margaretの語りを遮らないよう留意した。使用した言語は英語である。インタビューは録

音し文字化した。

3.分析の方法

二回のインタビュー結果は、第一次研究、第二次研究として、それぞれ分析した。

第一次研究における分析の観点は次の二点である。一点目は、Margaretは学校・職場で の個人史を通して、実践の状況をどのように意味づけ、それに対してどのような実践を行 ってきたのかという観点である。つまり、「実践・職業の歴史」と「政策、理論、社会の歴 史」の中で、Margaretが現場や自分自身の課題をどのように認識し、それに対してどのよ

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うな実践を行ってきたのかに注目する。二点目は、Margaretが子どもへの日本語教育に関 してどのような意味世界を持っているかという観点である。それぞれの実践の場における 課題認識や実践についての語りには、日本語教育の意味づけが表れる。その意味世界を解 釈することが二点目の観点である。

第一次インタビューにおいて、Margaretのライフストーリーは、職務の変化ごとに時系 列で語られた。Margaretのライフストーリーは次のように区分できる。

(1)生い立ちから学校における言語学習経験(1950年代初め~1970年代中ごろ)

(2)初任校での日本語教育経験(1970年代中ごろ~1988)

(3)カリキュラム執筆経験(1989~1990)

(4)LOTEコーディネーターとしての経験(1990~1997)

(5)高校の言語課長としての経験(1998~2008)

区分ごとにライフストーリーを記述し、前述の二つの観点から解釈する。そして、

Margaretの意味世界を構成する重要な概念を《 》に入れて示すこととする。

第二次研究における分析の観点は、Margaret の経験と意味世界の関係である。つまり、

Margaretの意味世界を形成し変容させる上で重要な経験はどのようなものか、そのような

経験をMargaretはどのように意味づけ、何を学んだのかに注目する。第二次インタビュー

では、Margaret自身にとって重要な経験とその意味づけについて語ってもらった。第二次 インタビューで語られたライフストーリーは、個別的で具体的な経験とその意味づけに関 する語りと、子どもへの日本語教育に関わる意味世界を直接表現する語りで構成される。

そのため、第二次研究ではライフストーリーを時系列ではなく、ストーリーの内容によっ て、次のように区分する。

(1)外国語学習経験とその意味

(2)ロールモデルとなる先輩教師からの学び (3)子どもへの日本語教育経験とその意味

(4)オーストラリアの子どもが日本語を学ぶことの意味 (5)オーストラリアの子どもに日本語を教えることの意味

最後に、第一次研究と第二次研究を踏まえ、Margaretの経験、意味世界、実践の関係を 考察する。また、Margaretの個人史を、言語教育政策、言語教育理論の歴史の中に位置づ けることによって、Margaretの経験、意味世界、実践と社会的政治的文脈の関係を考察す る。

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3 節 第一次研究:学校・職場における状況認識と実践の軌跡

本節では、学校・職場での経験に関するライフストーリーを検討する。職務の変化に伴 って、Margaretはどのように状況を意味づけ、それに対してどのような実践を行ってきた のか。そして、子どもへの日本語教育の意味と実践のあり方に関するMargaretの意味世界 はどのようなものか。第一次インタビューから、これらの点を検討する。

1.学校における言語学習経験(1950年代初め~1970年代中ごろ)

(1)生い立ち~小学校時代

Margaretは1950年代初め、オーストラリアで生まれる。Margaretの父方の祖母はイギ リス人、祖父はウェールズ人で、母方の祖母はアイルランド人である。Margaretは外国や 異文化背景を持つ人々と関わることなく子ども時代を過ごした。1960 年代、小学校では LOTE 教育が行われないことが「普通」であったという。Margaret の小学校でも LOTE 教育は行われておらず、Margaretは「普通の子ども時代」を過ごした。

(2)高校時代―外国語との出会い

高校に進学すると、Margaret は初めて外国語を学ぶ。外国語を履修した理由について

Margaret は次のようにいう。「(1960 年代)当時、人文系学部に進学するためには、外国

語を一つ履修し、高校最終学年まで続けなければなりませんでした。ですから、それが私 の学習動機でした」。Margaret はずっと教師になりたいと思っていた。どの教科を教える かはまだわからなかったが、人文系の学位が必要だということはわかっていたので、外国 語を履修する必要があったのである。そこで、Margaretはフランス語を履修した。

必要に迫られて履修したフランス語だったが、Margaretは外国語学習の楽しさを見出す。

そこで、高校2、3年目の9、10年生の時、フランス語に加えラテン語も履修した。ラテン 語を選んだ理由は、Margaretが古代史に興味を持っていたからだった。古代史に関する本 の多くはラテン語で書かれていたため、ラテン語に興味を持ったのである。しかしMargaret はフランス語の学習をより楽しんだ。特に「フランス語で話すことができ、人々とフラン ス語を使ってコミュニケーションできるようになること」が、Margaretにとって言語学習 の真の楽しさだったという。Margaretは高校の最終学年までフランス語学習を継続したが、

フランス語は歴史と並び最も成績のよい科目の一つだった。クイーンズランド州の教師は 二教科教えられなければならないため、Margaretはこの時、フランス語と歴史の教師にな

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