1 節 はじめに
本章では、州立小学校で教える日本語教師Anneの事例を検討する。Anneは、高校生の 時にオーストラリアに移住した、40 代の女性である。Anne はもともと高校で日本語を教 えていたが、出産による休職後、小学校の日本語教師として復職した。Anneは高校で3年 間、小学校で12年間の日本語教育経験を持つ。Anne は 2007年現在、クイーンズランド 州の州立小学校(A小学校・B小学校)に週2日ずつ通い、6、7年生を中心に日本語を教 えていた。オーストラリアの小学校における LOTE教育では、Anne のように複数の学校 を移動して教える勤務形態が一般的である。A 小学校とB 小学校に共通する困難点は、日 本語に対する学校長や他の教師の支援が十分ではないこと、時間割や生徒が頻繁に入れ替 わることである。また、B小学校はいわゆる「教育困難校」であり、生徒の問題行動の制御 が学校全体の大きな課題となっている。それにもかかわらず、Anneの日本語授業では生徒 たちは意欲的に学習に取り組んでいた。困難な状況の中で、Anneはどのように状況を意味 づけ、何を目指し、どのような実践をしてきたのだろうか。そしてAnneの意味世界や実践 は、教室、職場、家庭・地域における経験を通してどのように形成され変容してきたのだ ろうか。
本章では、Anneの日本語教育実践事例とライフストーリーから次の点を分析する。(1)
日本語教育に関するAnneの意味世界と実践はどのようなものか、(2)Anneの意味世界は どのように形成され変容してきたのか。この分析を踏まえ、次の二点を考察する。(1)Anne の経験・意味・実践はどのような関係にあるのか、(2)Anneの実践と意味世界は、言語教 育政策、言語教育理論の変遷とどのような関係にあるのか。
2 節 研究の手続き
1.A小学校およびB小学校の概要
A小学校はクイーンズランド州のある都市の、閑静な住宅街に位置する州立小学校で、1 学年から7学年まで約300名の生徒が在籍する。生徒数の尐ない小規模な学校ということ もあり、学校の雰囲気はのんびりとした印象である。アジア系(中国、韓国、日本など)
やアフリカ系の子どもたちが25人クラスに五人ほど見られる。英語を第二言語(English as
a Second Language:以下ESL)とする子どもはクラスに一、二名ほど在籍し、非常勤の
ESL教師が週数日訪問して英語を教える。
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以前、A 小学校では、ほぼ全ての学年で日本語が教えられていたが、2003 年には 5~7 学年へ、2004年にはLOTE教育必修学年(2007年現在)である6、7学年のみへと縮小さ れている。授業時間は45分授業を二回、計90分である。日本語を担当するAnneは週2 日、A小学校を訪問する。日本語専用の教室はなく、Anneは生徒の在籍クラスへ移動して 教える。Anneの専用のオフィスもなく、図書館司書のオフィスの一角を使用している。
学校からの日本語教育への予算は非常に尐なく、2005年時点では年間200ドル程度だっ た。以前はコピーやラミネート加工は無料で使用できたそうだが、2005年現在、一回につ き15ドルほど、教師が自分で負担しなければならなかった。また、他教科や学級担任の教 師には提供されるTeacher‟s Aid(教員助手)が、日本語プログラムにはつかないという。
B 小学校は、クイーンズランド州の州立小学校で、約 500 名の生徒が在籍する。その中 には、比較的収入の低い家庭出身の子どもやESLの子どもが多く在籍している。英語母語 話者でも、英語での読み書きに問題を抱える生徒が尐なくないという。生徒の入れ替わり も頻繁で、常に新しい生徒が転入してくる。家庭に問題を抱える子どもや、落ち着きがな く、学習に集中できない子どもたちも尐なくない。そのため、B小学校において、教室運営 や保護者との関係は非常に困難であり、教師のストレスも大きい。
B小学校における日本語教育は、6、7学年の生徒に対して、週90分ずつ実施されている。
2005年までは 5学年にも日本語が教えられていたが、現在は 6、7学年のみである。正規 の日本語授業の他に、全校の生徒が好きな活動に参加できる課外活動として、週一回
Japanese Activityも開講しており、日本語を学習したことのない低学年の生徒も参加する
ことができた(2005年現在。2007年には行われていなかった)。日本語担当教師は Anne 一名で、週2日出勤する。AnneがB小学校に勤務するまで、何人もの日本語教師が着任し たが、いずれも教室運営の問題やストレスなどから、短期間でB 小学校を辞めてしまった そうである。
2.三つの調査の目的と方法
本章で使用するデータは、次の三つの調査によって収集された。
第一次調査は2005年3月および2005年8月に、約1か月ずつ行った。第一次調査では、
Anneの言語教育観と日本語教育実践の実態を明らかにするため、授業の参与観察と言語教 育観などに関するインタビューを行った。参与観察の内容はフィールドノーツに記録した。
第二次調査は2007年8月に約1か月間かけて行った。第二次調査では、Anneの日本語
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教育に関する意味世界、およびその形成過程を明らかにすることを目的として、フィール ドワークおよびライフストーリー・インタビューを行った。インタビューは、8月16日に Anneの自宅で約四時間をかけて行った。インタビューでは、次の二点に焦点を当てた。(A)
日本語教育実践に関する Anne の現在の考え、(B)日本語教育実践に関する考え方に影響 を与えた過去の経験とその意味づけである。フィールドワークの目的は、Anneの語りと実 践が根ざす文脈を明らかにすることであった。約一か月間、A 小学校およびB 小学校で日 本語授業の参与観察を行った。
第三次調査は2008年2月に行った。第二次調査と第三次調査の間に、Anneの状況は変 化していた。Anneは長期休暇を取り、大学院で忚用言語学を学び始めていたのである。そ こで第三次調査では、そのような状況の変化を経験した2008年時点において、Anneが日 本語教師としての人生をどのように意味づけているかを捉えることを目的として、ライフ ストーリー・インタビューを行った。インタビューは、2008年 2月28日、ショッピング センターのフードコートで、一時間弱かけて行った。
各調査時のインタビューでは筆者が時折質問、コメントをはさみながら、Anneに自由に 語ってもらった。インタビューは英語で行い、文字化したものを筆者が和訳した。
3.三つの調査が行われた文脈
第一次調査を行った2005年3月から第三次調査を行った2008年2月までの約三年の間 に、A小学校、B小学校の日本語教育を取り巻く状況や、Anne自身の状況は変化している。
2005年時点に比べ、2007年にはA小学校、B小学校ともに、日本語教育に対する価値づ けや支援がさらに低下し、Anneが置かれた状況はますます困難になっていた。そして、2008 年2月には、Anneは長期休暇を取り、大学院で忚用言語学を学び始めていた。このような 状況の変化に伴って、Anneの意味世界も変容していく。そして、Anneの語りも状況の変 化を反映して再構成されていく。また、Anneと筆者の関係や、筆者の研究関心も、時間と ともに変化してきた。このような文脈の変化は、Anneの語りに尐なからず影響を与えてい ると考えられる。そのため、調査時の文脈を踏まえたうえでAnneの語りを解釈することが 重要である。
3.1 第一次調査の文脈
筆者がAnneと出会ったのは、2005年3月である。知人の日本語教師から、とても熟練
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した日本語教師がいると紹介してもらったのが Anne であった。知人は臨時教師として Anneが勤務するB小学校で教えた際、教室運営に非常に苦労したそうだが、Anneは同じ 子どもたちを日本語学習に熱中させていたという。そこで、筆者はAnneの授業を観察させ てもらえるよう、Anneにコンタクトをとったのであった。筆者は2005年3月、8月に約 一ヶ月間ずつ、A小学校およびB小学校を訪問し、Anneの授業を観察した。Anneは自分 のクラスに日本人の訪問者が来ることを歓迎した。なぜなら、子どもたちが日本語を使い 学習意欲を高めるよい機会と考えていたからである。そのため、筆者が訪問するときには、
いつも子どもたちの学習やAnneの授業の補助などの役割を与えてくれた。Anneが非常に 友好的な人物であったため、すぐに打ち解けることができた。Anneは自分の考えを他者に 対して率直に話す性格であった。そのため、初対面の時から、自分の実践や悩みなど様々 なことを筆者に話してくれた。
Anneの授業を見学した時、筆者は子どもたちの日本語の流暢さや、学習意欲の高さに驚 いた。筆者は、Anneの授業を見学する以前に、複数の小学校や高校で日本語の授業を観察 してきたが、日本語教育が盛んなことで定評のある学校と比べても、Anneの生徒たちの日 本語力の方が高く、日本語学習を積極的に楽しんでいる印象を受けたのである。また、生 徒の問題行動が深刻だと言われているB小学校において、休み時間にAnneと校庭を歩い ていると、生徒たちがAnneや筆者に親しく話しかけてくることも印象的だった。このよう に、筆者はAnneに対して肯定的な印象を持って調査を行ったのである。
3.2 第二次調査の文脈
第二次調査は、第一次調査から二年を経て行われた。この間に、筆者の研究関心は次の ように変化していた。それは、日本語教師の授業実践を調査者の視点から観察・解釈する アプローチから、日本語教師の意味づけを本人の語りから捉えようとするアプローチへの 変化である。また、日本語教師の意味世界や実践を共時的視点からのみ捉えるのではなく、
その形成と変容の過程を、歴史的視点から捉えることへ、関心が移っていた。さらに、調 査方法も、複数の日本語教師を対象に、広く浅く調査する方法から、ごく尐数の日本語教 師を対象に、深く調査する方法へと変化した。そこで、第二次調査では、約 1 か月間、ほ ぼ毎日Anneを対象にフィールドワークを行った。
第二次調査を行った2007年、A小学校においてもB小学校においても、Anneや日本語 教育が置かれた状況は非常に困難であった。A 小学校において、日本語授業は学級担任に